仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME 作:ホシボシ
※注意
66話、67話、68話は続き物ではありません。
それぞれ前回(65話)の終わりからの分岐ルートになっているので、目次から自分の選択した話へお進みください。
『戦いを止める』
「わたしは、戦いを止める――」
それが、鹿目まどかの答えだった。
「まどか……! そうだ。それで良いんだよ!」
だが、まどかは納得できないと言うように歯を食いしばった。
戦いを止めると言う事は、まどかがずっと胸に抱えていた想いである。
真司と誓い合った志。争いあうこんなゲームを止めようと。
でも、今、その言葉は一番望まぬ物へと繋がった。戦いを止める為に、終わらせる為に、サキを殺すなんて、そんなバカな……。
「――ッ!」
拳を握り締めるまどか。夢でのマミの言葉を思い出す。
自分は何のために魔法少女になったのか? 何のために力を手に入れたのか。
色々な想いがあったろう。色々な答えがあったろう。
とは言え、その答えは今の真実――、今の結果が決めることだ。
つまり鹿目まどかは、サキを殺すために魔法少女になったのだと。
(違う……! 違う!!)
違うんだ。
人を傷つけるために、こんな終わりを迎えるために、魔法を手に入れたわけじゃない。
まどかは『誰か』を守るために強くなった。
それを否定できない。絶対に否定してはいけない。否定したくなかったのだ。
「ごめん……ッ! ごめんねサキさん!」
「ッ? ま、まどか!?」
「わたしはやっぱり――ッッ、できない!!」
「ッ! まどか、お願いだから私を殺してくれ! 戦いを終わらせるんだ!!」
「でも――!」
「もうそれしか道は無い! 君も分かるだろ? 理解できるだろう!?」
まどかは強い。しかし限界と言う物も同じくして存在している。
サキはその限界をココに見ていた。ワルプルギスの夜は想像を超えた化け物だった。
そもそも今、サキ達はワルプルギスと戦ったと言えるのだろうか?
ただ魔女の玩具になったと言う印象しか受けない。全てワルプルギスが描いたシナリオ通り。
唯一、抗うとすれば、それはゲームを強制的に終わらせる事だ。
つまりサキを殺して、まどかが勝利者となる以外はない。
しかしそれでも、まどかはサキを殺す決断には至らなかった。
サキの言っている事は分かるし、自分の力だけではワルプルギスに勝てない事も分かってしまう。
でも駄目なんだ! まどかの希望は人を守ることと見出し、その向こうに、誰しもが笑いあえる世界を望んだ。
だから何が何でも、サキを殺す事はできない。
「まどか!!」
「………」
どうすればいいんだ。まどかは目に涙を溜めて歯を食いしばる。
ココに来て、自分が何をすればいいのか分からなくなってしまった。
みんなが道を示してくれた筈なのに、立ち止まってしまう。
戦いを止めたいと言う想いに嘘は無い。それでも、こんな方法はあんまりだ。
「あんまりだよ……ッ!」
「まどか……」
サキは、まどかの震える声を聞いて何も言えなくなってしまう。
それだけの事をまどかに強要している。自分を殺してくれと言う最大のエゴを擦り付けている。
その苦しみ、分からぬ訳が無い。
「サキお姉ちゃん……ッッ」
「!」
ただ名前を呼ぶだけ。
ただ名前を呼ぶだけなのだが、そこにはありったけの悲しみと弱さが見えた。
震える声、迷いや焦りを乗せて、まどかはサキの名前を呼ぶ。
「わたし、お姉ちゃんを殺したくない」
「ッッ!」
まどかは夢の内容をサキに話す。
マミ達と共に示したのは、誰もが笑って暮らせる未来だ。
どれだけ甘いと言われても、どれだけ無理だと笑われても、人を殺す事を正当化したくは無い。
だから駄目なんだ。希望を諦めたくは無い。希望を消してしまっては。
「殺したくないよぉ……!」
「まどかッ」
当然だ。当然のことだ。
だったらサキがまどかを殺せば? しかしサキのソウルジェムもまた限界が見えている。
まどかを殺す苦しみを背負うだけの容量はきっと存在しない。
ココで賭けには出れない。最後に生き残った者が魔女だったらどうなる?
ソレが分からない以上、安易な行動は取れないんだ。
とは言え、まどかにそれを背負わせるのも――
(ぐっ! 私はどうすれば……!)
瓦礫の向こうでは、まどかのすすり泣く声が聞こえてくる。
大切な人を殺さなければならにあ。その事に苦しみを感じない訳が無い。
どんなに殺した方が良いとは言えど、それを正しい事にはしたくなかった。
サキも、まどかも。だからサキは言い出せない。自分を殺せと言えなくなる。
「「………」」
無言が二人を包む。
聞こえる物と言えば、まどかが涙と共に零す嗚咽だけ。
こうしている時間は無い筈なのに。サキもまどかも答えが見出せずに、沈黙するしか出来なかった。
『ヒッ! ヒ………ヒヒッ!!』
「「!」」
ワルプルギスが微かだが再び笑い始める。どうやらもう迷っている時間は無いらしい。
サキは唇を噛んで思考を巡らせる。考えろ、考えるんだ。自分は何故今まで戦ってきた?
ふざけたゲームを終わらせる為ではないのか? 多くの命が失われ、多くの関係ない人達が巻き込まれた。
そんなゲームの結末を、より酷い物にしてはいけない。
ここでゴネていれば、全てが失われる可能性のほうが高いはずだ。
サキは拳を握り締めて、想いを固めていく。
ワルプルギスを放置すれば見滝原には多くの被害が生まれるだろう。
守りたかった者も、多くが失われてしまう。
駄目だ。駄目なんだ。
ワルプルギスに抗える可能性を持っているのは自分達だけ。
だから逃げる訳にはいかない。魔女を何とかすると言う責任を放棄する訳にはいかない。
「まどか――、私を殺してくれ」
「!」
「頼むッ! もうそれしか手は無いんだ!!」
できる事ならば、サキがまどかを殺したかった。
しかしそれを背負えないとは、何とも情けない話だ。
無理にでも耐えるか? 駄目だ。万が一と言う可能性もある。
しかしそれはまどかにも言える事。サキを殺した事で絶望すれば、より悲惨な結末が待っている。
ならばやはりサキがまどかを殺すか? まどかを殺してイルフラースを最大出力にし、魔女になる時間を遅らせれば――!
