ぱちぱちと音を立てて燃える、かつて「狩人だったもの」の前に立ち尽くすギルバート。
「まだ、私を捕らえるというのですか」
ぼそりと呟いて、ギルバートは金色の噴射器を懐に仕舞う。
「今まで黙っていて申し訳ありません。怖がらせないように良かれと思ってのことなんですが…ここから先の探索は私が行きます。お嬢ちゃんは危ないから待っていてください」
「……あの炎…おじさん、あなたもしかして『灰のギルバート』?」
「なぜその名前を!」
灰のギルバート。彼の歩んだ後には灰しか残らないという伝聞――もちろん誇張されている。象徴的な英雄はいつの時代も必要とされたものだ――から畏敬の念を込めて付けられた二つ名。
それは狩人の間でのみ広がり、一般市民、ましてや少女のような幼い子供が知っている筈がなかった。
「あなた、何者ですか」
ギルバートは目の前の少女を訝しむ。少女に向ける目は鋭く、柔和な雰囲気のおじさんの面影はまるで消え失せていた。だが対する少女の様子は変わらない。何もおかしい所はない。だがそれが、今の状況では最もおかしい。
「配達者って聞いたこと無い? 最初にこの名前を考えたやつにはリボンをお見舞いしたいんだけど、有名になっちゃったものは仕方ないよね」
その言葉を聞いて、ギルバートは目を見開いた。
確かに知っている。惨たらしく獣の腹から内臓を抜き取り、それとは対照的な少女趣味のリボンを内臓に絡める、神出鬼没の狩人。
誰もその姿を見たことはなく、気付けば獣の死体にリボンが贈られていることから、その狩人はいつしか「配達者」と呼ばれるようになったのだった。
しかし何と、かようなか弱き少女がその狩人だったとは。事実は小説よりも奇なり、とは言えどもまさか。
「信じられない…まさか貴女が」
「残念ながら真実。だってほら――」
「危ない!」
いつの間にか新たな狩人が少女の背後を取っていた。直後、狩人は右手のノコギリ――獣肉断ちを高く振り上げ、少女に振り下ろす。
肩口を刻まれ、右腕を落とされる少女の姿がギルバートには見えた。だが幸いにも、それは過ぎた心配だったらしいことをギルバートは知ることになる。
少女は振り向きざまに左手で獣肉断ちを掴み、捻った。
大の大人…なんて言葉では形容しきれない程の体格を持った狩人は、その僅か腰の高さに届くかといった少女に手玉に取られる。獣肉断ちを持っていた右手を支点に、くるりと一回転させられたのだ。
それからもう一瞬だった。仰向けに倒れた狩人の腹部に少女が右手の手刀を突き刺せば、肉が裂かれ鮮血が迸る。そして狩人の苦悶の声と共に臓物が取り出され、狩人は絶命した。
少女は臓物を握っていない方の手からリボンをほどくと、小腸と大腸をいっぺんに束ねるように、その真っ白なリボンでちょうちょ結びをした。
純白は狩人の血で汚され、結び目を中心に赤い領域が広がる。
「ほらね?」
「…信じられない」
一瞬の内に創り出された
「でも、なんで私達だけがこんな所に来たんだろうね」
「身分を隠した狩人二人、ですからね…。疑うなと言って、無理があります」
なんとかかんとか正気を取り戻したギルバート――実は無理やり取り戻させられただけだったりする――と少女は、危なげなく悪夢の街を歩いていた。
右に狩人あれば火柱が上り、左に狩人あればあっという間に前衛芸術が出来上がる。降りかかる火の粉は須らく払うものであるが、この二人においては些かオーバーキルと言わざるを得ない。ほら、見よ、獣が二人に怯えている。
しばらく街を散策して、二人は薄っすらと勘付いた。この街に、まともな人間…はおろか、まともな生物さえ存在していない。
妙にてらてらとした皮膚の犬も、ひどく肥え太ったカラスも、極めつけには人面を持った巨大なダニさえも、まともに会話をする事は不可能だった。それどころか、出会って戦闘にならなかった事が無い。皆等しく持ち前の爪を、刃を、牙を向けてくるものばかりだ。狂ったように、生き血を求めている。そう思えるほど、彼らの闘争心は常軌を逸していた。
「…全く、キリがない」
「ここまで絶え間なく獣と対峙するのは、流石に初めてだよ」
少し疲れた様子を見せるが未だ冷静な少女に対し、焼いても焼いても出てくる獣に痺れを切らしたのか、心なしかギルバートの狩りは荒々しくなってきていた。
既に焦げた獣の残骸をも燃やし続け、二人から逃れようとする獣さえも殺していた。
「ちょっとおじさん、それもう死んでるよ」
「ですが、獣は浄化せねば。それが私達の使命でしょう?」
「何処かもわからない土地でそれは愚行じゃない? 無駄な消耗は避けるべきだよ」
「それは……そうですが」
少女に諭され、渋々引き下がるギルバート。その後も度々執拗な追撃を行っていたが、頻度は下がっていた。
そうして敵を蹴散らし、謎の街を進む二人。気づけば地面は土から血の海に代わり、獣臭さと血生臭さは極まっていた。
だがそれをどうとも思わないのが、寧ろ慣れ親しんでいるのが狩人という存在である。臭いの源へ向かうようにして街を探索していた彼らは、遂に根源へと到った。
もとは何らかの建造物であったろうそこは、壁、床のあらゆる箇所が血と肉片に塗れ、もはやなんの為の空間であったかすら分からない。
やけに広い面積、高い天井。部屋の隅には死体の山。辛うじて生きながらえているのか、それらの一部はまだ蠢いていた。
その内の一人が、一つが、絞り出すように嘆く。
「……ああ、忌々しい、呪われた獣がやってくる…。醜い獣、ルドウイークが…赦してくれ……赦して……くれ……」
だがその声は誰に届くこともなく、ルドウイークの右前足によって途絶えた。
およそ三対の足を持ち、その巨躯はもはや生物の枠を外れている。
聖職者は獣化に抗う術を知り、だが聖職者こそが、最も恐ろしい獣となる。それは勿論、教会の最初の狩人であるルドウイークも例外ではなかった。
ルドウイークが哭く。馬と人の顔を、左右半分ずつ継ぎ接ぎしたような顔を歪ませ、喉を震わせながら。
それは不条理への未練であり、かつ開戦の合図であった。
「…行くよ、おじさん」
「ファイアーカーニバルです。巻き込まれないで下さいね、お嬢ちゃん」
対する二人も身構える。これは、ふたりの最後の、最高の獣狩りとなる。その、なんと贅沢なことか。
ルドウイークが、高く跳んだ。