刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第12話

  地下構内というのはどの世界でも共通のアジトなのだろうか?

 ステインはそう思いながら、地下へと続く長い階段を下ってゆく。ひんやり、と冷たい空気が次第に強まる。

 先導していたジョーが階段の途中で足を止めて、

 「では、改めてどうぞ」

 招き入れる仕草で先の道をステインに譲る。

 「ああ」

 頷きながらゼリー状の暗闇が広がる無限の空間へと進んでいった。

 

 埼玉県東部に存在する――《首都圏外郭放水路》

 国道一六号線の地下五〇メートルに建設された施設である。中川、倉松川、大落古利根川などから溢れた水を流入路に沿い、この《首都圏外郭放水路》立坑に貯水。その後に排水機場ポンプの稼働と共に江戸川へと排水される。

 この地下構内は内径が約一〇メートル、そこに巨大な柱が林立している。

 「わざわざ、こんな所を拠点に?」

 肩越しにステインはいう。半ば呆れが含まれていた。

 「いいや、今日は特別だ。雰囲気があるだろ?」

 「フン」

 冗談を相手に無視されジョーは肩を竦めた。それから顎を前にしゃくる。

 その先には、数人ほどいた。

 奥には数人ほどの老若男女が佇んで居る。

 「……この連中は一体何なんだ?」

 苛々とした様子で腕組みをして柱に背中を預ける。まだ信用のできぬ連中に背を見せるのは命とりだ、と判断した為である。

 それを眺めながらジョーは溜息をつき、

 「はは、全く落ち着きのないお方だ。では説明させてもらおうか――」

 狡賢い表情で口を歪めた。

 

 2

 竹下通り。

 原宿駅から明治通りにかけて緩やかな下り坂にある通りで、全長三五〇メートルには若者向けのファッション・ブティック店を中心に軒を連ねる。

 「……それで、なぜここなんだ?」

 十条姫和は額に怒りの青筋を浮かべて言う。

 「人が多い場所ってここしか知らないもん」

 可奈美が得意げに胸を張る。

 「だからって、観光にきたワケじゃないぞ」呆れた姫和は肩を落とす。

 「私たちくらいの子とか、制服の子も多いし見つかりにくいんじゃない?」

 確かに可奈美の言葉通り、若者が目立って多い。

 御前試合が金曜だとすると今日は……

 「日曜か。通りで人が多いわけだ」

 狭い雑踏を多くの喧騒が犇めき合っている。

 「あれ? そういえば百鬼丸さんがいないけど、何処かに行ったのかな?」

 「ああ、奴なら『少し離れるけど、すぐに戻る』と言っていた。全く、どうやって合流するつもりなんだ……」

 「ねぇ、姫和ちゃん。そんなところで立ってると目立つから」

 と、可奈美は姫和の腕をとり雑踏の中に紛れる。

 「普通に楽しそうにしたほうが自然だよ」

 ふたりはとりあえず、街を満喫することにした。

 

 

 

 

 

 

 (近いはずなのだが……)

 百鬼丸はバスを降車してすぐ、荒魂が近づいてくる感覚がした。

 彼の肉体の霊力に引き寄せられているのだろう。あのまま人ごみで行動していれば、大勢の人間を巻き込みかねない。

 ――とはいえ

 「この辺りに人のいない場所なんてないよな」

 頭を掻いて諦める。最悪の場合、人目についてでも退治する他ない。だが、しかし。先程から荒魂の気配が霧散し、辿ることが出来ない。

 (……妙だ。荒魂の気配が途中で消えるなんて今まであり得なかった)

 「チッ、仕方ない。一度ふたりと合流するか……」

 

 

 3

 「あ、百鬼丸さん。ここだよー」

 可奈美が、カフェのテラス席から大きく手を振る。

 「……お、おう」

 人ごみに戸惑いながら、百鬼丸はなんとか声のする方向へと進んでいく。

 ……三分後

 「……ッ、はぁ、はぁ。人ごみは嫌いだ」

 げっそりとした顔で百鬼丸は呟く。

 すると、

 「珍しいな。お前と同感だ」

 姫和も首肯する。

 「あははー。二人共まだまだだね。剣術の修行だと思えば全然平気だよー」

 「「それはお前だけだ」」

 これもまた珍しく、ふたりの意見が揃った。

 「それで、百鬼丸は何か飲む?」

 「お……おれは、カフェは来た事がないから……任せる」多少吃った。

 百鬼丸は丸テーブルの、丁度可奈美の真向かいに座り、椅子の背もたれに寄りかかって天を仰ぐ。疲労が一気に来た気がする。

 「うぅ~ん、百鬼丸さんはどんな味でも平気なの?」

 可奈美がメニュー表を眺めながらいう。

 「三ヶ月前に味覚を取り戻したんだが……そうだな。甘いのが好きかな」

 「あ~そっかー。うん、じゃあブラックコーヒーだね」

 百鬼丸は目線を前に戻し、

 「おい、人の話を聞いてたのか」

 「あはは、冗談だよー」 

 「頼むぞ……」

 更に疲れた顔で頭を垂れる。

 (完全に可奈美のおもちゃと化したな……)

