刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第121話

 「いらっしゃいませー」

 と、入店したコンビニの店内で若い女性店員がいった。

 適当な食料品を買うのであればスーパーに寄るべきなのだろうが時間が惜しい。他にもホームセンターでも買う物があると少年……百鬼丸が言った。

 

 

 海老名から一旦降りて、東京方面へと高速道路を乗り換えた。大井PAから降りて海岸線沿いに出て現在に至る。

 

 清潔な店内をうろつく、黒髪を後ろ髪で乱暴に束ねた少年の後ろ姿を眺めながら、

 (……一体コイツはどこに行くつもりなんだ?)

 不審に思った。

 高速道路で突然現れ、行動を共にすることになったフリーの記者である柴崎岳弘は今更ながら不安を感じていた。記者の勘だけでつれてきてしまった。

 

 軽い疲労の吐息をつきながら、レジでコーヒーと普段は吸わないタバコを買った。

 タバコの箱をポケットに仕舞おうとすると、

 「メビウスですか……おれはラクダが良かったんですけどね」横から百鬼丸が、不満げに呟く。

 「キミは未成年だろ? こんなモノ百害あって一利なしだぞ」

 窘めると、

 「まあそうですね。ただタバコも酒もやる奴らはみんな〝躰に悪い〟って嘯いて結局楽しむんですよ。ま、おれもですけど」大袈裟に肩を竦めてみせる。

 「ははは」

 百鬼丸少年の痛烈な皮肉に思わず笑った。

 確かに――そうかも知れない。もう随分前に死んだ爺さんも似たようなことをほざいていた気がする、と岳弘は思った。

 

 

 ふと、

 「ねぇ、あのお客さんまた――ほら」

 「えっ、ウソ。また……」

 レジの前で先程の若い女性店員とオバさんの店員が何事か話し合っていた。

 彼女たちの視線の先に岳弘が目をやると、成人誌のコーナーに佇む老人を発見した。後ろの辺りだけ白髪が残り、それ以外が全部禿げ上がっていた。

 海辺に近い立地だけあり、乾いた冬の風が外に吹き付けるにも関わらず、その爺は黄ばんだランニングシャツと、色褪せたステテコを履いていた。ゴムサンダルが侘しい感じを漂わせていた。

 大きな鼻からは鼻毛が伸び放題で、口端からは涎が透明に薄く垂れている。

 (浮浪か痴呆の老人か……?)

 風体から推察するに、そんな類だろう。

 岳弘は暫く爺を観察する事にした。まず、老人は成人誌を物色し始め、目当ての表紙を決めると、なんの躊躇もせず開封防止の青テープを剥がす。

 「はぁ!? おいおいマジかよあのジジイ」

 思わず素頓狂な声をあげ、岳弘はレジの方に目を向けた。女性の店員たちは呆れたような顔で店奥の電話から警察に通報する準備をしているようだった。

 

 

 ま、当然か。と思いながら老人に意識を自然と向けていた。

 ステテコの股間部に右手を突っ込み、「アレ」を致していた――。

 

 「…………。もう痴呆老人だな」心底呆れた声で言った。

 岳弘が車に戻ろうとした、丁度その時だった。

 先程まで隣にいた百鬼丸が居ない。首を店内に巡らせると、あの老人に近寄り声をかけていた。

 

 「――あ、ああ」

 岳弘は面倒なことになったな、と頭を掻いて様子を見ることにした。百鬼丸にも何か考えがあるのではないかと推察した為である。

 若干遠い距離があるのと、店内のBGMで音が聞き取りづらいので、仕方なく耳を澄ます。

 

 

 『おい、自慰さん』

 

 『んじゃい!』

 

 『おれの両目を見ろ』

 

 『ええい、黙れこのクソガキがッ……グッ』

 言葉を言い終わる前に、百鬼丸が無造作に爺の胸倉を掴み睨む。その威圧を受けた人間は悉く大人しくなる。――あの老人もまた、同様に動作と止めて百鬼丸の目を、言われたとおり見た。

 

 ――瞬間。

 百鬼丸の瞳孔の辺りに閃光が走った気がした。

 

 百鬼丸には、《心眼》という能力がある。

 簡単にいえば、相手の心を読むことなどができる便利な能力である。逆もまた然りであり、要するに言語を交えず相手との意思疎通を図る方法であった。

 

