モモンと名を偽っていたアインズ―――否、今はナザリックの支配者ではなく、唯一人のプレイヤーとして、ユグドラシルに狂った廃人としてモモンガに戻っていた。
「おぉ~、これが師匠と殿の真なる力でござるか!」
魔法と拳がぶつかり合い、木々が吹き飛び、地面にクレーターが発生する。墓王剣が振るわれれば、それをギリギリで回避する。互いに高速移動しながら破壊の限りを尽くし、隙を見付けては攻撃し、隙がなければ無理矢理守りを抉じ開けた。
―――激戦である。
森の賢王と呼ばれていた巨大ジャンガリアンハムスターは、この世界の住民……住獣……兎も角、現地モンスターとしてはかなり強力だった。ただのなんちゃって戦士ではなくネタ魔法
―――森の拳王。異形の者。
150年程度前からトブの大森林に住みつき、体術鍛錬と日光浴による光合成を繰り返すだけの拳王は、それはもう強かった。挑んできた巨大ハムスターをデコピンで倒した後は妙に懐かれ、暇潰しに戦闘訓練の相手をしている内に賢王も強くなり、やがてこのモンスターっぽい何かも森の拳王と呼ばれるようになった。森の賢王が知っている森の拳王については、それが全てだった。
強いのは知っているが、ここまでの強さを持っていたのは、自分を倒した殿とのぶつかり合いを見た今日が初めてであった。
「……………」
「貴様、何者……ッ!?」
「……………」
戦闘中とは言え、モモンガの叫びを拳王は無言で対応する。しかし、それを聞いた賢王は拳王の代わりにモモンガへ返答した。
「殿~、師匠は口がないので喋れないでござるよ。あ、ほら、代わりに地面に文字を書いてるでござる」
「―――あ。本当だ。
しかし、あれだな……こう、先程までやっていた激戦と温度差が。しかも日本語だし」
戦闘前に鎧姿から何時もの骸骨法衣に戻ったモモンガは、唐突に座りこんで指で地面に文字を書く相手に近づき、その言葉を見てじっくりと読んだ。
また不用意に近づいた様に見せ、実はもう無詠唱でカウンター系魔法を発動寸前で準備している。もし敵が殴り掛かって来たとしても、魔法によるパリィで受け流して次に致命傷を与える為の魔法も実は準備している二段構え。とは言え、それは敵の方も同じことであるが、もう敵意を見せずにのほほんとした目付きでモモンガを見ていた。
「我が名はエリザベス二世。南の砂漠から北の土地に観光で来ましたが、この森の土が気に入って住んでいる茸です……か。
成る程。意味が分からない。
と言うよりも、随分と理性的なようだが、何故こちらを襲って来た?」
「……………」
「ふむふむ。成る程、なになに。
いや、オーバーロード種のアンデッドが絶望のオーラ流して知り合いを脅してたら、普通に考えて戦うでしょう。カンスト茸として一般的な道徳です……か。
ぐうの音も出ない正論ですね。あー、まぁ、そう言うことなら、もう此方に戦意はないのだが?」
「…………」
「オーケー、と」
この茸、強さの割りに軽いなぁと思いつつ、地面から視線を上げて茸の方をモモンガは見た。
[まぁ、そんなところですね。殿]
「…‥プラカードで筆談できるのかよ」
エリンギの人型茸生物がプラカードを持つ姿は非常にシュールだった。しかし、モモンガとてユグドラシルでの記憶は薄れていない。あのタイプのモンスターに見覚えがあり、ワールドクラスも含めた全エネミーの中でトップクラスの攻撃力を持つハードパンチャー。
しかし、戦ってみた雰囲気、どうも違う感じがした。本来ならば防御力が高い防具を着けられず、打撃攻撃が弱点である魔法職スケルトンの自分では、問答無用の一撃でHP全て吹き飛ぶ筈なのだが、HPの減り具合もそこまで劇的ではなかった。何より、ハードパンチャー一択の行動ではない。むしろ、あのハードパンチャーが相手なら遠距離から魔法ブッパしているだけで良い。