(駄目だ! 殺してすぐ願いを叶えられるかどうかの保証が無い! 情に揺らぐのは危険すぎる賭けだ……!)
そしてその時だった。
【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ライアチーム完全敗退】
【残り2人・2組】
遅れて二人の脳内に入ってくるほむら達の死亡通告。
だがそれがサキの決断を後押しする形になる。
ほむらが何度と無く繰り返してきたのは、まどかの為だ。
彼女のためにも、やはりまどかは殺せない。
ハイリスクにはなるが、サキはこの短時間で自分の命と、まどかの命。
どちらが重いのかを見出す。
「まどか、分かるだろう? もう時間は無い」
「そんな……!」
「辛い役目を押し付けるが、どうか分かってほしい、もう答えは一つだ!」
「そんなのっ、そんなのズルいよお姉ちゃん!」
「わがままを言うなッッ!!」
「!」
サキはまどかを怒鳴る。怒鳴ったのだ。
「お前がやらなければ全てが終わるんだぞ! まどか! 迷うな!!」
「わ、わたし……! わたし今までワガママ言わなかったよ? だったら、一つくらい聞いてくれたっていいでしょ!?」
「駄目だ! 頼むまどかッ、私を殺してくれ!!」
「できないよ!!」
「ふざけるなッ! 見滝原が滅ぶとしてもか!? 自分の命まで失うとしてもか!?」
「だって、だって!! だってッッ!!」
カッと目を見開くサキ。辛いだろう、苦しいだろう。
すまない。だが選ばなければならない時がある。
茨の道と知りながら、進まなければならない時がある。
まどかには少し辛すぎるだろうか? だったら、少し背負ってはくれないか?
サキは全ての可能性と希望を、『彼』に託す事に。
「ドラグレッダァアアアッッ!!」
「!!」
傷を癒すため、まどかの背後で伏せていた龍の耳に、サキの言葉が響く。
ピクリと反応を示したドラグレッダー。
サキの声に多くの感情が篭っているのを理解できるだろうか?
「私を殺せェエエエエエエエッッ!!」
「ッ!!」
起き上がるドラグレッダー。まどかはすぐに叫ぶ。
「駄目、殺さないで!!」
ミラーモンスターの指導権は、全てパートナーの魔法少女が握っており、その命令は絶対とされている。
しかしドラグレッダーはしばしの沈黙の内、咆哮を上げた。
「それが、最後の希望なんだッッ!!」
「ッ!? 止めてドラグレッダー!!」
目を光らせるドラグレッダー。同時に口の中を光らせる。
なんと彼は、まどかでは無くサキに従うと言う異例の行動を起こした。
ミラーモンスターは人の心を感じる事ができる生物だ。
サキの覚悟と愛が、ドラグレッダーに伝わったと言うべきなのだろう。
ましてや他にも理由がある。まず一つ、命令権の弱さ。
殺さないでとは口にすれど、まどかは今、迷っている。その曖昧な心がドラグレッダーの拘束力を弱めた。
さらにサキを殺す事は、主人であるまどかを助ける事に繋がる。
それもまたドラグレッダーを突き動かす事に繋がったのだろう。
サキの覚悟。そしてゲームを終わらせたいと言う他ならぬドラグレッダー自身の意思。
彼の心に映るのは主人である城戸真司の姿だった。
「やだっ! 止めて! お願いドラグレッダー!!」
まどかは、真司は自分を責めるだろうか?
しかしドラグレッダーは確かに自分の意思で、サキの言葉に乗ったのだ。
「嫌ァアアアアッッ!!」
ドラグレッダーは空に舞い上がり、ありったけの力を込めた火球を放つ。
それは他ならぬサキが埋もれているだろう瓦礫の山に向けてだ。
叫ぶまどか。反射的に手をかざして瓦礫に結界を張った。
塞き止められる炎。しかし自分の行動が正しいのか迷いに迷いきっているまどかの結界は脆い。
すぐにヒビが入り、そこから熱と光が瓦礫越しにサキへ伝わって行く。
「………」
サキは謝罪する。
すまない、ドラグレッダー。すまない真司さん、すまないまどか。
私の弱さが招いた結果だ。サキは目を閉じて大きく瓦礫に持たれかかり、ゆっくりと息を吐く。
暖かな光と熱が、彼女を包み込むかの様だ。
死がそこまで迫っていると言うのに、何故か気分は穏やかだった。
だからだろうか? 昔の事を深く思い出してしまうのは。
………。
「ねえねえ、どうして泣いてるの?」
「え?」
「悲しいことがあるならね、笑うといいんだよ! こちょこちょ~!」
「わ! や、やめっ! あははは!!」
それが初めての出会いだったか。
離れ離れになった妹に会いたい寂しさから、公園で泣いていたサキをまどかが励ましてくれた。
あの時の事は、一生忘れる事は無いだろう。
「じゃあ、わたしが君のお姉さんになってあげるよ!!」
「ほ、ほんとう!?」
「ああ、本当だとも! 今日から君は私の妹だ!」
転んで泣いているキミに言った言葉だ。
君は喜んでくれたね、私にとっても新しい妹ができたみたいで嬉しかった。
たがすまない。あの時は単純に君を美幸の代わりにしていたんだ。
妹がいない寂しさを、完全に君で埋め合わせしようとしていた。
私にとっては頼られる自分にヒロイックな物を感じていたから、君に頼られたかったのかもしれない。でも一緒に過ごしてみて分かった。君は美幸とは全く違う存在なのだと。
「何ッ! 泥を掛けられた? 任せろ、私がボコボコにしてきてやる!」
「い、いいよお姉ちゃん! 別にちょっと汚れたけだし!」
「いーッや! それじゃあ私の気が済まない!」
「本当の本当に大丈夫だからぁ!」
どんなに。誰に。どれだけ傷つけられても、君は他者を恨まなかった。
何をしても怒らない、そんな情報が他者のサディズムを刺激するのか、よくちょっかいを掛けられていたか。
私はそれに腹が立って仕方なかったが、君は何時だって笑顔を浮かべていた。
私に冷静さを与える為に、心配をさせない為に。
忍耐。時にそれを他者は弱さと卑下し、無力と説き伏せる。
しかし他者を傷つけない事が『本当の強さ』だと、君を見ていてよく分かったよ。
まどか。君は強い。誰よりも、何よりも。
