刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第110話

 『紫……ワレは、もう疲れた』

 気だるげな前傾姿勢で、椅子に座りながら何度目か分からない愚痴を零す。

 「はぁ――」と、額を軽く押さえながら折神紫は首を左右に振る。「まったく……」

 フリードマンと米国が保有する原子力潜水艦ノーチラス号の深部、鋼鉄の扉によって守られた一室でイチキシマヒメと隣り合う。しかし折神紫は、この厭世的な『神』に辟易していた。口を(正確には口は物理的に開いていないが)ひらけば、消えたい、消える……という言葉ばかりである。

 

 面倒なこと、この上ない。

 

 情勢としては現在、タキリヒメは自衛隊の市ヶ谷基地にて匿っている。

 三女神が再び一つの体に戻る争奪戦の際に真っ先に保護を求めたイチキシマヒメは戦闘には向かない女神であった。

 その為、タギツヒメに居場所がバレてしまえば一番先に潰される。パワーバランスが崩れる。

 (それだけは避けたい……)

 という本音と共に、紫自身は彼女……イチキシマヒメには個人的に好意を持っていた。彼女の存在こそが二〇年近く自我を保てた理由なのだから。

 『なぁ、紫。あの少年――確か百鬼丸だったな。あやつはもう行ったのか?』

 珍しく、イチキシマヒメは紫以外の名前を口にした。

 「ああ――何かあったのか?」

 『ワレは〝あの時〟ただ様子を見ているだけだった。あの小童の肉体に執着していたのはタギツヒメだった。あやつは人間に対する憎悪や孤独でできている。なぜあの少年……いいや、勘違いか。ワレももう少し他人に関心を向ければよかったかもな……』

 自嘲気味にいう。

 これも、イチキシマヒメにしては珍しい発言だった。〝他者について〟考える。単なる悲観的な発言ではなく、過去の遺恨を匂わす物言いに、紫は驚いた。

 「あの日とは一体なんだ?」

 『……ワレはもう覚えていない。だが、誰かが〝肉体を捧げる〟そう申した日のことだ』

 「…………。」

 暫く考えながら、紫は考え込むように俯く。

 「恐らく百鬼丸と轆轤秀光は浅からぬ関係だ。篝も時々轆轤家を訪ねていたらしいから、彼女ならば或は何かを残しているだろう」独り言ちに洩らす。

 ……用意周到な彼女のことだ。轆轤家という不気味な存在を放置する筈がない。紫は、そう半ば確信して姫和と百鬼丸の行く末を案じた。

 

 

 

 

 1

 

姫和は実家のライフラインが通っていることを確認しながら、玄関先に置かれた食料品の入った段ボールを見つけた。そこには平城学館の五条学長からの手紙と共に、差し入れした旨が記されていた。……罠、という訳でもなさそうだ。

一通り内容物や毒物が混入していないか、細心の注意を払って確認した。もしダメでも、真っ先に百鬼丸に食わせれば問題ないだろうと、結論づけられた。

 

 屈んだ姿勢から姫和は立ち上がって、帰ってきた実家をまた一瞥する。

 「ここに奴を泊るのか」

 不安しかない気持ちで、頭を抱える。

 

 

 

土間にある台所は、古民家に見られる形式である。

 そこで、

 「~♪~~♪」

 気軽に鼻歌をうたって、グツグツと煮立った鍋を開いて確認する。幼少の頃から母と肩を並べて料理を習ってつくり、また母が病に罹ってからは一人で食事を作っていた。確かに、苦い記憶でもあった――だが、こうして自分以外の「誰か」の為に作る料理は久々であった。

 だからだろうか?

 心が若干であるが、浮ついている。

 「…………。」

 鍋から煮物の香りがする。

グツグツと煮立った音に具材が踊るようだった。菜箸で味を確認する。出汁からとった懐かしい味は、母から教わった最初の料理だった。

「――うん、おいしい」

まだ母が元気だった頃に、丁寧に教えてもらった。出汁からとった煮物は手間の分だけ、美味しくなるのだという。

『こうやって、料理に手間をかけるのはそれだけ愛情を込めるのよ』と、母が微笑む姿が思い出された。

 

「……母さん」

姫和は寂しげな顔で目を伏せる。

母は、父と自分によく手料理を振舞ってくれた。――こうやって、誰かの帰りを待ちながらこの台所に立っていたのだろうか?

