刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第100話

 現在の日本の首府は東京であり、それ以前は京都であった。

 千年の王城と呼ばれたこの地は風水によって四門が設けられている。しかも、奇妙なことに、この京の地は軍事学上、攻めやすく守りにくい。この点、対照的な土地は鎌倉であろう。頼朝は早くから天然の要害を利用した都市づくりを構想していたに違いない。

京について、記述がある。

有名な軍記物語「太平記」では楠木正成が一旦京を捨て、別地での攻勢を提案した理由も、そこにある。盆地であり、周囲を囲繞する山々もあり、これでは京に篭っての戦はできない。

 後年の秀吉も山崎を戦場に選んだ理由はここにある。

 

 

 

 ――では、なぜわざわざこの地を都としたのだろう?

 

「貞観政要」という、唐代に編まれた政治に関する書物がある。ここでも王城とは「攻められやすく守りにくい土地にせよ」とある。

 なぜであろうか?

 

 この書に曰く、「王城を攻められるは善政を敷いていない証拠である。そして、滅びるようならば、時代が王を見放したのだ。だから、悪政を敷く王がいつまでも世の中にのさばっては民に苦労を強いる。そんな王は必要ではない、さっさと滅びればよいのだ。しかるに、王城は守りにくい土地にせよ」――と、いう。

 

 もしかすれば、これを参考にしたのかもしれない。

 話は脱線したが、左様な理由に従うと、なるほど合点がゆく。

 大原・鞍馬――嵯峨野・嵐山――伏見宇治――山科醍醐と続いた。

 綾小路武芸学舎の由来は、嘗て平安京の頃の〝綾小路〟という道からとられている。現在の京都市街の中央部東西路である。

 

 

 校舎自体は中央から離れ、舞鶴と福知山に分校として存在している。

 この場所に移動したのは明治であり、それ以前はその名のとおりの場所に存在していた。その理由は明白であり、「神仏分離」という明治政府肝いりの政策が要であった。

 それまで、神道と仏教は同一して拝まれており、曖昧であった。だから仏像を拝む入口に鳥居があっても、何ら不自然ではなかった。――だが、時代が変わった。

 欽定憲法下における国家元首を担ぎ上ぐには理由が必要であり、その理由に神道を用いた。従って、仏教と分離させる……それが、政府の方針だった。これに付随して、荒魂退治を行ってきた刀使たちも、政府直属の下僕となった。

 

 

 これが現代にまで続く経緯である。

 

 

 雨後の冷えた空気は針のように肌に刺さる、と橋本双葉は思った。盆地は自然と乾燥しがちあり、乾いた空気は更なる冷気を呼び込む。

 

 電車が過ぎて、人がまばらになったプラットフォームで、

 「ん~、おかしいなぁ……」

 と、怪訝に眉を寄せる少女が呟いた。

 綾小路の刀使、山城由依である。長い流麗な髪を後ろで束ねたポニーテールが印象的な娘である。

 双葉と由依は、暗躍を続ける綾小路武芸学舎へと潜入する為にこの地へきた。

 

 携帯端末の画面を眺めながら溜息をつく彼女に向かい、

 「どうしたの?」

 普段、人一倍以上に元気な由依の浮かぬ表情に疑問を口にした。

 

 「それが、連絡がとれなくて」

 

 「もしかして、鈴本さん?」

 

 その名前にコクン、と由依が頷く。鈴本葉菜は舞草の諜報員であり現在も綾小路へ潜入し情報を送っている。……その彼女からの連絡が途絶えた。

 ここで詳しい話はマズい、と思い双葉は由依をつれて人気のない場所まで向かった。

 

 

 夕刻の過ぎた神社の境内には、冷たい風が吹き付ける。薄暗さから、夜の隆盛を迎えようとしていた。侘しい電燈の光の下、

 「…………。」

 「…………。」 

 二人は、しばらく無言だった。

 彼女は以前から、優秀な諜報員として正体がバレた事もなかった。また報告も定時に送ってくる。それが今日に限っては、事情が異なる。

 イヤな予感が二人の胸中に去来する。

 まさか、バレたのだろうか?