 三秒……五秒……沈黙と視線の交錯だけが両者の間に流れていた。その異様な雰囲気に気圧され、先程通報しようとした女性店員たちも動きを止め、様子を覗っていた。

 

 「おいおい、どーすんだお前」岳弘は思わず不安を漏らした。

 

 しかし、そんな彼の心配をよそに、百鬼丸は老人の痩せた躰を突き放して不敵に笑う。

 

 「爺さん。アンタ……今から向かう場所まで一緒に来るか?」

 唐突な申し出に、岳弘――より寧ろ老人が怪訝と好奇の混ざった目線を向ける。

 

 「どういう意味だ?」

 

 「言葉通りの意味だ。《帝都地下坑道》って言えば解るか?」

 

 その単語を聞いた瞬間、老人は眠たげだった目をギョロリと開いて、驚愕に表情を固めた。

 

 「おい、貴様ッ!! なぜその言葉を知っている……」

 

 「その様子だと知ってるんだな。……アンタはこの地域を徘徊してるフリをして入口を探してたんだろ?」

 

 百鬼丸が鋭く問うた。心を読んだ為であるが、それにしても核心を衝かれた老人は驚愕から一転して表情を苦々しく変え顔を背ける。

 「……ふん」

 

 意固地になっている相手に百鬼丸は、最後に畳み掛けるように穏やかな口調で告げる。

 「爺さんの探している人があの〝場所〟にいるんだろ?」

 

 その一言が決めてだった。

 老人は無言だったが……最後には折れたように頷き、躰から緊張した力を抜いた。

 「そうだ。……わかった。お前に協力しよう。それで? 何が目的だ?」

 

 「――おれも人を助けに行くんで。アンタの記憶を頼って地下坑道を探索するつもりだ。これでいいか?」

 

 「ふん、まあいいだろう。お前のようなクソガキの癖に纏う殺気は今まで味わったことのないもんだったわ!」

 文句を言って、掴まれた胸倉を乱暴に解く。

 

 「じゃあ決まりだな。今から……」

 

 「まあ、待て」

 

 「なんだよ」

 

 「貴様、名前は?」

 

 「おれは百鬼丸。爺さんは?」

 

 「ワシは松崎虎之助だ。……さ、人に頼みごとをするなら、ワシから申し出る」

 

 「んだよ」

 傲慢な態度になった老人に、面倒くさそうな百鬼丸は先を促す。

 

 

 「このエロ本を奢ってくれ。ああ、そうだ。それから酒も追加だ」

 

 図々しい申し出だったが、百鬼丸は思う存分肺から空気を抜いた。ここまでバカバカしい爺だと真剣に怒ることもできない。

 

 「はいはい。わかったよ自慰さん」

 手をヒラヒラ動かして、頭を垂れる。傍から見ても随分疲れたような印象を受けた。

 

 

 

 

 遠くから一部始終を覗っていた岳弘も百鬼丸同様に呆れてしまっていた。背後を振り返ると女性店員たちも同じ気持ちだったらしい。顔にそう書いてある。

 

 「なんつうか、頭のおかしい連中しか集まってこないのは退屈しなくていいな」

 現実逃避とも言えるような気持ちで、自動ドアの出入り口を見た。もう全部投げ捨てて逃げようか? とも一瞬だけ思った。

 

 

 

 

 

 2

 

『それで、君たち〝元折神家親衛隊〟くんたちは自分たちの立場も弁えずに直訴にきた……と? 自分たちがどれだけの被害を周辺に与えたかも考慮せずに?』

 

 刀剣類管理局、その一角に広がる会議室。

 

 実務などのお偉いさん方が一堂に勢ぞろいしていた。

 

 刀剣類管理局や伍箇伝の関係者、また治安維持組織や政府の役人を含めた数十人が集まる長机に囲まれた会議室の中央で佇んだ此花寿々花は下唇を強く噛んだ。

 隣の獅童真希も、表情こそ普段通りだが、左の拳を強く強く握り締めていた。

 

 本来、彼女たちはこの場で処遇を決められ裁かれる立場であった。事情があり、先延ばしとなってきた。それが、為に発言の立場が弱い。

 