私も君の様な強さが欲しかった。
まあ……、その、なんだ。
なかなか難しいもので、結局さやかと一緒にソイツらを裏でボコボコにしてたのは内緒だが。
難しい物だな。傷つけない解決と言うのは。
いやいや本当に難しい、それはこのゲームを通してでも十分に思い知らされたよ。
ああ、でも、時には喧嘩をした事もあったか。
「サキお姉ちゃんは何にも分かってないよ!」
「いや、まどかが間違ってる!」
「間違ってないもん!」
小さい手を振り回して頬を膨らませる君は、怒っていても可愛かった。
それに内容も内容だったしね。
「絶対にあんぱんはっ、こしあんだよ!」
「いーや、つ・ぶ・あ・んだ!」
「こしあん!」
「つぶあん!」
「こし!」
「つぶ!」
「こしあんんッ!」
「……こしあん!」
「つぶあん! ――ってあれ?」
「ハハハハハハハ!」
「もう! サキお姉ちゃんのいじわる!!」
あの時、君は本気で怒っていただろうが、私は楽しくて仕方なかった。
美幸は私と好みが似ていたから、こうやって言い合うのが新鮮だったのかもしれない。
あれはどうやって決着がついたんだっけ? ああそうか、あの後どっちが良いのか実物を食べて決めると言う事になって――
「つぶあんもおいしいね!」
「ああ、私もこしあんに嵌りそうだよ」
我ながら単純な物だと思うが、そう言うのも悪くは無いよな?
そう言えばまだ、たけのこ対きのこの決着がついていないな。
いつか分からせてやろうと思っていたが、今日まで結局答えは出なかった。
でもわたしの知らない君もたくさんいたんだろう。
君が両親に怒られている所は全く想像できなかったが、一度だけ家出をした時があったね。
あの時は家の近くの公園でずっと座っていたのを覚えているぞ。
私も付き合って、二人で夜まで公園のベンチに座っていたね。
それは深夜まで続いたと思っていたけど、結局親に連れ戻された時は7時半くらいだったっけ?
その後二人とも、こっぴどく親に怒られたものだな。
お互い翌日にはもう二度と家出はしないと誓ったものだ。
そうだ、色々な思い出がある。
次から次に些細な事かもしれないが、刻まれた記憶がある。
君が家に泊まりに来た時、一緒にごはんを食べたね。
君はすごく魚を食べるのが丁寧で、私は思わず品のよさに劣等感を覚えてしまったよ。
私の魚はサメに食い散らかされた様だったからね。
あの日から私も品性を磨く様になったんだぞ!
お風呂では初恋についても話し合ったっけ。
私は誰だったか? 確か幼稚園の先生だったかな?
君は少し照れながら答えをはぐらかした。
でも私が詰め寄ると折れたのか、小さな声でこう言った。
「……さやかちゃん」
正直ちょっと私にって期待してた面も……。
ああいや、半ば確信していた所もあったんだ。
だって美幸は――、将来、私と結婚してくれって言ってた。
だからそれが。私がまだ美幸を君に重ねていた証拠だった。
私はそれに気づかされた気分になったよ。
そう言えば一緒に寝た時の事を君は覚えているかな?
あれは年齢が年齢だったとは言え、完全な黒歴史ってヤツだ。
まずは君がおねしょをしてしまう訳で、まああれは夜遅くのテンションに加えて。子供特有の謎遊び。『水をどれだけ飲めるか』勝負ってのをしていたせいなんだけどね。
布団を汚してしまった君は罪悪感からか泣きそうになってたっけ?
私はと言うと、とにかく慰めてあげなければと言う思いに駆られ、結局取った行動は思い切り力んで私もその場で漏らすって行為だった。
ああ、なんであんな事をしてしまったんだろうね。
まあ結果として君は多少なりともダメージを減らしてはくれたみたいだったけど……。
若干引いてた目をしていたのを私は一生忘れないよ。
そうそう、君が初めて見た映画も、私と一緒だったのを覚えているかい?
君は大きな音が怖くて一度外に出たんだっけ? 私は怖いなら帰ろうと言って、さやかは自分がついているから一緒に見ようと言った。
思えばあれが私達の関係をよく現していたのかもな。
結局、君はさやかの手を握って映画を見ていた。
そして後半に入るくらいには、もう完全にのめり込んでいたっけ。
覚えているものだな。
私は正直ちょっとだけさやかに嫉妬したけど、同時に彼女が君にとって良い親友になれると喜びを感じた時でもあった。
私はその時思ったんだ。
さやかが君に『成長』と言う影響を与えるなら、私は君の『居場所』になれたらいいと。
君の弱さを受け入れ、否定しない。
さやかが君を強くしてくれるなら、私は君を弱くする役割を受け持とうと。
それはいけない事なのかもしれないが、人はきっと生きている中で、弱くなりたいと思う日もたまには来るだろう。
自分が間違っていると自分自身が分かっていようが、それが正しいと言って欲しい日も来るだろう。その時、私がその役目を受け持ちたいと思った。
弱さの言い訳になってあげたい思った。
簡単に言えば幼い時に抱きしめ、一緒に寝るぬいぐるみの様な物か。
弱さを注ぐ器。大人になるにつれてそれは思い出をしまう過去の物となり、人によっては要らなくなる。
「サキさん」
いつからか、そう呼ばれるようになった時、私は役割を終えたのだと勝手にしんみりしていたんだよ。
別にそれからもちょくちょくお姉ちゃんと呼んではくれていたけれどね。
でも私の前を歩いて、さやかと仁美と楽しそうに話す君を見て、私はやはり嬉しさと切なさを感じていたんだ。
その時ふと気づいた。もしかしたら私は、同じ事を君に求めていたのではないかと。
それが浮き彫りになったのが、美幸が死んだ時だ。
葬儀の時、君は何も言わずに私を抱きしめてくれた。
私が涙を流せば、君も一緒に泣いてくれた。何も言わず、ただ私の弱さを受け入れてくれた。
もしかしたらずっと君の方が大人だったのかもしれない。
私は君に甘えてもらう事で、頼ってもらう事で、救われてきたんだ。
だからかな。私はとにかく君からの信頼が欲しかったのかも。
覚えているかい?
