刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第125話

 ――地下坑道の入口から約3キロの位置に存在する、中規模のドーム型空間。

 周囲に古くなった電灯の明かりが仄かな闇に点滅していた。寒くないのに、全身の震えが止まらない。今まで対峙した相手の中でも、強敵である……。獅童真希は直感した。

 

 

 ズズ、と靴裏を浅く削って間合いを計る。相手との距離は約7メートル。

 薄ぼんやりした視界が歪んで輪郭線を曖昧にする。

 

 

 最初に動いたのは、真希だった。

 力強い大腿部の踏み込みと同時に、《迅移》を発動し相手との距離を一瞬で縮めた。

 虹色の光彩を明滅する空間に曳く。

一気にカタをつけるため左大上段を振り下ろす!

 「はぁああああああ!!」

 腹の底から空気を押し出し、振り抜く。

 二メートル近い〝番人〟と名乗った男は、「ほぉ」と余裕の態度を崩さず、躱す動作一つ見せず感嘆を洩らす。

 右手の青龍刀で真希の御刀の斬撃軌道をずらした。

 「――なッ!?」

 まるで相手刃の上を滑ったような錯覚に陥った。《八幡力》によって強化された斬撃をこうもあっさりと受け流された? 真希の表情には驚愕の色が浮かんだ。が、しかしすぐに打ち消すと、間合いをとって、正眼に構える。

 相手の大柄な男の醸し出す雰囲気はどこまでも冷静で、巨大な岩を相手しているようだった。自然、肝に冷や汗をかくような気すらした。

 「寿々花。どうやら、彼は相当の手練らしいね――」

 背後の少女へ、皮肉気味に苦笑いをする。

 「ええ、そのようですわね。しかし、不思議な点があるとすれば、なぜ貴方……二天一流の構えをとられたのか……理解に苦しみますわ」

 寿々花は目を細めて相手を分析する。

 単なる暴漢でもなければ、チンピラの類ではない。確実に武術の心得のある人物だ。しかも刀使という存在とも対等に戦える相手。

 (戦えばますます謎の増える相手、とは恐れいりましたわ)

 内心で毒づく寿々花だったが、彼女の怜悧な頭脳が同時に「ある仮設」を構築していた。

 

 「真希さん。一旦お退きになって体勢を立て直す方が先決ですわ」

 前方の少女へ忠言を加える。

 

 「――確かにそうだろうね」冷や汗を頬に流して真希は頷く。「でも、ここで退いたら――ボクが、ボク自身を許せない気がするんだ。彼とは、剣で語り合いたいと直感したんだ。すまない、寿々花」

 そう言って、地面を蹴って相手の懐に飛び込んだ。

 肩にかけたジャージの裾がひらひら舞い踊る。

 短い茶色の髪が素早く相手の胸部の範囲へと滑り込む。《迅移》によって可能となった短距離での高速移動は刀使の特権である。

 「真っ直ぐくるか。今の斬り合いで力量は示せたと思ったが……あははは、あくまで愚直、猪突猛進。面白い、久々の感覚だ!」

 番人は、左手の青龍刀の切っ先を槍の如く打ち出す。 

 「ッッ!!」

 息を短く吐いて、寸前の所で刃を避ける。

 と、目前にいた筈の番人は既にバックステップで大きく距離をとり、二つの青龍刀を構え反撃の準備を終えていた。

 

 「――――」

 真希は、刀使の中でも有数の剣士である。実際、大勢いる人間の中でもひと握りの存在だと自負していた。それは才能も、努力も、全てにおいて「強者」なのだと、そう思っていた。

 しかし、世の中は広い。

 折神紫、燕結芽……それに、衛藤可奈美など挙げればキリのない剣士たちが自分の上にいる。そう知った時の衝撃は言いようもないものだった。

 

 「ボクはまだ自分が弱いんだ…………そう知ることができた」

 つよく睨み据えながら真希は呟く。

 「だけど、ここで退いて――ボクは生きながらえたくない。ボクは強くなりたいと思った。だからノロも受け入れた。だけど、本当の強さは全く別ものだって……今なら解かるッ!!」

 全身の恐怖を理性で抑えて、真希は再び下半身に力を込めて迅移を用意する。体力の消耗は著しいが、それ以上に気力の充実感があった。

 

 

 そんな真希の様子を窺いながら、

 「……なるほど、認識を改めよう。刀使……それも弱い刀使かと思っていたが、貴女方は覚悟をもっている。それに貪欲な強さへの渇望」

 番人は笑う。

 

 

 「うぉおおおおおおおおおお!!」

 大きく開いた口から咆哮が漏れる。地面から飛び弾丸のように一直線に進む真希は躰を大きく左に捻り御刀を打ち込んだ。

 番人は敢えて避けずに青龍刀をクロスさせ、刃で刃の威力を受け止める。

 ガギッ、という猛烈な衝突音と金属の質量同士が弾ける。

 岩を彫刻したような番人の目鼻に、新鮮な驚愕の色が浮かんだ。赤銅色の皮膚の下、血管が青筋を描く。

 「……素直な一撃だ」

 「――――いいえ、残念ながら搦手も御用しておりますわ」

 番人の背後から上品な皮肉声を浴びせる寿々花。

 彼女は、背後の壁を足場に跳んで一気に番人の背をとっていた。真希との対決で注意がそれたタイミングで寿々花は、動いた。《迅移》によって気配を察知されるよりも先に背後へと回って、足音を消すように壁を利用したに過ぎない。

 「見事だ」

 全てを察して、肩ごしに番人は褒める。

 「これで終わりですわ!!」

 前方と後方からの時間差攻撃。――これで致命傷を与えられる、そう寿々花は思った。

 だが。

 背中と首筋に突如、青龍刀の一枚刃が現れた!