 「全くその通りです。ですが――」真希が反駁の口を開いた。

 

 しかし。

 素早く、発言が遮られて男がマイクから喋る。

 

 『此花くんはともかく、獅童真希。キミは単独行動でタギツヒメのノロ強奪事件に関連していると言われていた。一応の誤解は解消されたと言っても、残念だが疑念は尽きない。それに一度失った信頼というのは、自身でいくら弁護したって誰も信じない。残念だが……この場の誰も、君たちに全幅の信頼を寄せることは不可能だ』

 

 冷淡な現実を、突きつけられた。

 

 

 「……ッ」

 歯を食いしばって、真希は押し黙る。

 相手の言うとおりだった。いくら、折神紫が大荒魂に肉体と精神を支配されていたとはいえ、――それを知らずに付き従っていたとは言っても、現在の混沌とした状況に加担した責任から逃れることはできない。

 

 

 珍しく、焦りの滲んだ様子の寿々花が、

 

 「お待ち下さい。ですが、現状の戦力で有能な刀使は必要な筈ですわ。ですから……燕結芽の救出を」

 

 『まだ分からないのか? 普段であれば、刀使でも駆り出すことも検討するよ。だが、関東一円に散らばったノロと荒魂の被害で全国から刀使を借りて事態に当たっている現状、なぜ刀使一人に貴重な戦力を割くと?』

 

 「で、ですが!」

 

 『くどいッ!! いいか、君たちは一応司法取引で身柄は保留にされているが、本来ならば重罪人なんだ。刀剣類管理局前局長の折神紫も同様だ。貴重な刀使だから、だ』

 ――でなければ、こんな小娘たちなんかに、という囁きが聞こえた。

 

 

 「「…………。」」

 

 二人は俯いた。悔しさも勿論あった。だが、それ以上に結芽を助けられずに、こんな所で足踏みをせざるを得ない状況に軽い徒労を覚えていた。――最初から知っていた筈だ。会議なんて時間の空費で、結論なんて最初から決まっているんだ。だが行政もどこでも、お偉いさんが「全員が納得した」という事実が欲しい。

 ただそれだけの為に、こんな茶番じみた場が設けられている。

 

 親衛隊の頃から、こんな大人たちの下らないやり取りにも対応してきた筈だった。だが、自体が切迫した状況で、こんな足の引っ張られるような茶番劇など無意味でしかない。

 

 気が塞ぎ、諦めのようなものを感じていた刹那――

 

 

 『私からも発言を、宜しいでしょうか?』

 穏やかな口調であるが、断固とした意思で柔らかな声が聞こえた。

 

 「……?」

 怪訝に寿々花が頭を上げると、多くの背広を着た男たちの奥にポツンと座った線の細い女性が挙手をしている。

 

 折神家の当主代理……折神朱音である。

 

 彼女は、静かに話す。

 「確かに彼女たちの前歴や行動を快く思われない方々の意見、ごもっともだと思います。ですが、彼女たちが〝刀使〟として行動することを制約してしまうのも、現状にはそぐわない筈です」

 

 朱音の言うとおり、三女神が分離して争っている。ノロが関東で跋扈している。だからこそ刀使を必要としているのだ。『御刀』に見初められた、適合率の高い〝少女〟でしか刀使にはなれない。こんな単純な理屈はこの場の誰もが理解していた。

 

 ――まして、日本でも有数の刀使である獅童真希と此花寿々花であれば貴重であるのは尚更の事である。

 

 

 『ですが、彼女たちを信用してしまうのですか? 何の確証もなく? 我々はともかく、必ず不満をもつ人々だってあるでしょう』

 

 「ええ、それは当然です。――ですが、彼女たちの身柄が保留にされている理由はただ一つ。刀使としての勤めを全うしてもらう事。そして、我が姉――折神紫の過ちも同様です。ですから、私が彼女たちの全ての責任を持つ。これで如何でしょうか?」

 ニコッ、と優しく微笑みを周囲に向ける。

 まるで笑っているのに威圧しているようだった。

 

 だが、なおも、

 『し、しかし! 現在は貴重な刀使も、治安部隊の隊員も振り分けることはできない』と食い下がった。

 