 姫和はカップを手にコーヒーを啜りながら思った。

 

 

 

 「それで、荒魂の気配が消えた……と」

 百鬼丸の話を聞き終わると、眉を険しくする。

 「なんでだろうね? 姫和ちゃんのスペクトラム計にも反応がなかったけど」

 「恐らく連中……普通の荒魂と異なり、おれの体を奪った連中は何らかの偽装を図っているだろうな。尤も、今回の荒魂がおれの体を奪った連中とは限らんが」

 

 「でも、そんなに賢かったかな、荒魂って……私の知ってるのは殆ど乱暴なのばっかりだったから。イメージ的には野生動物に近いのかな?」可奈美は腕を組んで「うーん」と唸る。

 「……おれの体を奪った奴らは『知性体』だ。その名のとおり、通常の荒魂と異なり、知性を有している。それも高度の、だ。知性は人格に……人格は自我を芽生えさせ、思考思想を持つようになる。人間と殆ど変わらん」

 「厄介だな」

 姫和が目を眇めつぶやく。

 「ああ、厄介だ。そして狡猾だ。残忍だ。冷徹だ。だが、この知性体にも二通りある――ひとつは長い年月をかけて知性を発達させた種類。もう一つは、他の知性体と『共食い』をして高度な知性を短期間で習得したもの。おれが会いたくないのは後者だ。確かに、一体を倒すだけで体の数パーツが揃う。反面、最も狡くて賢い。だから相手にしたくない」

 自然と語るたびに拳に込める力が強くなる。

 「……そっか。百鬼丸さんの力になるか分からないけど、私たちも協力するよ。……ね、姫和ちゃん」

 話を向けられた姫和はムスッ、と不機嫌な顔になり、

 「まぁ、お前とは共通する敵がいる間だけ協力をしてやらなくもない……」

 明言を避けた。しかし、断らないことからすると、協力してくれるらしい。

 「助かる」

  素直に感謝を伝える。これほど長く共に行動した人間はいなかった。ふたりには感謝の意味も込めて頭を下げる。しかし一方で、百鬼丸はこれから対峙する『知性体』との戦闘を思った。

 (……連中がどうくるか。それが問題だ)

 冷静な思考の自分が敵を殲滅する方法を無意識に考えていた。

 

 4

 「それで、これからどこに行く?」

 微笑みながら可奈美が尋ねる。

 昼下がりの竹下通りは更に人の数も増える。三人は歩きながら、今後について話し合っていた。

 隣りを歩く姫和は気もそぞろに、そして何かに視点を固定して足を止めた。

 「寄っていこう。今後の対策について話し合ったりする必要がある」

 彼女の視線の先には、アイスクリームを販売する移動車があった。

 「えっ、うん……? 百鬼丸さんは?」

 「ああ、おれも構わない。だが、アイスクリームとは噂には聞くが食べたことはないなぁ」

 「だったら丁度いい。いくぞ」

 普段よりテンション高く、姫和が歩き出す。

 

 数分後。

 百鬼丸は後悔した。

 アイスクリームを食べたことのない彼は味を決める際に店頭で、

 『何がいいかな……』

 と、悩んでいた。

 すると、横から『チョコミント、チョコミント一択だ』という囁きが聞こえた。

 『チョコ……ミント? うまいのか?』

 『当然だ。私が保証する』

 『本当か、可奈美?』

 『ウン、ソウダネー。トッテモオイシイヨー(棒読み)』

 その言葉に騙されて百鬼丸はチョコミントを選んだ。

 

 ――そして現在

 

 「なんだコレは!! 歯磨き粉じゃないか!!」

 百鬼丸は一口舐めただけで、飛び上がった。

 すかさず、

 「ばか! チョコとミントのアリかナシかでその例えは言い尽くされている。禁句だ」姫和が反論する。

 「歯磨き粉」

 百鬼丸が口を尖らせ、あてつけにいう。

 「おい、貴様もう一度言ってみろ。またいつぞやの追いかけっこをするハメになるがいいのか?」背中に隠した御刀を取り出そうとした。

 「……スイマセン」

 謝罪しながら恨めしそうに百鬼丸は可奈美のオレンジ味のアイスを眺める。

 「どうせだったら、コッチの味にしておけばよかった。なぜ騙した可奈美」

 「えへへー」照れ笑いで誤魔化す。

 なんてひどい奴らなんだ、と先程カフェでの感謝を撤回したい気分になる百鬼丸だった。

 

 「要らないんだったら、もらうぞ」

 

