仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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第72話 他人を愛するには

 

 

 

「もしもし? 香川英行教授はいらっしゃいますか?」

 

『先生はただ今大切な実験の最中です。申し訳ありませんが外部との接触は一切断っております。どうかご了承ください』

 

「いや、それが凄く大事な事で。魔女と騎士って言えば意味が分かると思うんですが――!」

 

『騎士? とにかく、以前にもネットや週刊誌を見て同じ事を言っていた記者の方がいました』

 

「いやいやマジでマジで! 私達がその魔女と騎士に関わってる存在なんだよ!」

 

『いずれにせよ申し訳ありませんが、話がしたいのならば直接清明院までお越しください』

 

「いや、それが事情があって行けなくて」

 

『お越しください』

 

「証拠の映像送るんで――」

 

『お越しください』

 

「いや、だから――!」

 

『お越しください』

 

「ちょ、おま――!」

 

『お越しください』

 

「……好きな食べ物は?」

 

『お菓子――……』

 

『「………」』

 

 

プツっ! ツー、ツー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どちくしょうがぁあゥッッ!! 切りやがったなあんちきしょー!」

 

(最後のが原因じゃ……)(最後のが原因ね……)

 

 

ニコは怒りに吼えながら携帯をソファの上に投げ飛ばす。

あれから清明院に電話をかけて香川教授との接触を図ってみたが、案の定と言うか、噂どおりと言うべきなのか、無駄に終わってしまった。

香川英行は現在、第一助手の仲村(なかむら)(はじめ)と極秘の実験を行っているらしく、外部との接触はほぼ断っている状況だった。

魔女や騎士の話題を出せば話を聞いてくれるのかとも思ったが、どうやら無駄だった様だ。

 

 

「俺も以前電話した事があるが、全く同じ様な感じだった」

 

「どうやら直接大学のほうに足を運ばないといけないみたいね」

 

「面倒な。コッチは見滝原から出られんのに」

 

 

それにしてもと、ニコは訝しげな表情で肩を竦める。

 

 

(空気、重――ッ)

 

 

ニコの前には、先程から無言で見詰め合っている仁美とまどかが。

中沢や真司は汗を浮かべてオロオロと落ち着きなさそうにしているだけで声を掛ける事はできない。一方でこの状況を作り上げた下宮も、清清しい表情とはいかなかった。

こうなる事は予想済みだった。まどかは渋るように口を閉じているが、このまま時間が無駄に過ぎるのも良くない状況だ。

 

 

「まどかさん……!」

 

「う、うん」

 

「何があったのか――。いいえ、何が起こっているのかを教えてくださいませ!」

 

「そ、それは――ッ!」

 

 

この問いかけはもう五回目だ。

仁美と中沢はしっかりと見た。まどか達が魔法少女に変身する様を。真司が騎士となって下宮と戦う様を。

はじめは脳が追い付かず、映画の撮影やCGかと思った程だ。

しかしココは現実、彼らが鏡の中に入った事は紛れも無い事実なのだ。

 

 

「鹿目さん。半ば強引で申し訳ないとは思っている。けれど、どうか彼女達に事情を教えてやってくれないか?」

 

「で、でも……」

 

 

下宮は身を乗り出し、メガネのレンズを光らせた。

とは言え、渋るまどか。やはり彼女の記憶の中にあるのはゲームに巻き込まれた仁美達の死だ。

その事実がまどかの心をネガティブにしてしまう。ゲームの事実を伝える事で、また仁美達が危険に巻き込まれるのではないかと。

しかしココで渋っていても仁美達はは現にその光景を見ている。

今更なんの言い訳をしようと言うのか? それにそれは下宮自身が望まぬ事だ。

 

 

「申し訳ないけど、キミが話さないなら僕が全てを話す」

 

「そ、そんな……!」

 

「分かってくれ鹿目さん。気持ちは分かるけど、巻き込まないだけが全てじゃない」

 

 

守ると言う事は確かに大切だ。

何も知らなければ、関わらなければ、危険もまだ少なかったかもしれない。

しかし、しかしだ。それでも踏み込まなければならないラインがある。そもそも何も知らなかった仁美達は前回のゲームでは死んだ。

 

 

「迷う時間が無いんだ。だから強引な手を使わざるを得なかった」

 

「……ッ」

 

 

まどかは、心配そうに自分を見つめる仁美から目を逸らす事しかできなかった。

責任が重く圧し掛かる。前回のゲーム、仁美はまどかを守って死んだ。

守る事を望んだまどかが味わった虚無感。仁美を守れなかった棘が、今でも心にしっかりと突き刺さっている。

それはトラウマのようなものだ。

 

下宮の言い分はこうだ。

今現在、参加者は見滝原に集まっており、それでいて見滝原から出る事はできない。

一方で香川は清明院に引きこもっており、接触するためには参加者以外の者に協力を頼むしかない。

それを下宮は、自分と中沢、仁美の三人で受け持つと言うのだ。

 

 

「確かに同じゲーム盤にいる者達。危険なのは同じかもしれないが……」

 

 

手塚はコインを手で弄びながら仁美達を見る。

 

 

「しかし今回は二人を連れてゲームに深く関わる場所に行く。当然、敵もそこへ集まっていくのでは?」

 

 

魔獣は見滝原の外に出られる。

と言う事はおそらく、彼らも始めに取る行動は香川の排除ではないか。

 

 

「それは……、そうだと思う」

 

「自覚してたのか」

 

 

前回はケーキを作っていた辺りでに香川が死んでいたニュースが流れていた。

正確にはそれは死体が発見されたのが、と言う話で、実際はもっと早くに始末されていた。

香川がゲームにとって重要なファクターだというのは狙い通りで、下宮は少しその点についての補足も行った。

 

 

「今現在、僕らの頭には神崎優衣の記憶はほぼ消滅している」

 

 

魔獣とて参加者、キュゥべえがロックをかけたのだ。

しかし分かる事はある訳で、それは香川が魔獣にとってイレギュラーな存在であると言う点だ。

 

 

「ゲーム盤には、はじめから魔獣も把握していないバグがあった」

 

 

例えばそれは榊原であったり、例えばそれはサバイブであったり。

イツトリの力を以ってしても存在そのものを根本から排除する事はできず、魔獣は一部割り切る形でゲームを進めていたが、そのイレギュラーの尤もたる存在が香川だと言う。

危険な存在は排除しなければならない。

その考えはおそらく、このゲームでも変わっていない筈だ。

 

 

「ちょ、ちょっと待ってくれよ皆!」

 

「中沢くん……」

 

 

立ち上がったのは中沢だ。頭を掻き毟って疲労した表情を浮かべている。

未だに脳が混乱しているんだろう。当然か、自分が今まで生きてきた世界が幻想だったなんて、普通の人間がそう簡単に受け入れられる筈もない。

 

 

「さっきから魔獣だとかゲームだとか、もっと俺達にも分かる様に説明してくれよ!!」

 

「まどかさん! お願いします!」

 

「う、うぅ」

 

 

二人に攻められ、まどかは困ったように真司を見る。

とりあえずコクコクと頷いてはみるものの、真司もコレと言う答えを言える訳じゃない。

試しに手塚やほむらに助けを求めてみるが――

 

 

「もう遅いでしょうね」

 

「ああ。もう見られた。ここまで来たなら説明したほうが良い」

 

 

腕を組んで、目を閉じている手塚とほむら。

隣ではニコが少し肩を竦めて携帯を弄っている。

ニコとしてももガッツリと見られた手前言い訳は虚しいと悟った様だ。

 

 

「と言うより、僕はもう始めに概要だけは伝えてしまったんだ」

 

 

下宮がトドメを刺す。

手塚は先ほどから中沢達をジッと見ていた。

下宮、中沢、仁美。運命を大きく左右させる力を三人は持っている。

尤もそれは良い方に転がるのか、悪いほうに転がるのかは見えない。

まさに賭け、ゲームはまだ始まっていないと言うのに、のっけから大きな分岐点が待っていたものだ。

 

 

「まどかさん……! 私じゃ、お役に立てませんか?」

 

「そんな事――ッ。わたし、仁美ちゃんが大切だから……! だから言えなくて」

 

「!」

 

 

その言葉を聞いて、仁美は嬉しそうな笑みを浮かべた。

しかしすぐに焦る様に身を乗り出すると、訴える様に口を開く。

まどかは自分を大切だと言ってくれた。それは素直に嬉しい事だ。

 

 

「ですが! 私もまどかさんが大切ですわ!」

 

「ッ! 仁美ちゃん……」

 

「下宮くんから聞きましたの。まどかさんが今ッ、とても大変な状況だって……!」

 

 

まどか達は今とてつもない分岐点に立っている。

大きな闇と戦う為に身を削るつもりであり、大変な状況にいると。

そして、その状況を自分達ならば少しは手助けできるかもしれない。

なんて事を下宮は事前に仁美達に伝えておいた。

あとは見てもらったほうが早いと説明し、今に至る訳である。

 

 

「私っ、まどかさんの力になりたいですわ!」

 

「で、でも危ないんだよ!?」

 

「覚悟の上です! どうか、どうか私に手伝わせてくださいまし!」

 

「う、うぅぅ!」

 

 

まどかの前にフラッシュバックする光景。

仁美が血まみれで自分に微笑みかけているあの時の光景だ。

どうしてもあの時の苦痛が思い出され、まどかは渋るしかできなかった。

またあの時と同じになったら自分は耐えられない。

しかしその時、仁美の言葉が聞こえて、まどかの心は強く揺れ動く事に。

 

 

「私……! 夢を見たんです」

 

「夢?」

 

 

頷く仁美。

それは、まどかとさやかに置いていかれる夢だ。

 

 

「……!」

 

「ただの夢と言われればそうなんですの。でも――ッ!」

 

 

二人の背中がどんどん離れて、仁美は置いていかれる。

周りは暗くて冷たい闇。仁美の心は不安で押しつぶされそうだった。

先ほども言ったがそれだけの夢だ。ただの夢だと言われればそれでおしまいだ。

けれど、その意味が今なら分かる気がする。

 

 

「まどかさん。お願いですわ……」

 

 

仁美は俯く。

その表情は誰しもが分かる。『寂しさ』と言う感情が秘められていた。

まどかが感じる苦痛もあれば、同じくして仁美が感じる苦痛もあろう。

友が苦しんでいるのに何も知らされず、その心残りを常に抱き続けて毎日を過ごさなければならないなんて。

 

 

「まどかさん! 私を、置いて行かないで――ッ!」

 

「!!」

 

 

涙が浮かぶ。

そこで、まどかの表情が変わった。

置いて行かないで。その言葉を聞いて、仁美が事切れる姿が鮮明に思い出される。

 

 

『ねえ……まどか――……さ――』

 

『仁美ちゃん? ねえ、どうしたの仁美ちゃん!!』

 

『私……貴女の事が――……大…好き……――――』

 

 

嬉しかった。嬉しかったんだ。

仁美は家庭の事情で一人で帰る事や、遊べる時間もさやかに比べて少なかった。

だからと言って、まどかは仁美の事を変わらずに慕い続けていたが、同時に仁美が後ろめたく感じていないだろうかと、いらぬ心配をしたこともある。

 

付き合いが悪いなんて思っていないから気にしないで。

そうずっと思っていたが、それを口にすると言うのもおかしな話だ。

だから口にはしなかった。だけどあの時、仁美は確かにその後ろめたさを感じていたと吐露してくれた。

 

口にしていれば良かった。

もっと早くその事を伝えてあげれば、仁美がいらぬ重石を背負う事も無かったのに。

仁美も、まどかも、口にしないから背負い込んだまま過ごしていたから。

だから、そう。死ぬときにしか本当の意味で分かり合えなかったのかもしれない。

 

 

「………」

 

 

これから始まるのは信じる戦いだ。

本当の意味で守る戦いだ。その意味、それは物理的な意味で守れば良いだけじゃない。

体が平気でも、心が傷つけば、それは本当に望む結末とはならない。

 

 

「真司さん……」

 

「!」

 

 

まどかは小さな笑みを浮かべて真司を見る。

抱える想いは一つ。それを彼は分かってくれるだろうか?

 

 

「………」

 

 

真司は少しだけポカンとしていたが、すぐに笑みを浮かべて首を縦に振った。

それを見て、まどかは笑顔を深くする。彼がパートナーで本当に良かった。切にそう思う。

まどかが今望んだのは背中を押して欲しいと言う想い。真司はそれをしっかりと分かってくれたようだ。

 

ああ、いや。

本当に理解していたのかは別として。

それでも結果的に真司の笑顔が、まどかに確固たる決断を促した。

 

 

「仁美ちゃん、中沢くん」

 

「!」「!」

 

 

まどかの体が光に包まれたかと思えば、服装が全く違う物になる。

それは魔法少女の衣装、そして彼女は光の翼を片方だけ出現させて、その存在が人のソレとは一線を超えていると言う事を強くアピールする。

 

 

「う、嘘だろ? 鹿目さん――ッ!」

 

 

中沢は引きつった表情で腰を抜かす。

大人しくて優しいと言うくらいのイメージだった鹿目まどかが、今目の前で、説明しようの無い状態になっている。

口を押さえて目を見開く仁美。先ほども見ていたが、改めて目の前で見るとまた驚きもそれだけ大きくなる。

 

 

「嘘じゃない。もう一度その目で見ろ、人間」

 

「!?」

 

 

中沢が目を移すと、そこには下宮が立ってた。

よく知っている、昔からの友人だった。

その友の体が弾け、中からは見たことも無い鮫の化け物が姿を見せる。

人間と共通しているのはシルエットくらい。そんな異形が、よく知っている下宮の声で話し、自分を見ている。

 

 

「これが現実なのさ」

 

「お前……ッ、マジか!?」

 

 

そうだ。

だから話す必要がある。

 

 

「騎士と魔法少女。そして、フールズゲームの事を」

 

 

駆け足にはなるが、中沢達には分かってもらうしかないのだ。

今まで何があったのか、どんな苦しみと絶望があったのか。

そして今に至る希望があったと言う事を。

 

下宮は異形の姿のままでフールズゲームの歴史を語りだす。

無限とも言える時間の中に行われた、拷問と言う名の遊戯の歴史をだ。

語りつくせぬ永遠ではあるが、それでも少しだけでも分かってもらえればと思って。

 

 

「あのね、魔法少女って言うのは――」

 

 

そしてまどかもまた、自らを取り巻く魔法と呪いの話を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――」

 

 

時計の長い針が丁度一周しようかと言う所で、まどかと下宮の話は終わりを迎えた。

仁美は今も尚、口を覆い隠し、目にありったけの涙を溜めている。

話を聞き終わるまでは無言を貫こうと思ったようだが、すすり泣く様な声と共に少しずつその目からは雫が零れる。

 

隣にいた中沢も言葉を失い、この世の終わりの様な表情をしていた。

知らなかった、そんな事があったなんて。

知らなかった、今自分が何故呼吸をしていられるのかを。

 

騎士、魔法少女、魔女、インキュベーター、概念。

そしてフールズゲーム、ワルプルギスの夜、魔獣。

その全てを端的にではあるが仁美達も知る事となった。

 

 

「じゃあ……、まどかさん達は何度も何度も戦って――?」

 

「うん。えへへ! って言っても、記憶が共有してるのは今回だけだけど」

 

「でも――ッ!」

 

 

仁美は抑えきれない感情を発散させる為、身を乗り出してまどかを強く抱きしめた。

少し驚きつつも、まどかはすぐに笑みを浮かべて仁美の背中に手を回す。

仁美の温もりが、生きていると言う事を実感させてくれる。

最後に触れた時の仁美の体は、驚く程に冷たかったから。

 

 

「なんて声を掛けたら良いのか分かりませんわ……」

 

「うん。大丈夫。ありがとう」

 

「さぞ、お辛かったでしょう……ッ?」

 

「それは」

 

 

一瞬、言葉を失う。

だがすぐに表情を真剣な物に変えて、しっかりと頷く。

 

 

「うん、辛かったよ……。信じられないほど辛かった」

 

 

でも辛いだけじゃない。辛いまま終わるのを真司が防いでくれた。

それに戦いの歴史の中で、それだけ喜びや希望もあったじゃないか。

今は思い出せないのもあるし、記憶の隅にしまわれた物もある。

でも思い出そうと思えば、いつかきっとその記憶も蘇る。

だってどれだけ時間を繰り返そうとも、その全てが歩んできた道に変わりは無い。

巻き戻されようとも、今ならば全ての道を一繋ぎにできるのだから。

 

 

「だからね、辛いけど……、それを終わらせる為に戦える」

 

「終わらせるって、まさか……」

 

「うん。魔獣を絶対に倒す事」

 

「で、できるの?」

 

 

不安げな中沢の言葉に、参加者は全員頷いた。

できるかできないかじゃなく、やらなければならない事なのだ。

魔獣らを倒す事は、ゲーム関係者だけの問題ではなく、世界さえも絡んでくる事態だ。

 

魔獣は世界を玩具にしようとしている。

そんな勝手は許す事はできない。異形に対抗できるのは、同じく異形の力を手にした参加者達しかいないのだ。

 

 

「同じ呪われた力だったとしても、わたし達は必ずそれを希望を掴み取る為に使える」

 

「その為に中沢くんと志筑さんには協力してもらいたいんだよ」

 

 

もちろん下宮一人で行く事も出来る。

むしろ魔獣も清明院を狙いに行くと考えれば、一般人のを連れて行くのは危険なのかもしれない。

しかし下宮には狙いがあった。例えばそれは今言った通り、中沢達の心であったり。

例えばそれは(にお)いとか。

 

 

「におい?」

 

「ああ。魔獣の体からは多少ではあるが瘴気の香りがするんだ」

 

 

それはハーフの下宮も例外ではない。

人間には分からないだろうが、魔獣にとっては理解できる物となる。

つまり下宮が一人でうろついていると、他の魔獣に察知されやすくなると言う事だ。

しかし周りに――、特に近くに人がいればいるほど、瘴気の臭いは人の臭いに紛れ込んで分からなくなる。

さらに下宮が見つかった場合、一人で行動していると違和感を覚えられる。

 

 

「僕はまだ魔獣の情報調達員として認識されているんだろう」

 

 

裏切りがバレる前になんとか行動に移したい。

そして周りに中沢達がいればそれはカモフラージュとしては上出来な物になると。

下宮一人が風見野に出向くよりも、友人と共に風見野に行くと言う形の方が違和感は消せる筈だ。

 

 

「………」

 

 

あとはもう一つ理由があるのだが、下宮は説明しなかった。

悪戯な情報は場を混乱させるだけ。それにその狙いは、まどかにとって最大の裏切りになり得る。

しかしそれでも下宮はその選択を候補の一つとして掲げたい。そして選ばせたいと。

他でもない、"人"にその選択を。

 

 

「まどかさん!」

 

 

そして何より、巻き込まれたのはまどか達参加者だけではない。

この世界に、この地球に生きている全ての者が魔獣の遊びに巻き込まれた。

永遠の地獄を味わったのは参加者だけではないのだ。

そして答えを出さなければならないのもまた同じ。

それは全ての人間に言えることではないが、せめて下宮が情を覚えた者達には、己の納得する道を歩んで欲しかった。

 

 

「どうか、どうか私も協力させてください!!」

 

 

仁美は今もなお零れる涙を拭いながら必死に訴える。

まどかが死ぬ、さやかが苦しむ。そんな未来など受け入れられる訳も無い。

自分はまどか達の友人だ、ココまで知った以上、指を咥えて見ているだけなんて絶対にできないのだと訴える。

 

 

「でも――ッ! やっぱりわたしは……!」

 

「危険なのは分かっています。大人しくしていた方がまどかさんにとっては安心なのは分かっていますわ!」

 

 

叫ぶ仁美。

でも、それじゃあ自分が納得できない。

黙っていたほうがいいのが親友の為だと思っても、それでも意地を通したい時がある。

とにかく仁美は食い下がった。まどかが引き下がって欲しいと思うなら、仁美は今、まどかに意地悪をしている。

けれどそれでも、それでも仁美は協力したいと頭を下げていた。

 

 

「私、ロボットではありませんわ。心を持った人間ですのよ!」

 

「っ」

 

「まどかさんと一緒に戦いたい! まどかさんのお役に立ちたい!」

 

 

ワガママなのは分かっている。

 

 

「でもッ、意地悪な言い方ですけれど……!」

 

 

仁美の目には、まどかが今までに感じた事の無いほどのエネルギーが見えた気がする。

 

 

「もし、まどかさんが私の事を本当に大切に思ってくださっているのなら、どうか私にも協力させてください!」

 

「仁美ちゃん……」

 

「私のワガママを、どうか聞いてください! まどかさんッ!」

 

 

仁美の心にも、秘めた想いと言う物がある。

それを聞いてまどかが思い出すのは、ワルプルギスの夜との戦いだ。

あの時、まどかはサキに仁美と同じような事を言ったじゃないか。

本当にサキの事を思うのなら~と言う想いとは裏腹に、自分のエゴを意地でも突き通したかった。

 

だから仁美の言葉は、よく理解できる。

まどか自身がそうだった、だから分かるんだ。分かってしまうんだ。

あの時、まどかはサキが何と言おうとも、自分の思いを突き通すつもりだった。

それは今の仁美もきっと同じ筈。

 

だったら、何を言っても無駄か。

まどかはため息交じりに少し寂しげな、けれども嬉しそうに笑みを浮かべる。

嬉しいか、そうだ、不謹慎かもしれないが嬉しいんだ。

まどかは自分の胸に手を当てて仁美と向き合う事を決める。

 

