六・世界に地獄が生まれた墳墓記念日
「―――………え、マジで? どういう事なの?」
アルベドの胸を鷲掴みにし、女性の胸を柔らかさを存分に実感してから数時間。独り滅びを味わうべく、嘗て領域守護者パンドラズ・アクターを連れてヒャッハーダークと死闘と行った玉座の間にて、ユグドラシルサービス終了をとても落ち着いた気分で待っていた。
―――その筈だった。
モモンガはこの異常事態に危機感があったが、それ以上にユグドラシルが―――仲間と共に作り上げたナザリック地下大墳墓が生き延びた事が、そんな感情を消し飛ばす程に嬉しかった。今は種族特性もあって落ち着いてはいるが、怨敵ヒャッハーダークに初めてPVPで勝った瞬間と同じくらい興奮していた。
“取り敢えず―――カンストNPC、全員集めようかな?”
裏切られる可能性。内面が設定と違う可能性。相手が自分を信じていない可能性。ナザリックのNPC達に対し、思う所は色々ある。だが慎重に慎重を重ねて確信を得て、静かに吊り橋を渡るモモンガであろうとも、今はそう言う段階を過ぎ去っているのを実感している。
必要なのは、迅速な集団団結の意識である。
我らこそがナザリック、我ら全員がアインズ・ウール・ゴウンで在ると言う個の実感。
社会人として積み重ねた経験と、ネトゲ廃人として育て上げた狂気と―――鈴木悟本人が持つ自身さえまだ悟れていない極悪の自己。
そして、ユグドラシルで完結させた
彼の魂は、既に人間ではない。
否―――素質なくして、オーバーロードの肉体を許せる訳がない。恐らくは、これによって魂は完成したのだろうと言う、寿命を迎えた老人の如き生死の実感を
『アルベド』
『は。何で御座いましょう、モモンガ様』
『やはり、この緊急事態だ。先程の命令を変更する。組織の指令塔に必要な者は第六界層に集め、一通りの意識統率を行う事とする』
『……承知致しました。でしたら、ガルガンチュア、ヴィクティム、オーレオール・オメガも無理に連れて来ましょうか?』
『いや、その者達を持ち場から離すのはまだ危険だ。ガルガンチュアは指示を受けて動くゴーレムであり、特にヴィクティムとオーレオールは防衛線の要だろう。メッセージによる通信か、用意できれば映像も繋げ、我らと遠隔から会話を出来る程度にしておけばいい。その為に必要なアイテムか、スクロールでもあればまたメッセージで連絡するように。
それと二名程、私が直接第六界層に行くよう指示を出す』
『……分かりました。では、準備の方を行っておきます』
『うむ。頼んだぞ、アルベド』
『はい、モモンガ様!』
会社で部下に指示を出す時の、凄く偉そうバージョンでアルベドに命じたが、このやり方で大丈夫そうだとモモンガは段々とナザリックシステムを手探りで理解し始める。
“はぁ……こう言うの、キャラじゃないだけど”
とは言え、そこまで不安がある訳でもない。確証と実感があるまで派手な行動を慎み、憶測で動く愚かな真似をするつもりもないが、やはり大丈夫だと言う証拠を得るために冒険をしてリスクを負う必要があるのも当然。それらを考えると骸骨になった彼も億劫になったが、しなくてはならない事を避ける訳にはいかない。
『……………………パンドラズ・アクター』
『おお! おおおお! これはこれはモォモンンガ様ッ!! 宝物殿にいる私に態々直接メッセージで連絡とは、どうかなさいましたか?
何か、緊急で要り様なアイテムでも?』
『あー……あー、そのような所だ。とは言え、アイテムが必要な訳ではない。今このナザリックが緊急事態に陥っている』
『なんと!! ……そのような事が。このパンドラズ・アクター、気が付きませんでした。この不徳、如何様にもモモンガ様とナザリックの名誉に掛けて償いましょう!!
