仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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第63話 人間の放棄 棄放の間人 話36第

 

 

 

「出会いだって――」

 

 

飛鳥ユウリ、思い出すだけで心が跳ね上がる。

優しく、可愛く、美しく、最高の親友だった。

男の子との関わりが薄かった『あんり』にとっては、初恋の相手と言っても差し支えないかもしれない。

 

"ユウリ"の柔らかな肌に触れる度に心音が上がった。

彼女の唇から視線は外れなくなる。彼女の笑顔に心が奪われた時もあったか。

でもそれは勘違いなのだ。憧れと恋心は違う。若さゆえの過ちと言うヤツか。でも『あいり』にはそれを勘違いだと気づける時間がちゃんと齎される。

 

それだけ安定した生活だった。

時間もあった、友情もあった。それはあいりを成長させた。

やっと安定した幸せを見つける事ができたんだ。その背後にあるのは常に究極の希望だ。

現実離れしたファンタジーを見たあんりにとっては、常に現実離れした幸福の妄想が取り巻いていたんだ。

 

 

「でも裏切られた!」

 

「ッ!」

 

 

杏子の眉間にリベンジャーの銃弾が撃ち込まれた。

激しい熱、衝撃が杏子の脳を揺らす。

ユウリは仰け反った杏子の前髪を乱暴に掴んで引き戻すと、一発頭突きを叩き込んでいく。

頭蓋にヒビが入った。ユウリは杏子の瞳の奥、さらにその奥を睨みつける。

 

 

「裏切られたッ! 分かるか!? 裏切られて裏切られて裏切られてッ、裏切られたんだよぉオオッッ!!」

 

 

最ッ低だよ糞!

本当に最低だ、屑で、カスで、終わってる!

現実離れした希望をチラつかされれば私はすっかりその虜になったさ!

でもその先に待っていたのは最高に最低な絶望だったんだよッッ!

ああ本当にクソムカツク! 死ね死ね死ね死ねッ!!

 

 

「魔女が魔法少女だなんてアホくせぇサプライズぶち込まれて散々さ!」

 

 

ユウリはそのせいで死んだ。

私が愛した親友は、意味不明なサイクルに巻き込まれて化け物になった。

美しい目も指も鼻も髪も何も無い!

ただの注射器みてぇな魔女になって魔法少女にブチ殺されたッッ!!

 

 

「ヒデェよな!? 私は正義のヒロインの魔法少女に憧れに憧れぬいていたのにさぁ!」

 

 

私の脳、心、思い出、希望!

全部グチャグチャのメチャクチャに汚されて犯されたよ!

お前に分かるか佐倉杏子? 分からねぇよな! 分かってたまるかよッッ!!

 

 

「なぁあ! オイッッ!!」

 

 

 

ユウリは錯乱した様にリベンジャーの弾丸を杏子の体に撃ち込んでいく。

圧倒的な希望を信じていたのに、その先には絶望しかないと知った時、凄まじい落差が心を襲った。

いつか幸せになれると思っていた。いつか全ての不幸を忘れられると思っていた。

なのに現実はただ絶望に向かうまでのひと時の夢でした。

 

そんな事を知れば、あいりの――、ユウリの積み上げてきた希望はどうなる?

不幸続きの自分は、実は不幸に憧れてました?

 

 

「憎いッ! 何もかも!!」

 

 

それを知ればユウリは全身にムカデが張っている様なおぞましさと寒気を覚えた。

自分は永遠に幸せになれない、自分は不幸に見初められている。

不幸は私の心も思い出も体さえも犯しつくして、汚しつくして、命を吸い取るのか。

 

それにもうユウリには否定できない。

自分が理性を保つ為に使っていた言い訳である『常識』はもう通用しない。

現実(ファンタジー)を知ってしまった。リアルなんて自分の知らない事だらけ。

この先に待つのは永遠の不幸、無限の苦痛、最強の絶望。

 

毎日魔女に襲われるかどうかを心配しなければならない人生がやってくる。

それを防いでくれる魔法少女もいずれは化け物になるってさ!

知らないんだろうな、何も知らない奴は。毎日毎日、法に守られたこの国で教えられた常識だけを妄信して生きればいい。

でもこっちは知ってしまった。計り知れない不幸があると分かってしまったんだよ。

 

 

「そして手始めに、"ユウリ"は心が汚れてきって死んだ!!」

 

 

化け物になって人間の尊厳も無くして無になった。

飛鳥ユウリの残骸はこれからも殺され続ける。

大好きだった親友(きぼう)はいずれ絶望になるやつ等に餌とされる。

ああ、憎い! ああ、嫌いだ、大嫌い! 最高におぞましい!!

 

 

「魔法少女なんかが現れるから。見なければいい夢を見た! 見させられたんだよ!」

 

 

魔女が現れるから希望が壊れた。

魔法少女なんかが希望を見せるから、縋る物をそれに決めた。

でもそれは嘘。いずれは絶望して悲しみに沈む。自分の信じていたものはフェイク。

そしてその存在があるから叔父と叔母は、飛鳥ユウリは死んだ!

 

 

「アアアアアアアアア!!」

 

 

ユウリは自分が魔法少女になった理由を今一度全て振り返った。

そして自らの体を突き破る憎悪を抑えられずに叫びを上げる。

魔法少女さえ現れなければ、魔女さえ現れなければ自分は壊れなかったのに。

ユウリは死ななかったのに。

 

 

「魔法なんて知らなければ、いらぬ希望を抱かずに済んだのに!!」

 

 

もう不幸を否定できない。

常識は死んだ。世界が宇宙人によって滅ぼされるアホみたいな話でさえ、『魔法少女』がいるんだからと言う絶対的な言葉で肯定できる。

だからつまり、杏里あいりが一生苦しんで、死んだ後も救われなくて、一億年ほど苦しみ続けるなんて事が本当になれる。

誰もそれを否定できない。だってこの世界には、魔法があるんだもの!!

 

 

「人の気持ちをコレっぽっちも考えてやしない!」

 

 

期待に期待させておいて、どん底へ突き落とす最低の存在だよ。

 

 

「佐倉杏子ぉオ! 私は復讐を果たす!」

 

 

ユウリの為、自分の為の復讐だ。

参加者を皆殺しにして、魔女や妖精を全て消し去れば、偽りのファンタジーなんてこの世界から消え去る。そうすれば偽りの希望が蔓延る事はない。無駄な絶望に恐怖する事も無くなる。

 

愛が深ければ深いほど、裏切られた時の憎悪もまた深くなる。

ユウリは魔法少女が大好きだった。魔法を愛していた。

だからこそ、それは憎悪の対象でしかなくなる。そして今、魔法少女になっている事も憎悪を刺激している。

だから一刻も早く終わらせなければならない。もちろん、憎悪と絶望を以ってして。

 

 

「お前と暁美ほむら――、いやッ、鹿目まどかは特にムカつく!!」

 

 

杏子もまどかも、自分の力に希望を持っている。魔法少女としての力に信頼を置いている。

杏子も裏切られたと言う点では、ユウリと共通する物はあるのかもしれない。

しかし杏子は魔法少女の力を忌むべきものとはしていない。むしろ力に希望を見出した。

それはまどかも同じだ。魔法少女の存在がどう言う物なのかを知りながらも、希望として認識してやがる。

魔法少女の力を憎悪するユウリとしては、最高に苛立つ存在である。

 

 

「いい加減理解しろよクソ女。アタシ達はこの世界の癌なんだよ」

 

 

絶望の使いっパシリが調子に乗りやがって。

ユウリはリベンジャーの銃弾を赤色・レッドホットに変えると、力を溜め始めた。

 

 

「参加者を全て殺し、インキュベーターを滅ぼし、手に入れた魔女を無に還す」

 

 

改めて表明するが――、その前に、まずは純粋に気に入らない奴を殺したい。

ユウリは杏子の眉間にリベンジャーを押し付けると、狂ったように笑いはじめた。

 

 

「お前は結局、売られていった奴等と何も変わらない」

 

「あ゛ァ?」

 

 

今の一言は、杏子にとってはタブーだったらしい。

睨み殺さんとばかりの視線が飛んで来るが、それがどうしたとユウリは一蹴する。

どうせ杏子は何もできない。いや、できるとすればそれは一つだと知っている筈だ。

 

 

「ゲームに利用されてるだけだよ、杏子ちゃんはね!!」

 

 

ユウリは指を鳴らして変身魔法を発動させる。

どうすれば杏子に最大の屈辱を与えて殺せるのかをずっと考えていた。

エリーで過去のトラウマを探り、考えて考えて考えた。

そしてたどり着いた答えが、これだ。

 

 

「杏子、お前の様な化け物は生きていても意味は無いんだよ」

 

「……!」

 

「むしろ生きている事が世界にとって悪となる! 存在自体が罪なのだ!」

 

 

ユウリは杏子の父親に姿を変えると、怒りを叫んでみせる。

杏子の絶望は、父親に裏切られたところから始まった。

その記憶を思い出させるのだ。

 

 

「道具は道具、使い終われば捨てるだけなのです!」

 

「―――」

 

 

ユウリはシルヴィスに変身して杏子を煽る。

すると杏子は一瞬固まって、直後大声をあげて暴れだす。

ほら簡単だ。ユウリは心の中でそう呟く。

 

 

「ウガアアアアアアアアアア!!」

 

「またヒステリーか。救えない」

 

 

杏子は自らに降りかかる絶望を力でねじ伏せた。

襲い掛かるイライラを他者を傷つける事で発散する。

 

 

「典型的なガキだ。自らの中に眠る怒りを暴力で解決する。逆に言えば、力でしか物事を処理できない」

 

 

だからこそ杏子はまどかに勝てない。力で上を行く奴には封殺される。

時間があれば凌駕していくだろうが、刹那的な競り合いで負ければ、怒りはより膨れ上がり、行き場の無いイライラが溜まっていくだけ。

それは風船だ。溜まるだけの空気、より膨れ上がっていく風船。最後には――。

 

 

「黙れユウリィィイ! 今すぐその姿を解かないとブチ殺すぞォオ!!」

 

「道具がよく吼える。貴女は売られていった弟や妹達よりも使えない欠落品ですね」

 

 

シルヴィスとして語る。

空気が抜けなくなった杏子は膨張し続け、そして最後には破裂する。

杏子は自身で怒りを処理できない。暴力、殺害、それ等でしか己を安定させる事ができない。

過去、己のミスで多くの物を失った彼女の後遺症といったところか。

他者に依存する自らの絶望発散。誰かを傷つけなければ、貶さなければ、自己を保てない欠落品だよ。

 