 

「ありがとう、仁美ちゃん」

 

 

まどかは仁美の事をかけがえの無い親友だと思っている。

そして仁美もまた、まどかの事を親友と思ってくれていたのなら、これほど嬉しい事はない。

この戦いの連鎖、友人と言う物がどれだけの光となった事か。

同時に、それはある種の依存心として心に残ってしまう。

 

仁美を救えなかった記憶が枷となって、異常な愛憎となって混乱を齎した。

けれども、そう言うモヤモヤを全て取っ払う事もやはり必要なんだろう。

仁美は友人として、まどかを助けてくれると言ってくれた。

これほど嬉しい事は無い。これほど優しい事は無い。

これほどの希望は、そうそう訪れないぞ。まどかはソレを理解した。

 

 

「じゃあ、お願いしても、いいかな?」

 

「ッ! はい……! はいっ!! 約束ですわ!」

 

 

仁美の表情がパッと明るくなって輝く。

コクコクと何度も何度も深く頷いて、まどかと小指を絡ませた。

人を超えた力を持ったまどかが自分を頼ってくれる。コレほど友人として嬉しい事は無い。

それは仁美の秘めた想いを刺激し、希望と言う感情を巻き起こしていた。

 

 

「君はどうする? 中沢」

 

「えっ!?」

 

 

下宮は中沢を見る。

いや、サメの化け物は中沢を睨んでいた。

その眼差しに怯んだのか。中沢は汗を浮かべて、落ち着かない様に目を泳がせる。

 

 

「嫌なら嫌と言っても良いよ、遠慮はしなくていい」

 

 

当たり前の事だ。

真司に協力すると言う事は、命を賭けると言う事。

仁美にも、もう一度注意を促す意味で下宮は告げる。

参加者に協力する事イコール魔獣にとっては大きな邪魔になる存在だ。

彼らはその存在に気づけば容赦なく殺そうとするだろう。そして参加者の中にも、『参戦派』と呼ばれる存在は無視できない。

そんな数々の危険に身を置く覚悟があるのかと。

 

 

「い、命って……」

 

「私はあります」

 

「えっ!? し、志筑さん!?」

 

 

戸惑う中沢とは対照的に、仁美は即答だった。

 

 

「私は、まどかさんを助けるとお約束しました」

 

 

友人との大切な約束は守る。それだけだ。

 

 

「命を賭ける価値があると?」

 

「ええ。私はまどかさんの為なら、命を賭けられます」

 

「……マジ?」

 

 

思わずニコが口にする。

ニコが協力派に移り、今こうしてココにいるのは、極論で言えば自分のためだ。

生き残りたいから、そして今までの記憶を通して魔獣が気に入らないから。

あとは、そう、まどかに近づきたいから。

 

そう言った積み重ねがあったからこそ、『協力』と言う考えに至れた。

もしも継承者でなければ、ニコはきっと参戦派のままだったろう。

にも関わらず、仁美は真偽不明の情報だけでまどかの為に命を賭けられると言う。

 

さらに言ってしまえば、ニコは自分の力は弱いとは思うが、それでも普通の人間よりは強いし、戦闘以外ならば他の魔法少女よりも優れていると言う自信と根拠があった。

事実と言う名の現実(リアル)がある。仁美は無能力者だ。魔法少女でもなければ特別な力も武器も無い。

 

言い方は悪いが。

そんな雑魚が、未曾有の危険に立ち向かうだけの勇気と意思が『まどかを守る』と言う為に奮起できたと?

自らの命を投げ打ってでもまどかを絶対に助けようと言う意思。

それを持てるだけの価値が『鹿目まどか』にはあると?

 

理解できなかった。

まどかが優しくて慕われているのは十分に理解できる。

とは言え、いくら話が話しだからと言って、流石に命を賭けられるとこの短時間で言うのは胡散臭いと言うか、軽く感じられてしまうと言うか。

 

 

「ごめんな、せっかく協力してくれるって言うのにさ」

 

 

ソファの上にあぐらをかいて、ニコは口を吊り上げる。

なんと言うのか、仁美は命を軽く見ている様にしか思えない。

もしくは事態をまだよく理解していないかのどちらかだ。

魔獣は本当に仁美達を容赦なく殺しに来るだろう。その事を本当に分かっているのかと思ってしまう。

 

 

「まだそっちの中分け小僧のリアクションの方がリアルだわ」

 

「中分けって……! お、俺は中沢です!」

 

「すまん、ごめーぬ。とにかく中沢は迷ってるんだろ?」

 

「そ、それは……! その――ッ。そうだけど」

 

「無理も無いさ。いきなりこんな話をされては」

 

「い、いや、あのッ! それは――ッ!」

 

 

中沢は複雑に視線を泳がせる。

確かに迷っていると言われればそうかもしれない。

まだなんだか頭が混乱していると言うかなんと言うか。

そして仁美はニコの言葉に深く頷いた。

 

 

「神那さんの言う事は分かりますわ」

 

 

仁美も自分の選択が周りから見れば異端だとは分かる。

だが、だからこそと言う思いもあった。それは志筑仁美にしか分からない理由。

他の人はおかしいと思うかもしれない。けれど仁美にとっては十分納得できる理由であり、その裏にあるバックボーンも備えてある。

 

 

「私はまどかさん達がいたからこそ生きる意味を見出せた」

 

「?」

 

 

過去に交わした言葉が、仁美には希望となりえた。

故に、仁美にとっての親友とは文字通り本当にかけがえの無い存在なんだ。

だから、まどかが困っているなら、何としても助けたいと思うのが当然だろう?

 

 

「ましてや自分達が住んでいる世界が関わってくるとなれば、尚更ですわ」

 

 

家族を守る為に、大切な物を守る為に戦う覚悟はできている。

 

 

「それに……、あまりこういう考え方はよくないんでしょうけれど、魔獣に殺されてもまどかさん達が魔獣を倒せば蘇る事ができるのでしょう?」

 

「だが参加者に殺された場合は無理だ。最後の願いを使えば蘇るけれど……」

 

「あくまでも信頼の話ですわ」

 

「………」

 

 

なるほどとニコ。中々肝の据わったお嬢さんだ。

それにしてもと、ニコは顎を触りながら少し訝しげな表情を浮かべた。

親友か。ニコは友人を撃ち殺してしまった手前、人との関わりを避けてきた。

もう自分に友人を作る資格は無いと思ってきたが、彼女達を見ていると羨ましさも覚えてしまう。

先ほどからずっと同じようなやりとりを繰り返しているのも、それだけまどかの想いと仁美の想いが大きいからだ。

そんな想いを他人に抱いたことなどない。

 

 

「………」

 

 

とは言え、流石に仁美は少し過剰と言うか何と言うか。

 

 

「もしかしてさ」

 

「はい?」

 

 

ニコはニヤリと下卑た笑みを。

 

 

「仁美とまどかってデキてんのか? ん? んん?」

 

「「なっ!」」

 

 

仁美とまどかはポンと赤くなって汗を浮かべる。他のメンバーはギョッとした目で二人を見た。

特に焦る中沢。通りで仁美には浮いた話が無かったと言うか、多くの男子に言い寄られていた割には誰にもなびかなかったと言うか。

 

 

「い、いやですわ! そんなッ! 不純ですわ、やらしいですわ、いけないんですわーッ!!」

 

「お、落ち着いて仁美ちゃん! ニコちゃんも変な事言わないでよぉ!」

 

 

アワアワと手を振って「違う違う」と連呼する仁美。

ニコはニンマリと笑って「本当かなぁ」とからかっていた。

意外と面白い顔をするじゃないか。ニコの中で仁美の印象が変わっていく。

 

 

「―――」

 

 

ふと、ニコの視線が慌てているまどかと仁美の奥に移る。

そこにいたのはスナイパーライフルを構えてニコに銃口を向けているほむらだった。

 

 

(……え? え? え、何? 私、今、滅茶苦茶狙われてる感じ?)

 

 

しかもスコープの中の瞳が滅茶苦茶コチラを睨んでいる。

ちょっと待て、お前引き金に指まで掛けてるじゃねーか!

なんだ? いきなり参戦派に寝返ったのかアイツ。あ、目が語ってる。

 

 

(今すぐ黙らないと撃つぞ)

 

「―――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(こええええええええ!! なんだよあの女! 物理的に私を黙らせるつもりかよ!)

 

 

ッて言うか隣!

お前だよ手塚! 目を逸らすな! 隣にいるパートナーが凶器構えてんぞ!

止めろ! 汗を浮かべて目を逸らしてないで止めろぉおおッ!!

 

 

「――ごめん、冗談」

 

「も、もうっ! ニコちゃんってば!」

 

「び、びっくりしましたわ!」

 

 

まどかと仁美が体を向きを戻したと同時に、ほむらは銃をしまう。

真司以外の男性陣はその様子をバッチリ見ていたのか、汗を浮かべて目を逸らしている。

唯一、「そうだったのかー」とか。「冗談だったのかー」等と言う真司の間抜けな声が、緊張感を和らげていた。

 

 

「ま、まあ話を戻そう」

 

 

仕切りなおす手塚。

親友と一口に言っても、まどかと仁美の間にあるのはそこ等辺の女子中学生同士のソレではない。

なぜならば命がかかっており、裏にあるエピソードも酷く重いからだ。

そういう事もあり、抱える想いもそれだけ大きいと言う事なのか。

まあとにかくと仁美が協力するのは分かった。だがあとは中沢だ。

 

 

「お、俺は……」

 

 

チラっと横目に仁美を見る中沢。

それに気づいたか、下宮が口を開く。

 

 

「無理にとは言わないよ。志筑さんだけでも僕の気配は十分に消せるだろう」

 

 

命を賭ける話。迷うのは当たり前だ。

 

 

「最悪、志筑さんと僕だけでも大丈夫だと思うよ」

 

「……ッ! い、いや! 俺も行くよ!」

 

「!」

 

 

ほむらや、手塚、ニコは瞬時理解する。

下宮は中沢を誘導した。意中の仁美を話題に出す事で、半ば強引に説得してみせたのだ。

つまり意図的に中沢を引き込んだ事になる。それは下宮には中沢を巻き込むだけの理由があったと言う意味にも取れる。

何故参加者でもない中沢をゲームに引き込もうとするのか、そこが少し気になるところ。

 

 

「………」

 

 

どうするか。

悪い意味で狙いがあるのならば止めたいところではある。

しかしニコは思う、もしも仁美と中沢が殺されたところで最後に魔獣を倒せば彼らは蘇生できる。

だとすれば信頼の意味を含めて下宮に一任するのも有りかもしれない。

そしてライアペアはトークベントで会話を。

 

 

『手塚、どうする?』

 

『……任せよう』

 

 

ゲームを攻略する鍵となるのか、それとも大きなマイナスになるのかは分からないが、何か大きく流れを変える要素は欲しいと思っていたところだ。

利用するとは違う。手塚としても雄一の件がある以上、仁美の気持ちは分かってしまう。

 

榊原でも同じ事は言えるが、ゲームもまた強大な悪意を持っている物。

希望の要因は多いほうが良い。今後は勝負をしなければならない事は増えてくる。

その際、やはり龍騎ペアが願った『信頼』が運命を左右する。

 

 

『下宮を信頼する根拠は、まだ少ないのかもしれない』

 

 

しかし、龍騎と戦ってでも信念を確かめようとした想いは信じたい。

それを聞くとほむらは何も言わずに頷き、トークベントを解除した。

中沢はまだ少し戸惑いがちではあったが、仁美が行くと言う事、それに仁美が言った様に一同の話が本当ならば部外者と言う事でもないだろう。

 

 

「俺が生きている世界が関わるんだから、俺も何かはしたいよ」

 

 

強大な悪意が世界を飲み込もうとしている。

それを知ってしまえば、何も知らずに笑っていた日には戻れない。

いつ迎えるかも分からぬ絶望と恐怖に震えているくらいなら、中途半端でも足を突っ込んだ方がまだマシだ。

 

 

「じゃあ決まりだ」

 

 

その時、下宮が嬉しそうな顔に変わる。

それを見てほむらは完全に彼を信頼する事を決めた。

何故ならば、その時の表情は、まどかが仁美やさやかと一緒にいる時に浮かべているソレと同じ様な物だったからだ。

 

 

「じゃあ、いきなりだけど、出発しようか」

 

「えっ! もう?」

 

「ああ、早いほうが良いんだ。志筑さんもそれでいいかな?」

 

「ええ。構いませんわ」

 

 

立ち上がる下宮と仁美、中沢も慌てて後を追う様に立ち上がる。

 

 

「待っていてくれ城戸真司。僕たちが必ず活路を切り開く」

 

「下宮くん……」

 

 

同じく立ち上がった参加者たち。見送る事しかできないのが歯がゆい所だ。

とは言え今は下宮の言葉を信じたい。真司は強く頷き、まどかは一つお願いを。

 

 

「仁美ちゃんと中沢くんを守ってあげてね……」

 

 

下宮はそれを聞くとしっかりと頷いた。

 

 

「ああ。約束するよ」

 

「ありがとう、下宮くん」

 

 

その後、一応と言う事で、真司が変身する動画を下宮の携帯で撮影し、香川に見せる証拠映像も用意した。

そして三人は清明院に出発し、まどか達には落ち着きが取り戻されていく。

その中でニコは真剣な表情で押し黙っていた。

アンニュイないつものやる気の無い表情ではなく、かなり深刻そうな様子だ。

手塚が気づいたのか、それとなく小声で話を聞くことに。

 

 

「下宮《アイツ》と話してたからかな? 何かちょっと思い出した事があって。ただ暁美や城戸達には黙っててくれ。要らない心配はさせたくない、たいした情報でもないし」

 

「分かった。それで、何が気になったんだ?」

 

 

ニコが思い出したのは円環の理での出来事だ。

キュゥべえ達が記憶を消していたが、下宮との再会で思い出した部分もある。

 

 

「ちょっと記憶があやふやなんだけど、イツトリはクララドールズって奴らが引っ張って来たじゃんかよ」

 

「すまない。俺は覚えてない」

 

「あぁ、そう。だったらいいんだけど、とにかく――」

 

 

何かがまだ、奥にいた様な気がする。ニコは小さな声でそう告げる。

 

 

「何か?」

 

「そう、何かがコッチを見ていた気がしたんだ」

 

 

視線を感じたという。

イツトリが現れたその空間の奥底で、何かがコチラをジッと見ていたような気がするんだと。

 

 

「ただそれが何なのか全く分からん。ッて言うか思い出した記憶が正しいかも分からん」

 

「なるほど、まあ注意だけはしておくか」

 

 

いずれにせよイツトリ側に潜んでいるのなら。

ワルプルギス、ギア、イツトリ、あともう一体"デカい"のがいるかもしれないと言うことだ。

 

 

「頭が痛くなる話だ」

 

 

とにかく警戒はしておいた方がいいだろう。

手塚の言葉にニコは無言で頷く。今はとにかく余計な事を考えず、下宮達に期待するしかない。

見滝原から出られない参加者は無力だ。

とは言え実際魔獣と戦闘になった場合、ハーフの下宮では少し実力に差が出てしまうかもしれない。

なんとしても魔獣より早く香川と接触し、守る事ができればいいのだが……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人は生まれた時点で人生が決まってるとは、誰かがテレビで言っていた言葉だ。

それを聞いた感想と言えば、そうかもしれないし、そうじゃないかもしれないと思った。

そりゃあ確かに親が有名人だとか、社長だとか、珍しい職業だった場合はそうなのかもしれないが、自分の両親は至って普通の会社員と、片やスーパーのパートである。

 

自分の人生、今まで客観的に振り返ってみれば『普通』と言う言葉しか浮かんでこなかった。

一人っ子として生まれ、家は広くも狭くも無いマンションで、欲しい物はそこそこ手に入ってきた。もちろんそれはさほど大きな欲が無かったから、かもしれないが。

頭は良い訳では無いが、特別悪くも無く、体力はある訳でも全く無い訳でもない。

 

まだ中学生ではあるが、人生を振り返ってみても劇的なシーンは思い浮かばなかった。

体育祭は毎回玉入れと言う感じで、何をするでもその他大勢が一人と言う位置にいたものだ。

学校行事で特別な事に選ばれた事もないし、まして何かの戦犯になった事も無い。マラソン大会はだいたい半分くらいの順位だったし、後は……、何かあったかな?

 

あぁ、特に思いつかない。

長所と言う所があればきっとそれは風邪を引かない事くらいで、短所といえばやはり決められない所だろうか?

そうだよなぁ、思えば色々と先生に当てられては言葉を詰まらせた景色がフラッシュバックする。

でもあれは先生の方が悪いよな? あんなの急に振られて答えられる訳無いっての。

 

ただそれとは別に優柔不断な点は今までにも幾つもあった事は事実だと自覚はしてる。

たまに親からも「決められない男だな」とか、「男らしくない」とか言われたっけ?

いやいや、だってまず名前がややこしいじゃないか。(すばる)なんて女の子でもいける名前は止めてくれよ。

 

 

「はぁ」

 

 

そんな男、中沢昴は深いため息をついて窓の外に広がる景色を見ていた。

まだたかが中学二年生の分際、自分の人生について深く考えなくて良いやと楽観視していた彼ではあるが、まさかこんな事態に巻き込まれるとは考えもしなかった。

魔獣だのフールズゲームだのと、あまりにも現実離れした事態に脳がようやっと追いついてきてくれた様だ。しかし考えれば考える程に分からなくなってしまう。

 

本当にそんな事があったのだろうか?

いやいやいや、この目で見た事は紛れも無い事実ではないか。

あれを今更疑うなどと、それこそ馬鹿らしい。

 

 

「どうかなさいましたか?」

 

「え!?」

 

 

ハッとする中沢。

そこには自分を見ている仁美と下宮が。

三人は今見滝原から風見野へ、正確には清明院へ行く為の電車の中。

 

 

「気分が優れない様ですわ」

 

「ああ、いやッ! えっと! だ、大丈夫ですッ!」

 

 

思わず敬語になってしまった。

中沢は自分を心配そうに見てくれる仁美から目を逸らすと少し頬を染めて笑みを浮かべる。

そう、そうなんだよ、この凡まっしぐらの人生で唯一はじめて衝撃的な出来事が起こったんだ。

 

 

「そうですか。ならいいんですの」

 

「あ――! う、うん。ありがとう」

 

 

にっこりと笑う仁美を見て、中沢の心音がみるみる上がっていく。

生まれてはじめての恋だった。と言うのも初めて彼女と出会ったのが小学校の頃。

忘れもしない、クラス替えで初めて教室に入ってきた仁美を見て電流が走った。

 

なんと説明すればいいのか。

その頃から上条とは友達だったから、深くは話した事は無くとも、さやかの存在は知っていた。

話しやすくノリが良いと言えば聞こえはいいが、どちらかと言うと上条の前以外は男勝りな性格の彼女をよく見ていたので、余計に仁美の雰囲気には衝撃を受けたというか……、何と言うか。

そう言った意味ではまどかもそうなのだろうが、中沢にとってまどかと仁美は似ているようで違う。

まどかが大人しいと言うイメージならば、仁美は静かだと言うイメージだった。

 

同じ様なものじゃないかと思うかもしれないが、中沢にとっては違う。

雰囲気の問題といえばいいか。凛とした中にも静寂な落ち着きがあると言うか。

あとはまあ、こう言っては何だが純粋に容姿が整っていると言うか。

とにかくそんなこんなで、中沢はずっと仁美へと思いを引きずっているのだ。

 

 

「………」

 

 

ただ逆を言えば。

それだけの間、行動には移せなかった訳である。

仁美は、もちろんと言うべきか。他の男子生徒からも人気がある。

今までにも中沢を差し置いて何人もの男達が彼女に想いを伝えていった。

そしてその数だけ星となった訳だ。それを見てしまえば、臆するのは仕方ないと分かって欲しいものだ。

 

 

「私の顔に何かついてますか?」

 

「えっ! あッッ!」

 

 

どうやら無意識にガン見していたらしい。

中沢は慌てて謝罪を行い目を逸らす。とは言えすぐにその視線は仁美の方へと戻る訳なのだが。

 

 

「ならいいんですの。ごめんなさい、変な事を言ってしまって」

 

「い、いやぁ! えっと、俺の方こそごめん!」

 

「いえ、お気になさらないでください。気分が悪かったらいつでも言ってくださいね?」

 

 

そう言ってニコリと微笑む仁美。

中沢は思わず口を開けて呆けてしまう。

彼女が自分に笑いかけてくれる。それだけで心がホワホワしてくる。

 

いやいや、逆にあれで何人かの男が勘違いしてしまった訳だが。

そりゃあ勘違いもすると言うものではないか。

今なら、後で見返せば死にたくなる様な歯の浮くポエムもポンポン浮かんできそうだ。

 

 

「――フフ」

 

「!」

 

 

アッと顔を元に戻して、中沢は隣を見る。

そこには足を組んでニヤリと笑っている下宮が見えた。

 

 

「な、なんだよぉ!」

 

「別に。気にしないでおくれよ、な・か・ざ・わ・くん!」

 

「ぐぐぐっ!」

 

 

赤面して悔しそうに歯を食い縛る中沢と、涼しい顔で笑みを浮かべている下宮。

中沢は言葉を使って詰め寄るが、下宮はそれをサラリと言葉を使って受け流していた。

仁美はそれを見てフフフと笑みを漏らす。

目を丸くして仁美を見る下宮と中沢、何かおかしかったろうか?

