仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME 作:ホシボシ
「ワルプルギスの夜……」
城戸真司と秋山蓮が命を散らした展望台。そこにやってきたのは神那ニコであった。
暴風とも言える風の中、ニコはしっかりと手すりにしがみついて目を見開いている。
最強の魔女の姿は、ニコの目にもしっかりと映っている。
展望台からは街を見渡せると言う事もあるのだが、こんなにしっかりと見えてもいいものなのだろうか?
『やだな。お前には見えやすい様にしてやってんだよ』
「!」
そこへ現れたのはジュゥべえとキュゥべえだった。
『まったく、キミはとことん勝手な事をするね』
『まあいいじゃねぇか先輩。元参加者さんに特別待遇さ』
「お前ら……」
どうやら妖精達もココで戦いを観察するらしい。そしたらニコがいたと言う訳だ。
どうやら一般人には、ワルプルギスの姿はもっと靄が掛かっている様に見えるらしい。
『まあ、近くに行けばハッキリ見えるんだろうが、そうなったら一般人の場合は死亡確定だわな』
『ワルプルギスの夜は圧倒的な力ゆえに、結界を必要としないからね』
多くの文明がワルプルギスによって滅ぼされた。
アトランティスが海の底にあるのも、マチュピチュから人が消えたのも。
古代都市ポンペイが噴火によって滅んだのも。全てはワルプルギスの力が齎した滅びだと言う。
『そして今、彼女は見滝原と言う都市を滅ぼそうとしている』
「……なんで、見滝原なんだ」
『そりゃお前、無数の魔法少女の力に引き寄せられてきたんだろ?』
「そうしたのは、お前らだろ……!」
ニコは拳を握り締める。
その瞳には、やはり光は無かった。
「全て、予定調和だったと言う事かな?」
『荒んでるねぇ』
「うるさい……!」
『オイラ分かるぜ、お前は今、色々諦めてるだろ?』
「………」
『知りすぎるのは、損だよなぁ?』
沈黙するニコ。
ジュゥべえは小さく笑ってニコから視線を逸らした。
そして目を向けるのは先ほど『彼ら』が戦っていた場所。そして消え去った場所だ。
(城戸真司。お前には期待していたが……)
残念だぜ。
ジュゥべえは本心からそう思っていた。
馬鹿は馬鹿にしかできない事をやってくれると思っていたが、あと一歩届かなかったと言う訳か。
まあ元々こうなる事が分かっていたといえばそうだ。
ある意味こうなるのは必然だった。ギャンブルで言うならオッズは良いが、当選率は糞みたいなモンだったからな。
(むしろあんな甘い野郎がココまで生き残っていた事を褒めるべきか)
そして、そこでキュゥべえが声を出す。
『どうやら、戦いが始まるみたいだよ』
「ウォオオオオオオオオオオオオオオ!!」
天を切り裂いてサキに直撃する落雷。
イルフラースを発動すると、落ちているロケットランチャーやバズーカ砲を撃っては投げ、撃っては投げと、次々に弾丸を発射していく。
同じく風を身にまとい加速するさやか。ライアのアクセルベントで加速するほむら。ワープを連続使用するオーディン。
みな次々に、ほむらが地面に置いた重火器を手にして弾丸を発射していく。
僅か15秒程で、山の様にあったバズーカは全て弾切れとなり、それだけの爆発がワルプルギスの体に叩き込まれる。
『ヒヒッ! ヒハハハ! アーッハハァハハァハァハハ!!』
「「「!?」」」
攻撃を受けたワルプルギスが放った第一声は、狂ったような笑い声だった。
笑いと言っても楽しそうな物ではなく、ただ本当に笑っているだけ。
それに加え、溢れんばかりの狂気が織り交じっている。
普通じゃない。ほむら以外の三人は、その声に薄ら寒い物を感じた。
「化け物め……!」
「オーディン!」『ユニオン』『アドベント』
「ああ、分かっている!」『アドベント』
ほむらはエビルダイバーに飛び乗り、オーディンはゴルトフェニックスに姿を変える。
二人は一気にワルプルギスのサイドに回りこむと、猛スピードで二つの作業を行っていく。
まず一つめ。ほむらが盾の中からミサイルの発射台を連続して道に並べていく。
そして後ろを追従するオーディンが、その発射レバーを連続して入れる。
こうして次々と放たれるミサイル群。
バズーカ砲の爆風止まぬ内に、爆撃の雨がワルプルギスに襲い掛かる。
『ヒヒヒハハハ! ウエェハハハハハ! ヒーッ! ヒヒヒヒッッ!!』
「黙れぇええ!!」
別ポイントに移動していたさやかは、両手を前に突き出して魔力を解放する。
するとワルプルギスの周りに無数のサーベルが出現。
さやかの合図と共に一勢にそれらが収束していき、ワルプルギスに突き刺さっていく。
「ぐ……ッ!?」
いや、違う。
無数の刃はその先端がワルプルギスにあと一ミリで届くかと言う所で停止していた。
もちろんそれは、さやかがそう言う風にしている訳ではない。
さやかは必死にサーベルを突き入れようとするが、どれだけ力を入れても、剣がそこから動く事は無かった。
サイコキネシス。ワルプルギスが全てをせき止めているのだ。
だが注意は十分引き付けた。さやかはサキの名前を叫び、合図を出す。
「ああ!」
サキは翼を広げて空に舞い上がると、手におびただしい程のエネルギーを集中させて一気に解き放つ。電磁砲。巨大な雷のレーザーが、ワルプルギスの背中に命中して、巨体を押し出していく。
帯電して吹き飛んでいくワルプルギス。
さらにそれがスイッチとなったか。
せき止められていた剣が一勢にワルプルギスの肉体に突き刺さっていく。
「来た!」
笑みを浮かべるさやか。
これでダメージは与えられた筈だ。さらに、サキは何も考えずに電磁砲を撃った訳ではない。これは、ほむらに指定されたポイントにワルプルギスを運ぶ為の攻撃である。
「………」
橋の欄干。
そこを走るのは魔法の力を纏ったタンクローリーだった。
その上に乗って操っているのは、ほむらだ。
指定ポイントにワルプルギスがやってきた時、ほむらはタンクローリーから飛び降りる。
燃料をたっぷりと搭載したソレは、欄干の上から飛び出し、ちょうど前にやってきたワルプルギスに直撃した。
『イヒヒ! ヒャハハハハッッ!』
爆発に覆われながらも尚狂ったように笑い続けるワルプルギス。
同じだ、何もかも。ほむらは川の下に落ちていく中で過去の記憶を思い返す。
負ける気はしていない。だが何だろう? 何かこの一連の流れに、デジャブを感じる様な気がする。
そんな事は無い筈だ。今回の戦闘スタイルは初めての筈。
初めての……。
(いえ、変なことに気を取られては駄目ね)
川に落ちたほむらだが、水に落ちることは無かった。
川から飛び出して来たのは地対艦ミサイル。それに着地すると、魔法を使った遠隔操作でミサイルを発射していく。
『ヒヒッ! ヒハハハァ! アーッハハハハハ!!』
凄まじい勢いでミサイルに押し出されて飛んでいくワルプルギス。
相変わらずダメージを受けているのか受けていないのか、分かりにくい。
それにあの笑い声が、努力を、積み上げてきた物を嘲笑されている様な気がして、不快だった。
(相変わらず耳障りな笑い声。今すぐに黙らせてやる――ッ!)
『シュートベント』
ワルプルギスが競技場の上空まで移動すると、光の群れが魔女に直撃し、押し潰す様に地面へ叩きつける。オーディンのソーラレイ、しかしそれは第一段階でしかない。
空に出現していくサーベルの群れ、そして舞い散る黄金の羽。
さやかとオーディンが用意した弾丸が一勢にワルプルギスへ降り注いでいく。
そして競技場の客席全てに、『ある物』が仕掛けられていた。
そう、それは赤。
赤に染まっていく競技場。
C4爆弾の起動を示すライトがフィールドを染めていき――
『ヒィィイイハハハハハハ! アハハハハハハァァアッッ!!』
凄まじい爆発が巻き起こり、ダメ押しの巨大な落雷が降り注ぐ。
避難の都合上、事前に人がいない事は知っていたが、それでもこの街の一部を無に返す程の攻撃を見て、サキ達はある種の恐怖を感じた。
「やったな、ほむら」
「サキ……」
ほむらの前に降り立つサキ。
他の二人は別ポイントで次の攻撃に備えている。
「既に何度となく手ごたえはあった。さすがのワルプルギスもあれだけの攻撃を受ければ――」
「待って……!」
「え?」
その時、一同の耳には――
『アーッハハハハハハッッ! ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒィィィッ!!』
「な、何ッ!?」
爆炎の中から姿を見せたのは、出現時となんら姿が変わっていないワルプルギスであった。
サキは自らの目に映る景色を、これほどまでに疑った事は無いだろう。
あれだけの攻撃、もちろん一切手を抜いてなどいない。本気を連続でぶつけたにも関わらず、ワルプルギスの夜は何も変わっちゃいない。
「馬鹿な……!」
「嘘でしょ――ッ?」
離れた所にいるオーディンとさやかが見てもそう感じた。
つまり――
「無傷だと!?」
「……ッ!」
ほむらも、コレには大きく表情を歪めた。
流石に無傷だとは思わなかった。あれだけの火力ある攻撃を与えたのに。
サイコキネシスやシールドを張っていたならば分かるが、どう考えても攻撃は直撃していた。
それなのに何故!?
『ヒヒヒヒヒヒ! イヒヒヒヒヒヒヒッッ!!』
そして運が悪い事に、ワルプルギスはこの一連の攻撃で、己に歯向かう愚か者がいる事を理解した。
その愚か者がどんな奴なのか。どこにいるのか。何人いるのかまで察知してしまう。
輝かしい祭典を邪魔するのはだぁれ? 美しい戯曲に野次を入れるのはだぁれ?
ああ、悪い子。悪い子にはおしおきを。
『ウェハゥッ! ヒュハ! ヒーィヒハハハハハハ!!』
ワルプルギスの体が振動したかと思えば、そこから赤い光が円形状に広がっていく。
それは一瞬で。だから誰もがその光に触れてしまうのは仕方のない事だった。
ヒヤリとする一同。攻撃かと思ったが――、痛みは無い。
だったらあの光はなんだったんだ?
そして、次の瞬間。
ポン☆
ファンシーな音がした。
魔法を、ファンタジーを象徴するような可愛らしい音が。
しかし一同の目に入ってきたのは、ファンシーとはかけ離れた凄惨な光景だった。
己の腕が、肉、体の一部が爆発して、体から分離する。
「……は?」
ほむらはバランスを崩して地面に倒れる。
右耳、両足、左目、背中の一部が爆発して体から分離した。
「え?」
広がっていく血の絨毯。
そこに寝転びならがら、ほむらは空を見詰めていた。
頭が真っ白になっている。何コレ、何が起きて――?
「ぐあぁああああああああああ!!」
隣にいたサキも、襲い掛かる痛みに叫びをあげた。
光に触れたと思えば、両腕と両耳が爆発して地面に落ちたのだ。
ファンシーな爆発音からは想像できない痛みと衝撃、サキは地面に膝をついて呼吸を荒げる。
当然こうなったのは、サキとほむらだけでは無い。
離れた所にいたオーディンやさやかも、同じ状況になっており、体の一部が爆発すると言う状態だった。
「う……ッ、あ! 嘘、でしょ?」
右腕と左足を失ったさやかは近くの壁にもたれかかって呼吸を荒げる。
既に魔法は何度も発動していた。さやかの固有魔法は回復、にも関わらず何度魔法を発動しても傷は癒えない。体の一部は体に戻らない。
なおかつ、痛みが引かない。
「そ、そんな……! オーディンの鎧がこんな! 嘘だ!!」
オーディンは両腕を失い、腹部の一部もまた失っていた。
ぽっかりと開いた穴から零れていく臓物。
黄金の鎧と、血に塗れた臓器が比例し、なんとも異様なグロテスクさをかもし出す。
「なん……、だ!? あのっ、あの攻撃は――ッ!!」
光を媒介にした広範囲攻撃。
そんな馬鹿げた技があっていいのか。
サキは歯を食いしばりながら、ワルプルギスを睨む。
どう防げば良かったのか。そして次に同じ事をされたらどうすればいい?
凄まじい焦りと、恐怖が迫る。
そして、それを一番感じていたのはほむらだ。
目の焦点が合わぬ程、眼球が震えているような感覚。
全身が冷えていく。痛みは鮮明だが、それがより強い焦りを生み出す。
(何、あれ。あんな攻撃知らない……!)
分からない、分からない、知らない知らない知らない!
知りすぎていた故に、この事態は異常な恐怖を生み出した。
濁っていくソウルジェム。何コレナニコレなにこれナニこれナニコれナニコれなにこレなにこれナニコレナニこれナにコれなにこれなにコれナニこレナにこれ……。
(なんで、なんで知らない攻撃が来るの? 私がアイツと何度戦ったと思ってるの!? なのに、なんでッッ)
カチカチカチと言う音が、ほむらの耳に聞こえてくる。
歯がぶつかり合う音だった。まるで秒針のように錯覚してしまう。
そして、その中で――
「うッ! がぁああ!!」
オーディンは苦しみに唸り、辺りを見回す。
自分がこうなったと言う事は、おそらく他の魔法少女達も同じ様な状態になっている筈。
だとすればさやか、彼女は無事なのか? 確かめなければ。
オーディンはその想いで何とか心を奮い立たせていく。
「恭介。こっち、こっちだよ」
「ッ!」
名前を呼んでくれる声。
オーディンが顔を上げると、少し遠くで、さやかが手を差し伸べていた。
「こっちにおいで、治療してあげる」
「!」
希望を抱き、オーディンはワープで一気にさやかの元へ。
何故か視界が真っ暗になるが、オーディンは気にする事は無かった。
だってさやかがそこにいるんだ。彼女が無事でそこにいるんだ。
何も怖がることは無い、何に怯える必要があろうか。
「無事だったんだね! さやか!!」
「うん、きょうすけも、ぶじだったんだね」
ゴリッ! ガリッ! グッ! グギリッ!
「ああ、良かったよ本当に!」
「わたしもきょうすけがぶじでほんとうにうれしいよ」
ゴキッ! バキッ! グチッ! ギチチッ!!
「キミが無事なら僕はもう、それだけで――……」
「どうしたのつらそうだよきょうすけ」
ボリッ! ボリリッ! グチャ! グッチャッ!
「うん、ちょっと……、眠く、なって」
「じゃあねむってていいよおきるときはあたしがおこしてあげるから」
グチッ! グッチャグッチャ!