 

「力と言う仮面を被ってごまかしているつもりですか? 佐倉杏子さん」

 

「――ッ」

 

「本当に貴女は弱い。脆く、愚か、救いようの無い役立たずですわ」

 

 

ユウリはしっかりと見ている。

杏子のソウルジェムが急激な勢いで濁っていく所を。

膨れ上がる怒りの裏には、同じくして絶望と言うものが纏わり付いていた。

オーバーヒート寸前の杏子は、熱を逃がす事は許されない。

 

 

「父親との意思疎通も取れず、たった一人の妹も己の闇に巻き込んだ挙句殺した」

 

 

救いようの無い屑。

シルヴィスの顔と声で言われるのは、杏子にとってはさぞ屈辱的な事だったろう。

今すぐユウリを八つ裂きにしたいとは思えど、手足の無い杏子にできる事など、もう何も。

 

 

「言い方を変えれば、父親も妹も愚かでしたね」

 

 

どちらも勝手に踊り、勝手に崩壊していった。

たとえばそれは妹。自らが救世主だと勝手に信じ込み、世界中の苦しみを身に受けると言う馬鹿な妄想で自己満足に浸る。

 

本人は本気で世界がよくなると信じている分、余計にタチが悪い。

もちろん世界がそんな独りよがりなピエロの自慰行為に付き合ってくれる筈も無く。

自傷に自傷を重ねたモモは、崩壊の道を辿った。

 

そして父。

娘の哀れみと言う優しさを、自らの才だと勘違いをし、挙句自らのプライドを優先させて崩壊の道を辿った。

娘を化け物とし、自らの才を否定する事なく壊れてゆく。

 

 

「哀れですね、愚かですね。佐倉家の血は汚れているとしか思えない」

 

 

化け物を生み出し、哀れなピエロを生み出し、そして究極の馬鹿を生み出した。

呪われた家計だとシルヴィスは――、ユウリはこき下ろす。

 

 

「そして最も哀れなのが、貴女なのですよ」

 

「オオオオオオオオオオ!!」

 

「羊が狼の真似事をし、その姿を少しでも大きく見せようと必死だ」

 

 

振り回した事を否定し、振り回された事を認めない。

ダダをこねる子供でさえも、一日と言う時間たたずして考えを改めるだろう。

なのに杏子は今の今まで『力』と言う駄々を振り回し続ける。

 

 

「罪人ですよ。もはや」

 

「ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

「あぁぁ……、叫ぶしか能が無いんですか」

 

 

哀れすぎる。ユウリはつくづくそう思った。

今、たとえば異端審問でも発動すればまだ少しは時間稼ぎにもなるのに。

 

 

「そんな貴女には、愚かな父親と同じ死を」

 

 

ユウリが考えた、杏子にとって最高の屈辱とは、人生を狂わせた父と『同じ死』をプレゼントする事だった。

家に火をつけた杏子の父は、頭から燃えて死んだ。

では、同じ事をしよう。

 

 

「さようなら、弱者の杏子さん」

 

「―――」

 

 

バン。一発の発砲音。

ユウリが魔力を注ぎ込んで強化した炎の銃弾が、杏子の眉間を捉える。

炎のエネルギーはすぐにその力を解放し、杏子の頭部が瞬く間に炎で包まれていく。

 

ユウリは憎い相手を黙らせる事ができて、純粋な喜びを、純粋な快楽を覚えた。

捨て台詞なのか。杏子は相変わらず騒がしく吼えていたが、ユウリにその言葉を聞く気などさらさら無かった。

 

とは言え、快楽や爽快感は一瞬で消え去る。

あるのは哀れみだけだ。杏子もまた、魔法を知らなければ壊れる事は無かったのに。

愚かだよ。誰もが皆勘違いしている。希望があるから絶望があるんじゃない。

希望がやがて絶望に変わるんだ。

 

全ての絶望は希望の成れの果て。

力を手にして偉そうに吼えていても、やがてより大きな力にねじ伏せられるだけだったのに。

中途半端に希望を覚えたから誰もが皆死んでいく。

無駄に知ってしまったから、愚かな知識を持ったから。

だからこそ積み木は高く積まれて、壊される。

 

 

「アンタの死は、知りすぎたからこそ訪れるもの」

 

 

手足を失い、頭は轟々と燃えている。

ダニエルとジェニファーが抱えるその姿は蝋燭の様だった。

もう喉は焼かれて声は出せない。ユウリは『ユウリ』に戻ると、杏子に背中を向けてエリーを発進させる。

 

 

「……知り過ぎなければ、無知でいれば、悲しむ事は無かったのに」

 

 

いらぬ希望を持ったからこそ余計に苦しむ。

ユウリはその滑稽さに声を出して笑い続けた。

 

 

「―――」

 

 

その笑い声を、杏子はぼんやりと聞いていた。熱と激痛、視界は炎に包まれて何も見えない。

だがその感覚も、感情も、杏子は何も感じない。彼女の心にあるのは果てしない憎悪と怒りだけだ。

魔法少女となって、人を超えた力を手に入れた。

誰も自分を下に見れない、誰も自分を利用できない。

アタシ自身が頂点であり、最強であると……。

 

しかし今、杏子は負けて殺される。

敗北して死ぬと言う事は、過程はどうあれ、相手にすべてを上回られたと言う意味だ。少なくとも杏子はそう考えている。

だからこそ敗北と言う屈辱が、杏子にとってどれだけ重い事なのか――。

 

 

「………」

 

 

今、杏子の頭部は激しい炎に包まれており、杏子の顔は火に隠れて見えない。

意識は薄れていくが――、それでも杏子の憎悪と怒りが減る事はない。

むしろ命の炎が消えかかる度に、怒りの炎は激しく燃え上がっていく。

 

求めたのは、誰にも屈服する事ない圧倒的な力だった。

牙を剥く者はすべて殺し、気に入らない物はすべて壊す。

誰も見下せない存在になる。誰も自分を利用できない。全てを捨てて望んだのが、そう言う存在だからだ。

 

にも関わらず、まだ自分を見下す奴がいるのか。

鹿目まどか。ユウリ。その他のヤツ。ああ、ああ、どういつもコイツも気に入らない。

目障りなんだよ、だったらどうするのか――?

 

 

(決まってる――ッ!)

 

 

今までそうして来たじゃないか。

気に入らない物があれば、気に入らないヤツがいれば――

 

 

(殺すッッ!!)

 

 

たとえ、何を犠牲にしたとしてもだ。

家族、友人、良心、そして自分自身さえも。

 

 

「………」

 

 

ユウリは周りの景色が変わったのを見て、再び踵を返した。

その表情はやはり笑みが浮かんでいる。

こうなる事は――、分かっていた。だからこそ杏子を煽った、あえて屈辱を与えたのだ。

そうだ。だからソウルジェムを砕かなかった。

 

 

「アンタにとって一番の苦痛なのは、やはり誰かの駒になる事だろうね」

 

 

なら、そうしてやるのが一番良いだろう?

ユウリは『杏子だった物』を見て、尚も挑発していく。

杏子は死なない。死ぬ前に、歪な覚醒に手を出したからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

霧が、出てくる。深い霧が。

至る所にカンテラが現れ、辺りには金魚の様な物がフワフワと泳ぐように浮遊していた。

まるでそれは暗い水の中。そしてユウリの前にボウと淡く灯る炎がひとつ。

 

 

「………」

 

 

馬の蹄が地面に当たる音が響き渡っていた。

それはユウリの前には白い馬の化け物がいたからだ。そしてその上には炎の正体が跨っていた。

中国の民族衣装を模した赤い服。頭は蝋燭になっており、燃える炎が揺らめいている。

手には大きな槍。これこそが自棄を司る武旦の魔女『Ophelia(オフィーリア)』の姿であった。

 

 

「うふ! なかなか悪くないデザインだよ杏子ちゃん!」

 

 

舌なめずりを行うユウリ。

そう、杏子はニコ同様に、魔女となる事で状況を打破しようとしていたのだ。

だがコレはユウリにとってはチャンスともなる。

オフィーリアを殺せば、技のデッキを使って彼女を自分の支配下に置く事ができる。

 

そうすればココからの状況を、より有利に進める事ができる筈だ。

ムカつく話ではあるが杏子は強い。その魔女ともなれば当然それだけの実力が期待できる。

ユウリとしても保険はかけておきたい。イーブルナッツでいくら魔女を強化しようとも、鹿目まどかと言う存在には不安が残る。

 

ならば武器はなるべく多い方がいい。

杏子だけではなく、なるべく魔女を作ってワルプルギスと交戦中のまどか達に差し向けるのがユウリの作戦だった。

あとは気に入らない杏子を『使える』と言う個人的な快楽を想像してしまえば尚更。

 

 

「さあ! さっさと死んで、アタシの下僕(イヌ)になれぇえッ!」

 

 

カードを大量に宙へ放ち、リベンジャーを連射する。

次々に発動されていくアドベント。無数の魔女があっという間に杏子を――、オフィーリアを取り囲んだ。

 

賭けと言えばそうだ。

魔法少女の中には、魔女化する事で強化される者がいる。

もちろんその逆も。

 

杏子は元がすでに強い。強化されると厄介かもしれないと言う懸念はあった。

しかし所詮魔女は魔女。人の姿であったビリビリとした殺気はもう感じない。

ましてや強化された魔女達に、オフィーリア一体で勝てる道理は無い。

さて、時間も惜しい。ユウリは召喚した魔女達へ命令を下そうと――

 

 

「ッ!?」

 

 

だがその時だった。

オフィーリアの炎が赤く、激しく揺らめいたのは。

 

 

霧は、深い。

 

 

「―――――」

 

 

ユウリの思考が停止する。

それは一瞬、文字通り一秒も経っていない。なのにその変化は起こった。

ユウリはその光景を信じることができず、敵を前にして固まってしまった。

これはもう演技ではない。ユウリは本気で焦っていた。

 

万の一つも、オフィーリアに負ける訳が無いと決め付けていた部分はあった。

その力を憎んでいるとは言え、ユウリも技のデッキを手に入れた自分の実力には自信があったのだ。

だが今、ユウリが目にしている光景はまったく予想していない物だった。

それは、自分が召喚した魔女が全てオフィーリアの姿に変わっていたのだ。

 

 

「……は?」

 

 

ユウリは引きつった表情で汗を浮かべている。

なぜ下僕たちが敵に変わっているのか。それも一瞬で、把握する隙も無く。

 

 

「な……ッ」

 

 

なんだコレは!? 一体何がどうなって――?