私が君を傷つけてしまった時の事を。
小学校の図工の時間で、君が作った紙粘土のオブジェ。
君はそこそこの自信作で、親に見せる前に私にそれを見せてくれた。
私はと言うとその頃は少し男勝りな面があったから、ついオブジェを持つ手に力が入ってしまい、結果至る部分が取れてボロボロにしてしまった。
あの時は焦ったよ。
世界が終わったと思った。君はお気に入りのオブジェを私に壊され、口では平気だの気にするなと言いつつも目にはいっぱいの涙を溜めていた。
それに焦った私は、キミに一つの提案をしたんだっけ?
「どんなお願いでも聞いてやるから許してほしい」
そうだ、結局それで許してもらった。
君は優しかったから、無理なお願いはしないだろうし。そもそも今でもそのお願いは使っていない。
でもそう言う事がポンと出たのは……。
やはり私は、口や心では色々言っていても、本心ではいつまでも君の姉代わりでいたかったんだ。
お願い……、か。
結局、君が本当に願っている事を、私は今、何も叶えてあげる事はできなかったよ。
こんな私を見て、君は幻滅するかい? 嘘つきだと軽蔑するかい?
でも分かってほしい。
「ようしまどか! 今日はあっちを探検してみよう!」
「うん!」
手を繋いで色々な場所に行ったね。
「まどか、じゃがいもの皮むきを頼む!」
「うん! にんじんは任せたよお姉ちゃん!」
一緒に料理もしたね。
「お誕生日おめでとうまどか」
「わぁ! ありがとうサキさん」
私があげたぬいぐるみ、まだ部屋に飾ってくれてるんだね。
「サキお姉ちゃん大好き!」
「ああ、私もだよ!」
そうだ、そうだよ、まどか。
分かってくれ、どうか分かってほしい。
私は君が大切だったんだ。一人の家族として、姉として。
姉妹ごっこだったかもしれない。
でも私は本当に君の事を妹だと思っていたんだ。
その気持ちに嘘は欠片とて無い。血は繋がっていないが、私達は家族になれたんだと本気で思っていた。
その気持ちは、時間と共に忘れていった方が良かったのかもしれない。
当然か、それが普通の事なのだから。
でも、このゲームを通して、今を通して、私は改めて思うよ。
君は――
「私の事を……、姉だと思ってくれていたかい?」
どちらにせよ気持ちはただ一つさ。
私を君を、いつでも、いつまででも愛している。
味方でありたかった。でも、背負わせる事になってしまった。
すまない、本当にすまない。私は最後までかっこいいお姉ちゃんでいる事ができなかったよ。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
悲痛な叫びのような、ドラグレッダーの声が聞こえた。
そして聞こえるまどかの悲鳴。サキの世界がスローモーションになる。
分かる。見えないが、何が起こったのかを理解した。
ドラグレッダーが二発目の炎を発射したんだろう。
(まもなく、か)
サキは強くなる光と熱の方へと、手を伸ばす。
視界は涙でボヤけていたけど、伸ばした手についているスズランのブレスレットは鮮明に見えた。
(美幸、今……、君のところへ行くよ)
行けるかな?
もし、会えたなら……、たくさん話したい事があるんだ。
私に妹が一人できたんだよ。君は嫉妬してくれるかい? それとも喜んでくれるかい?
でも大丈夫。彼女はとても良い子だ。きっと君ともすぐに仲良くなれる。
君もきっと彼女を好きになってくれる。彼女も君を好きになってくる。
でも、その時が来るのはもっと後だけど。
「まどか……! 生きてくれ」
世界に絶望しないでくれ。それが私の最後の望みだ。
「愛してるよ……」
光が、熱が溢れていく。
サキはその手を強く伸ばして、微笑んだ。
「大切な、妹よ」
そして轟音がサキの耳を貫き、彼女の視界はブラックアウトした。
「あ……! あぁ――ッ!」
へたり込むまどか。
瓦礫が爆炎で吹き飛び、目の前には轟々と燃える炎しか見えなかった。
そして、脳に響き渡る唯一の真実。
【浅海サキ・死亡】
【これにより両者復活の可能性は無し。よって、ファムチーム完全敗退】
【残り1人・1組】
つまり。
【ゲーム終了】【勝者・龍騎ペア】【生存者2名・鹿目まどか、神那ニコ】
『ヒャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!』
「……ッ!!」
その瞬間、ワルプルギスの活動が再開する。
まどかはハッとして立ち上がり、魔女の方へ振り向いた。
サキが命を懸けたんだ。彼女の想いは絶対に無駄に出来ない。
泣いている時間はもう残されていないんだ。
だから、だから――ッ!!
