「おうっ立香!! 吾だ!!!!」
軽い空気音と共にマイルームの扉が開くや否や、黄金の影が廊下より飛来し、ベッドの上に飛び乗った。
勢いのままに布団に身体を沈み込ませ、少女がにんまりと笑う。朱い腕にはそこそこの大きさの紙袋を抱えていた。
「かるであに来たばかりの頃は理解できなかったがなぁ、今ならば理解できる。同胞と菓子を交換し、親交を深めるとは! 実に良き祭ではないか!! 何より菓子食い放題というのが素晴らしい!!!」
「………………うん、そうだね」
「ふふん、そうであろうそうであろう! って、どうしたのだそのザマは」
怪訝な顔をする黄金の鬼。その目線の先の机に、彼女が唯一同胞と認める人間、藤丸立香が突っ伏していた。
藤丸の周囲には包み紙やら空き箱やらが散乱している。よくよく見渡してみれば、その部屋は贈り物で満ちており、一種の異界のようにも思えた。
「これほどの貢ぎ物を巻き上げるとはな。もしかして汝、鬼か? 大江山の宝物殿といい勝負だぞ?」
「別に奪ってきたわけじゃないから! お世話になってる皆にチョコ配って、そのお返しに貰っただけだよ。向こうから渡されたものも多いけど」
とにかく量が多い。部屋を埋め尽くすチョコレート、クッキー、ケーキ、洋菓子、和菓子、ぬいぐるみ、装飾品、聖遺物、鮭、仔スフィンクス、メジェド様。その他にも様々な贈り物が所狭しと並んでいる。
「日持ちのするものはまだ良いんだけど、お菓子は早めに食べたいじゃん? おやつの時間から食べ続けてお腹いっぱいになっちゃったんだ」
「ふぅん……」
多くの贈り物があるということは、それだけ多くの想いがあるということ。人理の最前線で必死に戦い続ける藤丸を慕い、案ずる者は多い。
彼女はそれが、なんとなく気に入らないように思えた。
少女はベッドから飛び起き、藤丸の真正面に座る。口元がへの字に折れ曲り、感情が態度に表れている。
「人望か」
「そうかもね」
茨木の気も知らず、藤丸は照れ臭そうに笑う。その能天気な表情を見つめていると、少女は自分の気持ちが阿保らしく思えてきた。
胸のもやもやは未だ晴れない。
「ところで立香よ。吾は未だ、今年の貢ぎ物を貰っておらぬのだが?」
話題と共に、少女が気持ちを切り替える。あどけない鬼がニヤニヤと笑う。
「ふっふーん、ここにあるよ。茨木だってそれ、持ってきたんでしょ?」
「然り」
がさがさと紙袋を取り出す同胞に、少女は鷹揚に頷いてみせた。
「それじゃ、目をつぶって同時に渡そうか」
「よかろう! くっくっく……吾の贈り物に腰を抜かしても責任は取れぬからな?」
「茨木のびっくりする姿が目に浮かぶよ」
「ふむ? 言うではないか」
鬼の目の前で人間が目を閉じた。その奇妙さに、少女は不思議と柔らかな気持ちになる。
即座に命を奪える距離に、無防備な人間がいる。真なる鬼を自称する茨木童子がそれをしないのは───
(此奴が友だから、であろうな)
少女は遅れて目を閉じる。その鬼は、人でありながら同胞である、奇妙なマスターと歩むことを選択した。
とっくの昔───冗談混じりに大江山へ誘った時に決めたことだった。
「もういい?」
「うむ! いつでも良いぞ!」
机を挟んだ人と鬼が瞼を開ける。
藤丸が差し出したのは薄青の包み紙に紺色のリボンが飾られた紙箱。中身は老舗洋菓子店の超高級マカロン。茨木童子の大好物だった。
「……え?」
「……うむ?」
対する茨木童子が差し出したのは、藤丸と同じ、薄青の包装に紺色のリボンが着いた紙箱だった。
唖然とする藤丸と、困惑する少女。ふたりは口をぱくぱくさせながら必死に言葉を紡ぐ。
「いっ、茨木のいちばん好きなものを渡したくて……」
「わっ、吾が知るいちばん美味い物を渡したくてだな……」
ばんっ、と机に手を突き、ふたりが立ち上がる。
「茨木と一緒に食べる用に自分のも買ったのに!!」
「汝のものと自分のもので二箱も買ったのだぞ!!」
───沈黙。合計四箱の高級マカロンが机の上に並んでいた。しかも、全て同じ包装で。
やがて、人と鬼がゆっくりと視線を上げる。
机を挟んで見つめ合うふたりの口元は、静かに震えていた。
「あっはははははははははは!!!!」
「くっはははははははははは!!!!」
やがて、堪えきれなくなったふたりは同時に吹き出した。
「自らが信頼できるものを贈った吾と」
黄金の鬼が牙を見せて笑いながら、自分の胸に手を当てる。そして、同じく笑い続ける藤丸を真紅の指で指し示した。
「相手の好物を贈った汝! くっ、くくく……互いのやり方で互いを想った結果がこれか! 愉快だ。実に愉快だ!」
「これ一箱で五千円もするんだよ!? それを……それを……四箱って…………」
藤丸がぷるぷると震えながら机の上を指差す。四つ子のマカロンは変わらず鎮座している。
「ああ、よくよく知っておるわ。吾も少ない小遣いを貯めて買うたのだからな」
絵面のおかしさもさることながら、何よりも彼女は藤丸が自分のことをよく知っていたことに喜びを感じていた。
漠然とした苛つきも、胸のもやもやも、気付かない間に洗い流されていた。
▽
笑い疲れ、ベッドに腰掛け談笑しても夕食までは時間があった。
「マカロン食べながらテレビでも見よっか」
「うむ! 菓子の類は早く食べねばな」
藤丸がベッドから立ち上がる。机からマグカップを手に取り、同胞の方を振り返った。
「今からコーヒー淹れるけど……茨木は緑茶だっけ? それともお酒?」
「いや、吾も珈琲だ」
意外な返答に藤丸は首をかしげる。大の甘党である茨木童子、彼女は苦いものが苦手な筈であった。
「おっ? チャレンジャーだねぇ。ミルクと砂糖は?」
一瞬眉間にシワが寄ったが、少女はしばらく思案した後に口を開く。
「ん……汝と同じものを頼む。入れずとも構わぬぞ? 汝の好きなものも、吾は楽しみたい」
「……了解」
人懐っこい笑顔を見せる少女に、藤丸は照れ臭そうな笑顔で返事をした。