刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第106話

「どうしたの? 沙耶香ちゃん?」

 

 

 鎌府女学院の道場の中央で御刀を構え、対峙した少女――柳瀬舞衣がふと、訊ねる。 

 普段も特別表情に変化のあるタイプではない、沙耶香と呼ばれた少女は、その普段にも増して浮かない表情を出していたようだ。

 

 ドールの様につくりものめいて、愛らしい顔立ちには一切の表情がない。色素の薄い髪の間から微かに動揺で震える瞳。

 

 よくよく注意して見ても、恐らく解るものではない。

 しかし、刀使として人として鞏固な結びつきを持つ舞衣ならば容易に解る。

 「……舞衣は、強いって意味分かる?」

 「えっ? どうしたの急に?」

 唐突な質問に対し、逆に舞衣の方が戸惑った。いつもならこうして真剣を握り対峙した場合は一切の雑念は振り払う……筈だった。冷静、というよりも〝無〟という形容が似つかわしい糸見沙耶香という少女が心の葛藤を有している事は知っていた。

 

 彼女自身が悩んでいる時にアレコレと口出しをするのは迷惑だろう、と判断し、舞衣は今まで黙ってきた。

 だが、改めて本人の口から告げられると別の衝撃があるように思われた。

 

 

 「もしかして、可奈美ちゃんのことだとかかな?」

 御刀を下ろして微笑を浮かべる。

 舞衣はその侭、白い耳朶の後ろへ艶やかな黒髪をかきあげる。

 「……うん、でも可奈美だけじゃない。今、もっと強い相手がいるのに、私は全然強くなれない。薫にもねねにも〝強くなる〟ってことを教わった。……でも、やっぱり苦しい。こんな気持ち初めてだから……」

 

 以前の自分であれば、こんな感情に囚われなかっただろう。

 高津雪那のもとで庇護下にあり、その技術の全てを吸収し、更に言われたことを規則正しく繰り返す……それだけで、自然と強くなれた。他の同年代の相手はおろか大人にも剣術で負けることは無くなっていた。それが当たり前だと思っていた。

 

 『貴女は特別だから……』

 雪那の優しい口調が耳奥に甦る。

 

 大勢の人間の視線も気にならなかった。白眼視も嫉妬も、憧憬も全部興味が無かった。……いいや、興味がなかった訳ではない。ただ、どうコミニュケーションをとればよいかわからなかっただけだ。

 

 「……舞衣、私どうしたらいいか自分で考えても分からない」

 ポツリ、呟く。言いつつ剣を収めて俯いた。

 

 本当はどうしたいのだろう? 強くなって――それから? その力を人を守るために使う? それだけが役割? 私自身とは、所詮強くなり他者を守り続ける「道具」なのだろうか?

  

 沙耶香は以前の自分を重ね、「道具」であった頃とさほどの違いを見出せぬ現状に息苦しさと、強い嫌悪感を抱いていた。

 

 

 「沙耶香ちゃん……」

 翡翠色の瞳を伏せて、舞衣は御刀を収める。

 彼女の葛藤を柳瀬舞衣もまた知っている。いつも一番強くて優しい少女が衛藤可奈美だった。嫉妬をしなかった、といえば嘘になる。いつも死に物狂いで努力して、努力して……それでも、努力でも剣術に対する愛情でも結局可奈美に勝る部分はなかった。そう自覚した時、寂寥感のようなものに襲われたのを今でも覚えている。

 

 

 いまの彼女になにを言えばいい? どうすれば私の言葉は届くんだろう?

 

 舞衣もまた迷っていた。

 あの時の苦しみを脱却できたのは、ほんのささいな事なのだから。今ではその解決方法すら忘れるほど小さなきっかけ――。考えて考えて、行動して行動して……迷って悩んで……それでも答えが出ない。

 

 (きっと……うん、そうだ……。)

 

 沙耶香は脱皮途中にいる。

 普通の女の子の生活を送っていれば、きっともっと別な悩みをもっていたんだろう。だけど、自分たちは「刀使」だ。

 人々を守るために、巨大な〝荒魂〟という凶悪な怪物を相手に命のやりとりをしないといけない。

 

 甘えや、依存は許されない。

 

 ……だけど、刀使になる娘は分かっている。

 

 「〝自分が足りないと思えることが、それだけでお前がイイヤつな証拠だ〟」

 

 「――?」

 

 突然の舞衣の言葉に、沙耶香は首をかしげて頭上に疑問符を浮かべる。

 