 「なっ!?」

 左腕が後ろに回され、予期していたかのように刀を盾にしていた。

 寿々花の躰は既に、その刃へと渾身の一撃を加えるために動いていた。――ガキィン、という音と共に小刻みの痛みが全身を襲う。

 不意打ちが失敗した感触が掌に拡がった。

 失望する暇もなく、寿々花の目端を素早い巨影が横切った。

 「――!?」

 物凄い轟音と外気の圧倒によって、脳が一瞬だけ空白になった。

 

 

 しかし、躰の左側を猛烈な衝撃が貫いたことによって、ようやく攻撃を喰らったのだと思い知った。薄れた視界から目にしたのは、番人が回し蹴りをして弾き飛ばした様子だった。

 寿々花の躰は空中を舞って派手に地面に叩きつけられた。

 《写シ》が剥がれる甲高い音が聞こえた。

 

 たった数秒で味方が片付けられた。

 

 「寿々花っ!」

 悲痛な叫びで、真希は呼びかける。

 いくら《八幡力》を駆使してもたった一本の青龍刀の押さえすら抜けない。片手で相手をされている屈辱。

 「――真正面から敵を相手にしているなら、余計なことは考えるべきではないな」

 番人が、首を戻して真希を見据える。

 「くそっ!!」

 このままでは押し切られる、その前にもう一度だけ間合いの内側へ……そう真希はプランを組み立てようとした。

 しかし、手練の番人は青龍刀で軽く真希とのつばぜり合いを終わらせるように、受けて止めていた青龍刀の力を最大限込めて押し返すと、真希の躰が後ろへ離された。

 その隙を見逃さず、刀を手放した左手の巨大な掌から放たれた掌底をモロに額に喰らう。

 「ガハッ!!」

 

 

 地面を何度も転がりながら真希は《写シ》が剥がれた。

 

 

 「個人の実力も見事だ、それに二人同時の攻撃も見事。……だが、所詮は人。誰も悪くない。ただ〝存在〟として小生には勝てない」

 地に伏した二人の少女へと慈悲の篭った瞳で告げる。

 

 

 

 

 2

 伍箇伝の一つ、綾小路武芸学舎――――。

 特別な祭壇と御簾を設えた空間には、ゆうに百数名の冥加刀使が整然と並び石像のように直立不動であった。

 最新式のS装備……と言ってよい真紅のバイザーと四肢と胴体を防護する装甲に身を包んでいた。……彼女たちの瞳は一様に生気が無い。ただ命令を聞き動くだけの人形と化していた。

 『ほぉ、これで妾の駒は全て揃ったのか?』

 御簾の奥、傲慢な口調で尋ねた。すぐ傍に佇んでいた高津雪那――現、綾小路学長は眉根をひそめて頷いた。

 「申し訳ございません。ここにいるものが全て、ヒメの手勢でございます。ですが、今後は情勢も一変するでしょう」

 『あの、轆轤家の当主の根回しか?』

 一瞬、苦い顔になった雪那だったがすぐに表情を取り繕い同意する。

 「左様でございます。それに今後も勢力拡大の目処はありますので、まずご安心を」

 『ふむ。まあ、これぐらいの手勢なぞおらぬでも、妾だけで事足りるが……折角の遊戯じゃ。せいぜい妾を楽しませてみせよ』

 童女のような幼い語り口とは別の冷徹な指示だけが、雪那の鼓膜にこびりつく。

 

 ――と。

 ドタドタと廊下を駆け抜ける足音に、雪那の意識は奪われた。

 「何事?」

 目を眇め、出入り口へと視線を投げる。

 扉が開かれると、鈴本葉菜と披露の色がつよい刀使が数人立っていた。

 見覚えがある、あれは木寅ミルヤを追尾させ〝始末〟させる手筈だった連中ではないか! 雪那は怪訝な表情で彼女たちを見回し、

 「どうした? なぜ貴様達はそのような無様を晒しているのだ?」キツく問い質した。

 

 意気消沈した葉菜は、唇を噛む。

 「申し訳ございません。実は……予想外の人物というか、相手に全員敗れました」

 泥だらけの刀使たちは確かに、制服が泥濘に転がったような形跡が見受けられる。

 

