刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第123話

 最後の《写シ》が剥がされた時、木寅ミルヤは最早自らの命は無いものだと覚悟した。

 泥濘に身を転がしながら、斬撃を躱したものの、足元を粘つきに取られて左肩を袈裟斬りに遭い《写シ》が消えた。勢いで地面に倒れこむ。もう一度同じ技を喰らえば、間違いなく死ぬ。

 下唇を噛んで、己の不甲斐なさを悔いた。

 

 ――戦いたくない。

 

 それだけの理由で防戦一方に陥り、結果――最悪の事態を招いた。

 

 麻痺した全身を励まし、ミルヤは再び泥濘の地面から気力を振り絞って起き上がる。

 

 その光景を別段面白くもなさそうに静観した少女は、

 「もう終わりなんですか?」

 呆れ返ったように、溜息を一つこぼす。

 小さな嘲り。

 鈴本葉菜は間違いなく殺しに掛かっている、そうミルヤは判断した。

 ふと、泥に汚れた視界を改め、周囲を窺うと樹木の裏にS装備独特の甲高い起動音と、深紅に尾を引く残光を確認した。……考えたくはないが、〝近衛隊〟専用のS装備であろうか。気配だけでも複数人が理解された。

 

 「なるほど、貴女だけではないようですね……ここにいるのは、少なく見積もっても六人。違いますか?」努めて冷静な口調で訊ねる。

 

 「さすがミルヤさんですね。前線の指揮を任されるだけのことはあるんですね……でも、わかったからって、この状況をどうやって打破するんです? ボクなら諦めてコチラ側につくことにしますけど?」

 

 「…………ええ、悔しいですが貴女のいう事は正論です。全く反論の余地もありませんね」

 

 「だったら――」

 

 「だから、なんですよ。例えここで諦めたら自分自身を許せなくなる……」

 

 「全くミルヤさんらしくないですね。前のミルヤさんだったらきっと合理的に判断してた。違いますか?」

 

 「鈴本葉菜。ええ、貴女の言うとおりです。……ですが、わたしは貴女方を助けることに〝いま〟決めました。調査隊に加わって……多くの惨状を目の当たりにしました。だから……いいえ、だからこそ〝いま〟あなた達を諦めたら誰が一体貴女方を救うんですか?」

 

 その言葉に、余裕の笑を浮かべていた葉菜の表情に、引き攣った怒りが走る。

 「な、なんですかそれ? まるでボクたちが……満たされていないみたいじゃないですか? 全然そう見えないでしょ? だってすごく幸せなんだから!! わかるでしょ?」

 取り繕ったように、叫ぶ。

 

 ――しかし、ミルヤは小さく首を横に振って否定する。

 「確かに鈴本葉菜。貴女の内心まではわたしは理解できないのかもしれません。ですが、なぜわたしの〝言葉〟に動揺するのですか?」

 

 「そっ、それは……」

 口篭る。……なぜだろうか。今まで散々追い詰めたと思ってきた相手が、ここにきて揺さぶりをかけた。そして、揺さぶりに大きく精神を乱されてしまっている!

 

 葉菜はサイドテールの髪を強く梳いて気分を落ち着かせる。

 「もう、遅いですよ。貴女はここで〝始末〟しますから――」

 左右に目配せして、葉菜は告げる。

 両耳のインカムに似た形状の機器と赤のバイザーを装着した綾小路の刀使……否、近衛隊の隊員達が姿を見せた。

 

 (終わり、ですね……わたしらしくもない言葉を吐いたのはきっと……いいえ)

 美炎たちとの短い連携の日々と、鮮烈に映った異形の少年「百鬼丸」が想起された。全身をボロ雑巾にしても使命を果たすのは、やりすぎていると思う。一方、この土壇場になって強がりを言える理由も、あのボロボロの姿に感銘を受けたからに他ならない!

 

 『やれ』

 短く、左手を振って冷淡に葉菜が命じる。

 

 その指令に合わせ、葉叢を擦る激しい音が周りを包囲する。逃げ場など最初からある筈などない。しかも刀使の能力である《迅移》や《写シ》も最早使用が不可能。

 

 ミルヤは泥だらけの半身を起こし、目を瞑ることなく最後までその瞬間まで目を開いておこうと決めた。

 

 時、夜。

 月が歪に空に昇っていた。山の緑の濃い匂いだけが鼻腔に絡みつく。

 

 白刃が月光に煌き、鋭い牙の如く襲いかかった。

 

 (美しい御刀にこの身を貫かれるのも……一興ですか)

 

 スローモーションに見える映像を眺めながら、ミルヤは普段の自分らしくもない冗談を内心で思い浮かべて、苦笑する。

 

 尖った鋒が青く筋を描き、骨肉を貫く――筈だった。

 

 しかし、先程まで夜闇に鮮烈な光を放っていた刃たちが、一瞬で消え失せた。いいや、正確に言えば遥か頭上高くに回転しながら踊っていたのだ!

