刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第101話

相楽結月は鎌府女学院の学長に転属となった――。

 (一体どういうことなんだ……?)

 当初の約束では、鎌府の内実調査として出向した筈である。それが、まさか学長職の転任とは……。

 鎌府の所有する道場の裏で電子メールの通知を見、絶句した。

 彼女自身、寝耳に水というべき事態であった。しかも、それ以上に衝撃だったことがある。

 事の事情を詳しく聞こうと、電話で連絡をとることにした。

 相手は無論……国の機密を全て握る独立機関「情報戦略局」の局長、轆轤秀光その人である。彼は穏当な物腰で電話口で応対しながら、転任の話もそこそこに不敵な声色を帯びた調子でいう。

 

 『――ああ、そうですね。貴女の一番の関心事であれば……燕結芽ですね。彼女の身柄は此方で預かっておきますのでご安心を』

 

 携帯端末の受話器越しに、結月の体は固まった。背筋に冷たいナニカが流れたような、不快な感覚がする。

 

 「貴様ッ、謀ったなッ! 最初から――このつもりでッ」

 

 『まさか。ですが、一つご連絡申し上げます。貴女の古巣になる〝綾小路武芸学舎〟は高津学長に頑張ってもらうことになりました。彼女も優秀ですからね。近頃、近衛隊のお披露目ができそうになっていますし。……おや? どうされました?』

 

 

 秀光の言葉は、最早疑いようもない事実と露悪に満ちた暴露であった。

 

 結月はタギツヒメという、人間を呪いこの世を破壊すべきだと怒り狂う女神を守護させる集団をあろうことか『刀使』という、人々を荒魂から守る役割の彼女たちに任せる。こんな馬鹿げたことを拒んできた。一種の抵抗を示す為に牛歩戦術をとって話を先延ばしにしてきた。――その、結果がこれだ。

 

 

 ……くそっ、なぜだ!!

 

 無力感が胸を蝕む。二〇年前からそうだった。人々を救った英雄として偶像になり、本当に命を投げ出した藤原美奈都と柊篝を記録から消し去った。その罪の意識が、『ノロ』を人体と融合させる研究へと向かわせて、高津雪那にも手を貸してしまった

 結月は電話を切り、口の中に広がる後悔を苦々しく噛んだ。

 

 「結局、私たちはどうやっても報いることができない……そういうことなのか、美奈都」

 かつての旧友の名を呼ぶ。

 

 

 「相楽学長、お迎えに上がりました。さ、執務室へとご移動下さい」

 足音もなく、不意に大柄な男たちが前方に三人立っていた。巨木のように太陽を遮る。

 恐らく秀光の部下たちであろう。体格のよい感じが、格闘のプロであることを理解させる。事実上の身柄拘束であった。一瞥しただけで、事情は飲み込めた。

 

 だから、彼女は力なく頷いた。

 

 「――ああ、分かった。ただし、結芽だけは、あの子だけは無事に返して欲しい」頼りない口調で小さく呟いた。

 

 男たちは頷いた。しかし、彼らに差配できる力などないのだ。

 虚無感にうちしひがれながら、相楽結月は鎌府の学長室へと向かった。

 

 

 

 2

 私は、少なくとも〝この二〇年間〟が無駄だとは思わない。

 苦痛は無かった――と言えば嘘になるだろう。だが、美奈都と篝の娘たちが再び《千鳥》と《小烏丸》を引き連れて目の前に現れた時、確信した。

 

 彼女たちが私を討ち滅ぼすのだろう、と。

 

 折神紫という……過去と現在を結びつける忌むべき楔を。

 

 それは、一種の開放感だった。

 

 『何がおかしい?』

 ふと、意識を戻す。テーブルの向こうからトゲのある口調で、気難しそうな娘がいう。

 ……どうやら、私は少しだけ笑っていたらしい。

 

 「いいや。なんでもない――」

 改めて、正面に座る娘に目線をやる。……こうやって、気難しそうに眉根を潜める態度は篝にそっくりだ。ただ、それを指摘するとムキになって否定していた――。

 

 (懐かしい……)

 往時の記憶が止めどなく蘇る。そして、それが二度と戻らぬものと再確認したとき、深い落胆の溝に滑落する気がした。

 

 「御当主様……紫さまは、お母さんたちのことを覚えていますか?」

 別の方向から明るい声がした。

 

 美奈都の娘、衛藤可奈美だ。

 

 どことなく、美奈都の面影はあるものの、どちらかと言えば人懐っこい雰囲気が優っている。美奈都は一見すると豪放磊落だった――かもしれない。だが、彼女の周りにはいつでも人が居た。豪快に見えて、彼女は細やかな気配りをしている証拠だった。無口で、余り人を寄せ付けない私とは真逆の存在だった。