「あ、ああ……。うれしい、よ」
「うんひざまくらとかしちゃう」
「あはは、それ……は、はずか……し――」
オーディンは――、上条は知らない。
美樹さやかがオーディンを上条だとは認識していない事を。
あれはユウリが仕組んだ嘘。
と言う事はだ。
そしてもう一つ、オーディンには大きな見落としがあった。
さやかを第一に優先させるゆえの大きなミスと言えばいいか。
まさしく、さやかしか目に映っていなかったのだ。だからこそワルプルギスがどこにもいない事に気づかなかった。
「ウッ!」
その光景を見ていた『美樹さやか』は、口を押さえて目を逸らす。
サキとほむらも、その光景をしっかりと目に焼き付けてしまった。
と言うより、魔女はそれを見せ付けた。
突如オーディンがワープを開始したと思ったら、彼は――
ワルプルギスの口の中に入る。
そして、すぐに租借が始まった。
「オーディンを……! 食って――ッ!?」
黄金の鎧が砕かれる音が、魔法少女達の耳には響いていた。
耳を塞ごうとしても、一部の魔法少女には腕がないのだからそれは叶わない。
そして鎧を砕く音が徐々に肉を噛み切る音に変わっていく。
ああ、でも、サキ達は一つだけ誤解をしている。
オーディンは幸せだった。だって、さやかといつまでも一緒にいられる夢を見ているのだから。
痛みは感じない。さやかと言う幸せがそれを忘れさせてくれる。
オーディンは信じているだろう。眠りから目覚めるのは美樹さやかの声でと。
さやかと一緒にいられる。そう、だからオーディンは幸せ。
『グギヒッ! ギヒヒヒ! ヒィヒャハハハハハハ!』
彼は、幸せだった。
『ゴクン☆ クピッ! クヒヒヒヒ!!』
【上条恭介・死亡】
【これにより両者復活の可能性は無し。よって、オーディンチーム完全敗退】
【残り4人・4組】
『ウェハ! ウェハッ! ゥエハハハハハハハッッ!!』
「―――」
たった一回だ。
たった一回の攻撃で、サキ達は戦闘不能まで追い詰められ、オーディンは喰われた。
騎士はほむらにとってイレギュラーであり、希望でもあった。
魔法少女が束になっても勝てなかったワルプルギスも、騎士の力があればどうにかなるのではないかと言う希望がそこにはあった。
しかし今、その淡い希望の光が、狂気の笑みに塗りつぶされていく。
騎士もまた、意味のない物だったと言うのか?
「……ッ!!」
先ほどからずっとソウルジェムで痛覚を遮断しているのに、体は引き裂かれる様に痛い。
一体何が起こっているのか。ここから、どうやって逆転すればいいのか、勝利のビジョンが全く見えない。ほむらはもう時間を戻せないのだ。もうチャンスは無いのに……!
そうだ、もうチャンスは無いんだぞ!
これじゃあ何もできずに死んでしまう。
やっぱりまどかがいなければ駄目だったんだ。でも彼女を巻き込みたくない想いは本当だった。
ああ、駄目だ。でも駄目だ。ほむらはハッと表情を変えた。
思えば、まどかを一人残したのは、いろいろな物を背負わせないようにする為ではあるが、心のどこかで自分達が全滅したとしても、まどかならば一人で何とかできるのではないかと言う甘えがあったからだ。
でも駄目。
そうだ。駄目なんだ。
ほむらの震えが一層激しくなる。そうだ、何を勘違いしていたのか?
(私も生き残らないと駄目じゃない)
何のために鹿目まどかを守ってきたのか。
それは彼女と共に過ごせる未来があると信じていたからではないのか?
まどかを助けるのは一番だが、また友達になって、いろいろな所に遊びに行けると夢見ていたからじゃないのか?
「あ……、あぁ!」
そうだ、そうだ! まどかが好きなんだ! だからココまで頑張ってこれた。
これからも沢山の思い出を作りたいから、ココまで生きてこられたんじゃないのか?
ほむらは自分が死んでもまどかが無事ならばそれでもいいと思っていたけど、そんなのただのカッコつけじゃないのか!?
(そう、そうよ! 私はまどかが好き! まどかともっと一緒にいたい! だから魔法少女になったんじゃないのッッ!?)
ここで死んだら、全てが終わり。
まどかと、もう何も話せないじゃないか!
「まどかっ!」
その名前を口にするだけで心音が跳ね上がる。
それが答えなんじゃないの!? ほむらは恐怖と焦りの中で、思考が加速していくのを感じた。
そもそも一番初めにこのゲームの存在を知った時、何を犠牲にしてもまどかを守ると。彼女と共に歩むと決めたんじゃなかったの?
ここで死ねば終わり、そう何もかも終わり。
「……あ」
ほむらの目に『死』が浮かぶ。
そうだ、死んだら終わりなんだ。
彼女も。彼女への想いも消えてしまうんだぞ。
「まどかッッ!!」
まどか
まどかまどか
まどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか
まどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどかまどか……。
愛しているのは、だぁれ?
『ヒャハハハハハハハハハハハハ! ハーッハハハハハハハ!!』
狂気は、伝染する。
「……ッ!?」
ほむらは、混乱と恐怖に飲み込まれている。
さやかは、力の差に放心している。
ワルプルギスの笑い声が響く。この絶望的な状況下の中、唯一サキだけは疑問を抱いていた。
実は先ほど流れたオーディンペアの確定死亡アナウンスだが、魔法少女達の耳にはそれが入っていなかったのだ。
誤解の無いように言うが、アナウンスは確かに流れた。
しかし彼女たちの耳には届いていない。ああいや、今は耳が無い魔法少女もいるが、それでもアナウンスは脳に直接響いてきた筈だ。耳が無くても情報は拾えるのに、サキ達には届いていなかった。これは一体どういう事か……?
(おかしい……!!)
サキは狂いそうになる心を叱咤して、なんとか冷静さを取り戻した。
噛み砕かれ、細切れにされたオーディンは確実に死んだ。
しかしそれから少しの時間が経った今も尚、織莉子ペアらの死亡確定を知らせるアナウンスが流れてこないじゃないか。
時間差と言う場合もあるが、それにしたって遅すぎるような気がする。
「!」
その想いが、サキに発見を齎す。
彼女は地面に落ちた自分の腕を見詰める。
すると『ある筈のもの』が存在していなかったのだ。
「………」
爆発で吹き飛んだ?
いや、四肢は付け根が爆発する形で地面に落ちたため、腕はきれいな形を保っている。
つまり腕そのものは元々のままだと言う事だ。
そしてサキは見つける。『スズランのブレスレット』が空中に浮遊していたのを。
浮遊? 浮いている? いや、違う。これは元々ココにあったんだ!
「そうかッッ!!」
サキは電撃を頭に少しだけ走らせた。
ビリビリとした衝撃が脳を揺らし、一瞬だけ気を失う。
そして次に意識を取り戻したとき、やはりとサキは目を細める。
「やってくれたな……!」
サキは『拳』を握り締めて状況を確認した。
「幻覚かッ!」
サキは怪我などしていなかった。
腕もあるし、どこも無くなってはいない。
そしてそれは他の二人も同じだ。全てはワルプルギスが見せた精神汚染。
強力な幻覚で怪我をしているように見せかけただけだ。オーディンもソレが原因で自ら口の中に入っていったのだろう。
『ヒュアハッハアハハハ! ウハハハハハ! ヒィイィイイッハハハハ!!』
「黙れ……! 黙れッッ!!」
サキはワルプルギスを睨みつけ、すぐにほむらの体を揺する。
「ほむら! しっかりしろ! これは幻覚だ!! アイツの攻撃なんだ!!」
「………」
「クッ! 仕方ない、許せよ……!」
サキはほむらの頭に手を置いて放電を行う。
微弱のショックがほむらの意識を電撃に集中させ、結果としてワルプルギスの幻影を取り払う事に成功した。
サキはほむらの肩を持って強めに揺する。
ほむらは始めはポカンとしていたが、自分の体が何とも無い事と、サキの説明で事態を把握する。
「幻影……」
それは幻。虚ろな幻想。
「しっかりしろ、ほむら! 偽りに食われるな!!」
幸いワルプルギスはサキ達を馬鹿にしているのか、幻覚攻撃以外に目立った動きはしていない。
ただ狂ったように笑い声をあげているだけだ。
それは腹の立つ話かもしれないが、逆にチャンスともなる。
相手がまだ自分達を見くびっている今こそ、不意をつくチャンスなのだと。
「………」
ほむらは、冷静だった。
今までの出来事を全て振り返り、そして今のこの状況に目を向ける。
ほむらは、驚くべきほど冷静だった。先ほどは恐怖に包まれて我を失いそうになったが、今なら分かる。
サキは、一つ大きな勘違いをしているのだと。
「あれは、偽りなんかじゃない」
「え?」
「そう遠くない未来よ」
「ッ」
「考えても見て、私が幻を見て苦しんでいた間、ワルプルギスには何ができたの?」
オーディンをその間に殺したが、その後にも時間はあった。
だったらワルプルギスはもう一人くらい確実に殺せたんじゃないのか?
「アイツの攻撃パターンはこんなものじゃないわ」
精神汚染は"初めて見た"攻撃だけど、もっと物理的に危険な物をいくつも知っている。
奴はそれをしなかった、できるのにしなかったんだ。
それはサキの言う通り、向こうが自分達を格下の相手と見くびっているからだろう?
サキはそれがチャンスと言うけど、チャンスにする為には相応の力が無ければならない。
ナメていたら逆に殺されるかもしれないと思わせる程の実力が無ければ、なんの意味の無い話ではないのか?
「今の私たちに、その力があるの?」
「そ、それは――」
「先制攻撃の時、私は手を抜いていなかった。ほんの少しも」
貴女だってそうでしょう?
本気でワルプルギスを殺すつもりで技を撃っていった筈でしょう?
その結果が今、上空で笑いこけてるアイツなのよ。何も怯んでない、何も変わっちゃいない。
あげくには馬鹿にした様な態度をとって今も何もしてこない。
なんで? なんで攻撃してこないの?
それは、いつでも殺せるからじゃないのかしら。
アイツはきっと分かってる、アイツはきっと理解してる。
私達の力を理解し、分析し、その上で余裕を見せている。
「私だって分かってる」
やっぱりまどか無しじゃ無理だったのよ。
彼女を巻き込みたくないってカッコつけたけど、この三人じゃどんなに頑張ってもアイツには勝てない。
今までだってそうだった、それが今になって覆るとは思えない。
「だからと言って諦めたら終わりだろう! 彼女を巻き込まないと決めたのは私達だぞッ!?」
「分かってるわ。だから、私――」
「マイナスイメージに呑み込まれるな!!」
「……私」
思ったの。考えたの。
あの幻想の中で私を死を覚悟した。
やっぱり、死んだら終わりなんだって身に染みた。
呉キリカ達に殺されてかけた時は、まどかも死ぬとか言う情報が強すぎて、より一層根本的な事に気づけなかった。
「私は、生きて、まどかと幸せになりたい」
でなければ私の人生って何だったの?
ずっと体が弱くて、得意な事とか青春とか全然無くて、それでやっと手に入れた幸せは簡単に壊れた。
別に億万長者になりたいだとか、不老不死になりたいだとか、世界征服がしたいとかじゃない。
ただ放課後に友達と遊びに行ったり、休日には一緒に映画を見たり遊園地に行ったり、修学旅行じゃ恋の相談とかしたり。
そんな普通の女子中学生の日常を望んだのよ。
なのになんでこんな想いをしなくちゃいけないの?
今まで刺されて、殴られて、蹴られて、殺されそうになって。
もういいでしょ? もうそろそろ幸せになってもいいでしょ?
初めてなのよ? 初めて祈った幸福は人並みな物、それなのにどうして叶えられないの?
「おかしい、こんな世界……! 狂ってる!!」
「ほむら……? 何を言って――」
なんで今も死にそうになってるの?
何で勝てないのよ。何度も何度も戦って。それでどうして毎回毎回アイツはあんなゲラゲラゲラゲラ耳障りな笑い声をあげていられるのよ――ッ!!
そっちがその気なら、私にだって、もう一つの道があるって事を教えてあげないと。
「ほむら? ほむら!?」
サキは不安げな表情でほむらを揺する。
結論から言おう、サキは遅かった。何が? 決まっている。ほむらを幻想から引き戻す事がだ。
暁美ほむらは冷静だった。その幻想を見て答えが分かったからだ。
そう、冷静だったが――
「作戦変更よ、浅海サキ」
「は?」
冷静だったが、壊れてはいたと。
「私が勝ち残るわ」
「―――」
視界が衝撃でグチャグチャになる。
サキが次に見たのは曇天の空だった。自分は倒れている。聞こえたのは銃声。
そして腹部には服に滲み出るシミ。赤い服だから分かりにくいが、これは血液だ。
そして感じる痛みと熱は、決して幻などではない。
「ほむら……ッ! 何を――!!」
「分かったの。優先させるべき物がなんなのか」
ほむらは涼しげな表情で髪をかきあげ、立っていた。
その手にはサキの腹部に血を広げたショットガンが握られている。
「ごめんなさい浅海サキ。私、やっぱりまどかがいないと駄目みたい」
まどかの事しか考えられないみたい。
ほむらは目が据わっており、表情もずいぶんと荒んでいた。
このままだったら確実に自分達は死ぬ、賭けてもいい。
過去にワルプルギスを見てきたからこそ分かる。トリガーは幻想、ワルプルギスはほむらが知らない技を持っていた。
本気じゃなかったんだよ結局。
必死だったのは自分だけだ、ワルプルギスにとっては所詮遊びだったと。
そしてもうほむらにはチャンスが無い。時間巻き戻すチャンスが残っていない。
死んだらもう、本当の本当に終わりなんだ。
「ねえ、浅海サキ」
「落ち着けほむら! 君は……ッ、少し混乱しているだけだ!!」
なんとか立ち上がり、ほむらの肩を掴むサキ。
しかし、ほむらはその手を確かに弾いた。
「ほむら……!!」
「どうせ死ぬなら――」
盾からロケットランチャーを取り出す。
やめろ! サキは撃たれた腹部を押さえて叫ぶが、ほむらの険しい表情が変わる事は無かった。
何故ならもう、サキの言葉は届かない。
「その命、私に頂戴」
「―――」
ロケット弾がサキの腹部にめり込んだ。
呼吸が止まる。サキは意識が飛んだまま、体も弾丸と一緒に飛んでいった。
弾は近くのアパートに直撃、爆発と共に崩壊していく。
あっと言う間に生まれた瓦礫の山。ほむらは一呼吸を置いた後、ハンドガンを手にして歩き出す。
死亡アナンスが流れない限り、死は確定しない。
それではサキを撃った意味が無い。何のためにこんな事をしたのか。
決まっている、それは勝利を目指す為だ。
このタイミングで、暁美ほむらは参戦派へと意思を変えたのだ。
『ヒュアハハハハハハハ! ウフフフ! アハハハ! ヒーッハハハハ!!』
ほむらの姿を見て、ワルプルギスは何もせずに浮遊するだけ。
そうしている間に、ほむらはまた一歩とサキがいるだろう瓦礫の山へと近づいていった。
だが、そこで青。
「ほむらぁああああああ!!」
「………」
サキはほむらだけではなく、遠隔でさやかにも電気ショックを浴びせていた。
それが原因で同じく意識を取り戻したようだ。
一度サキの所に戻ってみようと思えば、この光景が見えたと。
「あんたッ! なにして……!」
サキを守る様にして瓦礫の前に立つさやか。
戸惑いの表情を見せるさやかと、目を細めるだけで表情を変えないほむら。
正直、このシチュエーションは悪くは無い。獲物が自分から近づいてくれたのだから。
「私は、まどかの為ならなんだってできるって思っていた」
「っ!?」
「でも少し訂正するわ。正しくは、私とまどかの明るい未来の為ならって事よ」
まどかの意思を尊重したかった。
でもやっぱり一番に尊重するべきは自分の想いなんじゃないだろうか。
この場に来てみて分かった。このまま何もしなければ文字通り何もなし得ないまま終わる。
無意味な人生だったと、思いたくはない。
そうだ。ほむらは、まどかと幸せになりたいんだ。
ここでさやかを殺し、美佐子の家に戻ってまどか殺せば終わりだ。
「騎士がいないから、私に叶えられる願い事は三つ」
一つはまどかの蘇生。
一つは魔法少女の呪いからの解放。
あと一つは――
「記憶の消去にしようかしら? ううん、インキュベーターの消滅がいいわ」
「ほむら……ッ、そんな事、まどかが望んでると思ってんの!?」
「私が望んでいるのよ。まどかも、きっと分かってくれるわ」
ハンドガンを構えて、引き金を引くほむら。
さやかは高速状態の為、それを紙一重で回避すると一気にほむらの目の前まで距離を詰める。
ほむらはすぐに対処しようと動くが、その前にさやかは腕を掴んで顔を近づけた。
「だったら、なんでそんなにソウルジェムが濁ってるのさ!!」
「……!!」
手の甲にあるソウルジェムを、ほむら自身に見えるように突きつける。
この濁りはサキを撃ったからできた物の筈だ。
だとすれば、ほむらはまだ自分の選択に後悔を持っているのではないかと。
「濁ればグリーフシードを使えばいいだけ……!」
「そう言う問題じゃないでしょ!!」
心が曇ったままならば、グリーフシードなんて意味のないアイテムだ。
穢れを一時的に浄化したとして、一瞬でまた元の濁りに戻ってしまう。
それにグリーフシードが濁れば濁るほど、より心は荒んでいく。
それはさやかも身を以って知った事だ。だからこそ、ほむらには同じ道を歩んで欲しくなかった。
「今からでも遅くない! 勝てないって思うのなら、サキさん助けて、まどかを迎えに行こう?」
そして皆で一緒に戦おう。
その言葉を聞いて、少しだけほむらの表情が変わった。
それを見てさやかは確信する。ほむらはまだ、完全に『向こう側』には渡っていない。
ボーダーラインの狭間で揺れ動くだけの想いを抱いている。
説得を諦めなければ、必ず活路は見出せると!