 双葉は顎に手をやり、考え込む。 

 ――それは十分に有り得る。

 と、簡単な結論に至った。理由は明白である。向こうの陣営には高津学長が居る……となれば、その傍に控えているのは親衛隊の第三席皐月夜見がいる。しかも、情報戦略局の局長、轆轤秀光が舞草側の情報を流しているとみて良い。

 

 

 「もしかしたら、わたし達は泳がされてたのかも……」

 双葉が不意に口をついてつぶやく。

 

 「どういう意味?」

 怪訝な表情から、緊張に傾きかけた様子で由依は訊ねる。

 

 「多分、だけど……わたし達が潜入するのは想定してたんじゃないかな? 事態がかなり悪い方向に行ってる気がする。むかし――」

 と、言いかけて双葉は口を噤んだ。

 

 昔、親衛隊にいた頃、夜見と共に隠密調査で行動することが多かった。その際に彼女から教わったことがあった。

 

 〝正確な情報なんて、ありえません。見たままを報告する場合もあります。それに加えてより多くの情報位を集め、冷静に分析し、そこから得られた悲観的な事柄を繋ぐと大体の事実と符号します。〟

 

 無機質な表情で語る夜見の姿が、思い出されていた。当初こそ気味悪いと思っていても、長い時間をかけて行動を共にすれば、印象は異なる。彼女は優しい、それも「出来ない」と落ち込む人間にとっては……。

 

 「ん? どうしたの?」

 

 由依が双葉の目の前で手を振る。

 

 「あ、あはは……ごめん。ただ一つ言わせて欲しいのは、相手に皐月夜見がいるってこと。多分……ううん、はっきり言ってわたし達は罠にハマっているってこと」

 

 どうして、そこまで皐月夜見を警戒するの? とは、由依は聞かなかった。双葉のこれまでの経験を信頼し、かつ、今まで不気味で他のどの親衛隊の連中よりも不気味な存在に対して由依も警戒感を強めた。

 

 「うん、双葉ちゃんがそういうなら間違いないね。――じゃあ、どうしようか?」

 由依は笑顔で、尋ねる。

 

 その笑顔は確かに変態的な場合が多い。しかし、このようなシリアスな場面には非常に助かる。と、双葉は思った。

 

 「…………潜入しても、多分無駄だから、うーん」

 眉間にシワを刻みながら、思考する。双葉は己が凡人であることを自覚している。たまたま〝御刀〟に選ばれたのも、義兄の百鬼丸のおかげである。それを知っているからこそ、そのコンプレックスを払拭するために、これまで自己研鑽を積んできた。

 

 他の、親衛隊の恵まれた能力と比べれば本当に惨めなものだと落ち込んでいた。

 

 それでも、無言で優しく包んでくれた夜見だけは、双葉も安らぎを覚えていた。

 

 冷静な機械のような判断を下す夜見を相手に一体どうやって……? 歯噛みしながら、「うぁあああ、ちょっとまって。やっぱ詰んでるわ、これ」と頭を抱えて双葉は危うく本音を吐露しかけた。

 

 その時、ふと由依の携帯端末の待ち受け画面に女の子の姿が見えた。

 

 「……って、あれ? 由依のその待ち受けって」

 

 「ああ、これは妹の未久!」

 画面を指差し、どう、可愛いでしょ? とでも言いたげな表情で笑いながら自慢げに胸を張る。

 

 「うん、確かに可愛い。いまは何してるの?」

 

 と、何気ない質問に由依の表情が僅かに翳った気がした。

 「うん、むかしから未久は病気で入院してるんだ。病気を治すのにもすごくお金がかかるから――あ、でもすっっっごく頑張ってる未久のためにも、刀使を頑張ってお給料を貰ってるし! だから、いまのあたしはやる気一〇〇パーセント!」

 「はいはい、どうせ可愛い美少女を舐めわす算段でもしてたんでしょ?」

 「あはは~、やっぱり双葉ちゃんにはお見通しかー」

 

 くすっ、と二人は同時に笑い出す。

 

 双葉も由依の重い事情を知って……それでも、明るい態度に救われた。今の場面では軽口での応酬が心地よい。マイナスの感情が、緩和された気さえする。

 

 

 ――――と、双葉のスカートに小刻みな振動が太腿に伝う。

 

 「ん?」

 携帯端末を取り出すと、非通知の電話だった。

 

 警戒をしながら、通話のボタンを押す。

 「はい」

 

 『お久しぶりです、双葉さん』

 

 その声の主は、皐月夜見本人だった。

 

 双葉の体は一瞬にして硬直し、体に冷たいものが流れ込む錯覚すらした。耳から聞こえる懐かしい声が今では不吉な宣告にすら思えた。

 

 「ど、どうしたんですか今まで行方不明で……」

 

 『端的に申し上げます。貴女と山城由依は今すぐ綾小路武芸学舎の舞鶴校へと来てください。――特に、山城由依の大切な〝もの〟は我々が保護しています』

 

 「えっ……?」

 双葉は、頭が真っ白になった。

 大切な〝もの〟――?

