刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第112話

 十条姫和の実家……、ここに「存在」すると言われる轆轤家の資料を探して、はや二時間が経過していた。

 手始めに土蔵、更に周囲のめぼしい場所を探す。

 だが、資料や手掛かりとなるような物品は一切出てこなかった。そして、再び土蔵――。

 

 

 「しかし、見当たらないな」百鬼丸が腕を組んで、困ったようにいう。

 ひんやりと冷気を充満させた空間は土の古い匂いも嗅がれた。

 盲目の老人――琵琶丸との修行の後、休む間も無く百鬼丸は『柊篝』の残したであろう手記を探し始めた。

 

 その彼に背中を見せて、懸命に土蔵で収納された物品を物色していた姫和が手を止め、

 「……次に文句を言ったら殴る」

 と、肩越しに告げる。

 真剣に探していた時に、アレコレと喋られるのは不愉快なようだ。いかにも堅物娘らしい。しかしそんな内心を理解できない少年は目を点にして、

 「えぇ……。」

 頬に冷や汗を流す。

 百鬼丸は、地雷を踏んだらしい。仕方なく口を「3」にしながら探索を再開する。

 

 「ちぇーーっ、昨日はあんなに殊勝で可愛らしかったのになぁ……どういう心境の変化で……グヘェ!!」

 背後から思い切り殴打がきた。盛大に鼻水をぶちまける。百鬼丸は痛む部分を抑えて背後を振り返る。と、姫和が光のない瞳で百鬼丸を見下しているではないか!

 「キサマ……もう一度言ってみろ。いいや、誰かに漏らしてでもみろ。いいか、殴り殺してから切り刻んで証拠を残さないようにしてやる。覚えておけ」

 無機質な口調で宣言した。

 その威圧に思わず、

 「…………はい」

 百鬼丸は何度も頷いていた。

 

 「ふん。分かればいいのだ」

 と、スタスタ元の場所に戻ろうとした。

 

 

 『あらぁ、大変そうやねぇ……』

 落ち着いた大人の女性の声が、土蔵の入口の方からした。

 聞き覚えのありすぎる声に、姫和は長い濡羽色の髪を翻して声の方向に視線をやる。

 平城学館の学長、五条いろはが佇んでいた。

 和服姿で、細い目は特に印象的な人物である。

 「お、お久しぶりです。でもどうして五条学長が……?」

 戸惑いながらも、疑問を口にする姫和。

 

 「朱音様にきいたんよ、姫和ちゃんたちがコッチに来るって。でも連絡もなんもないし、きっと綾小路の索敵とかから逃れてるかなぁ、とか思ったりで心配やったんやけど――ふふっ、その心配はいらんみたいやねぇ……」

 いろはの目線は、百鬼丸に注がれていた。

 

 「? どーも、初めまして」

 百鬼丸は注目されていることに気がついて、ペコリと頭を下げる。

 

 「ふふっ、そうやねぇ。若い娘さんやし、色々あるやろうけど学生のうちは……」

 

 言葉の途中で遮るように、

 「ち、違います。……学長は勘違いをされています!」

 狼狽した姫和はそのままスタスタ百鬼丸のもとまで近づく。

 「およ? どうし――」

 怪訝に見上げる百鬼丸の言葉も終わらぬうちに、突然彼の胸ぐらをつかむ。そして固めた右手の拳を容赦なく顔面に叩きつける。

 「ゴフッブッ……ウッ、ああっ、マズイきもちい……ゴブッ」

 突然の暴行。

 機械的に打ち出される右ストレートに百鬼丸は暫し酔いしれる。……明らかに、この暴行に性的興奮を示しているようだった。

 

 グロテスクな光景に言葉を失った。

 「あはは……冗談、冗談やしねぇ、そのへんで……」

 流石の五条いろはと言えども、姫和の『絶対殴るマシーン』と化した状態ではヘタにイジることもできないと悟る。

 

 「冗談? ああ、そうですよね。まかり間違っても、この変態とはそういう関係にはなりません」

 姫和は顔面に返り血を浴びながら、ニコッと微笑む。

 まさに「清楚」を絵に描いたような姿だった。ただ、胸ぐらを掴んでいる「百鬼丸」だった肉塊さえなければ……

 その肉塊はピクピク痙攣しながら「あぁ――」と恍惚の呻き声を漏らしていた。

 

 

 

 

