仮面ライダー龍騎&魔法少女まどか☆マギカ FOOLS,GAME   作:ホシボシ

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コミックス版の魔獣編のネタバレがガッツリあります。
見てない人は、ごめんやで(´・ω・)


第92話 ふざけんなよ

 

 

「お分かりですかな若人たちよ! 巴マミ、佐倉杏子、手塚海之。美しき愛のトライアングルを感じておられますかな!」

 

 

 

執事服に身を包んだナイトメアは何かがおかしい。

今までのタイプはファンシーな二頭身ほどであったが、そこにいるのは長身の男性だ。

シルエットでみれば人間と何も変わらないが、唯一顔だけが異形だった。

ナイトメアの上部にある大口をあけた部分が頭部になっている。

モチーフの動物は――、角の生えた蝙蝠に見えるが……?

 

 

(おお)お嬢様の苦悩のイメージ、分かりやすい事は素晴らしいことです! 大きな誤解がありそうですが、もしも私の姿に恐怖を抱いたのならば申し訳ない。安心してくだされ、これはまやかし。真の存在にはあらず。おっと失礼、あなた方ならば既にご存知か!」

 

 

それはそれは煌びやかな食堂だった。

ホムラはノーベル賞の晩餐会で、頭のいい人たちが座っている席を思い出した。

まあ、尤も、ここはハリボテなのだが。イチリンソウの中にあるニセモノなのだが。

 

 

「人は完璧ではないから神に愛されたのです! 子は、青いからこそ美しいのです。完璧な存在こそ歪であると、この『ガープ』は思いますが、如何でしょう! お嬢様方!」

 

 

用意されたのは12席。不在者あり。

ホムラは、博士は、アイドルほむらは、汗を浮かべていた。

どうした事か。体一つ動かせない。瞬きもできず、息をしているのかも分からない。

ただ存在しているだけ。座って、揺らめく蝋燭の火を見つめている。

それに、そもそも声が出せなかった。

 

 

「お嬢様方、困惑することはない! 体が動かせないのは錯覚だ。なぜ体を動かそうとしない人間が、自由に動くことができるでしょうか。ほら、不思議ではないでしょう?」

 

 

ガープの背後にはスクリーンがあった。そこにはホムラと同じ姿の少女が映っている。

 

 

「皆様のアイデンティティ。結構でございます。白衣、メガネ、クワガタ、アイドル! 素晴らしいキャラクター性に、私も感服いたしました!」

 

 

ガープは大きな咳払いをひとつ。

 

 

「よろしいではないですか! ならば、鹿目まどかが嫌いな暁美ほむらがいたとしても! そろそろ少女は大人になるべきだ! 大お嬢様もそれを望んでおられる!」

 

 

ここでガープはわざとらしく手を振った。

 

 

「故に、独立をお認めいただければ! 精神が完全に分離すれば、この世界にて肉体が構成されますゆえ! たとえ破瓜が起きたとしてもお嬢様方には血の一滴流れますまい。おや、失礼。これは随分と不躾な!」

 

 

ガープは自分の頬をペチンと叩いた。

 

 

「しかれども! これ! 何も性欲を乱雑に発散すればの話でもなく! ありふれた愛の形にございます。お嬢様方は、性別に拘らぬ面を見せたりはしますが、何、不思議なことではなく、ただ純粋に分かりやすい愛情の形を思い浮かべたりもします!」

 

 

ガープは手帳を取り出すと、ペラペラとめくり始めた。

 

 

「アラサー……、ふむ、アラウンド――、おひとりさまマミ。おっと、これだこれだ。たとえば時間軸が一つにおいて、お嬢様は既に既婚者でおありだ。相手の男性は鹿目タツヤ! おお、これは何か裏がありそうではありますが! このガープ、下世話な話、思い浮かべれど口にはせず。ともあれ、あるいは子を作ろうとしたのかもしれませぬ! 少なくとも接吻くらいはお許しを!」

 

 

ホムラはガープが何を言っているのか、サッパリ分からなかった。

しかし何か言葉を変えそうにも、喋れないのだから仕方ない。

 

 

「交尾と言えば聞こえは悪い! しかしお嬢様たちとて、殿方と結ばれ、子をなし、ペットを飼って一軒家で暮らすことを病室のベッドで夢見た事はおありでしょう! なに、今の世、それが絶対的な幸せな形ではありません! それを押し付けるのはナンセンス! 時代に取り残された化石者のやることだ! が、しかし! お嬢様はお嫌いではない! このガープには分かります。望んでいないだけで、あれば、それはそれで。お嬢様は意外といやしいところがある! なに! お気になさらず! それはそれで魅力的ですよ!」

 

 

ガープは一つ、咳払いを行う。

 

 

「まあ、なんであれ、大お嬢様はそれを望んでおられるようなので、私はそれに従うだけでして! しかしお嬢様方も意地悪だ。人を抜け出そうとする焦りを、大お嬢様に押し付けた。鹿目まどかを憎む心を一身に受けた大お嬢様は、それはさぞ歪んでしまいました。たとえこれからの世で皆様が不快感を抱こうとも、どうかそれは自らの罪と割り切ってほしいものですな!」

 

 

ガープは手を叩いた。パンと音がすると、ろうそくの火が全て消える。

暗闇の中でホムラは気づいた。肉体など始めから無かったのだ。

だから口を開くことができなかった。今ここにあるのは、ただの闇だ。

 

 

「いや、何。大お嬢様も今は模索しておられる時だ。いずれにせよ鹿目まどか抹殺は成功させねばなるまいが、愛の形をどこに落とすかは彼女の自由。ましてやそれをお嬢様方には押し付けないと言っておられるのは随分と寛大であるとガープは思います。ではこれ、何を批判するべきところがありましょうか! お嬢様たちは、お嬢様の世を。大お嬢様は、大お嬢様の世を過ごせばよろしいだけ! 我々は少しだけ人を頂こうと言うだけなのです! 時間は絶対ではない。お嬢様達さえ知らぬ幾億の世界にて、人の関わりなど九牛の一毛! 拘りを持つことはよろしいが、縛られるのは不自由極まりない!」

 

 

そこでガープの声がドッと冷たくなった。

 

 

「人間の価値観など、我々にしてみれば脆いものでしかない」

 

 

いずれ分かる。しかし、たいした価値の無いものを、価値の有るものとして見れるのは人の良いところだ。ガープはそう思う。

 

 

「それでいい。だから人は人であれるのだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「手塚さん――、いつもあんなのと戦ってるんですか?」

 

 

なみなみと注がれた紅茶を二口ほど飲んだ後、ほむらはカップを置いて問いかけた。

 

 

「まあ、そうだな。と言っても俺は先週契約したばかりなんだ」

 

「でも手塚くん。さっきの戦いは凄く良かったわよ。ファイナルベントのタイミングとか。ねえ佐倉さん」

 

「ふがっ? ああ、んがんご、んげげげげ」

 

 

杏子はマミが用意したケーキを手づかみで口の中に詰め込んでいた。

口の周りはもうクリームだらけである。それを見て、ほむらは思わず小さく吹き出してしまった。

 

 

「テメェ。なに笑ってんだ」

 

「ひっ! あ、あのっ、ご、ごごごめんなさい!」

 

「よし。じゃあ罰だ。アンタも同じように食え」

 

「え? え? え!?」

 

「佐倉。パワハラだぞ」

 

「うっせ!」

 

「ところで暁美さんと佐倉さんはどういう関係? 知り合いなのよね」

 

「ああ。コイツ、アタシらのクラスに転校してきたんだ。えーっと、なんでだっけ?」

 

「え? あの、入院してて……」

 

「まあそうだったの。大変だったわね。困ったことがあったら何でも聞いて。佐倉さんも、手塚くんも、お願いね」

 

「言われなくても分かってるっての。つか、もうダチだし」

 

「え?」

 

「なんだよ。違うのかよ」

 

「え? いやっ、あの……!」

 

「もう佐倉さんったら。ダチって言葉が乱暴なのよ。暁美さん、ダチっていうのはね、友達って意味よ」

 

「なんだよ、それくらい知ってるだろ」

 

 

そう、知っている。入院中に呼んだ漫画で見た。友達。トモダチ。その響きが信じられない。

しかし確かに杏子は友達だと言ってくれた。ほむらの体の中が熱くなる。

とにかく動いて熱を発散させたい。でもどうやって動こうか。

貧乏ゆすり? 足りない。だからほむらはケーキを手で掴んで食べ始めた。

 

 

「ははは! そうだよ。美味いだろ?」

 

「う、うん!」

 

「暁美さん優しいのね。いいのよ、佐倉さんのマネなんかしなくても」

 

「いえっ、あのッ、真似したかったので! と、友達ですから!」

 

 

ほむらはバクバクとケーキをむさぼり、笑みを浮かべた。

 

 

「このケーキ凄く美味しいですっ!」

 

「そう? ありがとう。あぁ、でも暁美さんってば、お口の周りがクリームだらけよ。ほら、こっちに顔をよせて。そう、そうよ。うん、ありがとう」

 

 

マミがティッシュで優しく拭いてくれた。

ほむらは思わず固まってしまう。マミの優しい笑顔に、なんだか言いようの無い安心感を覚えた。なんだか、ほむらはこの部屋にずっといたいと思ってしまった。

ちょっと乱暴だけど守ってくれる杏子がいて、優しくて甘やかしてくれるマミがいて、そして――

 

 

「なんだ?」「い、いえ……」

 

 

手塚――……。

 

 

「あの、それよりどうしてあんな不思議な力を?」

 

「ああ。ガープと契約したんだ」

 

「が、がぁぷ?」

 

「それは私のことですよ! お嬢さん! 私がガープです!」

 

 

ビクッと震える肩。

ほむらが声のした上を見る。すると天井に化け物が張り付いているのが見えた。

それはまるでコウモリ。天井を床のようにして、そこに肘枕をしている。

 

 

「このガープ。人に力を与えます! 男性は騎士へ! 女性は魔法少女へ! そして人の存在を無に還そうとする鬼畜、ナイトメアを破壊します! おっとお嬢様、震えを止めていただければ! 確かにこのガープ。見た目はナイトメアとほぼ同じ! が、しかし! 存在こそナイトメアと同質なれどッ、中身は別物! 奴らが人の夢を襲おうとするのを食い止めるため、参上した次第で! ええ! つまりは、悪くない存在なのですよ! ふむ!0」

