凄惨と言えば凄惨だった。殺戮の跡ではなく、死を楽しんだ後の痕跡。ナザリックも現実化したことで吐き気を催す邪悪になった自覚をモモンは持っていたが、これはそれと同類の邪悪で在るからこその悪行なのだと実感していた。
「………………」
十字架に張り付けられた全裸の少女。木製のテーブルを壊して作った即席杭で手足と胴を串刺しにされ、壁に縫い付けられている。血塗れの死体は穴だらけで、肉を切り裂かれて、骨まで見えていて、凄惨の一言だった。しかし、おぞましいのはそれだけではなかった。
その死体を美味しそうにムシャリムシャリと、咀嚼音を鳴らして貪り喰らう―――嘗ての仲間。
「おぉお、グゥォ……」
屍の肉を食べていたゾンビの一匹が、背後で佇む冒険者達に気が付いた。無論、彼らは死んだ女の肉よりも生きた新鮮の肉の方を喰らいたく、血と肉と皮が中に入ったままの口を更に広げた。だから、人間だった彼ら三人がモモン達の方を襲撃するのも当たり前。
迫り来るゾンビを前に、モモンが取った行動もまた同じく当たり前なこと。
「くそが……」
彼は全身を使って踏み込んだ。振り慣れた墓王剣と同じ様にグレートソードを握り締め、強引に空間を砕く一閃を切り放つ。斬り飛ばされる三つの首が床に落ちた。
冒険者モモンは……いや、廃人モモンガは憎悪の虜に成りつつあった。自分はオーバーロードであり、人外だ。価値観も半ばアンデッド化しているが、自己と自我と自意識は一欠片も変化していない。精神安定と言う人間性を削り取る呪いみたいな能力もあるが、アイテムを使えば問題なく娯楽も堪能できる。ギルトの皆とゲームを楽しんでいた自分自身を忘れておらず、廃人になってソロプレイヤーとして遊んだ思い出のままであり、屍に変異しても人間性そのものは失ってはいない。
じわりじわり、と精神抑制が働かない怒りが湧いてくる。人間種を虫と断じる精神性も転移した後の肉体が所有する価値観で、所詮はそう在れかしと言う付属品。モモンガで在る事を楽しんでいた鈴木悟にとって便利な道具であるだけで、彼自信が持つ意志と狂気からすれば玩具に過ぎない。
今はまだ、この程度の怒りなのだろうと彼は自分で自分を判断していた。だが何時かは違う筈。抑制されようとも無尽蔵に湧き出る感情は、容易く肉体の枷を破る事になる。オーバーロードではない自分自身の憎悪と怨念が、じっくりと内側に溜まり続けているのを実感していた。
「ゾンビだね。モモン君。こんな街中にいるなんて、ネクロマンサーが近くにいるのかな。あいつらは死体になった人間の憎悪を玩具にする腐れ外道が基本だから、こう言う悪趣味を楽しむのも分かるけど。全く、死霊術師にまともな奴は一人もいない。あいつらには生ゴミしかいないのかって話だよ。
特にスケルトン系のネクロマンサーは糞だね。
骨とか、もう骨とか。だって骨だよ、骨。白骨死体の分際で腐乱死体を操るとか、もう本当に……ふぅ。やれやれ。モモン君もそう思うでしょ?」
「ぉ、おう、そうですね……って。ナーベナーベ、どうどう」
「モモンさん! しかし、もう本当に……ック、何もかもが許せません!」
「ナーベちゃん。君の気持も良く分かる。こういうのは許せないよね、冒険者だものね。僕も人殺しは許せないよ。
それもゾンビに変えて命を弄ぶ何て、道徳心も無ければ、感性も無い哀れな犯罪者。やはりネクロマンサーは鬼畜外道。弱者を甚振って楽しむ悪行を見るに、こんな人でなしは強姦魔と変わりはないよ」
怒ってる相手が違う、と内心で叫びながらもナーベを宥めるモモン。トモダチも自分の方にナーベから怒りを向かれている事に気が付いていないようにモモンには見え、血塗れな現場な筈なのに奇妙な雰囲気に満ちていた。
「……ふむふむ。生きたまま拷問をし、その後張り付けて、ゾンビの餌にしたと僕は見るけど。モモン君とナーベしちゃんはどう思う?」
トモダチは一つ目覆面で表情は分からないが、その声色に変化はない。
「同じくですね」
「…………はい」
「なるほど。うん、でもね、どうもそれだけじゃないみたいなんだ。相手はネクロマンサーだと思ったけど、中々に多芸なのか、数を揃えているのか分からないけど―――
そう室内にいる何かを嘲笑ったトモダチは床を蹴って、一瞬で宙を飛んだ。天井付近にまで一気に上がり、何も無い筈の空間に右腕を刺し込んだ。モモンとナーベから見ればパントマイムみたいな独り芝居だが、明らかにそこには質量を持つ何者かが存在している気配を発していた。トモダチの手により、もはや気配を隠し切る事が出来ずにいた。