混乱するユウリ。なぜ他の魔女がオフィーリアに変わったのか?

見た目はまったく同じ、白い馬には乗っていないが、あとは本体となんら変わりない。

 

どうなっているのか。

分身? いや、だとすれば呼び出した魔女達はどこへ消えた?

 

 

「何故だ、何故魔女がいない、なんで消えている!!」

 

 

少量ではあったが、他の魔女にもイーブルナッツを使って強化を施していたと言うのに。

 

 

(ま、まさか――!!)

 

 

魔女にはいろいろな特殊能力を持っている物がいる。

たとえばそれは他人のトラウマを覗き込み、その映像を使って精神汚染を行うエリー。

たとえばそれは小柄な姿で相手を油断させるシャルロッテ。

たとえばそれフェイクの死で相手を油断させ、融解性のある血液で相手を攻撃するシズル等。

魔法少女の魔法が一人一人違う様に、魔女の能力もまた同じくして、個性と言う物が存在している。

 

 

「し、シズル!!」

 

 

シズルを呼び出すユウリ。

あれだけの強化を施した魔女が、そう簡単に他の魔女の力に呑み込まれるなどあり得ないと思った。

 

 

「ッッ!?」

 

 

だが、ユウリの元へとやって来るのはシズルではなくオフィーリアだ。

ユウリはドッと心音が上がるのを感じてしまった。

これは恐怖、これは焦り、これは完全なる負の感情。

 

 

(まさか――ッ! いや、でもそんな馬鹿な!)

 

 

全身が冷える。

あり得ないとは思えど、今の状況を説明できるのはこの一言しかあり得ない。

魔女オフィーリアの能力は、他の魔女を自分の使い魔に――、自分の分身に変える事ではないのか?

 

 

(だけどシズルは他の魔女の力に抗えるだけの力は持っていた筈……!)

 

 

強制力が強いのか、それとも抵抗を許さぬ能力なのか。

それは分からない。けれども一つ分かる事があるとすれば、それは確実に無数のオフィーリアが武器を持って自分に近づいていると言う事。

 

 

「くっ!」『アドベント』

 

 

とにかく身を守る行動を取らなければ。

ユウリは反射的に適当な魔女を一つ選んで召喚を行う。

だが、そこでオフィーリアの炎が光を放つ。

するとユウリの前に現れたのは呼び寄せた魔女ではなく、またしてもオフィーリアの姿だった。

 

 

「なんだ、なんだよコレ!」

 

 

やはりこれがオフィーリアの力だとでも言うのか。

分身は動き、槍を振ってユウリを狙う。

それを回避しながら、ユウリは無数のオフィーリアを睨んだ。

 

「く、来るんじゃねーッッ!!」

 

 

ユウリはリベンジャーを連射し、オフィーリア達に銃弾を浴びせていく。

オフィーリアは銃弾に怯んだのか、動きを止めてユウリの追跡を中断する。

だがそれはユウリにとっては余計に焦りに拍車をかける物となった。

 

何故ならば分身達は火花を上げたからだ。

つまりそれは、銃弾が確かにその肉体に命中したと言う事。

要するに実体があると言う事だ。ニコと同じく、ちゃんと一つの『個』を持った姿。

 

だがオフィーリアはユウリに考える時間を与える優しい魔女では無い。

魔女になっても、杏子と明確にリンクする物を持っている。

それは、気に入らない物を排除しようとする純粋な殺意だ。

 

 

「!!」

 

 

白い馬に乗っているオフィーリアが槍を振るうと、周りにいた分身達が姿を変えて赤い槍になった。

巨大な槍。それは向きもバラバラに空中に留まる。

ユウリはゾッとする。だってそうだろ? 槍に変わったと言う事は、恐らく――

 

 

「ウ――ッ! うぉぉおおぉおぉお!!」

 

 

予想通りと言うべきか。

オフィーリアが合図を行うと、無数の槍の一つがユウリに向けて発射された。

すさまじいスピードで飛来してくる紅。ユウリは素早く体を旋回させて、紙一重と言う所でそれを回避する。

しかし再び槍達の中の一つが、ユウリに向かって飛んでいく。

流石にもうココまで来るとオフィーリアの力を信じるしかないだろう。

 

 

「チィイッ!!」

 

 

銃で勢いを殺せないかと試してみたが、槍のスピードが衰える事は無い。

ユウリは再び地面を転がって、何とか紅い閃光を回避する。

だがこのままではジリ貧だ。あんな数の槍を全て回避し続ける事など不可能。

 

 

「リュウガ!!」

 

 

マズイ展開だ。魔女を呼べばオフィーリアが分身に変えてしまうし、殺人マシーンになった魔女に対して変身魔法を使ってもどうしようもない。

圧倒的に不利な状況だ。まさかこんな能力を持っていたとは思わなかった。

ユウリは自分で解決する事を諦めて、リュウガを呼ぶ。

 

 

「……ッ!?」

 

 

リュウガからの反応は無い。

念の為もう一度名を叫ぶが、彼がユウリの前に現れる事は無かった。

 

 

(まさかアイツ……! アァ、クソ! 使えねぇ!!)

 

 

肝心な所で何をやっているのか。

しかしその間にも、馬に乗ったオフィーリアは槍をユウリに向けていた。

ユウリは大きく舌打ちを鳴らし、自身に蓄えられている魔力を一気に解放する。

 

 

「イル――ッ!!」

 

 

三角形の巨大な魔法陣が、オフィーリアと、その周りに留まっている槍を取り囲む。

徐々に魔法陣に文字が刻まれていき、デザインも派手になっていく。

ユウリは魔力を大幅につぎ込んだ為、文字はすぐに魔法陣を埋め尽くして完成形となった。

 

 

「トリアンゴロ!!」

 

 

大爆発。

エネルギーが破裂して、魔女と無数の槍は爆煙の中に消えていく。

大幅に魔力を消費した分、威力もそれだけ上がっている。

これならばとユウリは呼吸を荒げつつ、煙の中を睨み付けた。

そして徐々に煙が晴れていくと――

 

 

「なッ! 馬鹿な!?」

 

 

そこにいたのは、傷を負いながらも未だその姿を保っている魔女と槍の群だった。

ユウリは一瞬ヒヤリとしたが、すぐに冷静さを取り戻す。

アレで死ななかったのは意外だったが、元が杏子となればそれは当然かとも思える物だ。

ユウリはすぐ二発目の準備を行う。どれだけ魔力を使おうとも、ユウリには大量のグリーフシードのストックがある。魔力切れは無い。

 

状況はオフィーリアに味方しているかもしれないが、だからと言って負けるビジョンは見えない。ユウリは再び魔力を解放してイル・トリアンゴロを発動する。

オフィーリアも槍達も、特に動かず、その攻撃を受けるだけだった。

再び大爆発が起き、強力な磁場エネルギーが槍を粉々にする所を、ユウリはしっかりと確認する。

 

 

「クハハハ! やっぱ所詮魔女は魔女ってね!」

 

 

機敏な動きをする訳でもなく、ただ能力に頼りきった戦い方。それじゃあ程度は知れている。

爆煙の中から姿を見せたのは、より一層ダメージを受けたオフィーリア本体であった。

ユウリはダメ押しに、小規模のイル・トリアンゴロをリベンジャーの銃口に貼り付ける事で、チャージを開始する。

 

もちろん魔力を大幅に注ぐ為に、チャージはものの数秒で完了した。

オフィーリアとしてもダメージが高いのか、呻き声の様な物を上げるだけで、抵抗の意思は示さない。そうしている間に、ユウリは腰を落として両手でエネルギーを満たしたリベンジャーを構える。

 

 

「消えろ」

 

 

その一言と共に、引き金を引くユウリ。

するとリベンジャーからエネルギー溢れる光球が発射された。

 

 

『――――』

 

 

悲鳴の様な叫び声をあげ、オフィーリアは粉々になった。

勝った。ユウリは笑みを浮かべて肩を落とすが――

 

 

「………」

 

 

いや、待て。

クールダウンしたユウリは笑みをすぐに消す。いくらなんでも弱すぎではないだろうか。

確かにオフィーリアは強かった。しかしそれは能力的に――、と言うだけ。

実際ユウリが攻撃した時はほとんど抵抗をせず、言ってしまえば棒立ちと言ってもいい。

おかしくないか? いくらなんでも逃げようとするはずだ。

 

馬に乗っている時点で動けない筈が無い。

だが魔女は……、いや分身達はほとんどその場から動かなかった。

何故だ、何故逃げない? それに攻撃だっておかしい。

あれだけ槍があったのに一本ずつ投げる様な事をしてした。

 

 

「クッ!」

 

 

嫌な予感がする。

ユウリはすぐに懐からグリーフシードを取り出してそれをソウルジェムに合わせた。

イーブルベントで生み出される亜空間にグリーフシードは大量にストックしてある。

だから魔力的には何も問題は――

 

 

「はぁ!?」

 

 

ユウリはすでに濁りつつあるソウルジェムを浄化するつもりでグリーフシードを使った。

当然だ。それがグリーフシードの役割なのだから。

だがユウリのソウルジェムは、グリーフシードを使った事で余計に濁りはじめている。

 

 

「そんな馬鹿な! ありえない!」

 

 

グリーフシードを反射的に投げ捨てる。

何かの間違いだ。ユウリは別のグリーフシードを取り出して、再びソウルジェムの浄化を試みる。

しかし結果は同じだった。ソウルジェムを浄化する筈のグリーフシードが、なぜだかユウリのソウルジェムを黒く濁らせていく。

 

 

「どうなってる! クソクソクソクソッ!!」

 

 

ユウリは頭を掻き毟り呼吸を荒げた。

何故だ、なぜグリーフシードが機能しない。何故穢れが加速する!?

とにかう、このままではマズイ。穢れが溜まればユウリだって魔女に変わってしまう。

 

冷静に、思考を加速させる。

ちょっと待ってくれ。何故ユウリはまだオフィーリアの魔女結界に立っている?

オフィーリアは自分が先ほど確かに撃ち殺した筈。

それなのに魔女結界が崩壊しないのはどうしてなんだ?