―――我が命を捧げても!!』
『……………………………………いや、良い。全てを許そう』
『有り難き―――……あぁ、有り難き幸せ!』
『―――ぁ、ぁ……あぁ、そうか。で、でだな、この緊急事態だ。一度、全体の意識を纏める必要がある。持ち場を離れ、お前も第六界層へ来い。直ぐにだ。宝物殿から出る為の予備のリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも、お前のいる宝物殿に幾つか保管してあった筈だ。それを使うと良い』
『
『―――……ごふぅ』
『ごふぅ……? モモンガ様?』
『な……な、何でも無い。パンドラズ・アクター。御苦労とメッセージを送ろうとしたのだ』
『なるほど。そうでありましたか!』
『そうなのだ。では、メッセージを切るぞ。お前との久方ぶりの再会、楽しみにしている』
『――――――ハ! 我が創造主ッ、モモォンガ様!』
メッセージを終えた。モモンガは発狂死しそうな苦痛を心に錯覚しながら、壮絶な精神的負荷を乗り越え、真っ黒い過去の思い出と何とかメッセージ越しとは言え耐える事が出来た。
“次は、あれと会うのか…………――会うのか?”
覚悟した上で、耐えねばならない。アンデットの種族特性がなければ、羞恥心の余り精神が死んでいたことだろう……メッセージ越しでだ。
実際に会うとなれば、自分のメンタルがどうなるか分からない。本音を言えば、一番難関なNPCが自分が生み出したパンドラズ・アクターであった。
“さて、次は……”
『……クリーム・ダンテス』
『あぁ。契約者モモンガ殿。私にメッセージでの指示など、始めてでありますね』
『そうだな。しかし、今は緊急事態でな。こうして、メッセージで連絡を入れる必要があった』
『そうでありますか。では、この私めに何か新しい仕事でも。何より一度契約を結んだ身、喜んで新たな使命を全う致しましょう。
雇い主が不要と思わぬ限り、我が命と体は契約者殿の為に使われる道具でありませれば』
『お前の献身、契約者として実に喜ばしい』
『―――ははぁ!
でしたら、どうぞ遠慮のないご命令を』
『第六階層のコロシアムで集会を行う。お前も急ぐと良い』
『……成る程。そうことでありますか。この異常事態に対し、モモンガ殿自らがナザリックの従者を見定める訳ですね』
『クリーム。お前は、この異常事態を自覚出来るのか?』
『勿論です。私にモモンガ殿と意思疎通する機能を、我が創造主コギル・デンスタン様は備えませんでしたから。
こうしてメッセージの魔法を初めて使われている時点で……いえ、疑問を疑問に思える時点で、私の性能はかなり拡張されてしまっているようですから。それも、突如として。
何よりも、どうやらこの現象、私にだけ起きた訳でもないようですし……』
『ほう。それはまた、貴重な意見だな。もしかすると拠点NPCと傭兵NPCの違いなのかもしれないな。お前はほぼ毎日私と共にナザリックの外へ出ていた。ナザリックを守護していた他のNPCとも蓄積した経験が違う。
それにナザリックのプレイヤー以外の様々なプレイヤーとも接している。思考回路に対する経験値が多いのだろうな。それを考えれば、設定の外側の事も思考できるのかもしれない』
『確かに、そうかもしれませんね。
コギル・デンスタン様に創造された後、モモンガ殿と契約を結び、今この瞬間までの記録はちゃんと刻まれています。そう考えますと、何かしらの縛りでこの大墳墓から外へ出なかった者たちと、契約者殿と共に冒険をし続けた私とでは、疑問に思う点もズレがあるのかもしれません』
『そうか。まぁ、とは言え、今はまだ全て仮説。その検証も行うべく、今はコロシアムでの会合に出る様に』
『子細承知致しました。我が契約者、モモンガ殿』
それを最後に、モモンガはメッセージを切った。声には出さなかった筈だが、今の彼は緊張で心臓と胃袋と肺が口から飛び出そうなほど緊張している。
数分もせず、コロシアムにて確認をせねばならない。
気が重く、指輪で転移する気も中々に起きなかったが、本当に気が滅入って溜め息を吐いてしまったが、モモンガは時間を掛けて闘技場にまで転移を行った。
◆◆◆
