掛け持ってしまった連載が2つともブラボってどういうことだ
血と腐肉の匂いが充満した、地下の死体溜まりにて。
「これはまた、随分な大物ですね」
「相手が大きかろうと小さかろうと、私達のすることは変わらないでしょ?」
「ええ。全てを燃やし尽くすだけです」
男と少女。二人の矮小な人間が対するは、異形の怪物。この二人は知る由もないが、この醜い獣はかつて聖剣のルドウイークと呼ばれていた。
「ほら、見てください、あの背中。何か背負ってますよ」
「獣に成り果てても過去のよすがに縋る…哀れだね」
「これは手厳しい。私達の未来かもしれないというのに」
「馬鹿にしないでよ。自分のケリくらいつけられる」
男は両手に武器を持ち、少女は右手に巻いてある白いリボン以外装備は認められない。しかし男の武器は両方とも火炎放射器であり、どちらも変態という点では同じだった。
獣の慟哭。戦の火蓋は切って落とされた。
「行くよ、おじさん」
「ファイアーカーニバルです。巻き込まれないで下さいね、お嬢ちゃん」
この奇特なコンビの結成には、これまた奇妙な経緯があった。事の発端はまだ二人が、侵されていない月を見上げられた頃に遡る。
その日は獣狩りの夜だった。消極的なヤーナムの民は全て異邦の狩人に任せて自宅に引きこもる。それが常であり、実際彼らはそうして夜を生き延びてきた。
そして異邦人であるギルバートもまた、先人に習って自宅を警備していた。というより、ギルバートにはそうする他なかったのだ。不治の病。血の医療が盛んであるこのヤーナムでは、奇跡を信じたい重病人の来訪はそう珍しいものではなかった。しかしそれ故、「異邦人とは病人である」という認識が常識となり、ヤーナムでの異邦人の扱いといえば冷淡を極めた。
(しかし、寝る場所を貸してくれただけ有り難いですね…)
最寄りの診療所である「ヨセフカの診療所」で輸血を受け、あとは安静にするよう言われたギルバートは、その言いつけ通り寝室のベッドで横になっていた。
咳をして、喉が渇く。水を取りに行こうとベッドから起き上がった瞬間、そこは小規模な教会の中で、少女と二人きりであった。
「………えーと」
「あ、目が覚めたの?」
教会の椅子に我が物顔で座っていた少女は、ギルバートを見るとそちらへ近寄っていく。
「ここはどこ?」
「いえ、私は気づいたらここに……お嬢ちゃんはどうしてここへ?」
「私はね……」
少女はこれまでの出来事を話し始めた。
家から出ないように。狩人である父親はそう言い残して、夜の闇夜に影を溶かした。
獣狩りの夜であれば、いつも通りの情景だ。長い、長い夜が幕を閉じると、朝日とともに父は母と帰ってくる。そのはずだ。
母はそれを好ましく思っていない。家族で一緒にいようと言っても、その時ばかり父は我がままだ。ばつの悪そうに微笑み、そして何も言わずに消え去る。
いつもならすぐ後を追うようにして母も飛び出す。夜が明ける前に連れ帰るため、と母は言っているが、二人が夜明け前に帰ってきたことはない。朝日とともに父と母は帰ってくる。大量の返り血を浴びて。
だから今回も大丈夫だと思っていた。しかし何故だろうか。胸騒ぎがする。こういう時はオルゴールの音が聞きたくなるものだが、今は手元にない。ゲン担ぎとしていつも母が持っていくからだ。
カーテンの隙間から月を見上げる。今夜の月は一段と大きく、妖しい。胸騒ぎは眩しすぎる月明かりのせいだろうか。きっとそうだ。そう思った瞬間、背後からモノが落ちる音がして、とぎれとぎれの寂し気な音色が響く。
オルゴールだ。
背筋が凍るのを感じた。いやな妄想が堰を切ったかのようにあふれ出してくる。居ても立っても居られなくなって、家を出ようか迷った。脳裏に父の言葉がよみがえる。いやしかし、でも。葛藤はそう長くは続かなかった。
オルゴールを懐に入れ、お気に入りのリボンを身に着ける。ハンカチと、包帯と、父の酒。どこに仕舞っているのか、それらをホイホイとポケットに入れ、靴を履き、ドアを開け、一歩外に足をつけた瞬間教会の中に寝そべっていた。
「ん……ここ、どこ?」
見回しても知らぬ光景。石造りの荘厳…の二歩手前程度の内装は、それでいてここが「安全」だと思わせる何かがある。
そして一番の問題は、隣に寝ていたおじさんである。
(この人がここに連れてきたのかな…)
謎の場所で、誰かと二人きり。その思考にたどり着くのは当然と言えた。
しかしこのおじさんは重病人のギルバートであり、役に立つ情報など欠片も持っていないのである。
(早くお父さんとお母さんを探さないと…でもここがどこかわからないなら...)