 2

 「改めていうけど、お邪魔して堪忍な、姫和ちゃん」

 茶の間で出された緑茶を呑みながら相手をみる。

 姫和は血を拭いつつ、「いいいえ、全然そんなことありません」と否定の頸をふる。

 五条学長の隣りに居るもう一人に、姫和は意識を向ける。

 「……久しぶりだね、十条さん」

 と、平城学館の緑を基調とした制服を身にまとった少女が含羞む。

 岩倉早苗は中等部三年――つまり、姫和と同学年である。

 「どうして岩倉さんがここに?」

 同級生の唯一の知り合い、と言って良い彼女はいかにも人柄の温厚そうな人物である。

 銀を薄めたような、ふんわりとした髪の少女はチラと目線を上げる。

 「えっと……、十条さんがこっちに戻ってきてるって五条学長に聞いて。力になれるかな、と思ってきたんだ」

 正座した膝の上に載せた拳を固めて意を決すると、真正面から姫和を見返す。

 早苗には、刀使を辞めるか相談をしたことがある。……平城学館に入学した頃から色々と世話を焼いてくれた「事件前」からの友人である。

 

 「ほへぇー、いい娘じゃないか!? 姫和にもこんなイイ友達がいるとはなぁー。てっきり学校で一人ボッチかと思ってたぜ。なんせ、こんなキツイ奴だろ? 絶対に友達とか無理無理のカタツムリだ……」

 「ゴホン……。」

 姫和がひと睨みすると、百鬼丸は黙った。

 「おい、いいか。私は敢えて孤独な状況をつくっていたんだ。だから学校でボッチではない。そこを間違えるな」

 「なんつー屁理屈だよ、んじゃあさ、岩倉さん?」

 「はい?」

 「ひよよんは、事件の後に学校で友達とかできたんですか?」

 「あ、あはは……あっ、でも十条さんはクラスでも人気だから……」

 人の良さそうな彼女の口から一言も「友達がいる」とは言われなかった。百鬼丸は「あっ……」と何かを察した。

 

 ガシッ、と百鬼丸の顔面にアイアンクローが炸裂した。

 「おい、貴様。またよからぬ事を考えたな?」

 「イデデ……いいえ! 全然考えておりません!」敬礼する百鬼丸。

 ミチミチ、と骨が軋む音が聞こえる。

 

 

 「ふ、ふふふっ。学校でみせる十条さんより楽しそう」

 思わず、早苗は笑いを堪えながら素直な感想を述べる。

 

 「――ど、どこが!?」

 不満たっぷりな顔で、否定をする。

 

 これまでの、恐らくクラスでも浮いた存在だったであろう姫和を、甲斐甲斐しく世話を焼いてきた早苗ならば分かる。

 人と敢えて壁をつくり、交わることを拒んできた少女の表情と雰囲気は氷のように冷たかった。

 それが、現在ではこのように変わっている。

 

 賑やかなやりとりを横目に、一言、

 「岩倉さんも手伝うってことで頼むわ。姫和ちゃん」言い添える。

 

 

 「…………私としては異存ありません。岩倉さん」

 

 「はい?」

 庵前を突然呼ばれて驚いた。

 

 「その、よろしくお願いします……」

 俯き加減に、目線を逸らしながら他人行儀に姫和がいった。

 

 「……うん」

 満足げに頷いた。これで二度目だ、と早苗は内心で喜んだ。これまで誰にも頼ろうとしてこなかった彼女が、刀使を辞めるか相談して来た時。そして、今。

 何だかんだと言って、人に頼られるのは嬉しい性分らしい、と早苗は思った。

 

 「――ところで、岩倉さん、だっけ?」

 

 「はい?」

 隣りの百鬼丸が口を出してきたので、その方を見やる。

 

 「中々、いい娘だ。なによりこの薄情で味覚がチョコミントに汚染されてて、事あるごとにおれをボコボコにする女とは大違いだ。差し支えなければ好みの男性のタイプなどでも……」

 

 間髪を入れず、ボコ、ボコ、ボコ……。

 

 「いて、いてて、そしてまた、イテェ!!」

 岩倉早苗の手を握った百鬼丸の頭上に三発の鉄拳が落ちる――。

 「……よもや、手当たり次第に女を襲う趣味があるとはな、この変態。ちっ、全く。岩倉さん……悪いが、今から土蔵を調べるのに手伝ってくれないか?」

 一瞥の睨み。

 立ち上がった姫和はそのまま困惑する早苗を連れ出すと、土蔵の方へと向かった。

 

 残された百鬼丸は涙目で痛む頭をこすっている。

 

 「百鬼丸くん、やったねぇ?」

 いろはは、糸のように細い目を百鬼丸の方に合わせる。

 

 「――はい?」

 

 「ありがとうね」

 

 「む? 何がですか?」

 百鬼丸は頸をひねって、疑問符を浮かべる。

 