だが――!
『ヒュハハハハハハ! ヒヒッ! ヒヒヒッ!! ヒヒヒヒヒヒ!!』
「「!!」」
飽きた。
そう言わんばかりにワルプルギスは笑い声の音量をあげて、二人の会話をかき消した。
体からは黒い影が発射されていくが、これはワルプルギスの使い魔だ。
その役割は道化役者である。影はビームと見間違えるほどの猛スピードでほむら達に向かっていく。
「きゃあ!」
「うっ!」
影に弾き飛ばされ、地面に倒れる二人。
ほむらはすぐに立ち上がるが、その前には見覚えのある人物が立っていた。
双樹あやせ。そして妹である双樹ルカの本気とされる、双樹アルカが、掌をほむらへかざしている。
と言ってもそれは本人では無く、同じ姿をしたシルエット。
要するに偽者だ。使える魔法は本人と同じだが。
「―――」
やばい。逃げようとするほむらだが、既に影からはピッチジェネラーティが放たれた所だった。
炎のエネルギーと氷のエネルギーを合わせる魔法は、相当の高威力だった記憶がある。
「ぐっ!!」
「!」
猛スピードで間に割り入る者が。
さやかだ。サーベルをクロスさせ、盾として魔法を受け止める。
呆気に取られるほむら。どうして自分を守ったのか。
「ぐあぁあああ!!」
盾にしたサーベルは簡単に粉々に砕け、さやかはその身に魔法を浴びる事に。
息を呑むほむら、一方で怯んださやかだが、彼女はすぐに固有魔法を発動して傷を完治させた。
そのまま叫び声をあげて剣を振るう。青の一閃はアルカの首を跳ね飛ばすと、死を以って消滅させる。
だが二人は気づいているだろうか、放たれた使い魔は一人ではない事を。
「!」
ほむらは後ろから光を感じて振り返った。
するとそこにはティロフィナーレを発動していたマミの影が見える。
しまった。そう思ったときには、服をさやかに捕まれて後ろへと投げ飛ばされている所であった。
「え?」
「うぐぁあアア!!」
前に出たさやかは、当然ティロフィナーレを受ける事に。
師匠だったマミの本気の必殺技を受けて、さやかは苦痛に表情を歪ませる。
だが歯を食いしばりソレを耐えると、すぐに回復。
逆にマミを切り刻む。
「うっ!」
『ヒャハハハハ! クフフフフフ! アーッハハハハハ!!』
さやかに投げ飛ばされた所を見ていたのか。
ワルプルギスはほむらが倒れた場所に向かって既に火球を放っている所だった。
小規模の太陽とも言うべき熱量だ。倒れたほむらは回避を諦めて盾を前に突き出す。
しかしそこで再び疾風。さやかはダッシュでほむらの前に立つと、両手を広げて全身で炎を受け止める。
「何を……!」
「決まってるじゃん。あたしッ、能力的に盾役ぴったりだしさ……ッッ」
『ヒッハァ! ヒヒヒーヒヒ! ヒハハハハハハハ! クヒヒハハ!!』
ワルプルギスの周りに次々と灯っていく炎。
さやかは意味を理解して、ほむらの手を引いて地面を蹴った。
ここで回避を行うとサキがいる瓦礫の山にも炎が当たる可能性が高い。
幸いと言うべきなのかは知らないが、ワルプルギスはさやか達を狙っている様だし、サキにも気づいていないようだ。
だとすれば! さやかはほむらを連れて宙を舞う。
『ヒャハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
炎が一勢にさやか達に向けて発射される。
そのスピードは確かに速いが、さやかもまたスピードを売りとしている身。
そう簡単には当たらないと、魔法陣を出現させ、それを足場にすることで縦横無尽に空を舞う。
『クハハハハ! アハハハハハハハ! アハ!』
「!!」
しかしよけたと思った炎達は、意思を持ったように移動を開始。
さやか達を追尾して飛来していく。それだけではなく、今までのが嘘の様にスピードも上がっていた。どうやら全てワルプルギスのお遊びだった様だ。
さやかはほむらを近くの平地に投げ、自分だけに炎が当たる様にする。
「……!」
地面に叩きつけられたほむら。
熱を感じ、そらを見ると爆発がそこにはあった。
そして爆煙に包まれたさやかが降って来る。
「グッ! かは――ッツ!」
ほむらのすぐ隣に落下するさやか。
痛々しい程の火傷が見え、ほむらは思わず殺すべき相手に同情してしまう。
しかしさやかはすぐに回復魔法を発動して元通りの姿になった。
「ローレライ!!」
『ヒヒヒヒ……』
ワルプルギスを囲む巨大な青の魔法陣。
相手を眠らせるローレライの旋律。ゲームだとこう言う類はボスには聞かないというのがセオリーだが、少しくらいは時間稼ぎになってくれればと。
現にワルプルギスも動きを止めた。
「どういうつもりなの? 私を助ける様な真似をして……!」
「どういうつもりって……。仲間を助けるのは当たり前でしょ?」
「もう仲間じゃないわ。私は貴女を撃つ」
武器を取り出すため盾の中に腕を入れる。
だが再びさやかはその手を掴んで引き抜いた。
抵抗するほむら。蹴りを一発わき腹に入れようとするが、さやかはソレも手で弾いて防いで見せた。
そして、ほむらを強く抱きしめる。
「!?」
「ねえ、もう止めよう? 本当は嫌なんでしょ?」
「離して……!」
「嫌。だってこうしないと撃たれるもん」
ほむらは抵抗するが、さやかは力を弱めない。むしろ尚強く抱きしめる。
「ねえ、教えてよ。暁美ほむらの世界にはアンタとまどかしかいないの?」
「!」
「あたしや、サキさんがいたら駄目なの……?」
一瞬、ほむらの力が弱くなる。
「あたしはさ、アンタの事……、好きだよ?」
「なっ!」
「うん、大好き。サキさんもきっと同じ筈」
軽く聞こえるかもしれない。
アンタにとってはそうじゃないのかもしれない。
でも、だったら好きになってほしい。あたしの事を知ってもらいたい。
そして、ほむらの事を知りたい。
「アンタがあたしの事、大嫌いなら……、大好きになってもらえる様に努力したい」
だからその為には未来が必要なんだ。
もっとほむらと一緒に関われる時間が欲しい。
ここで死ねば、その時間は永遠に来なくなってしまう。
ほむらはその言葉を聞いて、戸惑った表情を浮かべた。しかしすぐに険しい物へと戻る。
「私はまどかさえいればそれでいい!」
「ほむら……」
「だから貴女なんて、要らない!!」
「そっか。残念」
「貴女だってそうでしょ?」
ほむらは強く叫んだ。
「私が生き残るよりもまどかが生き残った方が遥かに良い筈ッ! うれしい筈よ!!」
さやかにとっても、まどかは親友。
少しの交流しかない、ほむらよりかは余程。
「あたしは、そうは思わないよ」
「ッ!」
「一度友達って思えば、順位なんて付けない」
「……っ」
「だから……、まどかにも、あんたにも生きてて欲しい」
ほむらは目を見開いたまま固まってしまう。
言葉が出てこなかった。だからだろうか、無音の空間にはよく声が響く。
『ヒィイイイイイイイイイイハハハハハハハハァアアアアッッ!!』
「!」
ローレライの魔法陣を消し飛ばしたワルプルギス。
いよいよ遊びではなく、『戦闘』を行う気になった様だ。
強力なサイコキネシスを発動。近くにあったビルを地面から引き剥がして自身の前に持ってくる。
ついに動くのか。さやか達は逃げようと足を前に出した。
しかしそこで二人の周りに広がる魔法陣。
「これは!?」
「――ッ! そんな!!」
間違いない。
ほむら達は走ろうとするが、体がうまく動かなかった。
これはキリカの減速魔法陣。そこで気づくほむら、ワルプルギスは魔女の集合体だと聞いていた。
まさかそれは死んだ魔女達の――?
『アーッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
こうしている間にもビルは迫る。
無理だ。避ける術は無い。
しかし、ほむらは冷静だった。表情に恐怖は無い。
「ま、仕方ないか」
「!」
だが、戸惑いはあった。
「―――」
轟音が耳に響く。耳鳴りと共に視界は真っ暗に染まった。
一瞬こみ上げる吐き気。それは頭を大きく揺らされたからだろう。
何も見えない。だからほむらは、自分が仰向けに倒れている事に気づくのが遅れてしまった。
減速魔法、襲い掛かるビル。そして自分を突き倒したさやか。
「!」
青く鈍い光が見える。
その光が、周りの景色を鮮明にしていった。
そしてほむらは見る。四つん這いにになって、自分に覆いかぶさっているさやかの姿を。
「美樹……、さやか」
「ああ……! 無事――ッ! だった?」
地面に伸ばした腕が震えている。
さやかは笑顔を浮かべるが、汗が酷く、体にはやはり震えが見えた。
「ごめん……! やっぱ、あたしってポンコツだわ――ッッ!!」
「っ?」
「んぎッ! だって、も……ッ、こっからどうしていいか――!!」
ほむらは全てを理解した。
さやかはただ四つん這いになっている訳ではない。
彼女は今、ビルを背負っている。襲い掛かってきたビルからほむらを守り、自らの背中一つで受け止めているのだ。
「ギッ! ぐぐっ! うぐぐぐッッ!!」
ソウルジェムの光が強くなっていく。
それだけの魔力を使わなければ、今にも押し潰されそうなのだろう。
とは言え、ビルを背中に乗せてみたはいいが、ココから脱出できそうにもない。
「でも、アンタだけなら……逃げれる…かもッ!」
「………」
ビルと地面の間にはさやか一人分の隙間が存在していた。
さやかは動くに動けないが、ほむらならば隙間を伝って外に出られるかもと。
しかしほむらは首を振る。
「まだ魔法陣は残ってる。もうすぐ次のビルが来るわ」
「ま。このままって訳にも……いかない――ッ、し!」
ワルプルギスも馬鹿じゃない。トドメは刺しに来る筈だ。
だったらまともに動けないほむら達に成す術は無い。
ほむらも僅かな隙間では、ビルを破壊する程の兵器は出せないし。
「終わり……なの、かな――ッ? あたし、達!」
「いえ」
「っ?」
「私だけは助かるわ」
トリックベント、スケイプジョーカー。
あれさえあれば、ビルに押しつぶされても魔法陣の範囲外にワープできる。
だからほむらに焦りはなかった。自分は助かるのだから。
そして同時に分かる事、さやかはもう駄目だ。
彼女の回復があれば即死以外はどうにかなると思っていたが、この状態ではヘソにあるソウルジェムが確実に潰れてしまう。
だがまあ、まだ可能性はあると言えばそうか。
「可能性……?」
「ソウルジェムは魔力の量で、ある程度強度が決定するわ」
このまま魔力を身体能力に割くのは無意味だ。
ならば今すぐに力を抜けば、ビルには押しつぶされてもソウルジェムさえ庇っていればギリギリ助かるかもしれない。
あとは魔法で回復すれば、まだ何とかなりそうな物だと。
「私を庇うのは無意味よ。だからそうすれば、いいんじゃないかしら」
「心配……してくれてる?」
「!!」
そうだ、何を言っているんだ自分は。ほむらはハッとして言葉を詰まらせた。
今、ほむらがしなければいけないのは助言する事ではなく、今すぐさやかのソウルジェムを破壊する事では無いのか。
「……ふふっ」
「!」
さやかはそんなほむらを見て、ニンマリと笑う。
「意外と、不器用なんだね」
「ッッ!」
「でも、あたしはもう……ッ! 無理」
ほむらは気づいた。さやかのソウルジェムには大きな亀裂が走っていた。
さやかが力を込める毎に大きくなっていく。こんな状態ではビルの崩壊の衝撃には確実に耐えられない。
「流石だよね、マミさんってばやっぱり……さ!」
先ほどマミの影に受けたティロフィナーレは、さやかのソウルジェムに命中していたと言う事だった。
それが今に至る結果を生み出す。つまりさやかはもう何をしてもゲームオーバーと言う事だ。
このまま放置していれば勝手に死んでいく。
「ま。あたし須藤さん殺したし……ッ! そのっ、む……くいッ! かな?」
「ッ」
いざ、その場面に直面すると、ほむらは何を話していいのか分からずに沈黙する。
すると、さやかはやはり笑みを浮かべた。
「ねえ、ほむら」
「……何」
「もし、さ。もしも……、だけど――」
もしゲームなんか無くて。
魔法少女とか騎士とかも存在せず。自分達が出会ったら。
「親友に……なれ、た――ッ! か……なッッ?」
「………」
「こんな――ッ事、言うのは、アレだけど……! 結構、あたし達って正反対って言うか、意見合わなそう……! あ、はは」
限界が近いか、さやかは苦悶の表情を浮かべ肘をつく。
額と額がふれ合いそうになる位置。さやかは耳鳴りを覚える。
視界も赤く染まってきた、今にも気を失いそうになる。
「確かに……、仲良くなれないかも」
「ふ……ふふ! ひどっ!」
「でも――」
朦朧とする意識。
ほむらの表情はもう見えない。
けど声だけは、声だけは……。
「でも、貴女が私に手を差し伸べてくれるなら……。きっと私も――」
「そっか……! そういう未来も……あり、かもね――ッ!」
その時、ワルプルギスの笑い声が聞こえてきた。
どうやらもうお別れの時間らしい。
「ほむら……。サキさん、殺す?」
「ええ」
「やめて」
「―――」
「お願い、ね」
その時、再び轟音が聞こえた。
凄まじい衝撃が聞こえて視界は黒一色へ染まる。
何かが砕ける音。そしてワルプルギスの笑い声が聞こえて、ほむらは一瞬だけ意識を失った。
【美樹さやか・死亡】
【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ゾルダチーム完全敗退】
【残り3人・3組】
「………」
ほむらはブラックアウトする視界の中に、過去を見ていた。
僅かな時ではあったが、さやかの友人として過ごした時間もある。
それは全ての時間軸を合わせれば相当なものになっていただろう。
『ねえ、教えてよ。暁美ほむらの世界にはアンタとまどかしかいないの?』
さやかが言った、あの言葉が深く胸には残っていた。
いや、突き刺さっていたと言えばいいのか。
意識していなかったが、そう言われれば、そうなってしまうのかもしれない。
もちろん、それでいいと思っている。なのにどうして今、ほむらはこんなにも心がザワついているのか。
(………)
いや、分かっているんじゃないのか? 本当は。
ほむらは何もよりもまどかが大切だと思ってきたし、それは今も変わる事の無い想いである。
しかしだからと言って他の者を邪魔と切り捨てる事もまた……、違うのではないかと、心のどこかで思っているのではないだろうか。
さやかに守られて、嬉しかったと思ってしまう。
さやかに抱きしめられて安心感を覚えてしまう。それを否定する度に心がザワザワする。
ほむらは気づいているだろうか? それともまだ目を瞑っているのだろうか。
(いえ。今更そんな事を考えて何になるの?)