 

 

「ごめんなさい。でも、お二人も仲がよろしいんだなと思いまして」

 

「そ、そうかな? 下宮とは小学校から――」

 

 

そこでハッとする中沢。

思い出すのは異形となった下宮の姿。あれは自分が知っている姿ではなかった。

小学校から一緒にいると思っていたのに、気がつけば随分と長い時間、下宮は自分の前を歩いていた事になる。

 

 

「でも……、うん。安心したよ」

 

「え?」

 

「変わってないよな、あんまり」

 

「………」

 

 

下宮が魔獣とのハーフだと聞いた時はビックリしたが、今こうやって話してみると中沢の知っている下宮と相違は無かった。

それは中沢にとっては安心できる話ではある。

あまりそう言う事を考えた事や、まして口にした事は無いが。中沢にとって親友と呼べる者がいるのならば、それは下宮と上条の二人だけだ。

仁美ほどの情熱があるのかと言われれば少し悩んでしまうが、それでもやはり下宮が困っているなら友人としては助けたいとは思える。

 

 

「いつからなんだよ。魔獣ってのになったのは」

 

「それは――」

 

 

渋る下宮を見て、中沢はやってしまったと眉を下げる。

 

 

「あぁ、ごめん。嫌なら言わなくてもいいんだけど……」

 

「いや、話すよ」

 

 

面白い話ではない。

ただ単に、ゲームが始まる前の時間軸で拉致されただけだ。

いつもの様に学校から家に帰る途中だった。何も特別な日じゃない。

普通に授業を受けて、普通に時が流れて――。

そんな中で魔獣に捕まり、気がつけば魔獣の体を与えられていたのだと。

 

 

「そ、そっか……」

 

「後は暁美さんの家で話した通りだよ」

 

 

下宮は生きる為に魔獣に付いた。

その事を後悔しているのかと聞かれれば微妙だ。ただ間違ってはいなかったと思いたい。

あそこで仲間に入る事を拒めば殺されるしか選択肢は無かった。

本当に人類のことを思えば自殺を選ぶべきだったのか? それもまた一つの答えなのだろう。

 

 

「でも、僕は生きたかった」

 

「下宮くん……」

 

「死にたく無かったんだ」

 

「それは――、そうだろうよ」

 

「?」

 

「俺だって……、多分、同じ状況なら魔獣の仲間になってたし。ほら俺って結構ビビリじゃん?」

 

 

中沢の必死なフォローに、下宮は始めこそ戸惑っていたが、すぐに笑みを浮かべて礼を告げる。

下宮はまだ心にモヤモヤを残している。それは何となく中沢にも分かった事だ。

当たり前では有るが、中沢では理解できない苦しみがいくつもあったのだろうと。

下宮は最小限と言うべきか、最低限の事しか伝えなかった。

それもあってか、中沢はそう思うのだ。

 

 

「……まあ、その」

 

「ん?」

 

「気にすんなよ。あの姿も結構カッコいいじゃないか」

 

 

サメのモンスター。

見た目はちょっと違うかもしれないが、中身は下宮本人だ。

それに人を超えた力を持ったことに、むしろプラスの感情を持てば良いと。

どんなヤツに襲われても対処できるんだ、逆に良い事なのかもしれないとまで。

 

 

「現に今、俺と志筑さんはお前に守られてるんだから」

 

「ええ、そうですわ」

 

「はは……、悪いね。二人とも」

 

 

雰囲気は軽く、穏やかな物へと変わる。

けれども中沢視点、まだ何か下宮には『引っかかっている物』がある様に感じた。

そう言えばと思う。参加者達は皆決められた時間を何度も繰り返しているといった。

 

 

(あれ? でもそれって――)

 

 

自分達も、同じなんじゃ。

いや、いやいや。まあそれは当たり前だ。

中沢は少しゾッとした物を感じたが、それを振り払うように首を振る。

でも、それならば、前の時間に生きていた自分たちはなんだったのか。

そしてどうなったのか。その可能性を思い浮かべてしまい、少しモヤモヤしたものを心に感じる。

 

 

「あ、あの、下宮――ッ?」

 

「うん?」

 

「……ッ」

 

「なに?」

 

「いや、なんでも……、ない」

 

 

言葉が詰まる。中沢はその言葉を口にする事ができなかった。

口にしようとした言葉が思い浮かばず、寸での所で喉に詰まるのだ。

それにどこかで心が警告していたのだろう、その事を聞くなと。

前回の時間軸で、自分たちはどうなったのかを。

 

 

「あ、次の駅ですわよ」

 

 

カバンを持って微笑む仁美。

頷く下宮。中沢は複雑な表情で返事を行い、電車に乗る前に買った小さなペットボトルに入ったお茶を一気に口の中に流し入れた。

いつも飲んでいる筈なのに、今日はやけに苦く感じる。

 

 

「清明院はバスがあるから、それに乗ろう」

 

「多分あと五分ですわ! 急ぎましょう」

 

「う、うん……!」

 

 

駅の階段を駆け足に降りていく三人。

そのまま流れる様にバスに飛び込み、清明院に確実に足を進めていく。

電車の時間とバスの時間が微妙な物だった為、タイムラグがあるかと思ったが意外とうまく行った。

下宮の気遣いなのか。前の席に中沢と仁美を座らせ、下宮は後ろの席につく。

 

しばらく待機となり、その後プシューっと言ういつもの音が聞こえてバスは発進した。

下宮は素早く周りを確認する。魔獣の気配はまだない。

それを前にいる二人に告げると、中沢達は安堵の息を漏らした。

やはり目的地が近づくにつれて緊張感も上がると言う物だ。

特にその脅威に対抗できない二人には更に。

 

 

「しばらくは気を抜いていても大丈夫みたいだね」

 

「だといいけど……」

 

「一応注意はしておいた方がいいかもしれませんわね」

 

 

下宮は頷き、窓の外を見る。

なんの事は無く風見野へと侵入を果たせた訳だが、油断はできない。

必死に考える。下宮は今朝はまだ星の骸にいた。

そこで今日、見滝原に降り立つ魔獣の数と、その張本人を確認した。

 

 

(魔獣の数は1)

 

 

新世界も序盤と言う事に加え、一応仮にもまだゲームは始まっていない為、ゲーム盤に上がれる数は少ない。ハーフは例外の為に、下宮と小巻はいつでも見滝原に来れるが、純粋な魔獣は1体だけ。そしてそれはアシナガだ。

 

下宮はアシナガと言う男をあまり知らないが、それでも彼が積極的に動くタイプではなく、むしろ独自の感性を持っている者と認識している。

何を考えているか分からない怖さはあるが、少なくとも香川を殺しに行く選択をする男ではないと思われた。

 

ましてや魔獣とて記憶を取り戻したのは二日前程度だ。

まだ向こうも焦りは無い筈。今の今まで香川に気づく者はいなかったのだから。

故に今日は良い。今日、は。

 

 

(問題は明日だ)

 

 

ゲーム盤にいる魔獣が星の骸へ帰るには日付が変わる一時間前、つまり23時に指定された場所へ集合して~と言う具合である。

今回、下宮は指定地点には戻らない。つまり言うなれば集合命令を無視するわけだ。

魔獣も何か異変に気づくだろう。目を欺く意味でも戻る選択肢は十分にあったが、しかしそうすると中沢と仁美を守る者がおらず、それはそれで避けたい。

 

 

(焦りすぎたか――?)

 

 

いや、どちらにせよ魔獣は香川を排除する選択は取るだろう。

結局魔獣サイドに紛れ込んでいたとしても出遅れる事になるだけだ。

その前に香川に接触できる可能性があった今日を捨てるわけには行かない。

それに下宮がいなければ香川も中沢達の話を信じるまでに時間がかかる筈。

 

 

(小巻が僕を庇ってくれるとは……、思えない)

 

 

単独行動をしていると魔獣が気づけば、流石に裏切りがバレるか?

 

 

(どう転ぶか……、だな)

 

 

明日に『誰』が来るのか。

香川を直接殺すと言う役割を受け持つ魔獣と言う事になる。

おそらく一体だけだろうが、それでもコチラが不利なのは変わらないかもしれない。

 

 

(シルヴィスは考えにくいし……)

 

 

バズビーでも厄介だ。

下宮が勝てる可能性がある魔獣となれば相当数は絞られる。

その中で、どう香川や中沢達を守るのか――?

普通に考えればかなり厳しいが、下宮には一つの狙いがあった。

まどかを裏切る事になるかもしれないが、それでも突き通したい意地がある。

 

 

「………」

 

 

下宮は目を閉じて一旦心を落ち着ける。

すると前からは中沢と仁美の声が。

 

 

「あ、あの……」

 

「はい?」

 

「志筑さんはバスとか電車によく乗るの?」

 

「あら、意外でしょうか?」

 

「いやッ、そんな事は無いんだけど――」

 

 

確かにちょっと意外だったかもしれない。

どんな場所でも送り迎えのイメージはあった。

 

 

「懐かしい思い出がありますの」

 

「思い出?」

 

「はい! 始めてバスや電車に乗ったのはまどかさんと、さやかさんと一緒でした」

 

「へぇー!」

 

 

そこで切符の買い方や時刻表の見方を教えてもらったのだとか。

今までは乗ったとしても全て親がやってくれていた為に、仁美には全てが新鮮に見えたとかなんとか。今はもう携帯電話一つで簡単に改札を通り抜けられるが、昔は違った。

 

 

「大げさかもしれませんけど、世界が広がった気がしたんですの」

 

「へぇ、そうなんだ」

 

 

まどかとさやかの事を話している時の仁美は、本当に楽しそうだった。

それだけ友人の存在が仁美に良い影響を与えたと言う事なのだろう。

中沢としても、楽しそうに話す仁美は見ていて暖かな気持ちになれるから好きだった。

友達思いな彼女の一面も、中沢にとっては好感度の上がる大きな要因となっていた事であろう。

 

 

「?」

 

 

ただ、それが。

 

 

「どうしました?」

 

「え?」

 

 

無意識に中沢の心に陰りを落としたのかもしれない。

自分自身でも分からぬままに、曇りのある表情を浮かべていた。

不満とも言えぬ、何か引っかかる物がある様なそんな表情を。

 

 

「あ……、えと、ちょっと乗り物に酔っちゃたのかも」

 

「まあ、それは大変ですわ!」

 

 

仁美はすぐに中沢の背中に手を添える。

中沢は反射的にビクっと肩を震わせ、頬を赤く染めた。

 

 

「え!? な、なにっ!?」

 

「こうすると楽になるって母から聞きました。私もよくやってもらったんですのよ」

 

「そ、そう……! あり、ありがとう――ッ!」

 

 

仁美は微笑み、中沢の背中を撫で続ける。

肩をすくめる中沢。心臓が爆発しそうになる。とは言えすぐに表情は曇っていった。

嬉しい筈なのに。仁美と関わる事ができる時間が貴重だと知っているのに。

どこかで上の空だ。

 

理由は――、分かっている。

先ほどの仁美の話だ。まどかとさやかと一緒にバスや電車に乗った事。

それは仁美の中で当然こう記憶されているはずだ。

 

 

『友人との思い出』

 

 

と、言う風に。

中沢はその点がどうにも引っかかってしまった。

いや、もちろん彼女の交友関係についてどうとか言うのではない。

それは自分の事についてだ。

 

 

「……あの、ありがとう志筑さん。もう大丈夫」

 

「そうですか? ならいいんですけれど」

 

 

ニコリと微笑む仁美に、中沢は曖昧な笑みを返すだけだった。

仁美を見ると心臓がドキドキと鼓動を早める。

気が付けばずっと目に映したいと思ってしまう。

彼女の声をずっと聞いていたいと思ってしまう。

 

けれども仁美はそうじゃない。

仁美は中沢の事をただのクラスメイトとしか思っていないのだろう。それが片思いと言うものだ。

ただ、ふと気になってしまうのだ。もしかしたらは自分は、前の時間軸でも仁美の事を好いていたんだろうか?

 

いや、いや――、違うな。そうじゃない。そうじゃないんだ。

もっと根本的な問題だとは分かっている筈なのに。

なんだか考えたくなかった。だから中沢は暗い顔をする。

 

 

「不安ですか?」

 

「え?」

 

 

仁美は中沢を覗き込むようにして見つめた。

どうにも先ほどから様子がおかしい様に感じる。

なんだかずっと眉をひそめて深刻そうな、鬼気迫る表情になっていると言うか。

 

 

「魔獣がいるかもしれませんものね。魔女と言う存在も知ってしまいましたし」

 

「う、うん……」

 

 

まあ、事実それもあった。

これから行く所は異形がいるかもしれない場所。

命を懸けて頑張るなんて事は未知の領域だ。

漠然とした恐怖、巨悪に直面しなければならないかもと。

 

ただ、やはり、そうじゃない。そうじゃないんだと中沢は言いたかった。

でも言えなかった。仁美に自分が抱えるモヤモヤを知って欲しかったけれど、彼女の前では格好をつけたいと思う心もあり――。

何よりも、今は背後にいるだろう『友人』が気になってしまう。

 

 

「怖いけど――、皆の為だから……」

 

「はい! 一緒に皆さんを助けましょう!」

 

 

違う、違うんだ。

ごめん、今の言葉は本当に上辺だけだ。

中沢は仁美を騙してしまったような気がして言葉を詰まらせる。

 

 

「中沢くんはお強いですわね」

 

「えッ!?」

 

「私、実はちょっと怖いって思いもあったんですの」

 

 

魔獣や魔女と聞いて怯えない方が無理と言うものだ。

まどか達の為にと言う想いに嘘は無いが、異形の物に対する言い様の無い恐怖もまた本物だった。

とは言え、こうして三人で進めば恐怖も薄れると。

 

 

「………」

 

 

仁美に嘘をついてしまった。

中沢は曖昧に笑みを向けるだけで精一杯だった。

仁美は純粋だ、だけど自分は今、変な事で思い悩んでいる。

いや、変? 変って何だろう。中沢は一人で深みにはまっていく気がして無性に怖かった。

だけどそれを彼女に打ち明けることもできない、まさに泥沼だ。

 

 

「キミ達、もうすぐつくよ」

 

「!」

 

 

ビクっとしてしまう。

誰の声に? 決まっている、友人の声にだ。

今、中沢は確かに友人である下宮鮫一の声に、言いようの無い不安と負の感情を覚えた。

それは何故か? 理由は中沢にしか分からない。中沢だけがそれを知っている。

返事を行う仁美と、曖昧に唸る中沢。

 

いつの間にか結構な距離を移動していた様だ。

感覚が鈍っているのか、いま一つ実感が湧かない。

体は嫌なほどに冷たく、心臓の鼓動は不快なリズムを刻んでいた。

 

 

「ここから少しだけ歩くけど、清明院はもうすぐだよ」

 

「ええ、急ぎましょう」

 

「ああ……」

 

「?」

 

 

下宮は不思議そうな顔をしながらメガネを整える。

なにやら中沢の様子がおかしい様な気がする。

考え事をしていたから耳を澄ませるのを忘れたが、もしかしたら並んで座っていた時に何か撃沈してしまったのだろうか。

 

そりゃあ確かに仁美が中沢に気を抱いている素振りは無かったし――。

と言うより完全に中沢の一方通行だろうし。だが、ゲームを見てきたからこそ分かるが、仁美に彼氏がいると言う事はないだろう。

想い人には少し心当たりが無い事もないが、あれはもう因果律の変更により無い事同然になっている。

 

 

「………」

 

 

それが良い事なのか悪い事なのか、下宮には分かりかねる。

複雑な思いを抱いてしまい首を振る。ココでモヤモヤしている時間は無い。

中沢には悪いが、今はやるべき事を優先させてもらおう。

 

 

(神崎優衣が齎したバグデータ……、サバイブを見る限り、かなり使えるものに違いない)

 

 

魔獣もサバイブの力には焦っていたし、事実バズビーは城戸真司の抹殺に失敗している。

こうした優衣のバグ要素、榊原や由良吾郎がどの様な影響を与えるのかは分からない。

しかし香川に関してはバズビー達が以前それとなく話しているのを聞いた事があった。

もちろん盗み聞きではあるが、あの内容は絶対に忘れないように脳に焼き付けている。

"アレ"が本当ならば、そして自身の『読み』が正しければ、博打を行う価値は十分にあると。

 

 

「………」

 

 

問題はその博打が、まどかを裏切る行為に繋がるかもしれない事だ。

そして尤もその『被害を被る』のが誰かと言う事。

しかし下宮は首を振る。虎穴に~と言う言葉がある様に。ハイリターンの裏には常にハイリスクがあった筈だ。

ましてや前回のゲームを基準にしているのなら、何か大きなアクションを起こさなければ未来は変わらない。

 

 

「行こうか、中沢くん」

 

「う、うん……」

 

 

下宮は中沢を無視する様にして動き出す。

それだけ切羽詰まっていたと言えばいいか。中沢も、下宮も。

唯一仁美だけは、純粋に最初から最後までまどかの助けになりたいと思っていただろうが。

 

 

『………』

 

 

そして赤い『丸』の中に、清明院に向う三人があった。

 

 

『あぁ、なるほど』

 

『ん?』

 

『やっと分かったよ。彼の狙いが』

 

 

ハーフの近くに人がいたら、匂いが紛れるのは確かだ。

だからと言って二人を連れ出す意味がよく分からなかった。

本当に紛れ込むのならもっと、そう。下宮ならばやり方があった筈だ。

 

 

『確かに。らしくない動き方だ。でもそれは考えあっての事だった訳だな。なあ先輩』

 

『そう。おそらく彼は……』

 

 

キュゥべえとジュゥべえは適当に見つけたビルの屋上から清明院を見ながら言葉を交わす。

下宮が中沢と仁美を連れ出した点については、インキュベーターは若干の疑問を持っていた。

何故守るべき存在を危険に晒すのか? 下宮ならばもっとうまくやれた筈だ。わざわざあの二人に拘る理由が無い。

 

友達のため、希望のため。

ああ、もしも城戸真司の様な人間が同じ事をしたのならば、人間特有の理解不能な感情論だとでも理由付ける事はできただろう。

しかし下宮は長い時の中で考え方がインキュベーター寄りになっているのを何度も確認した。

 

口では何とでも言えるが、今更人らしさ溢れる選択を選ぶとも思えない。

いや、人に依存する下宮がその選択を選びたいのは分かる。

しかしやはり身に染み込んだ結果を優先させるクセはそう簡単には直せない。

 

ならば何故、わざわざ中沢と仁美を連れてきた?

下宮が言ったとおりならば一応筋は通っている。しかしインキュベーターには予想範囲ではあるが、一つの確かな考えがあった。

言い方は悪いかもしれないが、それは下宮が中沢たちを何らかの形で『利用』しようとしているのではないかと言う事だ。

志筑仁美と中沢昴、この両固体でなければならない理由と言う物が確かにあるのだと。

そして今、インキュベーターはその答えを見出した。

 

 

『どうするよ先輩?』

 

『そうだね、まさに賭けと言った所かな』

 

 

だがそれはあくまでも参加者にとっての話。

どちらに転ぼうが、インキュベーターに損は無い。

――とも、言いきれないか。

 

 

『でも、答えは一つだよ』

 

『?』

 

『ボク達は、宇宙延命の使命を与えられた世界のシステムだ。それが崩れる事は無い』

 

『なるほどねぇ、へへへ! 了解だぜ』

 

 

コイツは面白くなりそうだ。

二体の妖精は一瞬で消滅し、気配を消した。

下宮はまだ利己的な面が見えるが、彼は気づいているのだろうか?

