刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第11話

 東名高速道路を走行する一台の護送車。

 その中にひとり、拘束具に身体の自由を縛られ頭は麻の袋で覆われる男がいた。その名はステイン。かつて、元の世界にて人々を恐怖に陥れた者。彼を乗せ、車はトンネルへと入る。

 時刻は午前4時。

 道路を走る車の数も疎らである。

 (チッ、つまらねぇ……)

 一種の燃え尽き症候群を患ったように、双眼は虚ろに濁り体中の気力が萎えた気がしていた。

 ……折神家

 日本でも有数の名家であり、政財界でも強い発言力を有している。

 その現当主、折神紫の命令により「ステイン」は横浜港から鎌倉の屋敷まで送られる途中であった。

 (荒魂? 刀使? 一体ここは何なんだ?)

 座席シートの背もたれに上半身を預けながら、ステインは考える。少くとも、元いた世界では聞き馴染みのない単語。

 となると――

 (やはり、あの穴は異世界へと通じるものだったらしい……)

 小さく鼻から息を洩らし、酒か煙草でも欲しくなった。

 さて、これからどうなるだろうか……と、ステインが目をつぶった瞬間。

 

 キィィィィ、とけたたましい摩擦音がトンネル構内に響き渡る。

 それから、車体は大きく左に傾き、護送車は横になって一五メートルほど減速せずに道路を滑った。

 その間に車内では激しい揺れに見舞われ、運転手はアチコチ体をぶつけたらしく、失神していた。

 ステインは縛り付けられた車壁のおかげで、目立った怪我をせずに済んだ。

 (何が起こった?)

 そう思う暇もなく、護送車の後部扉が思い切り切り裂かれる。

 バン、と扉を蹴破る乱暴な音のあと、

 「ほぉ、君が〝ステイン〟君だね」

 渋い男の声が聞こえる。

 「誰だ、テメェ」

 吐き捨てるようにいう。

 男は肩を竦めて苦笑いする。

 「君を助けたのはこのボクなんだがね。まあいいさ。それより、その拘束具くらい自力で外せるんだろう?」

 チッ、なんでもお見通しかよ――そう内心毒づくステイン。

 そして、事実彼は簡単に拘束具を腕力ひとつで破った。

 麻の袋を取ると、目前には壮年の男が佇んでいる。

 「やあ、始めまして。レイリー・ブラット・ジョー。それが現在のボクの名前さ」

 純白のスリーピーススーツに身を包んだ男。彫りの深い顔立ちからも判る通り、西洋人である。白銀の頭髪を後髪で軽く束ねている。綺麗に整えられたあごひげを触りながら、

 「君を我々の勢力に加えたいが、どうだろうか?」

 と、ジョーが唐突に提案する。

 まだ頭が混乱したステインは軽く頭を左右に振る。

 「意味がわからねぇ。第一、お前らは何者だ?」

 真っ暗な車内にうっすら、乱暴に破られた扉の隙間から流れ込むオレンジの原色光。

 ジョーはムネポケットのシガーケースを取り出し、葉巻の先端を爪で丸く切り落とす。

 「君にとってそれが重要な事かな?」

 銀色のジッポライターで葉巻に火を点ける。美味そうに煙を口腔一杯に頬張り、鼻から煙を抜く。

 一々洗練された動作を眺めながらステインは、

 「答えろッ」

 恫喝する。

 男は「やれやれ」とでも言いたげに後頭部を掻いた。

 「いいだろう。我々は《サマエル》だ。人々に知恵を与え、そして堕落させた蛇の名前さ。――どうかな? お気に召すといいのだが」

 サマエル、即ち赤き蛇。旧約聖書の創世記にてアダムとイヴに知恵の木の実を食うようそそのかした張本人。

 (それを組織の名前に……か。おもしれぇ)