 

「相変わらずうっさいヤツ……!」

 

 

杏子達はうんざりしたように紅茶を啜っている。

なんとなく事情は分かった。とすると、ほむらの中に激しい『願い』が浮かび上がる。

しかしそれを察知したかのように、ガープはほむらの前に着地。

人差し指を、ほむらの唇の前に持っていく。

 

 

「我が欲するは強き戦士! ご安心くだされ、お嬢様! この見滝原には既にマミ、杏子、ライアの三人がおります! お嬢様は安心して朝の紅茶を啜って、ご学友と共に美しい青い春をお過ごしくだされば、このガープ、幸いでございます!」

 

「え、あ……、はい」

 

「ならば――、結構!」

 

 

そこでガープは消えた。ほむらがポカンと固まっていると、衝撃を感じる。

杏子が肩を組んできたのだ。

 

 

「ま、そういう事だから。安心しな。なあマミ」

 

「ええ、そうよ。私たちがバッチリ見滝原の平和を守りますからね!。ね、手塚くん」

 

「ああ」

 

 

ほむらは肩を竦め、少し困ったように笑った。

お茶会が終わった後、今日は解散という事になった。

杏子は町外れの教会に両親と、妹とお婆ちゃんと一緒に暮らしているらしい。遅くなると家族が心配するとの事だったので、手塚がほむらを送っていくことになった。

 

 

「襲うなよ」

 

 

ニヤつく杏子を無視して手塚は歩き出す。ほむらも後をついていった。

ある程度進んだところで、手塚は苦虫を噛み潰したような顔で後ろを見た。

そこにはロボットのように動くほむらが見える。進むスピードが遅い。カチコチして、距離は結構離れている。

 

 

「ど、どうした?」

 

「い、いえ、あのっ、その、お、おおお男の人と二人になるの初めてで」

 

「あぁ、まあ……、そうだな」

 

 

手塚はほむらが追いつくのを待った。

無言の時間、無音、だから周りの音がよく聞こえる。

 

 

「ピアノの音がするな」

 

 

追いついたほむらへ、手塚はそう言った。

 

 

「え……? あ、本当。きっと近くの家で弾いてる人がいるんですね」

 

「エリーゼのためにだな。なかなか上手い」

 

「知ってます。病院で、演奏してくれる人がいて……」

 

「そうなのか」

 

「はい、とっても上手で。思わず名前、覚えちゃいました。斉藤雄一さんって人なんですけど、凄いんですよ。私と同じくらいの歳だったのに――」

 

 

その名前を聞いたとき、手塚の表情が確かに変わった。

 

 

「え? あ、あの、私っ、何か気に障るようなこと言いましたか……?」

 

「いやっ、そうじゃないんだ。斉藤雄一は俺の友人だ」

 

「あっ、そうだったんですか!」

 

「でも、亡くなった……」

 

「あ」

 

 

ほむらはフリーズしてしまう。

 

 

「ご、ごめんなさい」

 

「いや、謝ることじゃないさ。どんな人間も――、いつかは死ぬ」

 

 

しかし手塚は悔しげな表情を浮かべた。

その当たり前――、人の人生、或いは運命がどうしても納得いかなかったらしい。

 

 

「雄一は、ナイトメアが見せる悪夢が原因で自ら命を絶った」

 

「!」

 

「だから俺は、雄一のような人間を出さない為に、ライアになったんだ」

 

 

そこで手塚は怯んだように固まった。

はて、何故だろう? どうして知り合ったばかりのほむらにこんな大切な話を?

分からない。なぜだかほむらは初めて会ったような気がしない。どこか果てしない親近感を覚えてしまう。

 

 

「暁美は、魔法少女になりたいのか……?」

 

「えッ、ど、どうして分かったんですか?」

 

「なんとなく顔を見てれば分かるさ」

 

 

それに占い師志望として、他人を観察する目は養われているようだ。

ほむらは唇を噛んで頷いた。理由は――、なんとなく分かる。杏子達だろう。

 

 

「はい、そうです。手塚さんの言うとおり」

 

 

マミや杏子と、もっと『近く』にいたい。二人が危ない目にあうなら助けてあげたい。

 

 

「で、でも無理ですよね。私、体育の準備運動で倒れるんだから」

 

「そうでもないさ。魔法少女になれば身体能力も上がる」

 

 

手塚にも友を失いたくないという気持ちはよく分かる。

 

 

「分かった。俺がガープに頼んでみるよ」

 

「えッ、いいんですか?」

 

「ああ。だがもちろん覚悟は必要だ」

 

 

無責任な勧誘と言えばそうだが、手塚としても一つ大きな理由があっての事だ。

占い師として、ほむらにはとても大きな『才能』が見えた。運命を切り開く強さを彼女からは感じる。もちろん、そんなものはただ勘といえばそうなのだが……。

とはいえ、手塚はほむらの想いを酌んだ。ほむらはお礼を言って手塚の隣に並ぶ。

 

 

「ありがとうございます。手塚さんってもっと怖い人かと思ってました」

 

「………」

 

「あ、ごめんなさいっ。私、変なこと……」

 

「いや、いいさ。本音をさらけ出す事は悪くない。その調子で、ガープに頼め」

 

 

二人は並んで歩いて帰った。

その後、ほむらはガープに自分も魔法少女にして欲しいと頼んだ。

マミ達は反対したが、ほむらは手塚のアドバイスを思い出して本音をさらけ出した。

いつもひとりぼっちだった。そんな自分にできた友達、先輩。大切な人たちの力になりたい。失いたくない。その思いを説くと、ガープは涙を流して頷いた。

 

 

『おお、なんと殊勝な気持ちを持つ若人か! 友のため、口にするのも恥かしいことをベラベラと! いえ、勘違いなさらぬよう! このガープ、感動しているのです! 人は時間と共に美しい青さを失っていく! 他者のために歩む道を毛嫌いすること。それすなわち世界の黒に飲み込まれていく証拠。にも関わらず、暁美ほむら! よろしい、貴女の青に免じてここは一つ、魔法を授けてみようか!』

 

 

こうしてほむらは魔法少女になった。時間を止める力は、戦力としては十分すぎる。もちろん前に出て戦う力はほとんどないが、それでもマミ達を助けるだけの力ではあった。

こうしてマミ、ほむら、杏子、手塚によるクアドラブルファンタジスタ(マミとほむらが命名)が誕生し、見滝原の平和は守られていくのだった。

 

 

 

 

 

 

「うへーッ、疲れたぁ」「うぅーッ、私もぉ!」

 

 

ある日の放課後、ナイトメアを倒した帰り。杏子はマミの部屋にやって来るなりソファに倒れこんだ。ほむらもメガネがズレており、ヘロヘロと歩いて杏子の上に覆いかぶさる。

 

 

「ちょっと二人とも。お行儀が悪いわ」

 

「固いこと言うなよマミぃ。アンタも疲れたろ」

 

「そうですよ巴さぁん。一緒にゴロゴロしましょー!」

 

「えぇ……」

 

 

マミが困ったようにしていると、手塚が冷蔵庫を開ける。

 

 

「いいじゃないか。お茶の用意は俺がするから」

 

「そ、そう? じゃあお願いね手塚くん」

 

 

そういうとマミは嬉しそうに杏子とほむらの間に飛び込んだ。

 

 

「えいっ!」

 

 

結構ノリノリだ。三人の笑い声が聞こえてくる。

 

 

「にしても今日は大活躍だったじゃん、ほむら」

 

「えぇ? そうかな?」

 

「ええ、私たち何度も助けられちゃった。ありがとう暁美さん」

 

「ふ、ふふっ! どういたしまして!」

 

 

嬉しそうに微笑むほむら。するとマミが何かに気づいたようだ。

 

 

「そう言えば、ずっとメガネなのね。暁美さんって」

 

「え? だって目、悪いですもん」

 

「でも魔法で視力は回復できるわ。ちょっといい?」

 

 

そういってマミは、ほむらのメガネを取った。

 

 

「ほら、とっても綺麗で可愛いわ。もっと出していきましょ」

 

「そ、そうですか?」

 

「ええ。それにほら、髪だって。ほどいてみて。ほら、そう、そう、まあ! 凄いわ暁美さん。とってもサラサラで。綺麗!」

 

 

褒められるのは悪い気はしない。ほむらはマミに促され、姿見で自分の姿を確認した。

視力を強化する魔法を教えてもらって、クリアになった世界を確かめる。

黒くて長い髪。メガネをかけていない自分。なるほど、確かに悪くなかった。

なんだか脱皮したような。変われたような気がした。

 

 

「杏子はどう思う? 似合ってる――、かな?」

 

「ん? んん、まあ悪くないね」

 

「じゃあ、手塚くんは?」

 

 

紅茶を並べていた手塚は、ほむらをジッと見つめて頷いた。

 

 

「ああ、良いと思うぞ」

 

「そ、そっか……! うん、ありがと」

 

 

ほむらはニヤニヤとしながら髪をかきあげた。

 

 

「じゃあ、そうする!」

 

 

ほむらはニカっと笑った。

 

 

それは、とても充実した日々だった。

雰囲気を変えてからクラスメイトの受けはよく、身体能力が上がったことで心にゆとりもできた。

まさに変身したみたい。朝、杏子とマミと一緒に学校に行って、クラスメイト達に挨拶して、手塚におはようと言う。

 

ある日の球技大会。

生徒達が楽しそうに決勝戦を観戦している。話題はやはり、大活躍のコンビであった。

 

 

「杏子!」「まかせろ!」

 

 

そのドリブルはまさに芸術だった。

誰が手を伸ばそうとも、彼女はヒラリと風のようにすり抜けてしまう。

そして名前を呼んで放たれたロングパス。ほむらの想いを、杏子はガッチリと受け止めた。

 

 

「最高ッ! ナイスほむら!」

 

 

ブザービートと共にぶち込まれたダンクシュート。

そこでほむらのクラスが逆転勝利だ。会場は最高に湧きあがり、チームメイト達は一気にほむら達に飛びついていく。

 

 

「あぁ! もう最高ッ! 二人共とってもかっこよかった!!」

 