自分自身、確かな焦りが出ている事に。

 

 

『人の悪い面が出てるぜぇ、下宮くんよぉ』

 

 

ジュゥべえのその言葉、当然ながら届くわけも無し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………」

 

 

間接照明が照らす部屋は、どこか闇や影が強調される様にも思える。

そんな独特の黒が、男の落ち着きを取り戻してくれる。

深く深く、闇や影を見つめていると集中できるのだ。

 

男は丸い独特の形を持ったソファの上にどっかりと座り込み、足を組んで、手を組み合わせている。

そしてゆっくりと目の前にある機械のメーターグラフをジッと見つめていた。

メガネのレンズ、その奥にある瞳がギラリと光る。グラフ管理や、培養液とでも言えばいいのか? 謎の液体の中にある『四角形の物体』が、鈍い光を放っている様に見える。

 

白衣を身に纏ったその男は目を細め真剣にメーターを確認していた。

近くにあるノートパソコンには謎の方程式や暗号とも言える量の数式が打ち込まれており、様々なケーブルやチューブが床には見えた。

そして何よりも白い医務用のベッドの上、そこには誰しもが目を疑う異物が存在していた。

そしてそこにもまた幾つものチューブだの管があり、それらが繋がる場所には大きな円形の水槽と、同じく誰もが目を疑う物が繋がっている。

 

 

「もうすぐです。祐太」

 

 

その男、香川(かがわ)英行(ひでゆき)は難しい顔をしながら呟いた。

極秘の実験、外部から隔離した状態になっているのは明らかにそれが非合法な物だから。

ましてやコレを見えれば大規模なパニックが起こるという危惧。そして道徳の問題、彼はだからこそこの場から離れる訳にはいかなかった。

 

だが時間は無かった。

そして何かが起ころうとしている。それは確かな事なのだと彼は分かっている。

だから、だから――

 

 

「先生、前に電話をしてきた人達が会いたいと大学に」

 

「追い返してください。どうせ下らない話だ」

 

 

扉が開く音がして、彼の唯一の助手である『仲村創』が姿を見せた。

魔女研究と言う題材を下手に外に漏らしてしまったせいか、中途半端に面白がってくるマスコミやオカルト信者に付き纏われた時もあった。

 

それもあってか香川は多少過剰気味に外部との関わりに難色を示す。

現に彼の元に来るのは、何の利益も齎さない連中ばかりだった。

今回もまた同じなのだろうと思っていたのだが――……。

 

 

「それが、証拠映像があると携帯を」

 

「証拠映像、ですか」

 

 

はじめのパターンかもしれない。香川の動きがピタリと止まる。

 

 

「ちょっと……、見せてください」

 

 

椅子から立ち上がった香川は、仲村から携帯を受け取ると指定されたと言われるビデオをタッチして再生する。

証拠とはなんの証拠なのか、彼自身映像を見るまでは分からなかったが、そこに映っていた物を見るやいなやで表情が一気に変わる。

 

 

「仲村くん、彼らをココに通してください」

 

「ッ、よろしいんですか?」

 

「ええ、どうやら我々は大きな分岐点に立つ事になりそうです」

 

 

白衣を翻して扉の方へと向う。

香川が重い腰を上げたのは、その手にある下宮の携帯にあった映像故である。

ではそこには何が記録されていたのか――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「騎士が変身している所、鹿目さんが変身している所、あとは僕が変身したシーンを撮ったんだよ」

 

 

清明院についた三人は、広いフロアにあった椅子に並んで座っていた。

下宮が差し出した映像は下手をすればかなりのパニックを巻き起こすだけの代物だ。

合成と疑われればそれまでだが、その手に関してのプロフェッショナルならばアレが本物だと理解できる筈だ。

となれば自分たちが異形の存在であると言うのを晒す事になる。

 

 

「大丈夫なのかな……?」

 

「おそらく。まあ、賭けの範囲は出ないけれども」

 

 

下宮視点での確定情報は、香川が龍騎側の住人だったと言うこと。

バズビーが以前そんな事を言っていた。盗み聞きの範囲だったので、情報に一部誤りがあるかもしれないが。

 

 

「でも、特に危険はありませんでしたね」

 

「そう、魔獣の気配も無い」

 

 

しかし問題は明日だと下宮は二人に警告を行っておく。

今日はおそらく何も無い。しかし明日にはおそらく魔獣は香川を排除しようと、もしくは真司達の方に何らかのアプローチを行ってくるだろう。

 

 

「僕たちの目的も漠然としているからさ」

 

「接触するだけだもんな。何か考えはあるのか?」

 

「それが……、僕も香川さんと会うのは初めてだからね」

 

 

そう、最大の問題は香川と接触した後の事である。

彼が魔獣にとってイレギュラーであり、都合の悪いものだと言う事は分かっている。

しかし、それがイコールで真司たちの味方になってくれるかは別だ。

 

 

「香川さんは研究が忙しいから外出を控えてるんですわよね?」

 

「じゃあ、その研究が終わるまでは協力してくれないのか!?」

 

「それは、どうかな……?」

 

 

確か研究の内容が――。

下宮が口を開こうとした時、前から白衣の男が歩いてきた。

空気が変わる、三人はそれが香川英行だと言う事を察知して立ち上がりお辞儀を尾k鳴った。

向こうも歩きながら軽く頭を下げると、三人の前にて立ち止まる。

 

 

「香川先生、ですか?」

 

「ええ、香川英行です。君達は?」

 

「見滝原第一中学校の生徒です。僕は下宮鮫一」

 

「中沢昴です」

 

「志筑仁美です」

 

 

頷く香川、面倒な言葉のやり取りは無しにしようと。

なぜ彼らがココに来て、なぜ自分に会いに来たのか。

そしてあの映像は何なのか、アレを見せて自分にどうしようと言うのか。

 

 

「単刀直入にお聞きします。キミ達は、何を私に?」

 

「協力をお願いしたい。世界は今、未曾有の混沌に落とされようとしています」

 

「………」

 

 

メガネを整える下宮。

香川も釣られた様に同じ様なことを。

 

 

「分かりました。研究室へ案内します」

 

「……!」

 

 

目を合わせて安心したように笑う中沢と仁美。

下宮だけは未だに警戒した様な表情で香川の背中を追いかけた。

その後、案内されるままに香川の研究室へと足を運ぶ三人。

独特の緊張感が抜けぬまま、三人はソファの上に腰掛ける。

間接照明が作り出す独特な雰囲気の空間は、緊張感をより引き立たせるようだ。

そうしていると第一助手である仲村がお茶を運んできた。

 

 

「どうぞ、遠慮しないでくれ。緊張しているのが見ていて分かる」

 

「あ、あはは。ど、どうも――ッ!」

 

「ありがとうございます。頂きますわ」

 

「すみません、ありがとうございます」

 

「仲村くん。申し訳ありませんが――」

 

「はい、席を外させて頂きます」

 

 

お茶を運び終わった仲村は頭を下げると研究室の外へ。

香川はそれを確認すると、まずは下宮の携帯を差し出した。

お礼を言ってそれを受け取る下宮。香川が自分達をココに通してくれたと言う事は。、撮影した映像を見た事になるのだろうが……。

意外と言うべきなのか、特に驚いている様子は無い。

 

 

「突然で申し訳ないのですが、あの映像で最後に映っていたのは下宮くんで間違い無いんですよね?」

 

「はい、そして真実です」

 

 

下宮の肉体が弾け、異形の姿が晒される。

 

 

「これはスラッシャーと呼ばれる形態です」

 

 

下宮と仁美は息を呑む。やはりマジマジと見ると怯んでしまうものだ。

さらに下宮は部屋の隅にあった観葉植物目掛けて手を振った。

すると水を圧縮させたウォーターカッターが発射されて、植物を刻んで見せた。

仕方ないとは言え、中沢たちからしてみれば下宮は随分とのっけから飛ばしているように見える。

それだけ彼も短期で協力を結びたいと言う事なのだろう。

まあ、とは言え、それが最も効果的な方法である事も事実だが。

 

香川は一連の行動を見て、少し目を見開いていた。

しかしやはり驚きはやや少ない。目の前に明らかに人間ではない下宮がいるのにも関わらず。

これは仁美たちにとっては予想外だった。とは言え下宮からしてみれば計算内の事であったが。

 

 

「詳しい話を、どうか聞いてくれませんか」

 

「――わかりました」

 

 

下宮は全てを説明すると言う。

魔女、騎士、魔獣、概念と言う名の神。

この世界に存在していた人ならざる力を持った異形の事。

そしてフールズゲームと言う負の概念が作り出した絶望のサイクルを教えると。

 

 

「そして――」

 

 

信じてもらえた際には。

 

 

「其方も、持っている情報を開示していただきたい」

 

「………」

 

 

香川は一瞬、ほんの一瞬眉を顰める。しかしゆっくりと頷いた。

どうやら香川自身、隠している『カード』があった様だ。

だからこそのリアクションが薄かったと言う事なのか?

とにかくと、下宮はそれに気づいていた。と言うよりも、それがあったからココに来たとも言える。

 

 

「貴方が僕達を信用するに至った理由は、何よりもデッキを使用した騎士の変身」

 

 

騎士、そしてカードデッキと香川は深い関わりがある。

下宮の結論はそれを指し示す。

 

 

「………」

 

「違いますか?」

 

「いえ。どうやら、お見通しの様ですね」

 

 

協力を申し出た身でおこがましい話だが、コレは同時に警告であると下宮は言った。

 

 

「敵もまた、そこまでの情報を持っています」

 

「なるほど、時間はありませんか……」

 

「ええ。明日にも敵が貴方をゲーム運行に邪魔な異物として排除を行うかもしれません」

 

 

ゴクリと喉を鳴らす中沢。

仁美もまた汗を浮かべて下宮の話しを聞いていた。

そうしていると立ち上がる香川。どうやら割り切る判断をしたらしい。

香川にとって、下宮の来訪は悪い話ではなかった。

 

 

「ですかまだ、協力できるかどうかは決めかねます」

 

 

まずはともかく話しを聞いてからだと。

それは下宮とて納得できる話。ならばまず自分たちが状況を説明し、それを聞いた上で協力の判断を取ってほしいと。

尤も、この場面。なんとしても香川の協力を得なければならない所だが。

 

 

「魔法少女と言う存在をご存知ですか?」

 

 

宇宙からの来訪者であるインキュベーターが人の進化を促した結果、魔女と魔法少女のサイクルが生まれた。

そのサイクルを終わらせようとした一人の魔法少女が、結果として眠っていた『神』を呼び覚ませ、神同士の戦いの末に世界は再構築された。

 

一体の神が生み出したのは、人の負の集合体である魔獣。

その支配者によって、終わりの来ない殺人ゲームが開催される事になったと。

そしてそのゲームに参加者の一人が牙を剥き、狂ったサイクルを終わらせる為の戦いが今行われる事になった。

そして魔獣が認識していなかった、ゲームを狂わせる要因の一人が香川だったと。

 

 

「成る程……」

 

 

思い当たる節があるのだろうか。

香川は、若干の沈黙だけで答えを出すに至った様だ。

 

 

「分かりました。あなた方を信頼し、協力しましょう」

 

「……ありがとうございます」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「どうもありがとうございます!」

 

 

同時に頭を下げる三人。しかしと――、香川は言葉を続ける。

たとえその情報が本当だとして、今の自分にはどうしてもなし得なければならない研究がある。

その答えをどうやら下宮の協力があれば出せるかもしれない。

 

 

「まずは、私に協力して頂きたいのです」

 

「そのつもりです」

 

「助かります。では、ついて来てください」

 

「あ、はい!」

 

 

バッと立ち上がる中沢、他の二人も香川の後に続く。

研究室の奥、観葉植物で隠された奥の扉の鍵を解く。

重い扉だと言う事を証明するかの様に、ギギギと硬い音を立てて扉が開かれる。

 

 

「うわッ!」

 

「!!」

 

「……ッ」

 

 

思わず声を出す中沢。絶句する仁美。息を呑む下宮。

そこに広がっていた光景は、三人の予想を超えている物だったからだろう。

同時に、なぜ香川が自分達の話をすんなりと受け入れられたのかを理解できた。

 

 

「コレは――……、一体?」

 

 

まず見えたのは水槽だ。

大きな大きな円形の物、そして驚くべきはその中身である。

何も熱帯魚や亀を飼っている訳ではない、その中身には彼らが今まで見た事の無い化け物が眠っていた。

 

そう、香川英行。

彼もまた異形と身近に関わっていた存在であったのだ。

謎の液体に浸かっているコオロギの様な化け物がそれを証明していた。

生々しいリアルな肉体の質感、だが所々が欠損し、肉が大きく削がれている部分も存在していた。

体の至る所にチューブが張り巡らされており、それは辿りに辿るとノートパソコンへと収束する。

 

そこに映し出されるレントゲン写真や様々なグラフ、メーター、数値。

さらに隣接したパソコンからは謎の数式がいくつも並んでいた。

そして一同の視線はすぐに別の場所へと収束していく。それは部屋の中心に置かれたベッド、その上にはまたも異形が。

それは液体の中にいるコオロギとは違い、非常に機械を印象付ける容姿だった。

 

 

「サイコローグです」

 

「サイコローグ?」

 

 

頷く香川。

まず液体の中にいるコオロギを見た。

 

 

「覚えてしまうんですよ」

 

「え?」

 

 

香川は自分の頭を、正確には脳の位置を指でトントンと軽く叩く様にして強調した。

言葉の意味を今一つ掴みきれぬままに視線を移動していく三人。

すると中沢がアッと声を上げる。

 

 

「あれ、あれ――ッ!」

 

「!」

 

 

下宮の表情が一気に変わる。

水槽はまだ存在しており、それは少しサイズの小さいものもあった。

そしてその中に入っていたのは、紛れも無く城戸真司をはじめとした騎士達が使う物と同じカードデッキだった。

紋章は刻まれておらず、数々の線が繋がれており、やはりそれはパソコンへと繋がっていく。

一同が驚いたのはそれだけじゃない、デッキの隣にはまたも小型の水槽。

そしてそこにはカードデッキを模したとしか思えない『箱』の様な物が。

 

 

「――ッ」

 

 

そして異形とデッキが交差する中に、一際異彩を放っていた物も存在していた。

それは同じく水槽に入った『脳』である。そう、文字通り人の『脳みそ』だ。

間接照明が照らす数々の異様な存在たち。この研究室にあるものは、リアルなコオロギの化け物。

そしてサイコロの目に用いられる丸い点が顔に書かれている人型の機械。

そしてカードデッキ、それを模したデッキの様な物。

あとは人の脳と無数の線とパソコン、モニタである。

 

言いようの無い違和感。

三人は汗を浮かべて言葉を詰まらせる。

言い方は悪いが、香川に対する恐怖の様な感情がグッとこみ上げてくる。

まさにココはマッドサイエンティストの実験場と言う言葉が相応しい。

少なくともこの現代における存在ではないとすぐに彼らは理解する。

 

 

「やはり、情報どおりだ」

 

 

下宮は部屋に散らばる異形を一通り確認しなおして呟く。

バズビー達の話は本当だった、水槽に入ったデッキを見て確信する。

そう、デッキ。通常のデッキが11。そして技と力のデッキがそれぞれ一つずつ。

計13のデッキがゲーム盤に存在する全てだと思っていた。

 

しかし実際は違う。

神崎優衣が齎したイレギュラーがデッキの数を増やすと言う結果を齎した。

元々デッキの数は13、はじめは12人の騎士と12人の魔法少女だった為一つ余りができていた。

それがかずみ介入により余りは一つも無くなったと。

 

だが、確かにもう一つココにデッキは存在していた。

ならば、"使える"んじゃないか? 下宮はずっとそれを思い、故にココに来た部分もある。

ただ、いま一つ分からない部分もある。それが故にバズビー達は今の今まで香川を殺しこのイレギュラーのデッキを回収するだけにしか至らなかった。

 

何故か? 簡単だ。使えなかったからだ。

そもそも真司たちが使っているデッキを魔獣(うんえい)側が完全に把握していたかと言われれば微妙なのである。

それは全てインキュベーターに一任してきた事もあり、ましてや設定関係は全てイツトリの力でアバウトな物に仕上がった。

 

まあなんとも呆れる話である。

要するにゲームの運営様は、自分達も理解していない力を参加者に持たせて殺し合いを強要させていたのだから。

だからこそサバイブに怯んだと言う前例があるのだが、今回もまた似たようなシチュエーションと言う事か。

 

使えないとはつまり、騎士候補に持たせてもまったく覚醒が促されないと言う事である。

たとえば前回のゲーム、真司は敵に襲われていると言う極限状態の中でそれが起爆剤となり、心や感情が刺激されて覚醒した。

デッキに絵柄が刻まれ、見事龍騎となりピンチを切り抜ける事ができた。

 

しかしそれは魔獣側がゲームの為に用意したデッキだったからと言う事だ。

もしも真司に、このイレギュラーのデッキケースが支給されていたら、前回の時間軸で城戸真司はゲームが始まる前に円環の理行きだったろう。

要は誰が持っても紋章が浮かび上がらず、騎士にはなれないデッキと言うのが、今下宮たちの前にあるものなのだ。

 

では一体、何が原因なのか?

壊れていると言うのが一番初めに浮かび上がるが、それでは困る。

なんとかしてプラス思考で考え、他の原因があると言う事に決め付ける。

それに壊れているのならば時間軸が変更されれば消滅する筈だ。

しかしこのデッキは魔獣がいくら回収してもゲームが再構築されればしっかりとデッキは香川の所へと舞い戻る。

 

魔獣はその仕組みを最後まで理解できなかったが、それは優衣が齎したイレギュラーがイレギュラーとしてしっかり機能し続けているからではないのか。

つまりバグだ。だとすればこのデッキにはまだ何か秘密があるはず。

 

 

「デッキの中身は?」

 

「今は解析中ですので、撮影した物でよければ」

 

 

香川はパッド式の携帯端末を三人に見せる。

デッキの外は真司たちのソレと何も変わっていないように見える。

となると秘密があるのは中身ではないのかと睨む下宮。すると――

 

 

「ん?」

 

 

中に入っていたカードはソードベントが一枚、ストライクベントが一枚だった。

ブランク状態と言う事で見た目も地味なソレ。

参加者達も覚醒前は同じ様な物が入っている為に、それだけならば何の事は無い筈であった。

 

しかし、だ。

ビンゴと言うべきか、中には一枚だけ下宮が見た事の無いカードがあった。

カードにはその名前がしっかりと記載されており、これもまた例外では無かった。

 

 

「コン……ト…ラクト?」

 

「契約、と言う意味でしょうか」

 

 

強烈な違和感を覚える。

通常、騎士に与えられるカードはソードベントやアドベント、ストライクベントと言う風に特定の名称の後に『ベント』と記載されているのがほとんどだった。

にも関わらずこのコントラクト。見た目どおりそのベントの部分が無い。

絵柄もまたシンプルな物で、光が放たれている様な絵柄。白と黒の二色だけ。

 

 

「………」

 

 

他に該当するカードが一つだけある。サバイブだ。

アレもまた文字の後にベントとは付いていない。

特殊な条件下で生まれ、他のカードとは一線を超えた能力を与える異質なカード。

となれば、このコントラクトもまた同じくして――?

 

 

「ッ?」

 

 

ふと表情を変える下宮。

そういえばと、もう一度画面を凝視してみる。

 

 

「無い――?」

 

「え? な、何が?」

 

「アドベントが無い」

 

 

騎士のデッキには覚醒の有無と問わず、初期装備としてソードベントとストライクベント。ガードベント、アドベント、ファイナルベントが支給されている。

アドベントとファイナルベントは未覚醒の場合には無地となり、騎士に覚醒した際にミラーモンスターが生まれ絵柄が記載される。

そして各ソードベント等がミラーモンスターに合わせたデザインや能力となり、後は騎士特有のカードやパートナーと関わったが際に生まれるカードが追加されていくと言う流れだ。

だがこのデッキにはアドベントとファイナルベントが無い。どういう事なのか――?

 

 

「ありましたよ。だからこそ私は彼の名を知る事ができたのだから」

 

「え?」

 

 

香川の視線は液体の中に入るコオロギを捉えていた。

 

 

「まさか――」

 

「ええ。彼がアドベントと言うカードの絵柄でした。名前も記載されていましてね」

 

「どう言う事ですか?」

 

 

説明を行う香川。

デッキには始め紋章が確かに刻まれており、アドベントには『サイコローグ』と言うコオロギのモンスターが存在していた。

 

しかしそれは一瞬。

アドベントカードからまるで排出される様にして彼の死体が転がってきた。

それだけではなく空間が割れる様にして謎の機械がいくつも降って来たと。

それを解析し、コオロギの死体と組み合わせたのがベッドで寝ている人型のサイボーグだ。

そしてコオロギのモンスターが死んだと同時に、アドベントのカードがコントラクトに変わり、紋章も消え去ったと。

 

 

「そんな馬鹿な……ッ」

 

 

少なくともそんな仕様は真司達のデッキには無かった。

そもそも一度紋章が刻まれていると言うデッキを香川が持ち運べるのもおかしい。

所持者を中心として一定範囲外からデッキが出れば手元に戻る仕組みの筈。

近くに持ち主がいたとも考えにくい。事実、香川もそんな者に記憶はないと。

 

いやいやそもそも契約モンスターが死んでも24時間が経てば蘇生されるのがルール。

にも関わらずサイコローグはその時間を超えた今も尚、死体として存在してる。

死ねば粒子化して消え去るルールも無視して、だ。

 

 

「―――ッ」

 

 

下宮は頭を抑えて表情を険しい表情を浮かべる。

考えろ考えろ考えろ――。何故こうなっている?

何故このデッキだけ、他のデッキと仕様その物が違うのか。

 

コントラクトと言うカードが確かに存在している以上、バグによってデータが破損していると言う事ではない様だ。

つまりコレは正常なる事態。にも関わらず、デッキの仕様が違うのには確かな理由があるに違いない。

 

 

「!」

 

 

このデッキが他のデッキと何が違うのか。

それはこのデッキがバグによって齎されたイレギュラー。

つまり魔獣の手がまったく掛かっていない状態だと言う事ではないのか。

いや、インキュベーターによって何らかの干渉が施されているとしても、おそらくはゲームとは違う仕様にあったデッキ。

つまりそれは、龍騎の世界にて行われていたバトルロワイアル仕様の物だと言う事では?

 

 

(コントラクト……、契約――ッ!?)

 

 

香川はアドベントから絵柄が消えた際に、それがコントラクトのカードに変わったと。

つまり、契約が破棄されたから無地になったと言う事では無いのか?

では契約とは何だ? 何と契約した?

 

 

(決まっている……!)

 

 

その絵柄にある物とではないのか?

そう、サイコローグが死亡したからこそカードは無地になった。

いや、おかしいのでは? ミラーモンスターは騎士の分身だ。

契約と言う言い方には、少し違和感がある。

これじゃあまるで騎士とミラーモンスターが――。

 

 

「ど、どうした? 凄く気分悪そうだけど」

 

「――……ッッ」

 

 

下宮は汗を浮かべ、頭を掴むようにして必死に考える。

彼の中で歪に絡み合っていた物がガッチリと音と経ててハマっていくのを感じた。

そうだ、ミラーモンスター。騎士達の半身とされるソレではあるが、じゃあこの今の自分は――?