と考えれば、あの種族の異形種NPCと考えるのが妥当。モンスターのような一点特化の化け物と言うよりかは、職業クラスを偏らせてあるが、攻防動技全てのバランスが優れた茸モンクであった。
[ええ。これは神器級の殴打武器なのですが、自分基本的にパンチャーなので。使い道も、本当にプラカードとしてしか使えないのですよ。メッセージ魔法を応用することで、こうやって楽に筆談可能な訳ですな。とは言え、誰でも使える基本装備のクラブ扱いですので、素手でしか戦えない私もこうやって使えるのですが。
ですので結局、これが一番簡単な意志伝達の方法となっています。あ、後、ジャンガリアンハムスターの賢王は日本語が読めないので、基本的にボディジェスチャーで会話っぽい事をしています。とは言え、いざとなればメッセージの魔法も使えますので、賢王とのコミュニケーションにも問題は今までないのですけどねww]
「うわぁ……長文だと、文字が小さくなって見難いな。と言うか、幾ら文字にしてるからって草生やすなよ。茸に偏見持ちそうだ」
[いやぁ、実に申し訳ないですな、殿ww ってか、殿ってww
すみませんが、御名前の方を教えて頂けませんかね?]
「……アインズ・ウール・ゴウンだ。アインズと呼べばいい」
[成る程。アインズさんですね。では、私の事はエリザベスとでも。
しかし、プラカードで会話するなど砂漠で浮いてる実家の帝国浮遊旗艦に戻った時くらいですので。こういう会話に飢えているんですよね。あそこの元御主人とは数百年来のメセ友なんで会話に飢える事もないですし、森には弟子の賢王もいるので退屈しないで日光浴が出来るのですが、こうして知らない人と長話をするのは実に久方ぶりですな。
ふははははははははははははは!]
「笑い声とビックリマークまで文字になるとシュール過ぎるぞ……しかも、また長文で読み難い……――って、待て待て。
もしかしなくても、お前―――プレイヤーか?」
彼にはその確信があった。と言うよりも、現実世界の電脳空間で使われるネットスラングを使いこなす時点で、どう考えても向こう側から来た渡り人に他ならない証拠だ。
[NO!]
「あ、はい。違うのな」
[ただの長生きしてるだけの茸さ……ふ。ずばり
「……だっさいわ――――――」
[む? なんか言いましたか?]
「いえ、何も」
[そうですか]
モモンガの前でプラカードをクルクル回すだけで新しく文字を浮かべて筆談する茸モンスターは、一切の表情を変えず淡々と質問に答えるだけ。
「あー……なんか、疲れるな。では、もう戦いは良い訳だな」
[大丈夫ですぞ。賢王も自分より強い貴方に殿と呼ぶまで懐いた様ですし、先程、大まかな事情はメッセージ魔法で賢王から聞きましたのでな
我が弟子でありますが、森の外で見聞を広められると言うなら朗報ですな。
あ、私も今は無所属ですので、茸の手も借りたいのでしたら、弟子の面倒を見てくれる恩人に協力することも是非もないですぞ!!]
「だから、長文だと字が小さくて見辛いし、読むのにも時間掛るのだが。いやまぁ、その提案は非常に有り難いので受けたいと思っている」
遥か500年前から存在する茸生物には、その分の生きた経験がある。毎日繰り返す鍛錬によって研ぎ澄まされた明鏡止水の精神がある。
アインズと名乗るオーバーロードの事情はほぼを察していた。しかし、賢者ぶるのはキャラじゃないと思って、自分本来の創造者達に求められたキャラクター性のまま彼と接していた。
[ふーむぅ、それは有り難い。アインズさんは弟子を下した訳ですし。後はお願いね~]
「軽いなぁこの茸。まぁ戦いに勝って手下にしたのですし、賢王は責任を持って面倒見ますので」
相手のスタンスをそこそこ理解したモモンガは召喚していた墓王剣を送還し、魔法発動は準備したままにしているが、敵意自体は内側に抑え込んだ。
[頼んますわ]
「では師匠。拙者、外の世界で見聞を広めてに行ってくるでござる!」
[オッケイ。何か有ればメッセ夜露死苦!]
