仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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第73話 ど真ん中ストレート

 

 

 

 

「がーッ! 殺してぇ! めちゃくちゃムカツクぅぅ!」

 

「言葉遣いが汚いぞ。女の子だろお前は」

 

「はい性差別ーッ! ああクソっ! 思い出しただけでも殺意マックスだ! 本当ッ、全員ッッ、死ねッッッ!!」

 

 

ユウリは頭を掻き毟り、血走った目でギロリとパートナーを睨みつける。

つい先ほど榊原と共に参加者の一組の居場所を調べ、訪ねた所だった。

榊原は戦いを止める為の忠告。ユウリとしては殺害対象のリサーチのつもりだったが……。

 

 

『協力? そんなモンしなくてもおれ強いからさ。何があってもソロプレイで十分だっての』

 

『うふ♪ それに魔獣とか意味分かんなーい。淳くぅん、この人達もしかして頭の中にお花畑でもあるのかなぁ?』

 

 

これである。

この前も高見沢とか言うおっさんに馬鹿にされ、浅倉だの杏子だのにはコケにされ。

榊原は涼しい顔だが、魔法少女と騎士の皆殺しを企むユウリには、かなり屈辱的な事だったろう。

たまらず銃を抜こうとしたが、その前にドラグブラッカーに咥えられて引っ込まさせられた。

 

 

「アァ、クソ! だいたいお前も分かっただろう!? 協力なんて出来る訳がない! あんな連中!」

 

「できるさ。今は無理でも、必ず言葉を交わし続ければ」

 

「無理だな! 無理無理! まずこのユウリ様が無理だからッ!」

 

「成し遂げてみせるさ。今もきっとどこかで頑張っている参加者が居る筈だ」

 

「……理解できないね」

 

 

訳分かんねぇ。

ユウリは首を振ってお手上げと言う風に両手を挙げた。

参加者同士の協力の道は、まだまだ遠そうである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

その、どこかで頑張っている人達の様子を見てみよう。

宿泊所のロビーで中沢たち三人は朝食を取っていた。

メニューは下宮が近くのコンビニで適当に買ってきたパンだ。

中沢の隣には仁美。中沢の前には下宮。当の中沢自身は沈んだ表情でうつむいていた。

どうやら昨日はほとんど眠れなかった。内容が内容なだけにと言えばいいのか。

 

 

「「「………」」」

 

 

顔を合わせてからほとんど無言の三人。

気まずい空気だ。仁美は少し作った様な笑顔を浮かべて口を開く。

 

 

「今日は、いい天気ですわね」

 

「そうだね」

 

「「………」」

 

 

会話が途切れる。またしばらく無言である。

 

 

「研究はどうですか?」

 

「うん、今日には終わりそうだよ」

 

「「………」」

 

 

またも無言である。

仁美はしきりに会話を探すが、中沢と下宮の雰囲気が明らかに昨日と変わっている。

特に中沢だ。昨日はしきりに話し掛けてきてくれたのに、今日は全然である。

下宮も下宮で、気を遣って話しかけてくれればいいのに、それもせず。

返事も単調で終わってしまう。

 

 

「じゃあ僕、先に行くから。二人はゆっくり食べてて」

 

「――ッ、はい」

 

「………」

 

 

下宮は立ち上がりメガネを整える。

仁美はちゃんと見送るが、中沢は少しだけ視線を移しただけだった。

胸に引っかかる物を感じながらも、特に何かができる事は思い浮かばず。

仁美は下宮が出て行くのを見ているだけだった。

 

 

「………」

 

 

宿泊所を出た下宮は、持っていた食べかけのパンを自販機横のゴミ箱へ捨てるために足を進めた。

しかし寸での所で立ち止まる。食べることは無意味ではあるが、食べなければ栄養は摂取されない。

ハーフである下宮が生き延びるためにはしっかりと栄養を摂取しなければならないのだ。

通常の食事を拒むなら、人が発生させる負のエネルギーを得るしかない。

それは人を放棄するも同然だ。それに何より小巻との会話が思い出される。

 

 

(僕は既に諦めている? そんな馬鹿な……)

 

 

下宮は味のしないパンを無理やりに口に含み、香川の元へと走るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「下宮君と、何かありましたか?」

 

「う、うん」

 

 

弱弱しく呟く中沢。

迷ったが、仁美には全てを話す事にした。

そう、文字通り『全て』だ。仁美が過去の時間軸で死んでいた事。そして自分もまた死んだ事。

あとは上条が関わっていた事。そしてそれらを自分は未だに受け入れられていない事。

 

 

「そうですか……。本当に難しい、ですわね」

 

「もう分からないんだ! 俺が何者なのかも、全部知った上で何をすればいいのかも全部ッ!」

 

 

自分は死んでいた。だったら今ココにいる自分は何なんだ。

それに上条に殺された事。下宮に黙って殺される所を見られていた事。

仕方ないとは思えど、それらを知った上で、いつもどおりに過ごすなんてできる訳が無い。

 

 

「志筑さんはまだ良いよ。鹿目さん達が志筑さんを襲うなんて事は無かっただろうし! で、でも俺は――ッ!」

 

「………」

 

「あッ! ご、ごめん志筑さん……! 当たってる訳じゃないんだ」

 

「ええ、分かってますわ。気にしていませんから」

 

 

でも少し複雑だと、仁美は少し寂しそうに笑ってみせる。

 

 

「え……?」

 

「これは、中沢くんだけに教える私の秘密ですわ」

 

 

仁美は人差し指を唇に当てると、少し悪戯に笑ってみせる。

その表情にドキリとする中沢ではあったが、やはり前の様な胸の高鳴りを覚えることはできなかった。

そしてその内容も、彼にとっては重いものとなる。

 

 

「私、上条くんが初恋のお相手でしたのよ?」

 

「ッ!!」

 

 

グッと心臓を力強く掴まれたような感覚だった。

心臓の鼓動は嫌なリズムを刻みながらドクドクと強く波打っている。

まただ、また真実を知れば心が傷ついていく。

 

中沢は上辺だけの笑みを浮かべながら、今にも心を突き破って暴れだしそうな不快感を抑え込んだ。とは言え、やはりそうなのかと言う感想もあった。

上条には自分よりも……、と言うより、そこ等辺にいる同年代の男よりも品が、才能がある。

 

恵まれた容姿も、豊かな環境も。

中沢だって時に憧れ、時に嫉妬し、けれども最終的には勝てないと確信を持ったじゃないか。

だから納得せざるを得ない。けれどもやはり今それを目の前にすると、激しい負の感情が湧き上がるのが分かった。

 

それは上条への嫉妬心。

自分の命を奪った男が、想い人の心まで奪おうだなんて。

だがその最もたる理由と言えば、それを言われたならば『仕方ない』と考えをシフトしている自分への嫌悪だ。

 

 

(何がしたいんだ。何に踊らされているんだ俺は……)

 

 

違う、違うんだ、俺は本当に彼女の事が――……。

 

 

「そ、それは……ッ、今も?」

 

 

初めてだった。

上条だから仕方ないと折れなかったのは。

そうすると仁美はニコリと、その微笑を中沢だけに向ける。

 

 

「いいえ。昔の話ですわ。もう今は……、全然そういう気持ちはありませんの」

 

「え? ど、どうして?」

 

「ええっと、どうしてでしょうか?」

 

「???」

 

「私もハッキリと覚えているわけじゃありませんの」

 

 

だって――、仁美は視線を上に向ける。

それは何かを思い出す時に、人がよく行う仕草であった。

 

 

「それは、遠い遠い過去のお話ですもの」

 

「それって――」

 

 

頷く仁美。

時々、夢を見ていた。

それは上条に好意を抱く夢だったり。それはまどかを庇って斧を身に受ける夢だったり。

所詮は夜が見せる幻想だとずっと思っていた。けれども、全てを知った今ならば何となくではあるが理解できると言う物。

あれは幻想なのではなく、『過去』を無意識の内に思い出していたのだと。

しかして、それはあくまでも過去だ。違う時間軸なのだ。

所詮は過ぎ去った時の話でしかない。

 

 

「かつては上条くんを見れば、この胸も高鳴ったのでしょうけど……」

 

 

今はもう違う。

その一番の理由と言えば、やはり友情だろう。

 

 

「上条くんの隣にいるのは、やっぱりさやかさんじゃないと」

 

 

彼女が泣いていた夢を見た事もある。

だから、今はむしろ都合がいいのだと仁美は笑っていた。

しかし中沢にはそれは引っかかる話しだ。

親友の為に自分の想いを抑える事ができるのか?

 

 

「それで、志筑さんは納得できるの……?」

 

「ええ、もちろん」

 

 

だって過去は過去だもの。

確かに歪な輪廻の中で狂った記憶なのかもしれない。

けれども現実は現実。繰り返された輪廻はそれだけの時間ともなる。

 

 

「確かに過去の時間軸、私は死んだのかもしれませんわ。でも今は生きている。それが全てじゃないのでしょうか……」

 

 

ゲームは歪だが、その全ての輪廻は真実であり、今もまた同じ。

 

 

「私は志筑仁美。どれだけ時間が繰り返されようとも、それが狂うことはありませんもの」

 

 

死は終わりではなかった、それだけだと。

 

 

「それに、上条くんには申し訳ないですけど……」

 

 

絶対に内緒にしてくださいねと、仁美は念を押す。

 

 

「私、彼に夢を見すぎていたのかも」

 

「え?」

 

 

上条の家は裕福だ、それに彼には余裕がある様に見えた。

だから彼は自分を称号ではなく、一人の人間として見てくれると。

だけれどよくよく考えてみれば別に裕福な家庭に生まれた人間でも見栄をはる事はあるし、そうでない人間でも自分を自分として見てくれる人はきっといる筈だから。

 

 

「もちろん上条くんは素敵な人ですわ」

 

 

才能もあるし、優しいし、気品もある。

けれど一つ、大きなマイナス部分があったのだと、仁美はまた悪戯な笑みを中沢へ向ける。

その表情がなんとも言えない程に美しくて、中沢は思わず喉を鳴らしてしまった。

 

 

「私はフェアな勝負だと思っていました」

 

 

中沢には何の事かは分からないだろう。

仁美だってあくまでも夢の話をしているだけなのだから。けれど鮮明に覚えている事がある。

『彼女』にはチャンスを、対等な条件を与えた筈だった。けれどもそれは対等でも何でも無かった。魔法少女の話を聞けば、それは分かる事だ。

 

 

「私、まどかさんとさやかさんとは、ずっとお友達でいたいんです」

 

 

でも、どうしても上条に想いを伝えると、その関係はこじれてしまう様な気がする。

そんな景色を何度も夢に視た。だから思うのだ、友情を破棄してまで上条と結ばれたいのかと言われれば――?

 

 

「フフ。私、そこまで悪女にはなれませんわ」

 

 

確かに上条への想いは本物だったのかもしれないが、ソレを勝るのは、まどか達との友情だ。

それを壊す選択は取れなかった。それは過去の出来事、今の仁美は上条を見ても何も感じない。

きっとそれは積み重なった時間が変えた心なのだろう。

過去、彼に憧れていた自分には申し訳ないし、上条にも申し訳ないがそういう事だと。

これもまた何かの運命。この時間軸に至った自分の心変わり。

 

 

「だから、もう……、フフ」

 

「そ、そうなんだ」

 

 

安堵のため息を漏らす中沢。

とりあえずはまだ、自分にもチャンスはあると言う事が分かっただけマシだ。

ただそれを聞いて、今この場で告白とはいけないのが中沢の弱いところだが。

 

そもそも今、そんな気分にはなれないというのもある。

打ちひしがれたように、大きな喪失感は変わらない。

それを抱きながら中沢は自分に話しかけてくれる仁美の話をぼんやりと聞いていた。

頭の中にリピートしているのは仁美の声ではなく、夜に下宮に言われた言葉だ。

それが原因で、相変わらず心が引き裂かれそうになる。

 

それはきっと、また自分は『中』間地点で燻っているからだろう。

仁美には全てを打ち明けたと言った。しかしそれは嘘だ、一番大切な、下宮が何を狙っているのかは彼女に打ち明けてはいない。

煮え切らないんだ、なにもかも。

 

 

「………」

 

 

いっそ全てを話して、彼女を連れてココから逃げ出してしまえば――。

 

 

「あの、志筑さん――」

 

「はい?」

 

「え、ええっと……」

 

 

拳を握りしめる中沢。

言葉が、呼吸が詰まる。覚えるのは躊躇、自分が迷っているのは下宮への想いからか。

彼の言った言葉が次々と脳裏に過ぎる。

 

下宮は自分を友人だと言った。

それを受け入れたいと思う心と、その先に待っている現実から逸脱した世界への戸惑いが、中沢を引き裂こうとするんだ。

 

 

「ごめん」

 

「……いえ、構いませんわ」

 

 

結局、中沢は下宮の狙いを仁美には伝えられなかった。

仁美が自分の淡い恋心よりも友情を選んだのと同じ理由だろうか?