 

 

(そうだ、そうなんだよ!)

 

 

何故今までそんな当たり前の事に気がつかなかったのか。

僕は何だ? 僕は何の力を与えられた!? 魔獣とは今現在何をベースにッッ!!

 

 

「そう言うッ、事か!」

 

 

ミラーモンスターが騎士の鏡像なのは、あくまでもこのゲーム盤の、再構成された概念の産物だったとすれば――ッ!!

 

 

「何か、分かりましたか?」

 

「はい……! はいッ!」

 

 

そして今ならば間違いなくとハッキリ言える。

 

 

「僕は、貴方にッ、何が何でも協力を取り付けたい」

 

「……なら、先に私の研究に付き合っていただきます」

 

 

そして香川もまた、答えを出したいと。再び自分の脳を示す様に指で頭をトントンと叩く。

 

 

「覚えてしまうんですよ、私は全てをね」

 

「え?」

 

「生まれた時からそうでした。見た物を全て(ココ)が記憶してしまう」

 

「まあ! 瞬間記憶能力ですか!?」

 

「ええ、簡単に言えば」

 

 

香川には『忘れる』と言う概念が存在していなかった。

幼少時より目にした物は、全て脳に刻まれる一種の特殊能力である。

良い事ばかりではなく、忘れたい物を忘れられないと言う辛い部分もあり、なかなか難しい物であった。

 

 

「ですが、そんな私にも思い出せない空白の記憶があります」

 

「え?」

 

「同時に、私が覚えていない景色を、私自身が覚えている」

 

 

ずっと引っかかっていたと。

サイコローグを見ても恐怖を感じなかったのは、文字通り香川がサイコローグを覚えていたからだ。

しかし当然ながら、香川はそんな化け物を見たことは無い。

 

発生する矛盾。

そればかりではなく、気がつけば自分の前にはカードデッキが存在しており、それもまた記憶にはある代物だった。

しかしそれが何なのかは分からない。

 

 

「おかしな話だと、自分でも思っていましたが……」

 

 

幼少時より、頭の中に別人の記憶が混入しているかのようだった。

何かを教えられる度に『学習』するのではなく、『知っていた』と思い出す。

今にして思えば、それは文字通り頭の中に張り付いていたからだろう。

文字や景色。それは今の妻と息子に出会ったときも。

そう言えばと中沢。香川の指にはしっかりと指輪が確認できた。

 

 

「私は妻を始めて見た瞬間、この人と結婚するのだと理解できました」

 

 

現にそうなった。

それは運命の赤い糸云々ではなく、その記憶があったからだ。

実際に結婚できたのは確立の問題だったのか、因果故の関係だったのかは分からない。

しかし下宮の話しを聞いた今ならば分かる物。妻と息子もまた、神崎優衣の齎したイレギュラーデータとしてコチラの世界に来ていたのだと。

 

 

「成る程……」

 

 

下宮もまた理解する。

香川は榊原と同様、イレギュラーとして家族や周囲の関係者を含めこの世界に送り込まれた。

その際にインキュベーターが操作したか。バグの影響か何かで、龍騎の世界での記憶は完全に消滅していた。

しかし香川の圧倒的な記憶能力は、記憶を曖昧ながらもしっかりと存在したままに残していた。

 

簡単に言えば、ゲーム盤に置かれる駒として、頭をまっさらにされるのではなく、歪な形ながらも『全ての記憶』が残ったまま、ゲームは進められていたのだ。

要するに香川もまた色は違うが、継承者とも言えよう。

尤も、彼はその景色(きおく)がどういう意味なのかは分からなかったが。

 

当然とも言えるか。

まさか自分がこの世界とは違う世界で生きており~等と思う者がいる筈が無い。

故に香川はずっと違和感を覚えながら今日までを過ごしてきた。

 

しかしそれも全てはゲームをかき乱す役割と分かれば、嫌でも納得せざるを得ない。

香川は突如として現れた化け物に既視感を覚え、戸惑いながらも極秘に調査を開始した。

世間に知らせればパニックになったり、調査をさせてくれ等と言われて面倒な事になるケースを考慮し、第一助手の仲村だけに打ち明け、今日の今日までずっと異形についての調査を行ってきた。

 

仲村を選んだ理由は、彼を"見た事があった"からと言えば分かるだろうか?

要は仲村また、この世界に送り込まれた龍騎の世界の住人なのだ。

そして彼らは研究を突き詰める中で魔女の存在を知り、表向きには魔女研究と言う名目で色々自由にやってきた。

 

 

「この世界には確実に人とは違う存在がいる。それを理解した私は、その脅威に対抗できる物を作ろうと思いました」

 

 

材料はあった。

サイコローグの死体。そして彼の周りに落ちていた謎の機械パーツ。

それはもはや落ちていたと言うべきよりは、与えられたと言う風に捉えた方が正しいのではないか。香川はそう思ったのだ。

そして今に至る訳だ。色々と情報は多いが、彼はつまり――

 

 

「デッキを元に、デッキを作る気だったと」

 

「………」

 

 

香川はベッドで寝ているサイボーグを撫でる。

これが新サイコローグ、未知なる機械に、モンスターのデータと一部の肉体を組み込んだ人工ミラーモンスター。

何度か起動実験を行ったが、成功した試しは一度も無かった。

それが香川が行き詰る原因、清明院に閉じこもっている原因だった。

 

 

「ミラーモンスターが死んだとき、デッキの紋章は消えました」

 

 

ならば、逆もまたしかり。

ミラーモンスターが目覚めなければデッキには命は宿らない。

香川は何としてもこのサイコローグに再び命を吹き込まなければならなかった。

それは世界の問題であり、何よりも彼自身の問題だったからだ。

 

 

「それは、どういう事ですか」

 

「アレは、サイコローグの脳です」

 

 

水槽に入っている脳。

それはサイコローグのメモリーであり、ゲームで言うなればアカウントの様な物だ。

そしてそれはただの脳の形をした物ではない。アレは紛れも無く本物の『人』の脳なのだ。

 

 

「「「!」」」

 

 

息を呑む三人。

彼らはココがマッドサイエンティストの実験場だと言う風に印象を持ったが、香川自身それは間違っていないと思えてしまう。

と言うのも、その脳の持ち主とは――

 

 

「私の息子である、香川裕太の物です」

 

「んなっ!」

 

 

思わず大きく仰け反ってしまう中沢。

つまりサイコローグが起動すれば、それはミラーモンスターであり、同時に香川英行の息子でもあると?

 

 

「裕太は、重い病を患っていました」

 

 

香川は裕太に、命が長くないと隠す事無く教え、裕太もまたそれを受け入れた。

そして先に持ち出したのは父の方であった。サイコローグはサイボーグ、ゆえに完全な機械ではない。

ちゃんとしたコアが、脳が必要だとは分かっていたのだ。

何より……。

 

 

「自分の息子が死ぬと分かれば、助けたいと思うのが親でしょう?」

 

「でも、それって……」

 

「分かっています。歪な方法だと言う事は。結果的に裕太を利用する事にもなる」

 

 

息子をミラーモンスターに変えよう等とは、普通じゃない。

しかしそれを香川は提案し、裕太もまた受け入れた。自分が父の助けになればと。

それだけだ、それ以外の事は何も無い。これは少し歪であろうともただの父と息子の会話、約束なのだ。

 

そこに何が、どんな想いがあるのかは、二人だけが知る所。それでいい。

とにかく、香川は約束した。だからそれを何としても守らなければならない。

訳も分からぬままにリアルから引き剥がされた男が、唯一信じられる物こそが家族だ。

たとえそれが決まっていた物だったとしても、この世界で自分は結婚して子を授かった。息子との約束を守る、それが父としての責務であろう。

 

 

「私は、起動の鍵は血液だと思っています」

 

「血液、ですか」

 

「はい。ミラーモンスターに流れている独自のね」

 

 

先ほどの通り、下宮がココに来た事は香川にとって非常にプラスになる事だった。

サイコローグの起動は目前まで迫っているが、決定的な動力エネルギーが未だに欠落していた。

電力や燃料では動かせるには動かせるのであろうが、肝心の起動がうまくいかない。

 

香川は考えた上、人と同じように心臓を作る事を決め、そこから循環させる血液と言えるエネルギーサイクルを作り出そうと。

とはいえミラーモンスターの血液とは何か? 調べようにもまったくうまくいかない。

結果、香川は他の方法を探す事にしていたのだが、そこでやってきたのが下宮と言う訳だ。

魔獣はミラーモンスターの力を得て同質の物と変わった、彼に協力してもらえればサイコローグを起動できる様になるかもしれないと。

 

 

「成る程、分かりました。最悪僕の生命エネルギーを少し分け与えてやれば確実に動くでしょう」

 

「そ、そんな事もできるのか!?」

 

「ああ、魔獣もまた結局は電力を与えられて動く人形とそう変わりないからね」

 

「……ッ」

 

 

下宮の言葉に中沢は複雑そうに眉を顰める。

とは言え香川にしてみれば下宮の申し出は本当にありがたい物だ。

時間も惜しい、早速血液採取や何やらを始めようと。

 

 

「「………」」

 

 

なんだかすんなりと協力体制と言う物なのか。そう言うのが出来上がってしまった様に感じる。

もっと協力します! はい、よろしくお願いします! と言うカッチリとした分かりやすい流れになるものかとも思えば。

まあ何にせよ、取り合えずと敵対関係にならなかっただけ良かったのか。

 

その後はと言うと、下宮から採取した血液の解析、そして起動に必要となる『心臓』を作る作業に取り掛かった。

香川は魔女の血液も採取しているらしく、それを下宮の血と合わせることで機動に必要な燃料を作り上げた。

プラス、一度起動さえしてしまえば、後は普通の燃料オイルで動く様にはできる筈だと。

 

とにかくサイコローグをミラーモンスターとして世界に認識できる様に、とにもかくにも起動させなければならない。

それが良く分からない分、厄介な話しではあるが、このままいけば何とか形にはなってくれるかもしれないと。

 

 

「今日中には終わりそうに無いですね」

 

「ええ。どうでしょうか、大学の隣にある宿泊施設に連絡を入れておきますから、今日は其方の方に泊まっては」

 

「いいんですか?」

 

 

香川の提案で、研究が終わるまでは三人に部屋を用意すると。

 

 

「ええ。協力して頂く手前、当たり前の事ですよ」

 

 

香川はすばやくメールで仲村にその事を伝えていた。

研究室の前にいる彼に話しかければ、そこまで連れて行ってくれるだろうと。

 

 

「ではお言葉に甘えて。二人は先に戻っていてもいいよ」

 

「「え?」」

 

 

同時に声を上げる中沢と仁美。

考えてみれば自分たちがココにいて何ができるというのか。

香川の研究は人のラインを超越している。同じくそのラインに立てる下宮でなければついて行く事ができない。

何か手伝おうにも、訳も分からぬ機械やらメーターやらが多く、何かミスをしてしまわないかと言う不安の方が大きい。

 

 

「じゃあ行こうか、志筑さん」

 

「え? で、でも!」

 

「邪魔しちゃ悪いよ」

 

「そ、そうですわね」

 

 

少し戸惑いがちではあったが、仁美と中沢は香川に頭を下げると、用意してくれた宿泊施設へと先に向かう事に。

香川が言うとおり、研究室の前では仲村が既に待機していたが、二人は自分たちだけで歩いて行くと断って大学の外に出る。

 

宿泊施設は大学の隣に隣接してあるし、地図も書いてもらった。

少し歩けばいいだけの話、迷うことは無いだろう。

それに仲村には聞かれたくない話しもある。

結果、中沢と仁美は肩を並べて大学の敷地をトボトボと歩く事に。

 

普段の中沢ならば憧れの女の子と二人きりのシチュエーションに胸をときめかせていよう物だが、どうにもそう言う気分にはなれなかった。

もちろん仁美の近くにいられると言うのは嬉しい。

嬉しいが――、どうにも今はモヤモヤとした物が心に纏わりついているというか。

 

 

「なんかさ」

 

「はい?」

 

「ちょっと、なんて言うか……」

 

 

頭をかく中沢。

何もおかしな事は無い、自分たちは特にやる事が無いから退場。

それはまあ分かると言えば分かるのだが――。

 

 

「ショック、だったよね」

 

「――ッ、はい」

 

 

中沢が苦笑交じりに仁美を見ると、彼女も同じような表情で返してくれた。

なんと言えばいいのやら、拍子抜けと言うべきなのか。

そりゃあ確かに色々と訳の分からない事が続いて混乱の連続だった。

 

ただ――、と中沢は思う。

自分はともかく、仁美はまどかを、つまり友達の助けになろうと思い意気揚々とココに来る覚悟を決めた。

にも関わらず今日はただ驚くだけで、結局たいした事もせずに追い出される様にして歩いている訳だ。

 

まあ自分達は何も知らない人間。

関係者である向こう側からしてみれば何の力も無い存在なのは間違いない。

コチラもコチラで何を手伝っていいのかも分からず、雰囲気に怯んでしまうと言う物。

 

 

「とは言え、ちょっと酷いよな下宮の奴も」

 

 

自分達を誘ったのは下宮なんだから、ちょっとは気に掛けてくれてもいいのに。

 

 

「仕方ありませんわ、下宮くんは世界の為にいっぱいいっぱいなんですのよ」

 

「そうなのかなぁ……」

 

 

中沢は空を見上げる。

なんだか気がつけば下宮がずっと上にいる様な気がしてしまった。

改造されながらも世界の為に戦う下宮と、巻き起こる事態について行けずにもがいている中沢。

落差が、ある種の劣等感となって降り注ぐ。

 

 

「でも、きっと下宮くんも何かお考えがあるんですのよ」

 

「そ、そうかなぁ?」

 

「はい、でなければ私達を誘ってくれたりはしませんわ」

 

 

それに、まどかの助けになりたいと思う心は何も変わっていない。

すぐに結果が出るとも思っていない。まだ事実を知ってからそれほど時間は経っていないじゃないか。

まだまだこれからだ、仁美はそう言って微笑んだ。

 

 

「一緒にがんばりましょう、中沢くん」

 

 

それに、世界の命運が関わっているんだ。

その事実を知った自分達も十分に足を踏み入れた関係者。

参加者らと同じ場所に立っているじゃないかと。

直接的な力は無くても、そんな彼らを何らかの形で助ける事はできるだろう。

 

 

「……っ」

 

 

足を一瞬止める中沢。

 

 

(ごめん、それでも俺は――、目に見えた力が欲しい)

 

 

その言葉を口にしようとして、喉で止める。

きっと証拠が欲しかったんだろう。自分が役に立っている。

そんな簡単に、かつハッキリと分かる形になった物が欲しかった。

 

 

「志筑さんは……、強いね」

 

「え?」

 

「俺っ、なんかずっとモヤモヤしてるよ」

 

「中沢君……」

 

「俺自身分からないくらい」

 

 

好きな人の前では格好をつけたい物だが、中沢はそれをも忘れて仁美に弱さを吐露した。

と言うより、もう誰かにこのモヤモヤを分かって欲しくてパンクしそうだったのだろう。

劣等感であったり、混乱であったり、そして何よりも友達だと思っていた者が異形だったことの喪失感。

 

本来だったら、例えば自分達に内緒で彼女を作っていたり。

なんて青い物なのかもしれない。それだけなら多少の混乱はあれど素直に祝福できた筈なんだ。

なのに、いざ実際に起こってみれば、それはそんな甘い物じゃなかった。

仕方ないとは言え、下宮は自分たちとは違う種族になり、そして世界を巻き込んだ殺人ゲームの運営者が一人だった。

 

監視者。文字通り色々なものを見て来たんだろう。

下宮ではなく魔獣・スラッシャーとして多くの死や絶望を見てきたんだろう。

話しを聞いていれば分かる。

 

 

「志筑さん、コレは下宮(アイツ)には黙っていて欲しいんだけど……」

 

「は、はい」

 

「俺さ……」

 

 

中沢は苦しそうに目を閉じて歯を食いしばる。

こんな事は言いたくない。言いたくなんか無いんだ。

でも実際心の中にはそれを思ってしまった自分がいるとハッキリ分かるから。

 

 

「俺さ、下宮の事、怖いって思っちゃったんだ」

 

「……っ」

 

「アイツは俺の友達だよ? でも、でもさ――ッ!」

 

 

スラッシャーをはじめて見た時、それは中沢の知っている下宮では無かった。

小学校から知り合い、だいたいの行事は一緒に経験してきた。

別に毎日毎日一緒にいたわけじゃない、でも友達なんだ。

他の人間よりも彼の事を理解していると言う事実はあった筈なんだ。

 

でも、分からなかった。

下宮は輪廻の中で記憶を失う事無く舞台を巡り続けてきた。

だったら見た目は変わっていなくとも、精神は自分よりも遥かに先を――。

 

 

「俺の知らない所でアイツは人を超えた存在になっててさ。そして俺たちよりも遥かに違う場所に行っていた」

 

 

それは中沢にとってとても大きな喪失感を齎した。

おいて行かれた様な。そして彼が彼で無くなっていた様な気がして。

 

 

「……怖かったんだ」

 

「中沢くん――ッ!」

 

「ッ、ごめん志筑さん、こんな話」

 

 

でも、仁美はまだ、自分と同じ立場にいる筈。

だから好感度を無視してでも聞きたかった事がある。

それは仁美に対する想いがその程度だから言えたんだろうか?

その思いもまた中沢の負の感情を掻き立てる。

彼は今、泥沼にはまっている。もがいてももがいても這い上がれないような嫌な感覚。

 

 

「志筑さんはさ、どう思った?」

 

 

まどかは魔法少女だ。

それは人と言う器を超えて。神にも等しき力を得た者達。

仁美はきっと、まどかの事を今までと同じだと。何も変わっていないと言うだろう。

事実、そう思っている筈だ。友の為に命を賭けようとすぐに決意したのだから、それくらいなんて事は無いんだろう。

でも、中沢は少し――。いやかなり違っていたのかもしれない。

 

 

「俺は……、いや俺だってさ! 友達の為に何かしたいってのは思ってたよ……!」

 

 

でも、よりにもよって異形に変わった下宮を見て、恐怖を覚えてしまった。

だって彼は人じゃないんだ。その力を見るに、人を遥かに超えている。

人よりも上の階層に立っている。

だとすれば――

 

 

「アイツは俺たちをどう見ているんだろうって……!」

 

「それは――」

 

 

下宮やまどかは人を超えた存在になったのに、まだ人を同一の存在として見てくれているんだろうかと思ってしまった。

特に下宮は、人とは『形』くらいしか共通点の無い姿になった。

だとすれば周りの人間は自分とは違う存在と錯覚していないだろうか?

中沢達で言うなれば、それこそ猿程度にしか見てくれていないのかと。

 

 

「まどかさんは――!」

 

「そんな奴らじゃないってのは分かってる。分かってるんだ……!」

 

「中沢くん……」

 

「でも思っちゃったんだ。あいつらにとって俺達人間ってなんなんだろうって!」

 

 

自分達よりも遥かに弱い存在。

それを守りたいと思うのは、要は人間がペットを守ろうとする思いくらいに同じなんじゃないかと考えてしまう。

自分達は友人だった筈だ。それは『対等』な関係であるから。

でも今、中沢は自分と下宮が対等な存在であるとは思えなかった。

 

もちろん対等でなくとも。

対等と思っていなくとも、友情と言うのは十分成り立つ物なのかもしれない。

誰だってとは言わないが、小さな落差や劣等感を友人に感じている者は少なくは無い筈だ。

 

けれど中沢が今感じた落差は恐らく並大抵の物ではなく。

他人には、そうそう理解できる物でもないだろう。

下宮は人間ではなかった。ずっと、長い間を人を超えた存在として生きてきた。

きっと自覚もしていた筈だ。中沢はそれを知らなかったし、下宮がどうして魔獣を裏切る事になったのか、そんな細かい事も分からない。

苦しみは理解できない。ましてや今、下宮が見ているものが欠片も予想できない。

 

 

「今、俺と下宮って……」

 

 

中沢の声は暗い。

彼は友人と言う物は、対等な存在だと、気を使わないで良い相手の事だと認識している。

しかし今、中沢は下宮と対等とは思えなかった。

何もかもが違うように感じてしまう。長く一緒にいた筈なのに、初めて会った様な感覚になる。

 

そして思ってしまうんだ。

今後、下宮を怒らせるような事があれば。

下宮が中沢を邪魔だと思ったのならば、あの『刃』を持ち出すんじゃないだろうかと。

それは――

 

 

「友達、なのかな?」

 

「ええ。友達ですわ」

 

「えッ?」

 

「少し、混乱しているんですのよ。中沢くんは……」

 

 

そう思いたい。

でも時間が経つにつれて不信が募り、不安が胸に宿る。

今のリアクションを見るに、仁美はまどかや下宮に対して中沢と同じような感情を抱いてはいないらしい。やはりと言うのか、彼女は強いんだ。

でも中沢はそうは思えなかった。そんな自分自身にも腹が立ってくる。

信じられないのは、自分自身が弱いから?