ほむらはもう、サキに向けて引き金を引いた。何かも今更過ぎる。
履き違えるな。こんなものはただの一時的な情でしかない。
さやかは邪魔だった。そしたら死んでくれた。それでいいじゃないか。
『ユニオン』『トリックベント』
ほむらはビルの裏側に回り、さらに少し離れた場所に出現場所を指定する。
これで減速魔法陣からは抜け出せるし、ワルプルギスの視界からも消える。
サキはほぼ確実に瓦礫に埋もれていて身動きが取れない。
サキの事だ、放置しておけば魔法で回復して抜け出されるだろう。
その前に殺す事ができればいいのだが。
『ギヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!』
「え?」
目の前に、口があった。
「……は?」
すぐ目の前に、ワルプルギスの顔があった。
笑い続ける魔女と、動きが停止するほむら。
視界いっぱいに広がる魔女の体。ほむらは一瞬、また幻覚を見せられているのではないかと錯覚してしまう。
そして次の瞬間、視界に白銀が広がった。
「うあぁあッッ!!」
瞬間的に盾を構えていたから良かったものを。ほむらの全身を包むのは絶対零度のブリザードだ。
凄まじい風圧と冷気は、幻想かもしれないと疑う思考さえ凍りつかせる。
ほむらは既に氷に覆われた地面をスライドしながら、苦痛に表情を歪ませた。
体の至る所が凍りつき。ある程度まで滑ると体の氷と、地面を氷が接着したのか、動きが完全に停止する。
「ッッ!?!?!?」
全身の感覚が寒さで麻痺している。
何故こんな事になったのか。出現場所がワルプルギスにバレた?
と言うよりも、これは幻なのか? それとも現実? 混乱するほむらの前に、更なる絶望が飛来する。
『クヒャハハハハハハ!!』
「……え?」
『ヒヒヒヒヒ!!』
空中にはワルプルギスの夜が浮遊している。
そして、その左隣にワルプルギスの夜が浮遊していた。
加え、その後ろにワルプルギスの夜が浮遊している。
おおっと、ワルプルギスの右を見てもらえば分かるだろうが、そこにはワルプルギスの夜が浮遊していた。
「―――」
ほむらの瞳が震える。
空に浮かぶワルプルギスの夜。それは一体ではない。
曇天の空のどこを見ても、ワルプルギスの夜が狂った笑みを浮かべている。
10体、いや20? 待て、30はいるかもしれない。
「なんで――……! なんで!?」
なんで増えているのよ。
その言葉を言い終わる前に、ほむらは光に包まれる。
ワルプルギスの口から大砲が出てきたかと思うと、それが一勢に発射されてほむらに着弾していったのだ。
そしてワルプルギス達が一勢に放つのは、狂気の笑みのシンフォニー。
「実体のある分身? お、おいおい……、あれって」
『そうだね、神那ニコ。君の魔法だ』
その光景を見ていたのは展望台の上にいたニコ達も同じだった。
ワルプルギスが冷気を発射したと思えば、複数に分身して口から大砲を出してきた。
ニコが注目したのはその大砲、あれは先ほどの影魔法少女が使っていた物と同じだ。
つまり――
「ティロフィナーレ。巴マミの技か」
『そう、それがこのゲームにおける。所謂ラストボスのワルプルギスの特徴なのさ』
キュゥべえ達はひとつ大きな情報を持っている。
それは参加者には伝えていない物で、このゲームに深く関わる物だった。
ゲームのラスボスであるワルプルギスがどう言った趣旨を持った物なのか、だ。
『ワルプルギスの夜は複数の魔女の集合体さ』
そして、魔女はイコールで魔法少女としても線で結ぶ事ができる。
と言うよりも、『魔女』と言うのは上辺の言葉でしかない。
いわばオブラートの役割だった。当然それで包んだ言葉がある。
それこそが魔法少女なのである。要するにワルプルギスとは、魔法少女の集合体とも言える。
『怨念の集合体とでも言えばいいか、具現化した亡霊』
そしてその中で、ゲームのラストボスらしい能力を発揮する。
【ワルプルギスの夜は、脱落した魔法少女の魔法(技)を主に使用する】
『脱落。つまり死んでねぇが、テメェもだな』
「だったら、暁美ほむらの出現場所をワルプルギスが知っていたのは――」
『美国織莉子の未来予知だな』
次いでほむらに発射した冷気は双樹ルカ。減速魔法はもちろんキリカ。実体分身はニコと。ワルプルギスは次々に参加者の魔法を使い分ける。
そもそも参加者以外の魔法も使える事になるが、あくまでも他に使用するのはワルプルギスが元々持っている強力なサイコキネシスと火炎弾のみだ。
『つまりこのゲームは、魔法少女が死ぬ程にワルプルギスの夜が強くなるんだよ』
「ッ!」
ニコは表情を険しい物に変え、直後呆れた様に首を振る。
「……そう言う事はもっと早く言えよ」
『ナハハハ! それを言っちゃあおしまいだぜ!』
あくまでもゲームの行動方針を決め兼ねない重大な情報だ。そう簡単には伝えられないと。
『そして同時に――』
【全ての参加者が生き残っている場合、全ての魔法少女の力を使用する】
「なんだよソレ……」
とことん協力派には厳しい勝利条件だ。
ニコは汗を浮かべて、ルールの非情性に怒りを感じた。
『何を憤る神那ニコ。テメェは参戦派だったろうが』
「それは、そうだけど」
ココまで来るとやはり強い意志の力を感じてしまう。
『まあとは言え。ボクは美樹さやかが死ねば終わりの様な気もするけどね』
さやかの固有魔法は自己回復だ。
そしてさやかが死んだ今、ワルプルギスの夜はその能力を手に入れた。
つまり今後は、ワルプルギスを即死させるくらいしか倒す方法は思いつかないと。
当然だ。どれだけ攻撃しても一瞬で自己回復されて終わりなのだから。
「クソッ!」
手すりを殴りつける事で、苛立ちを発散させるニコ。
しかし今の体は純粋な人間だ。響いた痛みは確かな物だった。
そして、ニコの耳に入るのはやはり狂った魔女の笑い声だった。
『ヒャハハハハハハハハハハハ!!』
どうやらニコの分身とは違い耐久性は皆無らしく。
ワルプルギスの分身達はティロフィナーレの反動で消滅していった。
しかし魔女の持つ膨大な魔力から考えれば、なんの事は無い消費だろう。
そしてその眼下には、ボロボロになって地面に這いつくばっているほむらがいた。
「か――……! ぅぁ――ッ!」
呼吸をしようと口をパクパクさせているが、うまく肺に酸素を送れない。
腕や脚は変な方向に折れ曲がっており、体はあちこちが焦げ付いている。
駄目だ、逃げなければ。ほむらはアドベントを発動させようとするが、どれだけ念じてもユニオンの音声は流れなかった。
まさか――、ほむらが視線を少し動かすと、周囲には鈍い光が。
『『『イーッヒヒヒヒヒヒヒヒ! フハッ! ヒハッ! ヒャハハハハハハハ!!』』』
再びワルプルギスの周りには実体を持つ分身が現れる。
重ねがけで発動する魔法は、キリカの減速魔法だ。
絶大な魔力を一瞬で魔法陣に注ぎ込む為、すぐにほむらの動きはスーパースローの様に変わる。
(嘘……)
ほむらは目を見開いたまま固まる。
その表情には、ワルプルギスが大好きな絶望が浮かんでいた。
ほむらは自分ならば逃げられると確信していた分、ここに来て繰り出されるワルプルギスの多彩な攻撃に完全に心を砕かれる。
そもそも逃げられる『自信』も、ほむらが勝手に浮かべていた儚いものだ。
すでにサキを撃った時点で、ほむらは壊れていた。
何度無く時間を巻き戻してきた彼女の心には、いつの間にかリスクを重んじる事が薄れていった。
サキ達をこの場で皆殺しにしたとて、最後にまどかを殺さなければ、ほむらの計画は意味の無いものになるのに。
まあアクセルベントやトリックベントなど変わったカードを持っているからこそ、より逃げられると思っていた面はあるのだが。
それを上回るのが、ワルプルギスの絶望と言う物なのだ。
『ヒャァアアアアッハハハハハハハハハハハハハア!!』
「!!」
もう動けないだろうが、それでもダメ押しの一撃が入る。
それはマミの固有魔法である拘束だ。ほむらの体が黒い影で縛り上げられ、一切の抵抗を封じた。そして口を開くワルプルギス達。
『クヒャハハハハハハハハハ!! ヒハハハハハハハハハハハッッ!!』
口の中が赤く光る。
それを見ていたジュゥべえは、キュゥべえは、ニコは、そして何よりほむら自身が察してしまう。
終わり、と言うものを。
『まあなんつーか変な話だよな』
「……っ」
目を逸らせないニコ。その隣でジュゥべえは淡々と言い放つ。
『暁美ほむらは何度も繰り返し、多くの時間を戦ってきた』
ほむらは自らが諦めなければ、戦いは終わらないと思っていただろう。
まさにそれはある種、『神』にでもなったかの様な錯覚を与えた筈だ。
いや、事実ほむらは神と言っても差し支えない力を持っていたのだから。
しかし、そんな彼女の終わりが、望まぬ形でこうも簡単に訪れるとは。
それに加えて何よりも、仲間を否定し自分一人でも戦い抜くと誓ったほむらが、仲間を裏切った事で大きな隙を生み出し、それを突かれて――
『死ぬなんてな』
ジュゥべえの言葉に重ねるようにして、ワルプルギスの口から一勢に炎が放たれ、ほむらを包む。
動けないほむらに防御などできる筈も無かった。そして元々のスペックが低いほむらに。耐えられる攻撃力でも無かったのだ。
と言うよりも、この業火に耐えられる魔法少女など一握りしかいなかっただろう。
「暁美ほむらは……、死んだのか?」
ただの人間であるニコの視界では大雑把な景色しか見えない。
直撃したのかどうかは分からないのだ。ただあの炎の範囲を考えれば、拘束されているだろうほむらが逃げるなど不可能だと理解できた。
そしてニヤリと笑うジュゥべえ。
『死んだ? ああ、そりゃあ死ぬよなあんなの食らったら』
辺り一面に広がっていく炎。当然の事だ。
『ただ。このまま死なせてくれるのかね? アイツは』
「?」
『ワルプルギスの夜はかなり特殊な存在だからね。彼女は覚えているよ、暁美ほむらが何度も時間を巻き戻した事を』
「は!?」
『だから、さぞ、暁美ほむらに対しては怒りを抱いているだろうね』
何度も何度も勝てないくせに挑んできて、トドメを刺そうとすれば逃げられて無駄な時間を与えられる。
そんなワルプルギスが、ほむらを簡単に殺す訳は無いと妖精たちは言った。
そして、彼らの言葉は偽りの無い物だった。
「―――」
ほむらは炎の中で焦る心を必死に落ち着けていた。
痛覚を遮断した彼女は、どうすればこの状況を打破できるのかを必死に考える。
しかしどれだけ考えても、どんな手を考察しても、自らの死と言う結果しか見えてこない。
終わるのか? こんな、こんなに簡単に終わってしまうの? そんなの認められる訳が――
『ヒヒヒッ! ヒヒアハハハハハハハハハ! アッハッッ!』
「―――」
ワルプルギスの体から光が放たれる。
当然縛られているほむらに避けられる訳も無く。
彼女はその光を真正面から浴びる事に。
すると――
「――ァ!」
感じるのは痛み。
「――ぁぁあああ!」
そして、熱。
「うあぁあああああぁああぁああぁああぁあッッ!!」
かずみの魔法を取り込んだワルプルギスは、当然かずみがコピーした魔法も使用できる。
洗脳魔法ファンタズマビスビーリオ。ダメージを受けてボロボロだったほむらは、それに抗う事ができず、ワルプルギスの思い通りの『操り人形』と化してしまう。
とは言え、ワルプルギスはちょっとしたアクセントを加えるだけに留めた。
まあ、そのアクセントが、ほむらを地獄にいざなうスパイスだったのだが。
「ぎっ! ひぃいああッ! うぐっ! アァアアアアア!!」
ワルプルギスはほむらに命令を行った。
ソウルジェムの痛覚遮断を解除し、かつ今まで受けた数々の攻撃の痛みを思い出せと。
すると炎に包まれたほむらは当然それだけの痛みと熱を覚える事に。
さらに今まで受けた攻撃の痛みが再生されていき、文字通り激痛の嵐が体を包む。
(駄目――ッッ!! 狂うッッ!!)
助けて。助けて。誰か助けて!!
キリカ戦で受けた痛みと恐怖がリプレイされる。
それだけじゃない、今までとは彼女が辿ってきたループも含めるものである。多くの時間を旅した彼女はそれだけの痛みを知っている。
その苦痛が、炎に包まれたほむらの体に一つずつ思い出されていく。
『ヒヒヒハハハハ! イーッヒヒヒ! ヒィィヒヒヒ!!』
ワルプルギスは狡猾だった。
狂った中にも確かな知能がある。
人はやはり、肉体的な苦痛こそが最も恐怖と絶望に直結される。
減速魔法により、炎がほむらの体を焦がす時間は延長されてる。だが肉体的なダメージが与えられるまでにも苦痛の時間はずっと続いているのだ。
熱を感じ続け、それでも肉体もソウルジェムも壊れないのだから死ぬことは無い。
永遠に痛みが続いていく。
そしてその中で、精神が汚されれば――
『ヒヒッ! ウェハ! ウェヒヒヒヒヒヒッッ!!』
ワルプルギスの分身の一体が、ボコボコと歪に変形しながら縮んでいく。
そしてそれは人の形を形成すると落ち着きを取り戻した。
ユウリの魔法を使用したワルプルギス。苦痛に絶叫しているほむらの所へ、分身を向かわせる。
『ほむらちゃん! 大丈夫!?』
「!!」
まどかだ、まどかが来てくれた!