 

 「あの~、紫さま?」

 不審げに、可奈美が視線の位置で手を軽く振る。

 

 …………美奈都も、こうだった。

 

 人付き合いの苦手な私に、何度も話しかけ暇さえあれば絡んできた。

 「済まない、これから話すことについて考えていただけだ」

 

 「あっ、そうだったんですね!」

 安堵の微笑を浮かべる可奈美。

 

こうやって、人懐っこい笑みを浮かべながら美奈都も「あの日」笑って出動した。

 

 「……まだ、私を許せないか?」

 緊張を気取られないように、いつものように冷静を取り繕って語りかける。

 

 「い、いえ……」

 

 「はい」

 

 「えっ!?」可奈美は素っ頓狂な声をあげて隣をみる。

 

 真逆の答えが返ってきた。

 

 黒髪の、綺麗に切り整えられた前髪の下から細い眉と〝憎しみ〟のこもった紅の瞳が此方を睨み据える。

 

 「――貴女が荒魂に憑依されていた二〇年、母は全て自分のせいだと、亡くなるその時までずっと悔やんでいた」

 静かな声音が、逆に彼女の内心を如実に語っていた。紅の瞳の光は、ゆらゆら揺れている。

 

 「十条、衛藤、すまなかった……」

 

 ここで、すべてを――私の知る全ての事柄を伝えようと思った。この二人は御刀に選ばれた。巨大な運命の歯車が彼女たちを容赦なく読み込もうとしている、そんな気がしてならなかった。

 

 小さく、息を零しながら、

 「二〇年前――」

 過去を、語る。いま、こうして死に損なった惨めな自分という肉体をここに置いて…………。

 

 

3 

 手術架台に身を横たえながら、惰眠を盛大に貪っていた。

 おれは、強烈なライトを浴びながら鼾をかいていたらしい。……それほど疲れていたみたいだ。パンツ一枚だけで、右足の加速装置の改造に熱中していたらしい。

 心臓に人格が憑依した大量殺人鬼《ジョー》の力を渋々借りながら、なんとか完成させた。

 「ふぁ~あ。ねみぃなオイ」誰ともなく悪態をつく。

 これからどうしようか?

 相手になるのは、腑破十臓にジャグラー、そして〝タギツヒメ〟……。

 

 「轆轤秀光、てめぇだけは惨殺してやるからな――」

 無意識に口をついておれは、奴の残像を脳裏で切り裂く。奴だけは許さない、何が何でも結芽を奪い返さなくては……。

 

 〝私が刀使だから助けたんだね――〟

 

 

 あの夜の言葉が鼓膜に甦る。

 

 「チッ、糞ッ!!」

 右手に握ったスパナを壁に投げつける。金属のぶつかる重苦しい反響がした。

 あの時、おれはなんて答えれば良かったんだ――。どうして、あのとき結芽はおれの前から立ち去ったんだろう。

 

 

 わからない、人間っていう存在が全くわからない……。

 

 別に、命を助けたからと言って大袈裟に感謝されたい訳でもないし、期待もしていない。結芽に関してはやたらおれに懐いたのも彼女なりの誠意なのかもしれない。

 だけど、おれは彼女にこれ以上どう接すればよかったのだろう。

 

 ――勿論、刀使だから大事なんだ。じゃあ、刀使じゃなかったら?

 

 「…………ダメだ、解んない」

 助ける自信がない。いいや、助けただろう、だがここまで肩入れすることはできただろうか? 自信がない。

 でも助かったんだ、よかったじゃないか――別におれが、例えば結芽をどう思ったって関係ない筈だ。――うん、そうだ。

 

 ……もしも、可奈美や姫和だったら?

 

 助ける。

 刀使だから? イエス。

 刀使じゃなかったら?

 

 ――分からない。

 

「こんな考え方のおれが、異常なのか? 人間さまじゃないから分からないのか?」

 頭を抱えながら、おれは必死で足りない脳みそで考える。

 

 そもそも、どうしておれはこんなにも「刀使」に拘るんだろうか。

 

 

そういや昔、記憶も朧げな時代に『何があっても刀使を助けてくれ』そう、誰かも知らない人間に言われた一言に忠実に従っているに過ぎなかった。

 

 おれの糞みたいな人生でも、生きがいになったのは肉体の回収と、「刀使」を守るために生きる……たったそれだけだった。だから単純明快だったんだ。

 

 

 「ああああああああ、なんでだよッ! 別におれなんかがいなくたってアイツらは……結芽も勿論、可奈美たちだって生きていけるだろうがッ! なにより、刀使としての寿命なんて決まってる! そうだ! おれは、別に難しいことを考えなくていいんだ!」

