────また、同じ夢を見た。喧騒が鼓膜を叩く。頭上には星も月も見当たらない。大きな熱と光が夜空を暖めているからだ。
ただひとつの巨大な灯り、山の中腹で風雅な御殿が燃え上がっていた。
刺激臭。今までの旅の途中、何度も嗅いだ覚えのある、血と肉が焦げる死の香り。急速に意識が冴える。
湿った感触に足下を見ると鬼の屍体があった。歪んだ顔面は正中線で断ち切られ、濡れた肉の断面を見せている。
その隣には首を捥がれた武士の屍体。刃が消えた刀を見るに、鬼の剛力で刀ごと首を消し飛ばされたのだろう。
中庭にはそこかしこに死が散乱していた。幾度となく夢に見れば流石に覚える。
ここは大江山。酒呑童子と茨木童子、配下の鬼が集う悪鬼の潜窟。
業火を纏った何かが、俺のすぐ横を通り過ぎて行った。その軌跡は燃え尽きる流星のようでもあり、涙の雫のようにも見えた。
ふらふらと高度が下がり、踏み止まるようにしてまた直ぐに飛び去って行く。
「……茨木」
思わず彼女の名前を口にした。
背後で一際大きな音を立て、御殿が崩れた。見るも無惨に焼け落ちる鬼の御殿は、それでも尚美しく見えた。
▽
「起きろ立香。三つ数えるうちに目覚めぬのであれば喉笛を喰い千切るぞ」
「……おはようございます」
「うむ、良い反応だ」
物騒な目覚まし時計の声を聞き、未だ温もりに縋る身体を起こす。
「今日は休みだと思ったんだけどな」
「ふん。貴重な休日に惰眠を貪るなど、マシュが許しても吾が赦すものか」
笑顔が眩しい。少女の表情には外見相応の幼さが滲む。
「今日のご予定は?」
「まず顔を洗ってこい。食堂でぱんけえきを食べるぞ」
「またパンケーキか、流石に飽きちゃったんだけど」
「喧しいわ。美味いものは何度食べても美味いのだ」
「はいはい……」
気怠い言葉を返し、洗面台へ向かう。
「立香、汝は何を視た」
タオルで顔を拭う途中、背中越しにかけられた言葉に硬直する。
未だ脳裏に焼き付く血と死と炎、同胞に背を向け飛び去る少女の背中。微かに震えていたのは怯えからか、悔しさからか────
「構わぬ。言うがいい」
どう答えたものか考えあぐねていると促す声が飛んできた。粘つく舌を必死に動かし、言葉を紡ぐ。
「……悲しい、夢を見たよ。少なくとも、俺にとっては悲しい夢だった」
「そうか」
素っ気ない返事が真横から聞こえた。
「立香は人間の癖に鬼に同情するのだな」
黄金の少女は困ったように笑い、俺の手を取る。朱色の手のひらは微かに震えていた。
人間である俺を気遣ってだろう、優しく握られた手を引かれ、俺は部屋を出た。
────ああ、願わくば。せめてこの短い契約の間だけは、二度と茨木にあんな顔をさせませんように。
いつまでも笑っていてほしいと思った。向日葵のような彼女が翳る時、俺の胸は耐え難く痛むのだ。
俺は笑顔で「さようなら」を言いたい。あの悲しい流星を見たときにそう誓った。
────ああ、願わくば。せめてこの短い契約の間だけは。この同胞を最期まで守り抜けるように。
人類に仇為す者、大江の首魁たる吾と友になってみせた大馬鹿者に。愛しき同胞に、いつか平穏なる日々が訪れるように。
今度こそは友達を守り抜けるように。鬼である吾に、人である立香が手を差し出した時。そう誓ったのだ。