 そんな様子をハッと気がつき、苦笑いを浮かべながら舞衣は続ける。

 「ごめんね、急に――でも、思い出したんだよ。前に怪獣に研究所を襲われた時があったんだ。……その時にね、百鬼丸さんと一緒に行動してたときに言ってたんだ」

 

 

 怪獣に対し、百鬼丸が脚部から関節射撃を行う際に明眼などを使える舞衣を観測手に指名した。……無論、そんなことは今まで一度もやったことがないし、刀使の能力をこのように利用する例もなかった。

 だから最初は抵抗を示した。しかし百鬼丸は、悪態の一つも見せずに笑って答えた。

 

 『自分が足りないと思えることが、それだけでお前がイイヤつな証拠だ。それに失敗してもおれが全部なんとかする。安心してくれ。おれは強いからさ』

 

 イイヤツってどういう意味だろう? そもそも、だからなんだというのだろう? 

 

 そんな冷静な思考すら漂白されるような、救われた気持ちだった。本当は正解も理解できなくてもよかったんだ。誰かが自分を見てくれて、その苦しみを共有できる人物に「大丈夫だ、心配ない」そう言ってもらえることのほうが本当に大事だったのだ。

 

 「ねぇ、沙耶香ちゃん」

 

 「……なに?」

 「ゴメンね。私は沙耶香ちゃんの悩みとか、強さの認識とか全部答えられないし、剣術でも多分分からせてあげられない。可奈美ちゃんだったらできると思う。でもね、私は可奈美ちゃんじゃない」

 

 そう言いながら舞衣は沙耶香に歩み寄る。

 

 「……でもね。私は可奈美ちゃんにできないことを沙耶香ちゃんに教えてあげられるんだよ」

 柔らかく微笑みかけながら舞衣は小動物のような雰囲気を醸し出す沙耶香の頭を優しく撫でる。……妹にもそうしているように、優しく心を込めて。

 

 「舞衣……?」

 怪訝に眉を潜めながら上目遣いで相手を覗き見る。

 

 「……大事なんだよ。今の辛さが。……沙耶香ちゃんの強さの模索とか理想とかは分かってあげられないけど、それでも大丈夫だから。私はずっと沙耶香ちゃんの味方だから。苦しい時はいつでも相談してね。約束だよ」

 

 

 その時、初めて沙耶香は心の蟠りが緩まる感覚がした。

 

 「舞衣も、同じように苦しい時があったの?」

 

 救いを求めるような縋る眼差しを舞衣に送る。

 

 「うん、今でもやっぱり可奈美ちゃんとか十条さんに劣等感を持ってる……かな? それでも、やっぱり私は私だから。あの二人にできないことを私ができるなら私がやらなきゃ。だってお姉ちゃんだもん。こうやって、一緒に寄り添うことはできるよ」

 

 舞衣は繊細で壊れやすいガラスを包み込むように、抱きしめる。

 「……百鬼丸も強かった。可奈美もそう。初めて誰かに置いていかれたくないって思った」

 

 「うん、そっか……」

 

 「このまま、強くない私がいていいか分からなかった」

 「そんなことないよ」

 

 「……舞衣」

 

 「ん? どうしたの?」

 

 「……私は、いつも人形みたいって、なにを考えてるか分からないって言われてきた。でも、特になにも感じなかった。だけど、今は本当に強くなりたい。百鬼丸みたいに強いのに悲しい。なんとかしたい……。可奈美と肩を並べる相手になりたい」

 

 無機質だった声にも、感情の熱がこもる。

 

 舞衣は嬉しかった。胸の奥が温かなもので満たされる感覚がした。……この感情に名前があるのだろうが、敢えてそれを詮索したいとは思わなかった。言葉にすれば壊れるものだってある筈だから。

 

 「……舞衣ありがとう」

 

 「どういたしまして。それに、私は百鬼丸さんのおかげで見失ってた部分を見つけられたから……」

 

 「……うん。もう一度百鬼丸に会いたい」

 

 自分の感情をストレートに語ることができるようになった沙耶香。決して口数が多い訳ではない彼女だが、それでも何も思わず、感じない訳なんてないのだ。少しずつ変わる、それが人間だ。

 舞衣は改めてその、他人と関係する輪郭をなぞったような気がした。

 

 ぐぅ~、と腹の虫がなった。

 

 「……舞衣、クッキー食べたい」

 撫でられた頭を気持ちよさそうに目を細めながら沙耶香は、要求する。

 

 「ふっ、ふふふ……うん、わかった。ちょうど鞄に入れて持ってきてるから食べようか」

 

 

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