  

 『えっ!?』

 

 『なっ!!』

 

 『ちっ!!』

 

 近衛隊の刀使たちが、口々に歯噛みする。

 

 「キヒヒヒ……お嬢さん。大丈夫かい?」

 直後に嗄れた老人の声が、どこからともなく聞こえた。ミルヤは一体何が起こったのか未だ理解出来ずにいた。そもそも声の主が居ない。どこにも姿を現さないのだ。

 

 呆然としたミルヤだった。だが、

 「何者ですか?」

 戸惑いを隠して、尋ねる。

 

 ソロリ、ソロリ、と草鞋を踏みながら叢林の横から出現する盲目の老人。

 奇形の後頭部が伸びた、ぬらりひょんのような風貌の男。

 彼の右手に持った竹竿の先端から細い糸のようなものが垂れ下がっている。よく見るとあれはピアノ線だ! その先端へ視線を辿ると、真向かいの梢に繋がっていた。

 ピアノ線は、丁度ゴールテープのように真横に張られていた。

 これでは、御刀を振り下ろしても鍔が引っかかって手元から抜けるのも道理であろう。

 

 「キヒヒ……オヤ、今日も大量の魚が釣れたのかい?」

 皮肉を漏らしながら竹竿を手元にたぐり寄せると、釣り針が空中を舞う。

 

 

 「……何者ですか」

 

 坂の上から葉菜が誰何する。

 

 老人は頭をゆっくりと向けて、涎に濡れた口端を手の甲で拭って不気味に哄笑した。

 「おれ? おれかい? 単なるちっぽけな乞食坊主さ。名前なんぞとうの昔に捨てたさ。……いまは琵琶を爪弾く、そうさね。琵琶丸。そうお呼びよ」

 白膜の両眼。大きく丸まった背中。小柄な体躯。痩身。

 

 〝弱い〟

 

 綾小路の近衛隊の全員が、その思いに駆られた。

 

 空中の御刀たちは次々と地面に落ちたが、幸いに近衛隊の刀使たちはうまく躱して自らの武器を再び手にする。

 

 「一つ忠告さね。お嬢さんたち。ここで退くなら追わない。……だが、刃を交えるんなら別だよ」琵琶丸の声音はどこまでも穏やかで、優しい。

 まるで孫を諭す祖父のようだった。

 

 だがその言い方が敵対する者としての矜持を傷つけられたと錯覚した。

 「もういいです。お二人をここで始末すればいいだけの事です!」

 正常な判断は、ない。

 彼が荒魂に憑依されていた、とでも事後報告すればよい。

 結論が出たが早いか、体勢を立て直した綾小路の隊員たちが率先して琵琶丸に殺到した! 四人が同時に包囲し、隙もない状態から《迅移》を発動し、切り刻む――筈だった。

 

 一般人相手にこれでもやりすぎな位だと思われた完全な包囲陣形も、この「琵琶丸」という男には全く問題がなかった。いいや、寧ろこの日が暗闇の夜であった事が、更に盲目の老人のアドバンテージとなった。

 

 

 《刀圏》

 

 それが老人の半径二メートル範囲に発生した。

 この領域に足を踏み入れたものは、全て切断の対象となる。まったく単純、故に恐ろしい技。

 琵琶丸の左指が五指全て跳ねた。

 琵琶の首を掴み、微かな白刃の煌きを外気に漂わせる。……が、チンという金属音を響かせるだけで終わりである。

 

 「――!?」

 ミルヤは一部始終を、ただこの老人から放たれる圧倒的な瀑布のようなオーラに圧倒され、一言も出せずにいた。

 

 ひとえに、剣士としての格が違う。

 

 爽やかな軟風が綾小路の刀使たちに触れたかと思うと、次の瞬間に、襲いかかった四人の刀使たちは全てドミノのように簡単に地面へ伏せた。

 

 ドサッ、ドサッ、ドサッ、と次々に聞こえる音に鈴本葉菜は戦慄した。

 

 ありえない、ありえない……。

 

