最近、羽沢さんがすごい。
なぜだか変に気合いが入ってるというか。バイト中も、俺の仕事を奪っていく勢いなので、羽沢さんの負担を増やしてしまわないよう必死だ。羽沢さんがそんなふうになっているのには、当然理由があるわけで。俺はそれを知らなかった。いくつか考えてはみたものの、どれも推測の域を出ず、確信には至っていない。本人に直接聞くのもなんだかはばかられたので、学校からの帰り道で、たまたま一緒になった宇田川さんに聞いてみることにした。
「あのさ、宇田川さん」
「ん?」
「最近、羽沢さんの頑張り具合がすごいんだけど、何かあったの?」
俺の質問に対して、宇田川さんはやっぱりか、みたいな表情を浮かべた。
「実はアタシ達、ガールズバンドジャムっていう、結構メジャーなイベントに出られるかもしれなくてさ。それでみんな気合い入ってるんだよ」
「え、そうなんだ。すごいじゃん!」
俺は素直に驚いた。音楽にあまり明るくない俺は、ガールズバンドジャムと言われてもイマイチピンとこなかったが、宇田川さんがメジャーというからには、かなりの規模のイベントなのだろう。それに出られるかもしれないとなれば、羽沢さんのあの頑張り度も頷ける。
「まあ、まだ決まったわけじゃないけどな」
そう言って笑う宇田川さんは、嬉しそうだった。
それから取り留めのない話をしていると、宇田川さんがそういえば、と話を切り出してきた。
「寺崎って、一度もアタシ達のライブ、見に来たことないよな」
そうなのだ。羽沢さんたちと知り合って、それなりに時間が経つが、実際に彼女たちがライブをしているところを見に行ったことはなかった。別に見たくないとかそういう訳ではない。ただ単に機会に恵まれなかっただけ。
「あー……そうだね。機会があれば、とは思ってるだけど」
「なら、今度アタシ達の練習を覗きに来ないか?」
それは俺にとっては願ってもない申し出だった。けれど、今の彼女たちの邪魔をすることは俺の本意ではないので、少し考えた後に断った。
「そう言ってくれるのは本当に嬉しいんだけど、遠慮しとく。邪魔しちゃ悪いし」
宇田川さんも、それ以上は聞いてこなかった。
「今度ライブするとき、教えてよ。絶対見に行くから!」
「ああ、もちろん」
それからもしばらく宇田川さんと話を続けた。好きな音楽の話だったり、いろんな話をしたが、一番の驚きは、宇田川さんの妹さんもゲームをするということだった。是非とも話してみたいものだ。
「ん? あれ、蘭たちじゃないか?」
宇田川さんにつられて、宇田川さんと同じ方を見てみると、確かにその通りに、いつもの面子が勢揃いしていた。
「みんなしてどうしたんだ? 」
しばらく宇田川さんの添え物になりながら、彼女たちの会話を聞いていた。やはり、みんなガルジャムに向けて気持ちが上がってきているようだった。宇田川さんの提案を断ったのは正解だったな。上原さんがくすぐられてる姿は目に毒なのでやめてもらっていいですかね青葉さん、とか考えていると、美竹さんが俺に質問を飛ばしてきた。
「ていうか、寺崎はなんで巴と一緒だったの?」
それは当然の疑問だろうし、やましい理由があるわけでもないので、俺は即座に返答した。
「たまたま学校帰りに、宇田川さんと一緒になっただけだよ」
「ふーん。そっか」
美竹さんはそれきり前を向いて歩き出した。俺自身、特に話すこともないので再び聞き役に徹していると、青葉さんが何かを思い出したかのように、あっ、声を発した。
「そういえばー、あたし、コンビニに用があったんだよね〜。蘭、一緒に行かない?」
「え? ああ、別にいいけど」
「やった〜。それじゃあ〜、出発〜」
なぜだか青葉さんに目配せされたような気がした。俺が首をかしげていると、上原さんさんも、あっ、と声を発した。
「ねえねえ、これから巴の家行っていい?」
「いいけど、何で?」
「ほら、この前遊びに行ったとき、忘れていっちゃたものあったでしょ? ちょうどいいから取りいきたいなあって」
「ああ、あれのことか。でもそれなら明日の朝でも——」
「いいからいいから!」
上原さんは宇田川さんをグイグイ押していった。ちらっとこちらを振り向いた上原さんに、目配せされたような気がした。青葉さんも上原さんも、二人してどうしたんだろう。うーんと一人唸っていると——声には出さなかったが——俺はとんでもない事実に気付いてしまった。
——あれ、もしかして今って羽沢さんと二人きりなのでは?