 

なぜか見学に来ていたマミが一番乗り。ほむらはマミを抱きしめながら、杏子にウインクを送る。

 

 

「上出来ね、杏子!」

 

「はッ、誰に言ってんだってハナシ。当然だから」

 

 

杏子は腕を伸ばし、ほむらと肩を組む。

 

 

「アンタとアタシが組めば、無敵だっての!」

 

「うん! かもね!」

 

 

ニヤリと笑いあう二人。

その帰り道、いつものようにマミの家に寄ろうかという時、手塚に会った。

 

 

「見ててくれた?」

 

「ああ。約束したからな」

 

「かっこよかったでしょ? なにかご褒美ちょうだい!」

 

「ああ。スポーツドリンク。買ってきたぞ」

 

「もう! それだけ? 私頑張ったんだけどなー! 最後の凄かったでしょ?」

 

「俺はお前が勝つと分かってた。俺の占いは当たる」

 

「そればっかり! でもまあ確かに、アドバイスどおり右足から玄関出たから、それが良かったのかも」

 

 

気づけばマミと杏子は先を行っていた。

ニヤついているような気がするが、気のせいだろう。

ほむらは手塚から目を逸らし、少し頬を赤く染めて髪を弄り始める。

 

 

「じゃあ……、今、私が思ってる事も分かる?」

 

「占いはエスパーじゃない。そこまでは分からないさ」

 

「ふ、ふぅん。そっか。まあいいや」

 

 

ほむらは手塚の背中を叩くと、マミ達の方へ向かって走り出した。

そこそこ力が強い。手塚は怯んだように前のめりになり、ぽかんとした表情でほむらを見た。

 

 

「ほら! 早くしないと、手塚くんのケーキも食べちゃうぞ!」

 

「???」

 

 

四人でいる時は本当に楽しかった。戦士には、戦士たちにしか分からない想いがある。

彼女達だけにしか育めない絆がある。戦士たちにしか埋められない孤独もある。

マミはその日、酷く憂鬱だった。たまにフラッシュバックで両親が死んだときの事を思い出す。

あの日、父は酷く疲れていた。その道は信号もなくて、なだらかで、だからほんの少しだけ眠ってしまったのかもしれない。

 

そこを、ナイトメアに狙われた。

悪夢を見たマミの父は、アクセルペダルを踏み込み、そしてガードレールを突き破った。

マミが助かったのは――、運が良かっただけだ。前の席にいた父も、母も、即死だった。

マミは一人ぼっちになってしまった。広い部屋は辛いだけだ。

でも毎日杏子が来てくれて、ほむらがいて、手塚がいて。明るいおしゃべりが部屋の中を満たす。

けれども皆、帰ってしまうんだ。それは当然のことだ。仕方ないことだ。

帰らないでとは言えない。重いとは思われたくなかった。

 

ただ、皆が帰った後は酷く静かで。寂しさも倍増してしまう。

その日は両親が死ぬ夢を見てしまったから、寂しさが消えなかった。

マミは泣いていた。するとインターホンがなる。

扉を開けると、ばつが悪そうに頭をかいていたほむらが立っていた。

 

 

「ごめん巴さんッ。私、携帯忘れちゃったみたいで」

 

「まあ、本当? ちょっと待っててね、探すから」

 

「うん。部屋、入っていい?」

 

「ええ。どうぞ」

 

 

携帯はすぐに見つかった。しかしマミは気づいた。

ほむらは、そもそも携帯を忘れてなんかなかった。あれは嘘だったのだ。

どうして? 問いかけると、ほむらは舌を出して笑った。

 

 

「なんでだろ。今日、なんか巴さん暗かったから。だからかな?」

 

 

その笑顔を見て、マミは弱さを吐露した。

 

 

「ねえ、もしよかったら今日、泊まっていかない?」

 

「いいんですか? ふふ、喜んで」

 

 

ほむらはマミの痛みが分かっていたし、マミはほむらの痛みを分かりたかった。

そもそも、ほむらだって同じ気持ちだった。それを吐露していく。ほむらだって両親のいない部屋は辛かった。

マミと一緒にご飯を食べながら。お風呂に入りながら。ベッドに入りながら弱さを分かち合う。

それはとても恥かしい事だったが、とても気持ちのいい事だった。

 

 

「うわー、なんかすっごい恥かしい。凄い、何かッ、いかがわしい事してるみたぃ!」

 

「ご、誤解よ! それにやろうって言ったのは暁美さんからじゃない!」

 

「ですよねぇ。あはは、ごめんなさい」

 

 

一緒に寝よう。寂しいからギュッとしよう。

抱き合ったはいいが、マミの胸がモニュモニュ当たってくる。

ほむらは少し赤くなりながら、困ったように笑った。

結局恥かしいので、手を繋ぐだけにする。真っ暗な部屋の中で二人は一緒に天井を見つめた。

 

 

「でも今日は良かったな。マミさんともっと仲良くなれました」

 

「う、うん。それは私も。暁美さんとの距離がグッと近づいたわ」

 

「やった! ふふふ!」

 

「でも、ありがとうね。私――、結構余裕なかったみたい。暁美さんが来てくれなかったら私――」

 

「いいんですよ。私だって巴さんに会いたかったし」

 

「え?」

 

「なーんか。たまに無性に甘えたくなるんです。マミさんの笑顔が見たいっていうか。撫でてほしいっていうか。あ、ごめんなさい。キモイ?」

 

「そんな事。でも私も、たまに凄く暁美さんに褒めてほしくなるの。だから一緒ね」

 

「本当ですか? やったぁ! じゃあもうマミさんは私がいないと駄目ですねっ!」

 

「そうかも。これからも一緒にいてね。暁美さん」

 

「オーケーです。マミさんが嫌だって言っても傍にいますので。そのおつもりで」

 

 

二人は笑いあう。

 

 

「ねえ、マミさん。ギュッてしてもいいですか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

「よっしゃ! ふあ、落ち着くぅ。また泊まってもいいですか?」

 

「もちろん。いつでも来てね。私は本当に、本当の本当にいつ来てもらっても大丈夫だから」

 

「お! じゃ、これからはもっと泊まっちゃおうかなぁ。なんなら毎日! なんて!」

 

「え、いいの!?」

 

「へ?」「え?」「ん?」

 

 

そんなこんなで一緒に住むことになったり。

ただ、まあ、もちろん順調な事ばかりではない。

あの日は、雨だった。きっかけは杏子がテストで赤点を取った事をからかったのが始まりだった。

 

 

「杏子ってば。もっと私を見習いなさいよね! ほほほ!」

 

「けッ、なんだよ。アンタは魔法使ってカンニングしてんだろーが」

 

「な、なによそれ! 酷い!」

 

 

確かにはじめの方は。

でも必死に勉強は頑張って、そのテストはちゃんとお自分の実力で受けたのに。

そこからだんだんとヒートアップしてしまい――……。

 

 

「だいたいナイトメアと戦う時だって杏子は猪突猛進で! もっと頭使えばいいのに!」

 

「アンタには分かんない作戦があんだよ!」

 

「なによそれ! そんなの嘘ばっかり! 杏子ッ、マミさんの一番弟子でしょ! なのになんでそんなに乱暴なのよ!」

 

「けッ! またマミかよ! へいへい、そんなにマミが大事ならずっとマミと一緒にいればいいだろーッ!」

 

「はぁ!? なにそれ! 私は心配してあげてるのに! 杏子がッ、ナイトメアにやられちゃわないか! 不安なのに!」

 

「な、泣くことかよ! 卑怯だぞ!」

 

「最低! 最低最低! もうッ、絶交!!」

 

 

十分後、ほむらはテラスで大きなため息をついていた。

完全に言い過ぎた。自己嫌悪だ。そうすると手塚がやって来た。

 

 

「ねえ手塚くん。どぉしよぉ……」

 

「占ってやろうか? 佐倉と仲直りする方法」

 

「いいの!?」

 

「いいのか?」

 

「へ? なにそれ」

 

「そのままの意味だ。俺が仲直りの方法を教える。それでいいのか?」

 

「……だね」

 

「俺達は常に命を賭けてきた。秘めた思いは明日には伝えられない可能性がある。だから恥かしい言葉だって、お前はいつも全力で口にしてた」

 

 

ほむらは思い出す。心臓の手術をする前、思った。

一分、一秒、ここに生きていることの幸運を。死にたくないと思ったあの日のことを。

そして杏子に話しかけてもらって、彼女と一緒に食べたお昼ご飯。

気づけば、ほむらは走っていた。

 

 

 

その時、佐倉杏子は酷くイライラしていた。

その理由は本人も分からない。だからただひたすらに体を動かした。

ダンスゲームにもう一枚、100円を入れる。

 

 

「!」

 

 

気づけば、横にほむらがいた。杏子は舌打ちを零し、立ち去ろうとする。

 

 

「逃げるの?」「はぁ?」

 

「勝負。私が勝ったら、なんでも言うこと聞いて」

 

「くだらねぇ……」

 

「怖いんだ。ふーん。あっそ。逃げるんだ。へー。知らなかったぁ。杏子って臆病――」

 

「だぁああ! もう分かった分かった! ぶっ潰してやる!」

 

 

突如始まったダンスバトル。

何をやってるんだ。杏子は呆れながらも、的確なステップでスコアを稼いでいく。

が、しかし目を見開く。隣を見ればピッタリとついてくる暁美ほむらがいたからだ。

 

 

「ねえ杏子ッ! 聞いて! 私、このゲーム必死に練習したの! なんでか分かる?」

 

「ッ、知るかよ!」

 

「じゃあ教えてあげる! 杏子と一緒に遊びたかったから!」

 

「!」

 

 

ほむらは激しく踊りながら杏子を睨む。

 

 

「杏子に馬鹿にされないように。杏子が楽しいように! 一緒のレベルになりたかった! だからそれはつまり! 杏子と一緒に踊りたかったからよ!」

 

「な、なに言って……!」

 

「そもそも魔法少女になったのだって杏子がいたからよ! あのさ、私に話しかけてきてくれたの、どれだけ嬉しかったのか分かってんの!?」

 

「うぐッ」

 

「このキラキラした日々は、全部杏子がくれたから! 私はねッ、杏子が大好きなの!」

 