 おれは半ば逆ギレ気味に室内で怒鳴る。

 

 だって仕方ないじゃないか。おれは戦うための存在なんだから。だから、難しいことなんて考えなくてもいいんだ。おれは他人なんて気にしないし、他人だってそうだ。だから今までやってこれた。他人なんて煩わしいだけだ。

 

 

 『あの、少しだけ宜しいでしょうか?』

 扉の隙間から、女性の落ち着いた、澄んだ声音が聞こえた。

 

 聞き覚えがある、この気配。

 

 「ああ、どうぞ」

 

 重たい扉をひらいて入室したのは折神朱音だった。折神紫の妹であり、お淑やかな見た目と裏腹にかなり豪胆な人物でもある。

 

 「姉が――折神紫が百鬼丸さんにお話があるというのですが、今はお話することができますか?」

 

 

 右足に目を配らせながら、朱音が告げる。

 

 おれは「へっ」と口をワザと曲げて頷く。

 

 「平気ですよ。おれから出向きます。」

 

 「そう、ですか……」不安げな眼差しは、おれを絶えず捉えている。

 

 恐らく、イチキシマヒメとの対面での態度が原因だろう。それは容易に察しがつく。あれは原因はどうあれ、おれの責任だからな。

 

 「心配しないで下さい。少なくとも折神紫……さん? には手を出しませんんよ」

 本音で心配そうな顔に返事をする。

 

 そうですか、と生返事をしたのは朱音だった。

 

 

 

 4

 

 「――んで、アンタのところに来てみれば話ってなんだよ?」

 百鬼丸は態度悪く、テーブルに頬杖をつきながら、片足をソファーに乗せて顔は真横を向けている。

 

 可奈美と姫和に二〇年前の過去の話をした後だった為に、軽い倦怠感が紫を包んでいた。だが彼――百鬼丸とも会話をすべきだと思い、呼んだ。

 

 「わざわざ御足労済まない」

 

 「いいや、いいよ。つーか、アンタは本当にあの夜から人柄つーか雰囲気変わったんだな」

 淡々と、百鬼丸は壁を見ながらつぶやく。

 

 「解るのか?」

 

 「そりゃあ、な。でもまだ信用してはいない。だからアンタに《心眼》を使う」

 

 「心眼? 龍眼とは違うのか?」

 

 「ああ、違う。要するに、アンタの記憶や思考をおれが読み取るんだ。嘘をつけないぞ。もしアンタが未だにタギツヒメと繋がってた場合は殺す。いいな?」

 

 初めて百鬼丸は真正面に向き直り、紫を視界に捉える。

 

 切れ長の眦と、荘厳という雰囲気を纏う折神紫相手に、百鬼丸は睨むでもなく無心で眺めている。

 

 「いいんだな?」

 再度確認をとる。

 

 

 「ああ、頼む。それでお前の疑いが晴れるのなら。そこから話をしようと思う」

 紫は淡々とした口調で了承し、瞑目する。

 

 

 (――チッ、やりにくい。もっと抵抗でもしてくれれば力づくで心眼を使えたのによォ)

 苦虫を噛んだように表情を歪める。

 

 「いいか、もしへんな行動してみろ! アンタの無駄に二〇年で発達したでかい胸でも揉んでやるかな?」百鬼丸は冗談ともつかぬ様子で脅す。

 

 「?」

 紫は首を傾げる。

 

 「貴様の言っている意味が分からないが……まあ、好きにしてくれ。ただ、二〇年間この肉体に関しては十八歳当時のままだが……」

 

 「んファッ!?」

 百鬼丸は、呆気にとられた。

 

 十八でこの成長ぶり? まさか……姫和が今十五だとして……たった数年で果たしてこんなに成長するだろうか? 否、無理である。つーか、逆立ちしたって不可能。

 

 「……ッ!!」

 と、百鬼丸は何故だか、不埒な思考をしていた時に限って、丁度背筋に寒いものを感じた。

 

 ぬり壁……もとい、姫和のことなんて全然連想してないんだからねっ! と百鬼丸は内心で強がる。

 

 

 しかし、軽口でここまで脱線するとは。シリアスな雰囲気を思いもよらぬ脱線に百鬼丸は少々毒気が抜かれたが、頭を振って気持ちを新たにする。

 

 「ゴ、ごほん。冗談だ! 軽口だと覚えておけ! ばーか、ばーか!」

 

「ふむ、そういうものか……」

 紫は妙に納得した様子で顎に手をやる。

 

 

「じゃあ、アンタの額におれの人差し指当てるからな」真剣味を帯びた様子で告げる。

 百鬼丸はそう言いながら立ち上がると、紫の額へと指を伸ばす。

 

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