ほむらは喜びから一瞬、その激痛を忘れるまでの希望を抱いた。
炎に包まれ、激痛に苛まれたほむらには、もう視力と言うものが機能していない。
その中で研ぎ澄まされた聴力がまどかの声を拾い上げたのだ。
「たすけ――ッ! お願いだずげてぇえ! まどかぁあッッ!!」
縛られているからこそ手を伸ばす事すら許されない。
すぐにまた熱と痛みが彼女の体を引き裂こうとする。その中でまどかだけが希望だった。
今のほむらは過去の弱かった彼女となんら変わりない。そう、願いを叶える前のほむら。
まどかに守られる側の存在なのだ。今の彼女にはまどかだけが希望。まどかだけが自分を助けてくれるヒロインなのだ。
『ヒャハハハハハハハハハハハハ!!』
だからこそワルプルギスは、まどかの偽者をほむらに向かわせた。
『ごめんほむらちゃん。もうわたしにはどうする事もできないよ』
「!!」
そしてまどかは語る。
減速魔法陣の中にいるほむらには、それだけの長い時間苦痛が与えられると。
ソウルジェムが破壊されるまで痛みはほむらに襲い掛かるが、その破壊される時間が延長されるのだから困ったものだ。
『ほむらちゃん、このまま一年くらい苦しみ続けられる?』
「嫌……! そんなの嫌ぁあぁアァアアアアア゛ッッ!!」
ほむらは強い心を持っていたが、それを塗りつぶす程の苦痛があった。
人間に耐えられるわけが無い。今にも狂いそうなのに。減速している自分は痛みを覚え続けなければならないと言う事実が心を抉る。
この激痛を体感時間で言えば明日も明後日も、一週間後も与えられ続ける。
寝る事も許されず、食べる事も許されず、ただ死にいくその時まで、激痛に身を置き続ける。
痛み続ける事が今後の人生となる。それを想像してしまい、ほむらはボロボロと涙を流しながら助けを求め続けた。
『嫌だよねぇ。だったら、一つだけ方法があるよ……!』
何? 何なの? 早く教えて!! 痛いの、苦しいの! 熱いの!!
むらは半狂乱状態で叫び続ける。近くにいるだろうまどかの姿も。痛みから確認できず、一度幻を見せられているにも関わらず、それが偽りだと欠片とて疑わない。
ほむらにとって、まどかが全てなのだ。それを疑う事は愚問だった。
この極限状態の中でその想いに拍車が掛かり、ほむらは姿も見えない『まどか』を妄信する。
『だったらね、魔女になればいいんだよ』
「―――」
魔女になればソウルジェムの破壊を待たずして、自我を殺す事ができる。
そうすれば痛みも消えるだろう。
『大丈夫、ほむらちゃんが魔女になったら、わたしが願いの力で必ず元に戻してあげるから』
「本当……!?」
この苦痛の中、疑う事を忘れる。
『うん、信じて。わたし達親友でしょ?』
「うん……! 信じる――ッッ!!」
この苦痛の中で、暁美ほむらは愚かさに包まれる。
『またね、ほむらちゃん』
「うん、またねまどか――っ!!」
ありったけの魔力を解放した。瞬時、減速魔法を解除するワルプルギス。
ソウルジェムが砕ける前に、ほむら自身が絶望に身を置いた。
恐怖はない、魔女になる抵抗は無い。だって、すぐにまどかが助けてくれるんだから。
『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
笑えばいい。ほむらは溶けていく体と脳でそう思う。
すぐにまどかが、私の親友が、私の希望が私を助けてくれる。
そして、一緒に幸せになれる道を示してくれる。
「そうでしょ? まどか――……」
薄れていく意識の中、ほむらはまどかの声をしっかりと聞いた。
『ほむらちゃん』
鮮明に。
『死ね』
「―――」
え?
ほむらの疑問は、すぐに闇の中へ消えていった。
「グッッ! がぁぁ!!」
掠れた声で瓦礫の山を掻き分ける。
そう、浅海サキ。彼女はロケットランチャーを身に受けながらも確かに生きていた。
イルフラースを直前に発動し、それがギリギリ間に合ったと言う訳だ。
しかしそのイルフラースも完全ではなく、あくまでも自身の防御力を高める程度の不完全な物だ。
結果として想像以上のダメージを受け、絶望的な状態となっていた。
霞む目でなんとか妹が残してくれた希望。スズランのブレスレットを目印に、意識を保つ。
「……!」
サキはダメージからか瓦礫の外に身を乗り出す事はできない。
しかし視界を防いでいた瓦礫を取り除いたからか、少しは状況を確認できた。
そして悟る。
(ここまでか……)
詰んでいると、言う事を。
(すまない……! 本当にすまないまどか――ッッ!!)
格好をつけた結果がコレか。
何も守れず、何も変えられず、ただワルプルギスに蹂躙された終わった。
何よりもほむら。彼女の苦しみと葛藤を、もっと早くに理解して上げれれば。
ほむらが、"あんな姿"になる事も無かったのに。
『ヒャハハハハハハハハハハハハ!!』
出来損ない。なり損ない。間抜けな姿。
くるみ割りの魔女。性質は自己完結。いつもおまえは、笑い者。
『………』
ワルプルギスの前に、は無言で佇む巨大な人型の魔女が立っていた。
頭部は顎骨なのだが、半分から上が存在せず、代わりに彼岸花が生い茂っていた。
服はほむらの魔法少女時のソレを模した物。覗く体は白骨化しており、両手を手枷で繋がれていた。
先端が手の様になった腰部のリボンが、不動の本体とは裏腹に何かを求める様に動き回る。
しかし掴もうとした者が何なのかさえ、今の彼女には理解できないだろう。
そして、その結果へ導いたワルプルギスの夜は、相変わらず狂ったように笑い続けている。
ホムリリーは暁美ほむらと同じ力が使える。
ならば勝てるか? いや無理だろう。ワルプルギスにはきっと勝てない。
「ク……ッ!」
握り締めた拳の力が。全身の力が抜けていく。
ここまでか、サキはゆっくりと目を瞑って最期を覚悟した。
「輝け天上の星々アドナキエル!!」
「!!」
ハッと目を開けるサキ。この声は――!
「煌け! 瞬光のサジタリウスッッ!!」
『ヒィイイャハハハハハハハハハハハハ!!』
『………』
無言のホムリリー。そして笑い続けるワルプルギス。
「スターライトアローッッ!!」
ホムリリーの隣を駆け抜ける光の矢。
それはワルプルギスの体に突き刺さると、目障りな笑い声と共に川の中へと突き入れる。
上がる水しぶき、ホムリリーが現れた事でより薄暗くなった見滝原の街。
しかしその闇の中、誰にも負けぬと、強く輝く桃色の光があった。
「ほむらちゃん……! ワルプルギスッッ!」
鹿目まどかは巨大な弓を構え、光の翼を広げてワルプルギスの夜を睨みつけた。
真上に昇る新月が、鈍い光を放っている。
まどかは椅子の上にポツンと座って下を向いていた。
ここは砂漠。そして周りは、見渡す限りの闇が広がっている。
まどかはこの砂漠から抜け出そうと必死に走った。けれど、走れども走れども椅子のある場所に戻ってきてしまうのだ。
どれだけの時間が経ったのだろうか。閉鎖的な空間は、徐々にまどかにネガティブな想いを抱かせる。
変わりたいと魔法少女になり、今まで必死に戦ってきたつもりだ。
それでも気がつけば仲間が死に、気がつけば友が死んでいく。
人は必ず分かり合えると信じてきた。どんな人間も争いと言う道ではなく、話し合いで分かりえると本気で思っていた。
しかしそれはこのゲームで色々な人達に否定される。
甘い、偽善、ムカツク。今までは、そんな言葉を言われても、いつか分かってくれると信じていたから頑張れた。けれどもうその人達もこの世界にはいない。
「悩み事?」
「……はい」
椅子が一つ増える。
そこに座っていたのは頼れる先輩だった。
彼女は本当ならココにいる事が許されない人だ。
でも今のまどかにはそれを疑う事はなかったし、違和感も感じなかった。
「わたし、自分のやってる事が……、正しいかは分からないけど、少なくとも間違っては無いって信じてました」
でも、仲間以外には否定されてきた。
分かり合えた試しがあろうか? このゲームを止めるには、双方の理解が必要になる。
それができず、まどかは結局、生き残るだけで何かを変えるという事はできなかったかもしれない。
いつだってそうだった。
この力を守る為に使っても、いつだって不満がついてまわる。
たとえばタツヤは助けられたけど、仁美を守る事はできなかった。
タツヤだけでも助けられたと考えるのか、一人しか助けられなかったとネガティブに考えるのか。今のまどかは、後者だった。
「いつも、思うんです。もっと上手に戦いを終わらせられる方法があったんじゃないかなって……」
失う度に、誰かがいなくなる度に、自分の掲げた想いを何一つ成しえられない事に腹が立つ。
その迷いと不満は、今のまどかの『あり方』をも疑い始めてしまうマイナスになった。
「守るだけじゃ駄目だって、でもその後の言葉がうまく言えなくて……」
「そう」
「はい。だから、わたしは間違ってるって言われても、うまく言い返せない」
今も、結局自分のせいで皆が気を遣う事になっている。
少なくとも、まどかはそんな事、望んでいなかった。
わがままな話だけど、皆と一緒に戦いたかった。
「知らない世界って……、いろいろある物よね」
巴マミは、そう言って微笑む。
確かにまどかは、『世界』と言うのは優しさに溢れている物と錯覚していたのかもしれない。
一方で参戦派、例えば杏子だとかは世界と言う物は敵意に満ち溢れている物と思っていたのかも。
その二つが交われば、個々の主張と言うものは当然現れる。
結果として杏子は自分の世界を信じて牙を剥く。
「少し厳しい言い方だけど、世界は貴女が思っている程、優しくはないわよ」
「はい。分かってたつもりだけど、このゲームでより……、それは」
目を閉じれば心に深く突き刺さるシーンがいくつも蘇る。
正義のヒロインを夢見て踏み入れた道は、多くの血がしみ込む茨の道だった。
その道を歩む中で、多くの悲しみがまどかの心をより縛り付ける。
「でもね――」
「!」
マミは少し微笑んでまどかを見る。
「それでも貴女は、ここまでその意思を持って歩いてきたじゃない」
「それは――」
「とっても凄いことよ。私でもできたかどうか……。ううん、きっと無理だった」
「そんな事は……」
「鹿目さん。世界は絶望に満ちているかもしれない」
でも、その中にも、同じくして溢れんばかりの希望がある筈だ。
まどかはそれを知っている筈だ。だから示したかったんじゃないのか。
苦しみの中にも、悲しみの中にも、苦痛の中にも。
それらを全てひっくり返せるほどの光があるのだと。
いや――、そう信じたかったのか。
「質問をしてもいいかしら?」
「……はい」
「自分の意見が否定される事を、貴女はこのゲームで嫌と言うほど経験した筈だわ」
「はい」
協力する事は愚か。手を取り合う事は愚か。
愚か愚か愚か。他人の命を守る事は愚か者だと。
「それを知った上で、貴女はまだ戦いを止める為に戦うと、胸を張って言えるのかしら?」
「それは……」
その結果が今だ。
何も止められなかった。何も変えられなかった。
「それに……、迷ってて」
「そう」
「何も、言えなくて……」
他人を殺す事が正しいとは絶対に思わない。
でも戦いを止めたいと言う想いを押し付けるのは、もしかしたら凄く間違っていたんじゃないだろうか?
まどかはココ来て、大きな迷いと後悔を覚えた。
「………」
そして、マミは一言。
「鹿目さん。私には貴女が間違っているとか、間違っていないとかは決められない」
でも。
「一つだけ忘れないでほしい事があるの」
「え?」
「魔法少女になった理由」
まどかは何を思って魔法少女になったのだろうか?
「私は貴女の願いが、このゲームには何よりも必要な事だと思ってる」
「わたしの、願い……」
弱い鹿目まどかが、誰かを守れる様に強くなりたいと願った。
そうだ。マミは、まどかに最も大切な事としてそれを説いた。
「鹿目さん。人は、自分以外の人間の為に強くなれる生き物なのよ」
「!!」
人は人との関わりの中で成長していく。
それが悪い意味にも働く事はあるが、まどかの願いは『誰か』に手を差し伸べられる強さを持つ事だ。
それは他者と他者が傷つけ合うこのゲームにおいて、何よりもの希望になりうる筈。
「綺麗事でもいいじゃない。いいえ、このゲームには貴女の綺麗事が一番必要なの」
誰かが希望の言葉を。無理だと思われる様な幸福を説かなければならない。
全員が全員殺す事に適応し、他者を傷つけるようになった時が本当の終わりだ。
「貴女は今、すごく迷ってる。でもね、きっとある筈なの」
希望に溢れた未来のビジョン。
それを信じて綺麗事と笑われる言葉を口にし続けた物が。
「教えて。貴女の希望」
「………」
「たとえ、もう叶わなくなったとしても、信じ続けた明るい未来を」
「わたしは――」
すごく、変だって笑われるかも。
まどかは少し悲しげにそう言った。
「笑わないわ。絶対に」
「じゃあ、聞いてくれますか? わたし――」
みんな、幸せで毎日笑顔でいられる世界を夢見ていたんです。
あんなゲームがあったなんて、それこそ夢だったんじゃないかって思えるくらい、幸せに包まれた世界を。
「マミさん、サキお姉ちゃんと、かずみちゃん、さやかちゃんに仁美ちゃん、ほむらちゃんと――」
そこでまどかは少しだけ息を詰まらせる。しかし、まどかは笑顔で答えた。
「後は、杏子ちゃんと朝は、一緒に学校に行くんです」
楽しくお喋りしながら。
今日あるだろう、楽しい事をいっぱい想像して。
杏子ちゃんは、さやかちゃんをからかったりもするけど、そこはマミさんに注意されたりして。
「その途中で、織莉子さん達と出会ったり――」
キリカ、織莉子、あやせ、ユウリ、ニコとも出会って挨拶を交わす。
「登校途中のゆまちゃんに手を振ったり」
そうそう。
上条くん達と鉢合わせになったら、さやかちゃんをソッチに押し出してみたり!