 

 

「――――」

 

 

分かってる。

理由は簡単だ。マミ達にだってそうして来た。

ユウリは後ろを振りかえ――

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

腹部にすさまじい衝撃を感じて、ユウリの全身が揺さぶられる。

思わず口にしてしまう悲鳴。すぐに襲い掛かる激しい痛みと熱に、再び叫び声を上げる。

魔女結界が壊れないのは、魔女がまだ存在しているから。

そして奇しくも、今の状態はユウリが最初に織莉子を裏切った時の光景に似ていた。

まさか同じ目に合うとは。

 

 

「カ――ッ! がは……っ! ぐぎッッ!」

 

 

ユウリ腹部に突き刺さった大きな槍は、背中を貫通して地面に突き刺さっている。

そして霧が晴れ、上空から現れたのはユウリの予想通りと言うべきなのか。

白い馬にのったオフィーリアであった。

 

やはり、生きていたのか。

ユウリは何とか掴んでいた自分のソウルジェムを身へと戻す。

どんな手を使ったのかは知らないが、厄介な事をしてくれる。

 

 

「――って、あ?」

 

 

ユウリは自分のソウルジェムを戻した時に、おかしな事に気づいた。

と言うのも先ほどグリーフシードで浄化した時、逆に穢れが加速した訳だが、今見た時はむしろ穢れは晴れていた。

それはつまり、グリーフシードは正常に機能していたと言う事だ。

 

 

「ッ、テメェエエエエエエッッ!!」

 

 

ユウリは全て理解して怒りの声を上げた。

決め付けと言う、落とし穴に嵌ってしまったと言うべきだろうか?

 

佐倉杏子とは、典型的なパワーファイターである。

と言うのも、彼女は固有魔法が過去のトラウマによって破壊された。

魔法少女は、魔法少女になった理由を否定したとき、固有魔法が使えなくなる。

だから杏子は特殊な魔法を使わず、技に魔力を注ぎ、身体能力を上げる事だけに魔力を使った。

 

それに、そもそもの性格で、猪突猛進な面があったから、より印象付けられたと言えばいいか。

しかし、オフィーリアは杏子であって杏子に非ず。それが答えだったのだ。

オフィーリアは力よりも特殊な魔法を使うトリッキーなスタイルだった。

 

その力は、幻覚。

オフィーリアはユウリに幻を見せて、見事に操り人形へ変えたのだ。

呼び出した魔女が全てオフィーリアに変わったのも、ユウリがそう言う幻覚を見ただけである。

さらにオフィーリアは、本当に自分の分身を作れる力もあった。一体だけではあるが、一体で十分だ。それが攻撃を仕掛ければ、ユウリは全てのオフィーリアが敵に見えただろう。

しかもアドベントにより出現させた魔女はユウリの命令によって動く。相手を攻撃しろと言う命令を出すまえにオフィーリアに変わってしまったため、魔女達は全てが待機状態のままだった。

 

そしてオフィーリアはまず、一番強力だと分かっていたシズルを『本体』に見立てた。

それはシズルを『白い馬』に乗せる事だ。無数の分身の中で一体だけ違う特徴があるなら、それが本体だとユウリは錯覚するだろう。

一方で本物のオフィーリアは白い馬から降りていた。そういう幻覚を見せた。

木を隠すなら森の中と言うべきか。

 

さらにオフィーリアは幻影の光景を変える。

シズル以外の魔女を『槍』に変えて、あとは初めと同じだ。

本当の分身体に攻撃させて、全ての槍が本物だと錯覚させる。

本体が霧の中でユウリを確認している中で、ユウリは自分の下僕が、自分を傷つける道具なのだと錯覚していく。

 

よく、嘘の中に少しだけ本当を混ぜておくとバレにくいとは言ったものだが、まさにオフィーリアはその手を取ったのである。

そしてユウリは見事に嵌る。あれは全て敵、あれは全て凶器、だから消さなければならない。

ユウリは範囲魔法で、槍と本体だと確信していたオフィーリアを攻撃するが、それはユウリ自身が召喚した魔女とシズルであった

 

だからこそ、一度のイル・トリアンゴロでは破壊されなかったのだ。

ユウリが魔女を強化していたのだから。さらに最も耐久のあったシズルを本体と見せる事で。より本物のオフィーリアなのだと錯覚させる事もできた。

それもあってか、ユウリは結局最後まで幻視だと言う事に気づかず、シズルまでも自らの手で殺してしまった。

 

そして全てを破壊したユウリに最後の幻覚。

グリーフシードを使う事で、ソウルジェムが穢れるという幻を見せる。

混乱したユウリは、本物のオフィーリアがまだ生きている事も考えず、取り乱して大きな隙を作ってくれた。

 

後はその隙を突き、手に持っていた槍を深く突き入れるだけ。

元が杏子だったからか、力は強く。魔女の一撃でユウリの肉体は貫かれた。

 

 

(やられた――ッ、まさか魔法少女の時より頭が良くなっているなんてな。ヒヒヒ……!)

 

 

目に見える物が真実ではない。

それを象徴するような変身魔法を持つユウリが、同じような手に掛かって墓穴を掘るとは。

逆を言えばそれだけオフィーリアの幻覚魔法が強力だったとも言える。

ユウリは初めこそバカにしたように笑っていたが、自らの体を流れる大量の血を見て表情を憎悪のそれへ変える。

 

 

「クソがァアアアッッ!!」

 

 

馬鹿にしやがって!

ユウリは血を吐き出しながら強く叫んだ。

一方でオフィーリアは白い馬を呼び出し、そこへ跨る。

前方には再び実態のある分身が召喚され、ユウリに追撃を加えようと走り出した。

 

 

『!?』

 

 

しかし伸ばした槍は、突如地面から噴き出てきた赤いジェルの様な物に包まれて動きを止める。

鬼気迫る表情で名前を叫ぶユウリ。そう、趣の魔女であるシズルはまだ生きていた。

強化されたシズルの生命力は、オフィーリアの想像を凌駕している。

 

 

「ぶっ潰せぇえッッ!!」

 

 

ユウリの命令どおり、シズルはあっと言う間に血液でオフィーリアの分身を包み込むと圧縮して圧死、融解させる。

髑髏の体を作るだけの魔力はもう残っていないのか。

とは言え、血液状態のシズルでも十分強力だ。

赤黒い液体は、すぐにそのままオフィーリア本体を狙う。

 

 

『………』

 

 

オフィーリアは再び幻覚魔法を行使しようと、炎を揺らめかせるが――

 

 

「させるか!!」

 

『!!』

 

 

ユウリは槍に貫かれながらも、魔法技を発動する。

両肩の上にマシンガンを出現させ、それをすぐに乱射。

オフィーリアの体にダメージを与える事で、幻覚魔法の発動を防いだ。

 

その間にオフィーリアの体に纏わりつくシズル。

血液のジェルはすぐにオフィーリアを飲み込み、強い力で締め上げる。

もちろん酸のような力も働き、みるみるオフィーリアの体が溶けていった。

聞こえる魔女の悲鳴。白い馬はドロドロに溶けて、オフィーリアにも限界がやって来る。

 

 

「!」

 

 

しかし終わらない。

オフィーリアにはまだ武器が、技があったのだ。

炎。それは宿命なのか。絶命する際に頭の火が全身に燃え移り、巨大な炎の固まりとなる。

驚くべきはその火力だ。それは文字通りオフィーリアの命の炎。

液体であるにも関わらず、シズルの体が激しい炎に包まれていった。

 

 

「ッ! し、シズル!!」

 

 

ユウリは一旦シズルを引き戻そうとするが、もう遅い。

オフィーリアの炎はシズルを容赦なく、焼き尽くし、完全に蒸発させる。

とは言え、オフィーリアも自らの炎に溶かされ、まもなく消滅するだろう。

だからこそ、オフィーリアも行動は限られる。

 

ユウリは今、槍に磔にされている為、動く事ができない。

となれば残された時間の中でオフィーリアが取る行動といえば一つ。

そう、特攻だ。

 

 

「終わりだよ佐倉杏子」

 

 

しかしユウリもそれは理解していた。

だからこそ既にチャージを完了させていたのだ。

両腕に持っているリベンジャーと、両肩の上にあるマシンガン。

計四つの銃口に、磁力エネルギーを満ち満ちた魔法陣が張り付いていた。

腹部を貫かれながらも、魔法陣を完成させたスピードと、つぎ込んだ大量の魔力。

それを可能にさせたのは――、ユウリの心が折れなかったのは――……。

 

 

もはや希望とも言える絶望があったからだ。

 

 

「吹き飛べぇえエエエッッ!!」

 

 

四つの銃口からレーザーが発射され、近づいてきたオフィーリアの体に命中する。

魔力の本流に、炎の固まりは動きを止め、徐々に後ろへと押し出されていく。

力を追い求めた魔法少女は、最後は力によって壊される。それが宿命と言う物なのかもしれない。

初めから終わりなど無かったのだ。杏子の求める物には、いつだって過去の亡霊が取り付いていた。

力を求めた先には、また力がある。その無限のループ。

 

愚かな歯車は決して止まる事のない絶望。

何故ならば、杏子は相手をねじ伏せる事に快楽を見出していたが、その最もたる所は、自身と均衡した相手を殺す事。

つまり自分が死ぬ可能性を孕んでいなければ、燃え上がる事はない喜びだった。

しかし相手に負ける事は、杏子にとっては耐えがたい屈辱である。

 

浅倉にも言える事だが、杏子たちの心には、常に説明できない苛立ちが取り巻いていた。

それを払拭させる為に杏子たちは戦う。

そう、戦い続けなければならなかったんだ。常に命を賭けなければ満たされなかった。

 

 

「―――」

 

 

ユウリは自らを貫いていた槍が消えるのを確認して、笑みを浮かべる。

つまりオフィーリアが死んだと言う事だ。炎の塊は消え去り、魔女結界が崩壊していく。

これで完全に佐倉杏子はおしまい。

 

技のデッキは、倒した魔女を配下とする事ができる。

しかしそれよりもまずは回復が先だ。思った以上に魔力を失い、思った以上にダメージを受けた。

とにかく先にグリーフシードで魔力を回復し、その後に損傷が酷い身体を何とかしなければ。

その時、魔女結界が完全に消え去る。

 

 

「チャオ、佐倉杏子」

 

 

さようなら。ユウリは笑みを浮かべる。

そしてユウリは、首を掴まれた。

 

 

「え?」

 

 

思わず出た言葉。そして待っていた地面。

 

 

「が――ッ!」

 

 

地面に叩きつけられる。

聞こえたのは、獣のような呻き声。

 

 

「アァァ……! ムカつくよなァ? 何もかも壊したくなる」

 

「お前――ッ!」

 

 

手が離れ、ユウリは解放される事になる。

そしてしっかりと見た、自分を見下しやがる王蛇の姿を!