「退いて! ワルプルギスッッ!!」
『ヒィイイイイイアアアアアアアアアアアアッッ!!』
まどかを前にして、影魔法少女達と共に文字通り消し飛ぶワルプルギスの夜。
あれだけの猛威を振るっていた魔女は、もう影も形も無く消え去った。
笑い声も聞こえず、辺りは静寂に包まれる。
風も止み、曇天の空からは次々と光の線が。
『キミの口から出た言葉と、脳に浮かんだ言葉から、一つ目の願いはワルプルギスの永久消滅として処理させてもらったよ』
「……永久、消滅」
『うん。間違いないよね?』
「………」
まどかの前に現れるのは、魔法少女担当妖精であるキュゥべえだ。
ゲームが終わった今も、彼の調子は変わらない。
久しぶりだねと軽い調子で語りかけ、なんの緊張感も持っていないようだった。
『気分はどうだい? キミは多くの文明を終わらせてきた魔女を倒した。英雄として語り継がれ、神話として認識される程の事だ』
「わたしは別にそんな事……、望んでないよ」
『表情が暗いね。まあいいや』
とにかくまずは優勝おめでとうと、耳をたたき合わせて拍手を送る。
これは歴史的な快挙だとキュゥべえは語り、まどかに賞賛の声を。
「ワルプルギスは……、死んだの?」
『死んだとは少し違う。彼女の概念が消え去ったと言うべきかな』
ワルプルギスの夜は複数の魔女の集合体。もっと言えば、魔女の怨念が集合した亡霊だ。
そのシステムその物を消滅させたのだとキュゥべえは語る。
これでもうこの先、魔女がどれだけ死のうとも、第二のワルプルギスが生まれる事は無い。
『とにかく、キミは勝利したんだよ。このF・Gにね』
多くの犠牲を出したゲームは終わり、勝者は龍騎ペアとなった。
勝ち残ったまどかは一つ願いを叶える事ができ、騎士は二つの願いを叶える事ができる。
現在。城戸真司は死亡している為、彼の願いを叶える権利はまどかに譲渡される。
つまりまどかはあと二つの願いを叶える事ができると言う訳だ。
『どうするんだい? 重要な事だ。24時間くらいなら考える時間をあげるよ』
「ちょっと、待って……」
呼吸を荒げて胸を押さえるまどか。
サキを死なせたショックは大きく、心を落ち着けないとソウルジェムが一気に穢れきってしまう。いつまでも悲しみに沈んでいられない。ここまで来たなら何が何でも平常心を保たなければサキの死が無駄になる。
なんとか平静を保とうと、まどかは心を落ち着けようと言うのだ。
しかし、その時だった。
「鹿目まどか様。優勝おめでとうございます」
「ッ!?」
女の、声が。
「お疲れのところ申し訳ありませんが、少し見て頂きたいものが」
「え……?」
モニターが現れた。
それはキュゥべえの目を模した物で、まどか視界いっぱいに広がる。
だから、まどかは嫌でもモニターを見ざるを得ない。
そして彼女はそこに映っている光景を見て、言葉を失った。
「―――」
何が映っているのか。
それが分かっているのに、まどかは理解する事ができない。
いや正確には、理解したくないと言った方がいいのか。
そんな事がある訳ないと言う想い、そうであってほしいと願う想い。
だがそれは、粉々に砕けることになる。
「これは、真実です」
考えても見てほしい。
参加者は死ねばその存在は消え去る。
元々他の魔女と融合していたユウリの力は、死して尚、消え去る事は無かったが。それはあくまでも特殊な例だ。
例えばさやかが死んだ事でローレライの旋律が消え去り、まどかが目覚める事になったと言えば分かりやすいか。要するに『事前に掛けてあった魔法』は、その魔法少女が死ぬことで解除されるケースがほとんどだと言う事だ。
それを踏まえた上で、かずみに死に注目していただきたい。
そう、かずみが死んだ事で、彼女が掛けていた魔法は消える。
洗脳魔法ファンタズマビスビーリオもまた同じくして消え去ったと言う事だ。
かずみはソレを誰に掛けていた? とある少女の家族に、かずみは洗脳魔法を掛けていた。
そうだ、"鹿目まどかの家族"に。
「―――ぁ、ぁあぁあ……ッ」
まどかの表情が鬼気迫る物に変わり、青ざめ、震える。
鹿目詢子。鹿目知久。鹿目タツヤは、洗脳魔法により、まどかを置いて風見野への避難を行う事にした。
まどかが、かずみに頼んだ事であり、家族を守る為の行動だった。
だが、かずみが死んだ事で魔法は解除され、詢子達は何故まどかを置いてココにいるのかを疑問に思った事だろう。
鹿目家は家族愛に満ちた幸せな家庭だ。そんな中で、まどかを危険な見滝原に置いて行くと言う判断を取った自分達を、さぞ責めた事だろう。
そしてすぐに考え付くはずだ。あの気の強い母が言い出したに違いない。
まどかを、迎えに行こうと。
「美しい家族愛だ。素晴らしい!」
レンタカーを借りて、三人は危険だと知りながらも娘を迎えに風見野から見滝原を目指して出発した。かずみが死んでから風見野を出発した訳だが、隣町の見滝原まではそれほど離れていないためか、ちょうどその時と時間が重なった。
「そう。ワルプルギスの夜襲来の時間とね」
ワルプルギスは魔女結界を必要としない。
強力な魔女だ、故にその攻撃は普通に見滝原の街を襲う。
現にワルプルギスは範囲攻撃で多くの建物を破壊し、パフォーマンスの様に人を殺して見せた。
「運が悪いとしか……、言えない。本当に何と声をかけたらいいのか」
「ぁぁあああぁあ――ッッ!!」
気のせいだろうか? 声のトーンが上がっている。
まあとにかくだ、ワルプルギスの攻撃は運悪く、たまたま道路を走っていた一台のレンタカーに直撃してしまった訳だ。
ああ、何と悲劇的な話であろうか。
娘を助けに行きたいと言う純粋で愛に満ち溢れた想いが、ワルプルギスの夜と言う絶望の化身によって黒く染められてしまうとは。
しかし事実は事実。起きてしまった事は仕方ないとは思わないだろうか?
そう、モニターに移っている光景とは――
鹿目まどかの家族全員が、血まみれで死んでいる物であった。
「ァアァアアァアアアアァアアアアアアアアアアアアッッッ!!」
まどかは頭を押さえ、涙を流しながら叫ぶ。
『声』は、言葉を続ける。願いの内容はよく考えた方が良いと。
そうだろう? まどかは既にの一つ願いを消費している。
だとすれば叶えられる願いはあと二つ。
死者の蘇生には、一つの願いにつき、一人しか蘇らせる事ができない。
「一人、足りませんから」
「ァァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
ビキッ! と、音がして、まどかのソウルジェムに亀裂が走る。
見ればその色はもう輝きなど微塵も放っていない程の『黒』であった。
サキを死なせた事に対する追い討ち。
さらに言ってしまえば、まどかはサキの死体を見ずに済んだ。
しかし今、目の前にある三つの死体は、まどかが最も愛する者と言っても良い存在。
ソレに加えて、死体は綺麗な物ではなかった。
臓物を撒き散らし、脳みそを垂れ流し、手足の一部はねじ切れ、首はひん曲がる。
そんな家族の姿を見て、正常な思考を保てる者がいるだろうか?