「はぁあ!」

 

 

杏子は思わず叫び、ステップを踏み間違える。

 

 

「こんな恥かしいこと言わせないでよ! あのね、マミさんはすっごく素敵な憧れの人。手塚くんは、凄く頼れる人。でッ、杏子は大親友! 代わりなんてないし、だから貴女が言ったことで凄く傷ついたりするし! 危ない目にあってほしくないの!」

 

「……だって」

 

「え!? なに?」

 

「アタシだってッ、アンタしか親友いないんだよ!」

 

「私も! でもそれでよくない? 親友って、それくらいで十分よ!」

 

「かもな!」

 

「うん! だからゴメン! 杏子!!」

 

 

フィニッシュ。得点は――、ほむらの勝ちだった。

汗だくで息を荒げる二人。俯いている杏子は、差し出された手に気づいた。

 

 

「ほむら……!」

 

「ほら、私の勝ち。だからお願い聞いて」

 

 

ほむらは意地悪な笑みを浮かべる。

 

 

「仲直りして。マイフレンド」

 

「はっ、約束しちまったし。聞かないとね」

 

 

そこで杏子はお菓子の箱を取り出し、ポッキーを一本。

 

 

「くうかい?」

 

「うん。頂くわ」

 

 

ほむらはポッキーを受け取ると、アイスを食べるみたいにチョコを舐め取る。

 

 

「変な食い方。きたな」

 

「ひどッ!」

 

 

二人は声を出して笑いあった。

長期休暇の際には旅行にもいった。中学生なので、キャンプだったが、それでも楽しかった。

 

 

「ねえ、知ってる? さっき聞いたんだけど、この紙にお願いごと書いて、紙飛行機にして川に飛ばすと、願いが叶うんだって。やろうやろう! 紙は水に溶ける環境に優しいヤツだから。ほら、杏子! いいから! うん、そうだよマミさん。記念にね」

 

 

三人はお願いを書いてみる。

 

 

「ねえ杏子。なんて書いたの? 私ともっと一緒にいたいとか?」

 

「わけないだろ。ばか」

 

「照れちゃって。可愛いんだから。ん? なになに? これからも四人一緒に入れますように?」

 

「あ、凄い。佐倉さんと私、一緒!」

 

「ふふん。マミさん、杏子、実は私も一緒です」

 

 

ずっと、杏子と、マミと、手塚と一緒にいたい。

いつまでも、永遠にこの楽しい時間が続いて欲しい。

そんな想いを胸に、ほむらは飛んでいく紙飛行機を見つめていた。

帰る時、手塚にお土産を買っていこうという話になった。そこでほむらはふと、思う。

杏子と喧嘩したとき、手塚は頼れる人といったが、それが何か引っかかっていた。なにかこう、嘘をついたような罪悪感が胸に残っていた。

 

ある日、ほむらはクラスメイトの獅子神と海老名と一緒に委員会の仕事を行っていた。

そこで二人が付き合っていることを知る。

 

 

「え、す、すごい!」

 

「えっへっへ。別にすごかねーよ。なあ」

 

「うん。暁美さんだって手塚くんと仲いいじゃん」

 

「えッ、でも私達は別に……」

 

「またまたぁ。えっひっひ。そんなこと言って、裏じゃブチューだろ」

 

 

ほむらは考えた。すごく、すごく考えた。

その放課後。ほむらはクラスメイトの中沢と下宮に呼び出された。

 

 

「暁美さん! 俺、ずっと前から暁美さんの事が気になってて! お願いですっ、俺と付き――」

 

「ごめんなさい!」

 

「早い! もう食い気味の――ッ、早い!」

 

 

撃沈する中沢を押しのけ、下宮が前に出る。

 

 

「分かっていたよ。暁美さんは中沢くんではなく、この僕を選んでくれ――」

 

「それもごめんなさい!」

 

「うぐッッ! う、嘘だ! ど、どうして!!」

 

「私――ッ、好きな人がいるんです!!」

 

 

ほむらは走った。夕焼けの中を全力疾走。

 

 

「手塚!」

 

「ん?」

 

 

川辺を歩く彼を見つけた。

ほむらは大きく深呼吸。胸が張り裂けそうだ。ドキドキして。バクバクする。

しかしこの勝負だけは逃げるわけにはいかなかった。そもそも、きっかけを与えてくれたのは手塚だ。彼が魔法少女へ推薦してくれなければ、今頃ほむらは何も変われなかったかもしれない。

杏子との仲直りだって、良いアドバイスをくれた。

 

 

「だから、占ってよ!」

 

「な、何を?」

 

「恋愛運! 当たるんでしょ? それともできない?」

 

「……できるさ」

 

「じゃあ見えてるでしょ! 私と貴方の間にある! 運命の糸!」

 

「――ッ、よく言えるな。そんな事」

 

「凄いでしょ! えっへん!」

 

「……怖いんだ」

 

「私だって怖いよ! でも大丈夫! だって私、魔法少女だもん!」

 

「………」

 

「ずっと傍にいてあげるわよ! 危ない事があっても大丈夫。魔法があるから! それに貴方が守ってよ! それじゃ不満?」

 

「いや――、そう、そうか。そうだな」

 

 

手塚は大きく深呼吸。

 

 

「暁美。ずっと言えなかった」

 

「なに?」

 

「好きだ。付き合ってくれ」

 

「もちろん! 言うのが遅いよッ! 罰として幸せにしてね!」

 

 

ほむらは走り、手塚に飛び掛る。

手塚としては受け止めたはいいものの、どうしていいかサッパリ分からない。

そうしていると、ほむらはニヤニヤしながら見つめてくる。手塚はなんだか恥かしくなって目を逸らした。

 

 

「ねえ手塚くん。ハグくらい友達でもするんだけど」

 

「ッ?」

 

「いやだからね。分かってる? 私たち今もう付き合ってるんです。だからね、恋人にしかできないことしよーよぉ」

 

 

ほむらはグイっと身を乗り出した。

手塚も覚悟を決めて、ほむらの瞳を見つめる。

ほむらは幸福だった。あとはほんの少し動いて、唇をくっつければいい。

だが――、しかし、その時だった。二人のすぐ傍に、ガープが現れたのは。

 

 

「申し訳ない若人達よ! このガープ、今が最悪のタイミングである事は重々承知! ですがそれでも、青い春を全力で燃やそうとする二人を邪魔せざるを得ない理由がありまして!」

 

「ど、どうしたの?」

 

「ご報告が! 今すぐに戦闘準備を! まもなく、この見滝原にナイトメアを束ねる親玉が襲来します!」

 

 

 

 

 

 

 

 

夜だった。

マミ、杏子、ほむら、ライアは遠くに現れた化け物を見て、思わず薄ら寒いものを感じた。

それはサイズ、今までのナイトメアとは比べ物にならないくらい大きい。

なによりも、フォルムが全く違っている。

 

 

「あれは、なに?」

 

「魔女でございます! お嬢様! 糸車の魔女! いや、もはやアレはもっと恐ろしいものだ! 例えるならばそれはまさしく――」

 

 

邪神・デカログス。

それはまるで塔のような化け物だった。

糸車や裁縫道具があしらわれた塔の頂上には、なにやらほむらに似た服装の化け物が浮遊している。

恐ろしい姿であった。顔の上半分がなくなっており、イチリンソウの花畑が広がっている。全身を糸で縛り付けられているその化け物は、囚われているようにも見えた。

 

 

「邪神だかなんだか知らないけどさ。ラスボスなんだ。歯ごたえがなきゃつまらない!」

 

 

杏子がそう言って笑ったので、他のメンバーも笑う。

 

 

「ねえ、絶対に勝とうね」

 

 

ほむらが拳を出した。他の三人は、自分の拳をほむらの拳に重ねる。

 

 

「終わったらマミさんの家で鍋パ」

 

「任せて。すっごい美味しいの作るから」

 

「やったね! 手塚くん、さっきの続きも忘れないでね」

 

「あ、ああ」

 

「ん? なんだよ、ほむら。続きって」

 

「ふふ、秘密! じゃあ行くわよ! 杏子!」

 

「あ、おい待てよ!」

 

 

ほむらが飛んだ。続いて杏子達も後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・デカログス『十戒』胡桃交じり。

 

1.『○○○』が、唯一の神であること

2.偶像を作ってはならないこと。『○○○』以外の崇拝の禁止

3.愛をみだりに唱えてはならないこと。『○○○』のため

4.『○○○』との約束を守ること

5.『○○○』の父母を敬うこと

6.汝、殺す無かれ

7.男性との姦淫をしてはいけないこと。純潔こそ『○○○』のため

8.『○○○』に関わる道を選ぶことの拒否。人生を盗んではいけないこと

9.『○○○』について偽証してはいけないこと

10.『○○○』の財産をむさぼってはいけないこと

 

 

『醜い』

 

 

冷たい声だ。しかしガープは本気でそう思ってしまったのだから、仕方ない。

なぜならば肌が汚い。泥と血がべっとり。髪の毛もボサボサで汚れていて、欠片も美しくない。靴はもうなくなっており、足のつめは割れ剥がれていた。

呆然としたように、暁美ほむらは歩いていた。

 

立ち止まった先にはマミが寝転んでいる。

しかし頭がない。首から上がどこかに消えており、肋骨が胸を突き破っている。

ふと、ほむらは斜め上を見た。手塚はマミと『逆』だった。体がどこかに消えている。

首だけの手塚。耳もなく、脊髄から零れ落ちる血が転々と落ち、水溜りを作っている。

 

 

「うぎゃぁぁああぁあぁあああぁ! がひぃぃいいあぁぁあぁ!!」

 

 

それは獣の叫びのようであった。

ほむらは真っ青になって、頭を掻き毟る。足裏を何度も地面に打ち付けた。

それは軽い自傷行為。言ってしまえば、子供が駄々をこねるのと同じだ。

認められなかった。認めたくなかったのだろう。マミと手塚が死んだことを。

 

 

「あぁぁあぁああッ、あぐぁぁあひぃぃいぁッ」

 

 

ほむらは崩れ落ち、ガチガチと歯がぶつかる。

もう嫌だ。帰りたい。こんなのは嘘だ。マミの家に帰れば、またマミに会えるし、そこには手塚もいる。

 

 