 

 

「……ごめん、変な話して。誰かに話したかったんだ」

 

「いえ――ッ、そう言う時もありますわ」

 

「最低だよね、俺……」

 

「そんな事っ!」

 

 

仁美はそう言ってくれるが、中沢の表情は優れない。

と言うのも、今こうして仁美に向かってモヤモヤを打ち明けた訳だが、それは全てではない。

結局、中途半端に弱さを晒しただけで、まだ一つ大きな物があるのだ。

でもそれは中沢の決めきれない性格故なのか、仁美にも言えない部分がある。

弱さを吐露する情けなさと、仁美を気遣う部分が交じり合って、結局より深みにズルズルと落ちて行くだけ。

 

 

「………」

 

 

肩を落としながら前を歩く中沢を、仁美は複雑な表情で見つめている。

心臓を掴む様に胸に手を置いて、彼女は唇を噛んだ。

どんな声を掛けていいのか分からないと言うのが本音である。

 

状況が状況、内容が内容だ。

悩むなと言うのが無理な話なのかもしれない。

事実仁美だって、きっと少し道が違えば彼と同じ事になっていただろうから。

 

仁美は気になったのかもしれない。

中沢の言葉が。中沢自身が。なぜならば仁美は今の話を聞いて、一つの感情を抱いた。

それはきっと同調や共感と言う名前の感情だ。

 

 

「中沢くん」

 

「え?」

 

 

仁美は少し寂しげな表情で声を掛ける。

この事を言うべきか、一瞬迷ったが、中沢は醜さを自分に打ち明けてくれた。

だとすればそこにあったのは信頼ではないか? 彼女はそう捉え、ならばと自分も少し胸の内を明かす事に。

 

中沢は仲間だ。

それに自分と似通った部分を見つけて、仁美は懐かしささえ覚えただろう。

だから彼女は言葉を放つ。

 

 

「似てる部分がありますわ。中沢くんは、私と」

 

「似てる? 俺と志筑さんが!? まさか!」

 

 

大きく首を振る中沢。

煌びやかな仁美と、凡以下の自分が似ている訳が無い。中沢は焦ったように手を振る。

だが同じく仁美も首を振った。似ているとも。それは話しを聞けば分かってくれるだろう。

 

 

「だから、荷物を置いたらどこかでお食事をしましょう」

 

「え? あ――ッ」

 

 

ニコリと微笑む仁美。

中沢は戸惑うだけで、目を点にするしかできなかった。

意外と強引なんだな。彼はその後、仁美に言われるままに大学近くの喫茶店に連れて行かれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それからの流れはスムーズな物だった。

仁美は早歩きに仲村に教えてもらった宿泊所に足を運んで受付を済ませる。

部屋はちゃんと三つ取ってくれていたらしく、中を確認して見ればベッドやテレビなど最低限必要な物は揃っていると言う印象だ。

 

どうやら外来の講師や泊り込みの教授が使う場所らしいのだが、そんな事はなんのそのと言った様子で、仁美は中沢を連れてすぐに外へ。

先ほどの通り、話したい事があるのだろう。近くの喫茶店で夕食を取りながら。

と言う事で、仁美はズンズンと中沢の前を歩いて行く。

中沢も中沢で彼女を一人にする事もできず、かと言って誘いを断るほど大人にもなれなかった。

 

 

「「………」」

 

 

そんなこんな。

ふと気がつけば、中沢は名前も知らない喫茶店の一席で仁美と向かい合って座っていた。

テーブルの上には紅茶とパスタ、テーブルの奥には微笑んでいる仁美が。

おお、なんて事だ。あれだけ夢見ていた景色が、何ともアッサリ叶ってしまったものだ。

ただし今一つ気分が乗らないのが、まあなんとも皮肉な物と言うべきか。

嬉しさ半分、複雑な気分がまだ心に取り巻いていたまま。

 

 

「中沢くん。さっきの言葉覚えていらっしゃいますか?」

 

「え!? あぁ……、えと。志筑さんが俺と似ている部分があるって言う?」

 

 

仁美の笑みが一瞬で消える。

それは今まで浮かべてくれていたのが、作り笑いだと言う事を強調している様だった。

彼女もまた、過去を思い出して複雑な思いを胸に抱えていたのだろう。

 

ほむらの家でニコに言われた言葉を思い出して欲しいと仁美は切り出した。

いくら友達の為とは言え、即決はおかしいのでは? と。

それを踏まえた上で、彼女は中沢に一つの事を聞いて欲しいと。

 

 

「私も、同じでしたわ」

 

「え?」

 

「昔、まどかさんとさやかさんが本当の友達かどうか分からなくなってしまいましたの」

 

 

それも中沢とだいたい同じような思いを抱えてだという。

 

 

「!」

 

 

意外、だったかもしれない。

遠目に見ている仁美は、だいたいまどかやさやかと一緒に笑っている姿だった様な。

そんな彼女が自分と同じ悩みを抱えていたなんて思いもしなかったことだ。

まあ友情とは、そもそもあまり前に押し出していく物ではない。

一人一人が心内に秘めている物だ。何があってもおかしくはないのか……。

 

 

「でももちろん今は、そんな事は無くて」

 

 

だからあの言葉は本当だという。

今はまどか達の事はかけがえの無い友達だと思っているし、彼女の為に命を賭けても構わないと本気で思っている。

でも正直に言ってしまえば、つい最近までそのモヤモヤは消えなかった。

 

 

「でも、だからなのか……、何となく中沢くんが言っている事は分かりますわ」

 

「――ッ、だったら教えて欲しいんだ」

 

 

いつそのモヤモヤが晴れたのかを。

仁美はそれを聞くと寂しげな表情で紅茶を口に含む。

 

 

「昨日ですわ」

 

「えッ!?」

 

 

目を丸くする中沢。

昨日? 意外だったと、またも息を呑む。

仁美はまどかの為に命を賭けると即決だった。

それは昨日の出来事が主な原因だと静かに語りだした。

 

昔、よくからかわれていた自分を守ってくれた美樹さやかと、「気にしないで」と優しい声を掛けてくれた鹿目まどか。

仁美はそれから彼女達とよく遊ぶ様になり、親友になった。

でも成長につれて、ふと思ってしまう。自分は彼女達を友達だと思っているし、その気持ちに嘘は無い。

 

 

「でも、二人はどうなんだろうって」

 

「え?」

 

「言いましたよね? 彼女達とよく遊ぶ様になったって」

 

 

でも、まどかとさやかはその何倍も一緒にいたと思う。

仁美は習い事や門限が早いと言う事もあって、途中で別れを告げる事が多かったし、二人からの誘いを断る事も珍しくは無かった。

映画、ショッピング、勉強、まどか達は色々な事に誘ってくれて、でも自分はそれを断って。

 

 

「私、昔からお友達が少なかったんです」

 

 

誘われても断るし。小さい時は目の前でよく言われた物だ。

どうせ仁美ちゃんを誘っても来ないから、もう誘わないでいいと。

習い事が嫌いになる事は多かった。でも、両親から期待されていると言う事は嬉しいし、辞めたいと言えば悲しむだろうから、言えなかった。

 

 

「怖かったですわ。はっきり言って」

 

 

まどかとさやかにもいずれ同じ事を言われるんじゃないか?

 

 

「それとも、もう影では言われているのかもって」

 

 

でも二人はそれからも色々な事に誘ってくれたし。断ったときも気にしないでと言ってくれた。

それは紛れも無い優しさだ。

仁美は嬉しかった、嬉しかったのだが――

 

 

「苦しくも、ありました」

 

「苦しい?」

 

「はい、最低ですわね、私」

 

 

優しさが辛かった。

断るたびに、断らなければならない事に対しての罪悪感で胸が締め付けられる。

かと言って誘ってくれないならくれないで、どうして誘ってくれなかったのかと思い悩む。

 

 

「うふふっ、面倒ですわね。私」

 

 

いつ嫌われるかも分からない事を思えば、中沢の様に思ってしまう。

コレって友人って言えるのかと。

 

 

「心に落ちた影は、水に落ちた黒いインクの様に広がりますわ」

 

 

ネガティブな考えは、新しいネガティブを持ってくる。

もしかして自分に声を掛けてくれたのは可哀想だと思ったから?

それを自分は引きずって、まどか達は惰性で付き合ってくれているんじゃないかと。

 

 

「もちろんそれは気持ちが落ち込んだ時の、一時的な考え方だと思いますわ」

 

 

だからこそ気分が軽くなればプラスの方向に考える元気が出てくる。

そうだ、二人はそんな人じゃない。みたいな。

それからはなるべくそう言う事を考えない様にしていたし。二人との関係も問題なく続いていった。

でも、一度そう言う事を思ってしまったことは事実だ。

それは消えない痣となって心の隅に残っているもの。

 

 

「そんな事は無いと思いますけど、例えば――」

 

 

もしも仁美とさやかが同時に崖から落ちそうになったとき、まどかは迷わずさやかを先に助ける筈ではないか。

逆も同じ、まどかが落ちそうになっていれば、さやかは自分よりも先にまどかを助けるだろう。

それはずっと確信を持っていたことだ。

でもそれは仕方ない。関わりが少ないのは自分の非でもあるから。

所詮は親友二人に自分が混ぜてもらっただけの関係だ。勘違いをしてはいけない。

 

 

「だけどどこかそれが不満で……、悔しかったですわ」

 

 

でも――、と、仁美は顔を上げて微笑む。

それは偽りではない、本物の笑顔だった。

 

 

「昨日、うふふ! 面白いことがあったんですの」

 

「面白い?」

 

「ええ。まどかさんが――」

 

 

昨日、まどかが仁美を見て涙を流したのだと言う。

その理由を問い詰めた所、まどかは我に返ったように沈黙し、恥ずかしそうに視線を落としながら答えたのだと言う。

 

 

『仁美ちゃんが……、死んじゃう夢、見ちゃって』

 

「うふふ! なんだか、それが……! まどかさんには申し訳無いんですけどおかしくって」

 

 

普通そんな事じゃ泣かない。

よく言えば純粋、悪く言えば幼いと言うか何と言うのか。

でも、あの涙は本物だった。しがみ付いてきた力は本当に強かった。

今にして思えばゲームの事が関係していたのだろうが。どちらにせよ、まどかは自分の為に泣いてくれたんだ。それが嬉しくて、嬉しくて、思わず可笑しくなってしまった。

 

 

「だから、わたし……、打ち明けたんです。まどかさんに」

 

 

胸の中にあるモヤモヤを全部吐露した。

すると彼女は驚いた表情を浮かべ、直後もう一度ウルウルと瞳を潤ませたとか。

色々と思うところがあるのだろう。過去を全て経験してきた身だ。

自分達には分からない想いがある筈。

 

 

「そしたらまどかさん、謝ってくれて」

 

 

今まで気づけなくてごめんと。

そしてどうか気にしないでくれと言ってくれた。

 

 

『何があっても仁美ちゃんはわたしのお友達だよ。さやかちゃんだってそう思ってるから』

 

 

習い事があるのは仕方ない、それを理由に誘いを断るのは当然だ。

だからどうか気にしないでと、気負わないでくれと言ってくれた。

嬉しかった。仁美が言って欲しい事を、全部まどかは言ってくれたんだ。

 

 

「でも、私そんな時にまたネガティブになってしまって」

 

 

目の前にいるんだから否定的な事を言う訳は無い。

涙も自分を信じ込ませる為に、安定させるために流した物だとふと思ってしまったんだ。

今目の前で自分に言ってくれる事は、自分を安心させるためについた嘘なのかも。

なんて事を。

 

 

「馬鹿ですわ。私、嫌われたくないばかりに、少しでも自分が傷つかない保険を掛けて……」

 

 

結果、それがまどかの人間性を落としている。

その点に関しても自分に嫌悪感が募り、そして信頼したいのにできない点にも腹が立ってくる。

まどかは気にしないでと笑ってくれた。でも仁美はその言葉にも何か裏があるのではないかと思ってしまった。

今までその考え方をしないと防ぎこんでいた為に、余計爆発してしまったと言えばいいか。

 

 

「お恥ずかしい話しですけど、私も涙が出てしまって……」

 

 

それも嫌悪感からの。

ますます、まどかとの差が開いてしまう気がした。彼女の優しさを受け止められない。

客観的に見て、自分がとても醜く見えてしまった。だから悲しくて、涙が出てくる。

もう止まらなかった。自分は耐えられなくなって、その思いを全て打ち明けてみた。

その先にあるのは、つまりの所。

 

 

「私は、自分が嫌いだと……、まどかさんに打ち明けたんですの」

 

「……!!」

 

 

自分が嫌い。それは自己嫌悪。

中沢は胸が突き刺された様な気がして、思わず仁美から視線を逸らす。

人を疑えば疑うほど、不信感を募らせれば募らせるほど自分が嫌いになってくる。

このモヤモヤが自分の醜い部分だと分かってくるから。

 

もちろんそれは今までの積み重ねでもある。

習い事の関係で付き合いが悪いと言われ、彼女の恵まれた容姿から受ける嫉妬が原因で起きた軽いいじめ。

それは仁美が悪いのではなく、彼女を取り巻く環境が作り出した事だ。

それを彼女は否定したくてもできない。ならば受け入れるしかなかった。

そんな中で味方をしてくれた者もいたが、それは自分の家柄とステータスを求めた者だと理解ができたんだ。

 

 

「私と言う存在に、どれだけの価値があるのか、分からなくなって……」

 

「え?」

 

 

例えば告白。

今まで自分を好きだと言ってくれた同年代の男の子がいた。

でも話しを聞けば聞くほど、その目を見れば見るほどに分かってしまう。

その人は自分ではなく、自分と言うブランドと付き合いたいのだと言う事を突きつけられる。

自分はおまけだ、相手が欲しいのは志筑仁美と付き合っているという事実だけ。

 

 

「ッッ!!」

 

 

中沢は息が詰まる思いだった。

そう言われると、自分はどうなんだろう?

 

 

「人の価値が……、いいえ、自分の価値が分からなくなって」

 

 

それは、まどか達に対してもも言える事。

自分に何の魅力があるのか分からなくなったんだ。

どうして、まどか達が自分と仲良くしてくれるのか分からなくなる時があった。

 

 

「ごめんなさい、暗い話しばかりで」

 

「いや……!」

 

「誰も自分を見てくれない、誰も本当の自分を理解してくれない」

 

 

そんな不満を抱きながら毎日を送ってきた。

 

 

「でも、私は信じたかった」

 

 

まどかとさやかだけは、本当の自分を見てくれる。自分を理解してくれると。

なぜならば二人の前ならば本当の自分でいられる気がしたからだ。

不安になる時はあれど、まどか達が自分を受け入れてくれるのがたまらなく嬉しかった。

 

 

「でも、やっぱり不安は消えなくて」

 

 

ふとした時に押しつぶされそうになる。

まどか達を疑ってしまう自分がどんどん嫌いになってくる。

でもそれは何事もそつなくこなしてきた仁美に、初めて嫌われたくない相手。

もっと知りたい相手が出来たのだと言う事だ。

 

 

「どうすればいいのか……、分からなくなりましたの」

 

 

だからもう嫌われてもいいと言う覚悟で、仁美は昨日まどかに全てを晒した。

この弱さも、醜さも、全部全部晒して楽になりたかった。

たとえ彼女に嫌われるとしても、どうしてもまどかに自分の苦しみを知って欲しかった。

そしたら――……。

 

 

「まどかさん、言ってくれたんですのよ!」

 

 

仁美は嬉しそうに語る。

まどかは仁美の話を全て聞いて、その上で微笑みかけてくれた。

それは自己嫌悪で苦しむ仁美にとって、何よりも安心できる言葉であった。

 

 

『わたしも、同じだったよ?』

 

『え?』

 

『昔は、あんまり自分が好きじゃなかった』

 

 

まどかは自分に自信もなくて、皆は優しいと言ってくれるけど、本人からしてみれば弱いだけだった。

でも魔法少女になって、ゲームを経た今、少しは自信もついたと。

もちろん魔法少女の部分は仁美には、ぼやかして伝えたが。

 

そしてその根本にあったのは、チープに聞こえるかもしれないが『信じる』事だった。

何度も裏切られたかもしれない、けれどその想いを汲み取ってくれる人も沢山いたから。

その人たちの為に戦う気力を、希望を与えられたから。

 

 

『だから仁美ちゃんも、わたしを信じて欲しい』

 

 

それができないから苦しんでいるのは分かる。

けれど、それでもどうか信じて欲しいと。

 

 

『わたしは仁美ちゃんの友達だと思ってる、さやかちゃんとの順位なんて無いよ』

 

 

崖から二人が落ちそうになったら絶対二人とも助ける。

もしくは体力のあるさやかに踏ん張ってもらって、仁美を先に助けた後、さやかを助けると。

とにかく。まどかは仁美に自分を、さやかを信じて欲しいと言った。

証拠は無い、言葉しか。けれどそれでも信じて欲しいと。

まどかは仁美の目を見てそう言ったのだ。

 

 

「あんな力強いまどかさんの目、はじめて見ましたわ」

 

 

何を馬鹿な事をと言われるかもしれないが、それだけで仁美は十分だった。

全て吐き出したからと言うのもあったが、当たり前の事を目と目を合わせて言われた時、気持ちが晴れるのが分かった。

そこにあったのは交流。一人で思い悩むのではなく、他者との確かな触れ合いだった。

今までだってそうしてきたからネガティブな心を抑える事ができた。そしてそれは今も同じ。

当たり前の事を、期待している言葉を言ってほしかった。

それに加えて――

 

 

『これはママの受け売りだけどね?』

 

 

学校の屋上。まどかと仁美は肩を並べている。

周りには誰もいなかった。まどかは仁美だけを見て、仁美はまどかだけを見ている。

二人が交わす会話は、二人だけの物だ。

 

 

『他人を信じるにはね、まずは自分を信じないと駄目』

 

 

逆もまた同じ。

それを聞いてまどかはこう思う。

 

 

『他人を愛するには、まずは何よりも自分を愛さなければならないって!』

 

 

それからまどかは自分を卑下するのは止めようと心がけた。

今で言うなれば、さやかと仁美を親友と信じて疑わない。

それは彼女達が素晴らしい人間であるからそうなったんだろう?

さやか達が親友として付き合って行けると思ったからそうなったんだろう?

親友は対等な存在だとまどかは思っている。だから自分だって素晴らしい人間であると思いたい。

 

 

「まどかさんは言っていました。自信がなくなる事はある、ネガティブになる時もある」

 

 

だけど、己だけは自分自身の味方でありたいと。

そうなると、自分を卑下する事は、自分が信じた人を卑下する事になるかもしれないと考える様になった。

 

 

『わたしが仁美ちゃんの事を親友と思っている証拠は、今ココに形として出すのは少し難しいかも』

 

 

でも皆そんな物の筈。

あえて証明するとしたら、時間か。

 

 

『わたしはこれからもどんな事があっても、仁美ちゃんの友達だよ』

 

 

どれだけ時間が経とうとも。嫌いな人だったり、惰性なら長くは続かない。

でもまどかは、どれだけの時間が流れても仁美と友達でいられる自信があると、自慢げ鼻を鳴らした。

 

 

『なんて……、ちょっと重いかな?』

 

『いえッ! そんな事ありませんわ!』

 

 

むしろそこまで言い切ってくれる事に、仁美は安心を覚えた。

人によっては軽く聞こえる言葉だったかもしれないが、逆を言えば言葉にしなければ相手には絶対に伝わらない物だ。

どんなに軽くても、それを積み重ねればそれだけ重量も増えよう。

仁美はずっと不安を一人で抱え込んでいた。まどかはそれを一緒に背負うつもりで声をかけたのだ。

 

 

『だから仁美ちゃんも、自分の事を嫌いだなんて言わないで』

 

 

類は友を呼ぶと言う言葉もある。

仁美が自分を卑下すると言う事は、自分達も卑下されるも同じだから。

それは悲しい事だろう? それになにより――。

 

 

『もったいないよ。わたし、仁美ちゃんの良い所いっぱい知っているのに』

 

『……っ!』

 

『それにね』

 

 

ちょっと格好つけ過ぎかもしれないけど。

まどかは最初にそんな前フリを。

 

 

『弱さも、醜さも、強さに変わるんだよ』

 

 

なんて言ってみたり。まどかは恥ずかしそうに頬をかく。

だが気がつけば仁美はボロボロと涙を流していた。

そして同時に、取り巻いていたモヤモヤが消えた瞬間でもあった。

信頼と自愛、まどかの言葉が彼女の闇を取り払っていく。

そして同時にまどかに対する大きな想いを仁美は抱いた。

 

今までの事は事実。

だからこそ、まどかには何か恩返しと言うべきか、お詫びがしたいと。

そんな時に今回の出来事が起こった訳だ。それは仁美にとってはまたと無いチャンスでもあった。

 

 

「何もかもを形にしないといけない、そんな訳ではありませんけど……」

 

 

オーバーかもしれないが、まどかは自分の闇を取り払い、生きる意味を教えてくれた人だ。

彼女に自らの闇を打ち明けなければ、きっと仁美は押しつぶされていただろう。

まどかの言葉を聴いて、仁美も自分を愛して見ようと思える事ができた。

そして何より、まどかはまだ抱えていた物があったのだと仁美は知った。

だから背負いたい、まどかが自分の闇を背負ってくれたように。

 

 

「たとえ足手まといになったとしても……、まどかさんを助ける自分になりたい」

 

 

それが仁美の願いなのかもしれない。

複雑なことではない。長々と話したが、要するに仁美はまどかと面と向かって話し合う事で楽になり、そのお礼がしたかったのだ。

 