 すかさず、

 「それで結構です! ボクたち……ボクと此花寿々花の二人で結芽を救い出します」

 真希が凛々しい眼差しと、堂々たる顔つきでダメ押しをする。

 

 

 『…………』

 最早、この場で彼女たちに公然と批判や反論をする雰囲気はなくなった。

 

 空気が変わり、親衛隊ふたりの処遇の話へと進み……やがて、会議は終幕を迎えた。

 

 

 

 3

 

 「ありがとうございました!」

 会議室を殆どの人間が出た頃合を見計らい、真希は朱音のもとまで駆け寄って深く礼を述べた。

 

 一瞬、キョトンとした朱音だったが「いいえ」と柔らかく微笑んで、真希を見返した。

 

 「なぜ……わたくし達の味方をして下さったのですか?」

 寿々花が言いにくそうに聞いた。

 

 「――貴女たちには姉の紫が……例え誤った行動をしていたとしても、信頼して付いてきて下さった。それだけで、私には貴女たちに感謝こそすれそれ以外の感情は持ち合わせてはいません」

 

 本心からの言葉だった。実際、折神紫が荒魂に憑依されていると知っていたらノロを体の中に受け入れるような愚行を侵さなかっただろう。また、進んでノロを回収しなかっただろう。……原因は、彼女たちにはない。

 

 朱音はそう考えていた。

 

 「……ボクたちはそれでも、多くを間違えてきたんです」真希が、ポツり呟く。忸怩たる思いがあった。

 

 

 「もうあまりご自分たちを責めるのはやめて下さい。それよりも、私もあの場で発言した手前で恐縮なのですが……力になってあげられません」

 済まなそうに眉をひそめて、詫びる。

 

 「――いいえ、そんなことはありませんわ」

 

 「ですが、人員もなにも……」

 

 寿々花は、青味がかった瞳を動かして、人差し指をおもむろに立てる。

 

 「お願い……というのは、一つ。折神家の出入りをさせていただきたいのですわ」

 

 単純なお願いに朱音は首を傾げた。

 

 「なぜ、ですか?」

 

 「書庫をお借りしたいのです。あの書庫には……わたくしたちの求める場所について、恐らく記されている筈ですわ」寿々花が断言する。

 

 朱音は頷いて、肩をすくめる。

 「分かりました。では早速手配いたします」

 

 と、いったところで、すかさず寿々花はもう一つ提案した。

 「――あともう一つ。首都高のある場所まで足になる車を手配していただきますわ」

 

 傲慢とも言える言い方だったが、交渉する場合――それは「決定事項」として伝えること。これが成功の鍵だと寿々花は知っていた。

 

 呆気にとられていた朱音だったが、

 「ええ、分かりました。それも付け加えましょう」

 一切の否定をせずに、受け入れた。

 

 

 (このお方に、浅ましい交渉術を――。)

 寿々花は自らが、相手を信頼しきれずに威圧的な交渉術に頼ったことを悔やんだ。

 「先程の無礼、お許しください」

 すかさず、少女は頭を下げて詫びた。

 

 プライドが高い……だけではないのが、彼女の強みである。自身の失態を必ず客観的に見て反省する。だからこそ剣士としても参謀としても優秀なのである。

 

 「……いいえ。それより燕さんが助かることを祈っています」

 朱音は、そういってふたりの肩に手を置いた。

 

 

 

 

 4

 

 「ふふふっ……」 

 周囲が点滅する巨大な空間の中、寿々花は思わず忍び笑いを洩らす。

 ここまで来るのに至る苦労を思い返す。自然と眼前の巨大な異形の大男から与えられる恐怖が薄らいだ。

 

 「――どうしたんだい?」

 怪訝に思った真希は、隣から心配そうに顔を向ける。

 

 

 「いいえ、何でもありませんわ。ただ結芽を救って――一刻も早く親衛隊としての責務を果たそうと思っただけですわ」

 

 「ああそうだ。また親衛隊で揃って、お役目を果たす――悪くない未来だ」

 

 「いいえ未来なんかではありませんわ。予定……そう、予定になっていますもの」

 意地悪い口調で、寿々花は苦笑した。

 

 ――ああ分かっている、だから今相手を倒して先に進むんだ。

 

 と、真希が力強く応じる。

 

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