「ほむら!」

 

 

ハッとした。傷だらけの杏子が肩を掴んだのだ。

 

 

「落ち着け! 辛いのは分かる! でもな、もう死んじまったんだよ! マミもッ、手塚も!」

 

「嘘よ! 嘘ッ! アァアア!」

 

「嘘じゃない! 嘘じゃ――ッ!」

 

 

そこで杏子は言葉を止めた。崩れ落ち、叫ぶほむらが哀れに見えたのだろうか。

杏子が浮かべた表情といえば、慈悲に満ち満ちたものだった。

彼女は髪を結んでいた赤いリボンをほどくと、それをほむらの前に置く。

 

 

「やるよ」

 

「……え?」

 

「ほむら、お前は逃げろ」

 

 

ほむらが顔を上げると、杏子は槍を構えて、邪神を睨みつけていた。

 

 

「無理よ! 一人だけで、あんなのに勝てっこない!」

 

 

杏子まで死んじゃう。その言葉は言えなかった。だってまだマミと手塚は死んでない。

その想いに苦しんでいると、杏子は呆れたように笑った。

 

 

「アタシ、魔法少女なんだ」

 

「ぇ」

 

「守らないと。家族もいるし。アンタもいるしな」

 

「――逃げようよ! 誰も杏子を恨んだりしないよ! ね? い、いいでしょ?」

 

 

杏子は答えなかった。代わりに、別の思い出を口にする。

 

 

「なあ、ほむら。笑うなよ? アタシ、アンタとダチになれたの本当に嬉しかったんだよね。なんつーかさ、ナイトメアから助けるの間に合ったじゃん? あれ、誇りなんだよね」

 

 

巨大な槍が杏子の前に現れる。

 

 

「こんなアタシでも何かを守れるって。だから、魔法少女になれてよかった」

 

 

フルパワーだ。己の魔力を、魂を、全て攻撃に注ぎ込む。

 

 

「あばよ、ほむら。元気でな」

 

「待ってッ! 待って杏子! 行かないでぇッ!」

 

 

杏子の乗った燃え滾る槍は、迷いなく邪神に向かって飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様。大丈夫ですかな」

 

 

ガープは杏子の髪の一部をほむらへ差し出した。

しかしほむらは見ていない。ただ泣きじゃくるしかできなかった。

 

 

「杏子……! どぉじで。生きででほじがっだのに……!」

 

「生きてて――、ふむ。その言葉は本当ですか? お嬢様」

 

「え?」

 

「一つ、ご提案が」

 

 

暁美ほむら。時間停止。否。それだけではなく、時間を戻すことによる禁忌。

 

 

「戻せるのッ? みんなが生きてる時間に!!」

 

「ええ、まあ。しかし時期は指定できませぬ。戻るとすればお嬢様が学園に転校なさる時期かと! そうすれば佐倉杏子らの記憶にお嬢様はおりませぬ。ましてやこのガープ、ナニモノにも邪魔される事なく過ぎ去る時にこそ真の美しさを見ておりますゆえ、桜は舞い散るからこそ美しいのであります。どうかご理解を」

 

「嫌だ! 私は皆を助けたい! このままなんて絶対に嫌!」

 

「意思は固いと。なればこのガープ、文句は言えますまい! どうぞ盾をお使いください。やり方は――、ええ、今頭の中に」

 

 

ガチャンと音がした。砂時計のギミックが作動する音だ。

 

 

「それではお嬢様。さようなら」

 

 

ガープは遠くにそびえ立つ塔を。邪神を見つめながら手を振った。

 

 

「青いな。見苦しいが――、醜くはない」

 

 

ガープの声が聞こえた。次の瞬間、ほむらは病室で目を覚ました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「……負けちゃった」

 

「お嬢様。それは屍です。抱いていても元には戻りません」

 

「やだ。杏子とずっと一緒にいる」

 

「お嬢様。邪神がすぐそこに」

 

「大丈夫。戻すから」

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「杏子に勝ったの。何でも聞いてくれるって。だからペアルックしたいって言ったら、あの子すごく嫌がって」

 

「お嬢様」

 

「でも強引に押し切ってやったわ! ふん!」

 

「なるほど。ですから同じ服を着ていたのですね。しかしお嬢様。お気持ちは分かりますが、お嬢様。邪神が」

 

「ドジでゴメンね。杏子、マミさん、手塚。次は――、絶対に助けるから」

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「どうして! どうして勝てないの!!」

 

「お嬢様。お気持ちは分かりますが――」

 

「アァアアアアアアアアアアアア!!」

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「マミさんってね、すごく可愛いの。ほっぺにチューするとね、真っ赤になって。うふふ」

 

「お嬢様。言いにくい事ですが、マミは死んでおります」

 

「そうよ! マミさんいつも死んじゃうの! だから一緒に逃げようって言ったのに。みんなを説得しようって言ったのに。うそつきだよね」

 

「それが魔法少女の中にある正義感なのです。邪神を放置すれば、見滝原は崩壊しますゆえ」

 

「置手紙にも書いてあった。でも暁美さん大好きってあったよ。だったらどうして私を選んでくれなかったの!!」

 

 

 

 

「お嬢様。お逃げください」

 

「手塚くんってね、冷たいように見えて、結構やさしいんだよ」

 

「お嬢様。邪神がおりますゆえ、避難の後にお話を聞きましょう」

 

「手を繋いだでしょ? ハグしたでしょ? デートもたくさんしたし。あ、でもキスってまだしてないかも。あの人結構、奥手で」

 

「お嬢様。ご理解ください。手塚海之はもう死んでおります」

 

「いつ終わるの? これ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 

暁美ほむらは一瞬、何が起こったのか分からなかった。

はたして自分は何者なのか、しばし考える。確か――、魔獣たちと戦って、それから声がして、それから、なんだか晩餐会のような場所。

そしてここは、イチリンソウの花畑。

 

 

「このリボン」

 

 

ほむらの隣に、『暁美焔』は立っていた。頭につけていた赤いリボンを解き、見つめる。

 

 

「これね、杏子がくれたの」

 

「そう――……、え?」

 

 

一瞬、そうだと思った。杏子が邪神に突撃する前に渡してくれた形見。

それをずっと焔は大切に持っていたのだと。だが違う。そうじゃない。ほむらは首を振る。だって焔は以前、それは手塚に貰ったと嬉しそうに教えてくれた。でもそれも違うのだ。

 

 

「それは、まどかに貰ったのよ」

 

「だとしても変えるわ。私の記憶操作で。世界を創り変える」

 

 

ほむらが目覚めたのは、焔にとっては悪くない話であった。

それだけ『分断』が進んでいるのだ。再ループの自分こそが暁美焔の全てになる。

 

 

「歪に絡みついた感情ッ、因果! 私にはまだ、ほどけない!」

 

 

悲痛な焔の叫びが、ほむらの心を刺激する。

その時、暁美ほむらは全てを思い出した。全てを理解した。

再構成。リ・イマジネーションが今、行われようとしていたのだ。

暁美焔の目的は、暁美ほむらの抹殺。それは何も死を以ってして行われるわけではない。たとえばアイデンティティを全て別のところに塗り替える事ができたなら、その時、全く新しい焔が生まれる。

 

それはリュウガと龍騎のようなものだ。『あなた』は私だが、私は『あなた』ではない。

リュウガは龍騎と融合することで、一体の存在になろうとした。そして焔は、ほむらと分離する事で二体になろうとした。やり方や内包するものは大きく違えど、どちらにせよ自分の存在を確固たるものにしようとしている。

 

焔の本質は、暁美ほむらに存在する『鹿目まどかを恨む心』だ。

どんな人間も完璧ではない、ほむらとて、まどかに対する不満はあった。

尤も、それを表に出すことはなく、そんな感情を抱いてはいけないとも考えるようになった。だから心の片隅にしまっておくが、それを一心に受けていたのが『焔』である。

ほむらには既に『多重人格』の気があった。いくつものループが生み出した存在は、時間を戻したとしても『if』として残り続ける。博士や、ほむ姉さん、剣豪ほむら等がそれだ。

 

言ってしまえば焔もその一人。そうしたほむらの特性が一つの奇跡を起こした。

あれは、まどかが女神になった日だ。そもそも一定の例外があるとはいえ、概念が書き換えられた後の世界では全ての人間が鹿目まどかの記憶を失う筈だった。

にも関わらず、暁美ほむらが鹿目まどかを覚えていたのは、『奇跡』を起こしたからに他ならない。

 

 

『だからって貴女はこのまま、帰る場所もなくなって、大好きな人達とも離れ離れになって、こんな場所に一人ぼっちで永遠に取り残されるって言うの!?』

 

『ううん。諦めるのはまだ早いよ。ほむらちゃんはこんな場所まで付いて来てくれたんだもん。だから元の世界に戻っても、もしかしたら私のこと、忘れずにいてくれるかも』

 

『だって魔法少女はさ、夢と希望を叶えるんだから。きっとほんの少しなら本当の奇跡があるかもしれない。そうでしょ?』

 

 

その通り。あの銀河空間。まどかとほむらが別れたあの時、あの瞬間。奇跡は確かに起こったのだ。

願いは、まどかを忘れないこと。そして生まれたのである。ソウルジェムが。

 

 

「暁美ほむらには、二つの(ソウルジェム)がある。ループを望んで生まれた時間停止の魔法(たて)。そしてもう一つが、まどかを忘れまいと生み出した記憶操作の魔法(ゆみ)

 

 

LIAR・HEARTSの最後において、天乃鈴音がほむらの首を切った。

文字通り、二つになったほむら。ほむらと、焔。弓は焔の方に。盾はほむらの方へ。

 

 

「LIAR・HEARTSでユウリがまどかに化けて貴女を拒絶した時、貴女は心に大きな傷を負った。だから逃げたかった。そして前に出たのが私なのよ! そして私は勝利者になった! そして、手塚と……!」

 

 

焔は嬉しそうに唇を押さえる。記憶は、ほむらにもあった。

 

 

「でもあれは、結局ッ、彼を逃げの道具に使っただけじゃない!」

 

「違う! だとしても私は確かにあの時――ッ!」

 

 

確かに、人格は完全に分かれていないため、ほむらにとってはそうだろう。

しかしなぜ、焔なんてものが自我を持ち始めたのか。

 