 

 なにか返事をする前に通話は切れていた。 

 「ん? どうしたの、双葉ちゃん?」

  無邪気に聞いた由依に視線を向けながら、双葉は口ごもる。

 

 (どうしよう……本当のことを言えば、絶対に由依は綾小路に行くに決まってる。でも――)

 

 罠だ、しかも完全に準備された罠の中へ入る馬鹿はいない。相当な理由がない限り……。

まず、事実を告げれば確実に由依は飛び出すに決まっている。

 

 ……で、あれば答えは決まっている。

 

 「あああ、もう、最悪っ!」

 と、言いながら、双葉はセミロングの髪をヘアゴムで束ね短い髪束にする。左右に軽く頭を振ると頬を強く叩いた。その頬が赤く染まった。

 

 覚悟を決めた双葉は、急に由依の手をとり、

 「由依、よく聞いて。今から直接乗り込もう――綾小路に」

 ただならぬ瞳の光に射すくめられるように、由依は何度も頷く。

 

 「う、うん……でも本当にどうしたの?」

 

 「さっき、夜見さんから電話があった。舞鶴校にこいって。多分、わたし達の動向も全部バレてる。それに由依の大切な〝もの〟を保護してるって言ってた……」

 

 「えっ……それってまさか、未久――」

 一瞬で、由依の表情が絶望で塗り固められた。

 

 「大丈夫、相手は下手に手出しできない。……葉菜さんも多分相手に囚われていると思っていい。でも、わたしに秘策がある。だから信じて。ね?」

 双葉は宥めるように、首を小さく傾げ微笑む。

 

 その、義兄百鬼丸譲りの窮地に陥れば陥るほどに湧いてくる活力が、双葉自身でも不思議なくらいだった。恐らく、百鬼丸からもらった「生命」が関係しているのだろう。

 

 その双葉の変化に思わず、

 (双葉ちゃんが格好良い……。)

 と、危機的な状況で、しかも肉親が囚われているかもしれない状況で、図らずも双葉に心をときめかせてしまった。

 

 危うく、「格好良い」と口走りそうになった由依はブンブン、と首を振って理性を回復させると、大きく同意した。

 

 「うん、分かった。双葉ちゃんに任せる!」

 

 双葉の握っていた両手に力を込める。握り返された手の力に驚きながら、双葉も目を細めて擽ったそうに笑う。

 

 とにかく、今できることをする。

 

 ――そして、皐月夜見の暴走を止める。

 

 双葉は凡人が凡人としてできる最大の努力をすることにした。

 

 

 2

 

 「なんだ、浮かない顔だな」

 綾小路の執務室の壁に背中を預け腕組みをしたステインが、低い声で尋ねる。

 

 通話を終えて、端末に目線を落とした夜見はやや俯き加減だった。

 「そうでしょうか?」

 現在、タギツヒメの〝近衛隊〟は十数人ほど。いまだ戦力としては十分とは言えない。それゆえに高津学長は焦っていた。折角、秀光の工作により綾小路の学職につけたのだ、早く成果をあげねば……。

 

 その様子を傍でみていた夜見は「ある決意」を胸に秘めながら、独自の行動を起こしていた。先程の「山城由依」の妹を〝保護〟したというのは嘘である。そこまでの行動はとれない。

 だから、揺さぶりをかけた。事前に秀光から得ていた情報では橋本双葉と山城由依が潜入する手筈となっていた。……学内に潜む舞草のスパイ、鈴本葉菜の動向を逐一チェックしながら泳がせていた夜見は、全ての情報を把握していた。

 

 「フン、まあ俺は百鬼丸と対決できれば構わない。お前の好きにしろ」

 鋭い三白眼で睨み据えながら、不機嫌そうに鼻を鳴らす。

 

 「ええ、そのつもりです。あの方の為に私にできることは一つだけですから」

 

 己の手を汚す、これまでもそうしてきただろう。

 

 ただ、今回のやり方は血なまぐさくなる。これまでの方法とも違う。それに、親衛隊の頃に行動を共にした双葉がいる。彼女は夜見の手の内を把握しているだろう。厄介な相手だ。

 

 (そうですか……貴女とも、対決する――そういう運命なのですね)

 どこか悟った顔で、夜見は執務室の夜に染まった窓を眺める。時間は刻一刻と進みはじめていた。

 

 

 

 

 




拙作の色々は冗談と嘘でできてますので、本気にしないで下さい!

どろろは2クールだったんですね。知らなかった……嬉しいぜ!
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