「おや、アルベド。呼べる階層守護者はもう全員揃ったと思うのだがね?」
闘技場に集まった者は合計で六名。アルベド、シャルティア、アウラ、マーレ、コキュートス。そして、この発言をしたデミウルゴス。最後まで残って頂いた至高の支配者にして、絶対なる君臨者であるモモンガ様に失礼無き様に皆で忠誠の儀を行い、ご挨拶をして早くデミウルゴスは己が本分を全うしたいと内心でウズウズしている。
しかし、その溢れんばかりの忠誠心も、アルベドの号令が無ければ使うことも今は出来ない。何よりも、モモンガ様を自分達の為だけに待たせて時間を浪費させるなど、ナザリック地下大墳墓階層守護者として言語道断の有るまじきこと。
「いえ。まだ全員来てないのよ。オーレオールとヴィクティム、ガルガンチュアとは私経由でメッセージで繋げているのだけれど、それとは別にモモンガ様が後二名ほど御呼びしているわ」
「そうですか。しかし……いえ、それにしても二名ですか」
二名と聞き、疑問に思うも直ぐにデミウルゴスは疑念を解消した。そのヒントだけで、今のこのナザリック運営に必要な者が思い浮かんだからだ。
そして、答えは直ぐに目の前に現れた。
「
仰々しく、派手で目立つオーバーアクション。
「宝物殿領域守護者にして、モモォンガ様が創造せし忠実なる下僕。このパンドラズ・アクター、今此処に推参致しました!」
「「「「「「…………」」」」」」
“やめてぇぇええ……! 皆、そんな目で過去の黒歴史を見ないでぇ!! オレのライフポイントはもうゼロだよ……死にそう。
せめて、せめて何かリアクションしてよぉ……何か言って下さいお願いします。何で何で、そんな鋼の無表情のままオレのブラックヒストリーを見続けるんだ!!”
種族特性様々である。アンデッドの精神安定化が無ければ、精神状態異常:発狂がモモンガに付与されてしまう事だろう。
「そして―――……あぁ! 本当に、本当にお久しぶりでございます、モモンガ様!」
「あ、うん。久しぶり……―――ではなく! ん、ん!! 久しいな。パンドラよ」
「はい。我が創造主モモンガ様!!」
「そうか……いや、まぁ―――まぁ、まぁ……あー…………あれだ。取り敢えず、あちらの方へ行きなさい」
「
「―――ぉ、おぉおおお………」
モモンガの口から、まるで地獄の業火で焼かれて苦しむ亡者のような呻き声が漏れ出た。尤も、見た目は地獄を支配する冥王に相応しい大君主の髑髏であり、それに匹敵する邪悪な存在感も纏っているので内心、パンドラ以外の守護者は結構畏怖していた。レベルがカンストしていない者なら発狂し、低レベルのものなら発狂を超えて魂が即死していた事だろう。
そして、モモンガの心の中は正に地獄。
生きた黒歴史が、そのままの姿と口調で未来の自分の心を抹殺してくる……!
「お……? 一体何でございましょうか?」
「お……お、お、お前にまた会えて嬉しいぞ。パンドラ……」
「ハハァッ! 勿体無きお言葉です!!」
後で絶対ドイツ語禁止さえようと彼は固く誓い、過ちを犯した昔の自分にグラスプ・ハートしたくて堪らなくなった。本当は今この瞬間、壁ドンしてでも黒歴史口調を辞めさせたかったが、守護者全てが見ている場所で隠れる所もないので只管に我慢するしかなかった。
「あぁ……それと、我が創造主モモンガ様」
「なんだ、パンドラ?」
「最後の一人が来たようです。
無駄に洗練された埴輪フェイス敬礼が絶対君主に炸裂。効果は勿論バツグンだった。
「―――――――…………ヒェ」
そうして、自分が造り出した性能だけは最高傑作の
―――彼女は、アルベドやシャルティアに匹敵する美女だった。
長い銀髪を後ろで団子状に纏め、日焼けしたような健康的な肌を女性キャラクター。身長が180cmに近い八頭身であり、その身を日本鎧と西洋鎧をミックスさせたみたいな真っ白い甲冑で守っている。スレンダーな体型は女性らしさが少なく、まるで鍛え込まれたジャガーのような野性味がある。顔立ちはコギル・デンスタン製と言うのもあって異常なまで美形であるものの、個性を出す為なのか少しだけ眉毛は太いのだが、それもまた彼女の美貌に可愛らしさを付属するだけのもの。
「オーホッホッホッホッホッホッホッホッホ!!