 

「私が確かにあの時、手塚海之を愛したからだろうがァア!」

 

 

焔は魔法少女へ変身。闇の衝撃波が発生して、ほむらはイチリンソウの上を転がる。

焔は現在、魂の一つを所持している。人格を別にするには最適のアイテムであった。

が、しかし、それが足かせにもなっている。なぜならば焔が所持してるソウルジェムは、『鹿目まどかを忘れたくない』という理由で生み出された代物だからだ。

鹿目まどかを嫌悪している焔にとっては、まさに毒のようなもの。

 

しかし捨ててしまえば、焔の存在は非常に弱くなってしまう。

魂なき人格など、ちょっとした考え方の違いにしかならない。主人格様にすぐに食われてしまう。

なので、焔はこの魂の中にある鹿目まどかを別の人間にしようと思った。

それが手塚、杏子、マミだ。

そしてほむらの方も、よりストイックになれば、人格の剥離は上手くいく。

 

 

「十戒は貴女の考え方よ! 私の魂の中にある、おぞましい考え方!」

 

 

1.『まどか』が、唯一の神であること

2.偶像を作ってはならないこと。『まどか』以外の崇拝の禁止

3.愛をみだりに唱えてはならないこと。『まどか』のため

4.『まどか』との約束を守ること

5.『まどか』の父母を敬うこと

6.汝、殺す無かれ

7.男性との姦淫をしてはいけないこと。純潔こそ『まどか』のため

8.『まどか』に関わる道を選ぶことの拒否。人生を盗んではいけないこと

9.『まどか』について偽証してはいけないこと

10.『まどか』の財産をむさぼってはいけないこと

 

 

「まどかまどかまどか! 馬鹿みたい!」

 

 

焔が襲い掛かってきた。

このままではマズイ。ほむらも変身すると、盾から警棒を抜き取って、それを前に振るった。

弓と警棒が交差し、ほむらと焔は組み合い、にらみ合う。

先に口を開いたのは、焔だった。

 

 

「まあでも? 気持ちは分かるわ。貴女の記憶を追体験してみて! 張り裂けそうだった! もともとあった手塚への愛はもちろん。杏子と、マミさん!」

 

 

焔は一旦後ろへ下がり、足を前に出した。

ほむらも盾を合わせ、蹴りをガードする。しかしすぐに飛んで来た闇の矢が盾を撃ち、衝撃でほむらは大きく後ろへ吹き飛んでいく。

 

 

「だから、ほら、いいでしょ? ほむら。だって貴女はまどか達を残してあげた。私すごく優しいことしてるよね? だってまどかだけの貴女に、さやかと仁美もあげるって言うのよ。あとはほら、他の参加者だって」

 

「……だから、巴さんたちを渡せって?」

 

「そうよ。それくらい良いでしょ? 貴女に私の気持ちが分かる?」

 

 

次々に黒い矢が飛んでくる。ほむらは盾でそれをガードしながら、歯を食いしばった。

 

 

心の中(あけみ屋)にやってくるほむらはたくさん。でも皆がまどかを愛していた。私の気持ちを分かってくれる人なんて誰もいない! でもギリギリ耐えられたのは、貴女がまどか以外の人間に向ける醜い悪意があったから! それが何? いきなり巴さん達にも愛を向けやがって! 勝手なヤツ!!」

 

「城戸真司の目的は全員の生存よ。巴さん達がいなかったら、それは達成できない。なによりも――ッ!」

 

 

ほむらはハンドガンを抜いて、それをすかさず撃った。

早撃ち。弾丸は焔の頬を掠める。

 

 

「聞いて、焔。私は巴さんたちを憎むことを止めたいの」

 

「……じゃあ、鹿目まどかを恨む気持ちを受け入れる事ができるというの」

 

「ええ、そうね。それが私が目指した世界だもの」

 

「だから、ね。違うのよ、ほむら」

 

「ッ?」

 

「受け入れるとか、取り込むとか。それは貴女の都合でしょ? 私は嫌なの。私は貴女とは違う存在になりたいの。一つの独立した自分になりたいの! 手塚を好きな気持ち、杏子とマミさんと一緒に歩む人生を私だけのものにしたいの! もう人格は別なのよ! ただまだ別れきれないってだけ!」

 

 

その為に新しいループを重ねた。その時の想いが今、焔へ注がれていく。

あれは紛れもない暁美焔の人生なんだ。

 

 

「暁美ほむら。貴女に選べる選択肢は二つだけ」

 

 

一つは焔の要求を聞き入れ、まどか達を連れて消え去るのか。

もう一つは、全てを得るために、暁美焔を殺すかだ。

 

 

「どうして、貴女は……、そこまで」

 

「馬鹿でしょ。でも、貴女なら分かってくれる筈よ。ほむら」

 

 

交じり合うほむらと焔。暁美という概念。複雑だ。思わず焔は笑ってしまう。

 

 

「私の幻影であったとしても、手塚とのキスは許せない。嫉妬しちゃもん」

 

 

だからガープに割りこませた。なんて話。

すると、その時――、聞こえるはずのない声が聞こえてきた。

 

 

「笑っちゃうよねぇ。ほんと、理想の自分気取ってた? きんも」

 

 

それは紛れもない、鹿目まどかの声だった。

 

 

「きゃあぁああ!」

 

 

なんて眩い闇なのか。黒い光を伴った矢が着弾し、爆発する。

吹き飛ぶほむらと焔。墜落する彼女達を見て、鹿目まどか――、ではなく色つき・フールはケラケラと笑った。

 

 

『ゲビビババ! クソカスほむらでございマス! フール様』

 

「うん、分かってるぅ……!」

 

 

フールの隣にはナイトメアが浮遊していた。そう、魔獣が仲間にしたナイトメアが、この世界の扉を開いたのだ。

だから魔獣たちが進入していたのである。フールはあの幻想のループをしっかりと確認していた。

 

 

「笑っちゃうよね焔ちゃん。皆に好かれるように自分を設定してたんだ。流石ボッチのスペシャリスト。球技大会で活躍とか、アビスたちに告白されるところとか、本当に都合がいいよねぇ。ティヒヒヒハハハ!」

 

 

焔が憎悪に塗れた表情を浮かべる。そこで、ゼノバイターが降ってきた。

地面に着地すると中腰になり、首をカクカクと動かして笑う。

 

 

「クカカカカ! 見つけたぜぇ。暁美焔ァ」

 

 

インキュベーターを介さずに生み出されたソウルジェムを持つ女。

そしてその中には確かに円環の力が内包されている。

それを獲得すれば、ゼノバイターはさらなる強化を遂げる事ができる。

 

 

「暁美ほむらよりも先にテメェをブチ殺して、力を奪ってやるぜィ! カカカカ!!」

 

 

ブレードトンファーを構えると、ゼノバイターは全力で走り出す。

どうすればいいのか。ほむらは咄嗟に焔を庇うように立つと、アサルトライフルを連射してゼノバイターを狙う。

 

 

「ハハハハハ! なんだこの豆っころはよォオ!」

 

 

だがゼノバイターは全身で弾丸を受け止めながらも減速する事はなかった。

 

 

「死んどけカス」

 

 

一瞬だった。ゼノバイターは跳躍で距離をつめると、体を捻って足を振るう。

踵が、ほむらの目の前にあった。ゼノバイターはほむらの顔面を粉砕する気であった。

しかしなぜか、そこで突風が発生する。体が浮き上がる感覚。そこでゼノバイターは地面に墜落する衝撃と痛みを感じる。

 

 

「なんだッ?」

 

 

カードが舞っていた。トランプ。タロット。

その中央にいたのは暁美ほむらではなく、騎士ライアであった。

 

 

『トリックベント』

 

 

ほむらが意識を取り戻した際、彼女はトークベントを使用していた。

手塚へコンタクトを取ったとき、彼もまた全てを思い出した。

故に、チェンジザデスティニー。位置を入れ替えるカードによって、イチリンソウの中にいたほむらと、手塚の位置が入れ替わった。

ライアの抜いたカードはサバイブ。バイザーも盾から洋弓へと変わり、ライアはカードをそこへセットしようと試みる。

 

 

「来てくれたんだ! 手塚くん!」

 

 

焔の嬉しそうな声が聞こえた。その時、世界が粉々に砕け散った。

 

 

「なにッ?」

 

 

イチリンソウが消し飛んだ。

鏡が割れるように、空間が砕ける。気づけばゼノバイターとフールは街の中に立っていた。

 

 

「なんだ? どうなってやがる! アイツはどこ行きやがった!」

 

 

走り、周囲を確認するが、ほむらはもちろん、焔もライアもいない。

フールも目を光らせた。鹿目まどかではなく、元の姿、つまりクララドールズの眼光を光らせて周囲を探る。しかしどこにも気配、魔力はない。

 

 

「はぁー、めんどくさ。どういう事? ナイトメア」

 

『はッ! 我が主フール! これはつまり、この虚心星原自体が暁美焔の仮想世界である事カラ! つまり――』

 

 

逃げられた。それだけだ。

 

 

「なんだそりゃ。くだらねぇなァ」

 

「いずれにせよ焔ちゃんが逃げたいって思って逃げられるなら、わたし達にはどうする事もできないじゃない。ウザすぎでしょ」

 

 

フールは虚空を睨みつけながら考える。まあ、方法がない訳でもない。

世界を粉々にしてしまえば、もうどこにも逃げられない筈だ。しかしもちろん、それを世界の主である焔が許す筈もないだろう。

壊れた世界を修復できるほどの力は持っている筈だ。

 

 

「でも、大きな力なら、焔ちゃんもどうにもできない」

 

「……はーん。なるほど」

 

「いずれにせよ、あの女はまどかの事が嫌いなんでしょ。好都合じゃない。わたし達は力を手に入れて、ついでにまどかも殺しちゃいましょう」

 

「だが早くしねぇと暁美のほむらちゃんにお目当ての力がパクられる可能性もある。俺様、そんなの耐えられないね」

 

「もちろん、このまま黙ってるって事もしないよ。ねえそうでしょ、その為に貴方がいるんだよね」

 

 

フールの視線の先にいた『色つき』は、ニヤリと笑ってみせた。

 

 

 

 

 

「……ッ」

 

 