(ごめんなさい――ッッ)
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
まどかは、大切な物を何ひとつとして守れなかった事に謝罪を重ねる。
こんなつもりじゃなかった。参加者の皆にしたって、家族にしたって。
望んでいたのは皆が幸せに笑っている世界だ。
なのに結末は参加者も、友達も、仲間も、家族も。誰一人、何一つ守れなかった。
ごめんなさい、許してください。まどかの自己犠牲の念が膨れ上がっていく。
しかしもうそれは、彼女の心に入りきれる罪悪感の量ではない。
パンパンに膨れ上がった風船、それは尚も膨らみ続け、そしてその最期へと至る。
まどかは自らのソウルジェムに幾つもの亀裂が走るのを確認した。
嫌、嫌だ。
同時に思う拒絶の心。終わりたくない、死にたくない。
ココで死ねば全てが終わってしまう。なのに心はもう汚れきっている。
絶望に沈んでしまっている。
「あう――ァ……ッ!」
まどかは手を伸ばし、何かを掴もうとする。
しかし彼女は何もつかめない、希望なんてもうどこにも残っていない。
誰もいない世界だ。愛する者がほとんど死んだ世界。
助けて、死にたくない、その心とは裏腹に突き進む絶望の道。
「たす……けて――」
答えてくれる者は誰もいない。
仲間は皆死んだ。姉として慕っていた者も先ほど殺した。
霞んでいく視界、ぼやける聴力。
「だず……げ――で」
震える声、呂律も廻らず上ずる音。
それを『醜い』と笑う声が聞こえた気もするが、もうまどかの脳には何も入ってはこなかった。
あるのはただ深き深き、底も見えぬ様な絶望だけ。
誰もいない、何も見えない、何も聞こえない。深い悲しみに鹿目まどかは堕ちていく。
「―――」
助けを求める声も、自分の口から出ているのかが分からない。
しかし一瞬、ほんの一瞬だが龍の姿がフラッシュバックする。
自分の耳に龍の咆哮が聞えた気がする。
そして浮かぶ笑顔。
守ってくれると約束した男の姿が目の前にあった。
生きていいんだと教えてくれた男の姿が前にはあった。
共に戦いを止めようと誓い合った大切なパートナーの姿がそこにはあった。
彼が、手を伸ばしてくれた気がする。
だからまどかも手を伸ばす。ごめんなさい、貴方に心配を掛けないと決めていたのに。
一人でも頑張れると思っていたのに。
ごめんなさい、ごめんなさい、でもどうか共に伝え合った想いを覚えているのなら――
(たすけて――……真司…さん――ッ!)
しかし、答えてくれる声は無い。掴んでくれる手は無い。抱きしめてくれる体は無い。
彼は、嘘つき――? ううん、彼は悪くない。
悪いのは全部、絶望に勝てなかった。
わ た し
「なんだよ……あれ」
『………』
展望台、そこにいたニコは、顔を真っ青に変えて後ろへ倒れ込む。
その光景に腰を抜かしたのか。唇を震わせてジュゥべえを睨んだ。
「ゲームは終わったんだろ!? なのに……、なのになんでッ!?」
ジュゥべえはニコの問いかけには答えない。
キュゥべえと視覚を共有し、キュゥべえの見ている景色を確認させてもらう。
死体となって転がっているまどかの家族。
ワルプルギスの攻撃を、車中にいる時に受けたと説明が入ったが――
『………』
確かに乗っていた車は爆散しており、その衝撃も重なって死体は凄惨な状態となっている。
しかしよく見れば、死体のあちこちに赤黒い血のシミが転々としているじゃないか。
タツヤに至っては脳天に小さな穴が開いており、そこから脳みそが垂れ流されて死んでいた。
『小さな穴……?』
爆発した際にガラスや車の部品が頭に刺さったのか?
