刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第105話

 驚くべきことに、何ら政府は手立てを打てずにいた。

 

 

 十一月中旬、日本国政府は刀剣類管理及び伍箇伝の不穏な兆候を既に察知してはいた――しかし、各省庁及び経済団体に強い影響を誇る「情報戦略局」の手腕により驚くほど事態の沈静化を図られていた。

 

 

 行政遂行の内閣は無論、国会では著しいまでの情報統制によって断片的な内容での議論に終始するより他になかった。……まるで、嵐の前の静けさだ、と誰かが言った。

 確かにその通りなのかも知れない。

 

 

 「はぁ~」

 美濃関学院学長、羽島江麻は深いため息を吐く。

 世間を騒がせる「刀使」という役割の危険性の喚起によって、現在も在校生の転校が相次いでいる。一応、国家機関とはいえ、本人や保護者の意思が第一だ。無理やりに止める権利もないのだ。それに、刀使は危険である、というのは事実である。

 

 軽く額に手を当てながら、執務机に散見される《舞草》経由の資料に目を通す。

 

 ――曰く、綾小路に異変あり。

 

 つい数日前に京都綾小路武芸学舎は高津雪那が学長の就任するところとなった。

 しかも、このレポートには鎌府の学長へと転任となった相楽学長も刀剣類管理局維新派であると断定する文章が踊っていた。実際に証拠はいくつも挙がっていた。

 

 

 かつての戦友が、まさかノロのアンプルを人体へと投与する実験を秘密裏に行っていた、とは信じたくなかった。だが真実は残酷だった。

 

 

 「衛藤さんたちは元気かしら」

 ふと、重苦しい空気を打破するようにポツリとつぶやく。

 美濃関の刀使――いや、日本でも一番と言っても身内びいきではないと断ずることができる甘栗色の髪をした少女。それに、もう一人。頭脳が明晰であり、合理的な……かつ包容力の豊かなもう一人の少女も居る。

 この学校で一二の実力者が今、鎌倉へと出向している。

 ……で、あればこそ尚更綾小路と鎌府が暴走した祭、押さえ込める伍箇伝は限られている。西方は平城と長船。東は……美濃関。

 明らかに不利であった。

 最新の装備と最大の人員を誇る鎌府女学院が一旦箍を外す、と予想すれば必然、止める手立てがない。

 

 

 ……しかも、大事な教え子を再び危険な前線――同じ刀使同士での斬り合いへと投入することになるのだ。

 

 彼女たち子供に大人がなんら報いることがない。それどころか、政争の具として、駒程度に敵も、味方も扱おうとしている。――無論、自分もだ。と、江麻は自嘲気味に口を曲げる。

 

 

 二〇年前から変わってしまった世界と、変わらない「大人」の無力さ。

 あの当時、大人の無能さを横目に事態の沈静化を図った記憶を思い返すと、その無能な大人の中に現在の自分を見つけることができる。

 

 「……どうして、こうも私たちは無力なのかしら」

 あの悲劇を繰り返さぬように舞草の一員として活動してきたつもりだった。だのに、一旦事変が起こると全くの無力だ。

 

 「せめて、大人として」

 責任をとる、それしかできない。だから折神朱音は国会の証人喚問にも応じている。説明を行い、人々の理解を図るために努めた。

 

 (だから、少なくとも私ができることはそれだけ……か)

 

 『――んじゃ、後は頼んだ!』

 不意に、鼓膜の奥に懐かしい声が甦る。

 

 藤原美奈都は、そう快活に云うと、荒魂の残骸をあとに颯爽と立ち去ってゆく。ノロの回収および、警察とのやりとりが面倒で押し付けていた時、いつもそう言って逃げた。

 

 「ふふっ……」

 尻拭いは今に始まったことではない。思えば昔から自分の性分としても、面倒事の処理は受け持ってきたではないか、と江麻は微笑を洩らす。

 

 

 1

 傾らかな日差しが窓の外から射し込む。

 「あ~、クソだりぃ~」

 益子薫は、鎌府の女子寮に与えられた一室のベッドに大の字で寝転がり天井を眺める。薄桃色のツインエールの頭にペットの茶色い獣、ねねが乗っかり寝ている。

 

 「もぅ、薫。そんなコト言って全く提出課題が進んデ無いデスヨ……」

 金髪碧眼の、日本人離れした容姿の少女が不満げに眉を顰める。

 

 「あーはいはい。明日から本気出す、まったくエレンも煩いなぁ」

 エレン、と呼ばれた古波蔵エレンは親友の怠惰な返事に、すっかり頬を膨らまし、不満を示す。

 

 「紗南センセーに怒られてテモ知りまセンよ」

 

 グキッ、と擬音が出るほど動揺した薫は冷や汗を頬に流しながら、

 「へ、へへへ平気だ。オレはここ数ヶ月ずーっと各地で荒魂退治やらされたんだ。おばさんも許してくれるだろ!」と、必死の釈明をした。

 

 「ふーん」エレンは目を細めながら机の上に置かれた携帯端末に手を伸ばす。「じゃあ、紗南センセーに一度確認してミマスカ?」

 

 その死刑宣告にも似た一言に、薫はベッドから起き上がる。

 

 「おい、馬鹿やめろ! そんなことするとオレがまたクソみたいな口実で休みを潰される……お願いしますやめて下さい、エレン様!」

 ベッドの上で、土下座しながら両手を合わせて拝む。

 余りにも恥も外聞もない行動に流石のエレンも呆れた。

 「もう薫、そこまでしなくテモ課題さえやればいいんデスよ」

 まさかここまで拒絶反応を示すとは思わず、冗談混じりだった行動にエレンは罪悪感を持った。

 