 

「……ん?」

と、姫和はここで一つの事実に思い至った。即ち、手間をかけた料理を作る=愛情を込めるという構図である。その意味であれば、あの百鬼丸に愛情を与える事になるのではないか? という事実である。

 

「………………。この食材のどれかに毒でも仕込まれていればいいのだが」

真剣な顔つきで姫和は、鍋を睨む。

百鬼丸に愛情を込める? ……ハッ、まさか。

それだけは断じて有り得ない。勘違い甚だしいと言われても良い。あのような無粋な男にだけは、弱みを握られるのは癪に障る。

 

菜箸を握る姫和の手は更に、強まる。

 

 

 

そんな折りにタイミング悪く、玄関先の木戸が開けられた。

「えーっと、お邪魔しまーす」

百鬼丸はキョロキョロ内部を覗いながら、入ってきた。借りてきた猫みたいに大人しい様子である。

 

 ガバッ、と顔を上げた姫和は百鬼丸へと視線を移す。

 「なぜ、今入ってくるんだ! 馬鹿者!」

 「ええっ!? なに? どうしたの? なんでおれは怒られたんだ?」

 まったく理解できない百鬼丸は驚いて、戸から一歩下がった。

 「いいから中に入れ」

 「どっちだよ!?」

 今日は無茶苦茶な少女の様子に対し、困惑するばかりの百鬼丸だった。

 

 

 2

 茶の間には今時珍しい卓袱台が置かれていた。その卓上に本日の食事が並べられていた。

 

 「おお、普通にうまそうだな……」

 百鬼丸は素直な感想を漏らした。

 

 土鍋で炊かれた白米。ほうれん草の胡麻和え。わかめと豆腐の味噌汁。キンキ(キチヂ)の甘煮……。そして、一番時間をかけた煮物。

 

 百鬼丸の反応は姫和にとって予想外であり、思わず「そ、そうか……」と照れた。面と向かって褒められると面はゆいものだと思った。

 

 「と、とにかく……食べてくれ」

 百鬼丸の前に置かれた茶碗をひったくって、白米を大盛りにして返した。

 

 「ほら、これくらい食べられるだろう?」

 「あ、はい」

 茶碗を受け取った百鬼丸は、日本昔ばなし盛の如き白米を眺める。

 (な、なんなんじゃい……。)

 百鬼丸は普段とは異なる様子の少女に怪訝な眼差しを送りながら、とにかく料理を口に運んだ。

 

 まず、赤魚のキンキ。十一月の旬の魚である。しかし高価な為にあまり一般の食卓に饗されることは少ない。それを贅沢に甘煮にしたのだ。酒と少量の生姜で生臭さを消している。しょうゆ、味醂などであまじょっぱい味付けとなっている……。

 

 「うまい……」

 身が適度に引き締まっており、咀嚼するたび魚本来の旨みも滲み出す。

 

 「――そうか」

 心なしか、嬉しそうな姫和。

 

 熱々の湯気をたてる味噌汁を啜る。出汁がきいて、うまい。白米をかきこむと、米粒のひとつ一つが粒立っている。

 

 無言になって、ひたすら食事をする百鬼丸。箸を動かす手が止まらない。――そして、百鬼丸は小鉢に入った煮物に手を伸ばした。

 「お、これが一番うまいな!」

 思わず、百鬼丸は箸を持つ手でサムズアップする。

 

 キョトンと目を丸くした姫和は暫くどう返答すればよいかわからず、固まった……が、可笑しさがこみ上げ「ふっ」と口元を綻ばせて笑った。

 「――――そうか」

 肩を竦めて、そう応じた。

 

 百鬼丸に何を言われても無視しようと思っていたが、実際にこうして手料理に舌鼓をうって喜ばれると、案外に嬉しいものだった。

 

 ハムスターのように両頬を膨らませて咀嚼する百鬼丸の様子を眺めていると、幼い子供のようにすら見えた。

 「………もごっ、む? なんだ?」

 見つめられた少年は怪訝に眉をひそめて、首をひねる。

 

 「いいや。なんでもないさ。まだおかわりはあるからゆっくり食べ――」

 姫和の話も聞かずに、バクバクと食事を再開する百鬼丸。

 