私の名前はクリーム・ダンテス!! ナザリック地下大墳墓最高の~……―――剣士ッ!!」
そんな美女が、凄く楽しそうに高笑いをしていた。決めポーズ付きで。
「……―――え?」
「あら。聞き逃しましたか、モモンガ殿。ではもう一度。すぅーはぁー……すぅ~……―――オーホッホッホッホッホッホッホッホッホ!
私の名前はクリーム・ダンテス!!
ナザリック地下大墳墓最高の~……―――剣士ッ!!!!」
これはヤバい。見ているだけで赤面しそうになる。今のモモンガの顔には肉も皮膚もないので表情には出ないが、パンドラとのタブルパンチで本当は地面に倒れて転げ回りたくなってしまった。
しかも、パンドラの埴輪顔と違ってクリームは絶世の美女。黙っていれば余りにもハキハキとした輝かしい表情も合わさり、正に生きた芸術作品と呼べる美貌なのに、動きと言葉が全てを台無しにしていた。
「……なぁ。クリーム?」
「はい。どうかしましたか?」
「違わないか? こう、もっと落ち着きがあったと思うんだが?」
「キャラ付けです。普段から騒がしい者と共に居るとモモンガ殿も疲れると思い、なるべく落ち着いてますが、あちらは猫を被っているだけです。契約者の心情を守るのも私の務め。
正直、素の自分は―――――コレです! 自己紹介とか大好きですので!!」
「あ、はい……」
「ええ、そうです!!」
そして、モモンガにどうしても見て欲しいのか、彼女は一々ポーズを変えて、無駄に洗練された無駄に決まった無駄な動きを見せていた。動作のキレがカンストキャラに相応しい素早さと、天性の才能を持つ剣士が持つ技術でポーズを作りながら喋っていた。
“コ、コ……コギルさぁぁああんん!! 貴方の娘が残念美女過ぎて疲れます!!!”
微動だにせず心の中で暴れ回っているモモンガだが、事態は彼の感情とは真逆の方へ進んでいく。
「―――あら。あらあらら!」
「―――ほう。ほうほほう!」
目と目が合う瞬間とは、正にこの時を指すのだろう。モモンガへの挨拶を一通り済ませたクリーム・ダンテスは、近くに居たパンドラズ・アクターと視線が重なってしまった。
「へぇ。貴方、凄くカッコいいわね。私に匹敵する美しさですわ」
「ふふふふふ。お嬢さんこそ、モモォンンガ様の趣味嗜好を理解した麗しいクールさのようです」
“違うから! そう言うのはもう卒業したから!!”
「あらぁ……お嬢さんだなんて。初めて言われましたわ。流石は我が契約者が作りし従者、モモンガ殿の心を良く理解した女性への褒め方ですわね。
とても嬉しいですわね。パンドラズ・アクターさん」
“ねぇよ! どんだけだよ!!? オレは素人童貞だよ!!”
「パンドラズ・アクターさんだなんて他人行儀でしょう。どうぞ気軽にパンドラとでも!」
「なら、私の方はクリームとでも」
特に意味のない重圧が空間を軋ませる。理解し合っているのはパンドラとクリームだけであり、他の者は何が何やら分からなかった。
「うふふうふふふふふふ!」
「はーはははははははは!」
そして、通じ合うものがあったのか、パンドラとクリームは一気に仲良くなっていた。互いに一々決めポーズを作りながらも澱みなく高笑いを続ける。
「ですので―――」
「それなら―――」
「「付いて来れますか?」」
その挙げ句、唐突に始まるポーズ合戦。パンドラが決めポーズを決めれば、それよりも凝ったポーズをクリームが作り、それを見たパンドラが踊りながらポーズを決めたと思えば、クリームが舞踊を刻みながら可憐なポーズを作り出す。
「はい。はい、はいはいはいはい!」
「フッ。セイ、
“う、う……う―――うわぁぁぁあああああああああああああああ!!!”