それさえも分からず、けれども漠然とした思いはあって。

とにかくと中沢は俯くしか出来なかった。

仁美も仁美で、そんな中沢の心情が理解できたのか、特に追及すると言う事は無かった。

 

 

「いい、天気ですわね」

 

「うん。晴れて……、良かった」

 

 

上辺だけの会話かもしれないが、何かを話せるだけまだ中沢にはありがたかった。

そして、ちょうどそんな事を思った時だ。

 

 

「ッッ!!」「!!」

 

 

何か悲鳴の様な物が聞こえた気がする。

二人が同時に顔を見合わせたのだから、それは幻聴などではない筈。

そして同じく清明院の研究室、そこにいる下宮が汗を浮かべながら香川とアイコンタクトを。

 

 

「来た……!」

 

「分かりました。急ぎます」

 

 

頷く下宮。彼は香川に別れを告げると、大きく息を吸って走り出した。

久しぶりだ、いつ以来だろう? これほどまでに恐怖したのは。

人は怯えた時にどう言う表情を浮かべるんだっけ? 下宮は取り合えず引きつった笑みを浮かべながら悲鳴が聞こえた方向へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

悲鳴が聞こえる僅か前、大学の前にいた警備員が不振な女性を発見する。

と言うのも、見るからにおかしな格好をした女が前から歩いてきたからだ。

それは警備員でなくとも、誰もが振り返り。たまたま大学に来ていた者達は、離れた所から携帯で写真を撮っている始末。

今日は日曜、大学にいる人間は少ない。

故に全ての注目を、女は一身に集めている。

 

そのおかしさ。異質さの最もたる所と言えば、やはり『見た目』であろう。

この現代に不釣合いな西洋のドレス、大きな帽子や変わったデザインの日傘も目を引くものだ。

大学に奇抜なファッションでやってくる者は珍しくは無い。

しかしいくらなんでもレベルが違うと言うか。戸惑った警備員は迷わず彼女に声を掛ける事に。

 

 

「う……っ」

 

 

近づいて見て分かる。明らかにおかしい。

顔の上半分を布で覆っていたりと、サイケデリックな印象を受ける。

確実に学生ではない。コスプレか何かかと思いもしたが、一応は声をかける事に。

 

 

「ワタクシ、香川教授にお会いしたいの。通してくださるかしら?」

 

「え、ええっと……、失礼ですが貴女は?」

 

「シュピンネと、今は名乗っておりますのよ」

 

 

ははあと唸る警備員。

魔女研究だのと言う事をメディアに打ち明けていたから、たまにこう言ったオカルトちっくな人が香川を訪ねてくる。今回もそういったケースのようだ。

とは言え、香川は今朝、わざわざ警備員に来客の類は全て断ってくれと頼んである。

よって警備員は彼女を追い返すことに。

 

 

「申し訳ありませんが、香川さんは今大変忙しい研究で――」

 

「構いません、もう自分で探します」

 

「あ! ちょ、ちょっと貴女!!」

 

 

警備員は無理やりに敷地に入ろうとしたミス・シュピンネを止める為に肩を掴んだ。

すると彼女はビタッと立ち止まって、ゆっくりと顔を警備員の方へと向けた。

まるで白粉でも塗ったかのような肌の色と、表情が分からない故に感じる不気味さ。

 

 

「何を?」

 

「何をって、通せませんよ!」

 

「何故? ワタクシが通りたいと言っているのに――」

 

「はぁ? 何言ってんだアンタは。ほら、さっさと帰った帰った!」

 

 

少し口調を強める警備員。

しかしその時だった。シュピンネの空気が一瞬にして変わったのは。

シュピンネは一瞬で警備員の腕を掴み上げた、それは予想しているよりも何倍も強い力で。

 

 

「ワタクシに命令するな! 下等な猿がッ!!」

 

「いッ! いぎぎぎいぃい!!」

 

 

思わず苦痛の声を漏らす警備員。

そんな彼の前には、歯をむき出しにして表情を歪ませるシュピンネが見える。

冷静を保とうと思っていた彼女であったが、やはり人間に下に見られるのは耐えられなかった様だ。

シュピンネはまさに赤子の手を捻る様に警備員を投げ飛ばすと、傘の先端を彼の足に向ける。

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

悲鳴。傘の先から何かが飛び出したかと思うと警備員の足を貫き、激痛を与える。

警備員は足から血を撒き散らし倒れる事に。すぐに撃たれた足を押さえながら悶え苦しむ。

どうやらシュピンネの傘は仕込み銃となっている様で、圧縮させて硬化させた『蜘蛛の糸』を弾丸として発射できる様だ。

突然の出来事にザワつく人々。その中で、シュピンネは甲高い笑い声を上げながら警備員を見ていた。

 

 

「ホホホホホホ! 貴方、素晴らしい表情ですこと」

 

 

痛みにもがき、恐怖に表情を引きつらせる。

人間から発生する絶望のエネルギーが、シュピンネの身に染み渡る。

やはりこれはたまらない。シュピンネは頬を紅潮させて快楽に身を震わせた。

もう駄目だ、久しぶりに人を貫く感覚。我慢ができる訳も無い。

 

 

「作戦変更ですわ」

 

 

舌なめずりを行うシュピンネ。

はじめは香川を見つけるまで殺人を控え様とは思っていたが、止めたと。

やはり殺して殺して殺して殺して殺して殺すに限る。

大学にいる連中等、一時間もあれば全て食い尽くせる筈。過剰殺人? 結構ではないか。制限時間が明確になれば、それだけ燃えるというものだ。

 

 

「あぁ、堪らない……!」

 

「ッッ!?」

 

 

警備員は目を見開いて震え始めた。

思わず脚の痛みが消える程の衝撃が走る。

と言うのも、ビキビキと音を立てて変形していくシュピンネの体。

あっと言う間に彼女は異形の姿へと変身する。

白と茶色のカラーリングを基盤としたジグモ型のモンスター、『ミスパイダー』へと。

 

 

「ホホホホホホホホホ!!」

 

 

周囲の叫びを塗りつぶすようなミスパイダーの笑い声。

下等な人間が自分を見て恐怖におののく様は、言いようの無い快楽へと変わる。

そして歩き出したミスパイダー。今の彼女には、鋭く大きな牙が装備されている。

これで目の前にいる警備員の体をグチャグチャにして(すす)るのだ。

 

 

「ヒィイイイ!!」

 

「ホホホ! さあ、絶望しなさい!!」

 

 

通常は負のエネルギーを吸うだけでいいのだが、文字通り直接的な食事をする事もできる。

それはそれで肉や臓器に絶望がしみ込んで美味くなるのだ。

もちろんそれだけ腹も膨れる訳だから、香川の分は腹を空かせておかなければ。

とは言え、まずは味見と行こうじゃないか。ミスパイダーは警備員の体に触れ――

 

 

「グッ!!」

 

 

風を切り裂く音がしてミスパイダーの体が大きく吹き飛んだ。

地面を転がりながらも、すぐに立ち上がり、状況を確認する。

その目に飛び込んできたのは、空を駆ける赤紫の巨大なエイだった。

 

 

「ホホ! 愚かな事を――ッ!」

 

 

エビルダイバー。

手塚の命令で清明院の遥か上空で監視を行っていたミラーモンスターは悲鳴と、異質な雰囲気を感じて急降下を行った。

そこにいたのがミスパイダーと言う訳だ。明らかに人間とは違う彼女を、エビルダイバーは敵と認識して攻撃を仕掛けたと言う訳だった。

 

しかしミスパイダーは余裕である。

エビルダイバーの突進を体を捻って回避すると、傘の銃口を通り抜けたばかりのエビルダイバーへ向ける。

そして旋回時。一瞬だけエビルダイバーが止まるタイミングを見計らって、引き金を引いた。

 

 

「!?」

 

 

エビルダイバーに撃ち込まれたのは先ほどとは違い、トリモチ性の糸。

それなりに重量もあり、張り付いた糸たちは意思を持ったかのように地面に張り付つくと、エビルダイバーを地面へ磔にする。

さらに指を鳴らすと、ミスパイダーの頭部にある巨大な『楕円状の器官』と同デザインの球体が、二つ、両肩の上に出現する。

それは糸を発射する支援ビットだ。そこから糸が発射され、エビルダイバーの動きをさらに封じていく。

 

 

「所詮は騎士に付き従う劣悪種! この世に存在する価値はありませんわッ!」

 

 

ミスパイダーはエビルダイバーの前に立ち、持っていた傘を開く。

傘を構成する骨組みは全て強固な素材で作られた刃だ。彼女はそれを思い切り振り下ろしていった。

 

 

「ホホッ! オホホホホ!!」

 

 

斧の様にしてエビルダイバーの体に突き立てられる刃達。

エビルダイバーも抵抗に雷撃を放とうとするが、傘がそれを防ぎ、ミスパイダーには攻撃が通らない。

ましてや糸が動きを封じており、攻撃を受けている中での抵抗では限界がある。

遂にはエビルダイバーの限界が来たのか、爆散し、辺りには再び悲鳴が木霊する。

 

 

「ホホホホホ! 狩りの時間、ですわネ」

 

 

全員殺す。

はっきりと言い放つ言葉に、周りに人間達はパニックを起こし始める。

なんだ、なんなんだアレは。叫び、青ざめ、恐怖に表情を歪ませて逃げ始める人々。

そうだ。これだ、これこそが求めていたものだ。

両手を広げ、今を楽しむミスパイダー。

しかしまずは――

 

 

「醜いですわ。ああ、なんと醜悪なのでしょう!」

 

 

先ほど脚を打ち抜いた警備員が、這うようにして離れているのが見えた。

背を向け、呼吸を荒げ、必死に生にしがみ付こうとしている。

なんて愚かな事か、なんて醜い事か。

 

 

「あの程度の攻撃でもう満足に動けない人間の脆さ。哀しくすらなってくる」

 

 

ミスパイダーは傘を向け、警備員の頭を吹き飛ばすために弾丸を発射した。

が、しかし何故か手がブレて、照準がターゲットから大きく外れてしまったではないか。

おかげで弾丸はおかしな方向へ飛んでいき、空へ消えていく。

警備員を仕留め損なってしまった。ミスパイダーは不思議に思い辺りを見回すが、そこには何も存在していない。

 

 

「屑が」

 

 

そう言いながら手を旋回させる。

するとその動きに連動するようにして、浮遊する球体ビットが銃口の向きを変えた。

放たれるのは、強靭なワイヤーとも言える糸だ。

それは虚空を狙ったものの様に思えたが、ミスパイダーが手を振ると、ビットは彼女の周囲を高速で飛び回る。

 

 

「!!」

 

「捉えましたわ。オホホ!」

 

 

すると何かに当たる感触。

そこには何も無い筈だが、ミスパイダーはしっかりとターゲットを捉えていた。

ビットは糸を流しながら高速旋回、すると何も無いはずの空間がしっかりと『縛られていく』。

ギリギリと締め付ける糸、その苦痛からか、遂にバイオグリーザーが姿を現した。

ニコもまた不安になって今朝バイオグリーザーを向かわせたと言う事だ。

そしてその不安は的中し、と言う事なのだろう。

 

舌でミスパイダーを妨害したはいいが、それが原因で見つかってしまった。

バイオグリーザーはすぐに逃げ出そうとはするが、ビットは彼の周りを旋回し続け、より糸を強く結び付けていく。

既にバイグリーザーの腕力では、その糸を引きちぎる事はできない。

 

 

「裂かれろ!!」

 

 