「うふふ、きっと真っ赤になるわ。美樹さん」
そして学校でも皆は一緒だ。
一緒にお昼を食べて、休み時間には一緒にお喋りして。
「みんなで勉強とか、学校の行事を一緒にして……」
「佐倉さんがサボってる様子が容易に想像できるわね」
「あはは。酷いなぁマミさん」
学校では美穂ともいっぱいお話がしたいと。
そして学校が終われば、アトリに皆で行きたい。
他の皆もそこにはいて、東條さんと手塚さんも来てるかもしれない。
「端っこにはノートパソコンを持って。慣れないタイピングしてる真司さんがいたら面白いかも……!」
そしてかずみと蓮が作った紅茶やケーキを楽しみたいとまどかは言った。
違う日にはマミの家に皆で集まって。
「他の騎士の皆も!」
滅多に会えないかもしれないけど、テレビで北岡や須藤の活躍を皆で見れたらそれは素敵な事だ。
「芝浦くんが作ったゲームを、ゆまちゃんと佐野さんが一緒にやっていたり――」
ニコが魔法少女だったとは意外だったし。
彼女のパートナーやユウリのパートナーはどんな人間かは知らないが、それでも仲良くできるとまどかは夢を見ている。
自分の知らない事をいっぱい教えてほしいと。
「浅倉さんだって……!」
「だって?」
「………」
「………」
「と、とにかく! その世界では仲良くできるんです!」
「うふふふ! そう。そうなのね」
13人の魔法少女と13人の騎士。皆が仲良くなれる世界。皆が仲良く、笑って暮らせる未来。
それがまどかが描いていた夢であり、希望なんだ。
無理だと言われても仕方ない。でも、抱くだけならいいじゃないか。
「希望を抱くのが間違いだなんて言われたら、わたしそんなのは違うって何度でもそう言い返せます。きっといつまでも言い張れます!」
「……そう」
マミは、それはそれは優しい微笑みを向けた。
「だったら、もう答えは出てるじゃない」
「え?」
「今の世界。とっても素敵だった」
「でも、これは――」
「叶わない?」
はい。
まどかが、そう口にしようとした時だ。
「叶うよ!」
「わ!」
まどかの膝の上にちょこんと座っていたのは、ゆまだ。
彼女はぐいっと身を乗り出して、まどかの顔を覗き込む。
「叶う! まどかお姉ちゃんなら叶えられるって! ゆまっ、そう思う!」
「ゆまちゃん……!!」
「鹿目さん。私達は希望があったから奇跡を起こせた」
だったら、その希望を諦めるのは早すぎる。
「貴女ならきっと、もう一度奇跡を起こせる筈よ」
「うんうん、ゆまもそう思う!」
「二人とも……」
すると暗い砂漠にもう一つの椅子が。
「わたしも、そう思う」
「!」
座っていたのはかずみだった。
彼女は悲しげな表情を浮かべているが、口では笑みをつくって、まどかに語りかける。
「やっぱり、必要なんだよ……。こんなゲームだからこそ、まどかみたいな幸せな希望が」
嘘みたいに幸せな希望が。
「だって、まどかの希望は――、わたし達の希望になれるから」
「……!」
かずみ達は同時に頷く。
すると辺り一面真っ暗だった景色に、一点の光が見えた。
まどかは瞬間的に察する、あれが出口なのだと。
そしてマミは、最後の質問を一つ。
「鹿目さん。貴女にとって、魔法って何?」
「魔法……」
まどかの脳裏に、幼い頃の記憶が思い浮かぶ。
気がつけば、いつの間にか家の本棚にあった不思議の国の絵本。
願いはきっと叶うのだと教えてくれた素敵な
誰しもの心の中に、魔法と言う不思議な力はある。
悲しい世界を変える力が、その手にはあると――、教えてくれた。
それが魔法だ。鹿目まどかにとっての幻想の果て。
本に書いてあった魔法は、幸せを呼ぶものだった。
だからまどかにとって魔法とは、『希望』なのだ。闇さえ砕く力である。
目の前の悲しみに立ち向かうための呪文。それが今は、一番ほしいもの。
「さあ、行って。鹿目さん!」
マミは答えを聞くことは無かった。
答えは、鹿目まどかが知っていればそれでいい。
「そして貴女の希望を、どうかこのゲームで示して」
「まどかお姉ちゃん。ゆま、応援してるよ」
「まどか。わたしも……、貴女みたいな希望を抱きたかった」
「皆……」
ほら、早くしないと光が消えちゃうかも。
急かす三人に負けて、まどかはアワアワと跳ねる様にして椅子から立ち上がった。
鹿目まどかは、この僅かな時間の中で、覚悟と決意を固めていた。
それができるのが、鹿目まどかの強さであった。
「みんな、ごめんね。そしてありがとう」
すっきりした。
まどかはそう言って、地面を強く蹴る。
「わたし、やっぱり諦めたくない! 今しっかりとそう思った!!」
この胸に抱える希望を形にしたい。
人は絶対にそれを無理と言うだろう。人は絶対にそれは叶わないと言うだろう。
でも、それでも叶えたい世界が。描きたい未来があった。
なにより、今と言う時間に守り抜きたい物がある。
多くの人に分かってもらえなかったとしても、わたしは大声でこの夢を語りたい。
「だって、それがわたしの希望だから!!」
まどかは走り出した。
後ろは振り返らない。振り返ればまた立ち止まってしまいそうになるからだ。
だから、ひたむきに一筋の光を目指して暗闇の中を走りぬいた。
呼吸は荒く、体は重く。それでもまどかは光を目指して足を止める事は無い。
そして光に近づくと、名前を呼ぶ声と、光から伸びた手に気づく。
まどかは闇の中でそれを掴もうと必死に走る。
「ぐっ!」
しかし光に近づくにつれて、抵抗感が強くなっていく。
もう少しで手が届くのに、まどかはあと一歩届かない様な状態を何度と無く続けていた。
これは弱さだ。
このまま闇の中でまどろんでいられたのなら、全ての辛いことから目を背ける事ができる。
誰だって進んで嫌な事はしたくない。それが心理と言う物なのだから。
(でも、わたしは進まないといけない!!)
だから、まどかは必死に手を伸ばす。
それでも闇は泥の様にまどかに絡まり、重石となって闇の中へと引き寄せていく。
「くっ! ぐぅッッ!!」
もがくまどかだが、比例する様に光からは遠ざかっていった。
希望なんて抱くだけ無駄。どうせまた皆に否定される。
誰も戦いを止めない、誰も争い止めない。
魔法なんて、希望なんて全部無駄なのだから。
心の隅に宿っているネガティブな想いが、まどかを包む絶望となって思考を停止させようとする。
「わたしは……、わたしは――ッ!!」
まどかは歯を食いしばる。
「わたしはココじゃ終われない!!」
「―――」
「!!」
その時、まどかは自分の背中が押される気がした。
決意の言葉が体を軽くさせたのもあるが、誰かに背中を押されている。
「あ……」
そして、まどかは光の中から伸びる手を掴んだ。
すると一気に引き寄せられていくまどか。
振り返ると、一瞬だけ緑の美しい髪が見えた。すぐに光が溢れ、闇は消えていく。
「まどか――」
「さやかちゃん……!」
闇からまどかを引き抜いたのは、さやかだった。
彼女は表情を暗くして、まずはまどかへ謝罪を行う。
「ごめん、勝手なことして……」
「ううん、心配してくれたんでしょ? 嬉しかった」
少し、寂しかった所もあるけど。
それを聞くと、さやかはバツが悪そうに目を逸らして頭をかく。
「あたし、最期までポンコツだったよ」
悲しい世界を変えられると思ってたけど、難しいって思い知らされた。
それも、大きすぎる代償まで伴って。
「でも、あたしにだってプライドがある」
だからこそ、この夢を通じてコンタクトを取れる様に祈った。
願いが魔法を形作る、どうやらうまく行ってくれた様だ。
「マミさんたちに、会えた?」
「うん……」
「そっか、何て言ってた?」
「ふふ、秘密」
「たはは! まどかってば意外と意地悪な所もあるよね」
「えぇ? 酷いよさやかちゃん」
だから、教えてほしいのなら……。
「一緒に、行こうよ」
「………」
さやかは寂しげに微笑むと首を振る。
「ごめん、あたしは行けない。ココまでなの」
「………」
さやかは、まどかと位置を入れ替えるように移動すると、手を離す。
自然に光の方へと導かれていくまどかと、光から離れる様に闇へ沈んでいくさやか。
手を伸ばしたかったが、ワガママを言っている時間も無いんだ。
まどかはさやかの表情一つで全てを読み取った。
伊達に長い時間を一緒に過ごしてはいない。
「ごめんまどかっ! 無茶振りになるけど、ホントごめん!!」
「ううん大丈夫。ありがとう、さやかちゃん!」
まどかもまた寂しげな表情を浮かべ、別れを告げる。
「じゃあ……、またね。さやかちゃん」
「ま――」
そこで言葉を止めるさやか。
ニコリと笑って、手を振る。
「ばいばい、まどか」
そこで消え去るさやか。
そして、まどかの隣を一人の男が通り抜ける。
「!」
一瞬だった。一瞬だが、まどかは全てを理解する。
彼の苦しみ、悲しみ、そして勇気と希望。
それはまどかの心に炎として灯ると、確かな熱を放ち始める。
そう、そうなんだね。まどかの目に涙が浮かんだ。
「ッ」
そしてまどかは、涙を流しながらも強い眼差しで光の先を見た。
もうそろそろ、夢から覚める時間の様だ。
「!」
さやかが死んだことで、ローレライの魔法陣もまた消え去る。
飛び起きるまどか、頭を抑えて記憶の糸を辿る。
そう、そうだ、ほむら達は自分を置いてワルプルギスと戦いに向かったのだろう。
どれだけ寝ていたんだ? 時計を見て唇を噛む。
ボウっと立っている時間は残されていないようだ。
『やあ、まどか』
『ッ! キュゥべえ!!』
キュゥべえがコンタクトを取ってきた。
本当はもう何度も話しかけてくれた様だが、まどかが寝ていたので会話ができず困っていたと。
キュゥべえもまどかの事情や心情は理解しているつもりだ。
『だから動きながらでいいから話を聞いてほしい』
「う、うん!」
まどかは光の翼を広げて窓から飛び出す。
急がなければ。幸か不幸か、辺りを見れば、ビリビリとした魔力が嫌でも伝わってくる。
雲に覆われていてよく見えないが、あそこにワルプルギスがいるのが分かる。
そしてその緊張感の中で伝えられる情報。
『キミのパートナーである城戸真司が死んだよ』
「………」
無言で飛行を続けるまどか。
キュゥべえは彼女の態度に首を傾げた。
珍しい事もある。まどかは、やや瞳が潤んだだけで、表情も変える事はなかった
『キミらしくない』
「だって、知ってたから」
『……? それはおかしい。ボクの言葉以外にソレを知る事はできなかった筈だ』
「ううん、真司さんが教えてくれた」
『そんな馬鹿な、だって――』
「教えてくれたんだよ?」
夢の中でと言われれば笑われるだろうが、確かに真司は言ってくれた。
彼は分かっていたんだ、リュウガに勝った時点で自分がどうなるのかを。
真司は心の中でまどかに謝罪を行っていた。何度も、何度も。
その想いが、まどかに少しでも届いたのかもしれない。
真司自身である彼を、通して。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
『なるほど、キミが目覚めるまでは、体の中にドラグレッダーが待機していたのか』
今はもうルールの都合上、体の中に戻す事はできない。
しかし同調している時に、ドラグレッダーの意識がまどかにリンクしたとすれば、あり得ない話では無い。
キュゥべえはあくまでも論理的に解釈を行い、まどかに騎士復活のプロセスを告げる。
『尤も、キミがチャンスを使うとは思えないけど』
「うん、使わない……! それを一番望んでいるのは真司さんだから」
まどかの言葉には一点の曇りも無かった。
キュゥべえもそれは分かっていた事だ。だから特に言う事は無い。
そうしていると、視界にだんだんと映る魔女の姿。
事前情報から、頭が下にあり、笑い声を上げているのがワルプルギスだとすぐに分かった。
そしてその隣にいる魔女が服装からほむらだと言う事もだ。
「……ッ!!」
間に合わなかった? ブレそうになる心。
しかしまどかはそれを抑えつけて弓を構える。まだ諦めるには早い、何か活路がある筈。
その想いを抱いてまどかはスターライトアローの詠唱を始める。
そしてそれを放ち、あの状況へと至るのだ。
「まどか……! まどか!!」
「ッ! サキさん!?」
「ッ! やっぱりまどかなんだな!!」
サキの声を拾うまどか。辺りを確認して瓦礫の山を見つける。
サキがあの中に!? まどかはすぐに瓦礫を吹き飛ばそうと構えるが、それに気づいたサキが慌てて制する。
「私のソウルジェムは大丈夫だから、構わなくていい!」
「え? でも!」
「
サキは、ここで瓦礫を取り除いても自分が足手まといにしかならないと分かっていた。
それに時間が経つ程、自分がどういう状況なのかが分かる様になってくる。
動きにくいとは思っていたが、下半身が丸ごと無くなっていたからだと知れば、サキの中には強烈な無力感が浮かび上がる。
そして何より、サキも一人の人間である。
「君に……、この姿を見られたくない」
「サキさん……!」
視界が悪いと思ったら右目が無くなっていた。
左腕もほとんど使い物にならないくらい損傷している。
纏わり付く生暖かい柔らかなものは、きっと臓物だ。
まどかは、サキに憧れを抱いてると言ってくれていた。マミやサキの様にかっこよくなりたいと。
嘘でもいい。サキはそれが嬉しかったんだ。
だからこそ、かっこいい自分でいたいと言う想いが確かにあった。
だから見られたくないんだ。臓物をぶら下げながら、まどかに守られる自分は想像したくない。
「じゃあ回復だけでも!」
「いや――ッ!」
まどかの回復はそれなりに効果はあるが、何よりも天使を召喚すると言うのは目立ってしまう。
幸い今、サキはワルプルギスに気づかれていない。
ほむらを先に狙っただけの可能性もあるが、せめて使い魔くらいは差し向ける筈だ。にも関わらず何も飛んで来ない。
ここで下手にアクションを起こして見つかると、本当に足手まといになりかねない。
「私もまだ魔法は使える。自己回復に専念して、狙われたら飛んで逃げるさ」
だからまどかには、まずワルプルギスを倒してもらいたいと。
そうすれば戦いは終わり、ゲーム終了時の願いを叶える所まで持っていける。
ほむらの問題もあるが、とにかくワルプルギスがいてはどうしようも無い。
まどかはサキの言葉を躊躇いがちに聞いていたが、その声に込められた想いに気づくと、強く頷いて翼を広げた。
ココにいてはサキが見つかってしまう。
とにかく今は魔女の注意を引き付けなければ――!
「気をつけろまどか! 奴は幻覚を使うぞ!!」
「うん! ありがとうサキさん!」
だったらと、まどかはすばやく詠唱を行い、弓を真上に構える。
「スターライトアロー!」
呼び出すのは乙女座の天使ハマリエル。
放たれた天使は、まどかを抱きしめる様にして吸収されていく。
乙女座は、かけられた呪いや状態異常を回復させるだけでなく、予防も行ってくれる。
これでワルプルギスが精神異常をきたす幻想を仕掛けてきても、問題は無い。
「ふっ!」
「グゥウウウ!!」
ドラグレッダーに飛び乗り地面を離れるまどか。
サキは瓦礫の隙間からまどかの背中を見つけ、安心した様にため息をついた。
喉が潰れていないのは幸いだったか。体が半分無いのに声が出せると言うのは魔法少女故。
ソウルジェムも多少は濁っているが、まだまだ魔力に余裕はある。
狙われれば少しの抵抗くらいはできそうだ。
惜しむべきは爆発の衝撃でグリーフシードがどこかへ飛んでいってしまった事。
ストックは腰のベルト横のミニポーチに一まとめにしていたのが悪かった。
(頼む……! まどか。結局キミに頼む事を申し訳なく思うが、どうか私達に希望の活路を――ッ!)
サキは棒立ちになっているホムリリーに視線を移してそう祈る。
ホムリリーは今、何を思っているのか? それにしても何故動かない?
サキは何か引っかかる物を感じたが、それが何かはいまひとつ分からず、気持ちの悪い物を感じるだけだった。
『アーッハハハ! ヒヒヒヒ! ヒハハハハハァアッッ!』
水面から何事も無く浮上してくるワルプルギス。まどかは目を細めて弓を構える。
最強最悪の魔女ワルプルギスの夜。いくつもの文明を終わらせ、破壊の限りを尽くした魔女。
そして、魔法少女の悲しみの具現化!