いや違う、あれは間違いなく矢傷。
つまり弓矢が刺さって生まれた傷では無いだろうか。
と言う事は――
『やり方がこっすいんだよな』
「ッ?」
『ほとほと呆れるぜ』
「な、何言ってんだよ!」
ニコはとにかくと、ジュゥべえに事態の説明を求めた。
『諦めろ神那ニコ。人類終了のお知らせだ』
「は……!?」
ニコの目に映るのは黒い山の様な化け物だった。
無数の黒い繊維が交わる事で生まれるその頂上部分は天を仰ぐ人型のシルエットが辛うじて確認できると言った所だろうか。
彼女は、世界の絶望を取り払うために祈りを掲げている筈だ。
幾千の祈り、幾億の願い、それは全て彼女が希望へと人を導くためのマホウ。
「あれが……、鹿目まどか!?」
ニコも知っていたとは言え、腰を抜かして魔女を見上げている。
離れた場所にいるとは言え、巨大なその体の全てを視界に捉える事ができない。
そして感じるプレッシャーもまた、ワルプルギスの比では無かった。
『クリームヒルト・グレートヒェン。人間にとってはゲームオーバーと言った所だな』
救済の魔女Kriemhild・Gretchenが誕生した瞬間であった。
その性質は慈悲。
この星の全ての生命を強制的に吸い上げ、彼女の作った新しい天国へと導いていく。
この魔女を倒したくば世界中の不幸を取り除く以外に方法は無い。もし世界中から悲しみがなくなれば魔女はここが天国であると錯覚するだろう。
『願いを叶える前に絶望したって事だな。終わりだよ、もう何もかもな』
自我を失ったまどかは、願いを叶える事はできない。
これより、全ての生命を救済する儀式が10日間に渡って行われる事だろう。
もちろんそれは救済と言う名の死。
希望と言う名の絶望だ。
「じゃあ、なんだ? あと十日でこの世界は滅びるってか!?」
『まあ、普通に考えればな』
人は徐々に弱り、10の日を数えた時には、全ての生命が魔女の中に導かれるだろう。
そして彼女が構成する究極の安らぎの中にて、新たなる役割を与えられるんだ。
もちろんそこには自我は無い、そして命が消えた世界に未来も無い。
人にとって世界とは救済の魔女が生み出した物のみと変わる。
まどかはそこでいつまでも、いつまででも、安らぎに満ちた時を過ごすのだろう。
『お前らの生命エネルギーを依り代としてな』
見てみろ。幸せな世界がまもなく始まる。
その言葉と共に、ニコの携帯に映し出される映像。
それは鹿目まどかが自分のベッドで気持ちよさそうに眠っている所だった。
『虚構に埋め尽くされた、世界としてな』
「……つまり、なんだよ」
ニコはそう言ってヨロヨロと立ち上がる。
「何が救済だ、何が安らぎだ……! 何が希望だよ!」
自我を失えばmその後にどんな物が待ち受けていたって関係あるもんか。
だってもうそれは死と同じなのだから。
「つまりこう言う事だろう?」
世界中の命はお菓子や紅茶。
救済の魔女はそれを片手に、優しい優しい世界を思い浮かべて妄想に浸り続ける。
「クソみたいなただの一人遊びだ!」
『成る程、言いえて妙だな』
まあだが一つ訂正するとすれば、救済の魔女はそれを意図してはいない。
彼女が見る景色は、彼女自身どう言う物なのかは知らぬ物。
しかし一つだけ分かるとすれば、それは悲しい物語などではなく、喜びと希望に満ち溢れた世界だ。
『見ていれば分かるぜ。アレだけ争っていた参加者共が、きっと友達として出て来る』
もちろん、お前も。
ニコはその言葉に舌打ちを行い、手すりを殴りつけた。
「違うッ、違うだろ鹿目まどか! そうじゃないだろうが!!」
『まあでも、そう悲しむべき事でもねぇとオイラは思うぜ?』
死ねば一切の苦痛を覚えなくて済む。
『その逃げは、誰しもに欠片として存在はしているだろう?』
死ねば何も感じない。苦痛も、悲しみ、絶望さえも。
『だとすりゃあ、今からこの世界に齎される死は、忌むべき物では無いと思うがよぉ?』
「……ッ」
その言葉が。ジュゥべえが何気なく言った言葉が、ニコの心を大きく抉る。
ニコもまた、同じ事を考えていた時期が確かにあったからだ。
死ねば終わる、死ねば救われる。そう、それはまさに救済ではないか。
『救済の魔女が齎す死に痛みは伴わない。尤も、自分がこれから死に向かうだろうと言う恐怖は抱くかもしれないけどな』
救済の魔女の死は誰しもに等しく与えられる。
生まれたばかりの赤ん坊も、死に掛けの人間も、同じ時間にて弱り、死に至る。
『だが、あれだけの大きさ、そして魔女結界を必要としない救済の魔女は、多くの人間に確認されているだろうな』
救済の魔女の力によって、もうテレビも携帯も意味を成さないガラクタとなる。
映像を映す物や、音声を放つ物は、全て魔女が思い描いた『幸せな世界の景色』しか映さないのだから。
やがて人は導かれていくのみ。
『それを人は簡単に受け入れると思うか?』
そりゃ無理な話だ。人間の長い歴史が既にそれを物語っている。
極限状態に置かれた人は、理性と言う箍が外れて壊れてしまう。
死が近づけば逆に何をしてもいいと思う者が現れ、または救済の魔女を利用しようと言う者も現れるだろう。
『暴動、詐欺、窃盗、強姦、暴行、殺人がどれだけ起こるのかねぇ? もしかしたら戦争とかもありか』
「………」
『いつまで経ってもテメェらの中にはサルの血が流れてる。ハッ、滑稽なモンだぜ』
「……おい」
『あぁ? なんだよ』
「どうして鹿目まどかは魔女になった?」
一瞬、言葉を詰まらせるジュゥべえ。
(さてコイツは一体どうした物か)
素直に教えるのはいいが、何せ神那ニコは少し特殊だ。
変な考えを持たねばいいが。
「こうなる事は……、決まってたんじゃないのか?」
『………』
ジュゥべえは答える代わりに、笑い声を上げる。
勘がいいヤツは嫌いじゃない。
尤も、ニコの場合、それが恐怖の対象となる訳だが。
「―――」
膝を付いて俯くニコ。
もう、こうなってしまっては……、か。
『あん?』
その時だった。
ジュゥべえの元へ、一枚の紙が飛んできたのは。
救済の魔女が巻き起こす風が『上』の方向を向いているからだろう。
無数の水の粒に混じってその紙が、号外が巻き上がってくる。
『コイツは……?』
足で紙を押さえつけて、内容に目を通す。
するとしばしの沈黙の後、再び声を出して笑い始めた。
『こりゃあいいや。よく信じたな、アイツ等』
ニコも同じく、舞い上がってきた紙に目を通してアンニュイな笑みを浮かべた。
杏子達から逃げたニコは、展望台に行く前に、ある場所を目指した。
それは城戸真司の職場であるBOKUジャーナルだ。
そこでニコは、ある情報を編集長達に伝えた。
『お前も洒落た事をする』
「別に。ただ何となく、証ってヤツを残したかったのかも」
ニコはゴロンと寝転がる。
開き直ったかのように、恐怖の感情を表情からは消していた。
そして全てを諦めた様な目で空を見る。
「悪いな鹿目まどか、美国織莉子。私には何も変えられないよ」
変える勇気も、それを抱く希望も――……。
『生きろ』
「………」
あったのかも、しれない。けれど私には力が無い。
それをなし得たいと言う、揺ぎ無い一つの答え。『意思』をまだ持てない。
だから私は、もう――
「なあジュゥべえ。本当に"終わり"は来るのか?」
『……さあな』
それはもう答えだろう。
ニコは小さく笑って、大きく息を吐く。
勝てない。このゲームには。この世界には。
降参だよ、ちくしょう、くそったれ!