二つのビットが、反する方向へと加速する。

それは当然繋がっている糸を引っ張る訳で、ギリギリとバイオグリーザーの胴体が締め上げられた。

いや、締め付けられるなんてものじゃない。糸が肉体を侵食し、バイオグリーザーの胴体は真っ二つに。そしてそれがスイッチとなったのか、バイオグリーザーは爆発して消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ッ! バイオグリーザーが殺られた」

 

「俺もビジョンベントが使えない。エビルダイバーが殺された証拠だ」

 

「そんな――ッ!」

 

 

念の為にと、再びほむらの家に集まっていた一同。

そんな中で手塚とニコの報告が一同の背筋を凍りつかせる。

見滝原外で二体が死んだと言う事は……。

それも清明院に向かわせた二体が死んだと言う事は、だ。

 

 

「間違いない、魔獣だ」

 

「魔女程度だったら、バイグリちゃんなら逃げられるからな。ちくしょう、後で復活するって分かっても後味悪いな……!」

 

 

いよいよ始まったと言う事か。

焦りを覚える一同。まどかは祈りの構えを取って、仁美たちの無事を強く願った。

真司は真司でドラグレッダーを応援に回そうと叫ぶが、魔獣が真司側に来る可能性もある。

ライアが24時間ブランク体で過ごさなければならない今、そうなると今ドラグレッダーを失うのは非常にまずい。

 

 

「でもやっぱり三人が危ない目に合うって分かってるのに!!」

 

 

そこで手塚が首を振った。

 

 

「下宮を信じてやれ。そういう戦いをお前は望んだんだろう?」

 

 

向こうの戦略が分からない以上、まずは下宮が二人を守ってくれる事を信じるしかない。

 

 

「ぐぐッ!」

 

 

歯を食いしばる真司。

彼に今出来る事があるのなら、それは皆が無事でいてくれと強く祈る事。

そして下宮を信じる事だけだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんだよ……アレ」

 

「あれが、まさか――ッ!」

 

 

清明院の敷地、入り口付近。

そこで中沢と仁美が見たのは、コチラに歩いてくる化け物の姿だった。

ミスパイダー、どうやらバイオグリーザーに構っている間に、食うと決めていた警備員を逃がしてしまったらしい。

とは言え彼女に悲しみなど欠片とて無かった。だってそうだろう? 前からは警備員よりも若い獲物が、二人も見えているのだから。

 

 

「ど、どうすれば……!」

 

 

脚が震える。

仁美は青ざめて周りを確認する。

どうやら周囲は一応避難が完了して、人間は自分達のみ。

 

下宮の魔獣体を見ていた為に、迫る異形に少しは冷静さを持つ事はできる。

とは言え、まどか達から聞いた話しが本当ならば、向こうは自分達の事を家畜以下の存在としか認識していない筈。

話し合いの余地は無い、殺すか殺されるかのリアル。

 

 

「と、と……! とにかく逃げよう! 下宮に任せるしかない!」

 

 

頷く二人。

魔獣に背を向けて同時に走り出す。

 

 

「ホホ……」

 

 

手を口に当てて、ミスパイダーは含み笑いを行う。

逃げる二人とは違い。立ち止まって、余裕の素振りを見せている。

獲物を追いかけるのが狩りと言うものではあるが、何も自分が汗水を垂らしながら追いかける必要は無い。

ミスパイダーの役割といえば捕らえた獲物を美味しく頂くだけ。

必死に頑張るのは美しくないのだ。

 

 

「焼き加減は――」

 

「!!」「!!」

 

 

中沢と仁美の前に現れるのは、ミスパイダーに蓄積されている負のエネルギーから生まれた従者達。

このように、従者型は魔獣の力を削って生み出されるため、魔獣制限数の効果を受けない。

もちろん生み出せる数そのものは制限されているようだ。

現に以前は数十体生み出せる量の負を注いでも、今は三体ほどしか生み出せない。

 

だが、人間相手ならば三体で十分だ。

従者型の武器は、指から放たれる糸状のレーザーと、顔に張り付いているモザイクから放たれる高出力のレーザーだ。

従者達はモザイクを光らせ、青ざめる二人に狙いを定めた。

 

 

「レアでお願いしますわ。ホホホホ!」

 

 

ギリギリで死なない程度に焼き焦がし、死に逝く様をジットリと見つめながら自らがトドメを刺す。

ああ、なんて素晴らしいプラン。想像するだけで快楽が脳に溢れ出てきそうだとミスパイダーは笑い続ける。

 

 

「な、何ッ!?」

 

 

しかしすぐに驚愕。

と言うのも、従者が今まさにレーザーを放とうと言う所で、その首が吹き飛んだ。

中断される攻撃と、地に落ちる従者達の三つの頭。どうやら切断された様だ。

絶命した従者達は、すぐに粒子化して消滅していく。

何が起こったのか。戸惑うミスパイダー。

従者の首を切り落としたのは見間違いでなければ『水』だった。三日月状のウォーターカッター。

 

 

「ミス・シュピンネ、少し派手に動きすぎです」

 

「貴様、下宮鮫一……ッ!」

 

 

下宮は中沢と仁美の間から現れ、二人の肩を掴んで後ろに下げる。

されるがままの二人、呆気に取られている中沢たちを見て、下宮はニコリと微笑む。

 

 

「昨日は骸へ行けず申し訳ありません」

 

 

これが理由ですと下宮は清明院を示した。

香川殺害を自己の判断で行ったと告げれば、少しは時間も稼げるだろう。

死体は既に処分したと言えばミスパイダーにそれを探る術は無い。

その間に中沢達は逃げ、時間を稼いでいる間に香川は研究を終わらせれば良い。

下宮の力では上級魔獣に勝つ事はできないかもしれないが、時間を稼ぐくらいはできる。

そして香川の頭脳と才能があれば、その間に全てを終わらせる事は可能の筈だ。

 

 

「理由?」

 

「ええ」

 

 

可能の筈だが――。

 

 

「さあ、博打の時間だ」

 

「は?」

 

 

一世一代の大勝負。

下宮は汗を浮かべ、ニヤリと笑って腕に水流を纏わせる。

 

 

「ハァアアッッ!!」

 

「!?」

 

 

決意を乗せた眼でミスパイダーを睨み付けると、思い切り腕を振るう。

放たれる三日月状のウォーターカッターは一直線に彼女の首を刈り取ろうと空を切り裂いた。

目を見開く中沢と仁美。次に聞こえた音と言えば、水が弾ける音。

そしてミスパイダーを覆い隠す傘が開く音。

 

 

「下宮、貴方……」

 

 

ミスパイダーは傘を広げて前にかざす事でカッターを防いだ。

そしてその傘を畳んだ時、すさまじい程の殺意が溢れる。

 

 

「やはり裏切るか――!」

 

「……ッ!!」

 

 

殺意には瘴気が重なっており、普通の人間である中沢達にもしっかりとその威圧感や恐怖が伝わってくる程だった。

それは気を抜けば気絶してしまいそうになる程。二人はフラつく足で建物の影に隠れる。

 

一方で対峙し合う下宮とミスパイダー。

こうなっては仕方ない、下宮はスラッシャーへと変身してサーベルを両手に構えると、一切の言い訳を排除してミスパイダーに攻撃を仕掛けた。

つまりそれは、魔獣から離反すると言う事を一番分かりやすく証明する手段である。

 

 

「だったらどうする! 僕を殺すか?」

 

「当然の事ですわ! 楽に死ねると思うなよッッ!!」

 

「なら殺してみろ! それがお前等の唯一の取り得だろう!?」

 

「貴様ッ! 魔獣を裏切るだけでなく、愚弄までするか!!」

 

 

走り出す両者。

ミスパイダーはビットから糸を発射して、下宮の動きを封じようと試みる。

しかし下宮も水流を噴射。その水圧は凄まじく、糸の勢いを殺して粘着性も封じていく。

ならばとミスパイダーは傘の引き金を引いた。圧縮された糸が発射されていき、水を突き破りながら前に飛んでいく。

 

 

「グッ!!」

 

 

着弾。赤い血がスラッシャーの肩から噴射される。

しかし彼は怯まずに足を進め、刃をミスパイダーに向けて力強く振るう。

そして音。それは下宮が振るった刃と、ミスパイダーが振るった傘がぶつかり合う事で生まれる。

傘の強度は凄まじく、鋭利な刃をしっかりと受け止めていた。

だが向こうは一本だ。下宮は残った方の刃を振るうが――

 

 

「調子に乗るのは、いけない事ですわね。ホホホハハ」

 

 

ミスパイダーは傘を持っていない方の腕を盾にして、振るわれた刃を受け止めた。

ガントレットもまた硬く、下宮の刃を通さない程の強度を持っている。

もちろん下宮だって全力でミスパイダーの腕を切断するつもりだった。

しかしギリギリと刃は震えるだけで、切り裂く感触は無い。

 

 

「チィイッ!」

 

「ホホホホ! 劣悪な人間の血が混じっているだけの事はある」

 

 

所詮はハーフ。完全な魔獣であるミスパイダーと比べればスペックの差は歴然だった。

下宮は激しい乱舞を仕掛けていくが、次第にカウンターを受けたり、回避の数が多くなっていく。

さらに特殊能力面での攻防もまた劣勢を極めていた。

激しい水流を発射できるのは大きな強みだが、ミスパイダーの意思で空中を飛び回る球体ビット。それは下宮の背後に回ると、強靭な糸を発射して手や足を縛る事で動きを鈍らせていく。

動きが鈍れば攻撃を避けられない。次第に下宮の体に打ち込まれていく拳や蹴り。

 

 

「ホホホホホ! 実力の無いお前が魔獣を裏切った所で、出来る事など何も有りはしないのに!」

 

「グふっ! ズゥッッ!」

 

 

ミスパイダーは傘の先端、石突で下宮の頭部を弾き飛ばす。

地面を無様に転がる下宮を見て、高笑いを一つ。

魔獣でいたままなら生きながらえた物を。全くもって愚かな選択としか言い様が無い。

 

 

「馬鹿な人間の部分が疼いたか!」

 

 

ミスパイダーは倒れた下宮の頭部を掴むと強制的に立ち上がらせる。

そしてその鋭い牙で、肩に噛み付いた。

 

 

「グアァアアアッッ!!」

 

「し、下宮くん!!」

 

「―――ッ!」

 

 

耳を引き裂かれん程の悲鳴に、中沢は思わず下を向いて口を押さえた。

 

 

「――ッ! オぇッ!!」

 

 

下宮の声は今まで何度も何度も聞いてきたが、この悲鳴は初めて聞く。

それが齎す今に心がザワつく。今すぐ目を背けたい。しかし下宮が今、確かに死に向かっていると言う状況は無視できない。

 

 

(でもッ、どうすればいいんだよッ!)

 

 

中沢は堪らず再び顔を上げた。

するとミスパイダーが下宮の肩の一部を噛み千切っているのが見えた。

苦しめて殺す、それが魔獣の特徴でもある。そうする事で、より質の良い絶望を集める事ができるからだ。

 

だがそれは逆にチャンスとも言える。

下宮は肩を押さえながらも水流をありったけ発射。

ミスパイダーを押し出してフォームチェンジを行った。

砲台が出現して、容姿もまた変更される。『ハンマー』と呼ばれる形態だ。

下宮はキャノン砲を前に担ぐと、狙いを定める。

 

 

「グッ! ウゥゥウウ!!」

 

 

肉の一部が無くなったものの、まだ腕は動く。

両手で砲台をしっかりと支えて、下宮は一発、二発と、弾丸を発射した。

それらは瞬時にミスパイダーのビットに命中。破壊とまではいかなかったが、大きく後方へと吹き飛ばし、一時的にだが機能を停止するまでには至った。

 

 

「ハァァアアア!!」

 

 

その間にチャージを開始する。

この距離なら、ミスパイダーが走ってきたとしても僅かな猶予はもてる。

 

 

(その間に弾丸の威力を高めて吹き飛ばしてやる!)