 

 いま、目前で起こった出来事を理解しようとはせず、夢幻の出来事だと自分にいい聞かせようとした。

 

 ――だが。

 

 そんな内心を見透かしたように、琵琶丸が笑う。

 

 「キヒヒ……お嬢さん。こんな老人でもひとつ位は特技ってもんがあるのさ。特に夜なんてときはあんたたちよりも盲人の方が強い。闇と一緒に過ごしてきた年季が違うからねぇ」

 

 

 「な、なにを! タギツヒメ様が正しいッ!! この世界に矛盾を多く抱えている根本は我々人間の横暴に他ならないんですよ? どうして計画の邪魔をするんですか?」

 

 

 必死で弁疏する葉菜を尻目に、琵琶丸は泥濘に浸かったミルヤに手を貸して引き起こした。

 

 「……お嬢さん。アンタ勘違いしてるよ」

 

 「勘違い? なにをバカな。ボクたちが間違えてるっていうんですか?」

 

 「――さぁ? 間違いかどうかは知らないね。ただ、力に呑まれる人間はロクな目に遭わないよ。自分をしっかり持ちなよ」

 

 「――――ッッ!!」

 激昂した葉菜は、無意識に飛び出していた。先程の琵琶丸の実力より寧ろ、怒りが優ったらしい。左大上段から打ち下ろされる刃が、容赦なく痩せた躰へ殺到する!

 

 「お嬢さんは純粋だ。……信じたいものを最後まで信じることのできる強さがあるよ。残念だが今は違うみたいだがね」と、忠告する。

 琵琶の仕込み刀が煌めいたかと思うと、葉菜を包む《写シ》がいつの間にか消えていた。生身を晒した状態で、立っている。

 

 全身から力が抜けたようだった。気が付くと、振りかぶった御刀が地面にあった。どうやら手放していたらしい。

 

 刃を弾き、斬ったとでもいうのだろうか?

 

 目測でも二メートルは届いていない筈だ。

 

 (まさか、この距離からでも!?)

 

 刀使でもない、まして盲目の老人が、かような実力を秘めている。その事実を認めざるを得なかった。しかも、外科医のメスを操るように繊細に、斬撃には一切の痛みすら感じさせない。

 

 ――神技

 

 その場で、葉菜は膝を落とし完全な負けを悟った。

 「……どうして? こんなに強くなったのに? 勝てないの?」

 サイドテールが大きく揺れる。それは内心の動揺と比例しているようでもあった。

 

 

 「お嬢さん。いいかい? 人以上に強くなろうと思うなら、それはきっと不幸だ。……おれの知っている坊主に、そりゃあとんでもなくつぇえ男がいるよ。けどね、そいつは強いのにどうにも幸せには見えねぇ。失うからさ。失うから、強いのさ。しかも自分の大事だと思うものを切り離して始めて強さを得ているのさ。……アンタにその覚悟があるのかい?」

 

 「……ボクだって、ボクたちだってノロを受け入れた!!」

 

 「そうかい。…………ただね、本当に強い奴は弱い奴の心も解るのさ。あの坊主も、本当に強くて弱い奴の心を知っているのさ。だからとんでもなく強いのさ」

 

 そう言い残すと、琵琶丸は鈴本葉菜に背中を向けて歩き出した。

 「さて、そちらの手負いのお嬢さん。アンタも手当しねぇとな。血の匂いがするよ」

 竹竿を杖がわりに夜の山道を歩き始める。

 

 

 ミルヤは泥だらけの躰をなんとか叱咤した。

 「――ええ、助けて頂いてありがとうございました」

 そう言いながら、背後を何度も振り返って確認する。綾小路の近衛隊の面々は、撤退準備をしていた。……道の半ばで、未だ失意の底にいる葉菜を一瞥し、ミルヤは胸が締め付けられる感覚を覚えた。

 

 なにか、声を掛けようと思ったが、それよりも先に琵琶丸が横やりを入れた。

 「あのお嬢さんに、今必要なのは言葉や説得じゃないよ。時間さ。時間が解決してくれるのさ」

 呵呵と笑い、

 「さ、安全な場所まで送ってあげようかね……」

 しみじみと言った。

 

 この老人の正体が何者なのか、ミルヤは詮索しようとすら思えなかった。ただ、仙人が助けにきた――そんな非現実的なことだと、自らに納得させた。

 「とにかく、今は鎌府に戻って報告をしなければ」

 苦々しく言葉を噛んで、呟いた。

 

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