 

 (なんというか、落ち着くな……)

 卓袱台に頬杖をつきながら、一心不乱に自分の手料理を貪る少年を眺める。自然と微笑が零れた。

 

 「もごっ、もぐっ……。おかわりを所望する!」

 茶碗を差し出した百鬼丸は口元に米粒をはりつけて、いった。

 

 「ああ、わかった」

 

 「しかし、こんなに作って時間かかっただろ? なんつーか、ここまでして貰うと手間を感じるなぁ……」

 

 茶碗を受け取りながら姫和はピタッ、と動作を止める。

 

 手間をかける=愛情を込める

 

 という、先程の図式が彼女の脳内では構築されているのだ! 従って、彼女の耳には『こんなに手間をかけてくれたんだから、おれに惚れてんだろぉ? グヘヘ……』と聞こえた訳である!

 

 「そんな訳あるか、この馬鹿者! 百年早い!」

 突然立ち上がって、息を巻きながら否定する姫和。

 

 「!? ど、どうしたんだよ急に?」

 百鬼丸は相手の急激な態度の変化に狼狽してしまった。勿論、百鬼丸は彼女の内心を知るよしもないので、ただただ困惑するばかりであった。

 

 「なんでもない」

 プイッ、とそっぽを向いて、しゃもじでご飯をよそう。

 

 

 目をまたたかせながら、百鬼丸は「うーむ」と困った。

 

 「それよりも、さっさと探すんだろう? 母の手記を……」

  

 「ああ、そうだな。明日の朝は予定があるから……まあ、いいや。一旦寝てから決めるさ。それより姫和も食わねーのか?」

 

 「そうだな。頂くとするか」と、いうと手を合わせてから箸をとった。

 

 ――美味しい。

 確かに、百鬼丸のいう通りキンキなどの高級魚も味がいい。五条学長の心遣いに内心感謝しながら口に次々と運ぶ。

 「そういえば、この家で誰かと共に食卓を囲むことは久しいな」

 それこそ、母が病に伏せる以前……だから、随分と昔のことである。

 ふと、俯き加減の頭をあげて少年と目を合わせる。

 「う? いぇーい!」

 美味しそうにご飯を食べる百鬼丸は、なぜか上機嫌に右手でピースサインをつくって、破顔する。

 

 「はぁ……こんな馬鹿者と一緒なのが不満だが。まったく」と、首を小さく振る。

 

 「おいおい、ひどいな! まあ、でもいいさ。ご飯が上手ければ全てよし」

 

 「単純な奴め……しかし、お前は本当に美味しそうに食べるな」

 

 「まーな」

 と、素直に応じる。

 

 「まあ、気が向けば作ってやらんこともないぞ……」

 

 「なに? 本当か? ――あ、でもチョコミントはマズイからそれ以外ならOKだぜ」

 

 「はぁ!? 貴様またチョコミントの悪口を言ったな!? 可奈美といいお前といい、今度という今度は許さんからな!」

 

 「なんで姫和さんはこんなにうまい料理が作れて、あんなにマズイ味を好きになるのかねぇ……」

 哀れみの眼差しで百鬼丸は呟いた。

 

 「このっ、……また言ったな!」

 

 

 「くっ、かはははは……久々だな姫和のその怒った顔は!」

 腹を抱えて百鬼丸は笑い転げた。

 

 「ぐぬぬぬ」と悔しがりながら姫和は百鬼丸を睨み続けた。しかし、心のどこかでこんなに騒がしい食事を図らずも楽しいと思った。そして、この家で誰かといる事が妙に高揚するものなのだ、と自覚していた――。

 

 

 

 2

 結局、満腹になったあとに百鬼丸は「体は行水かドラム缶風呂にしよう!」と張り切っていた所を姫和の「却下――」という無慈悲な宣告により、おじゃんになった。

 代わりに、家に設えられている風呂場を借りることになった。

 浴室は、古民家独特の問題である「水回り」を克服する為に、リフォームがなされていた。ヒノキ材での壁や床板は味わいがある。浴槽も、同様である。

 山に近い関係上、湿気からは避けられない。

 じゃぶん、と全身を湯に浸すと疲労が抜けていく感覚がした。

 「これじゃ、何しにきたのかわかんねーや」百鬼丸は思わず、水面を見ながら言った。

 ここ最近、忙しくて全く落ち着く暇がなかった。だからこういう時間は貴重だと思い知らされる。

 

