1
第五番書庫、とプレートのかけたれた扉の前で、獅童真希と此花寿々花は足を止めた。この折神邸には公式文書の他、古文書などの書類も収蔵していた。
「……改めて思うんだが、ボクたちはコソ泥みたいだね」と、肩を竦めた真希がボヤく。
「あら? わたくし達は朱音様の許諾を得ている時点でコソ泥とは異なりますわ」
「そうなんだが――心情的にはどうも、ね」
苦笑いしながら応じる。
金属のドアノブを掴んで扉を開くと、壁の電気スイッチを点ける。整然と並ぶ書棚が肩を並べていた。圧巻、という他ない。
この書庫以外にも同様の部屋があると想うと、この家の凄まじさが思い知らされる。
「――で、寿々花は一体何を調べようっていうんだい?」
真希は通路を歩きながら問いかける。実際、膨大な数の書物や資料を闇雲に探す訳ではないだろう。――燕結芽を救うには、拉致された場所を特定するのだ。
「ええ……そうですわね。旧陸軍の本土決戦用の〝帝都要塞化計画〟の古地図と書類を探しますわ」
「……? それはどういう事なんだい? どんな関係があるっていうんだい?」
怪訝に眉を寄せる真希を一瞥し、緩やかなウェーブを描くワインレッドの毛先をピヨンと跳ねさせる寿々花。
「ふふっ……まあ、そう言われると思いましたわ。詳しい説明はあとに回して、一つ真希さんに質問をして差し上げますわ。現在、鎌府の保有する研究施設はどの位置にあるかご存知でして?」
「ああ、確か赤羽や八王子……他にも都心部郊外の周辺に隣接している筈だが……」
その説明に軽く頷きながら寿々花は一冊の資料を手に取る。
「――そう、では次の質問。元々はどんな目的で研究棟が増設されたと思いまして?」
「それは荒魂の研究の筈で……」
「ええ、正解ですわ。……ですが、その財源の殆どが国の財源ですわ。国がなぜ大規模に荒魂の研究に資産を投じるか理由がない筈がありませんわ。……真希さんも一度くらい耳にした事がある筈ですわ。先の大戦で〝荒魂〟を兵器として利用しようとしたことを」
「確かに、一度くらい聞いた。だから二〇年前の大厄災も米軍が荒魂を利用したとか……でもそれが何の関係があるっていうんだい?」
寿々花は青味がかった右目でウィンクする。手元に抱えた資料を開き、指先をトントンとリズミカルに落とす。
「……その当時から荒魂の軍事利用の研究と並行して、〝冥加刀使〟の研究が行われておりましたの」そう言って寿々花は資料の一ページを指し示した。
そこには、細長い蟻の巣にも似た形状の図面が精密に描かれていた。
「これは?」
「昔、本土決戦用に掘られた塹壕の一部。そうですわね、地下要塞と言って差し支えありませんわ」
確かに、図面には軍事用語もあり施設も詳細に記されている。
「これが結芽と――いや、ここに結芽がいる可能性が高い。そう言いたいんだろう? 寿々花」
その回答に、寿々花は満足げに頷く。
「そうですわ。当時、空襲の被害を避ける目的と、地下から反攻作戦を開始する目的で地下要塞化を図っていた施設は現在も都心部から周辺にかけて存在しますわ。ただ問題はその規模ですわ。ヘタをすれば数千キロにも及ぶ地下施設を闇雲に探す事は不可能ですわ」
なるほど、と真希は図面を見ながら同意する。
結芽が居る、それだけで安堵の吐息が真希から漏れた。
「それで、大体の位置は特定できそうなのかい?」
「――ええ。まず湾岸沿いの首都高から逃走経路を確保した。……と、なればまず疑わしいのは首都高周辺のトンネル。ここからNシステムでも追尾しきれない〝過去の遺物〟を利用する可能性が高いですわ」
寿々花は現在首都高の湾岸線を通るルートの位置に存在するであろう、トンネル式に構築された巨大地下要塞の図面。
「本来であれば先遣部隊で偵察しつつ、安全を確保して結芽を捜索したい所ですが、親衛隊に汚名がある以上、我々に余裕はありませんわ」
渋面をつくる寿々花。その表情には忸怩たる思いに溢れていた。
「…………ああ、そうだね。ボクたちは行動でしか誠意を示すことも、信頼を回復することもできないのだからね。結芽を救うならボクたち二人だけになるって事だろう?」
無言で首肯する寿々花は、深い溜息と共に図面に沈鬱な視線を投げる。
「救出できる目算も可能性も限りなくゼロ――。これに賭けまして?」
皮肉っぽい口調で顔を上げ、訊ねる。
真希は考えるより早く、相手の両肩に手を置いた。
「ああ、キミの作戦だ。ボクは言葉通り命をかけて戦うよ。……そしてまた親衛隊全員で集まろう。ボクはキミを信じているよ」