「輝け天上の星々カンビエル!」
弓を構えるまどか。光が集中し、星座が背後に現れる。
すると笑い声と共に、まどかの周りから飛来して来る影魔法少女達。
まどかの放つ光は、絶望を退けてしまう。それは良くない。ワルプルギスの好む良質な絶望が消えるのはいけない事なんだ。
影魔法少女達は、一勢にまどかに向かって武器を振り上げる。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
まどかの周りを激しく旋回するドラグレッダー。
咆哮は襲い掛かって来た影魔法少女を怯ませ。その長い体で使い魔達を打ちはじき、追撃の火炎放射で消滅させる。
一方まどかは、翼を広げて詠唱を続けている。弓を思い切り振り絞り、蕾のギミックを開花させた。
「煌け! 水帝のアクエリアス!!」
背負う星達が紡ぐのは、水瓶座の並び。
「希望の泉、穢れ無き久遠の雫。万物を流動させる水練の矢となり我を照らしたまえ!」
希望を齎すとされる友愛の天使。
「解放せよ、水瓶! スターライトアロー!!」
まどかの弓から眩い光が放たれる。
光はあっと言う間に形を変えて、壮大な翼がついている水瓶・『カンビエル』となった。
そして天使の中から放出されたのは大量の水だ。それもただの水ではなく、龍の形をした水流だった。しかも水龍はそのまま川の中に飛び込むと、川の水を自分の力に変えて、吸収を開始する。
その結果――
「「「「クオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」
ワルプルギスの周りの水面に、無数の波紋が生まれ、そこから次々に水龍達が顔を見せる。
あっと言う間に八体のドラゴンが、ワルプルギスを取り囲んだ。
魔女はその状態でも狂った笑い声を上げるだけ。
(抵抗をしない――ッ?)
まどかが疑問に思うと、視界が白に染まる。
フラッシュ? いや、これがサキの言っていた――!
「効かないッ!」
精神異常をきたす光を跳ね飛ばすまどか。ワルプルギスはそれでも笑い続ける。
そうしていると、次々に魔女を噛み砕こうと水龍達が襲いかかった。
抵抗しないワルプルギスに次々と歯を突き立てていく。
龍が体に群がる。
それでも尚、ワルプルギスは笑っていた。
しかしそのリアクションとは対照的に、魔女の肉は食いちぎられ、ワルプルギスからは影を液体にした様な黒い血が飛び散っていった。
『うおッ! あのワルプルギスにダメージを与えやがった!!』
「鹿目まどか……! やっぱアイツなのか」
展望台。思わず身を乗り出して声を荒げるジュゥべえ。ニコも感心したように唸っている。
強固な防御力を備えたワルプルギスの肉体に傷を負わせるとは、ひょっとしてひょっとするのか?
ゴクリと喉を鳴らすジュゥべえ。ニコも汗を浮かべてその様子を遠めに見ていた。
「毒をもって毒を制すって事か……」
やはり最強の魔女を倒せるのは、最強の魔女になる可能性を持った鹿目まどかなのかもしれない。
頷くキュゥべえ。確かにワルプルギスは強いが、まどかも通用するだけの力を備えているようだ。
『ヒヒヒィイイイヒハハハハ!! アハハハ! ハハハハ!!』
「!」
突如ワルプルギスを囲んでいた水龍が消し飛ぶ。
何をしたのか全く見えなかった。衝撃派? サイコキネシス?
いずれにせよ自身の天使を一瞬で消滅させた力に、まどかは汗を浮かべる。
だが負ける訳にはいかない。
早くしないとサキが、ほむらが危ないのだから。
特にほむら。魔女となってしまった彼女はこのまま放置していればワルプルギスの的になるだけでなく、人を襲いかねない。
友達に人殺しなどさせてたまるか。まどかは魔力を上げて弓矢を構える。
「降り注げ天上の矢!」
まどかが手をかざすとワルプルギスの上空に桃色の魔法陣が光輝く。
そこへ弓矢を打ち込むまどか。すると魔法陣からは大量の矢が発射された。
「マジカルスコール!」
『ヒュハッ! ヒャハハハハハハハハハハ!!』
ワルプルギスの大きな体は、それだけの矢を受けると言う事でもある。
次々に命中していく光の雨。大きなダメージを与える事になり、ワルプルギスの肉体は削れる様にして消滅していく。
「わたしは希望を諦めない!!」『ユニオン』『シュートベント』
ドラグアローを構えるまどか。
ワルプルギスは抵抗しようにも、マジカルスコールに動きを止められて何もできない状況だった。
その間に、まどかは力いっぱい、全ての力と想いを込めて、弓を振り絞り発射する。
風を切り裂き飛翔するドラグアロー。
それはワルプルギスの象徴とも言える巨大な歯車に強い音を響かせて突き刺った。
あれは絶望の象徴。まわり続ける愚かな輪廻。だからこそまどかは思う。
あれを壊さなければならないと。
多くの参加者が飲み込まれた。
多くの関係ない人が巻き込まれた。
戯曲? それが絶望の上に成り立つ物なら――!
「わたしは、絶対にそれを否定する!!」『ユニオン』『ファイナルベント』
両手を前に突き出すまどか。
(お願い真司さんッ、力を貸して!)
まどかは光の翼を広げて宙に留まり、そこで思い切り両手を旋回させる。
それに呼応して、ドラグレッダーが叫びながらまどかの周りを激しく旋回していく。
ある程度まどかの周りを飛ぶと、背後に回って口を開いた。
『ヒャハハハハハハハハハ!! アハハハハハハハハ!!』
まどかを囲むのは減速魔法陣。
しかし乙女の加護を受けたまどかには、そんな物は何の意味もない。
何食わぬ顔でその魔法陣をノーモーションで消し飛ばすと、狙いを定める。
そうだ。これが絶望と言う筆で書かれた戯曲ならば。
「わたしが、希望で書き換えて見せる!!」
まどかは左足を突き出してキックのポーズを取った。
そして同時に放たれるドラグレッダーの炎。
それはまどかに融合して。爆発的な加速と威力を与える。
「だぁあああああああああッッ!!」
ドラゴンライダーキックを放つまどか。
ワルプルギスに猛スピードで突撃すると、ドラグアローが刺さった部分に蹴りを直撃させる。
最強の熱エネルギーと起爆剤が合わさって――
『ヒィィイイイイイイイイイイイアアアアアアアアア!!』
断末魔が巻き上がり、大爆発がワルプルギスの夜を包む。
文字通り、爆発四散するワルプルギスの夜。
頭部も吹き飛び、空中を回転した後に川へ着水する。
「ふっ!!」
一方爆発の中から姿を現すまどか。
翼を広げ、ドラグレッダーと共に勝利をかみ締めた。
達成感の中にある寂しさ。いずれにせよ、これでゲームは終わる。
多くの仲間を失った。そしてその先にある未来を思えば、まどかの心にはやはり寂しさがこみ上げてくると言う物だ。
だが、これで確かに戦いは――、長い悪夢は終わりを告げるのだ。
「サキさん! やった……! わたしやったよ!!」
「ッ! まどか……!」
まどかの声が聞こえてサキは聴力を強化する。嬉しさと悲しさが混じった声が聞こえていた。
「倒した! わたし倒したんだよ! ワルプルギスを!!」
「まどか!!」
サキは笑みを浮かべて大きく息を吐く。
だがまだコレで終わりではない。ほむらをどうするかを考えなければ。
だが不思議な物だ。
まどかがいる今ならば、何とかなりそうな気がして来た。
本当に大きな希望なんだとつくづく思う。早くまどかの笑顔が見たい。
サキはそう思いながら、もう一度安堵のため息をついた。
『マジかよ!! あのワルプルギスを一人で倒しやがった!!』
「……っ」
こりゃすげぇと、ジュゥべえは声色を軽くしてまどかを褒めていた。
正直、あの人数では勝ち目薄かと睨んでいたが、見事に予想が外れたと連呼している。
もちろんそれはいい意味でだ。
『鹿目まどかの本気って物を見せてもらったぜ』
ジュゥべえは少し満足気にピョンピョンと体を上下させている。
一方のキュゥべえ。ジュゥべえの様にハイテンションではないが、成る程と何度か頷いていた。
彼もああ見えて、驚いているのだろう。
『やるね、彼女も』
『ああ、鹿目のやつ覚醒してから本当に強――』
『いや、彼女じゃないよ』
『え?』
ジュゥべえは間抜けな声をあげて動きを止めた。
『彼女じゃない? 彼女じゃないって、他に誰がいると言うんだ先輩?』
代わりに答えたのは、まさかのニコであった。
尤も答えたとは少し違うかもしれない。
純粋な思いをニコは口にしただけと言えばいいか。
「おかしいだろ。普通に考えて、さ」
『?』
「さっき言ったよな……。うん、さっき絶対に言った」
『なにが』
『私は確かにこの耳で聞いたぞ』
ニコは汗を浮かべ、そして唇は震わせている。
目は見開き、遠くにいるだろうまどか達をジッと見詰めていた。
違和感。だってそれはキュゥべえが先ほど言った言葉じゃないか。
「ワルプルギスの夜は……、脱落者の魔法を使えるんだろ?」
『まあ、そうだな。それがどうしたよ?』
「いや、気づかんのかよジュゥべえ……!」
『?』
意味が分からないと首を傾げるジュゥべえ。
対照的にキュゥべえは先ほどから一点をずっと見つめている。
『正解だよ、神那ニコ』
「……ッ!!」
『お、おいおい。なんだよさっきから二人して』
「馬鹿かお前!」
ニコは思わず声を荒げてジュゥべえに違和感の正体を告げる。
まどかとサキは知る事の無い情報だったからまだしも、ジュゥべえはワルプルギスの事情を知っているじゃないか。
脱落者の魔法を使うことができる。これが全ての答えだった。
「なんでワルプルギスは美樹さやかの魔法を使わなかった?」
『……あ』
「いや、それだけじゃない。美国織莉子の魔法――ッ!!」
そして、答えは、『本人』の口から告げられる事になる。
『ウフフ!』
「!」
『ウフフフフ! アハッ! アハハハハハッ!』
え?
『アーッハハハハハハハハハ! ヒャハハハハハハハハハハハハッッ!!』
それは紛れもなく、『彼女』の笑い声だった。
「なん……で?」
まどかは見る。聴く。
『アハ! アハ! アッハッ! アーッハハハハハハハハハァアアアッッ!!』
ホムリリーが、確かに『ワルプルギス』の笑い声をあげていると言う事に。
そして、ニコやサキが抱いていたもう一つの違和感の答えも明らかになる。
それは何故ホムリリーがずっと棒立ちだったのかと言う事だ。
魔女になったのだから、何かしらのアクションや動きは行う筈だ。
にも関わらず、ホムリリーは魔女化してから一歩も動かなかったし。攻撃をする事も無かった。
それは何故か? その時、黒い影が液体の様にして、棒立ちだったホムリリーを包む。
まどかは空中に留まり、その光景を見ることしかできなかった。
『ヒャハハハハハハ! イヒャァハハハハハッ!! ヒーッヒヒヒヒ!!』
まどかの前に、ワルプルギスの夜が、その姿を現す。
「ど、どうして……!!」
だって今、たった今倒した筈なのに!
まどかが川を見ると、そこには確かに――、ホムリリーの首が浮かんでいた。
「え?」
鹿目まどかは大きな希望の塊である。
自らの希望を世界に示す為に、最強の魔女ワルプルギスへその力を見せ付けた。
絶望のシナリオを希望に満ちたシナリオにするのが鹿目まどかの願い。
だが同時にコレは覚えておいてもらいたい。
ワルプルギスの夜は、絶望の塊であると言う事を。
『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
希望のシナリオを彼女は新たに塗りつぶす。黒く、真っ黒に染め上げてもう何も描けぬように黒く。
希望も、夢も、くだらない未来も全部可能性ごと消滅させる為に。
『見事だね、ワルプルギスの夜は』
キュゥべえが称えたのはまどかではない、ワルプルギスの夜だ。
何せ、全てが彼女のシナリオ通りに動いていたと言う印象しか受けない。
ニコも言っていた事だが、ワルプルギスの夜は脱落者全ての魔法を使える。
現に彼女はほむらを殺す際、未来予知を使ってトリックベントの出現場所を先読みしていたのだから。
同時に、ワルプルギスは鹿目まどかの到着を予知した。
そう、最初から知っていたのだ。魔女は始めから全てのプランを組み立ててあったのだとキュゥべえは語る。
対まどかにおいてワルプルギスは、最初の一手をまどかが戦場に現れる前に繰り出していた。
それはかずみの魔法、ラ・ベスティアの使用である。
この魔法は魔女、および使い魔、もしくはミラーモンスターの洗脳が効果であった。
『そう、ワルプルギスはコレでホムリリーを完全なる操り人形と変えたんだ』
ホムリリーは暁美ほむら同じく、時間を止められる力を持っていた。
だからワルプルギスの夜は、ホムリリーに命令を下し時間を止めさせ、そこでニコの『再生成』を発動させた。
元々ある物を違う物に作り変える力、ワルプルギスはこれを自身とホムリリーに使用する。
その目的はホムリリーの姿をワルプルギスに。ワルプルギスの姿をホムリリーに変える事。
それが終わった後は、位置を入れ替えて時間停止を解除させる。
そこでやってきた鹿目まどか。ホムリリーはほむらの面影を強く残す姿をしている。
結果、なんの疑いも無くまどかはホムリリーを攻撃せずに、『逆さ女』の方に攻撃を開始した。
まどかの攻撃をワルプルギスが回避せずに受けていたのも、傷を負っていたのも、全てはその中身が洗脳状態のホムリリーであったからに他ならない。
けれど何もしないと流石に怪しまれる、だから本物のワルプルギスはたまに影魔法少女を出現させたり、ホムリリーに時間を止めさせ水龍を攻撃して、さも抵抗している様に見せた。
まどかは乙女座の効果によって自身に降りかかる幻想を無効化できると言う自信があった。
だからこそ目に映る景色を疑わない。本当に姿かたちが変わっているなんて事は、想像もしていなかっただろう。
故にワルプルギスの抵抗が弱くても、疑問には思わなかった。
それにしたって姿は同じなんだ。疑う心が薄くても仕方ない。
まどかは、ワルプルギスの計画どおりに動いてくれた。
それが分かってきたのか。まどかは自分のした事を理解して唇を震わせる。
青ざめ、目に涙を浮かべるまどか。
つまりなんだ。簡単に言うと。
「わたしっ、ほむらちゃんを……、殺し――ッ!」
まどかがほむらを傷つけ、この手で友人を殺した。
まどかは友達の為に希望を抱いた。なのに最も矛盾した行為を今、行ったのだ。
残った者たちを。ほむらとサキを助けたかったのに――ッ!