 

「男の子同士の事はよく分かりませんけど……」

 

 

きっと根本はそう変わらない筈だ。

中沢もきっと仁美と同じような闇にはまっているのだろう。

なんとかして助けてあげたいとは思うが、それにはどうしてもモヤモヤの源をどうにかする以外には無い筈。

つまり今、研究室にいる下宮が……。

 

 

「中沢君も、もし抱えている物があるのなら、いっそ下宮君に打ち明けてみればどうでしょうか?」

 

「………」

 

 

やはり、そうするしかないのか。

中沢は複雑な表情で紅茶を一気に喉に流し込む。

分かっていたんだ、このもやもやを解決するには直接彼と話しをするしか無いのだと。

だが、思うところもある訳で。

 

 

「ねえ、一つ聞いてもいいかな?」

 

「はい?」

 

「今、志筑さんは自分の事が好き?」

 

「ええ! もちろんですわ!」

 

 

そう屈託の無い笑顔で答える仁美が、中沢にはとても眩しく感じた。

曖昧な笑みは返しつつも、未だに複雑な表情のまま。

ふいに窓の外を見れば、景色は夜へと変わっており、遠くに見える車のライトは強い光を放っている。

 

光が強調されれば、闇もまた強くその存在を強調される事になる。

仁美の希望の光は、中沢の闇をより強く、心に叩きつける事となる。

目を背けていた物に対して、もうどこに目を背けてもそれが目につくまでに膨れ上がっている。

だがそれはイコール悪い事ではない。仁美はまどかにソレを打ち明ける事で心の闇を払拭する事ができた。

だとすれば、自分もまた――。

 

 

(……自分が嫌い、か)

 

 

未だに迷い、中途半端な場所にいる中沢は確かに醜いだろう。

"中"と言う文字があらわすように、いつもどちら側にもつけずに燻っていた。

しかし今、最も大切な選択をしなければならないのかもと思う。

 

 

「ありがとう志筑さん。俺、ちょっと……、楽になったよ」

 

「そうですか。よかったですわ」

 

 

中沢は冷え切ったパスタを口に運び虚空を睨む。

頼む、どうか杞憂であってくれ。彼はそう強く心の中で願うが、きっと彼自身その予想が答えに直結している事が分かっていたのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

清明院、屋上。

 

 

『死に掛けた息子をミラーモンスターとして蘇生させる、か』

 

『クヒヒヒ! 何ともまあぶっ飛んだ野郎だな、香川英行!』

 

『神崎優衣が齎したバグは、ボクらもその全てを完璧に把握している訳じゃない』

 

 

その多くは騎士の力。

優衣が兄の送るデーターに細工を施したが故に発生させたバグ。

それはインキュベーターにとっても、また同じくして異質な物になっている。

つまり現状、自分達も理解していない力を使って舞台の運営を行っていると。

 

 

『少し危惧するところもあるけれど、興味深くもあるからね』

 

『騎士か……。それを辿れば、魔法少女と同じ人に行き着く』

 

『そう。人間の中に眠る可能性、それは神を殺す刃に変わる』

 

 

侮れない存在だ。

低俗な猿の集まりかとも思えば、中には神に匹敵する物を身に宿した者もいると。

それはまさに可能性、個人差のある異質な生き物と言えばいいのか。

二匹のインキュベーターは清明院の屋上で世界を観測していた。

前回のゲームと同じ様な流れを汲んではいるが、中には大きく違う者も存在している。

それがどう言った影響を及ぼすのか――。

 

 

「キュゥべえ、ジュゥべえ」

 

『『!』』

 

 

二匹が振り返ると、そこには下宮が。

 

 

『おやおや、見つかっちまったか』

 

「近くにいれば気配は感じられるさ。キミ達とは長かったからね」

 

『別に、ゲームはまだ始まっていないんだ。呼んでくれれば行けるんだけどね』

 

 

それもそうか、下宮は盲点だったと。

どうにも記憶が続いていると勘違いする点も出てきてしまう。

今はまだゲーム開始前、キュゥべえ達は魔法少女の呼びかけには応えるし、かと言って出会ってもゲームの情報を教えてくれる訳じゃない。

 

 

「まあ、それはいいけどね。お願い……、と言うより一つ提案があるんだ」

 

『?』

 

『お願いだぁ?』

 

「そう、キミ達にとって悪い話じゃないと思うけれど……、どうだろうか」

 

 

下宮は一言、二匹に提案を。

それを聞いたキュゥべえ達は、相変わらずの無表情とノーリアクションだった。

キュゥべえはともかくジュゥべえくらいは何か反応を見せてもいい様に感じるが、それは下宮が何を言おうとしていたのかを既に分かっていたからに他ならない。

 

 

『だろうと思ったぜ』

 

『お願いか。よく言うね』

 

 

そんな物は、嘘で取り繕った言葉だ。

お願いとは相手の了承があってこそ認められる契約。当然相手が断れば話しは無しになる。

その危険性、リスクは内包している訳で。

 

 

『でもキミは、ボク達が了解すると確信している』

 

「………」

 

 

メガネを整える下宮。

否定はしない、それが彼の答えであろう。

 

 

『断っちゃおうかなー!』

 

 

ジュゥべえがニヤリと小馬鹿にした様に笑う。

人間の言いなりになるのは面白くは無い。

まあ、面白くは無いが――。

 

 

『冗談だよ、ハハハ』

 

「やれやれ、相変わらずだな」

 

『確かに。オイラもお前とは長いからな。こう見えて情には弱いのよ』

 

 

と言うのは冗談で。

インキュベーター側もゲームに何かアクセントは欲しいと思っていたところだ。

The・ANSWERのベースは前回のゲーム、故に魔獣も継承者達もそれを踏まえた上での立ち回りを取ってくるかもしれない。

 

それもいいのだが何か物足りない。

前回は前回、今回は今回、それはしっかりと区別はしたいものだ。

フールズゲームと一言にしても、詳しく見ればゲームのルールは大きく違っていたりする輪廻がある。

例えば一人を狙うルールだったり、大きなチーム戦だったり。突き詰めれば殺し合いではあるが、今回もまた前回とは少し違った所を見せたいものだ。

大きなものではなく、小さな物でいいのだが――。

 

 

『でも、一つだけ言っておくよ』

 

「?」

 

 

二匹の目は、夜の闇の中で強い輝きを放っていた。それが何とも不気味な物である。

 

 

『ボク達はインキュベーター』

 

『その目的は、宇宙の延命にある』

 

『それが、崩れる事は無いよ』

 

『そう、オイラ達の本能がそれを望んでいるんだから』

 

「………」

 

 

それが、宇宙の意思だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ッ! 中沢くん」

 

「遅かったな」

 

「え? あ、ああ」

 

 

最低限の明かりしかついていない宿泊所のロビー。

大学から戻ってきた下宮は、そこにあるソファに中沢が座っているのに気がついた。

時計の短い針は2の数字を少し越えている。研究は順調らしく、下宮の血液を分析してそれを元に限りなく近い人工血液を作り出すと。

それを燃料オイルとして、同じく人工の心臓と組み合わせてサイコローグを起動しようと言うのだ。

下宮にできる事はほとんど終わったため、香川は彼に休んでくれと言ってくれたらしい。

 

 

「先生は徹夜だろうね。申し訳ないけど、時間も無い。頑張って欲しい所だ」

 

「………」

 

 

中沢は目を閉じ、苦悶の表情を浮かべる。

 

 

「なあ、下宮」

 

「うん?」

 

「こんな事……、今、話す事じゃないのかもしれない」

 

 

大変な時だ。

しかし、それでも聞いて欲しいことがある。

中沢の言葉。そして真剣な表情を見て、下宮は何となくだが『重さ』に気づいた。

 

 

「いいよ。何? 話して」

 

「……実は」

 

 

中沢は先ほど仁美に打ち明けた事を、全て下宮に話す事にした。

友人とは対等な物、しかし自分は下宮の変化に確かな戸惑いを抱いている。

我侭な話だとは思う、これを打ち明けてもどうしていいか分からないだろうとは思う。

でも、それでもこの抱えているモヤモヤを分かって欲しかったんだ。

 

 

「………」

 

 

下宮は一通り中沢の話しを聞くと、変に表情を変える訳でもなく。

メガネを整えて後ろにあった自販機にもたれかかる様に立った。

何となくではあるが、そういった事を中沢は思っているのではないかと思っていたのは事実だ。

 

 

「仕方ない。突如、信じていた常識や日常が壊れたんだ……」

 

 

ユウリもそれが原因で狂ってしまった部分があった様に感じる。

ならば中沢がその点について闇を抱くのは、ある種当然の事なのかもしれない。

そしてそれは、自分も同じでは?

 

 

「……もちろん、申し訳ないと思ってる」

 

 

半ば、と言うよりほぼ強引に巻き込んだのだから。

 

 

「ただ、どうか分かって欲しい」

 

「下宮……」

 

「僕は、キミ達を友人だと思っているからココに連れて来たんだ」

 

 

そしてゲームの事を、この世界の事を教えたんだ。

友情を示せる絶対的な証拠など、そう簡単にはありはしない。

けれど、下宮はあえてそれを言うのならば、二人をココに連れてきた事。フールズゲームの事を話した点を強調した。

 

しかし問題は、どういう意図があってそれを話したのか? ではないだろうか。

まどかが危惧していた通り、全てを伝えて協力を申し出ると言う事は、それだけ危険な道に足を踏み入れる事にもなる。

そうまでして巻き込んだ理由とは? 中沢はそれが知りたい。

 

 

「いや……!」

 

「ッ?」

 

「いやッ!!」

 

 

違う。

中沢は大きく頭を振った。

違う、違うんだ、ずっと胸に抱えていたモヤモヤの根本は、こんな話しでは解決できない。

中沢は悩んでいた。それを言えば、その答えを聞けば自分はきっと理性を保てなくなる。

 

なぜか? 言いようの無い気持ち悪さと不安。

そして怒りが自身を包むと分かりきっていたからだ。

どれだけ冷静さを保とうと思っても、それを考えるだけで気分が悪くなる。

でも伝えなければならない、それが結果的にお互いのためにもなると思って。

 

 

「教えてくれ下宮ッ!!」

 

「!」

 

 

仁美にも言えなかった事だ。

中沢は友人と言う物を対等な存在だと思っている。

何よりも困っている時には助け合うのが親友だと考えている。

そんな彼がふと思い、抱いた可能性がコレだ。

 

 

「下宮……ッ、俺は――!」

 

「ッ」

 

「俺はッ! 志筑さんは! 前回のゲームでどうなったんだよ!?」

 

「!!」

 

 

鬼気迫る中沢の表情。

そう、彼が気になったのは、この『今』が始まる前の世界で自分がどうなったのか、だ。

それが怖かった、それを想像するだけで吐きそうになる。

それを思ったのはニコの言うワルプルギスの実力を聞いた時だ。

 

見滝原を滅ぼす程の力を持つ魔女がいずれは見滝原にやってくる。

そればかりではなく、この世には自分が知らなかっただけで魔女や使い魔など多くの異形が潜んでいた。

ましてやその中で行われるフールズゲーム。

復活ルールを使うには50人の人を殺すと言う物もあったと言うじゃないか。

 

 

「50人だ、50人だぞ!?」

 

 

さも当然の様に言ってみたが、自分のクラスよりも多い人数がルールの為に殺される。

それを行使した奴は殺した者の名前をどれくらい分かっていたのだろう。

そしてその狂気のルーレットは、少なくない頻度で見滝原を襲っていたはずだ。

 

 

「………」

 

 

沈黙する下宮。

中沢が何を言いたいのか、ここまでくればだいたい分かると言う物。

一瞬言い訳が浮かんだ彼だが、ココまで巻き込んで今更かと。

そして下宮はメガネを一度整えた後にゆっくりと頷いた。

 

 

「本当の事を知りたいのか?」

 

「……ああ」

 

「分かった」

 

 

そして、きっと中沢は答えを知っている。

確証は無い筈だが、彼の様子を見ていれば分かる。

そしてその答えが最悪の物でもあると言う事を。

 

 

「お前は、死んだ」

 

「―――」

 

 

心臓が止まる様な感覚。

中沢は目を見開き、無言で下宮を見ていた。

その言葉が来るのではないかと心のどこかで考えていた。

しかし、いざその言葉を突きつけられるとやはり思考が停止してしまう。

 

 

「いや、君だけじゃない、志筑さんもだ」

 

「ッッ!!」

 

 

中沢が最も危惧していた事が今の言葉だ。

輪廻の中で参加者達は命を賭けて戦い、その中で命を落とした者がほとんどである。

全ての輪廻を通して見れば、むしろ『死んでいない者がいない』と言う最悪の結果ともなっている。

 

それは参加者以外もまた例外ではない。

この戦いには、確かに中沢の様な物も含まれている訳で。

中沢は自分達もまた輪廻の中で何度も何度も死んでいるのでは無いかと。

事実今、下宮の口からそうだと言われた訳だが、それに加えて――

 

 

「お前――ッ!」

 

 

下宮は監視者だ。

文字通り、ゲームを見てきた人間。と言う事はつまり――

 

 

「ずっと、見てたのか……!? 俺が、志筑さんが死ぬ所を!」

 

「ッ、それは……!」

 

 

耳が痛い言葉だ。

下宮は沈黙して目を逸らす。

 

 

「……ああ、そうだ。言う通り、僕は見てきた」

 

「!!」

 

 

これは質問。何かは答えなければならない。

今更隠す事も、はぐらかす事も無意味か。下宮は割り切ることに。

すぐに思い出せる物だ、前回のゲーム、学校が魔女結界に侵食された時に中沢は死んだ。

仁美はリーベエリス内で死んだ。

 

それだけでなく今までのゲームで何度も中沢は、仁美は死んだ。

時に参加者に殺され、時に魔女に食われ。

下宮は、それをしっかりと確認してきた。

 

 

「なんで……! なんで見てるだけなんだよ! どうして助けてくれなかったんだ!!」

 

 

冷静になろうとしていても、中沢は下宮に掴みかかってしまう。

言い方は悪いが下宮は自分達の間近にいながら。人を超えた力を持っていながら。

自分達を見殺しにしてきたと。

 

 

「助けてくれても良かっただろ!?」

 

「………」

 

 

声を震わせる中沢。

参加者に肩入れしてはいけない下宮の立場上分かっているつもりだ。

 

 

「でも、でもせめて俺は、関係ない志筑さんは守ってくれても――ッ!」

 

「………」

 

「ぐっ!」

 

 

ダメだ。自己嫌悪が湧き出てくる。

今の言葉は、参加者は死んでも仕方ないと言う意味だったかもしれない。

いや、いや、中沢は首を振る。そうだ、その通りじゃないか。参加者達は巻き込まれてしまった以上、仕方無いではないか! でも自分達は、自分達くらいは……!

 

まどか達には申し訳ないと思いつつ。

それでも中沢は言い寄るしか無かった。それは中沢が下宮を友人として認めていたが故だ。

友達だったから。友達だと思っていたから。それだけ下宮が自分を見捨てて来た事実が気に入らなかった。頭では分かっているつもりだったが、心が納得できなかった。

 

 

「誰かに加勢する事は僕の力を露呈させる事になり、それが原因で魔獣の存在がバレる可能性がある」

 

 

それは避けなければならない事だった。

だからこそ魔獣にも禁止されていた。バレれば当然処罰は免れない。

だから仕方無かった、いくらハーフと言えども、その最もたる役割は人間の学習。

 

 

「つまり僕達は、お茶の出がらしの程度の価値しかない。魔獣の力を与えられても、奴らに仲間意識と言う思いは欠片とて存在していない」

 

 

邪魔と見なされれば容赦なく死刑だ。

 

 

「それは……ッッ!」

 

 

手を離す中沢。それを言われるとどうにもならない。

弱弱しく下宮から離れる彼は、尚も自分の弱さを改めて感じている。

 

 

(俺は一体何に怒って、何に燻っているんだ?)

 

 

まただ、また迷って『中』途半端。

中沢はソファにへたり込んで大きく息を吐く。

駄目だ、ココで折れたら中途半端なままじゃないか。

混乱したままの心を押し通して、言葉を続ける。

 

 

「上条は? アイツも死んだのか?」

 

「………」

 

 

下宮に迷いは無かった。いずれこうなる事は分かっていた。

むしろ少し遅すぎたと言ってもいいか。

 

 

「上条くんか……」

 

「ッ?」

 

 

下宮は、メガネを整える。

レンズの奥にある瞳は、中沢を睨んでいるようにも見えた。

 

 

「前回のゲームは、彼が君を殺したんだ」

 

「―――」

 

 

え?

中沢は声をあげて文字通り固まった。

上条が、自分を殺した?

 

 

「う、嘘だろ……?」

 

「本当だよ、確認したから」

 

「確認ってッ!」

 

「彼は参加者だ。色々あって、君の首を跳ね飛ばした」

 

「……ぇ」

 

 

心が打ちのめされた。

所詮は人の人生、異形が歩んできた茨の道は少し棘が鋭すぎる。

 

 

「じゃ、じゃあ……、なんだよ……! なんだよそれはッッ!!」

 

 

部外者は自分だけだった?

いやいや、それより上条が自分を殺した?

なんだよソレ、なんなんだよ! 中沢は大きく叫ぶと、髪を掻き毟る。

混乱が酷すぎて脳の処理速度がまったく追いつかない。

 

 

「上条も!? それになんだって俺を殺す必要があるんだよ!」

 

「彼曰く、友情の為らしいよ」

 

「ふざけんなよ!! そんなの……、そんなのッッ!!」

 

 

正直に言えば、悔しさが一番だったのかもしれない。

親友とは対等。しかし上条は才能ある人間だと思っていたし、負けも認めていた。

そこにあったのは尊敬だ。しかしだからと言って、見下されるのとは違う。

殺し殺される関係のどこが友情だ。そしてそれを見ていた、何もせずに傍観していた下宮もまた同じだ。

 

 

「俺達っ、友達だったよなッ!?」

 

 

泣きそうな声で、中沢は再び下宮の襟を掴む。

今は、まったくそう思えなかったんだ。そればかりか上条までもがそうだと言われてしまい、もう中沢にとっては信じる物は無くなってしまう。

親友は下宮と上条だけだと思っていた。けれどもその二は、中沢を完全に見下せる位置に立っている。

 

それが悲しく、悔しく、それが自分の惨めさを引き立たせている様で、ただただ苛立った。

それは誰に対してなのか? 今の中沢にはもう理解できない。

でも抱える感情は自覚できる訳で、それを発散しなければ破裂しそうで……。

 

 

「今の俺にはッ! お前も、上条もッ! そう思えないんだ!!」

 

 

仁美はまどかと言う、かけがえの無い友人の為だから、危険な道に足を踏み込む覚悟を固める事ができた。

しかし今の中沢は仁美と同じ方法では覚悟を固める事が出来そうにも無かった。

 

下宮の為に茨の道を歩む覚悟は固められない。

むしろ今の話で、予想もしていなかった上条と言う最後の砦まで崩される事になろうとは。

不信感は募る一方。自分は今、何のためにココにいるのか。

そうだ、逆を言えば下宮は何のために――ッ!

 

 

「教えろよ! お前はまだ何か狙ってるんだろ?」

 

 

でなければ無力の中沢と仁美をココに連れてくるわけが無い。

香川の話しを聞くにも、必要なのは下宮の力だけで良かった。

だとすれば何故自分達はココにいる?

 

 

「僕は……」

 

 

下宮もなるべく彼らに負担は掛けたくは無かった。

しかし時間はなく、余裕は無い。それに中沢は全てを打ち明けた。

ならば下宮も全てを打ち明けるしかない。

 

 

「―――」

 

 

全てを、話す。

 

 

「……なんだ、ソレ」

 

 

それを聞いて中沢は青ざめ、目を見開く。

 

 

「なんだよそれぇエッッ!!」

 

 

拳を強く握り締め、下宮の前でそれを振り上げる。

つまり、下宮が言う所はこういう事だ。

 

 

「死んでくれないか? そういう、事さ」

 

「ッッ!!」

 

「と言うより、僕は彼女を"殺す"つもりだ」

 

「お前……ッ!」

 

 

中沢は振り上げた拳を、そのまま力無く下ろした。

怒りのままに振り下ろす事も出来たが、友人を――、と言うより人を殴ることに対する恐怖感に苛まれて行動に移す事はできなかった。

それに根本。やはり下宮を殴った所で効果は無いのではないのか。

むしろ怒りを買えば、簡単に返り討ちにされる。そんな馬鹿な事が頭に過ぎってしまったのかもしれない。

 

 

「………」

 

 

力なく再び崩れ落ちる中沢を見て、下宮は複雑な表情でメガネを整える。

 

 

「分かって欲しい。僕は本当に中沢くん……、キミを親友だと思っている」

 

「どの口でそんな事が言えるんだよ!!」

 

 

中沢は頭を抑えてそう叫んだ。

下宮を友人と思いたい、思いたいが、事実がそれを否定する。

真実が、今が、リアルがそれを拒絶する。下宮は人を超えた存在へと昇華し、それを自覚している。

 

麻痺している筈だろう? 中沢は強く思う。

殺し合いの中にて生き残る為に黙認を続けてきた事。

監視者の立場を守ってきた事は、責める事はできない。

けれども、その立場にいながら、『友人』だと口にするのはもう色々と遅すぎる気がするのだ。

歯車は狂ってしまった。元通りには噛み合わない。

 

 

「………」

 

 

その想いを聞いた下宮は、表情を変える訳でもなく、ただいつもの様にメガネを整えるだけだった。

先ほどからズレている訳でもないのにメガネを触る。

ふと気がつけばメガネをつけていた事を忘れそうになるからだ。目が悪かった人間、下宮はもういないのだから。

 

 

(彼の言うとおりか……?)