 

 風呂から上がると、茶の間を隔てる襖の奥にもう一室あった。

 そこには仏壇が備えられており、線香の細い煙が漂っていた。百鬼丸は中に入ることを躊躇したが、意を決して顔だけ入れた。

 「……。」

 仏壇の前に、遺影が置かれていた。

 

 「どうした?」

 姫和は水の入ったコップと果物を乗せた器を乗せたお盆を両手に抱えていた。

 「あ、いや。すまん。勝手に入るつもりじゃ……」

 「――いいや、別に平気だ」

 意外にも穏やかな口調だった。

 

 「その、仏壇の前の写真って、姫和のお母さんか?」

 

 「ああ、そうだ」

 

 「なんつーか、綺麗な人なんだな。それに、すげー似てるな」百鬼丸は写真と姫和の顔を交互に見比べながら言った。

 

 「――そうか」

 どう反応していいかわからず、しかし嫌な気分ではないから微笑を口元に洩らす。

 

 「うん、似てるな……顔立ちといい、雰囲気といい、目の色といい……ん? あれ?」

 百鬼丸は言いながら頭を止めた。

 

 「どうした?」怪訝な表情で姫和が訊ねる。

 

 「…………。」

 少年はある決定的な部分を、違いとして認識してしまった!

 

 胸である! 遺影の母である篝の胸は母性に満ちている。しかし、どうだろうか? その娘は慎ましい、控えめな、何のひっかかりもないスリムすぎる体型である。

 

 百鬼丸は思わず、目頭が熱くなって仏壇の前で正座すると手を合わせる。

 「ぐすん……姫和のお母さん、貴方の娘は確かに立派になりましたよ……立派になりました……でも、その一番大切な部分は控えめで、薄くて、どうしてこの部分が似なかったのか不思議で不思議で。あまりに不憫では……グオッ」

 不意に背後からヘッドロックをされた。

 

 頭蓋骨が軋む尋常ではない痛み。

 「ほぉ……貴様、言うに事欠いて戯言を述べるか、いいだろう」いつの間にか、背後に回った姫和がホールドしていた。

 ツンドラよりもやばい厳しい冷徹さで頭蓋骨を締め上げる。

 

 「あががが……ギブ、ギブアップです姫和さん! 話をしよう、対話をすれば分かる!」

 

 「問答無用――」

 万力金輪みたいに、更に力を強める。

 

 ぎゃあああああ、という百鬼丸の絶叫と共に夜が更ける。

 

 

 

 

 3

 「貴様は寝なくていいのか?」

 布団を敷こうとした姫和は、尋ねた。

 

 

 未だズキズキ痛む頭を抑えながら、

 「うん、おれは普通座っていれば寝られるし、なにより三時間以上は寝れないんだ。ま、仮に敵に奇襲を受けても即座に反応できるからな。お前は安心していいぞ」答える。

 

 じーっ、と百鬼丸の顔面を凝視する。

 「な、なんだよ」

 「いいや。本当だったらお前とは別々の部屋で眠ろうと思っていたがそういう理由なら事情が変わる。私もお前と一緒の部屋で寝ることにしよう」

 そう言うと自らの布団を茶の間に敷いた。

 「――おいおい、本当にいいのか? おれに襲われたりとか云々は?」

 呆気にとられた百鬼丸は、慌てた口調でそういった。

 

 「なに平気だ。お前は私の眠っている間、守ってくれるといっただろう?」

 

 「――はい」

 

 「それを今信用することにした。これで文句はない筈だ」

 

 

 ううむ、と唸った百鬼丸だったが結局その提案を了承した。

 「もう電気を消す。準備はいいか?」

 そう言うが早いか、紐を引っ張って電灯を消す。その後には冷たい夜闇が周囲を支配した。木々の葉擦れが聞こえる。

 

 

 

 …………どれだけ時間が経過しただろう? 五分? 一時間?

