第1話
深更――。
異形の少年が、いた。
欄干の上ただ微動することもなく、居る。
ワザとらしく贋作の鼻孔をクンクン、と動かし嗅ぐマネをする。
「荒魂か」
義眼の右がギョロリ、と動く。
無造作に後ろ髪を束ねた黒い髪が、強風にあおられ風に流れる。
現在の気温は四度ほど――。薄着の少年は、浅葱色の着流しを身につけているだけで、傍から見ている方が寒々しく感じられた。
……ヴォォ――ヴォ……――ゴォオオオ――……
そう遠くない距離で声がする。
『ヴォオオオオオオオオオオオ』
金属同士が擦り合わせたような耳をつんざく不快音が周囲に木霊する。橋の中心で大きく蠢く百足の如き形状の荒魂がいた。巨体が跳ねるたびに、橋全体が軋む。
しかし、人影はおろか気配すらない。すでに橋は封鎖されており、少年と荒魂のふたりだけがいた。
両側に整然と並ぶ街灯の光が青白く、所々点滅を繰り返す蛍光灯があった。
少年はニィ、と口角を釣り上げ、自らの左手首を口元に運びその侭噛む。
スラリ、と肘から徐々に刀が姿を現した。
「よぉ、化物さんよォ……会いたかったぜ」
自らの手を銜えながら、喋る。
その侭、左の腰に佩いた太刀を右手で抜き、素早く欄干を走る。風がビュ、ビュ、と頬を通り過ぎてゆく。
そして、少年は一瞬で消えた。
と、同時に――ガチッ、と金属の激突するのが聞こえた。
少年の繰り出した太刀が百足荒魂の前肢を幾つか切断した。が、百足荒魂は激昂したように周囲へ巨大な頭を振り回しながら、橋のハンガーロープを喰い破る。橋桁が大いに揺れた。
どうやら、自らの肉体を削った不埒ものに反撃を試みているようだ。
鋭利な杭に似た足がヒビだらけのコンクリートに食い込み、無数に暴れ、粉塵が撒かれる。
少年には一切臆する様子はない。
寧ろ、
「遅いッ……!」
と、注文をつける始末。
巨大な荒魂の捻じ曲がった胴体部分に太刀の切先を突き刺し、柄の部分を足場にすると、空高く舞い上がり――抜き身の左腕を振りかぶる。
荒魂は片方の赤い瞳で小さな人の影を捉えていた。まるで、漆黒の死神のように訪れる疾風……それを恐れた荒魂は己の消滅を拒み、
『ヴォオオオオオオ』
絶叫した。
少年は体を大きく捻って反動をつけると、透明な正中線を脳裏に思い描き、直接荒魂の巨頭に向かい、その通りになぞり切り裂く。
容易く真っ二つに分割された巨体は、コンクリート舗道の上に崩れ落ちた。
華麗に着地した。
周りには死によって齎された静けさに支配される。
そんな微細な空気の変化にも頓着せず、
「終わりッと」欠伸を噛み殺しながら、少年は呟く。その辺に投げ捨てた腕の鞘を拾い、抜き身の左腕に被せる。ブルッ、と指、掌、手首全体が痙攣した。少年は左掌を眺める。
しかし、少年の顔は晴れやかではなかった。
何かを期待してしばらくその場に佇んでいたが、結句何の変化もないと分かると、路上に唾を吐き、
「チッ、コイツも外れか……」
冷淡な闇に半分埋まった顔が、云う。いつの間にか風が止んでいた。もう、ここに用は無いとでも言いたげに素足の踵を返し、再び少年は全身を橋の向こう側、暗闇の中へと身を投じた。
……後に荒魂退治に駆けつけた刀使たちは、呆然とした。荒魂の姿形は無く、ただ橋の上は静寂が戻っていた。新聞やテレビ、ネットなどのメディアはこの不可思議な事件を小さく報道はしたが、すぐに人々の記憶からは忘れ去られた。
――これは、荒魂によって全身48箇所を奪われた少年、二代目百鬼丸と刀使の物語である。