そして、隠れてこの場所で見ていたと言うことは、生かしておく必要がない者であると言うこと。何よりこの便利な世界では、そもそも相手も殺しても問題は全くない。いざとなれば蘇生させれば良いだけの話。
よって、トモダチに遠慮はない。
―――
「モモン君。どうやら、敵はまだ部屋に潜んでいたみたいだ。屑め、舐めた真似をしてくれる」
「ま、待て、トモダ―――」
「待ちなさい、キサ―――」
「―――いや、僕は殺しておくことにするよ。必要なら蘇生すれば良いだけだし」
躊躇いはなく、虫の異形種をまるで虫けらみたいに、彼は両手で首を捩り切った。モンスターの首を床に投げ棄て、血が吹き出る胴体を蹴り飛ばした。あっさりと、本当に何でも無いように、トモダチは暗殺蟲のHPを零にしてしまった。
……モモンとナーベは茫然とした雰囲気で、死んで骸になった
「危なかったね。モモン君にナーベちゃん。この死体とゾンビ化した冒険者を見せて、多分だけど、ショックを受けて油断している隙に背後から殺そうとしていたんだろう。
だけど―――本当に屑だよ」
しかし、トモダチの行動はそれで終わりではなかった。彼はしゃがみ込み、相手を逃がさないように手で完全に掴んでいた―――暗闇の中で。
「薄汚い獣め。理性的に獲物を弄ぶ事を愉しみ、他者の命を喰らう化け物の目をしている。殺戮を喜ぶ者に人間も異形種もなく、死ねば良いゴミだよ。
だから僕はさ、僕以外の小悪党が大嫌いなんだ。
そんな僕が君みたいなヤツを気付かないとでも思ったのかな、悪魔君。形状からしてシャドー・デーモンみたいだけど、此処らへんでは珍しいな。と言うことは、誰かに管理されてるペット君なんだろうね」
首を鷲掴みにし、そのまま影の中から相手を引き摺り出した。このまま右手で頸を圧し折っても良いが、悪魔は異形種の中でも生命力が高い生物。トモダチは首を圧し折った後、更にもう片手で心臓を抉り、掴み、摘出させた。
……左手の中でまだ鼓動する悪魔の心臓。
彼はその臓器を躊躇わず、まるで果実を握り潰すように破壊した。
「ふぅ……取り敢えず、安全かな。商売相手のおばあちゃんの家にあんなのは潜んでるのは見逃せないし、無意味な殺生は進んでしたくはなかったけど、仕方ないかな」
まるで付着した汚物を払うかのように、トモダチは両手を振っていた。その姿を見てモモンは―――アインズは、一気に血が頭に昇ったのを実感する。
―――殺した。
ナザリックの配下を―――殺した。
殺した。殺した。奴はその手で配下を殺した。自動ポップするモンスターでも、現地生物を殺して造ったアンデッドでもなく、最初からナザリックで働いていた者。確かに、
「……ッ―――――」
そのまま怒りが爆発する寸前だったモモンを止めたのが、隣に居たナーベだった。
「―――モモンさん」
余りにも冷徹な顔。
「どうしますか‥…?」
しかし、ナーベはまだ僅かに冷静だった。仲間を目の前で殺されたが、その怒りは余りにも大きく、逆に我を失えずにいた。
殺してやりたい。
自分の手でナザリックの配下を愚弄した男を殺してやりたい。
殺してやりたいが、その自分の殺意は偉大なる御方の殺意よりも尊いのか。御方の憎悪こそ、自分の憎悪以上に深い憤怒ではないのか。その絶対なる忠誠が、このナーベラル・ガンマを踏み止めさせている。
「――……冷静に、冷静になって対処しよう。ナーベ、すまんな」
「わかりました。こちらこそ、余計な口出しでした」
「構わないとも。仲間の気持ちは大切だからな」
「はい」
殺すだけなら何時でも出来る。監視網は
あの法国の奴らの様に、拷問にでも掛ければ良い。
ナザリックを穢す者は全て敵対者であり、何時かは殺し合わなければならない。
「しかし、これはとても酷いな。もう部屋として使えない。使う気分にもなれない。うーん、おばあちゃんは危険だからと外に待機させていたけど、敵がここまでの駒を準備していると離れている方が危ないかも」
「そうですね。トモダチさん」
「だから、僕は外からおばあちゃんを呼んで来るよ」
「お願いします。我々は、この現場をまだ調査していたいので」
そこから先は言うまでも無く、モモンの独壇場だった。トモダチも危機を去ったのを知り、何よりも商談相手が無事な事が第一。ンフィーレアが死んだとしても、彼は安否はもう自分の領分ではないと冒険者に任せる構えにいる。リィジーもモモンに依頼し、組合の方へ向かって行った。