『ヒャハハハハッ! アハハハハハハハハハハ!!』
「ッ!」
ゾッと、まどかの背中に寒いものが通り抜ける。
自分の希望をあざ笑うかの様な、狂った笑みだった。
まるでワルプルギスは、まどかの希望を知っていて。それを打ち砕く為にこんな事をしたのではないかと思ってしまう。
そしてその効果は絶大な物だった。
まどかを繋ぎ止めていた希望。その根本の想いを打ち砕いたワルプルギス。
友達の為に戦うまどかが、自らの手で友達を殺す最高の絶望。
たとえそれが仕組まれたものだとして、まどかの心を揺さ振るには十分だったのだ。
『クハハハハ! イーッヒヒヒ! ヒハハハハハッッ!!』
これを、笑わずにいられるかと。
「あ――ッ! うぁ゛ッッ!」
まどかの目の前に何本もの剣がいきなり現れ、ひとりでに振るわれていく。
体の至る所に傷が作られ、血が飛び散る。
そう、ワルプルギスは手に入れたのだ。
【暁美ほむら・死亡】
ほむらの魔法を。
「うあぁあぁああああッッ!!」
まどかの体が次々と爆発していく。
何をされたのか、何が起こっているのか、まどかには全く理解できなかった。
すぐにシールドを発動するが、なんの事は無くそれが割れる音がして、体には痛みと衝撃が刻まれていく。
時間停止を手に入れたワルプルギスは、早速その力を惜しげもなく使っていく。
まどかの力の源である希望は、現在ほむらを殺したと言う罪悪感から不安定に揺らいだ物になっている。要するにワルプルギスの絶望がまどかを侵食しているのだ。
当然それに比例して、結界の強度は弱まっていくというもの。
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
「ドラグレッダーさんッ!」
まどかを守ろうと旋回するドラグレッダーだったが、時間停止の前では無力と言ってもいい。
体の至る所が爆発し、地面に墜落していった。もはやまどかの通常結界は無力だ。
そんな中で、ワルプルギスの炎が迫る。
「あ、アイギスアカヤー!!」
巨大な盾が前方に現れてワルプルギスの攻撃を防ごうとする。
しかしまどかは分かっていない。ワルプルギスが参加者の魔法を使える事を。
再び停止する時間。ワルプルギスはそのままスムーズにまどかの背後に回ると、炎を発射して時間の流れを元に戻す。
アイギスアカヤーは強固な盾であり、これならば今のまどかでもワルプルギスの攻撃を十分に防げるだろう。
しかし盾が守れるのは一方だけ、背後から来る攻撃には対処できない。
「うッ! くぁぁあ゛ッ!!」
背中に炎を受けて、まどかは苦痛の声を漏らした。
かとも思えば絶叫。四方から剣や銃弾など、様々な参加者の武器がまどかを襲う。
脳に響く笑い声。これは自分が守れなかった証ではないか?
その後も休む事なくまどかに襲い掛かる爆発の嵐。
まどかも必死に抵抗を示すが、どれだけ攻撃を行っても、ワルプルギスはさやかの自己回復を使用して無傷の状態へと戻る。
スターライトアローを使用したくても、ワルプルギスの攻撃は絶え間なくまどかを襲い、詠唱の隙を微塵も与えない。
「う……ぁ」
光の翼がボロボロとなり、まどかは地面に墜落していく。
そんな彼女へ更なる絶望の一撃が繰り出される事となる。
これこそが、鹿目まどかを絶望の底へと突き落とす一手だった。
『ヒャハハハハハハハハ!!』
ワルプルギスの笑い声と共に召喚される影魔法少女。
地面に叩きつけられたまどかは、その姿を見て絶句する。目を見開いたまま動けなくなる。
それはあまりにも大きすぎるショックで、だ。
ワルプルギスが呼んだ影魔法少女達は全部で11人。
マミ、さやか、杏子、ほむら、ゆま、キリカ、織莉子、かずみ、あやせ、ニコ、ユウリ。
それぞれのシルエットを持った影魔法少女達は、同時に武器を構えて魔法をまどかにぶつけようとしていた。
皆で幸せになれる未来を描いたまどかにとって、これ程辛い攻撃があるだろうか。
皆が自分を殺そうとしている様な光景が対比を生み出し、より強い落差を生み出す。
魔女なら今までだって倒してきたが、コレは、よりまどかの心を抉る。
そう簡単には割り切れない。
「……っ」
まどかは苦し紛れのアイギスアカヤーを前方に出現させる。
だがもう今のまどかを見て、ワルプルギスは時間を止める必要は無いと判断した。
サイコキネシス。それはまどかの盾を歪に変形させると、直後粉々に打ち砕いてみせる。
「―――」
盾の残骸越しに、まどかの表情が見えた。
先ほどまで希望に満ちていたその表情は、暁美ほむらを殺した事で絶望へと変換されている。
落差。その相違。希望が強ければ、それが落とされた時のショックはより深いものになる。
上げて落とす事が、より精錬された絶望を生み出すとワルプルギスは知っているのだ。
『キシシシィヒハハハハハハハハハッ!!』
ワルプルギスの笑い声を合図にして、一勢に放たれる魔法少女達の攻撃。
巨大な銃弾であったり、無数の剣であったり、脱落していった魔法少女たちが生み出す攻撃が、まどかを次々に焼け焦がし、傷つける。
「うあぁあッ! うぐっ! ふぁッッ!!」
爆発が収まり、残った爆煙の中から転がってくるまどか。
その姿は、見るも無残に変わり果てていた。あれだけ可愛らしい魔法少女の衣装が、焼け焦げ、剣で切り裂かれ、見える素肌は抉れていたり焼け焦げていたりと、痛々しい。
「う……、づぁ!」
まどかは立ち上がろうと力を込める。
その上空では、ワルプルギスが狂笑を浮かべ見下していた。
傷だらけのまどかと、無傷のワルプルギス。まだまだ余裕の様だ。
『ヒャハハハハハハハ!!』
「ッ!!」
ワルプルギスは唐突に、上空に炎の塊を発射する。。
すると炎がある程度上昇した後に爆発。無数の炎弾が流星の様に降り注ぎ、周囲を、いや遠くの方まで墜落して爆発させる。
まどかは息が詰まり、全身が硬直する感覚を覚えた。
今の攻撃はアピールだ。はたして今の爆発で何人が死んだだろう。
どこへ着弾した? 無差別に街を破壊するワルプルギス。
それは、『こんな街などその気になればいつでも破壊できる』と言う余裕のアピールだ。
すぐに街のあちこちに煙と炎が上がる。
また、まただ、また守れなかった。まどかの心にドス黒い影が進入していく。
まどかはすぐにサキが埋もれている瓦礫の山を確認する。
なんとか炎は瓦礫を着弾する事は無かったようだが、確かに着弾した場所はある訳で。
『うぉ! あっぶね!!』
その絶望的な光景はまどかだけではなく、多くの目に触れる事になる。
ニコは膝を地面に付けて同じく絶句していた。遠目からでも分かるワルプルギスの圧倒的な実力。
魔女が放った炎は、ニコたちが立っている展望台の下に着弾し爆発した。
炎はそこで消えて地面が抉られるだけで済んだが、もう少し着弾位置が上だったら、今頃ニコは消し炭にされていた事だろう。
「ワルプルギスの夜……!」
今の気まぐれで、何人が死んだ?
史上最強の魔女と言われた実力を、今ニコはひしひしと感じている。
成る程、あれはもはや災害だ。
『鹿目まどかは確かに強い。けれど、ワルプルギスはもっと強い』
一人じゃ流石に難しいよね。キュゥべえは淡々と説明していく。
そして隣では笑っているジュゥべえ。彼はまんまと騙されたと、長い耳をたたき合わせる事で、ワルプルギスに賞賛の拍手を贈る。
『伊達にラスボスの名は背負ってねぇわな!』
『そうだね。ましてや彼女は、まだあくまでも遊びの範囲の様だ』
「は!?」
ニコは思わず声をあげて詳細を問う。
あれが遊び!? 魔法少女の中でもほぼトップクラスの実力を持ったまどかが遊ばれている!?
『ワルプルギスは今、逆位置を保っている』
頭が地面の方を向いている状態。要するに今の状態である。
『彼女が本気を出す時は、正位置の状態だよ』
頭が天の方を向いている状態を指す。
今のワルプルギスはあくまでも逆位置、ただのお遊びでしかない。
そしてそのお遊びに、まどかは劣勢となっている。
それを聞けばワルプルギスの夜がいかに強いかが分かるだろう。
そして、秘密はそれだけではない。ジュゥべえはニコには教えなかったが、脳内で言葉を続けていたのだ。
(それにしても、あれで使い魔って言うんだから恐ろしいぜ)
それはどう言う意味なのか。
それを誰も知る由は無い。
『ヒャハハハハハッ!』
動き出すワルプルギス。トドメを刺す様だ。
まどかは抵抗しようとするが、ワルプルギスは時間を止めて、火炎放射を発射する。
まどか視点あっと言う間に炎が広がり、体は熱に包まれる。
必死に地面を転がって火をかき消すが、再び辺りを確認した時、ワルプルギスの顔が目の前にあった。
『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
「―――」
死が、迫る。
『ヒャアアアァァアハァアアァアァアハハァハァハァッッ!!??』
「!!」
だがその時、激しいフラッシュが巻き起こる。
瞬く光。まどかは攻撃されたと思い、反射的に結界を広げた。
しかし襲い掛かる衝撃は無い。一方で笑い声が震えているワルプルギスの夜。
まどかが上を見上げると、そこには帯電してビクビク震えているワルプルギスが見えた。
どうやら最強の魔女であっても、勝利を確信した際に生まれる油断はあったようだ。
常に未来予知を行っている訳ではない、だからこそ忘れていたのだ。死に損ないと認識し、気に留めるまでもないと思っていた人物を。
『ヒビビビビビビ!! ビバババアハハハハ!!』
「あ……!」
見えたのは白き落雷。
二発目が轟音と共にワルプルギスへ直撃した。
これはダメージを与える物ではなく、大きく怯ませるための物だ。
帯電は麻痺の効果を持っており、ワルプルギスの時間と思考が、しばしの間停止する。
「グオオオオオオオオオオオオ!!」
その意味を理解して飛んでくるドラグレッダー。
多くの攻撃を受けてボロボロになってはいるが、まどかを掴んで飛んでいく。
場所は瓦礫のもと。攻撃を行った魔法少女の所へ。
既に瓦礫の隙間からは眩い白い光が漏れ、ワルプルギスもそれを確認している。
つまり浅海サキは、自分の居場所を晒す事にはなるが、まどかを守ったのだ。
「まどか!!」
「サキさんごめん……ッ! わたし!!」
「いいんだ。キミが気にする事じゃない」
サキからも、ワルプルギスとまどかの一連の流れは見えた。
思えば傲慢な話だったのかもしれない。戦いを止めたいと言っていた自分達は、結局何も成し得る事ができずに、ダラダラと他者の命を取りこぼしながら生き永らえた。
その上で、自分達だけが生き残ろうと言うのはワガママな話だったのか。
だが、それでも、このままワルプルギスに殺されるのは納得がいかない。
このまま成す術もなく絶望していくのは嫌なんだ。
その思いもまた、本物だった。
「待ってて、今ッ、瓦礫をどかすから!」
「待ってくれ、まどか」
「っ?」
サキは、冷静だった。
この状況がどうしようも無いという事が分かる。
もしもここで、まどかが瓦礫をどかして、助け出されたとして――、どうなる?
体は修復が済んでいない。満足に動く事もできないサキが戦力になるのか?
それに、今の落雷で魔力はほとんど使ってしまった。
ああ、駄目だ。こんな状態でまどかと二人でワルプルギスを倒せるのか?
いや、答えは明白だった。
「お願いが、あるんだ」
「サキ……、お姉ちゃん?」
生き残っているのはサキとまどか。その二人だけ。だから――……。
「まどか、私を殺してくれ」
「ッッ!?」
「ゲームを君の勝ちで終わらせる……ッ!」
ルールがある。
もしもサキかまどかのどちらかがワルプルギスに殺されれば、その時点で残った一人はワルプルギスを殺す事でしかゲームを終わらせられない。
だったらその前にサキがまどかに殺されれば、まどかが優勝者になれる。
「そんな……! そんなの嫌だよぉッ!!」
「頼む! もうこれしかッ、道が無いんだ!!」
「ッッ!!」
「ワルプルギスには勝てない! だったら、他の方法で終わらせるしかないんだ!」
サキは必死に叫び、それはまどかにも痛いほど伝わる思いだった。
先ほどの炎の流星群を見る限り、ワルプルギスを野放しにすると言う事は、この見滝原を更地に変える事になる。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
だが自分達にそれができるか? できない、奴の力は異常なのだ。
確かにもうこの状況を覆すには選択肢は一つだった。
「ワルプルギスが麻痺している今しかない! まどか!!」
「……ッ! だったら、わたしを殺して!!」
まどかは自分のソウルジェムを取り出して、そう叫ぶ。
しかしサキはそれを否定する。情けない話だとサキは自分を蔑んだ。
と言うのも、先ほどワルプルギスの動きを止める落雷を二発打ったわけだが、その消費魔力が自分の想像を絶していた。
サキもまた絶望に心を侵食されていたのだろう。
心が絶望に近づけば、それだけソウルジェムが穢れるのが早くなる。
サキは自分のソウルジェムを見るが、もう真っ黒に淀んでいた。
この状態でまどかを殺せば、確実にそのショックには耐えられない。
「魔女が勝ち残ればどうなるかは分からない。今、私達はそのリスクを犯せないんだ!」
「そんなの――ッ! そんなのズルいよ!!」
確かにまどかは今、絶望を心を食われつつあるが、あの夢で抱いた希望は確かなものだ。
ソウルジェムはまだ余裕の輝きを放っている。
サキの言葉を聞くに、どちらが勝者側に立てばいいのかは明らかだろう。
「そうだ。グリーフシードが……!」
とは言え、まどかもそれで素直に納得できる訳が無い。
まどかは予備のグリーフシードがあると少しだけ笑みを浮かべた。
しかし彼女は分かっているのだろうか?
今、自分達が行っている会話が、どれだけ悲惨な物なのかを。
つまりグリーフシードでサキのソウルジェムを回復させ、自分を殺してもらおうと言う事なのだから。
「あれ……? あれッ!?」
無い。
まどかは服をすみずみまで探るが、保存していたグリーフシードが姿を見せる事は無かった。
なんで? どうして? まどかは焦りの表情を浮かべて必死に探し続けるが、どれだけ探してもグリーフシードは出てこない。
当然だ。
ワルプルギスが時間を止めた際、まどかが持っていたグリーフシードを全て抜き取り、吸収していたのだから。
尤も、まどかがそれを知る事は無いし。もうそんな事を考えている暇も無い。
「まどか! 頼むッ! 分かってくれ……!」
「そんな、そんなの……ッッ!!」
「私の最期のわがままを、どうか聞いてほしい」
分かっている。分かっているんだ。辛い思いをさせる。
こんな役割を君に背負わせたくは無かった。でももう時間が無い、絶望がこの街を、このゲームを支配する前に、歪でもいいから希望を示したい。
「可能性を殺したく無いんだ!!」
「う、うぅぅうッッ!!」
首を振るまどか。
しかしサキはもう一度まどかにハッキリと自らの願いを言い届ける。
いわば、これがサキに残された最期の希望。
「頼むまどか! 私を、殺してくれ!!」
「ッ!!」
まどかは思わず耳を塞ぎたくなる。
しかしもう遅い。まどかはサキの想いを聞き届けてしまったのだから。
だから、まどかは選ばなければならない。
この凄惨に思える状況の中でも、希望と絶望は確かに存在している。
まどかの選択が"希望"に繋がるのか、それとも"絶望"に繋がるのか。
「わたしは……」
選ばなければならないのだ。
「わたしは――ッ!!」
『戦いを続けるのか』、【戦いを止めるのか】を。
次の三話なんですが、続きものじゃなくて、ルートが三つに分岐します。
66話・諦める(考えの放棄)
67話・戦いを続ける(サキを殺さない)
68話・戦いを止める(サキを殺す)
その三つの中で好きな物を選んでください。