「でも唯一私が抗えるとすれば、それは記憶だ」
『だから、駆け込んだのか?』
「かもな。忘れてはいけなかったんだよ。生きた証を」
そして私自身が忘れたくは無かったんだ。
丁度その役目にはピッタリな立ち回りをしていたし。
『………』
ジュゥべえが見つめる紙は、新聞の様な構成をした情報誌であった。
途中で印刷した後はパソコンが救済の魔女の力によって使えなくなった為、後は手書きで情報が羅列してあった。
この短時間でビッチリと文字を埋めたその根性は評価したい所だが、肝心の内容が内容だ。
『こんな物を誰が信じる? それにこの状況だ、誰がこれを手にとって、ゆっくり目に通すんだよ』
「いるさ。絶対に、物好きは」
『だとしても、これから世界は滅びるんだぜ? 意味の無い情報だ』
「命が消えるだけだ。地球が滅びるわけじゃない」
何千、何億と時間が掛かろうが、新たなる生命は必ずこの地球に芽吹く。
そして進化を遂げ、いつかこの紙を見る日が来るかもしれない。
もしくは――、"繰り返される"としても。この時間軸にいる人間に知ってもらえるかもしれない。
『意味なんてあるのか? 文字通り、知るだけだ』
「あるさ。少なくとも私の気は済む」
人間と言うのは、時に理解できない行動にも意味を求める物だ。
自分が納得できるのなら、それは大いに意味のある行動だと割り切れる。
『そういう物かね?』
「そういう物だ」
『ふぅん』
再び誌面を見つめるジュゥべえ。
そこには、ニコが今日に至るまでに見た物と、何故世界が滅びるに至ったのかを示す情報があった。
つまり、FOOLS,GAMEに関する情報が全て記載されていたのだ。
ニコが知った全ての参加者。
今は存在すらしない事になっている彼らが、どうやって死に至ったのか。
そしてこれからニコは再びBOKUジャーナルに向かい、鹿目まどかの事を伝える予定であった。
高見沢には申し訳ないが、生きると言う事は諦めた。
でもその中で浮かび上がる新しい欲望を覚えたのだから、それは許して欲しい。
「どうしても伝えたいんだ。私達の愚かさ、そして弱さを」
そして、このゲームの事を。
『伝えてどうなるんだよ』
「どうにもならないさ。ただ、たとえ終わると分かっていても、それでも伝えたい」
いや、終わるからこそ知ってほしい。
命の価値を、今一度皆に問いたい。命を道具として扱ってきた自分達の末路。
諦めなかった少女の末路。そしてそれが齎す滅びの未来。
人は何故滅びる事になったのか。
それを引き起こした13人の騎士と、13人の魔法少女と言う存在を把握してもらいたい。
『だがもし、お前の言う通り人がそれを理解してくれれば、お前はどうなる?』
世界を滅ぼすに至った原因。
非難されると言うレベルじゃすまない。
それこそ魔女裁判に掛けられて火あぶりだ。
「それもいいかもな」
『裁かれたいってか?』
「まあ、それも一つの結末だろう」
罪は、確かにこの血に流れているのだから。
ニコは胸を掴み、そしてゆっくりと体を起こして辺りを見回す。
展望台から見渡す見滝原。ここだけではなく、あと十日で全ての命は潰える。
滅び。だがそれもまた受け入れてしまえば美しい。
「破壊の先には創造が常に待っていた。滅びもまた、次世代の生命を作る礎にしか過ぎない」
そしてもしも彼らがまた、愚かな歯車に巻き込まれるのなら、自分達の存在をどうにかして知ってもらいたい。
そうすれば、少しはまともな結末にもなろう。
『諦めたのか。お前は生きる事を』
「ああ、私は弱い。その弱さを超えられなかった」
だが、それ故に、この世界を最期まで愛したい。
償いと希望。自分の欲望の為に。
「それに、知って欲しいのはお前らにもだ」
『?』
「私達の愚かさ、そして醜さ。だがその中にもあった確かな希望と光を、どうか忘れないでほしい」
それを、その偽りの感情に刻み込めとニコは笑った。
『……ま、それがお前の望みなら。考えておくぜ』
「ああ、悪いな」
『そろそろ、お別れだ神那ニコ。オイラは消えるぜ』
「んあ。達者でな」
『お前はどうする?』
「しばらくはココにいる」
滅びいく世界と言うのも、それはそれで美しく、楽しい物もある。
ニコは携帯に映る幸せな世界を見てそう口にした。
希望の世界に導かれる前に、人々に彼女の背負った絶望を知ってもらうのも悪く無い筈だ。
『「チャオ」』
ニコとジュゥべえの声が重なり合い、二人は別れる。
十日もあるんだ、伝えたい事はいっぱいある。
ニコは滅びいく世界を見つめながら、アンニュイな表情で笑みを浮かべた。
人は愚かだ。
だからこそ、この結末を迎えるに至ったのか。
人が皆、鹿目まどかの様な想いを思っていたのならば、違った未来をあっただろうに。
だから最期くらいは彼女のように生きてみたい物だ。
神那ニコは、今日眉間に穴を開けて死んだであろう二人の友人を想いながら、いつまでも携帯の画面に映る幸せな世界を見ていた。
希望に満ちた、その絶望を。
【END】
【絶望連鎖、愚かな輪廻】
この結末が悲劇なのか、それともこれで良かったのか……。
物語はまだ序章にすぎない。答えは、もうひとつの結末が教えてくれるだろう。
次回エピローグです。
三つのエンディングの内、一つがエピローグに繋がる物になっています。残りの二つはノーマルエンドです。
どれがその一つなのかは、次回明らかになります。
今回選ばなかった他の二つのエンディングは、エピローグ更新後に確認していただくのが一番かなと思ってます。
まあそれは、自由なんですけどね。
ちなみに最後の『この結末が悲劇なのか~』は龍騎原作の台詞なので、特に深い意味はありません(´・ω・)b