ファンシーでチープな音、手塚が目覚めると、彼は馬に乗っていた。

もちろん本物じゃない。メリーゴーランド。クスクスと笑い声が聞こえて、手塚は左を見た。

そこには、同じように馬に乗った焔が、優しい笑みを浮かべている。

 

 

「寝てたの?」

 

「ああ。少し――、疲れていて」

 

「寝顔、面白かった」

 

「良い意味だと思っておくよ」

 

 

静かだった。周りには他のお客さんはいない。ただ二人だけ。世界には二人だけだった。

 

 

「楽しいね! 手塚くん!」

 

「……ああ、そうだな」

 

 

何を言えばいいのか分からず、手塚はしばらく無言で馬に乗っていた。

焔は楽しそうだった。しかし手塚は途中で気づいた。気づいたというより――、思ったのか。

なんだか凄い皮肉ではないか。メリーゴーランド。ぐるぐるぐる、同じところを回る。

 

 

「暁美」

 

「焔って呼んでよ。恋人でしょ? 私達」

 

「恋人……」

 

「え? 違うの? 酷くない? だって告白してくれたじゃない。キスだってしたじゃない。覚えてないの?」

 

 

LIAR・HEARTS。そしてナイトメアとの戦い。

手塚は頭を押さえた。激しい感情が湧き上がっていく。だが、もはや何が本当で何が嘘だったのかも分からない。運命とは果たしてなんだったのか? 手塚は改めてループの恐ろしさを知る。

 

因果律の固定。

全ての出来事には、それが起こりうるための原因がある。

ゲームの参加者は同じ人間だ。考え方の違いはあれど、染み付いた因果には逆らえない。

たとえば、シザースペアが早めに脱落することや、美樹さやかが上条恭介を好きになること。浅倉威が凶悪な男になること。

 

どれだけ時間を繰り返そうが、染み付いた宿命というものがある。

それは恋愛関係にも言えることだ。運命の赤い糸といえば聞こえはいいか。秋山蓮が小川恵里と出会うこと。霧島美穂が城戸真司に好意を抱くこと。

それは絶対ではないが、愛した人の名前はすぐに口にできる筈だ。

 

だが手塚には、それがなかった。

仕方ない。それどころじゃない人生だ。若くして命を失う戦いの身では、まとも愛さえ育めない。事実、蓮も真司もすぐに死ぬ。

しかれども……。

 

 

「覚えてる? 一緒に食べたよね。ソフトクリーム!」

 

 

気づけば手塚は遊園地の中にある休憩所に座っていた。

向かいに座っている焔は、カップのソフトクリームを食べている。

しかし手塚が注目したのはそこではない。焔の容姿だ。彼女は中学生。

そして仮想世界でのループでも手塚は中学生だった。

しかし今、手塚は高校生だ。だから焔も、成長する。

 

 

「元の世界ではいくつだったの?」

 

「確か……、24だ」

 

「じゃあ私も成長するね! これなら罪悪感もないでしょ。うふふ!」

 

 

焔が大人になった。そしてすぐに16歳前後に戻る。

 

 

「昔――、遠い昔だ」

 

「うん」

 

「小川恵里を愛した事がある」

 

「あのね手塚くん。そういうの、普通彼女の前で言う?」

 

 

確かにそうだ。ただし、罪悪感があったのだろうか。

誰に? 分からない。全ての記憶を取り戻して思う。手塚の因果律。愛についての不明瞭。

もしかしたらゲームを円滑に進めるための舞台装置だったのかもしれない。

それは、あの時――、LIAR・HEARTSだって。

 

 

「でも貴方は私を愛してた? 違う?」

 

「俺は――」

 

「私は貴方のことが好きだった。あの時、ほむらはどうかは知らないけど! 私は、暁美焔は愛してたの!」

 

 

それはそうだろう。手塚は口にはしないが、そう思った。

ほむらから別れた存在。『if』であれば、それは当たり前のことだ。

あの時、ああしていればよかった。そういう存在だ。

 

暁美ほむらが人生という道を進み、右か左か、二つに別れた道、どちらを進むべきかを迷った時、右を選択したとしよう。それがほむらになり、左を選んだ仮の自分が『焔』なのだ。

だから、そうか、焔にとっては本当なのか。

手塚はどうだ? 確かに、あの時、でもそれは今にして思えば――……。

 

 

「焔」「なぁに?」

 

 

気づけば二人は観覧車の中にいた。

焔は手塚の唇に触れようとしたが、手塚はそれを拒んだ。

 

 

「やだ」

 

 

焔は手塚の腕を掴んだ。

あぁ、駄目だ。考えただけで頭がおかしくなる。焔の目つきは鋭く、けれども体は震えていた。

 

 

「すまない、焔」

 

「やめてよ。え? なに? 私、フラれてるの?」

 

「そうじゃない。ただ、俺も戦いを繰り返してきて、思ったんだ」

 

 

城戸真司の目指す世界が見てみたい。

そして何より、魔獣は許せない。その為にもココで永住するわけにはいかなかった。

 

 

「私に――、死ねってこと?」

 

「そうじゃない。何か、方法はないのか? 俺も一緒に探す」

 

「無理よ。私が死ぬか、暁美ほむらが消えるか。それだけ。手塚くんや杏子には、残って欲しい」

 

「どうして? ほむらとホムラ、他の暁美達だって、共存できている」

 

「だから、アイツらは……、ほむらなのよ。どこまで行っても。どんなに行っても! でも私は私だけになりたいの……!」

 

 

焔は手塚から目を逸らし、夕焼けを睨みつけた。

 

 

「私は、鹿目まどかを否定する心。自分を曲げてまで、生きられない。生きたくない。それくらいのワガママも聞いてくれないの?」

 

「それがもう縛られてる証拠だ。フラットな気持ちで鹿目と接すれば、きっと焔だって……」

 

「鹿目まどかを否定する心は、即ち戦いからの逃避でもあるわ。全てを忘れて、全て捨てて、貴方や杏子と平和に過ごす。それが私の夢であり、生きる糧なのよ」

 

 

所詮ひとつの存在だ。The・ANSWERに行けば、統合される。

 

 

 

「それだけは、嫌。私がアイツを殺したほうがマシ」

 

「そこまで――、意思は固いのか」

 

「いけない?」

 

「いや……」

 

「私はあの子の――、ほむらのツケなのよ。ずっと逃げてきた代償。今更仲良くなんてなれない。なりたくない! それより一ついい? どうして私の目を見てくれないの。さっきから、ねえ、なんで? 外に何があるって言うの!?」

 

 

手塚はずっと窓の外を見ていた。

焔の事が好き――? 手塚は口を開こうとして、止めた。

好きだった。あの時は。でもだからこそ分からなくなる。

それでも一つ、確かなことがある。手塚のループにおいての因果律。絶対の掟。それは斉藤雄一と友になる事だ。

 

いることは、分かっていた。

向こうが伝えにきているのだろう。瘴気、嫌な気配が肌を刺す。

耳をすませば、エリーゼの為にが聞こえてきた。

 

 

「そろそろいいか? 手塚」

 

 

観覧車という――、『輪』。

その中央に、運命の輪。斉藤雄一の顔をした魔獣が、そこにいた。

 

 

「色つき……」

 

 

手塚はデッキを取り出す。

 

 

「逃げろ。焔。きっとお前を狙ってる」

 

「一緒に逃げよう? 二人一緒なら、どこだって行けるよ!」

 

「いや――、俺は残る」

 

「………」

 

 

嫌だ。そうだ。焔だってなんとなく分かっている。

LIAR・HEARTS。確かに手塚は焔に優しくしてくれたし、愛してくれたかもしれない。しかしそれは数あるループの中のたった一つでしかない。

一方で、手塚と雄一はずっと親友だった。

手塚と、ほむらもずっと一緒に――

 

 

「そっか」

 

 

焔は察した。

 

 

「貴方はもう、私を見てくれないのね」

 

 

気配が消えた。

手塚が焔のいた場所を見ると、そこには黒い羽があるだけだった。

 

 

「!」

 

 

一方、チェンジザデスティニーで入れ替わったほむらは、仮想世界にいた。

どうやら今は下校の最中らしい。三年のマミも教室にやって来ており、杏子と放課後をどうするかを話し合っていた。

そこでふと、杏子が周りを見る。

 

 

「あれ? 手塚のヤツ、どこ行っちまったのさ?」

 

「――ッ!」

 

 

ほむらはそこで全てを理解した。

今まさに教室を出て行こうとする中沢と下宮を呼び止める。

 

 

「ど、どうしたの暁美さん! 俺になにか用!?」

 

「なんでも言ってくれよ暁美さん。力になるともさ!」

 

 

ほむらは大きく首を振った。みんなが自分を好きになってくれる世界。

欲しかったが、これはまやかしだ。今、ほむらの頭には仮想世界でのループの情報が流れ込んできている。なぜか? 所詮、ほむらと焔はまだ一つ。極論、同じ人間なのだ。

 

焔がこの仮想世界で時間停止を使えたように。

ならばほむらもまた、焔の魔法である『記憶操作』を使える筈だ。

ほむらは流れ込んでくる魔法を理解すると、指に力を込める。

 

 

「みんな、思い出して。ここは幻、虚心星原――ッ!」

 

 

指を鳴らすと、凄まじい衝撃がマミ達を襲った。

まるで脳を殴られたような感覚だった。呻き、崩れ落ちるマミたち。

焔が行った記憶操作をかき消し、全ての情報が鮮明になってくる。

 

 

「うがぁッ、な、なんだよコレ……!」

 

 

杏子は頭を抑えながらよろけ、窓に手をついた。

するとそこに、今までのほむらが歩んできた道が映し出される。

目で見るというよりは、脳で見るという感覚だった。杏子は停止し、動かなくなる。

一方でほむらはうずくまっているマミの肩をゆすった。

 

 

「巴さん大丈夫? 分かる?」

 

「え、ええ。私達あのアパートでの戦いの後……」

 

「そう。焔に、この仮想世界に拉致されたの。それで別の記憶を植え付けられた。中沢昴。下宮鮫一、貴方達も平気?」

 

 

中沢は頷きながら手を上げる。

 

 

「た、たぶん。大丈夫。ただ――、え? いやッ、ちょっと混乱してるけど」

 