 

 

「王蛇……ッ!お前ッッ!!」

 

「収まらねぇよなァ、イライラってヤツは本当にしつこい」

 

 

いや、何もおかしな事は無い。

あれだけ殺していたし、ましてや魔女になった双樹姉妹と、ユウリを一度殺してる。

つまり杏子は既に復活条件を満たしていた。死んでからではなく、その前にもちゃんとカウントされている。だからこそ、復活チャンスを放棄する等あり得ない話だったのだ。

 

ユウリもそれは分かっていた為、注意を払う様にはしていたが、まさかこのタイミングとは。

どうやら魔女時であってもパートナーを蘇生させる事は出来るようだ。

だが、王蛇は杏子と共に定めたルールがあった筈。

 

 

「お前ッ、ルールがあるだろ! 破るのか!?」

 

「そう、だからアタシが殺す。簡単な話じゃん」

 

「!!」

 

 

ユウリはゾッとした。紛れも無く彼女は、この瞬間に恐怖を覚えた。

それは王蛇の向かい側に現れた人物の声だ。

少女は、倒れているユウリの前髪を掴むと、乱暴に引っ張り上げて視線を合わせた。

 

 

「ブッ殺せば、イライラも消えるからさぁ」

 

「お前……!」

 

 

"佐倉杏子"の笑みに、ユウリは表情を引きつらせる。

杏子は一度死んでいる、そして先ほども死んだ。

だがチャンスはまだ失われていない、何故ならばそれがルールと言う物だからだ。

だからこそ王蛇はここにいるのだし、杏子にもそれは言える事だ。

 

杏子はリーベエリスメンバーと分かれば即決で殺していたし、浅倉も浅倉で、本部では大量の人を殺した。邪魔だと思う人間もほとんど殺害した。

邪魔だから殺す。一般人も、参加者も。

それが王蛇ペアの全てであり、もはや殺意すら湧かぬ殺人の理由。

 

だからこそ杏子は浅倉を蘇生させていたのだし、浅倉も杏子が死んだ瞬間に蘇生を行使した。

もちろんユウリもそれは分かっていた。杏子を二回殺せる自信もあった。

だがオフィーリアに、あそこまでペースを乱され、王蛇にも邪魔をされるとは。

 

 

「―――」

 

 

ユウリもまた、この瞬間理解した。

何度と無く出てきた単語かもしれないが、王蛇ペアはやはり人間ではなく、モンスターだ。

ユウリも復讐を果たす為に多くの命を殺害してきたが、逆に言えばそれは理由ある殺人だ。

人を殺す事にちゃんとした意味があった。復讐と言う、濁った理由かもしれないが。

 

良い悪いの話をしているんじゃない。

要するに、理由が無ければユウリは殺人を起こす気など無かったとも言える。

だが杏子と浅倉は違う。人を殺す事に特別な意味も、大層な理由も持っていない。

なんとなくムカつくから殺す。ちょっと不機嫌だから殺す。そのうちに目に付いたら殺す。

それは呼吸をする様に。それは食事をする様に。

 

それはある意味、間違っていない事なのかもしれない。苛立ちを治めるために人を殺す。

生きていく中で、ごく当たり前の事へと昇華していったのだから。

ああ、考えれば考えるほどに愚かな話では無いか。

 

利用される事を嫌っていた杏子は、ゲームに都合よく利用されているようにしか思えない。

それは浅倉もまた同じだ。しかしそれが二人の全て。殺しあう戦いの中でしか、もう彼らは生きられないのだから。

 

 

「リュウガァァ!!」

 

 

来ない。理由は、なんとなく分かっている。

グリーフシードを使おう? いや、こんなに密着されているのだから、おかしな行動を取ろうとすれば即ゲームオーバーだろう。

だが何もしなければ、それはそれで終わりだ。

 

 

(詰み――ッ、か?)

 

 

こんな筈じゃなかった。

何がいけなかったのか。魔女の数も、グリーフシードの数も十分だった。

しかしそれを使いこなす前に、コチラのプランをグチャグチャにしてきやがった。

気に入らない、ああ気に入らない。

 

 

(やっぱ魔法少女って糞だわ)

 

 

また魔法だ。また幻覚だ。

いつだってそうだ。考えていた事を、さも当然に壊される。

いらぬ喜びを、いらぬ苛立ちをチラつかせてばかり。

 

 

(不思議な力? ふざけんなよマジでッッ!!)

 

 

確信するよ。

生きている事こそが、やはり罪だった。

魔法少女も、騎士も、魔女も。考えてもみればF・Gが起こった事も、そもそも自分たちと言う存在がいるからじゃないか。

 

 

「存在自体が罪ッ、アタシも! お前らも!!」

 

「!」

 

 

ユウリを中心に広がる魔法陣、それは一瞬で形を完成にまで持っていく。

つまりそれだけ魔力を注いだと言う訳だ。言っておくが、ユウリにはもうほとんど魔力が残されていないのに。

 

それはユウリ自身の明確な意思。

勝つ気でいるんだろう? 杏子も王蛇も、自分を殺して終わる気でいる。

でもそれは違う。杏子が、ニコがそうした様に、ユウリにも同じくして最期のチャンスと言う物が残っているのだと。

 

 

「ちッ!」

 

「………」

 

 

杏子と王蛇はバックステップでユウリから距離を離した。

驚くべきはその跳躍力。ユウリが発動しようとしたイル・トリアンゴロの範囲から簡単に外れて見せた。

 

しかしユウリには関係無い話だ。

元々発動するつもりはなかった。いや当たれば、それはそれで良かったが、どうせ避けられるとは思っている。

これは、魔力を消費する為だ。

ユウリはあえてソウルジェムを濁らせたのだ。

 

 

「準備は整った。見せてやるよ、切り札ってやつを」『イーブルベント』

 

「ッ!」

 

「何の為にグリーフシードを、イーブルナッツを増やしたのか」

 

 

何もソレは魔力を回復する為だけではない。

何もそれは魔女を強化する為だけではない。

ユウリの上空に再び大量のイーブルナッツと、今度はグリーフシードが現れる。

黒い雲、黒の塊、イーブルナッツはグリーフシードに合わさり、次々に"ユウリの体内"へと侵入していった。

 

 

「グッ! がぁああああぁあ!!」

 

 

無数の黒がユウリの中へ吸い込まれていく。

まだだ。ユウリは魔女を封じているカードを全てを宙へと放る。

それらもまた、ユウリの周囲を旋回し、濁った光を放つ。

 

 

「何をする気だ?」

 

「一発ギャグでも見せてくれるんじゃねーの? つまんないギャグをさ」

 

 

王蛇と杏子が構えると、ユウリは再び狂った様に笑い始めた。

既に身体はボロボロの筈。しかしユウリを駆り立てるのは、身に宿る強力な復讐心。

つまり意志の力だ。

 

 

「クハッ! ひ、ヒヒヒハハッ! 呪われた力だよ、コレ――ッ!」

 

 

そう思うだろうお前らも?

この力さえ。この世界さえ知らなければ、普通でいられた。

教えられた常識が全てと知って。過度な夢も希望も持たずに終われた。

最期だって、こんな醜くなる事も無かったのに。

でも、だからこそ今は感謝しないといけない。やはり呪われた存在を殺すには、同じ力でなければならないのだろう。

 

 

「魔法少女も魔女も、騎士も、参加者全員ンンンンッ! アタシがブチ殺す――ッ!!」

 

 

お前等さえいなければ、何も知らないままでいられたのに。

ユウリと出会う事は無かったけど、ユウリが死ぬ事も無かった。

あいりが、死ぬ事も――、無かったのに。

 

 

「意味不明な復讐心を向けられてもねぇ?」

 

 

呆れ、興味なく、見下したように笑う杏子。

だがユウリは笑みを崩さない。いや、彼女自身、自分がどんな顔をしているのか分からない。

それだけ限界は来ていたのだろう。ましてや、それが『ユウリ』の力だった。

果たして一体今、自分は誰なのか? 誰に変身しているのかも分からない。

 

 

「お前だって分かる筈だ、佐倉杏子」

 

 

誰かを恨まなければ、とっくの昔に死んでいた。

何に、誰に恨んでいるのかは、些細な問題だ。

その復讐心を身に宿し続ける事で、良くも悪くもココまでいられたのだから。

復讐心を糧として、それがあったから生きてこられた。

 

 

「だから私は恨み続ける。魔女を、魔法少女を――ッ!!」

 

 

それが自分の希望、そして絶望。

 

 

「一人残らず殺してやるよ。お前らをなぁアア!!」

 

 

誰かが『彼女』を愛せば、こんな結末は起きなかったのに。

腕を天にかざすユウリ。するとその動きに合わせて、魔女のカードがユウリの上空縦一列に並んだ。

そしてイル・トリアンゴロを銃口に合わせる。そのまま、最期の魔法技を発動する。

 

 

「!」

 

 

引き金を引いたユウリ。

銃弾は天に向かって突き進み、並んでいたカードを貫き続ける。

発動されていくアドベント。大量の魔女が空に並び、そこでユウリは最期のトリガーを引いた。

自らの終わりと言う、引き金を。

 

 

「さあ、はじめよう」

 

 

終わりの、始まりを。

 

 

「ちッ、真似しやがって」

 

 

ああ、いや。そう言う意味ではニコを真似していたのか。

だから杏子はため息を一つ。彼女の前にいたのは、ユウリから生まれ出た醜き魔女であった。

 

心臓の魔女『NieBluehenHerzen(ニーブリューエンヘルツェン)』。

その性質は自己否定。心臓を強くイメージさせるハートの形をしており、魔法少女の時に特徴的だったツインテールは、針が生えた触手となっていた。

それは茨。それは血管。ニーブリューエンヘルツェンはその触手で、生み出した魔女を連続して貫いていった。

 

 

「なんだ……?」

 

 

せっかく召喚した魔女を殺した?

杏子は呆気に取られて動きを止めてしまう。

しかし狙いは別のところにあった。ニーブリューエンヘルツェンは文字通り心臓だ、

心臓とは、それ即ち身体のコアとして機能するべき物。

では、逆を言えば、『体』と言う物が存在する事になるのでは?

