茨ぐだ掌編   作:Kaxat

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お題出すやつで出たやつで書いたやつ


ほむらのゆめ

────また、同じ夢を見た。喧騒が鼓膜を叩く。頭上には星も月も見当たらない。大きな熱と光が夜空を暖めているからだ。

 ただひとつの巨大な灯り、山の中腹で風雅な御殿が燃え上がっていた。

 刺激臭。今までの旅の途中、何度も嗅いだ覚えのある、血と肉が焦げる死の香り。急速に意識が冴える。

 湿った感触に足下を見ると鬼の屍体があった。歪んだ顔面は正中線で断ち切られ、濡れた肉の断面を見せている。

 その隣には首を捥がれた武士の屍体。刃が消えた刀を見るに、鬼の剛力で刀ごと首を消し飛ばされたのだろう。

 中庭にはそこかしこに死が散乱していた。幾度となく夢に見れば流石に覚える。

 ここは大江山。酒呑童子と茨木童子、配下の鬼が集う悪鬼の潜窟。

 業火を纏った何かが、俺のすぐ横を通り過ぎて行った。その軌跡は燃え尽きる流星のようでもあり、涙の雫のようにも見えた。

 ふらふらと高度が下がり、踏み止まるようにしてまた直ぐに飛び去って行く。

 

「……茨木」

 

 思わず彼女の名前を口にした。

 背後で一際大きな音を立て、御殿が崩れた。見るも無惨に焼け落ちる鬼の御殿は、それでも尚美しく見えた。

 

 

「起きろ立香。三つ数えるうちに目覚めぬのであれば喉笛を喰い千切るぞ」

「……おはようございます」

「うむ、良い反応だ」

 物騒な目覚まし時計の声を聞き、未だ温もりに縋る身体を起こす。

「今日は休みだと思ったんだけどな」

「ふん。貴重な休日に惰眠を貪るなど、マシュが許しても吾が赦すものか」

 笑顔が眩しい。少女の表情には外見相応の幼さが滲む。

「今日のご予定は?」

「まず顔を洗ってこい。食堂でぱんけえきを食べるぞ」

「またパンケーキか、流石に飽きちゃったんだけど」

「喧しいわ。美味いものは何度食べても美味いのだ」

「はいはい……」

 気怠い言葉を返し、洗面台へ向かう。

 

「立香、汝は何を視た」

 タオルで顔を拭う途中、背中越しにかけられた言葉に硬直する。

 未だ脳裏に焼き付く血と死と炎、同胞に背を向け飛び去る少女の背中。微かに震えていたのは怯えからか、悔しさからか────

「構わぬ。言うがいい」

 どう答えたものか考えあぐねていると促す声が飛んできた。粘つく舌を必死に動かし、言葉を紡ぐ。

「……悲しい、夢を見たよ。少なくとも、俺にとっては悲しい夢だった」

「そうか」

 素っ気ない返事が真横から聞こえた。

「立香は人間の癖に鬼に同情するのだな」

 黄金の少女は困ったように笑い、俺の手を取る。朱色の手のひらは微かに震えていた。

 人間である俺を気遣ってだろう、優しく握られた手を引かれ、俺は部屋を出た。

 

────ああ、願わくば。せめてこの短い契約の間だけは、二度と茨木にあんな顔をさせませんように。

  いつまでも笑っていてほしいと思った。向日葵のような彼女が翳る時、俺の胸は耐え難く痛むのだ。

 俺は笑顔で「さようなら」を言いたい。あの悲しい流星を見たときにそう誓った。

 

────ああ、願わくば。せめてこの短い契約の間だけは。この同胞を最期まで守り抜けるように。

 人類に仇為す者、大江の首魁たる吾と友になってみせた大馬鹿者に。愛しき同胞に、いつか平穏なる日々が訪れるように。

 今度こそは友達を守り抜けるように。鬼である吾に、人である立香が手を差し出した時。そう誓ったのだ。


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