 ステインは孤高の仕事を好む。しかし、この眼前にいるジョーのどこか人間離れした雰囲気に興味を持った。

 「ああ、悪くねぇ。だが、いいか覚えておけ。俺は他人とつるむ気はない。合わないと判断すればいつでもテメェらとは袂を分かつ。いいな?」

 ジョーは満足したように呵呵と笑い、

 「いいだろう。では改めて。ようこそ、悪名高き〝ヒーロー殺し〟のステイン君。我々《サマエル》は歓迎するよ」

 恭しくお辞儀するジョー。

 ステインは首を左右に二三回傾け、バキバキと骨の軋む音を立てる。彼の癖である。仕事前、それも上物を獲物とした時にのみ現す癖だ。

 「この世界にもヒーローはいるんだろうな?」

 ジョーは目を点にして、それから不意をつかれたように大笑いする。

 「……ああ、いるとも。名前は……《百鬼丸》というんだが。ま、詳しい話は後だ。とにかくこの場を立ち去ろうではないか」

 ステインは口を裂いて、邪悪な笑みを零す。

 「百鬼丸……百鬼丸か……おもしれェ……血が滾る」

 三白眼を細め、

 「おい、俺にも一本くれ」

 葉巻を指さした。

 「ああ、どうぞ」

 一本の葉巻を受け取りながらステインは密かに思った。

 (まるで、ゲーテのファウスト博士にでもなった気分だ。すると、さしずめこのジョーという男はメフィストか?)

 今度は皮肉な笑みで、ステインは乱暴にホウキを逆立てたような髪を掻き毟る。

 

 2

 朝。電線に並ぶ雀の鳴き声を聞きながら、可奈美は目を覚ました。

 「ふぁ~っ。おはよ~」

 眠い目を擦りながら、可奈美は不意に、あぐらをかいて壁に寄りかかり、刀を抱えて眠る百鬼丸に目線をやる。すでに彼は起きていた。

 「寝てないんですか?」

 「いいや、眠っていたさ。ただ、この格好じゃないと眠れないんだ。それに、おれは一日二、三時間ほどの睡眠で十分なんだ」

 「へぇーっ、凄いですね!」

 「どうかな? いつも誰かに命を狙われる生活をすると安眠することができないだけかもしれんからね」

 百鬼丸は珍しく苦笑いをした。

 「……私も起きているぞ」

 姫和が不機嫌そうな声で布団の中から言った。

 「よく眠れたか?」百鬼丸がおどけた口調で尋ねる。

 「……お陰様でな」

 皮肉の混ざった言い方で応じる。

 相変わらず可愛げのない娘だな、と内心百鬼丸は思いながら「やれやれ」と肩をすくめる。

 「それで、今日の予定はどうする?」

 「――予定?」可奈美が鸚鵡返しにいう。

 「ああ、まさかこのまま一箇所に潜伏するワケにもいかんだろう?」

 「……ですよねー。ね、姫和ちゃんは何か考えとかある?」

 布団から顔半分だけを出した姫和は不機嫌そうな目つきで、

 「ない」

 と、即答。

 「そもそも、御前試合の後なんて考えてなかった。それに、お前たちと行動する予定もなかった……」

 弱々しくなる語尾。

 そんな姫和の態度が面白かったのだろうか、意地悪く微笑む百鬼丸。

 「昨日の夜の話だけど、やっぱり舞衣ちゃんはこの周辺を見つけ出していると思ったほうがいいよね?」可奈美がダメ押しできいた。

 「ああ、何よりおれが借りたバイクの回収に男執事がくる予定だ。あのバイクにはGPSがつけられている。ここの宿がバレるのも時間の問題だ。それに昨日のSNS情報だ。状況証拠、物証が揃えば当然、バレる」

 「……舞衣ちゃんには会いたいけど、今はまだ――」

 「そうだよなぁ……」

 百鬼丸は困ったように天井を見上げる。

 可奈美は両頬をパンパン、と叩き眠気を覚ます。

 「だったら、行きたい所があるんだけど……いいかな? 姫和ちゃん、百鬼丸さん」

 「構わんよ」

 「……私も異存はない」

 「それじゃ、決定だね!」

 可奈美は満面の笑みだった。

 三人は宿をチェックアウトし、コンビニで適当な朝食を摂ると、都営バスに乗車した。

 まだ、早い時間ということもあり通勤通学ラッシュに巻き込まれずに済んだ。

 

 「これからどこに行くつもりだ?」

 姫和はつり革を握りながら隣りにきく。

 「んー。それは着くまで秘密かな」

 にこっ、と笑みを零す。

 (それにしても、よく笑うやつだ)

 不思議な生き物でも見るように、姫和は目を細めた。

 「ん? どうかした?」

 「……いいや別に」 

 百鬼丸はふたりから離れた場所で、

 (不安だなぁ……) 

 溜息をついた。

 

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