 

 時間の感覚は闇の中ではごく曖昧になって霧散してしまう。百鬼丸は腕を組み、刀を抱えながら眠りにつく。背中に大黒柱を配置し、掛け布団を体に覆わせる。

 こうべを垂れ、眠ろうと努力しても、近くに人の気配があると意識して眠れない。姫和は手を伸ばす距離で布団に潜って眠っている筈だ。

 

 

 (もう寝たんだろうな。あと少ししたら山で剣の練習をしねーと)

 百鬼丸は冴える目で、絶えず戦闘訓練を求めた。

 

 

 「なぁ、百鬼丸。起きているか?」

 微かに呼ぶ声がした。

 

 「ん? まだ起きてたのか? それとも起きたのか?」

 

 「眠れないんだ」

 

 「おれが居るから? だったら外に……」

 

 「いいや、そうじゃない。少し話をしたい。いいか?」

 珍しい、姫和の口から会話を求めること自体が稀である。普段は寡黙とも言える堅物少女が?

 「ああ、いいぞ」

 そうか、と安堵したように息をつく。

 「柊の家のことは余り詳しく母に聞いたことがなかった。ただ、刀使の家系だと、漠然と思っていたんだ」

 

 「――ああ」

 

 「別に、努めて知ろうとも思わなかった。ただ、刀使の血筋で、《迅移》に特殊な能力があるとか……それくらいの事だけを教えられたんだ」

 

 「……うん」

 

 「母が亡くなったあと、私は叔父の道場で鹿島新當流を学んだ。この力はいつか大荒魂タギツヒメを当滅する力なんだ……そう信じ必死になった。尤も普通の者より剣術を学ぶのは遅かったが」自嘲気味に苦笑いをする。

 

 ――だが、と言葉を切った。

 

 

 「潜水艦で折神紫と対話した時に思った。彼女を恨んでいたことが、それまでの私の生きる意味だったことに、気がついた。母を失った悲しみを忘れる為に剣を振っていたんだと。勿論、荒魂を討つ決意は変わらなかった。――それでも、折神紫と話して解らなくなったんだ」

 彼女もまた、タギツヒメを二〇年間その身に封印しながら苦痛に耐えていた事を。

 

 

 語り終えたあと、長い沈黙の余韻が空間を充す。――それから、おもむろに息を吸い込む音がした。

 

「…………どうして、運命は母も私も放っておいてくれないんだろうな? どうして……こんな〝力〟を私たちに与えたんだろう? 時々そう思って呪いたくなるよ。父も母も己の責務に殉じた。立派だと思う、娘として私は誇らしくも思う……でも、この孤独な家でひとり思うこともあるんだ。もし、父も母も一緒にここで暮らせていたら――かなわないと知っていながら、空想することは愚かしいことだと知っていても……一度でいいから、一緒に生きていたいと願ってしまうんだ。立派じゃなくてもいい。父と母と、一緒にいたかったんだ。立派じゃなくても、ただ二人がいるだけでよかったんだ……」

 姫和の声は細く震えていた。夜闇の中でも、冴えた目の百鬼丸なら解る。天井へと腕を伸ばし、手を開いている。

 「私は、父と母と平穏に暮らしていたかったんだ。たったそれだけのことすら、私は願うことが許されないのだろうか?」

 

 ぐっ、と開いた手を固く握る微かな音が聞こえた。それは決意……というよりは、「想いを」逃がさぬように留めておくように握る音だった。

 

 ……姫和の父親もまた、職務を遂行中に殉職した。幼い頃だから父との生活した記憶もうまく思い出せない。ただ母からの話では、真面目で、普段はあまり冗談も言わないタイプだったが、優しい誠実な人物だった。そのように聞いていた。

 

 

 

「――正直、今でも私は父と母が共にこの家で暮らしている夢想をするんだ」

 自嘲気味に笑ってみせる。

 

「…………。」

 百鬼丸は無言のまま、顔を上げて襖から漏れる微かな一条の月光が射す冷たい青光に目をやる。

 

 「百鬼丸」

 「ん?」

 「お前は……その特別な力を恨めしく思ったことはないのか?」

 「――ない、と言えば嘘になる。あはは、あるよ。ある。しょっちゅうさ」

 「どうして、お前は強く生きれるんだ」

 「強くなんてないさ。大事なものもマトモに守れずに、今まで全部失ってきた。ロクデナシさ」

 「運命を憎らしく思ったことはないのか?」

 「あるぜ、毎日だ」

 「――だ、だったら何故……」

 と、そこまで聞いて姫和は途中で言葉に詰まった。今更だ、百鬼丸が、何も考えずに生きてきた訳がないのだ。彼はただ黙って何も語らず、それでも飄々としているんだ。

 「いや、済まない。忘れてくれ」

 己の幼稚さ、というか熱くなった感情を鎮めるように、溜息をつきながら目をつぶる。

 