 

 

『プチプチプチプチプチ』

 

 

独特の鳴き声をあげながら、ニーブリューエンヘルツェンは魔女達を貫いていた触手を自分の体に巻きつけ、魔女達を纏う様な形になる。

イーブルナッツを大量に取り込み、無数のグリーフシードも取り込んだ彼女が行うのは、共鳴。

魔女同士の歪な力が引き寄せ合い、ニーブリューエンヘルツェンは召喚した魔女達を取り込んでいき、己の肉体へと変換させていく。

つまり融合だ。心臓は肉体があってこそ機能するべき物だから。

 

 

「へぇ」

 

「アァ。拍子抜けだけは勘弁だぜ?」

 

 

その融合を止める訳でもなく、杏子と王蛇はジッと観察していた。

そんな二人の前で、魔女達は次々と融合。心臓を取り囲む肉体を形成していく。

イーブルナッツの力が齎した歪な奇跡。

体内に取り込んだソウルジェムも次々と魔女を孵化させ、それも取り込んでいく。

 

 

『おいおい、焦らせんなよ。ビビったぜ』

 

 

その変化を観察していたのは、杏子達だけではない。

公園にある高い木の上では、ジュゥべえとキュゥべえが並んでそれを観察していた。

彼らがココに来たのは、異質な力を感じたからだ。

そう、とびきり異質な力。思わずジュゥべえとキュゥべえは、ゲームに支障が出たのかと疑問に思ったほどである。

簡単に言えば、ワルプルギスの夜が現れる時間が早まったのでは無いかと思った。

 

 

『しかしユウリも考えたね。まさか契約していた魔女や、生み出した魔女を全て強制的に自身の体に取り込むなんて』

 

『先輩が教えてやった情報でヒントを得たんじゃねーかな?』

 

 

その通りである。

ユウリはキュゥべえから『ある情報』を教えられて、その事を重要視していた。

その情報とは、ワルプルギスの夜の事だ。ゲームのラスボスとも言える最強の魔女。

 

 

『ワルプルギスの夜は一固体の魔女ではなく、複数の魔女が融合した姿であると』

 

『つまりユウリはそれをアレンジして、今に至る訳だね』

 

『そうだな。いやいや面白い事をしやがる』

 

 

ユウリは自分の体を中心として、無数の魔女を全て肉体に変えた。

それは彼女の体内に埋め込まれたイーブルナッツとグリーフシードと共鳴融合を果たし、文字通り一つの魔女として昇華する。

 

つまりユウリの切り札とは、自分自身を『ワルプルギスの夜』にしようと言うのだ。

自らの命は消え去るが、リュウガさえ生きていれば、なんとかなるだろうと言う考え。

 

 

『特攻も特攻だな。オイラ、命はもっと大事にした方がいいと思うけど』

 

『だがそれだけに見返りも大きいよね。事実、ボクらは彼女をワルプルギスの夜だと勘違いしたわけだし』

 

 

冷静に見れば、やはり劣化と言う印象しか残らないが、擬似的なワルプルギスの夜とすれば十分合格ラインではないか。

すくなくとも『切り札』として認識する事には問題ない。それだけの力が生まれるのだから。

 

 

『参加者にとっては、かなり面倒な存在になるんじゃないかな?』

 

『確かに。こりゃあ、ひょっとしたらこのまま決まっちまうか?』

 

 

その時、融合が終了したのか。辺りに衝撃波が発生する。

常人ならそれで死亡する程の物なのだろう。

キュゥべえとジュゥべえの前にはキトリーが現われ、マントを広げて二匹を守る。

 

そして杏子と王蛇はその衝撃波を避ける訳でもなく、ただ涼しげな顔で耐えて見せた。

だが流石に杏子たちも上空に舞い上がったユウリ――、だった者を見て、表情を強張らせていた。

 

真っ黒なシルエットはまさに巨大な魔女だ。

大きな魔女帽子は先端が渦巻いており、背中には巨大な魔法陣が展開している。

大きな裾からは、棘の生えた触手が指のように五本ずつ垂れていた。

 

 

『人工ワルプルギスと言った所だね』

 

『………』

 

 

決めた、ジュゥべえはウンと頷いて、その名を決定する。

 

 

『ヒュアデスの暁』

 

 

この時、もしもニコがいたのなら自身の考えを改めていた事だろう。

ジュゥべえ達は、意外と洒落た名前をつけるのが好きなのだ。

とにかく、新たに生まれた魔女の名はヒュアデスの暁。

ワルプルギスを模した複製品とでも言えばいいだろうか。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

 

ワルプルギスは常に狂った笑い声を上げているらしい。

対してヒュアデスのあげる声は、ありったけの怨念が込められた『怒り』に感じる。

けれども、杏子達に焦りの表情は無かった。

とは言え、何も分かっていないわけじゃない。

 

 

「どうすんだ? アレ、かなり強いぞ。このまま戦っても勝てねぇ」

 

「アァァ、どうもこうもあるか」

 

 

イライラするんだよ、見れば見るほどに。

見下されるのは王蛇も非常に腹が立つ話ではあった。

だから、答えは一つだろう。

 

 

「殺す。邪魔な奴はな」

 

「くははは! そうだな、それでこそアンタだよ」

 

 

王蛇とめぐり合えた事には感謝しないといけない。杏子はつくづくそう思う。

壊れた杏子と、素で壊れている王者。気が合うのは当然の話だったのか?

とにかく杏子も王蛇も、今だ尚この体を溢れていく苛立ちと殺意をしっかりと感じ取っていた。

イライラは溜め込んでいては爆発するもの。それを満たすには他者を喰い散らかすしかない。

力と言う、牙を振るって。

 

 

「こっちも真似すりゃいいのさ。それでなんとかなるだろ」

 

 

杏子が指を鳴らすと彼女の背後に巨大な槍がいくつも生えてくる。

そして首を回しながら呻き声をあげ、カードを発動する王蛇。

 

 

『ユナイトベント』

 

 

飛来してくるベノダイバー、地中から姿を現すベノゲラス。

そして王蛇はベノスネーカーへと姿を変えると、杏子の体へと進入していく。

さらに融合していく槍達。普段のジェノサイダーとの融合ではなく、そこに王蛇が加わり、無数の槍が加わった事となる。

杏子はさらに槍を追加、彼女の体にさまざまな凶器と命が加わっていく。

 

そして過去最高の怒りと殺意。

王蛇のソレともリンクし、二人はユナイトベントの融合素材に『殺意』を形として取り込んだ。

それは全てを壊すために必要な力を得る為に。

この瞬間、文字通り二人は人間を捨てて、完全なる獣へと変身を遂げた。

 

 

『ジャオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

 

蛇の鳴き声が変身の完了を告げた。

ベノスネーカー、ベノゲラス、ベノダイバー、浅倉、杏子、彼女の魔力を注いだ巨大な槍、無数の槍、そして『殺意』を融合させて誕生したのは最凶のモンスターである。

 

上半身はジェノサイダーとほぼ同じだが、カラーリングは赤を強調したものであり、それは杏子を強くイメージさせる。さらにベノスネーカーのブレード部分が杏子の槍先の刃になっており、下半身は蛇の体その物であった。

長い身体には多節棍がいくつも巻き付いており、尾の部分は杏子の魔法技である『最期の審判』で生み出される巨大な槍のブレードになっている。

 

体はジェノサイダーよりも遥かに巨大で、さらにジェノサイダーの頭部には大きな角があるのだが、それが今は杏子の上半身になっている。

杏子は普通の魔法少女の衣装ではなく、王蛇の鎧を着ていた。

顔は露出しており、髪は結んでいない。

上半身だけの杏子は、より禍々しくなった槍を持っていた。

目は閉じており、それは彼女の意識がこの身体ではなく、ジェノサイダー側にある事を意味しているのだ。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオ!』

 

 

吼える蛇。

心は王蛇と杏子。しかし二人には、もう自我と呼べるものは無かった。

二人が選んだのは、力を得る代償に理性を失う事だった。

けれども二人はそれを厭わなかった。

 

つまり、理性を失う事に対して、何の抵抗も無かったという事だ。

そして今、王蛇と杏子は一つとなり、文字通り本当の化け物になった。

合成ミラーモンスター、『メリュジーヌ』は、吼え叫び、ヒュアデスの暁を威嚇する。

 

 

『ジャアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

『アアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 

 

化け物と化け物の咆哮がぶつかり合い、周りの大地を吹き飛ばしていく。

公園の遊具は粉々になり、木々は倒れ、街灯は空へと飛んでいく。

言葉は無い。話せないと言う意味もあるが、そもそも言葉は要らなかった。

今ココに必要なのは殺意と狂気。何よりも相手をねじ伏せる力のみ。

 

二体のモンスターの大きさはほぼ同じ。

まずはメリュジーヌが巨大な腕でヒュアデスの身体を殴りつける。

しかしガキンと言う硬い音が辺りに響き渡った。魔法の盾が拳を受け止めたのだ。さらにヒュアデスは反撃に魔法の剣を召喚して、メリュジーヌの身体に振り下ろす。

 

 

『………』

 

 

だが上半身だけの『杏子』が、持っていた槍を横に構える事で、落ちてきた刃を受け止めて見せる。

杏子は槍を高速回転させて剣を打ち弾くと、刃が王冠型になっている『ユリアン』と呼ばれる槍を思い切りヒュアデスの身体へと突き入れた。

 

 

『ギィイイイイイイイイイイ!』

 

 

吼えるヒュアデス。

しかしそれは痛みから来る苦痛の声ではない。

ヒュアデスはその手で、槍をしっかりと止めていたのだ。

正確には手から生える五本の触手で。

 

触手は細い管の周りに無数の棘が生えており、バラの蔓やムカデを彷彿とさせる。

それをユリアンに絡ませて止めたのだ。

それだけじゃない。触手はそのまま伸びていき、文字通り虫の様に蠢きながら、槍を伝って杏子の手に届いた。

そしてあっという間に杏子の身体に絡み付くと、強く締め付けていく。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオ!』

 

 

させるか。

その意思と共に、メリュジーヌの口から溶解液がジェット噴射の様に勢い良く発射される。

当然ヒュアデスはシールドを張って防御を行うが、全てを溶かす一撃は、シールドさえも簡単に融解させた。

 

そしてそれを待たずして繰り出される拳。

重々しい一撃がヒュアデスのシールドを粉砕して、身体に抉り込む。

怪獣とも言える二体のぶつかり合い。それは辺りのフィールドを大きく震動させて、その圧倒的な力を知らしめる。

 

 

『ゴオオオオッッ!!』

 

 