「さて。トモダチの事は後回しだ。監視はニグレドに任せておき、対策の方もアルベドたちに考えさせておく」
「はは。では、アインズ様」
「ああ。まずは下調べからだ」
アインズが持つ魔法の中に、血痕思念と言う魔法がある。ユグドラシル時代だとプレイヤーが死んだ場所でこの魔法を使うと、そのプレイヤーの死んだ短い映像と、その死因などを把握出来る珍しい死霊系調査魔法だった。しかし、転移したことで魔法の設定が生かされる事で、より詳しい映像と死因を現実的に魔法使用者が把握する事が可能になっていた。
だから、アインズはニニャの死に様を理解してしまった。
目の前で仲間が殺される光景。禿頭のネクロマンサーの手でゾンビに変えられる光景。そして、刃で貫かれ、切り裂かれ、手と道具で性器を陵辱される
「そうだな……――――殺すか」
―――恐ろしい。
―――狂おしい。
これが至高の御方の殺意。神よりも神々しい創造主様達の王が持つ憎悪。
ほんの僅かに漏れただけの憤怒がプレアデスの一人であるナーベラル・ガンマの精神を破壊し続け、その発狂しそうな感覚が歓喜として全身を支配する。
「モ、モ……モモンさん―――」
「―――ああ。すまんな、ナーべ。少しだけ不愉快な気分になってしまった」
そしてナーベは、追跡用の魔法と追跡妨害対策の魔法を、モモンから渡されたスクロールで組み立てる。血痕思念の魔法で見た相手の雰囲気から、高位レベルの魔法を使って相手を追跡する事に決め、モモンは彼女になるべく上等なスクロールを渡した。
……相手が迂闊だと嗤いながら。
自分たちプレイヤーがゲームで有能でなくても、モンスターのドロップアイテムを態々拾ってコレクションしてしまう様に、あの相手にもその手の収集癖があった。血痕思念でも見て、実際に遺品にも含まれていない事から、あの女が回収したのだとモモンは判断した。
ならば、もうこの場所に用はない。居場所は判明した。モモンはナーベを従え、この店を飛び出した。
「ああ、モモン君にナーベちゃん。これから行くんだね?」
「……そうですが、何か用でもあるのですか。トモダチさん?」
「うん」
店を出た二人を、理由は分からないがトモダチは待ち伏せていた。ナーベも警戒しており、自分も同様に警戒心を抑えようとしても出してしまっている。
「ピリピリしているね。でも、二人とも気を付けてね。あいつら多分、こっちを見ているよ」
小声で、最後の部分はモモンとナーベにしか聞こえない程の声量でトモダチは話した。
「……―――なに?」
「僕は視線には敏感でね。あの虫けらと悪魔を殺す前から感じていたけど、殺した後からはもっと監視が強くなった気がするんだ。魔法で遠距離から監視されてるみたいで、君達の事も見ていると思う。煩わしいね。こっちも気が付かないふりをして上げているけど、そろそろ殺す事にするよ。秘蔵のアイテムを使えば、あの哀れなモンスター以上に哀れな姿に出来るから。
……ああ、勿論、殺すのは君達がおばあちゃんのお孫さんを誘拐した屑共を相手にした後だよ。その為に、こんな場所で小声で喋ってるんだし、僕が手を出すとモモン君がこれから戦おうとする相手が逃げてしまうかもしれないしね。
だから、うん。監視は心配しないで。
これからモモン君が襲撃する場所に魔法の監視者が居なかった場合でも、僕と君達を覗き見るヤツは機会を見て僕が殺しておくからさ。あるいは、君達が向かう事で逃げるみたいだったら、僕にも情報は伝えてね。その時は直ぐにでも魔法を逆探知して僕も殺しに行くよ。
今逆探知して居場所を把握したり、殺したりするのも良いけど、やっぱり絶好の機会ってモノがある訳だし」
モモンは、この怪人が勘違いしている事に深く感謝した。同時に、この覆面の怪人物が如何に危険な男なのかも理解した。
まるで深淵みたいに恐怖を煽る化け物だった。
人差し指の一つ目で何を見詰めているのか、まるでモモンには理解出来なかった。
「じゃあ、頑張ってね。モモン君にナーベちゃん。この依頼が成功したら、僕達ユージンフレンド商会も、商売相手を守ってくれたお礼をさせても貰うからさ。
うん。僕はとても応援してる。
期待通りの腕前を皆に魅せて、早く偉い冒険者になるんだよ」
勘違いならぬ、自分が勘違いしている事を相手に勘違いさせて煽りまくる廃人の嫌がらせ回でした。絶対殺すモードに入った後に冷や水をぶっかける屑ことトモダチ・ユージンフレンド、一体どんな性根が腐ったヒャッハー某なのだろうか。
そして、ロックマンダッシュ3は何時発売されるのだろうか?