 「おれは、さ」

 朴訥な声が、不意にした。

 

 「――えっ?」

 

 「おれはお前たちが……初めてマトモに行動したのが可奈美と姫和だったな。お前たちに出会えて感謝してんだぜ。今まで生きる理由は体を取り戻すこと、昔だれかに言われた〝刀使を守る〟こと。それだけだった。でも、おれが人として関わる最初がお前たちで本当によかったと思ってるんだ」

 

 

 「さっきお前言ってたよな? どうしておれが強く生きれるかって。おれだって強くない、でも――自分の頭でずっと考えていたんだ。なんでこんなクソみたいな世界を守りたいんだろうって、さ」

 

 「姫和みたいに、目の前で困ってたり泣いてたりする人間を見捨てるのは、やっぱり居心地が悪いからなんだと思う。救いたい奴は救う。ムカつく奴は知るか! 多分おれってこんなに単純な馬鹿だから生きてこれたんだと思うぜ」

 にひひ、と子供っぽく笑う百鬼丸。

 

 「――ふっ、随分と貴様らしい答えだな。でも、そうか。お前はそういう奴なんだろうな。多分可奈美も。――なぁ、百鬼丸」

 

 「はいはい?」

 

 もぞもぞと布団の中で動きながら、布団で顔を半分覆う姫和。

 「その、手を出してくれるか?」

 「手か? 触っていいのか?」

 「あ、ああ。今だけは許す」

 「うーん、生と義手、どっちも選び放題だけどどっちがいい?」

 「馬鹿者っ」小声で恥ずかしそうに、怒る。

 ――どっちもだ、と姫和は付け加える。

 意外そうに目を丸くした百鬼丸だったが、頷いて枕元に両手を差し出す。

 細い滑らかな少女の指先が、両手の指を絡め繋ぐ。

 「しばらくこのままでいさせてくれ」

 「どうしてまた?」

 「昔、私が幼いときに眠れない夜は母に手を握ってもらっていたんだ」

 「ふーん、そっか。いいぞ」

 「馬鹿にしないのか?」

 「ああ、しない」

 苦笑いを浮かべながら、百鬼丸は言い訳のように呟く。

 「今まで刀使を、おれは神性なものだと思っていたんだ。無意識の中で刀使と人を区別していた。ひとり一人の人間として見てなかった。だから、痛い目に遭った。だからさ、今度は真正面から向き合いたいと思ったんだ。……んで、さっきの話で十条姫和っていう人間と今初めて出会えた気がするんだ」

 「そうか……」

 

 「お前の手は温かいな。肉体の指も義手の指も」

 

 母とは違う手なのに……同じ温もりに、姫和は目の奥が熱く潤む気がした。どんな過酷な運命も困難も乗り越えて自らの希望を掴み取ったその「手」は、姫和にとって懐かしさと温かさを与えてくれた。

 

 「父も母も幸せだったのだろうか」

 

 「わかんねーよ。姫和が幸せな方がいいじゃねぇか。おれはそう思う。頼まれてもないのに一々背負い込むなよ」

 「お前はやっぱり嫌いだ……」

 言葉とは裏腹に、自然と頬が緩んで笑ってしまうような馬鹿馬鹿しさが胸の奥から湧いてくる。彼と会話をしていると、どうしても真面目になれない自分を見つけて戸惑ってしまう。同じ重い宿命を背負いながら、某か感情を共有している感覚。

 

 「そっか」

 素っ気なく応じる百鬼丸。

 

 「そうだ、馬鹿者」

 どこか上擦った声に、満足げな感情が含まれていた。

 




どろろの最新話がまさかのギャグ回でした! まさかのオリキャラおこわ(?)ちゃんが可愛い! 反則ですね、オリキャラなのにあの可愛さ。そしてどろろと百鬼丸が面白い! ぜひレギュラーメンバーに……ダメか。
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