「了解でござるよ!」
[アインズさんの方も協力関係みたいになりましたし、この森で何か有れば手伝いますので。
―――暇ですし!
仕事や娯楽の提供は大歓迎!]
「あー、はい。では、私達も其方の好意はありがたいので、何か有れば。出来れば、私や仲間の鍛錬相手などをして頂ければ嬉しいと思ってます。
賢王を見れば、師としての腕前も分かりましたので」
[いや、はっはっはっはっは! では、詳しい話でも。それにメッセージがあれば、話そのものは何時でも出来ますので]
◆◆◆
監視の気配をエリザベス2世は感じていた。スキルではないが、自然と一体化して全ての毎日を茸として生きている故か、異物や存在感を肌で感じるように彼か彼女は理解出来た。
アインズ・ウール・ゴウンですか。それは解散した私の御主人様達が言っていたギルドですね。この異世界に来たのは最近と言う事は分かりましたが……ふむ。となると、もう百年の周期が訪れていた訳ですか。あぁ、となるともう五百年の記念日と言うことですか。
……む。久しぶりに砂漠へ実家帰りでもしましょうか。
今までは賢王も連れてリーダーに会っていましたし、賢王に会うのもリーダーは楽しみにしていましたが、今年はどうしましょうか。まぁ、もう出会ったので着信拒否されない限りメッセージをアインズさんに出来るので、用事がある時はしっかりとホウレンソウは守るとしますか。
と、恐らくは合っているだろう考察を脳内でエリザベスは行っていた。
何よりも、アインズと名乗ったプレイヤーは理性的で慎重派と言うのも分かった。此方を殺す手を出すこともなく、話し合いで済むなら話し合いで済ませようとする実に平和的人間の思考回路。相手の非を許し、自分の非を認める程度の知性はあると考えられた。
“しかし、賢王と呼ばれていた彼女がハムスケですか。そのネーミングセンスと、何より女性を女性を思わない抜けている雰囲気が、御主人様達と同類の廃人なだけはありますね”
茸生物NPCエリザベス二世は自分が態と漏らした失言を思い返し、これからの相手の出方を窺うことにする。そして、そもそもエリザベスはとっくに使命を失い、ただただ永遠の寿命を優雅な茸らしく生きるだけの超越者。この事でどんな厄介事が起ころうが、もし自分が死ぬような事が起ころうが、全て正しく良いことである。
ハムスケとアインズに名付けられた彼女は自分のエリンギ茸流総合格闘術の大切な後継者だが、そもそも生物として体型が違うのでジャンガリアンハムスター流総合格闘術に流派変えが起きてしまっている。彼女に500年の全てを教えておらず、レベルもカンストもしておらず、我流格闘術も完成を見てないので死ぬと心残りになるが、彼女には彼女の
『もしもし。パルパルリーダーですか?』
『ほぅ。お前から連絡があるとは、そろそろ実家帰りの時期だったか?