 

 

下宮はそう意気込むが、やはりと言うべきか、眼前のミスパイダーには欠片の焦りもない。

 

 

「ホホ……」

 

 

どこからともなく、ミスパイダーは自身を表した紋章が刻まれた二つの『宝石』を取り出す。

そしておもむろにソレを地面に投げた。すると宝石が砕け、眩い光が迸ったかと思えば、下宮はすぐに異変をその身に感じる事に。

 

 

「ッ!」

 

 

彼の立っていた地面、そこからバラの蔓が突き出てきて足を縛りつける。

なんだコレは? そう思った時には、大きな地響きと共に地面が抉れ、そこから耳を塞ぎたくなる様な叫び声が聞こえてくる。

見れば二体の魔女が、地中から突き出て来たではないか。

 

 

「こ、これは――ッ!!」

 

「ホホホ! お忘れですか? 魔女の支配権が我々にあると言う事を」

 

 

円環の理を支配した際に、ギアは魔法少女達を回収。

それを強制的に絶望させる事で、ゲーム盤に魔女を組み込んでいた。

その際、ほぼ全ての魔女の『元』。つまり本体を宝石に封印して管理していた。

コレを『ダークオーブ』と言い、今も尚、星の骸にその多くが管理されている。

 

今回はそのダークオーブもまた等しくしてゲームの管理。

つまりインキュベーターの管理下にある事にはあるが、その使用権は魔獣達にある。

簡単に言えば、魔獣は魔女を使役している。前回のゲームで言うユウリと同じなのだ。

 

今ミスパイダーが呼び出したのは、カラフルな綿の体に薔薇の目を持つ頭蓋骨がついているクリフォニア。

そしてヘドロの様な頭部にバラがついており、体は蝶の様なゲルトルートの二体。

これがそれぞれ『オリジナル』と言う事なのだろう。二体の魔女は触手を使って、下宮の動きを封じていく。

 

 

「ホホホ、なんて弱いんでございましょうか」

 

「グハッ! ガッッ!」

 

 

ミスパイダーの弾丸が下宮の体中を激しく抉っていった。

倒れようにも触手がガッチリと体を固定しており不可能となる。

そうしている内にミスパイダーが下宮の前にやってきて、キャノン砲を傘で突き刺した。

 

 

「何を勘違いしたのかは知りませン。けれど、お前がワタクシに勝てる可能性なんて初めからゼロですのよ!」

 

 

ミスパイダーの傘が、下宮の顔を殴打する。

ダウンする事を許されずに殴られ続ける下宮を、仁美たちは震えながら見ているだけしかできなかった。

 

 

「一体ッ、どうすれば――ッ!!」

 

「どうするったって俺達じゃあんなヤツに勝てっこないよ……!」

 

「でもこのままじゃ下宮君が!!」

 

「ッッ!!」

 

 

そうだ、間違いなく死ぬ。

中沢は無性に怖くなって後ろに下がった。

友達が……、そう思っていた者が今、目の前で死ぬ。

いや正確には殺されるんだ。それを思えば、また吐き気がこみ上げてきた。

 

しかしどうすればいい?

下宮が勝てないのなら、中沢達にミスパイダーをなんとかする術は無い。

ましてや他にも二体化け物が増えたのは、二人にとってまさに絶望的な状況と言えるだろう。

 

 

「ホホ! ホホホホ!」

 

 

そして、ミスパイダーもそれに気づく。

先ほどの会話で思い出した。下宮は二人を押しのけるようにして出てきたし、今だって他の人間は逃げたのに、彼らは物陰に隠れているだけ。

 

 

(成程……)

 

 

中沢達の顔には見覚えがあった。

アレは確か下宮が通っていた学校で――。

 

 

「ホホッ、人間特有のくだらない情に感化された訳ですわね? 本当に愚かな子」

 

「黙れッ! お前に人の感情を見下す資格は無――」

 

 

ガントレットを存分に使った裏拳が下宮の脳を揺らす。

ミスパイダーには下宮が裏切った理由が何となく分かった。

良心の呵責、罪悪感、偽りの友情! くだらない、ああ下らない! ゲラゲラと笑いながら下宮を殴りつける。

 

 

「あんなゴミ共の為に命を捨てるとは!」

 

「ゴミじゃない!」

 

 

胸に含んだ想いはある。

だが、その言葉には迷いも嘘もなかった。

それは下宮にとっての真実、紛れも無い本心の言葉なんだと。

 

 

「彼らは――ッ、僕の友人だ!!」

 

「!!」

 

 

中沢は下宮を見る。

姿こそ、自分の良く知っている下宮とはかけ離れているが、その声は何度も聞いていたのと同じだ。

随分とまあ、力強い言葉だった。

 

 

「ホホホホホ! でしたらお前の処刑を行う前にッ、あの二人を目の前で殺して差し上げますわ!」

 

「「!」」

 

 

嘘だろ?

中沢と仁美は全身が一気に冷えるのを感じた。

自分達を殺す? いや、もちろん本気なんだろう。

今の戦いを見ていれば嫌でも分かってしまう。

下宮が助けてくれると思っていたが、正直予想していたよりも力の差を見せ付けられてしまった様だ。

 

 

(こ、こんな事なら――)

 

 

そこで中沢は大きく首を振る。

一瞬、こんな事なら下宮を置いて逃げれば良かったと思いそうになった自分を叱咤する。

駄目だ、下宮は自分達を守る為にあんなに傷ついているんだから。

とは言え、胸に残るモヤモヤは未だに消えず、さらにそれを上回る恐怖が中沢と仁美を包んでいく。

ミスパイダーがコチラを見ている、二人は思った事だろう。

このままじゃ――、死ぬ。

 

 

(そんな……!)

 

 

仁美はギュッと目を閉じる。

その暗闇の中、思い浮かぶのはやはり、まどかとさやかの笑顔だった。

自分の知らない所で魔法少女となり、自分の知らない所でいっぱい傷ついて、自分の知らない希望と絶望を抱いた彼女達。

二人に少しでも近づきたくて。でも今、その道が途絶えようとしている。

 

結局駄目なの? 無意識の景色、それは踏み切りだった。

過去の記憶の景色だ。赤いランプが点滅している世界は何故か無音で、自分が立っている場所に二人はいない。

まどかとさやかが立っているのはレールを挟んだ向こう側だ。

いつかの時間、いつかの日、同じような光景があったのだと仁美は記憶を蘇らせる。

 

前を行っていた二人は早足で向こう側に行き、自分は立ち止まって電車が通り過ぎるのを待つ。

分断された世界。そして仁美が覚えたのは疎外感だった。

この景色が、この状態が、自分達の関係を表している様で怖かった。

 

 

(私は……)

 

 

幻影の世界。

電車が通り過ぎた時、二人の姿はどこにも無かった。

現実では二人はわざわざ自分の所へ戻ってきてくれたが、『真実』は違う。

幻影とリアルが重なる。また電車が通った。今、電車が通り抜けたら向こうにいたのは化け物だ。

一歩、また一歩、ミスパイダーが軽快な足取りで向かってくる。

 

 

(私は、何も出来ずに――ッッ!)

 

 

唇を噛む。

祈ったのは友の為だ。

なのに何も出来ずに終わるのか。

 

 

「下宮、よく見るがいいわ。お前が魔獣を裏切ったせいでこの二人は死ぬんでございますのよ?」

 

 

ホホホと笑い声。

下宮はクリフォニアとゲルトルートに縛り上げられながら目線を二人に向ける。

そして小さな声で――。それはそれは小さな声で呟いた。

 

 

「頼む――ッ!」

 

 

頼む、頼む頼む頼む!

ここからなんだ。ここからが――ッッ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『死と言う言葉を一口にしても、その意味はまさに多種多様と言える』

 

「「!」」

 

 

そのとき、フワリと仁美達の前に『白』が舞い降りた。

 

 

『死刑と言う、罪を償わせる為の死。尊厳死と言う、人のプライドを守る為の死』

 

 

死に方もまた、この世界では無数の種類が存在している。

人には人生と言う物がある訳で、それは一人一人異なる道を生きて歩む事。

生まれてから全く同じ行動やイベントをこなす人間は存在しないだろう。

 

 

『だが、その終着点は皆、何れも死と言うシステムを介する』

 

 

それは皆、同じの筈だよね?

白は饒舌に言葉を仁美たちへ――……。

いや、訂正しよう。中沢ではなく『仁美だけ』に言葉を向けている。

志筑仁美と中沢昴が並び立つ中、白は仁美にだけ声を掛けている。

世界はスローモーションになり、仁美は思考が追いつかぬままに"彼"を見ているだけだった。

 

 

『ボクは預言者でもなければ死神でも無い。故に、君達に与えられる死がどんな物になるかは約束できないし、ましてや想像もつかない』

 

 

しかしそれは普通の人生を歩むならば。と言う話しだ。

普通と言う定義はあやふやな物だが、今ならばハッキリ言える事が一つだけある。

それは、このままならば仁美達は確実に死ぬということだ。

 

 

『それはボクでも分かる。キミ達は魔獣に殺されるんだ』

 

 

先程、死には色々な形があると言ったね?

 

 

『コレも分かる。魔獣が与える死は、苦痛と絶望に塗れた物さ』

 

 

ミス・シュピンネ。彼女は蜘蛛の特性を持っている。

恐らく彼女はキミ達の体の中をまず溶かしていく筈だ。仁美、キミには理解できるかい?

体の中が少しずつ融解していく際に発生する激痛と凄まじい恐怖が。

痛みを伴いながら死へ向かうキミは、泣き叫ぶかもしれない。

それともその前に発狂するのかな? そうやってキミはドロドロになり、シュピンネはキミの中身を啜るのさ。

 

 

『結局、キミはまどかやさやかの助けにもならず。ただ彼女達を悲しませ、魔獣を喜ばせる道具になるだけ』

 

「そんな――ッ!」

 

『悲しいかい? 悔しいかい?』

 

 

仁美は大きく頷いた。

 

 

『ボクには理解できない感情だ』

 

 

だが、ならばと。

白い影は赤い目で、仁美を舐める様に見つめる。

 

 

『一つ提案があるんだ』

 

 

考えても見てほしい。このままなら確実に死ぬ。

それならいっそ、苦痛の無い方法で死んでみないか?

 

 

「え……?」

 

『それにその"死"は、終わり等では無いよ? 仁美』

 

 

なぜならばそれは肉体の死だけ。

魂は別の器に入り、再び肉体を稼動させる事も可能となる。

そして齎された奇跡は力となり、キミの願いを叶える手助けをしてくれるだろう。

苦痛と絶望に溢れた死と、希望と可能性に満ち溢れた死。

どちらを選ぶべきなのか。それはもう簡単だよね?

 

 

『そしてキミには、それを選ぶ才が。資格がある』

 

 

以前はそうでもなかったけれど。

輪廻はそれだけの因果を収束させ、キミもまた、その資格があるとボクは判断したよ。

だからボクはココに来た。キミにこの言葉を送るためにね。

 

 

『志筑仁美』

 

「!」

 

 

その時、仁美とキュゥべえの視線がピッタリと重なった。

 

 

『ボクと契約して、魔法少女になってよ』

 

「―――」

 

 

ずっと考えていたんだ。

踏み切りの向こうに行くにはどうすればいいのだろうと。

考えている間に電車は来てしまった。だとすれば踏切を乗り越えるしかもう方法は無い。

そうしている間に、二人に置いていかれてしまうから。

 

 

「まどかさんを助けたい!」

 

 

初めから分かっていたんじゃないのか。

電車が通り過ぎた時にはもう遅い。

なら向こう側に行くには、道を塞ぐ物を飛び越える力。魔法が必要だったんだと。

 

 

「さやかさんを、私の大切な友達を守りたいッ!」

 

 

彼女達の痛みを本当の意味で知るには。

彼女達に本当の意味で近づくには。答えはソレしか無いと。

でもそれは無理だと分かっていた。だから口にする事も、それをする事が正しい事なのかも判断しきれずに黙っているだけ。

 

 

「だから……ッ! だから!!」

 

 

でも、今その枷は外れた。

だとすれば、彼女に迷うと言う選択肢は無かった。

 

 

「だから私は、もう二人に傷ついて欲しく無い! 苦しんでほしくないんですの!」

 

 

何よりもまどかの友として、彼女が願った世界を作る手助けがしたいんだ。

参加者の死を否定し、狂ったゲームを終わらせたいんだ。

だから叫んだ、生まれて初めて上げる、声を枯らすほどの大声で。

 

 

『キミの願いは理解したよ志筑仁美』

 

 

ただ残念だけどゲームを終わらせると言う部分や、まどか達を死なせたく無いと言う、直接ゲームのシステムを変更する願いを聞き入れる事はできない。

あくまでもゲームと言う舞台は完成された物であり、それをゲーム盤の中にいる駒が変えるのは許されないのだ。

 

 

『ただ、その願いを力に変える事はできるよ』

 

 

つまり――、キュゥべえの説明に仁美は迷わず頷いた。

そのときだ、幻想の世界で仁美に翼が生えた。

彼女は地面を蹴って空へ飛び立つ事で電車を飛び越える。

そして、まどか達の元へ手を伸ばした。

 

 

「キュゥべえさんっっ!!」

 

 

仁美は、自分だけの。

志筑仁美だけの希望を願いへ乗せる。

 

 

「私の願いは、この戦いを最高のハッピーエンドにしたいんです!」

 

 

悲しみの無い、苦痛の無い、笑顔が溢れる世界に。

皆が生き残り、まどか達とまた笑って暮らせる様な世界が欲しい!