自分の黒歴史が、知り合いの黒歴史とダンスしちゃってる。モモンガはこの現実に耐えられそうもなかった。
「もう良い……もう良いのだ。二人とも。互いに自己紹介を止めよ」
「「ハ!」」
自分の言葉を聞き、パンドラとクリームの二人は平伏した。そんなポーズさえも黒歴史っぽく決まっており、モモンガに対する止めとなった。
我が心、不動の境地に至らん―――と、アンデッドの精神安定化さえも起こらずに、モモンガは無我の精神を一時的に獲得出来てしまった。
「アルベド。全員揃った。頼むぞ……ホント、守護者統括として色々と。本当に苦労すると思うけど」
「ハ! モモンガ様!」
後半の方は聞こえにくかったが、自分を労わってくれているのは分かったので、アルベドは何時も通り守護者らしく絶対君主へ返答を行った。
◆◆◆
話もそこそこ。ナザリック大君主であるモモンガは守護者達全員と、コロシアムに戻って来たセバスと、それに匹敵するNPCの纏め役になれるパンドラとクリームと会話をして第六階層から去って行った。
「―――で。そちらの二人は私の知識には名前と、ある程度の事しか分からないが、詳しい事情を聞いても構わないかね?」
知将にして邪悪な賢者デミウルゴスはずっと疑問に思っていた事を、モモンガが去った事で質問する機会を得る事が出来た。
「では、改めまして。階層守護者デミウルゴス様」
「パンドラズ・アクターさん。私の事はデミウルゴスと呼び捨てで構わない。むしろナザリックにおいて我らは同格の者であるのだから、別段この場に居る誰かを畏まる必要もないと私は考えている。
クリーム・ダンテスさんの方もそうお願いします」
「おお!! でしたらデミウルゴス、私の事もパンドラと。出来ましたら、他の守護者の方々にも気軽にそう呼んで頂きたいです」
「私も同じくクリームと。同じ職場の同僚でありますし、出来れば気軽に呼んで下さいね」
「ありがとう、二人とも」
宝玉の両目を隠す眼鏡の位置を直しながら、デミウルゴスは深く深く思案する。モモンガ様に出会えたのは至高の歓びであったが、この二人はまた守護者とは違う意味で別格の、ナザリックが誇る至高の下僕である。
「――――――パンドラ。
私は常々、こんな機会が訪れることを望んでいました」
「と、言われますと?」
「本当に……―――本当に、ありがとうございました!!
パンドラズ・アクター。貴方が存在していなければ、モモンガ様と共に戦い抜かなければ、このナザリック地下大墳墓は消滅しておりました。
その事に、このデミウルゴス!
天よりも高く、地よりも深く、ただ只管に感謝をしておりました!!」
嘗て、ギルド武器を破壊寸前まで突き進んだ邪悪がいた。絶対なる怪物がいた。あの邪神ヒャッハーダークは下僕を殺し、至高の御方を殺し、玉座の間にまで辿り着いた。
一人一人が至高の御方よりも優れた戦闘能力を誇り、あの邪神衆と対抗出来る力を持っていたのは、たっち・みー様とウルベルト様だけだった。そして全員がナザリック最強のルベドよりも強く、たっち・みー様が自分の命と引き換えに敵の一人を殺せていなければ、あの最後の侵略者共を引き下がらせる事は不可能だったのだろうと、デミウルゴスは至高の御方が話していた会話内容から把握していた。
何よりも、最後まで生き残って戦い抜いたのは、モモンガ様。そして、最後まで生き残った唯一無二の下僕であるパンドラズ・アクター。
このパンドラがいなければ、全てが消滅していたのは明白な事実。
名前通り守護者と言う使命を全うした者は、このパンドラ以外に存在していない事をデミウルゴスは理解していた。
「「「「「ありがとうございました、パンドラ」」」」」
他の五名の守護者も感謝の気持ちは全員同じだった。確かに、ナザリック地下大墳墓救世主としてのイメージが全員に先入観として持っていたので、初めて見た時は凄く微妙な心情になって無表情になってしまってはいた。だが、彼に対する感謝の念に翳りは一欠片も存在していなかった。