突き出されるユリアン。

ヒュアデスの身体を貫く事はなかったが、押し出される様にして吹き飛ばした。

地面を抉るように削りながら、転がっていくヒュアデス、

けれどもその音や衝撃は、暴風と曇天が覆い隠す。

だから他の人間にこの光景が見られる可能性は低かった。

 

 

『ジャアアアアアアアア!!』

 

 

煙たい風が吹く。

メリュジーヌは怒りを叫ぶ。殺意を叫ぶ。

攻撃はまだ終わらない。第二の槍である"ウード"で異端審問を発動した。

ウードは燃える炎の槍だ。地中から次々と生える赤い一撃は、ヒュアデスの身体を突き削り、熱でダメージを与えていく。

 

 

『―――』

 

 

もがくヒュアデスへ追撃を行おうと、メリュジーヌは動き出す。

上部にいる杏子は、刃が漢字の『王』の形をしている第三の槍、『ギイ』を構えて歩みを進める。

 

 

『ガアッ! アアァア!!』

 

 

槍を振り上げ、思い切り打ち付ける杏子と、叫ぶメリュジーヌ。

殴る様に槍を何度もヒュアデスへ打ち付ける。

けれどもその時だった。ヒュアデスの身体が光ったかと思うと――

 

 

『ギィィィイイィィィ!!』

 

 

杏子の代わりにメリュジーヌが叫ぶ。

すると槍を持っていた腕から大きな針が突き出てきた。

皮膚を、鎧を突き破り、血と肉を飛び散らせる鋭利な棘。それも一本ではなく複数だ。

杏子の腕はあっという間にサボテンの様に針だらけとなり、当然槍を持つ力も弱まる。

 

 

『オオオオオオオオオオ!!』

 

 

その隙をヒュアデスは逃さない。

手を前にかざすと闇のエネルギーを発射。

メリュジーヌのバランスを崩すと、今度は体中から使い魔を発射して敵を狙う。

 

 

『アアァァアア!』

 

『エェエエエン!』

 

 

泣きじゃくる声と共に、メリュジーヌや杏子に切りかかっていく黒いシルエット。

使い魔は人の形をしており、メイスや剣、銃など様々な武器を持って攻撃をしかけてきた。

大きなメリュジーヌに群がる様に武器を突き立てる様は蟲のようだ。

使い魔達は杏子の身体にも纏わりつくと、容赦なく刃物で刺し殺そうと試みる。

 

 

『――――』

 

 

その時、さらに鎧を突き破って杏子の腕から針が生えてきた。

どうやら先ほど槍を伝って、ヒュウアデュスの触手が腕に絡みついたが、それが原因らしい。

そうだ。針が生えた触手。それこそがヒュアデス最大の武器だった。

相手の体内に針を埋め込み、それが時間と共に巨大化していくのだ。

最終的に針は皮膚を貫いて回避不能の死を贈る。

それはまさに死に至る病。相手は体内で大きくなる針に苦しみながら、最期の時を待つしかない。

 

 

『ゴオオオオオオオオオオ!!』

 

 

立ち上がり再び浮遊するヒュアデス。

怯んでいるメリュジーヌに向かって、再び両手の触手を振るい、強く打ち付ける!

メリュジーヌは反射的にギイを投げる事で、一旦ヒュアデスを怯ませるが、もう遅い。

その体内には針がしっかりと打ち込まれていた。

 

針が巨大化するスピードは、威力や大きさによって変わるものだが、一度打ち込まれた針を取り除く方法は無い。

それが究極の絶望をつかさどるワルプルギスの複製、ヒュアデスの暁の実力なのだ。

針が打ち込まれた場所を切り落とせば侵食は止まるだろうが、そうしなければ針は体中を蝕んでいき、時間と共に苦痛を与え続ける。

 

 

『ジャアアアアアア!!』

 

 

しかし、杏子と浅倉がそんな事を気にするだろうか?

ましてや二人は自我を失っている。答えはあまりにも簡単な話だった。

針が体中を突き破りながらも、杏子は第四の槍『アントワーヌ』を取り出した。

槍の先端に獅子の顔がついているアントワーヌ、杏子はそれ思い切り振るった。

すると獅子のエネルギーオーラが現われ、自分の周りを取り囲んでいた使い魔たちを乱雑に食い散らかしていく。

 

 

『アアアアアアアアアア!!』

 

 

怒りの声が響き渡る。

ヒュアデスが腕を振るうと、エネルギー弾が次々に発射されてメリュジーヌの身体に着弾していく。

しかしそれでも怯まずに移動して、第五の槍『ルノー』を突き出す杏子。

 

ルノーは巨大な一本の棘がついた槍だった。

貫通力が高く、ヒュアデスのシールドを突き破って、心臓部分の肉を抉った。

これを連続で刺していけば、コアにたどり着くだろう。

だからか、メリュジーヌは狂った様に槍を突き入れる。

 

殺意。

相手を絶対に殺すと言う揺ぎ無い意思。

それが浅倉と杏子をつなぎ止める最大の絆であると言うのが、複雑な話である。

 

 

『―――』

 

 

杏子の身体中から次々と針が飛び出て、彼女の美しい顔が見るも耐えない有様になってしまった。

しかしそれでも杏子はルノーを突く手を止める事は無かった。

たとえ見た目が完全に死んでいるとしても、あくまでも彼女の本体はメリュジーヌだ。

顔や首から鋭利な針が何本も飛び出していようと、杏子の体は狂った様に槍を突き出すのみ。

 

一方でメリュジーヌは蛇の口から溶解液を発射し、ヒュアデスの身体に傷をつける。

殺意の量で言えば――、メリュジーヌはヒュアデスの暁に匹敵する物を持つかもしれない。

しかし、ヒュアデスの暁は『ワルプルギスの夜』に近いだけの力を持っている。

その力の差は、悲しいけれど大きな差が存在している。

 

 

『ゴォオオオ!!』

 

 

大量の血液が四散する。

いつの間にか知らぬ所で針を打ち込まれていたらしい。

メリュジーヌの腹部から巨大な針が突き出てきた。

さらに大量の使い魔がヒュアデスの体を覆いつくさんとの勢いで襲い掛かっていく。

 

使い魔達はそれぞれの武器でメリュジーヌの動きを封じ、その隙にヒュアデスは巨大な剣でメリュジーヌの尾先を切断した。

叫びを上げて怯むメリュジーヌ。その間にも使い魔は剣を振るい、杏子の身体を切断していく。

その時、メリュジーヌの左腕のから巨大な針が肉を突き破って飛び出して来た。

死に至る病は順調にメリュジーヌの身体を蝕んでいた様だ。

しかも使い魔に気を取られている間に、ヒュアデスはさらに触手をメリュジーヌに押し当てていく。無数の針が肉の中に進入して行き、育っていく。

 

 

『ふぅん、流石につえーな。つか最初ッからアレ使えば良かったんじゃねーの?』

 

『そうだね。まあおそらく、それをしなかったのは予想がつくけども』

 

 

ジュゥべえとキュゥべえはその光景を見て頷いていた。

擬似的にワルプルギスを生み出すと言うユウリの手は、非常に意表を突かれたとインキュベーター達も感心している。

 

その中で浮かぶジュゥべえの疑問は、何故ユウリはこの奥の手を最期の最期まで残していたのかと言う事だ。

もっと復活チャンスが残っている時にでも使っておけば、多くの参加者を殺せたのかもしれないのに。

 

 

『彼女は魔女と魔法少女に異常なほどの嫌悪感を持っていたからね』

 

 

魔女の頂点に立つワルプルギスに近づくと言う事。

体内に嫌悪する魔女を入れる事が、耐えがたい屈辱だったのだろうと推理する。

魔女になると言う事自体が、おぞましさの塊とでも言えばいいか。

 

 

『くぁー! ンなくだらねぇ理由でチャンスを逃がしたのかよ』

 

 

馬鹿だねぇ、愚かだよ。

ジュゥべえはそう切り捨てた。

 

 

『皆殺しを目指すユウリ様にしては随分と可愛らしい理由じゃねーか。魔女になりたくない、魔女を身体に入れたくないなんざ』

 

『まあ、それが人間だからね』

 

 

プライドだの志だの、譲れないプライドと言うものがあるんだろうと。

 

 

『メリットよりも優先させるべきものを、心の中に持っているものさ』

 

 

キュゥべえの言葉にジュゥべえは呆れた様に納得していた。

 

 

『それよりもボクは、どちらかと言うと王蛇ペアの方に興味が湧いたけどね』

 

 

理性を捨てると言う事は、言わば人間であると言う事を捨てると言う事だ。

人は人である事にプライド持ち、杏子は杏子で魔法少女と言う地位に拘りをもっていた。

にもかかわらず杏子と浅倉は現在、言葉を捨て、理性を捨て、ただ相手を殺す為に力を振るうキラーマシーンとして存在している。

王蛇ペアは、そうなる事に対して何の躊躇も迷いも無かった。

 

 

『ユウリを殺したいから人を捨てる。何が彼らをそこまで動かすのか。興味深いよ、人間は本当に予測できない』

 

『ただ馬鹿なだけだと思うけどな。オイラは』

 

 

二匹は再びヒュアデス達に視線を移す。

そこでは激しい殺意がぶつかり合っている所だった。

 

 

『ジュアアアアアアアアア!!』

 

 

既に身体には多くの針が突き出ているものの、メリュジーヌの殺意は収まる所を知らない。

第6の槍『ジョフロワ』を持ち、それを力任せに振るっていた。

巨大な槍、それはまさに牙をくっつけた斧の様な武器だった。

しかし相変わらず無数の使い魔が飛びまわり、メリュジーヌの体に武器を撃ち当てている。

ヒュアデスもまた槍を回避し、針を打ち込んでいった。

 

 

『アアアアアアアアアア!!』

 

 

怒りの咆哮と共に、次々とメリュジーヌの身体から火花が散った。

だが、まだ前に出る。毛に包まれたハンマーが先端についている第7の槍『フロモン』と、トライデントである第8の槍『オリブル』を両手に持って、ひたすらにひたすらに凶器を振るっていた。

 

 

『―――』

 

 

だが努力虚しく回避に徹するヒュアデス。

針を打ち込めば逃げているだけでいい。そうしているとほら、メリュジーヌの体の中にある針が巨大化していき、埋め込まれた時限爆弾が次々に発火していくのだ。

肩を突き破る針。膝を、腹を、胸を突き破って飛び出してくる鋭利な棘。

遂に、メリュジーヌの動きが止まった。それを待ってましたと言わんばかりに魔法陣を輝かせるヒュアデス。

するとメリュジーヌの周りに三角形の魔法陣が展開、これはまさしく――

 