だから、だから!!

 

 

「それを叶えられる力を下さい!!」

 

 

仁美は泣いていた。そして叫んだ。

 

 

「私を、魔法少女にしてください!!」

 

『分かったよ、志筑仁美』

 

 

おめでとう、君の願いはエントロピーを凌駕した。

 

 

『キミが、14人目だ』

 

「………」

 

 

キュゥべえは仁美とテレパシーを使って話せば良かった筈だ。

にも関わらず、わざわざ声を出して仁美と会話を行った。

わざとなのか、それともキュゥべえがミスをしたのか。

それは分からないが、二人の会話を中沢は確かに聞いていた。

 

彼はスローの世界で立ち尽くしていた。

そして拳を強く、強く、震える程に強く握り締めて仁美の背中を見ているだけ。

はじめて見る背中だった。だってそれは彼女の衣装が変わっているから。

 

 

(志筑さん――ッ!)

 

 

知っていた、知っていたんだ。

中沢は歯を食いしばりながら、未だに遅い世界の中で立っていた。

彼は昨日の夜に聞かされていた。下宮が何故自分達を呼んだのかを。

それは今、目の前で走っている仁美が証明している。

 

少しずつ離れていく背中。

仁美は地面を蹴って跳んでいた。その中で中沢は、彼女を睨む様に見つめながら、複雑に暴れる心を感じる事しかできなかった。

 

 

「………」

 

 

背中は離れていく。二人の距離は離れていく。

初めて見る仁美が自分の前にいて、彼女が自分から離れていく感覚が中沢にとっては堪らなく辛かった。

 

体のラインがしっかりと分かるノースリーブの黒い上着。

襟はフリルの様になっており、腰部分には彼女のイメージカラーである緑色のビスチェが。

さらにビスチェ周りには同じく長い緑の布が巻かれており、ローブの様に足元までカバーしていた。

 

布は前面部が裂けており、下半身にはショートパンツと、その上には端が緑色の黒いスカート。

そして同じく黒いニーソックス、緑のブーツを履いていた。

腕には長い緑色の手袋が装備されており、右腕には『ピンク』の腕輪、左腕には『水色』の腕輪が装備されている。

頭には緑色の模様が施された黒いミニベレーを付けており、首元には黄緑色のリボンに包まれた緑色の美しい宝石が見えた。

そう、それこそが彼女のソウルジェム。志筑仁美が魔法少女になったと言う何よりの証であった。

 

 

「……ッ」

 

 

中沢は大きな喪失感を覚えながら、仁美を見ていた。

これが下宮の本当の狙いだったんだ。仁美を、魔法少女にする事が。

 

 

(俺は……、俺は――ッッ!!)

 

 

この事を彼女に言うべきだったんだろうか?

下宮への想いと、仁美への想いに優劣を付ける事ができずに、時間は結果だけを導き出した。

これで、志筑仁美は『人』では無くなった。しかし彼女はむしろそれを望んでいた様にも思える。

それだけの覚悟と決意があった。何よりも力を手に入れる事の希望が、悲しみと恐怖を超えたのだと中沢は理解する。

友人を助ける事ができるかもしれない事実。

そして死への運命を変えられるかもしれない可能性が、仁美を魔法少女へと変えたんだ。

 

 

(それに比べて、俺は――ッ!)

 

 

燻る思いに決着を付けたいのに、付けられない。その事実が中沢の心をより大きく蝕んでいた。

ただそれにしても、中沢の目には仁美が強く輝いている様に思えたんだ。

それは気のせいでは無いと、彼自身が一番信じたかった。

 

 

「ハァアアア!!」

 

「んマッ! そ、その姿は!!」

 

 

ローブを靡かせて地面に着地した仁美。

その手には武器であるバトンが握られていた。

煌びやかな装飾が施された銀色のバトン、『クラリス』。

ラテン語で輝かしいと言う意味を持つそれを、仁美は器用に回転させる。

 

 

『ッッ』

 

『グプォオ!!』

 

 

そして、思い切り振るうッ!

 

 

「ハッ!!」

 

 

クラリスからは連動する様に光弾が連射され、二体の魔女に直撃。その動きを大きく怯ませる。

さらに仁美はバトンを回転させながら地面を駆け、ミスパイダーの眼前へ迫った。

 

 

「こ、この様なイレギュラーが!!」

 

 

驚くのも無理はない。

13人の魔法少女と、13の騎士が全てだった。

しかし今、ミスパイダーの目の前にいるのは全く予想もしていなかった14人目。

いや、とは言え、所詮人間は人間。さらに言ってしまえば魔法少女とは言えど、契約したての未熟な状態だ。相手ではないとミスパイダーは思った事だろう。

だが――

 

 

「フッ!」

 

「まあ!?」

 

 

仁美の体を刺し貫くつもりで繰り出した傘の突き。

しかし仁美は軽く体を捻る事で簡単に回避して見せた。

ありえないとミスパイダー。魔法少女になった事で確かに身体能力は上昇したかもしれない。しかしそれ以外は変身前となんら変わりない筈。急に繰り出される突きに対応できるなんて……。

さらに驚く所はココだけではない。仁美は大地を踏みしめ思い切りバトンを振るう。

 

 

「ゴホッ!!」

 

 

間抜けな声がミスパイダーから漏れた。

速い? それに痛い!? 混乱する側が、つい先ほどとは間逆になる。

 

 

(馬鹿な、魔獣の鎧がこんな、なり立ての魔法少女等に――!?)

 

「ハッ!!」

 

「ガフッ!」

 

 

バトンで殴られた事により、左に向いた首。

かとも思えば次の回し蹴りで体が左を向いた。

それだけの衝撃、それだけの痛みがミスパイダーに襲いかかる。

さらに仁美はバレエの要領で回転を続け、蹴りをもう一発ミスパイダーの背中に打ち当てた。

大きくよろけ、前へフラついていくミスパイダー。後ろをチラリと見れば、そこにはレース状のローブを掴みながらクルクルと回転している仁美が。

バトン捌きも申し分ない。バトントワリングを基盤とした体術は完璧だった。

 

しかし、それもその筈だ。

仁美は他の魔法少女とは違い、明確な一つの願いを結果には変えなかった。

同じケースとして鹿目まどかが挙げられるが、要は魔法少女になる事を願いとしたケースである。

通常、魔法少女とは願いを叶えた代償として、副産物的な意味を含めた物。

しかし仁美はその願いを、希望を、直接魔法少女の力に変換させている。

 

要するに、戦う事を願ったのだ。

当然それだけ他の魔法少女よりもスペックが高くなる。

さらに願いの恩恵で、戦い方や魔法の使い方が頭に入ってくる特典までついていた。

つまり、仁美は契約したての魔法少女の中では、確実に最強クラスと言う事なのである。

 

 

「ラァア!!」

 

 

魔女が怯んだ事により、下宮が拘束を抜け出した。

すぐにスラッシャーに変わると、水を纏わせた刃で回転切りを行い、魔女たちに追撃を行う。

さらに後退していく際に、ハンマーへとフォームチェンジ。

チャージを行い、クリフォニアに照準を合わせた。

 

 

「シュアアアアア!!」

 

『クプォオオオオオオオオオオ!!』

 

 

巨大な弾丸が放たれ、クリフォニアを貫き爆散させる。

すぐにゲルトルートに照準を移す下宮だが、受けたダメージは大きく、先ほどの反動もあってかすぐに地面に膝をついてしまった。

 

まずいか?

彼の前には頭を振り上げているゲルトルートが。

そのまま頭突きをするつもりなのだろう。

だがコチラは避けられない、下宮は防御の姿勢を取って構えた。

 

 

「失礼!」

 

「えっ? って、うわッ!」

 

 

肩に軽い衝撃。見れば緑色のローブが空に大きく開いて靡いていた。

下宮の肩を蹴った仁美は、その勢いで大きく跳躍。

ゲルトルートを飛び越えるとバトンから光弾を放って、背を攻撃する。

それによりゲルトルートは痛みからターゲットを目の前の下宮ではなく、背後の仁美に変更する事に。それでいい。これで下宮は守れる。

 

 

「集え!」

 

 

仁美の言葉がスイッチになり、バトンの先端に緑色の光が灯る。

素早く交代していく中、ゲルトルートの攻撃を回避しながらバトンを回し続ける。

魔法の恩恵もあってか高速で回転し続けるバトン。どうやら一回転するごとに、先端に灯った光が大きくなっていくらしい。

ある程度下がったところで、仁美は光の球体が漏らす粒子を伴いながらブレーキをかけた。

 

 

「ハァァア!」

 

 

振り下ろされたゲルトルートの頭部に向かって、仁美はバトンを下から上に振るう。

どうやら光が大きくなれば、それだけバトンの攻撃力も上がるらしい。

現に、ゲルトルートの巨体がバトンの一撃で浮き上がり、そのまま空中に舞い上がる。

そして仁美は、収束した光をゲルトルートに向けた。

 

 

「ルミナス!!」

 

 

バトン先端の巨大な球体が分離し、発射される。

それは猛スピードでゲルトルートに直撃すると、一撃で爆散させる威力を見せた。

仁美は再びダッシュで下宮の方へと駆け寄ると、彼の肩に回復魔法をかける。

ただ固有魔法は『回復』ではないので、気休め程度と言われればそれまでだが。

まあ掛けないよりはマシだろう。

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

「ああ……、すまないね、仁美さん」

 

 

色々と。

下宮の言葉に、仁美は気にするなと言う表情を浮かべて首を振った。

コレは仁美自身が望んでいた事なのだから。明確に口にはしなかったが、初めて魔法少女の話を聞いた時から思うところはただ一つだった。

まどかと同じ存在になりたい。やはりそうしなければ、見えない景色がある。

尤も、それを分かっていたから下宮は仁美を魔法少女へ変えるべく動いたと言う訳なのだが。

 

 

「……ッ、ミスパイダーは!?」

 

「気絶している様なので下宮くんを先に」

 

 

仁美の視線の先には、うつ伏せで倒れているミスパイダーが。

先ほどからずっと動かないので、攻撃が効いたものだと仁美は思っていた。

しかしすぐに大きく首を振る下宮。いくらなんでもただの打撃で魔獣が気絶する訳がない。

 

 

「「!」」

 

 

盛り上がる地面。

それを確認したと同時に、地中から大縄とも呼べる程の白い糸が突き破ってきた。

下宮は咄嗟に狙われた仁美を突き飛ばす。するとどうだ、下宮の装甲に糸が槍の様に突き刺さり、大きく吹き飛ばす。

 

 

「ガハッ!!」

 

「下宮くんッ!!」

 

 

貫通こそしなかったが、糸を束ねた槍は下宮の腹部を突き破っていた。

口から大きく血を放つ下宮。すぐに仁美は彼の元へ向かおうとするが、その耳に聞こえたのは濁った高笑いであった。

 

 

「ホホホホホ!! 所詮は人間、情が足枷となるのですね」

 

 

口から伸びた糸を引き上げ、それを手に持ち変えるミスパイダー。

彼女は気絶などしておらず、そのフリをして糸を地面から仁美達の方へと伸ばしていたと言う事だった。

 

 

「シュッ!!」

 

「クッ!」

 

 

ミスパイダーは糸を下宮の体から引き抜き、鞭の様に振るって仁美を狙う。

もちろん素早く体を回転させて回避を行うが、何か忘れてはいないだろうか?