 その反応を半ば予期していたかのようにいろはは、口元に微笑を浮かべる。

 「姫和ちゃん、ウチの学校に入ってきた時には本当に冷たい感じやったから……あの時から大荒魂討伐を一人でやろう気負ってたと思うんやけど、それでも本当は孤独で寂しかったと思うんよ。岩倉さんがお世話とかしてくれとったみたいやけど……」

 

 「ああ、その事なら多分アイツ……衛藤可奈美ってヤベー位に剣術好きな娘がいるんですよ。アイツのお陰じゃないですかね?」

 

 「ふふ、多分そうかもしれんね。――でも、今のやりとりで解るんやわ。姫和ちゃんは相当百鬼丸くんを信頼しとるみたいやね」

 

 「……どうですかね?」

 鼻で笑って、誤魔化そうとする。

 

 「これは勘なんやけど、百鬼丸くんはワザととぼけた振りをするんやね。だから、さっきも岩倉さんに変なアプローチをかけて怒られて……本当に人の心の機微が解る子じゃないと出来へんことやから」

 

 「――――単なる勘違いですよ」

 

 「ふっ、そうかもしれんねぇ。あ、ただこれは忠告やけど百鬼丸くんあんまり刀使の子に勘違いされるような事をしたらあかんよ」

 

 「勘違い、ですか? ああ、さっきみたいなのですね。分かりました。……おれもまだ斬殺だけは御免こうむるので……」

 恐らく、ほかの刀使にもちょっかいをかければ、間違いなく斬殺される未来が見えていた。百鬼丸は神妙な顔をして、納得する。

 

 これ以上バラバラの肉体をバラバラにされては、細切れ以下の状態だからきっと、「新体験、人体の解剖パズル四八等分以上を実現!!」みたいなおもしろキャッチフレーズつきの雑誌付録になりそうだ。

 

 「う~ん、それもあるんやけど……」

 と、いろははそこで言葉を止めた。どうせ、彼の考えていることは間違いなく浅い。だから余計に勘違いしてくれるだろう。つまり、これから面白くなる。

 そう結論づけた五条いろは学長は忍び笑いをしながら百鬼丸を窺う。

 

 「ん? どうしたんですか?」

 

 「ふふふふっ、いいや……なんもあらへんよっくくく……百鬼丸くん、刀使に好かれるからくくく……」

 

 意味ありげな笑いと共に、目端の涙を拭う。

 

 

(なんだこの人、急に笑いだしたぞ)

 百鬼丸は訳が分からないが、とにかく目前の人物が相当腹黒い人物であることを何となく理解したのであった。

 

 

 

 3

 土蔵の奥深くに仕舞われた漆塗りの重箱があった。しかし、奇妙なことにその中身は空っぽであった。見つけたときこそ、姫和は欣喜雀躍という気分であったが、しかし中身がないのでは意味がない。

 

 

 (――しかし妙だな。一応百鬼丸の奴に見せてみるか)

 

 通常、重箱というのは大切なものを保管する容器である。だが、空っぽのものを土蔵に残したりするだろうか?

 

 その疑問をいち早く解決すべく遅れて土蔵にやって来た百鬼丸の前に差し出した。

 

 「この重箱だけは……私の勘なんだが怪しい気がするんだ。だが中身が空っぽで……」

 三十センチ四方の箱を百鬼丸が一瞥するなり、箱を開いて丹念に眺める。丹塗の美しい箱である。何の変哲もない。……やがて、「ああ、なるほど」と一人合点がゆくと左腕を噛んで、白刃を晒す。

 

 一緒に土蔵で調べていた岩倉早苗は勿論、背後に控えていた五条いろはも、百鬼丸のこの腕の仕込み刀を見るのは初めてだった。

 

 その視線を感じることなく、百鬼丸は無言で箱の角を素早く切り落とした。

 

 「――んなっ!? 貴様なにをす……」と、怒鳴ろうとした所で姫和の声音は段々と低くなった。

 

 なんと、重箱の角から紙切れが見えたのだから。

 

 「どういう事だ?」

 未だ理解できずにいる姫和は百鬼丸の顔を見上げる。

 

 「んー、つまりさ。重箱は空っぽじゃなくて、予め偽装されてたんだよ。こうやって本来の箱の上から僅かに小さいサイズの箱を押し込んで接着させる。そのつなぎ目も分からないように工作するんだな。だから普通は分かんない」

 

 説明しながら百鬼丸は、切り落とした部分を強引に壊して紙切れを引っ張り出す。それは和本綴りのような形状であり、細い文字で詳細に文字が記されていた。

 

 

 ゴクリ、と思わず姫和は唾をのむ。

 

 「……これが母の残した資料、なのか?」

 

 「まだ読んでないから分からん。でもその可能性は高いな」百鬼丸は冷静に応じた。

 

 一ページ、めくり出す。

 

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