 と、百鬼丸のアイスを横からぺろり、と桜色の舌を出して舐めとる。

 「う、うをい……」素っ頓狂に小さく叫ぶ。

 突然目の前に突き出てきた少女の華奢で、小さく、柔らかく丸みを帯びた頭部の気配に驚いた。黒の艶やかな絹糸に似た髪が、さらり、と微風に梳かれた。

 「なんだ?」

 怪訝に眉をひそめる姫和。

 「突然出てくるので、びっくりした。それだけだ」

 目を逸らして、から笑いをする百鬼丸。

 

 「なんだ?」

 百鬼丸の脳裏に強烈な違和感がきた。

 

 「――ッ、いる。こちらに、また向かってくる」

 突如、百鬼丸の脳みそに雷光のような閃きがはしった。

 

 荒魂だ。荒魂の反応を察知したらしい。

 「すまんが、少し荒魂を退治してくる」

 そういうと、人ごみを掻き分けて百鬼丸は走り去った。

 残されたふたりは顔を見合わせ、

 「とりあえず追うよね?」

 可奈美が立ち上がった。

 「ああ」

 と、頷く姫和。

 しかしスペクトラム計は反応していない。まさか、それより早く荒魂を発見したとでもいうのか? 疑念は拭えなかったが、とにかく彼の後を追うことにした。

 

 5

 曇天。

 「っ、はぁ、はぁ。いないね、百鬼丸さん」

 両膝に手をつき、息をする可奈美。

 全力で疾駆しながら探したが、百鬼丸の姿を見つけることができなかった。

 「もう一回、探してみようよ……って、あれ? どうしたの?」

 後方で足を止めた姫和。

 言いにくそうに顔を背けながら、

 「やはり、私たちが荒魂退治をしていれば折神家や他の刀使と出会う可能性がある。だから……」

 「このまま、荒魂を退治しないの?」

 「い、いやだから百鬼丸が退治するだろう……」

 「このまま逃げるの? 捕まるのが嫌だから荒魂を放置するなら、姫和ちゃんがご当主様に斬りかかったことも、おかしくなるよ。それに、さっき百鬼丸さんに協力するって言ったよね?」

 「……」

 

 

 

 6

 明治神宮で、悲鳴が上がった。

 その方角にゆっくりと歩き出す影があった。

 「へっ」

 百鬼丸は久々の獲物を前に、興奮した気分で唇を舐める。

 「よォ、糞野郎。久しぶりだな……」

 多くの民間人が逃げ出す中、百鬼丸はただ一人、その流れを逆行してほくそ笑む。

 『ギヴォオオオオオオオオオ』

 悲しい、鳴き声のような咆哮をあげる荒魂。鋭く巨大な前肢二本は昆虫のように不気味で、後脚の間に伸びる長い尾がユラユラ左右にふれる。

 頭部はT形状をしており、さらに左右には巨大で歪な翼が生えている。

 「んじゃ、いくぞ」

 本革の上着を地面へ脱ぎ捨て、包帯でぐるぐると巻かれた腕が顕になる。それを両掌でつかみ合って、一気に抜き放つ。

 腕が二つ、地面に叩きつけられた。

 両腕から伸びる銀色の鋭利な輝き。

 そのまま、百鬼丸は無表情に走り出す。

 『ギヴォオオオオオオオ』

 威嚇するように大きく裂いた口を前面に押し出す。

 ――が

 「相手が悪いぞ」

 百鬼丸は皮肉めいた口調で挑発する。

 人語を理解していないはずの荒魂だが、躍起になったように翼を羽ばたかせ、後方へと飛び上がり、そして一気に急降下して百鬼丸めがけて強襲する。

 「……ったく、頭の悪い荒魂だ」

 避けるモーションを一切行わず地面を蹴って跳躍した。体が宙に浮きながら、百鬼丸は体を左にグルグルと竹とんぼの如く旋回させた。荒魂との接触の瞬間、ギィギギギギと硬い体表の殻を削り破る音が鳴り響く。

 高速の両腕プロペラが荒魂を切り裂き削った。削られた部分は、ノロの橙色が生々しく露出した。

 高速回転した百鬼丸の体は途中で止まり、

 「トドメだクソ野郎」

 宙で激痛に悶えながら飛空する荒魂の背中に降り立ち、刃を交錯させ袈裟斬りにする。

 『ギヴォオオオオオオオオオオオオオ』

 長い絶命をたてながら、地面へと落下する。その前に百鬼丸は飛びのき、地面へ軽やかに着地する。

 悲鳴も終わる、わずかの余韻。

 《無銘刀》の両手を眺めながら百鬼丸は、

 「せめて、静かに眠れ」

 告げてから、荒魂の残骸へ向け切先を突き刺す。みるみるうちに、荒魂の胴体から無数のヒビがはしり、やがて外気に遺灰のように細かく溶けていく。

 ……ノロすら残さずに、である。

 俄に雨が降り出した。

 濡れた前髪が、百鬼丸の顔を隠す。

 「……ハズれだ」

 虚しく呟いた。

 

 

 これまでに回収した肉体の部位、およそ十一箇所。残り、三十七箇所。

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