 

『あ、終わるんじゃねーのコレ』

 

 

ジュゥべえの声に被せる様にして爆音が響き渡る。

イル・トリアンゴロ。ユウリの必殺技をヒュアデスは使用し、メリュジーヌへ致命傷を与える。

既に体中から針が飛び出しており、爆発の衝撃で身はボロボロとなった。

まさに虫の息と言う言葉がふさわしい。

 

 

『ま、取り込んだ力の数が違うわな』

 

 

王蛇達の作戦は悪くは無かった。

と言うよりも、そうしなければ初めからヒュアデスの暁に勝つ事なんて不可能だったのだ。

 

 

『チャンスはあったんだけどね、一応』

 

 

キュゥべえはユウリの手は意表を突かれたが、明確なデメリットがあると告げる。

ユウリは無数の魔女を自らの身体に埋め込む形で融合を果たしたが、それは王蛇の使うユナイトベントとは違い、所詮は歪な力だ。

イーブルナッツは当然ユウリの身体にも負担を与え、最悪自己崩壊と言う結末もあった。

 

 

『でも、オイラの目から見るとヒュアデスの暁は安定してる様に見えるけどな』

 

『ボクの目からもだよ』

 

 

それを成せたのは、やはり――

 

 

『ボクはよく分からないけど、ユウリの意思がそれだけ強かったと言うべきだろうね』

 

『……意思ねぇ』

 

『人間は理解できないけれど、やはり心や感情でそのスペックが大きく変わるものだよ』

 

 

それは確かにとジュゥべえも頷く。

火事場の馬鹿力という言葉もあるし。

 

 

『ユウリは歪ながらも明確な意思と目標を持っていた』

 

 

それが負の感情であろうとも、強い復讐心がヒュアデス制御に至ったのだろう。

今後崩壊する可能性も大いにあるが、少なくともこの戦いでそれが起きる事は無い筈。

 

 

「――ハハッ!」

 

『ウォ!?』『………』

 

「ハハハハハハハハハハハハハッッ!!」

 

 

その時、この場には不釣合いな程の笑い声が聞こえてきた。

それは紛れも無くメリュジーヌから放たれる――、浅倉の声だった。

そして瞬時、別の笑い声が聞こえてくる。

 

 

『くはっ! はははは! あははははは!!』

 

 

それはまさに佐倉杏子の声だ。

そう、二人はこの最期の時に再び自我を取り戻したのだ。

状況を理解し、未来を察し、そしてその上で一番最初に取った行動は笑うと言う物だった。

狂ったような笑い声が重なり合い、ジュゥべえはその光景から目を逸らす事ができなかった。

 

 

『……なあ先輩』

 

『なんだい?』

 

『オイラに感情があれば、きっと今、恐怖を覚えていたかもしれないな』

 

『どうしてだい?』

 

『なんでアイツら、この状況下で笑ってられるんだよ』

 

 

もう死ぬって事は分かっている筈だ。

体中に針が生え、激痛が身を襲っている筈だろうに。

なのに王蛇達は笑っている。これから死ぬ人間たちの行動とは思えなかった。

 

 

『壊れていると言う証拠だろうね』

 

 

それにしても、あの二人はどこを目指したかったんだろうか? キュゥべえはつくづくそう思う。

杏子に至っては元々の性格で言えば、まどかの様な人間だった筈だろうに。

その幸福を捨ててまで己のあり方をシフトする必要があったのだろうか?

 

 

『ずっとマミと一緒にいればよかったものを』

 

 

ジュゥべえもキュゥべえの言っている事はよく分かる。

杏子が選んだ道の先には、幸福なんてものはあったのだろうか?

 

 

 

『憎い物を消したいと思うのは誰もが一緒さ』

 

 

けれど、消せないと知っているからこそ、人はギリギリの中で生きていく。

そのギリギリが無くなった王蛇達は、次から次に周りの人間を消していく道を辿って行った。

けれども、王者達らは今も尚イライラしているじゃないか。

 

キュゥべえは一つ、確信している事がある。

それは、浅倉が北岡を殺せていたとしても、苛立ちが晴れる事は無かったと言う事だ。

殺した時点では苛立ちは収まるかもしれないが、きっと浅倉の前には北岡に匹敵する苛立ちを生む存在が必ず現われる。

 

杏子にも言える事だ。

そもそも彼らは苛立ちをなくす為に、永遠の戦いを望んでいた。

それがもう矛盾していると。

 

 

『つまりのところ。はじめからあの二人には平穏は訪れなかったんだよ』

 

 

報われる事の無い道に足を踏み入れていた。

 

 

『いや、一つだけあるか。報われる方法が』

 

 

呪縛から解放される道がある事に、キュゥべえは気づく。

今まさに、王蛇ペアはその道に足を踏み入れたではないか。

 

 

『"死"と言う道にね』

 

 

死ねば苛立つ事も無い。

逆に生きている限り、苛立ちは何かしらの形で人を襲う。

王蛇達は苛立ちを覚えれば、誰かを傷つけなければならない。

狂った上に、割に合わないサイクルだ。

 

 

『……つくづく愚かなやつ等だぜ。まったく』

 

 

やはり、浮かぶのはその一言だった。

 

 

「『ハハハハハハハハハッッ!!』」

 

 

笑い声が重なっている。ジュゥべえには間抜けな声に聞こえた。痛々しくて見ちゃいられない。

しかしたとえ愚かであったとしても、ソレが王蛇と杏子の全てだったのだから、仕方ないじゃないか。

 

王蛇も杏子も馬鹿ではない。

自らの体内に未だ尚蠢いている針の感触を感じれば、残された時間が少ない事くらい分かっているだろうに。

かと言って融合を解除してもどちらかの身体に針は残っているし、ましてや個人では絶対にヒュアデスには勝てない事も分かっている。

そう、分かっているんだ。全て分かった状態で二人は笑っている。

 

 

「アァ、気にいらねぇなァ」

 

『ああ、気に入らないよ。マジでさ』

 

「だったら分かるよなァ、杏子」

 

『当たり前だろ、さっさとやるぞ浅倉』

 

 

ファイナルベント。

その音声と共に、メリュジーヌの周りに今まで使った八本の槍が出現して行った。

そして槍は互いに交わると一つになり、禍々しい一本の槍となる。

 

 

「どいつもこいつも本当に腹が立つ」

 

『ああ、ムカつき過ぎて笑えてくる程にねぇ』

 

 

もう何度も言っているが、だったら自分たちの取るべき道は一つだけだ。

 

 

「気にいらないなら壊せばいい」

 

『イライラするなら殺せばいい』

 

 

それが自分たちの全てだ。

今も、昔も、そしてこれからも。

 

 

「『ウォオオオォオォォオオオッッ!!』」

 

 

二人の声が重なった。

すさまじいスピードで放たれる槍。

名を『オーバーキル』とシンプルに称された必殺技が、ヒュアデスの暁に襲い掛かる。

 

その速さと威力は名前に負けていない。

槍はヒュアデスが張ったシールドを簡単に打ち破ると、胸に、心臓がある部分に突き刺さる!

悲鳴が聞こえる。ヒュアデスから絶叫が上がった。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

まあ。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

それは。

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアア!!』

 

 

苦痛の、ではなく怒りの。

 

 

「はは、ハハハハハハ!!」

 

 

再び笑い出す王蛇と杏子。

槍は確かにヒュアデスの心臓部分に突き刺さった。

しかし最期の一撃は、ヒュアデスを絶命させるには至らなかった。

身体には刺さったが、心臓に届いてはいない。ヒュアデスが槍をしっかりと両手の触手で受け止めていたからだ。

 

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

浅倉威は、佐倉杏子は、最期まで化け物である選択肢を選んだ。

人の姿を捨て、メリュジーヌと言うモンスターとして身体を前に出す。

再び訪れる自我の崩壊。それは二人が進んで行ったものだ。

殺す。その意思だけを掲げて、蛇のモンスターはヒュアデスの暁に向かって突進していく。

 

思い出は、走馬灯は存在しない。全てを捨てたからだ。

あるのはただ本能が巻き起こす殺意のみ。それだけを力に変えた。

殺す、破壊衝動を力に変えて。殺す、恨みを力に変えて。殺す、怒りを力に変えて。

殺す、苛立ちを力に変えて。殺す殺す殺す、全てを力に。

獣である事の証明。

聞こえたのは人の声ではない、モンスターの放つ咆哮だ。

 

 

「『――――――』」

 

 

そしてヒュアデスは、手に持った槍を、逆に王蛇と杏子の心臓に突き立てた。

 

 

『最期まで、アイツ等は変わらなかったな』

 

 

ジュゥべえの言葉。

タイミングを同じくして、メリュジーヌの身体中から針が生え出てくる。

心臓を貫かれ、肉体を貫かれ、脳さえも針が貫いた状態。

耐えられる訳が無かった。

 

 

『「―――………」』

 

 

粒子化していくメリュジーヌ。

しかし、そのモンスターは再び動き出して、ヒュアデスを殴り殺そうとする。

 

 

『化け物かよ』

 

 

思わずジュゥべえの口から出た言葉。

だってそうだろう? 心臓を貫かれ、脳を物理的に破壊されたメリュジーヌはもう死んでいるのだ。

なのにまだ拳を握り締めてヒュアデスに殴りかかった。

何がメリュジーヌをそこまで突き動かすのだろうか。既に息絶えながらも、身体を動かす強い意志とは――?

 

 

『「       」』

 

 

しかし、その拳は届く事はなかった。

メリュジーヌの拳がもう少しで届いたと言う所で、完全に粒子化して消え失せる。

それは、王蛇ペアの終わりだ。そして彼らをずっと取り巻いていた苛立ちからの解放を意味している。

 

死ななければ救われない条件の中で生きていた二人。

けれどもだからと言って、この今、彼らは救われたのだろうか?

その答えは、今となっては王蛇ペアしか知らない事になってしまったが。

 

 

『彼らは、一体どこで死んでいたんだろうね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【浅倉威・死亡】【佐倉杏子・死亡】

 

【これにより両者復活の可能性は無し。よって、王蛇チーム完全敗退】

 

【残り11人・7組】

 

 

 

 

 







これも前にも言ったかもしれませんが、杏子は書く人によって性格とか印象変わるのが面白いキャラですね。
あと年齢も決まってないみたいで、PSP版じゃ上条の事を『坊や』呼びしてたんでマミと同い年説もあるみたいですな(´・ω・)
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