 高津雪那は「チッ」と鋭く舌打ちしながら親指の爪を噛む癖があった。

 今回も、また親指を噛む。

 「分かった。報告は後だ。…………それより、あなた達怪我は大丈夫なの?」

 すぐに落ち着いた様子で、雪那は肩の力を抜いてそう問いかける。

 「……えっ?」

 突然の発言に、思わず葉菜たち刀使は呆気にとられた。普段の雪那という人物の性質上、発狂して罵詈雑言を浴びせられるものと覚悟していたからである。

 「ええ、平気です。皆怪我一つありません」

 狼狽えながらも、報告をする。

 

 「……そう。鈴本葉菜。こちらへ来なさい」

 左右に整然と隊列を組んだ刀使の人群の間にいつの間にか、壇上へ続く隙間の道ができていた。

 「は、はい」

 息を呑みながら、葉菜は怯える足取りで壇上へと進む。

 ミルヤ捕縛の失敗を責められるのだろうか? 

 それとも、近衛隊を追放されるのだろうか?

 場合によっては処断もありえる……。

 

 不吉な予想が次々と彼女の脳内に巡る。

 ピタッ、と葉菜は壇上の端で立ち止まる。

 雪那は御簾の近くから歩き出して、葉菜のもとまでやってきた。

 「な、なんでしょうか?」

 恐怖しながら上目遣いで覗い怯えた様子で、鈴本葉菜は身を硬直させた。

 

 「よくやったわ。大事な時期に大事な刀使を失う所だったもの」

 雪那は、泥だらけになっていた葉菜を包むように抱きしめた。

 「――えっ?」

 呆気にとられた少女は、大きく瞠った目を横に動かす。

 「どうしてですか? ボクたちは失敗して……今までなら……」

 今までの〝高津雪那〟という人物ならば、決して有り得ない行動だった。――しかも、近衛隊の被検体として自分(葉菜)へ無理にノロを打ち込んだではないか?

 様々な疑念や疑問が浮かんだが、結局長い抱擁の力に負けて過度な緊張は溶けてしまった。

 「そう……貴女は舞草でも〝スパイ〟をしていたから解かるでしょ? どれだけ組織に忠誠を尽くしても、結局は駒は駒に過ぎない。舞草だって綺麗事でこちらを糾弾をしていたって、手段として貴女のように刀使をスパイとして活用している。組織の性質上、貴女は〝いつでも切り捨て可能な存在〟」

 切り捨て可能な駒――――、その言葉が葉菜の胸に深く突き刺さった。

 確かに、舞草の中で自分は何一つ不満を持たなかった。

 だから、こうして敵地で危険な任務にも従事できた。だがもし、舞草が本当に自分のような存在を、可能とあれば切り捨てるとしたら?

 「分かるわ。いつも、ふとした時に――不安になるでしょう。特に真面目な人間ほど、ね」

 雪那の言葉は、確実に葉菜の胸を侵食していた。

 今まで嘘で塗り固めた生き方を、不安に感じない事などなかった。いつも、誰かに正体を悟られないか、身の危険と交換に情報を流す。

 暗闇の中で、自分という存在を常に押し殺すことでしか、存在意義を認められなかった…………。

 「もう、ボクは嘘をつかなくてもいいんですよね――?」

 葉菜は、知らず知らずのうちに片方の目から涙を流していた。頬を滑る雫は、あご先にまで至った。

 

 「――ええ、いいの。もう貴女は開放された自由な存在なのだから」

 この一言が決め手だった。

 

 自然と膝が崩れて、壇上で痺れたような感覚と共に、静かに泣いていた。

 

 雪那は、少女の体重を感じながら、なんとか支えて壇の上から下に並ぶ冥加刀使――タギツヒメの下僕たちを見回す。

 毒々しく濡れた紅の唇が、微かに息を吸う。

 切れ長の眦がひらく。

 

 「これより、貴様たちは東京へと出向することになる。だが、これはあくまで建前だ! これは、いわば革命だ。我々は刀剣類管理局ならびに特別祭祀機動隊の在り方を変える為に立ち上がる、維新派であるッ! この場は決起ではない。出撃と心得よ!!」

 

 その号令を合図に、綾小路の刀使たちは、腰に佩いた御刀を引き抜き頭上に掲げた。

 

 無数の白刃が煌き、一種異様な光景を呈していた。

 

 「ヒメ、如何でしょうか?」

 雪那は少女の両肩を支えながら、御簾を振り返る。

 

 御簾の奥では、童女のような軽やかな笑い声が響いた。

 

 『良い。実に面白い余興だ。維新派――か。人間はつくづく愚かで面白いものだ。良いだろう。それならば、ワレの尖兵として征くがよい』

 

 「ご随意のままに……」

 雪那は丁寧に頭を下げる。

 

 綾小路武芸学舎はこの日、正式に伍箇伝の所属から抜け出る旨を書面にて提出した。それと同時に、独立した組織として……具体的には革命派として、まずは日本の首府の警護及び荒魂の討伐を表明した。

 

 

 霞ヶ関では、これに応呼して雪那の工作をうけていた議員官僚、その他の関係者が次々と刀剣類管理局維新派の支持を表明。

 

 この国が、今変わろうとしていた――。

 

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