ミスパイダーの武器は傘、糸、そして――

 

 

「キャアァアッ!!」

 

「ホホホホ、少し力があるだけで所詮は契約したての雑魚。ワタクシには赤子の手を捻るも同じ!」

 

 

糸を発射できる球体ビットが二つ。いつのまにか仁美の背後、それも頭上に移動していた。

ビットからは強靭な糸が放たれ、仁美の両手を縛り上げて大きく開かせる。

さらにそこへ襲い掛かるミスパイダーの鞭。無数の糸を一本に束ねていた為、逆にそれを展開させる事で、無数の糸を仁美の体中に向かわせる。

四肢を、胴をガッチリと縛り上げられて、彼女は完全に移動を封じられた。

 

 

「志筑さん! 固有魔法を使うんだ!」

 

 

下宮が叫ぶ。

仁美の固有魔法を把握している訳ではないが、少なくとも今までの動きの中で使った形跡は無い。

魔法少女のその実力の最もたる所と言えば、やはり固有魔法を除いて他は無い筈だ。

しかし首を振る仁美、彼女が固有魔法を使わないのには、どうやら理由があった様だ。

 

 

「それが……ッ、分かりませんの!」

 

「えッ!?」

 

 

契約したてならば仕方無い?

いや、しかし仁美には戦いの情報が入ってきた筈だ。

それがなぜ一番大事な固有魔法の情報を与えないのか?

下宮はすぐにキュゥべえの名を叫ぶ。すると木の上で、ずっとこの戦いを見ていたキュゥべえが口を開いた。

そう、テレパシーではなく口を開いて直接喋った。

もちろんそれは、ミスパイダーにも聞こえる声で。

 

 

『うん、ボクも驚いているんだけどね。志筑仁美の魔法はかなり強力だ』

 

 

そして何よりも特殊。それ故に、下準備が掛かると。

パソコンで言うなればインストールとでも言えばいいか?

必要な情報、魔法構築を行う為に時間をかけなければならない。

その準備が終われば、やっと魔法の情報が仁美の頭に入って来るという流れだった。

 

 

『まあそう言う事だから――』

 

 

今やるべきことは一つ。

仁美はそれまで時間を稼ぐしかないと言う事だ。

おそらく5分から15分辺りを目安にすればいいと。

そしてミスパイダーとしては、それまでに仁美を殺してしまったほうが賢い選択と言えよう。

 

 

『頑張ってね』

 

「ホホホ、コレは良い事を聞きましたわね」

 

「……ッ」

 

 

それだけあれば十分だ。

そう、十分に楽しめると。

 

 

「ッ!」

 

 

コレは予想外だった。

下宮は血を吐きながら立ち上がり、剣を構えて走り出す。

しかし手負いの彼にまとな動きを期待はできない。

現にすぐにミスパイダーは別の糸を鞭に変えて、彼を弾き飛ばした。

 

 

「ぐあぁあ……ッッ!!」

 

 

地面を転がる下宮。

奇しくも、行き着く先は――

 

 

「下……、宮」

 

「中沢くん――ッ!!」

 

 

脱帽して立ち尽くしている中沢へ、下宮は手を伸ばす。

 

 

「思い出せ――ッ!」

 

「な、何を……?」

 

 

中沢が弱弱しく返すと、下宮は力強く言葉を放った。

 

 

「もう一度聞くッ!」

 

「……!」

 

「キミは――ッ!」

 

 

恋した人の為に。

自分が住む世界の為に。

そして、ある筈だ、誰にだって守るべき物くらい。その為に。

 

 

「命を賭けられるか!?」

 

「!!」

 

 

下宮の狙いは完成されていない。中沢はそれを知っている。

だがその時、下宮の悲鳴が聞こえた。中沢は大きく肩を震わせてうめき声をもらす。

吐き気が酷く、口を押さえて青ざめる。その前で崩れ落ちる下宮。見ればミスパイダーが人間体に戻り、傘の銃口を中沢達に向けていた。

そして下宮の背中にはいくつもの赤い点々が。

 

 

「死に損ないが、お前は後でじっくりと殺してあげますわ」

 

 

だがその前に、まずは仁美だ。

シュピンネは、まず仁美の頬を思い切り平手で打った。

その光景に中沢の心音は最悪のリズムを刻む。そして対照的にシュピンネは上機嫌である。

 

 

「怖いですか? ホホホ」

 

「……いいえ」

 

 

殴られた仁美は頬を赤く腫れさせながらも、凛とした表情でシュピンネを睨む。

しかしその行動がマズかったのかもしれない。

シュピンネは大きな身震いを行い、茶色い口紅かついた唇で、大きな笑みを作り上げた。

 

 

「ホ……ホホ! ほほホほホホホほホホほホホホほほッッ!!」

 

「っ」

 

「オホホホホホホホホッッ! なんて素晴らしいんでしょうか!!」

 

 

二発目の拳が仁美を捉える。

仰け反る彼女の髪を掴んで、シュピンネは自分の顔を、仁美の顔に思い切り近づける。

鼻が触れ合う程の距離。シュピンネは声を震わせながら絶望の言葉を並べていく。

 

 

「気に入りましたわ、貴女! とっても!!」

 

 

何がなんでも絶望させたくなった。

その凛とした表情を涙で覆いつくし、血と鼻水で交じり合った醜い表情で命乞いをさせたくなる。

全身の皮を剥ぎ、体中に穴を開け、臓物を零しながら苦しむ様を見つめて楽しむ。

そして頭蓋骨を半分切り取って脳をむき出しにさせるんだ。

 

 

「怖イ、いタい、苦しイィイィイって泣きサケぶのデスよ?」

 

「――っ」

 

 

興奮しているのか呂律の回り方がおかしくなる。

その中でシュピンネの顔を覆っていた布が剥がれた。

思わず声を上げる仁美。シュピンネの顔、その上半分が晒される。

 

 

「ホホホホほほホホほほほほホほホほホホほほほほホホホホホ!!」

 

 

びっちりと人間の目がそこにはあった。

蜘蛛を模しているからか、8個ある眼球の黒目には。蜘蛛の巣が張り巡らされている様な模様が確認できる。

目は全て仁美を見ていた。その異様な光景、そして今から自分の身に起きる拷問を想像すれば、心は折れそうになる。

 

 

「あ……ッ! ぐっっ!!」

 

 

仁美の美しい脚に赤い線が刻まれる。

鞭で打ち、シュピンネは再び声を上げて笑い出す。

苦痛の声を漏らす仁美。シュピンネの目的はなるべく仁美を痛めつけて殺す事だ。

そのほうが死体も凄惨な物となり、ソレを撮影すれば、まどか達にも後で見せる事ができる。

その時の参加者達の表情を想像すれば、魂が震えてくると言う物だ。

 

 

「う……、うぁ!」

 

 

中沢は殴られ、鞭で打たれている仁美を見る。

見ているだけだった。身体が動かない。

いや正確には動くし、腰を抜かした訳でも無く、立っていたのだが、仁美を助けると言う事ができなかった。

いろいろな意味もあるが、何よりも恐怖が中沢は包んで離さない。

 

 

「―――」

 

 

痛覚遮断を行おうとする仁美だが、八個の目に睨まれ、そのプレッシャーからか上手く行えない。

そしてシュピンネから湧き上がる瘴気が、仁美の心を不安定に変えていく。

凛とした態度でいようとしても、気がつけば目から雫が。

 

 

「「――ッ」」

 

 

その時、ふいに中沢と仁美の視線がぶつかり合った。

痛みと恐怖で涙を浮かべている仁美の目が、中沢の目に重なる。

仁美の表情が中沢に語りかけていた。もちろん口にしていないそれは、中沢が感じた言葉と言うだけの話。けれども彼にはどうしても、どうあっても、その言葉にしか感じられなかったのだ。

 

 

『たすけて』

 

「――ァ」

 

 

そしてシュピンネの笑い声。

仁美の希望をあざ笑う絶望の音声。

シュピンネはそのままゆっくりと振り返り、中沢を睨んだ。

 

 

「メ障りダ! さッサとキエロッッ!!」

 

「――アァァ!!」

 

 

中沢は青ざめて走り出す。

 

 

「ウワアァァアアァアアアアァァアアアア!!」

 

「ッ! 中沢くん!!」

 

 

中沢を止めようと伸ばす手。しかしそれは虚しく空を切るだけ。

あっと言う間に中沢の姿は見えなくなり、下宮はもう一度吐血を繰り返して地面に倒れる。

どうやら想像以上のダメージを受けていたらしい。さらにダメ押しにと体に打ち込まれる弾丸。

下宮はは倒れ、再び大きな血の塊を吐き出す。

不思議なものだ、少しだけ嬉しかった。人だ、血を流すのは人の証。

とは言え、中沢の姿が消えた今――

 

 

(ここまでか……!)

 

 

下宮の目には終わりしか視えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さ、最低だ……、俺!」

 

 

木々に囲まれた並木道を走りながら中沢は泣いていた。

好きだったのに、本当に好きだったのに、仁美を見捨てて逃げている。

涙と絶望で顔をぐしゃぐしゃにして尚も走り続ける中沢。

こんな筈じゃなかったのに。それを何度も心の中で繰り返していた。

 

 

「ちくしょう……!」

 

 

もっと力があれば良かったのか? もっと勇気があれば良かったのか?

もっと自分に――、『覚悟』があればよかったのか?

ああ、しかし彼は人間。あくまでも弱い人間なのだ。

逃げたい訳がない。だが中沢は走っている。清明院から離れていく。

 

 

「志筑さん――ッ! 下宮!」

 

 

今頃はもう?

守れなかったと言う悔しさと、二人を見捨てて逃げている自分への劣等感で中沢は狂いそうだった。

 

 

『つまんねぇよなぁ!? ああつまんねーわッ!』

 

「う、うわぁあっ!」

 

 

急に前に現れた黒。

中沢は急にブレーキをかけ、思わず躓いて地面に倒れてしまう。

その姿をダサいとケラケラ笑うのはジュゥべえだ。

中沢は話しに聞いていた為、思わず息を呑む。

だが余計な事はしないとジュゥべえ。彼はただ、中沢と話をしに来ただけだ。

 

 

『人生つまんねぇ事ばっかりだよな中沢昴。ええおい?』

 

「なんだよ……、何が言いたいんだよ――ッ」

 

『別に? いやしかしアレだね』

 

 

上条に、中沢に、下宮か。まあ見事に上下中と分かれている物だ。珍しい事もある。

だが類は友を呼ぶと言うが、そういう事なのだろうか?

人間と言うのはよく分からない、友情と言う物もまた同じだ。

 

 

「友達じゃ……」

 

『あぁ?』

 

「いや――ッ、別に……」

 

 

友達じゃ無いとは、言えなかった。

言えないというのは、言いたくないと思ったからだ。

何故か? 今一つ自分でも理解するのは難しいが、きっと友を失う事が怖いのだろう。

なのにその友に見捨てられ、殺され、もう何を信じていいのか分からなくなってしまった。

 

 

『それは今までだってそうだろう?』

 

「ッ!」

 

『お前の人生、いつも迷ってばかり。何か答えを出す事もできない。クソだよ。お前は。はいクソ。くそくそくそ!』

 

「ひ、ひでぇ……」

 

『あ? そういう事を、お前自身が言っていたんだぞ?』

 

「!」

 

 

ジュゥべえは参加者だけを見ていた訳じゃない。その周りにいる人間も観察対象であった。

その中で中沢はよく迷っていたのを覚えている。彼はそれを自己嫌悪の対象とし、変えたいといつもいつも愚痴っていた。

けれど結局変える事はできず、今に至ると言う訳だ。それは中沢にとっても不本意な事ではある。

 

 

『中ごろの立場で満足できる人生なら良いが……、お前自身がソレを拒んでいた』

 

 

常に不満だった筈だ。何かを残せる人間になりたいと思っていた筈なんだ。

だがその才能は無く、それを叶えようと意気込むだけの夢も決意も持てない。

なんと言えばいいのか? ジュゥべえじゃ人間の心なんて理解できないが、それでも思っていそうな事くらいは分かる。

 

 

『つまんねぇって気持ちだよ』

 

「……ぅッ」

 

『それでも変わりたいと思っていたんだろう?』

 

 

ジュゥべえは赤い瞳で彼を捉える。

 

 

『それを下宮の野郎は、何とかしてやろうと思っていた様だけどな』

 

「ど、どういう……」

 

 

下宮の言葉がそこでフラッシュバックする。

彼は中沢に。そしてそこには居なかったが、仁美に向けても言っていた。

死んでくれないか、と。

 

 

『その意味。もうお前は分かってるんだろう? そこまで馬鹿じゃない筈だぜ?』

 

「志筑さんは……、魔法少女になるって意味だろ?」

 

 

それは言い方を変えれば、死ぬと言う事にもなる。

一方で中沢に向けられた意味は――、なんだ?