 

下宮もため息をつきながら、近くの机の上に座る。

 

 

「驚いたな。まさか、ここまで魔法が強力とは。人間じゃない僕にも通用するか……!」

 

「その為に少しチューニングしてたみたい。ごめんなさい。変な役割を与えてしまったわね」

 

 

気づけば、教室には五人だけだった。

周りを見ても、いや、もう学校には誰もいない。全ての幻が消え去った。

 

 

「でもね暁美さん。ど、どうしてこんな事」

 

 

マミの問いかけに、ほむらは小さく頷いた。

 

 

「きっと焔がまどかを忘れるためよ。あの子の役割を、あなた達に押し付けた。この世界――、虚心星原は私の心の中みたいなもの。ホムラの時と同じく、まだ私は弱い部分を持ってるみたい」

 

「その弱さが、この世界ことかしら?」

 

「そうも言えるわね。私の心の一部が、離れたがってる。私もきっとどこかでそれを望んでしまっている。まどかを恨む気持ちを捨てたいって想いが」

 

 

でもそれは間違っていることだ。少なくとも今、ほむらはそう思っている。

その心の奔流がマミたちにも伝わった。あまりにも複雑だ。

もはや今、暁美ほむらは一つの概念になろうとしている。

複数といる彼女達、何が本当で、何が幻なのか。

 

 

「私本人にも分からない。けれどきっと答えを見つけたい。だから、このままじゃ駄目だって思ってる」

 

 

ほむらは窓を見た。

そこには、まどかを助ける為にループを繰り返す自分が映っていた。

 

 

「でも暁美さん。どうするつもり?」

 

 

中沢の問いかけに、ほむらは頷いた。

 

 

「焔は、自分と私は違うと言ったけれど、それはそうありたいという願望。所詮、私達は一つなの。だから私は、彼女を迎え入れたい」

 

 

黒い雲が空を覆い始めた。曇天とも違う、夜とも違う。世界は闇に染まっていく。

 

 

「だからお願いみんな、私に力を貸して」

 

「あ、ああ。それはもちろん。なあ下宮」

 

「もちろん。とにかくこの世界は抜け出さなければならない」

 

「私も協力するわ暁美さん。一緒にがんばりましょう」

 

 

頷くほむら。

そこで彼女は、外を見ている杏子を見た。

 

 

「杏子、どうかお願い。あなたの力も――」

 

 

そこで杏子は振り返り、裏拳でほむらの頬を思い切り殴りつけた。

 

 

「!」

 

 

机と椅子が壊れる音が響く。

ほむらは地面に倒れ、呆気に取られた表情を浮かべていた。

 

 

「え? え!? な、なにッ! なんで!?」

 

「ちょっと佐倉さん! 何を――ッ!」

 

「うるせぇ! どけよマミ!」

 

 

戸惑う中沢とマミを押しのけ、杏子は倒れているほむらの襟首を掴んだ。

 

 

「――ざッけんなよテメェ!!」

 

 

杏子は、泣いていた。

窓に映った暁美ほむらの記憶を視たのだ。

 

 

「なんで魔法少女になんかなったんだッ! ふざけんなよ!」

 

「え? え……?」

 

「いいか? よく聞けよ馬鹿野郎! いくら時間を巻き戻そうがなぁ! 人は同じじゃねーんだよ!」

 

「!」

 

 

裏返る杏子の声。ほむらは、杏子が魔法少女になった理由を知っている。

そして杏子もまた、ほむらが魔法少女になった理由を見た。

 

 

「お前が好きになったまどかは、アイツじゃねぇ!」

 

 

窓には、まどかアライブ――、アルティメットまどかが映っていた。

遠くの窓には、燃える杏子の家が映っていた。

 

 

「たとえ全ての記憶を共有しようが! たとえ神様が同じだって言おうがッ、本当の気持ちと本当の想いはそこにしかねーんだよッッ!」

 

 

杏子には、まどかの気持ちがよく分かる。

たとえ代わりだったとしても、あの時の想いは本当だったんだ。

暁美ほむらに――、生きてて欲しかった。

 

 

「あの時、あの瞬間ッ! 鹿目のヤツは何を想って飛んだんだ!? 何の為にあんな勝ち目のない戦いに挑んだんだよ! なんで怖くて震えてまでワルプルギスに立ち向かったんだよ! なあ、おいほむら! 聞いてんのか!? なんで飛んだと思ってんだよ!!」

 

「そ、それは――……、その」

 

「そんなの一つしかねーッッ! あの世界で! あの時間で! お前に幸せになってほしかったからだろうが!!」

 

 

窓には全てが映っていた。全てが頭の中に流れ込んできた。

継承者ではないが、杏子もそこまで馬鹿じゃない。

 

 

「優しい言葉をかけてくれたのが鹿目だっただけで、お前は誰でも良かったんだ!」

 

「そんなこ――」

 

「それでいいんだよ! それが人間だろうが! 味方になってくれるヤツは、きっとまだたくさんいたんだよッッ! アンタが魔法少女になった時間軸にッッ!」

 

 

杏子はもう一発ほむらを叩いた。

 

 

「いい加減ダセェ事してんじゃねーよ! お前ッ、何人殺した!? 何人裏切った!? その結果に愛だ? 悪魔だ? ナメんなよ!」

 

 

杏子は知っている。ほむらも知っている。

今の言葉は、ほむらに投げたものではあるが、その奥にいる全ての『暁美』に届けていた。

 

 

「お前は人間だ! 目を逸らさず、今を生きろよ!!」

 

 

杏子はボロボロ泣いていた。

だからこそ、ほむらもボロボロと泣いていた。

 

 

「それでも――、ひっぐ、それでも私は――ッ、ぐっす! まどかに生きていて欲しかった……!」

 

「ぐッッ」

 

 

そこでマミが杏子を引きはがす。

 

 

「佐倉さんッ、落ち着いて。気持ちは分かるけど暁美さんだって理由は一つじゃないでしょう」

 

 

いずれにせよ、契約していなければワルプルギスに殺されていただろうし。

ましてや、自分勝手は、みんな同じだ。それでも傲慢に生きようと、前に進もうと、己の答えを見つけようとしている。その自分勝手な欲望を振り回すのが、参加者の全てだ。

 

 

「過ぎた事を言っていても仕方ないわ。今は、未来を視ましょう。正義のヒロインじゃないのよ私達。そうあろうとはしたいけれど……」

 

 

マミに背中を撫でられ、杏子はため息をつく。

 

 

「……すまん、ほむら」

 

「いえ、いいのよ。ごめんなさい杏子。貴女の言う通りだった」

 

 

でも、だからこそ今は。ほむらは立ち上がり、涙をぬぐう。

 

 

「私は、きっと間違ってた。でも全てが間違いじゃない筈っ。だから次は本当の意味で、正しい正解を目指したい。今は、皆に生きていて欲しいの。あなたにも――……、杏子」

 

「そう、だな。悪い。ちょっと熱くなった。アタシだって偉そうに言える立場じゃねーのに」

 

 

杏子はどこからかキャラメルの箱を取り出すと、マミの胸に押し当てる。

 

 

「うッ、ちょっと!」

 

「ほむらに食わせてやってくれ。欲しけりゃアンタにもやるよ。中沢たちも食え食え」

 

(自分で渡せばいいのに)

 

 

杏子は背中を向けて歩き出した。

マミは困ったようにしながらも、言われたとおり、ほむらへ勧めてみる。

 

 

「食べる?」

 

「頂きます」

 

 

ほむらはキャラメルを一つ受け取って、口に入れた。

とても、甘くて、涙が出てきた。

 

 

 

 

 

 

世界には、徐々に異変が起こり始めた。すすり泣く声が先程から聞こえている。

空間も割れて崩れていった。全ての仮想が一つになろうとしている。

剥がれ落ちていく欠片の向こうに、まどか達は巨大な塔を見た。

なんだアレは? 真司たちが戸惑っているとジュゥべえが前に出る。

 

 

『先輩から連絡が入った。邪神らしいぜ』

 

「邪神?」

 

 

塔の上には、糸によって縛り付けられているホムリリーが存在していた。

違いは一つ。顔の上半分が彼岸花ではなく、イチリンソウの花畑になっている。

その中で焔がへたり込み、顔を覆って泣いていた。

 

 

「何が起こってるのよ。サッパリ分からん!」

 

 

さやかの言うとおりだ。真司達は戸惑うばかりである。

その中で、なぎさが小さく呟いた。

 

 

「結局ここも、ほむらの心の中です。葛藤の果てにどんな結果になるのかは、全てほむらが決めることであり、なぎさ達に出番はないのかもしれません」

 

「うん。でもね――」

 

 

まどかは、ホムリリーを縛る塔を睨みつけた。すすり泣く声は、あの塔から聞こえる。

 

 

「あの塔は、邪神は壊したい……! かも」

 

「冗談じゃない! あんなヤバそうなのと戦うなんて俺はゴメンだ! そうだ! さやかに爆弾をくくりつけて特攻させれば!」

 

「テメェ弁護士! この野郎!」

 

 

追いかけっこを始めるゾルダペアは無視して、真司はまどかに賛成する。

どの道、魔獣は残っている。彼らが悪さをする前に、決着はつけたい。

そこで香川はメガネを整えた。

 

 

「悪い状況ではないかもしれません。ナイトメアがいなければ通れなかった世界が壊れ、我々も干渉ができます」

 

 

そこで、なぎさは改めて邪神を見る。十戒が流れ込んできた。

理想たるまどか、絶対の崇拝。歪なる愛憎。

 

 

(鹿目まどかは、女神になりましたが、それでもやっぱり全能の神様ではないのです。天使でもなければ、絶対的な善意の塊でもない。良い人――、それ以上でも以下でもないのです)

 

 

一同は、走りだす。

 

 

 







まさか2019年で井上さんのライダー、しかも龍騎の新作が見れるとは思ってなかったです。
さらにマギレコのアニメとかもあるし、なんだったら2019年の初ガチャでかずみが二人と、カオルとこのは嬢が同時に来たり。

分かりますね皆さん。こんなガチャ自慢を擦るなんて自分でも思っていませんでした。
それほどいろいろ衝撃がありました。
これはつまり、2019年が私の年という事です(適当)
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