唯一残った家族兼メセ友であるエリザベスが戻ってこなければ、砂漠は何も無くてつまらなくてな。暇潰しの自己鍛錬以外はやることもなく、久しぶりに賢王とも会いたいものだ』
『いいえ。その連絡ではありません。賢王も今は私用で出掛けていますので、まだ数年程度は森でゆっくり過ごそうかと考えてます』
『なんだ。そうなのか……ふむ、では何用なのだ?』
『―――アインズ・ウール・ゴウンと出会いました』
『……ほぅ。ふふ、ほほほっほっほほ。ムーン・プレゼンスからのメッセージで聞いたが、成る程。成る程。となると、引き籠る事を選択せず、我々と同じく異世界を存分に愉しむことに決めた様だな』
『そのようで』
『では、好きにしろ。もはやお前一人の人生であり、もう使命もなく、ただのエリザベス二世が今のお前の正体だ。
我らギルドのNPCとしてではなく、個人として楽しみ給え』
『了解致しました。唯一無二の支配者、エシーヴ・パルパルティーン様』
『相変わらず重苦しい茸だ。ではな、もう切るぞ』
『はは!』
久しぶりに自分達下僕の支配者の纏め役だった御方と話をし、エリザベスは心地よく陶酔していた。既にギルドメンバーがリーダー以外皆殺しにされ、忠誠を誓う唯一のパルパルリーダーからもギルドが解散したから忠誠はもう要らぬと言われ、こうして遠い土地で一人暮らしをしていても、やはり創造者は創造者。
そして、我らがリーダーが望むは激動する世界。
エリザベスはただただ純粋に、パルパルにとって面白可笑しい劇場になるようにする為に、その命をあらゆる物事に賭け、他のプレイヤーやNPCとも関わり合う事を喜びとしていた。
『ヒャッハーダーク』
『……なんだ。お前からのメッセージは珍しいな、エリザベス』
『宜しいことですぞ。メセ友の本懐ではありませぬか?』
『まぁ、良いさ。パルパルさんの下僕であるGOO帝国最後のNPCの話だ、無碍には出来ない』
『その略し方は私の前では止めて頂こう。しっかりと、グレートオールド・アウターインペリアルと言って貰いたいものですな。
あるいは、拠点名である浮遊旗艦と呼んで欲しいですぞ』
『ああ。分かった。次からはなるべく気を付けよう。それで?』
『連絡のあったモモンガ……いや、アインズ・ウール・ゴウンか。それに会いましたので。一応、自分も消極的ですが協力しようと思ったので、それの知らせと言う訳ですな』
『現地の強者となれば内心、モモンガさんは大喜びだろうな。ナザリックの為に気を付けようと慎重になりながらも、個人的には柵なんて気にせず遊びたいと考えていることだろう。
エリザベスにとって、モモンガさんは―――』
『―――素晴しい男でした。個人的にも、協力したくなる楽しそうな人でしたな。何より、狂気を超えた何かを感じられる魔法操作技量でしたぞ。
彼よりも火力がある魔法職はいますが、あれ程の操作技術は異次元でしたな。
魔法を操ると言う行動が思考回路と直結し、思念と同じ速度で操り切っていましたぞ。最強化も、高速化も、範囲拡大も、複合展開も、多重展開も、無詠唱でたいだいの魔法スキルも使っていましたので。間違いなく、プレイヤーの中でも廃人と呼ばれる強さでした。いや郷に入って例えるなら、この異世界風に“ぷれいやー”の中でも最上位超越者である“はいじん”ですか』
『ほうほう。既に異世界のシステムに慣れているか。大分自己鍛錬を積んだ様だ。この分であれば、拠点NPCの方も期待できそうだな』
『同意ですな。では、連絡は以上だ。私も私なりに楽しい娯楽を提供したので、そっちも何か面白い事があれば連絡宜しく頼みますぞ』
『当然だとも。ギブ&テイクは約束を守ってこそだ。ではな』
そうメッセージを聞き、連絡が切れたのをエリザベスは確認する。そして、エリザベスはエリンギ型茸生物なので目付きは相変わらずワールドクラスに鋭く殺人的だが、常に無表情を貫いている。口も鼻もないので当然だが顔に出る事もないので、自分を見張っている何者かもメッセージを使ったことはバレてしなかった。
望んでいた変化であった。この世界は文明の進化は停滞し続け、その代わり百年ごとに化け物共が暴れて動き出す。自分は茸に過ぎないが、元御主人様の歓びがエリザベスにとって至福の娯楽。
“では、賢王ハムスケ。良き人生を。師としてこの出会いを祝福しましょう”
森の拳王エリザベス二世の登場でした。
オリキャラ化した八欲王のギルドのメンバーが作ったNPCの一人です。後、八欲王のギルドリーダーはまだ普通に砂漠で生きてます。