 

 「…………。」

 「…………。」

 

 二人は珍しく、重苦しい沈黙に陥った。

 

 その理由は既に明白だった。舞草より齎された情報によれば、この鎌府女学院が相楽結月のもと改革が行われようとしていた。

 ――とはいえ、つい数ヶ月前の鎌倉でのノロ大量廃棄問題によって世間の目は厳しい。あからさまな暴走はしないだろう、と舞草の上層部は考えている。

 

 「薫はどう思いマスか?」

 エレンは鎮痛な面持ちで訊ねる。

 明らかに、この人事はおかしい。問題のある人物として知られた高津雪那がまさか綾小路の学長になる。これだけでも、何者かの暗躍はある。

 

 祖父のフリードマンも、孫娘のエレンには安全でいて欲しいという理由から最新鋭のストームアーマーを送った訳である。

 

 親友の薫は真面目な顔つきで頭を上げ、

 「さぁな。オレたちはエライ連中のいうことを聞くしかない公務員だからな……」

 だけどな、と薫は続ける。

 「個人的な意見だが、オレたちが守るのは民間人だ。もっと言えば、力のない人間だ。やれることだけはやる。あとは知らん」

 ガサツな物言いだったが、普段眠たげに伏せられた瞳が今はしっかり開いている。

 それは紛れもなく益子薫という一人の刀使としての矜持なのだろう、とエレンは諒解された。

 

 だから、

 「ん~~、薫っ、だから大好きなんですヨーーー」

 エレンは勢いよくベッドの薫へと飛びついて抱きしめる。その、十代の少女にはあまりに不釣り合いかつ、暴力的な胸の膨らみを親友の頭に叩きつける。

 「ブッ――や、やめろぉ息苦しいぃ!」

 手足をばたつかせながら必死の抵抗をする薫。しかし、まるで子供をあやす母親のようにエレンはにこやかな笑顔で頭を容赦なく撫でる。

 

 クソでかいおっぱいに頭を挟まれながら薫はふと呟いた。

 「……もしものことがあっても、オレたちにはあの馬鹿がいるだろ?」

 

 薫の上目遣いと視線を合わせながら、エレンは意地悪く微笑む。

 「もしかして、マルマルの事デスカ?」

 「――さぁな」

 

 普段のふざけた言動とは全く想像もできない無類の強さを誇る少年、百鬼丸。彼の存在は自分たちが思っている以上に心強いものなのかもしれない、と薫とエレンは思った。

 

 

 

 2

 時間を少々戻す。

 

 白昼の原宿で、

 「一体どういう事だッ!!」

 ジャグラーは激昂した。……というのも、ダークリングの召喚に応じて呼び出された異形の怪人がすぐさま消えてしまったのだ!

 

 怪人は当初から肉体が透明であり向こう側の風景が見えるほどに希薄な存在であった。

 それがものの一五秒ほどで消えた。

 

 なぜ、こんなことが起こったのか? 頭脳明晰なジャグラーすらも理解できない。元の世界ではこんな異変は一度だってなかった。焦りが、脆い精神の彼を怒り狂わせる。

 

 「ねぇ、今の一体なんなの?」

 美濃関の赤と純白を基調とした制服に身を包んだ少女、安桜美炎が動揺しながら怪人の現れた方向を指差す。

 

 目前に現れた異形のソレは、隣の男の手に握られたリング状の「ナニカ」に反応して召喚されたように見えた。否、禍々しい輝きと同時にあの異形の怪人が出てきた!

 

 しかし、荒魂と異なる雰囲気に対し、美炎の思考を一時的にストップさせる。

 

 (糞っ、この女を変に巻き込んだのが抑もの間違いだったッ!!)

 ここで彼女を殺してしまおうか?

 ふと、ジャグラーの頭に不吉な考えがよぎった。

 

 「ねぇ、今の……手品?」

 

 美炎は戸惑いと一緒に好奇の眼差しでジャグラーを上目遣いで見上げる。

 

 「はぁ!?」

 この反応に驚いたのは当然ジャグラーだった。

 

 「だって、そうだよ! あんなの手品しか無理だよ!」

 謎の自信満々の態度で美炎はジャグラーを問い詰める。

 

 (――コイツ、馬鹿か?)

 

 ジャグラーは焦った。こんな異様な状況でなぜ、こんなにも楽観的なのだ? まるで思考が読めなかった。

 そして、彼の疑いは正しい。

 美炎は馬鹿だった。それも、底抜けの……。

 

 「なんだか、ジャグラーさんって変で変わってて怖いけど、でも本当はなんていうか……根は悪くなさそう」

 

 美炎は言いながらジャグラーの両目を覗き込む。

 

 

 (なんなんだ、コイツは!?)

 得たいの知れない存在に畏怖しながら今後のため彼女を見逃す訳にはいかない。

 

 「ねぇ、もういっか――むぐっ」

 美炎の両頬をジャグラーは左手で挟んで黙らせる。柔肌を触った衝撃で少々動揺しながらも、ジャグラーはなるべく動揺を気取られぬように声を低く意識する。

 

 「お前にはオレと一緒に来てもらう、人質だ!」

 

 三秒、五秒……ジャグラーの睨んだ眼光を恐れることない爛漫な美炎は、「うん分かった!」と元気よく返事をした。

 

 

 「な……に……!?」

 結論から言えば、ジャグラーのほうが焦った。

 

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