取り敢えずこの男が目を覚ますまで待とう。それが少女が出した結論であった。
「……なるほど」
「つまり、私達はここがどこか分からないし、何で来たかも分からないってことでいいの?」
「そうなりますね。特にほら、外を見てみてください」
「ん…」
言われたまま外を見る少女。
「何か変なところが…あ! 明るい!」
「気づきましたか」
教会の唯一の出口から見える外は、まるで昼間のような明るさだった。
「ええ、大分時間が経っているようです」
しかし実際のところ、陽光のようなそれは月光である。あまりの明るさに昼かと勘違いするが、今は夜。近すぎる月が、太陽に勝るとも劣らない光量を晒しているのだ。
「…とにかく、ここから帰らなきゃ」
「そうですね。私もあまり外は出歩きたくない…ん?」
私は病人ですから、と続けようとしたギルバートは、一つ異常に気づいた。
「身体が…軽い」
いつか、病に冒されてからは常につきまとっていた気怠さが、綺麗さっぱり消失していた。ギルバートは肩を回し、数回小さく跳ぶ。
「治ってる…! …はは、やった…! 血の医療は本当だったのか!」
みるみる内に顔が明るくなるギルバート。
対して少女は、
「いきなりぴょんぴょん跳ねて何してるのおじさん。早く行こうよ」
素っ気ない一言を返すのみであった。
外へと繰り出した二人を待ち構えていたのは、何とも気味の悪い街と気味の悪い月であった。
近代ヨーロッパ的な街の至るところに、皺だらけの白く巨大な血管のようなものが張り巡らされている。月は円周から触手のような何かが中心へ伸び、黒い影を作っている。例えるなら血走った眼球のようだった。
「なんですか、これは…」
「私が知るわけないじゃない」
まるで世界が何かに寄生でもされたような、妙な生々しさがあった。血管もどきは所々で絡み合い、
「とにかく、人を探しましょう」
「こんな場所に住んでいる人が、頼りになんてならなそうだけど」
コツコツと靴音を鳴らし、二人は奇妙な街を往く。風は吹いていなかった。鳥の声も聞こえない。
この街は死んでいる。おそらく全ての訪問者が抱くであろう感想がそれだった。街に蔓延る管が生命を吸い取ったのか、ここは見た目の生々しさに反して自然の存在が著しく欠如していた。
(もしかすると、これが死者の国ってやつなのだろうか)
ギルバートも、初めこそ軽くなった我が身に安堵を抱いていたが、次第に疑念が沸々と湧き上がってくる。それほどまでに街は静まり返っていた。
そして奇しくも、死者の国というのは当たらずとも遠からずである。
「あ、おじさん、人が」
「ええ。私が様子を見てきます」
暫く歩を進めた二人は、遠くに立ち尽くす人影を見つけた。背は高く、つば付きの帽子を目深にかぶっており、幼い少女がおいそれと声を掛けることは憚られる。
ギルバートは軽い足取りで人影に向かい
「こんにちは、いい天気ですね」
会話の教本に出てくるような言葉でコミュニケーションを図る。だが返ってきたのはまともな返答でも、ましてや余所者へ向ける痛烈な一言でも無く、
「――ッ!」
どこから取り出したか、鋸刃のついた巨大な鉈だった。
見れば、背の高いその人間の目はひどく虚ろで、口元にはきつく巻かれた布切れ。右手の鉈に左手の銃器、そしてそれらを扱う膂力。言わずもがな、ギルバートが声をかけた相手は
「狩人っ!?」
遠巻きに見ていた少女が声を上げる。
いくら病が治って体が快調とはいえ、ただの成人男性と狩人とでは戦力に多大な隔たりがある。
「おじさん逃げて!」
であるからしてこの少女の忠告は正しく、賢明であった。
――もしギルバートが、ただの成人男性だったのならば。
「もう使うことはないと思っていたんですがッ…!」
正気を失った狩人の猛攻をギルバートは間一髪で避け続け、巧みな体捌きで狩人の背後を取る。
そして両手に懐から取り出した金の噴射機を持つと、そこには一本の火柱が立ち上った。
「もう狩人を引退したとはいえ、降りかかる火の粉は払いますよ。さらに強大な炎で、ね」
炎に照らされたギルバートの目は、憎しみと僅かばかりの哀憐、そして後悔を滲ませていた。