「……」
「……」
気まずい。非常に気まずい。いつもなら話題の一つや二つ、ポンと出てくるのに、今この瞬間に限ってはてんで浮かんでこなかった。二人になってからそれなりに時間が経った気がするが、一向に商店街は見えてこない。
唐突だが、俺の家と羽沢珈琲店、というか、商店街の距離はそう遠くない。家から十五分もすれば、商店街に入るくらいの近さだ。そのことも、羽沢珈琲店をバイト先に選んだ理由の一つだ。
閑話休題。
さっきから何か話さなければ、と思うのだが、如何せん何を話せばいいのか分からなかった。ここはひとつ、ガルジャムの話題でも出してみようか。
「そういえばさ」
俺がそう切り出すと、羽沢さんはビクッと肩を震わせた。その反応に少しだけめげながらも、俺はなんとか話を続けた。
「宇田川さんから聞いたんだけど、ガルジャムっていうイベントに出られるかもしれないんだってね」
羽沢さんは今まで俯けていた顔を上げた。そこには、何か焦りを感じているような表情が浮かんでいた。けれどそれも一瞬のうちに消え、いつもの羽沢さんに戻った。これは、あまり良くないことを言ってしまったかもしれない。
「そうなんだよね。私もみんなに置いていかれないように、頑張らないと!」
頑張らないと。その言葉に、俺は何故だが嫌なものを感じた。努力家なのは羽沢さんの魅力の一つではあるが、何事もやりすぎはよくない。けれどそのことを羽沢さんに言うべきではないと判断した俺は、そこで話を打ち切ることにした。
「そっか。俺が力になれそうなことがあったら、相談してね」
「うん、そうするね」
それからまた沈黙の時間が戻ってきた。ああどうしよう。いっそのことゲームの話でもするか? いやでもなあ、とか一人葛藤していると、今度はどういうわけか顔を赤くした羽沢さんが話を振ってきてくれた。
「あ、あのさ! 寺崎くんって好きな人とか、いるの……?」
その質問は、よっしゃどんとこい、と身構えていた俺を凍結されるのに十分な威力を持っていた。しばらく動けずにいると、不安そうにこちらを見上げる羽沢さんが目に入った。
——いかんいかん。
どうしてそんなことを聞くのか、疑問は尽きないが、とにかく答えなければ。
「うーん……。今はいないかな」
流石にバカ正直に”羽沢さんが好きです”と言えるはずもなく、当たり障りのない答えで誤魔化した。
「えっ……そうなの? 巴ちゃんとかは?」
宇田川さんの名前を聞いて、合点がいった。確かに、たまたまとはいえ、男女が一緒に下校しているともなれば、そういった疑問を持つのも無理はない。自分の幼馴染ともなれば、尚更だろう。
「いやいや、宇田川さんはなんというか……気の置けない友達みたいな感じだから」
それを聞いた羽沢さんは安心したのか、胸をなでおろした。
「……そっか。なら——」
羽沢さんは何か言っていたが、車のエンジン音にかき消されて聞こえなかった。
「羽沢さん?」
「あ、いや、何でもないよ! あ、私こっちだから! またね!」
またまた顔を赤くした羽沢さんは、そう言って走り去っていった。
俺は控え目に手を振ることしかできなかった。
全然話が進まなくて申し訳ないです……。