真剣な眼差しで告げる。中性的な顔立ち。人を惹きつける凛々しさで、見つめる。
思わず寿々花はドキッと胸の鼓動が半音高鳴るのを自覚された。
「ま、まったく。真希さんは単純ですわね。……ですがそこまで信頼されてはわたくしも生半可な覚悟では行動できませんわ」
指先で毛先を弄びながら目線を泳がせる。……顔色が赤みを帯びていた。
「となると、ここの資料をいくつかコピーする必要があるかもしれないなぁ……」
真希は改めて両隣に延々と続く資料を眺め、額を抑えた。
「……いいえ。その必要はありませんわ。あと適当な図面を数冊目を通すだけで事足りますもの」と、澄ました顔で答える寿々花。
「どういう意味だい?」
と、真希が疑問を口にする。
寿々花は面白げにぷっ、と噴出して笑う。
「わたくしの頭に全部入れておけばよろしいでしょう?」
顳かみの辺りを人差し指でトントンと軽く叩く。
「…………。」
超人じみた発言に、真希は暫く呆然とした。
2
山城由依と双葉は、神社を離れとりあえず綾小路武芸学舎へと赴く事にした。
市営のバスは最終のものだった。
座席は疎らである。皆、疲れた雰囲気を醸し出している。
二人がけの座席で、窓際に座った双葉はウトウトする由依の横顔を眺める。
(――夜見さんが、由依の妹さんを人質にしているってことは、確証がないから伝えない方がいいよね)
不安げな眼差しで暫く黙っていた。
本当だったとしても、やはり助ける手立てがない。それよりも、相手の同行を探り刀剣類管理局へ連絡する方が優先事項だ。残酷だが、それしか相手を牽制する方法がないのだから。
罪悪感を覚えつつ、双葉は携帯端末にアラームをセットし、少し眠る事にした。
ヴィィィィィン、とスカートのポケットが振動した。
「うーん」
双葉は、目を覚ます。目元を擦りながら浅い眠りの息を吐いて周囲を窺うと終点の直前のバス停だった。このバスの行き先は綾小路だからあと十分弱で到着だ。
ふと、隣りの席にいる筈の気配が空虚な事に気がついた。
「あれ? 由依?」
双葉は冷や水を浴びたような気がした。
隣りの座席に居る筈の由依の姿が居ない。驚きよりも焦りが、双葉の胸に去来した。
(もしかして、あの話がバレた? ううん。有り得ない。だって……)
その時、双葉の頭に一つの考えが閃いた!
鈴本葉菜
彼女は、この京都の土地に来るまで連絡が途絶えていたのだ。綾小路の内情調査に放ったスパイである。その彼女の消息の調査も今回の仕事の一つ。
……どうしよう?
双葉の内心は焦りで一杯になった。敵はあの皐月夜見だ。完全に此方の行動を予測し、確実に潰してきている。由依がもしも、「妹を人質にしている」という〝情報〟を掴めば恐らく真偽はともかく行動するだろう。
だとすれば、今自分が行うべきは由依の行方を探すことではないだろうか?
「ああ、もう!」
髪の毛をくしゃくしゃにして、苛立ちを紛らわせる。
周囲の乗客は姿が殆ど居ない。皆、他のバス停で降りたようだ。
はぁ、と溜息を洩らすと双葉は頭を振る。そして、これまでの由依との会話で彼女の妹が入院しているであろう病院の名前を必死で思い返す。
「ええっと、海側だっけ山側だっけ? そもそもわたし京都の地理に詳しくないし……」
愚痴りながらも、それでも脳裏に由依との会話から得た情報をかき集め、推論する。
――よしっ、
と、覚悟を決めると自分一人だけになったバス内部を見回し通路を歩く。
「あの、スイマセン」
運転席の方に行くと、運転手が眠たげな横がが目にうつる。
「――ん、なんだい?」
「このまま、綾小路に到着する前に停車してわたしを下車させてくれませんか?」
突然の申し出に、運転手は鼻で笑う。
「無理だよお嬢ちゃん。大人しく座っててくれないか?」明らかに面倒くさそうな顔だ。
(やっぱダメか……。)
双葉は強硬手段に出ることにした。
スカートのポケットをまさぐると、手帳を掴む。
「非常事態で、この周辺エリアに荒魂が発生しました。このバスは確か市営でしたね?
わたしは刀使の橋本双葉です。ご協力願います」
公権力の力を用い、動くことにした。
実際、刀使の「非常事態」宣言は公安機関の権力行使である。
ゴクリ、と唾を呑んだ運転手は無言になって、横目で一瞥を加える。
「お嬢ちゃん、本気かい?」
「――本気です。お願いします」
勿論、嘘である。
だが、相手は荒魂なんぞより余程厄介なものである。双葉は親衛隊で培ったこれまでの経験を活かし、とにかく実力行使に出ることにした。