 

 

ハーフとは言いながらも、魔獣となりゲームを監視してきた。

その事実が、自分たちの間に壁を作った。

見下す者と見下される者。その図式の間に友情は生まれはしない。

そしてそれは上条にも言える事だ。中沢の親友はもういなくなった。

だから彼は苛立ち、叫んでいる。追いつけなかった者と、先に行ってしまった者達への嫌悪を込めて。

 

 

「でもやっぱり違う。中沢くんは、勘違いをしている」

 

「え?」

 

「魔獣になった瞬間、視力が回復した」

 

 

確かに、人を超えた力を手にした事は事実かもしれない。

しかしそれがイコールで人よりも上の存在なのかと聞かれれば、下宮は首を傾げるだろう。

人を超えたのは所詮、『力』のみだ。

 

 

「でも、僕はメガネを取れなかった」

 

「何を、言って……」

 

「まあ、聞いてよ」

 

 

メガネを取った自分は、自分じゃないような気がした。

ずっと鏡で見てきた顔じゃなくなる。

それに自分の視力が戻った理由を考えれば……、それを否定したかった。

考えてもみて欲しい。それは自分が人でなくなった証拠を突きつけられている様な物ではないか。

 

 

「変わったのは視力だけじゃない、感覚にも変化があった」

 

「かん……かく?」

 

「ああ、聴覚はそれほど変わらないけど……」

 

 

一つ、味覚が大きく変わったと言う。

 

 

「何を食べても、味がしなくなった」

 

「え……!」

 

「今でも、忘れそうになる。甘いとは何か、苦いとは何か」

 

 

蓄えられた知識を思い出しながら食べる食事に何の意味があろうか?

人は食べなければ死ぬ。ではもしも食料が枯渇したのなら、その行動も大きく制限されるはずだ。

さらに人間の構造では食料を口から摂取する際の時間、及び排泄を行う不具合が存在する。

ハッキリ言えば面倒だ。故に魔獣はその機能を一切排除したのだ。食に対する意味を無くす。

 

 

「食欲は一切湧かないし、食べても排泄を行う事もなくなった」

 

「でも、お前――ッ! ファミレスで……!」

 

「ああ、まあ僕達はあくまでもハーフ。一番中途半端な時期なのさ」

 

 

食えば一応栄養は吸収できると。それに食べたほうが人らしいから。

だが味覚は同じくして消滅した。そしてもう一方で睡眠を取らなくても良い体になった。

眠くなると言う感覚が訪れず。人によっては羨ましい体にはなったのかもしれないが、少なくとも人から逸脱していく感覚が嫌でも刻まれている。

 

 

「キミは僕が人を超越した存在だと思ってるが。それは違う」

 

 

その一番の原因といえばハーフ故の栄養問題、つまりは延命の処置だった。

先ほど味覚を失ったと言ったが、魔獣には『食事』を楽しむ感覚も備えられている。

ただし、その食材とは人間が口にする物ではないのだが。

 

 

「人の負の感情さ」

 

「……ッ」

 

 

魔獣にとって人の負を吸収する事は、人が覚える全ての快楽に通ずる物がある。

食事もまた同じだ。誰かが発生させる負を取り込む事で、魔獣は悦に浸る事ができる。

それはハーフもまた例外ではない。中途半端に人の体を持っているが故の苦悩とでも言えばいいか。

 

 

「気を抜けば、我を少しでも忘れれば、僕もアイツ等と同じになりそうだ」

 

 

負を取り込んでしまいそうになる。

誰かが悲しむ事を、素晴らしい事だと考えそうになる。

それが魔獣としての本能。人間が悲しみ苦しみ、絶望する事を祈る様にもなってしまいそうだと。

 

 

「僕は人よりも遥かに劣っている。劣悪品さ」

 

「それは……!」

 

「勝っている点があるとすれば、それは人を殺す、傷つける技能についてだけだ」

 

 

違うんだよそんなの。

下宮は大きなため息をついて首を振る。

多くの死を見て来た、多くの者達を欺き全てを見て来たつもりだった。

その苦しみ、その悲しみ、決して喜んでいいものではない。

それを下宮は『人の心』で、ずっと思ってきたんだ。

 

 

「だから城戸真司につく事を決めた」

 

「………」

 

「僕が、最期まで(ヒト)である為に……!」

 

 

中沢はどうしていいか分からないと言った表情で下宮を見ている。

怒りはある、不和の思いはある。しかし自分は彼の苦しみを全く理解する事ができない。

それを思えば、何も言えなくなる。

 

下宮は中沢よりも遥かに大きな闇を抱えてきた筈だ。

それこそ偉そうな事を言えない程の。とは言え、自分が抱える思いも無視できない。

中沢はまたも『中間』と言う狭間で燻っていた。

 

 

「中沢くん、信じてくれ――ッ!」

 

「ッ! な、なにを?」

 

「僕はキミの事を、上条くんの事を、本当に友人だとッ、心から思っている!」

 

 

だが結果として、裏切り続けるしか生きる道が無かったんだ。

それを許してくれとは言えないのは分かっている。それでもどうか分かって欲しいんだと。

そして繰り返してきた身だからこそ、見て来た景色もある。

 

 

「参加者も、キミ達も! みんな成し遂げたい物を叶えられず死んでいったッ!」

 

 

誰もが己の満足する答えを出せず、願いを叶えられずに絶望して行く。

たとえ願いが叶ったとしても、そんな物は刹那的な幻想にしか過ぎない。

彼らの想いは本物だったとしても、歪んだ歯車の上に成り立つ舞台に入れば、全てが偽りになってしまう。

無念だったろう。いや、それすらも忘れ去られる。

 

 

「僕はキミ達と何度も何度も過ごしッ、そして終わりを見てきた!!」

 

 

助けたかったに決まっている。

しかし、それは叶わずに死んで行く皆を見る事しかできない。

その内に何も感じなくなってしまうのではないかと恐怖した時だってある。

だがそうならなかったのは、それだけ強い想いがあったからだ。

 

 

「僕はキミ達の最期を何度も見て、同時に最期の言葉を何度も聞いた!」

 

 

成し遂げられなかった未練を腐るほど見て来た。

そしてそこに差は無い。参加者が語る強い思いと、中沢たちが語った想いに差はあるのだろうか?

たまたま力を得た者と、得なかった者。しかしその根本は同じヒトにあると何度も言われてきた。

繰り返すのだから、仁美はまどかを一度も助ける事は出来なかった。中沢は何かを守れる男にはなれなかった。

 

 

「全員が生き残るという事は、皆が幸せになる事ではないのかもしれない」

 

 

けれど、それでも、死んで終わるより、絶望したままで終わるよりは素晴らしい未来が訪れると信じたいじゃないか。

そしてそのチャンスに挑む事ができるのは。その未来を掴む為に戦うのは。

 

 

「参加者だけでいいのか?」

 

 

参加者と中沢達の違いは、ただ人を傷つける力があるかどうかなのに。

 

 

「僕はキミ達を特別な存在だと思っている!」

 

 

だからこそ、この数多存在するモブキャラクターの中で彼らに目をつけた。

それは下宮がこのまま終わって欲しくなかったからだ。

もちろんそれは『今の』二人と言うよりは、『今まで』の二人と言う意味で。

 

 

「戦わなければ生き残れない」

 

「え……? 何を突然?」

 

 

下宮は戸惑う中沢を真剣な表情で、睨む様に見つめる。

戦わなければ生き残れない。それは繰り返される戦いの中で誰かが言った言葉だ。

もう誰が始まりなのかは分からないが、不思議な事に多くの参加者がゲームの中で口にしてきた。

もしくは心の中に抱いた言葉であろう。それは参加者だけに言える言葉なのか?

下宮はずっとそれを考えてきた。

 

 

「分かったよ。それは僕達にも言える事なのだと――ッ!」

 

 

もしかしたらずっと前から目を逸らしていたのかも知れない。

だからこそ、それを目の前にした今を無駄にはできない。

無駄にはしたく無いんだと。たとえ罪を覚えても、たとえ悲しみを背負う事になったとしても分かってもらいたい。

 

 

「中沢……。お前は自分が嫌いなんじゃないのか?」

 

「ッッ」

 

 

ピタリと自分の想いが打ち当てられた様で、中沢は息を呑む。

それは今までを見てきた下宮だからこそ言える言葉である。

彼は中途半端な自分が嫌だと何度も言った、それを自分は何度も聞いたんだ!

 

 

「だが君は、ヒーローになる資格がある!」

 

「な……ッ!」

 

 

殺されるだけの脇役じゃなく、物語にいてもいなくても差し支えないモブでもない。

物語を動かせるだけの力と存在があるのだと信じるべきだ。

下宮は中沢の肩を掴んで強く目を見る。

 

 

「自分の人生だ。誰かを引き立たせる役目ではなく、自分の人生を力強く生きるべきなんだ」

 

 

それが、人に等しく与えられた権利ではないのか!?

 

 

「キミが今までの輪廻の中で叶えられなかった想いを、燻っていた迷いの決着を今ッ、この世界でつけるんだ!」

 

「俺は……、俺は!!」

 

 

中沢は下宮の手を振り払い、頭を掻き毟る。

分からない、分かれない、割り切れない。

苦しそうに唸り、今も尚、自己を取り巻くモヤモヤと苛立ちを払拭できずに苦痛を覚える。

 

 

「決断してくれ中沢くん! それが僕の望みなんだ!」

 

「俺は……! そんなに簡単に決められないよ!」

 

 

そんなに強くはないんだ。そんなに強くはなれないんだ。

中沢はそう言って下宮に背を向ける。確かに数え切れない輪廻はあったのかもしれない。

けれど今の自分にとって、現実は今ここにある一つだけだ。

そしてそれまで積み重ねられてきた自分の亡骸を思えば、思考を停止して全ての物事から逃げ出したい。

 

考えれば考えるほどに苦しくなる。

下宮の事、上条の事、魔法少女や騎士の事、そして魔獣の事。

知れば知るほどに嫌になりそうな事ばかりだ。これ以上下宮の話を聞けば、もっと苦しくなりそうで辛かった。

 

 

「ごめん……! 部屋に、戻る」

 

「中沢くん――ッ!」

 

「いろいろ、考えたいしさ……」

 

「ッ、ああ」

 

 

トボトボと力なく部屋に戻っていく中沢を見て、下宮は切なげに首を振った。

小巻の事といい、中々うまくはいかない物だ。想像しているよりもずっと現実は厳しかったと言う訳なのか。

そんな事を、最も現実離れした下宮が言うのだから皮肉な物だ。

彼は大きくため息をつきながらそんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そっちはどう? 仁美ちゃん』

 

「ええ、まあ……、順調ですわ」

 

 

中沢が下宮と話す少し前、仁美はまどかと携帯電話で会話を行っていた。

仁美は両親に、今日はまどかと一緒にサキの家に泊まると伝えており、サキにも口裏を合わせてもらうようにお願いしておいた。

サキは訳ありだと告げると特に詮索をしないでくれたが、何かあったらサキに申し訳ないと罪悪感は覚えてしまう。

 

 

「なんだか、眠れなくて」

 

『うん、わたしもなんだ』

 

 

まどかは語る。

このまま寝てしまい、次に起きたら、実はこの今が夢なのでは無いか――、そんな風に思ってしまう。

今までが今までだ。不安になるなと言う方が難しいのだろう。

 

それを聞いて表情を歪ませる仁美。

まどかの苦しみを理解してあげたいとは思うのだが、なにぶんメモリーベントは参加者にしか効果が無い。

まどかの負担を一緒に背負ってあげられないのは、仁美としても辛いところだった。

 

仁美は中沢に話した事をまどかにも全て話した。

ずっと行動を一緒にしてきたが、心はどこか一定の距離で留まったままだったのかもしれない。

けれど今、二人はそのラインを超えてより一層絆を深めた。

とは言えそれはそれ、これはこれと言う問題もある訳で……。

 

 

「中沢くんも苦しんでるみたいでしたわ……」

 

『そっか……、悪い事しちゃったかな』

 

「いえ、私がそうだった様に、彼もきっと知ったからこそ辿りつける答えがある筈ですの」

 

 

それを中沢が見つけられるかどうかは、中沢にしか分からない事だ。

 

 

「とにかくっ! 必ずまどかさんの助けになる様に頑張りますわ!」

 

『うんっ! ありがとう仁美ちゃん!』

 

 

迷っていても、悩んでいても仕方無い。

とにかく下宮が自分達を呼んだのには、何か必ず理由がある筈。仁美もそれは分かっている。

ならば自分らしく、まどかの助けが出来る様にがんばるだけだ。

仁美はそう心に誓い、まどかに別れを切り出す。

 

 

『うん、おやすみ仁美ちゃん』

 

 

またね、二人はそれを言い合って電話を終わらせた。

そこにあったのは迷いや不安、けれどもそれよりも遥かに大きな希望と絆の光と言う物であった。

そう、光。眩い輝きを放つ最高の希望。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、その対になる絶望もまた、鼓動を放っていた。

真っ暗な世界の中で、濁った明かりが点々とその空間を照らしている。

負の空気とでも言えばいいのか、瘴気と呼ばれるマイナスエネルギーが満ち満ちた大ホール。

 

星の骸。

歪に狂った(セカイ)の狭間で、大きな闇が確かに蠢いていた。

少し前に無礼な男が荒らした下層も今は元通り。

とは言え、そこで煩く賭け事に熱中していた『ゲスト』達はもういない。

代わりにそこにいるのは『クララドールズ』達と、『色つき』と呼ばれる中級の魔獣たちだ。

そしてホール中層から上には、より大きな悪意と絶望の気配が存在していた。

 

 

「下宮はどうした?」

 

「それが、単独行動がしたいと……」

 

「はッ、随分と調子に乗っているなあの雑魚は」

 

 

星の骸では魔獣達が集まりゲーム盤の世界を観察していた。

とは言え、彼らもまた参加者である事には変わりない。

以前のように参加者の様子を詳しく見る事もできないし、文字通り漠然とした夜景を見るだけである。

 

偵察要因は魔獣として数えられない小巻と下宮のみ。

二人からの情報と過去の流れが、魔獣にとって主な情報源と言う訳だった。

その一人である下宮が姿を消す。これは魔獣にとっては面白くない事だ。

特に二人を見下している面が強い蝉堂は、髪をかきあげながら小巻を強く睨みつける。

 

 

「彼は以前から少し……、魔獣(わたしたち)に対する忠誠心が薄い様に感じていました」

 

 

場合によってはもう処分する方向でいいでしょう。

そう言ってニッコリと微笑むシルヴィス。

当たり前の様に、それも笑顔でそれを言い放つ彼女に、小巻は底知れぬ恐怖を感じて唇を震わせる。

 

 

「くはは、それは良い! だったら奴の処分は僕がやろう」

 

 

椅子にふんぞり返り笑う蝉堂。

この場に人間の物差しで計れる思考などは存在していない。

邪魔なら、いならないのなら殺す。何故か? それが自分よりも劣っている下等な存在だと思っているからだ。

使えなくなった道具は捨てる、それが道理と言う物だろう?

 

 

「だがまずは香川英行の殺害が先だ」

 

 

腕を後ろに組み、仁王立ちのイグゼシブ。

彼の言葉と共にホールに存在する巨大なモニターには清明院の写真と、香川英行の写真が映し出される。

 

 

「左様。我々にとってアレは危険因子ともなる存在やもしれぬ」

 

 

腕を組み壁にもたれかかっているのは明らかに忍者と言う風貌の男だった。

過去の日本を題材にしたファンタジーによく登場する現代に不釣合いな存在、それもまた魔獣が一人『()()(マン)銅鑼(ドラ)』である。

ギアが士郎から受け取ったデータには無かった。イレギュラーの存在の一つである、香川英行。

魔獣にとってそれは不必要な物、余計な事をされる前に始末しなければ。

 

今までは彼の動きに興味があり、しばらくは泳がせていたが、今回はもう十分だ。

アシナガの見滝原観察も終わった事だし。

魔獣は自由に動くことができる。

 

 

「ハッ! 何ビビッてんだよ。あんなオッサン一人殺すのなんざ余裕だろうが!」

 

 

壁に掛かる装飾品の上に座り込み、タバコを吹かしているバンダナの女が笑う。

オレンジと黄色の中間のロングヘアで、パンクファッションに身を包んでいる。

"アルケニー"と言う魔獣だ。彼女の言葉に頷く魔獣達。そんな彼らの前に、ゲーム運営を引きついだキュゥべえが舞い降りる。

 

 

『おやおや、随分と酷い顔だね』

 

 

キュゥべえが星の骸へと姿を見せた瞬間、魔獣たちの表情が鬼気迫る物へと変わる。

バズビーに至っては弓を構えてキュゥべえの眉間を撃ち抜きそうになった程。

とは言え、彼を殺しても意味は無い。それが分かっていたためにバズビーはキュゥべえに聞こえる程の舌打ちを行うだけだった。

当然そんな嫌味も、キュゥべえにまともに伝わる訳も無く。彼は淡々と自分の仕事を行うだけ。

 

 

『さあ、じゃあ次の参加人数を発表するよ』

 

 

要するにゲーム盤に降り立つ事を許される――、と言うより降りなければならない人数である。

魔獣にとっては重要なポイントではあるが、キュゥべえは淡々と発表を行った。

 

 

『一人、だね』

 

 

まだゲームは始まっていないし、こんな物だろうと。

 

 

『参加開始時間は午前8時から午後11時までだよ。その間に過剰殺人を犯すと制限時間のシステムが起動するから考えて人を傷つけてね』

 

 

じゃあ、頑張って。

それだけを言い残すとキュゥべえは一瞬で魔獣たちの前から姿を消した。

相変わらず腹が立つ。魔獣にとっては、もはや参加者と同じレベルの殺意をインキュベーター達にも抱いている訳だ。

 

今回のゲームで魔獣たちの勝利条件は、参加者の全滅。

そして何よりも城戸真司の目的を妨害する事にあった。

魔獣がゲームに勝利すれば、インキュベーターは彼らにも報酬を与えると約束している。

それが本当かどうかはともかくとして、ゲームのルールから解放されたのならば次のターゲットはインキュベーターである。

 

 

「奴らを始末し、そして完全に宇宙を絶望で染め上げる」

 

 

地球だけではない。

もはや宇宙を含めた『全て』が、絶望に染まり、魔獣の玩具となる。

想像しただけで気分が高揚してくる話しではないか。

 

それはさておきだ。魔獣の空気が再び変わる。

今日この日、香川を始末する役目を誰が請け負うか。

魔獣もまた個々の自我が存在し、人で言う所の性格がある。

だが全ての共通している点があるとするのならば、それは非常にプライドが高いと言う点だ。

 

そう言った彼らがゲームのルールに縛られ、他の魔獣が安全な場所にいる中でゲーム盤に降り立つと言う事は、見下されている様に感じてしまう訳で気が進まない。

人間で言うなれば使い走りにさせられている感覚とでも言えばいいのか。

 

 

「はい、ワタクシが行きますわ」

 

「「「!」」」

 

 

その中で、一人の女が手を上げた。

カツンカツンとヒールの音を鳴らして、魔獣の中から姿を見せる。

白と茶色が目立つ西洋貴族のドレスに身を包み、頭には花の飾りがついた大きな帽子を被っている。

最もたる特徴と言えば、顔が異常な程に白く、代わりに茶色の口紅が怪しさを引き立てていた。

そして顔の上半分を布で覆い隠しており、その中心には蜘蛛の巣を模した紋章が刻まれていた。

同じく蜘蛛の巣をイメージした大きな傘を構えて、その女、『ミス・シュピンネ』は、モニターを見つめる。

 

 

「よろしいのですか? シュピンネ様」

 

 

バズビーが訝しげに問いかける。

するとシュピンネは手で口を隠しながら、クスクスと笑みを漏らす。

確かに最初に使われる様な感覚は屈辱かもしれない。しかしそれにも勝る行為を行えるのだから構わないと。

 

 

「久しぶりに、人を殺したくなりましたのよ。ホホホ」

 

 

見ているのも良かったが、やはり体感してみたくなる。

人を傷つける感覚、命を奪う感覚、想像しただけで涎が出てくると。

早く血がみたい、早く臓物を引きずり出して啜りたい物だ。

 

 

「オホホっ!」

 

 

そして恐怖に引きつった表情を拝みたい。

 

 

「ホホほホほほホほホホホほホホほほほほホホ!!」

 

 

歪な笑い声が星の骸に木霊していた。

その中でビキビキビキと彼女のシルエットが歪に変形していく。

モニターに映る影は、やはり人とはかけ離れている姿であった。それを見て下層のクララドールズ達がケラケラと笑う。

 

不協和音のシンフォニーは常人が聞けばそれだけで精神に異常をきたす物。

とは言え魔獣にとっては心地の良い音だった。

その中でいつまでも小巻は苦しそうに表情を歪めながら、下を向いていた。

 

 

 

 

 







中沢くんの下の名前はオリジナルです。

この時はまだ、『昴』と言う単語があんな風に出てくるなんて知る由も無かった……
(´・ω・)
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