「止めて下さい。デミウルゴス。それに皆さんも。主人を守り、ナザリックを守る事。それに命と存在意義を賭ける事。私は特別な事をしておらず、この場にいる誰よりも特別に優れている訳でもなく、至高の御方にとって特別な臣下と言う訳でもないのです。
貴方達と何も変わらない同僚でありますれば。
アインズ・ウール・ゴウンの臣下として、ただただ当たり前な事をしただけなのです」
モモンガの骸骨顔と同じで表情は出ていなかったが、パンドラも内心では非常に照れが勝っていた。こうまで自分と使命を共にする同僚達に感謝されるとなれば、彼もまた何時も通りのテンションでオーバーリアクションを取る勇気がなかった。
其処ら辺の心情は、パンドラを作った当時のモモンガと良く似た思考回路である。
「そして、感謝の念はクリームにも同様です」
「そうなのですか、デミウルゴスさん?」
「―――勿論。貴女がいたからこそ、モモンガ様と共にナザリックの外で戦っていたからこそ、ナザリックは今もこうして存在しているのだから!!」
その賢き最上位悪魔の言葉に、アルベドもまた同意する。彼女がいなければ、ナザリックは維持出来ずに消滅していた可能性が在る事を理解していた。
「あぁ……あぁ、そうですか。そうですわよね。皆様、今の状況をちゃんと理解しているのですのよね?」
「分からない不明部分も多いですが、何が異常なのかは把握し始めているわ」
「そうですわね。だったら、私と―――その、私の契約者であるモモンガ殿の話もしておきましょう」
アルベドの返答に満足しながら、クリームは重く、鈍く、口を開いて言葉を紡いだ。
「まずはそうですね……私は、モモンガ殿と個人的に契約した傭兵です。創造主様にそう在れかしと作られ、モモンガ様に仕えています。ですので、貴方達と違ってナザリックに忠誠心はないです。
課せられた使命は唯一つ、契約者の言葉を厳守すること。
よって欠かす日もありましたが、私はモモンガ殿を守る剣としてモンスターを切り、人間を切り、異形種を切り続けました。
モモンガ殿と共に、世界中をたった二人で冒険しました。
偶に他の者と組む事もありましたが、二人旅をずっと続けていました。モモンガ殿は自分自身を更に鍛え上げて強くなる為に―――そして、このナザリックの為だけに、戦い続けていました」
クリーム・ダンテスは語っていた。恐らくは、このナザリックにいた臣下では知ることが出来なかった外でのモモンガを、彼女は自分視点ではあるも見たままの彼について話していた。
「我が契約者殿は、その身を削り、命を捧げてナザリックを維持していました。
私の目の前で―――モモンガ殿は、死にました。
何度も死にました。殺されました。剣で斬り殺されて、槍で突き抜かれ、拳で砕き殺され、鎚で叩き潰されて、牙で喰い殺され、爪で引き裂かれ―――何度も、何度も何度も何度も、モモンガ殿は死にました。ありとあらゆる絶死をその身で味わい、あらゆる苦痛を身で体験していました」
その光景を想像し、誰も彼もが死にたくなった。そうな光景を思い描いてしまう自分の脳味噌を、破壊したくて堪らなくなってしまった。
しかし、誰もがそんな行動を起こさない。
そんな光景を直接見て、見続けて、自分も同じ様に死に続けていたであろうクリーム・ダンテスがまだ話している。モモンガ様と共に生きて、戦って、幾度も死に絶えた剣士が語っている。
「先程も言いましたが、私はナザリックの者ではありませんわ。貴方達のように、そう在れかしと最初からナザリックに対する忠誠は持っていないのです。
我が忠義は―――モモンガ殿一人に向けるもの。
他の至高の御方なる者に対し、思う所は皆無であり、そもそも存在を知りません。
……しかし、あの偉大なる力を誇り、誰よりも慈悲深きモモンガ殿は、毎日毎日その身を削って戦ってました。仲間である者たちが立ち去り、空の栄光に堕落した筈の―――この、ナザリックの為に。
一体何の為に、契約者殿は死に続け、それでも戦い続けるのか……あの頃の私は、理解出来ませんでした」