 

 

『下宮は、お前の弱い心を殺そうとした』

 

 

『間』で、いつも燻っているお前を精神的な意味で死ねと言ったんだ。

勘違いされる言い方かもしれないが、あえて隠しておきたかった意味もあるのだろう。

お前自身に気づいてほしかったのか、照れくさかったのかは知らないが。

 

 

「どうして俺に、ゲーム関係に無い俺にそこまでアイツは――!」

 

『おいおいマジかよ。そんなもん、オイラにだって分かる』

 

 

それは――。

 

 

『アイツはお前の事を、友達だと思ってたからだろう?』

 

「!」

 

 

倒れたままの中沢は、拳をグッと握り締めて、思い切り両手で地面を殴る様に叩く。

 

 

「分からないんだ、友達ってなんなんだよ! 下宮も上条も……!」

 

 

中沢の事を下にしか見ていないのか?

もう何もかもが分からない、理解できない!!

 

 

「教えてくれよジュゥべえ……! 俺は分からないんだ――ッ!」

 

『馬鹿が。心がないオイラに、友情なんて物が分かる訳ねーだろ』

 

 

ただ、それは別に人間だって同じではないのか。

他人の心が理解できるなんて生き物は、もはや人間を超えているとしか思えない。

それでも尚、友情と言う不確かな物がこの世に腐るほど存在しているのは何故か。

その理由は見ていれば分かると言うもの。

 

 

『向こうがお前を友人と言い、お前がヤツを友人と言えば、それで終わりだ』

 

 

裏に何があるのかなんて一々考えるのか?

そりゃあ怪しい事をしていたり。裏で『アイツは友人じゃない』って言っているシーンを押さえれば完璧だろうさ。

 

 

『けれどアイツはお前を変える為にココに連れてきた』

 

 

お前はそれを理解し、そして逃げ、今ココで倒れて止まっている。

 

 

『もう分かってるはずだぜ。結局の所、ココから立ってどうするのかは、お前にしか決められない事だ』

 

 

立ち上がって、今すぐ清明院からもっと離れる為に逃げるのか。それとも……。

ただ、いずれにせよ、ココで這い蹲って時間が過ぎるのを待つのが一番醜いとジュゥべえは中沢に説いた。

 

 

『それにつまんねーだろ、そんなの』

 

 

お前自身が思っていた事だ。そうだろ? 昴。

 

 

『どうせなら画面端でひっそりと死んでるモブより、"中"央で盛大に血反吐撒き散らして死ぬ方がまだカッコいいってモンだ』

 

「――ッ」

 

 

目をギュッと瞑る中沢。そこには、小学生の時の自分が立っていた。

その隣に居たのは、やはり下宮と上条だった。

別になんで仲良くなったのか、だとか。

今まで何をしてきたのか、だとかは、覚えている訳じゃない。

 

ただ中沢にとって関わる時間が長く。

たまたまクラス替えや、なにやらで一緒になる事が多く。

だからこそ親友だと思うまでになった人間だと言う事だ。

そして次に思い出したのは、ミスパイダーにやられる下宮と仁美の姿だった。

 

 

「――のか?」

 

『ん?』

 

「変われるのか? 俺は……」

 

『お前が一番ソレを望んでる。オイラよりも、下宮よりもずっと』

 

 

一番を自分を殺したいと思っている。

かっこよくなりたいと、ヒロイックに生きてみたいと思っている。

だが、もちろんそれは中沢以外にも山ほどと思っている人間がいる筈だ。

その中で、中沢は少し特別な位置に立っている。

 

 

『これほど幸運な事はねぇ』

 

「………」

 

『さあどうする中沢昴、選択の時は来たぜ』

 

「俺は――ッ!」

 

 

中沢は拳から血が出るほどに強く握り締めていた。

はじめてだ、こんな苦しいのははじめてなんだ。

でもその中で思い出す言葉があった。

 

 

『中沢くん、信じてくれ――ッ!』

 

 

下宮の言葉。

そして――

 

 

『他人を愛するには、まずは何よりも自分を愛さなければならないって!』

 

 

それはまどかの言葉。

そしてそれを話す仁美を笑顔を。

中沢は聞いたじゃないか。仁美は今、自分を愛しているのかと。

そして、笑顔を返された。

 

 

『簡単な事だろ?』

 

 

ジュゥべえはニヤリと笑みを浮かべて中沢を見る。

 

 

『描けばいい、お前の思う最高の自分の姿を』

 

「俺の描く、俺の姿……!」

 

『そう、生き残りたいのか? それとも魔獣に挑んで死ぬのかを』

 

 

何を選んだって他人はお前を責めない。

責めるのは自分自身だ。だからこそ、自分が本当に取りたい選択をすればいい。

迷いは疑問だ。いずれ答えは出る。

 

 

『どうせなら今、出してくれ。お前の答えをオイラに見せてくれ』

 

 

ただ一つ。

 

 

『ココで寝てるだけなんてクソみてーな事だけは、勘弁な!』

 

「………」

 

 

自分がなりたい自分?

そんなもの、とっくの昔に分かってる!

寝てるだけ? 迷い続ける? 馬鹿にするなよ!!

中沢はもう一度地面を強く叩いて立ち上がった。

 

 

「俺は分からないんだよ!」

 

『………』

 

「死ぬのが怖いんだ。人間はそんなに――!」

 

 

中沢は走り出す。清明院から逆の方向に向かって。

つまり下宮と仁美から離れる様に。二人に背を向けて、魔獣から逃げる様に走り出した。

 

 

「人はそんなに、簡単には変われないんだよ!!」

 

『―――』

 

 

なるほど。

ジュゥべえは笑みを浮かべたまま、中沢を見ていた。

 

 

『それが、お前の答えかよ。中沢昴』

 

 

随分とまあ。

 

 

『愚かなヤローだぜ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ワタクシ、脳のいじり方を多少知っていますのよ?」

 

「……っ」

 

 

清明院、そこでは先ほどの光景に戻る。

ミス・シュピンネ(ミスパイダー)の糸によって、がんじがらめにされた仁美。

シュピンネは、仁美が固有魔法に目覚める前に苦しめて殺すつもりだ。

脳をむき出しにして、そこで糸で"みそ"をグチャグチャにいじる。

 

魔法少女はどんな事をされてもソウルジェムを砕かぬ限りは死なない。

そこで脳をいじり、思考を強制的に支配させる事で、痛覚を遮断しようとする考えを殺す。

そうなればどうなる? 仁美は痛みを感じたまま死ぬことも許されず、苦痛を覚え続ける。

全身の皮を剥げば、痛みから抵抗する気力も失われるだろう。

仁美を縛る糸はシュピンネの自慢の武器だ。そう簡単には切断されない。

 

 

「ホホホホホホ!! さあ、素晴らしい表情をワタクシ見せて下さるゥウウ???」

 

「ぅ……ッ!」

 

 

目を閉じる仁美。

せっかくまどかと同じ存在になれたのに!

まどかの助けができるかもしれないと思ったのに!

ここで、こんな所で終わるなんて……。

仁美はついに涙を隠す事ができず、大粒のソレを目から流す。

 

 

「志筑さん……ッ!」

 

 

助けなければ。

下宮はウォーターカッターでシュピンネを狙おうとするが、無駄な話である。

 

 

「ぐあぁああぁッッ!!」

 

「ホホホホホホホホ!!」

 

 

下宮の手、肩、目、そこへ次々に着弾する弾丸。

手に纏わせた水が弾け、下宮は再び地面に伏せる。

そして傘を構えたシュピンネは銃口から上がる硝煙を吹き消し、再び笑い声を狂ったように上げる。

 

 

「思い知るといいですわ。コレが、ワタクシ達、魔獣の力!!」

 

 

お前らじゃあどうにもならない!

シュピンネは笑みを浮かべたまま仁美の首、その皮を掴む。

 

 

「まずは何より顔以外の皮を剥いでやる!!」

 

 

シュピンネは恍惚の表情を浮かべたまま、仁美の皮膚を剥がそうと力を込めた。

 

 

「「「―――」」」

 

 

その瞬間、世界が静止した。仁美の悲鳴は聞こえない。

なぜならばシュピンネの手が完全に止まったからだ。

ただもちろん本当に時間が止まった訳ではない。それを証明する様に、シュピンネの足元にはボロボロになった屑を散らした『レンガ』が落ちている。

 

 

「は?」

 

 

ガコンッと、レンガが地面にぶつかる音も聞こえた。

分かっている事と言えば、今まさに仁美の皮を剥ごうと言う所で、シュピンネの足元にレンガが落ちてきた事。

いや、違う。レンガがシュピンネめがけて投げられたと言う事だ。

 

 

「「!!」」

 

 

投げた、投擲。

つまり投げた者がいると言う事。

仁美の、下宮の、そしてシュピンネの視線が、その人物をしっかりと捉える。

 

 

「………」

 

 

無表情のシュピンネ。

だが仁美と下宮の表情には何故か『笑み』が見えた。

別に状況が良くなる訳じゃないのに、何故か笑みが浮かんできたのだ。

希望にもならない男だ。死の未来は覆らない。

けれども、やはり中沢昴がそこに立っていた事は、仁美と下宮にとっては喜ばしい事だったのだ。

 

 

「「中沢くん!!」

 

「う、うぉおおお!!」

 

 

二人に名前を呼ばれ、中沢はもう一つの手に持っていたレンガを思い切り投げる。

彼は先ほど清明院から離れる様に走り出した。だがそれは仁美と下宮に背を向けて逃げたのではない、僅か先に見えたレンガを二つ拾い上げる為に移動したのだ。

そしてそれを持った中沢は再、踵を返してココにやって来た。

 

こうして手に入れた中沢くんの武器、レンガ。

一発目は外したが、二発目は火事場の馬鹿力でシュピンネの頭部に直撃した。

やった! 中沢は一瞬笑みを浮かべるが、シュピンネの頭部に当たったレンガは粉々に砕けて、地に落ちていった。

 

 

「は? あ? 誰?」

 

「ぐっ!」

 

「誰お前? 誰? ハ?」

 

 

シュピンネの声のトーンは低い。本当にどうでもいいと言う素振りだった。

そもそも中沢の印象が薄すぎて顔すらもう忘れていた程だ。

だが思い出してみれば、ついさっき仲間を見捨てて逃げた人間ではないか。

それがレンガを二つ抱えて戻ってきたかと思えば――……、なんだこれ。

 

 

「貴方……、え? 貴方まさか……!」

 

「ッ!」

 

「もしかして、今、ワタクシに攻撃したのですか?」

 

 

弱い人間の分際で、ワタクシに勝てると思ったのですか?

うん、だからココに来たのですよね? レンガなんて下らない物でワタクシが死ぬとでも思ったから戻ってきたんですわよね?

え? 嘘、マジデ?

 

 

「………」

 

 

シュピンネは歯を上下かみ合わせたまま、口を開く。

かつてない程、震えていた。それは屈辱の振動。

魔法少女や騎士ならまだしも、ただの弱い弱い『餌』が、自分を超えよう等と――ッッ!!

 

 

「今すぐッ! 死ねェエェエッ!!」

 

「う、うわぁあ!!」

 

 

シュピンネは中沢を殺す――、それも即死させる為、傘の銃口を頭のほうへ向けた。

 

 

「ヘッドショット、脳みそブチまけて死ネ」

 

 

シュピンネは娯楽を捨てて、ただ中沢を殺したい一心で引き金に手を掛けた。

しかし、火事場の馬鹿力を出したのは中沢だけではなかった様だ。

 

 

「ウオォオオオオオオオオッッ!!」

 

「グンッッ!?」

 

 

衝撃を感じてシュピンネは真横を見る。

するとそこには自分に掴み掛かってくる下宮が。

血まみれで必死にシュピンネに掴みかかり、血液を撒き散らしながら羽交い絞めにする。

 

 

「お前ッ! なぜこの傷で動ける!!」

 

 

足元もまた大量の出血が見える。

通常では立てない筈の傷なのに何故!?

 

 

「心だよ!!」

 

「はぁ!?」

 

「お前らには一生理解できないだろう!!」

 

 

下宮は叫ぶ。

確かに、体は限界を迎えようとしていた。

しかし今、自分よりも戦う力のない中沢がココに戻って来て、戦う意思を示した。

それを見れば、下宮は何が何でも動かなければならなかったのだ。

 

 

「僕の友人が頑張ってくれている。僕が動かない理由はないッ!!」

 

「意味が分かりません! 理解できません!!」

 

 

気でも狂ったか!

シュピンネは下宮を振り払う為に再び魔獣体・『ミスパイダー』へと変身する。

だがそれでも下宮は力を弱めない、ミスパイダーを離さない。

全身から水流を噴射して、少しでも抵抗してみせる。

 

 

「雑魚の抵抗ですわ! 何の意味もない、ああ何の意味もないッ!!」

 

 

確かにミスパイダーの言うとおり、下宮は抵抗を示している訳だが、それは所詮ミスパイダーを押さえ込んでいるだけ。

だが、それが何も変えられないと思っているのなら、それは大きな間違いだ。

 

 

「そうだろッ? 中沢くん!!」

 

「下宮、俺は人間だ! 人間の中でも弱っちい人間なんだよ!」

 

 

中沢は歯を食いしばり、涙を滲ませながら力強く叫ぶ。

声が枯れる程、喉が潰れそうに成る程に強く、強く、強く。

自分は人間だ、死ぬのが怖くて怖くて仕方ない。物事に挟まれた時も戸惑うだけで何も決められない。

 

 

「そんなの急に変わらないよ! 俺は、弱いままだ!!」

 

「何をゴチャゴチャとォォオオ!!」

 

「でも、俺は、変わりたいんだッッ!!」

 

「「!」」

 

 

仁美と下宮は中沢を一心に見つめる。

分からない、分かれない、決められない。そんな自分を少しでも変えたい。

迷う自分そのものを変えたい、その想いは本当だったんだ。

 

 

「変わりたいんだ俺! もっと、もっとこう!!」

 

 

うまく口にはできない。

けれど今までの自分が微妙だって事は分かっている。

簡単には変えられないとも分かってる。変えるにはそれ相応の努力が必要だとも分かっている。

けれど変えたい、変えたいんだ。その想いを抱くくらいいいじゃないか。

そうだ、そうだよ、俺は変身したいんだ。中沢はひたすらに叫んだ。

 

 

「うじうじ悩んでる自分より、中で挟まって燻ってる自分よりッ!」

 

「中沢くん……!」

 

 

中沢は下宮を見る。

 

 

「お前を信じられる人間に、信じてくれる人間になりたいんだ!」

 

 

中沢は仁美を見る。

 

 

「志筑さんを守れる自分になってみたいんだよぉッ!」

 

 

随分と情けなく叫んだ。

怖い。怖いけど……、このまま何もできずに終わるのもまた怖かった。

だとすれば自分はまさに死んでいるのと同じじゃないか。

 

生きていれば意味も見つかるかもしれない。

けれど失った意味を抱えて生きていけるほど、きっと自分は強くない。

自分のことは、自分が一番分かってるから。

 

 

「だから思うんだ!!」

 

 

モブキャラクターとしてヒッソリと死んで終わるより、せめて名を刻めるキャラクターになりたい。

いや、もっと強く。どうせ抱える夢ならもっと高く!

 

 

「ヒーローになってみたいんだよッ! 俺はぁあッッ!」

 

 

信じたい。苦しんでいるなら、助けたい。

そうだとも。卑屈に閉じこもる自分ではなく、信じられる人間になりたい。

助けられる人間になりたい。

 

 

「下宮! お前は俺の友達だ!」

 

 

お前だけじゃない。

上条だって、志筑さんだって、鹿目さんだって守れる男に俺はなりたいんだ。

なって……、みたいんだ。

 

 

「頼むッ! 下宮!!」

 

 

ミスパイダーが罵倒してきた気がする。

だから中沢は、その声を掻き消す為に、より音量を上げる。

中沢は下宮から『狙い』を聞いた時、仁美を魔法少女にするだけが目的ではない事を伝えられていた。

その詳しい内容は知らないが、とにかく下宮はこう言ったんだ。

一緒に、戦ってほしいと。

 

 

「俺に――ッ!」

 

 

意味は分からず。

弱い自分が戦わなければならないと言う恐怖に怯えるしかできなかったが、今はもう違う。

なによりも親友が言ったんだ。僕を信じてくれと!

 

 

「俺に力を貸してくれぇええッッ!!」

 

 

だから信じる。それだけだ。

 

 

「ホホッ!! ホホホ!!」

 

 

しかし嘲笑。ミスパイダーは中沢の言葉を下らないと一蹴する。

アホか? 馬鹿なのか? 人間が今更何をしようが、魔獣である自分を退けるなんてできはしないのだ。

なのに何を必死に叫んでいるのか? なぜココで絶望ではない涙を流すのか?

不愉快だ、ああ不愉快だ!!

 

 

「お前もさっさと離せェエッ!」

 

 

暴れるミスパイダー。

しかし! 下宮は確かに聞いてしまった。中沢の魂の叫びを。

 

 

「―――ぜ」

 

「!?」

 

 

文字通り、下宮はミスパイダーから手を離す。

ミスパイダーは勢い余って、前のめりになりながら離れていく。

そして下宮。ではなくスラッシャーは――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その正式名『アビスラッシャー』は、人間体・下宮鮫一に戻って、勝利を確信した様に笑った!

希望に満ちた笑みを中沢昴に向けたのだ。そして彼らしくない荒々しい言葉で、賛辞を!

 

 

「その言葉待ってたぜ中沢ァッッ!!」

 

「「「!」」」

 

 

血まみれのアビスラッシャーが懐から取り出したのは、紛れもない騎士が使うカードデッキだった。

それは香川が研究に使っていた物、それを拝借してきたのだ。

とは言え、このカードデッキは壊れているのか、まったく反応しない代物だった筈。

なんの役にも立たないガラクタの筈だ。

 

 

いや、本当にそうか? 本当にコレは壊れて使い物にならないのか?

 

 

アビスラッシャーはそうは思わなかった。それは香川の話が原因だった。

目をつけたのはコントラクトのカード。香川はコレを元々はアドベントだと説明してくれた。

しかし絵柄のサイコローグが死亡した際にカードが変質したのだと。

 

そこに下宮は答えを見出した。

彼は思ったのだ、ひょっとするとミラーモンスターとは元々騎士の鏡像、分身、己が生み出した性質などでは無いのかもしれないと。

それはイツトリかインキュベーターが、FOOLS,GAME用に定めたオリジナルの設定。言ってしまえば後付のルールではないか。

元々はミラーモンスターとは、このコントラクトのカードで契約を結び、そして騎士に力を与える存在だったのではないかと。

 

それならばこのデッキが使えないのが説明できる。

このデッキに紋章が刻まれていない理由が分かる。

城戸真司達は、元々いたミラーモンスターのモチーフになった動物と関連がある人生を送る様に設定されただけで、元々は何の関係も無かった筈。

 

要は彼らは都合の良い様に設定されていた訳だ。

ミラーモンスターは、元々騎士とは別の独立した生命体だった。

それがFOOLS,GAMEでは統合されていただけ。

 

だがこのデッキは違う。

コレは神崎優衣がもたらしたイレギュラー。

つまりイツトリやインキュベーターの干渉を受けていない、彼女の世界から来たそのままのカードデッキとカードだ。

だからこそ使えなかった。この世界のルールが先入観を齎して!

 

 

「なっ!」

 

 

驚愕の声を上げて肩を大きく震わせたのは、ミスパイダーの方だ。

それもその筈。下宮がデッキから一枚のカードを抜き取ったかと思うと、彼がそこへ吸い込まれていったからだ。

それは下宮の考えが正解だと答えを示す物。

 

つまり元々カードデッキとは、ミラーモンスターとコントラクトのカードで契約を果たした上で、やっと使い物になると言う意味だった。

おそらくブランク体くらいには変身できたのかもしれないが、この世界にルールとして定められている騎士の上限『13人』に反してしまう為、変身もできなかったのだろう。

 

だが今、その上限は壊れた筈だ。

そうだろ? 下宮はカードの中に入る感覚を覚えながらソイツを――!

ジュゥべえを睨む。

 

 

『ハッ! 中沢昴。テメェの選択は実に愚かな物だぜ』

 

 

ただの人間のクセに、魔獣に牙を向けるとは。

 

 

『だがまあ……、そうだな。悪くは無いな。オイラは嫌いじゃないぜぇ?』

 

 

キュゥべえと隣に並ぶジュゥべえ、その表情は笑みである。

それが答え、今はそれだけで十分だ。

 

 

「うおぉッ!?」

 

 

下宮は魔獣だ。

だがその魔獣とは、神崎のデータを取り込んで再構築された物。

だから下宮は思った。自分は今、ミラーモンスターとして認識されるのではないだろうかと。

そして賭けを行った。それが今、ココにある光景である。

 

 

「下宮、お前――ッ!」

 

 

中沢の左手にはカードデッキがあった。

青色の、下宮(サメ)をイメージした紋章をしっかりと刻み込んだカードデッキが!

 

 

『中沢くん! デッキを前に!』

 

「……ああ!」

 

 

中沢は左手でデッキを持って、思い切り前に突き出す。すると出現するVバックル。

そう、下宮鮫一は、自らをコントラクトに契約させる事で、デッキに命を吹き込んだのだ。

そしてそのマスターに選んだのが、この男である。

 

 

「下宮ッ! 俺はこれからもたぶん……! いっぱいつまらない事で迷ったり悩むのかも!」

 

 

中途半端な性格だから。

 

 

「でも俺は、必ず自分の納得する答えを見つけてみせる!!」

 

 

左手を引き戻し、左斜めの上に。

右手は指を曲げつつ、右斜め下に持っていく。

 

 

「弱い自分を、今、殺すんだ!!」

 

 

そして左手を右斜め下に。

右手を左斜め上に素早く移動させる。

その際に僅かにぶつかる手と手。

ぶつかって擦り合わさる『チッ』と言う音が聞こえて、構えは完成する。

 

 

「こ、こんな馬鹿な事が!!」

 

「覚えとけ魔獣!!」

 

 

状況を飲み込めずに、手を振るうだけのミスパイダー。

中沢は、そんな魔獣を睨み付けながら魂の叫びをぶつける。

 

 

「"中"ってのはな、迷う為の文字じゃないッ!」

 

「!!」

 

「ど真ん中ストレートぶち抜く為の文字だ!」

 

 

決めたんだ! 下宮を、仁美を助けると!

だからもう迷うな。決めた道を真っ直ぐ。中央を走り続けろ!

 

 

「俺は中沢昴! 14人目の騎士だ! 変身ッ!!」

 

 

デッキを装填する中沢。

そこで始めて異常事態と言う危機感を持ったか。ミスパイダーは傘から銃弾を発射する。

しかしもう遅い。中沢の周りに二対の鏡像が現れて、襲い掛かる弾丸を全て弾き飛ばして肉体を守る。

そして鏡像が重なり、弾けた時、そこには14人目の騎士が立っていた。

 

 

「ッ!?」

 

 

美しく輝く、メタリックなセルリアンブルー。

それはまさに契約モンスターである下宮の魔獣体のモチーフである"サメ"と呼ぶにふさわしい姿だった。

深淵の青。全てを噛み砕く牙を持った、海の野獣。

 

 

(……チョロイもんだぜ)

 

 

ジュゥべえはつくづくそう思う。

ちょっと背中を押しただけで人間は力に魅了されて堕ちていく。

中沢も、仁美も、宇宙延命の為のエネルギーを簡単に提供してくれた。

その先には地獄が待っているのにも関わらず。考えが足りない馬鹿なのか?

それとも……?

 

 

『おもしれぇ。雑魚(モブ)の分際で足掻きやがるか中沢昴、志筑仁美! その根性、見せてもらおうじゃないの』

 

 

この二人は、地獄が待っていると分かって力に手を伸ばした。

このまま堕ちていくだけなのか。それとも抗う事で這い上がるのか。

しっかりと見せてもらおうじゃないの。ジュゥべえはニヤリと口を歪ませた。

 

 

 

 

 

 

 








魔法少女の衣装は踊り子さんっぽいヤツ(語彙力)
騎士の変身ポーズは、お、オーズっぽいヤツ(語彙力)


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