もはや、誰も声を発する事も出来ない。彼女以外に、誰もが音一つ発せられない。
「しかし、それでも理由がある筈です。恐らくは―――ただただ、貴方達の為なのでしょう。貴方達が悪夢の藻屑として消えぬ様、自分の命よりも貴方達が生きるナザリックを大切にしているのでしょう。
そこまで、あの誰よりも強き死の王が大切に感じるのであれば―――……それは、貴い物。
ナザリックとして生きる貴方達は、我が契約者にとって何よりも尊い者。自分の命以上に光り輝く宝物。
そうならば、唯一無二の魂を持つモモンガ殿が愛する者共であるならば…………とても不遜ながらも―――あぁ、こんな私でも何時かは、この何の関係のない筈のナザリックを、尊いと思える日が来ればと。そんな妄想を抱くようになったのです」
だが、クリームは言わねばならない事を話し続ける。
「そして、何よりも。ナザリックに住まう者全てが、モモンガ殿の慈愛によって生かされてました。契約者殿が何度も死んで、その死の苦痛による報酬でナザリックは運営されていました。
あの御方は貴方達にとって、至高の創造主にして絶対なる君臨者なんて、そんな分かり易くて、生易しい存在ではないのです。神などと言う簡単な存在には程遠い御方です。
貴方達はその細胞一粒一粒が、モモンガ殿の命で作り上げられている。
あの御方がナザリックに捧げた命と死で、生きることが許されていた。
その献身、その慈愛、その愛情―――我々全ての臣下の、存在全てを測りに掛けても重い、この世で最も尊い魂でありますわ……」
そんな光景を、実はひっそりと遠くから見守っていた骸骨がいた。
「……うわぁ。うわぁ……わぁ」
涙を流し―――いや、一人も例外なく、昂った感情の余り血の涙を両目から流す全ての臣下達。声さえ無く、顔を俯ける事もできず、最後にして絶対なる君主が自分達に毎日していた掛け地無しの献身を知ってしまい、誰もがありとあらゆる感情を爆発させた。言葉一つ発せられない程、嗚咽さえ漏らせない程、ただただ静かに、無表情に、赤い涙を流し続けているだけだった。
……ちょっと気になって、自分が去った後のコロシアムを覗き見していたモモンガは、そんな守護者達を見てしまった。
ぶっちゃけ、彼らが自分を裏切るのは有り得ないなぁ…‥と、魂から実感出来て仕舞える程の衝撃だった。そう思い、彼らと彼女らのあの感情の発露を見れば、モモンガは自分がナザリックを運営し続けていた過去は間違っていなかったと実感した。そう、思えてしまった。
去った仲間の為にしていた虚無でしかない筈の献身の報いが―――いや、こんな廃人に過ぎない自分に過ぎた報酬が、今日から全て自分のモノとなる。
一生分、誰かにもう自分は思われていた。
これ以上、人間として必要なモノなどこの世にはないと思える程に。
“あぁ……―――だけど。鈴木悟として、もう思い残すことはないのだとしても。何時死んだとしても、満足して死ねるのだとしても”
我が身こそ死の支配者。オーバーロード―――モモンガである。
人として思い残す事がない程に充足感を得られようとも、自分はユグドラシルに全てを捧げた廃人の成れの果て。ならば、今までと変わりなく、これからもナザリックに全てを賭して生きて逝くだけ。オーバーロード:モモンガとしての意識と、人間:鈴木悟としての意識が半々になって中に存在していたが、ついに彼は全てが融合して混ざり合ってしまった。
つまるところ―――廃人。
ナザリックを支配するオーバーロードの廃人プレイヤー。
何も変わる事も無く、ナザリックに住まう全ての家族の理想と期待に応えるべく―――ただ、強くなり続ける決意をモモンガは獲得した。
この光景を二度と忘れない様、モモンガは深く深く記録に刻み付けた。彼は自分がナザリックの為にしたい事を全うするべく、執務室へと向かって進んで行った。
モモンガ様はWEB版と書籍版の合間と取って、素人童貞になりました。
守護者とセバス、そしてパンドラたちはクリーム・ダンテスの話を聞いて、忠誠心が原作よりも高めになってます。