刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第126話

 防衛省、自衛隊市ヶ谷駐屯地。

 この周囲の寺社仏閣にも、自衛隊員や特別祭祀機動隊(刀使)の姿が散見された。再びタギツヒメの襲撃に備え、分社してノロを祀る「箱」の奪取を防ぐ。そのための警戒及び自衛隊基地への直接攻撃を警戒する目的であった。

 

 「――すごく、厳重」

 糸見沙耶香は、周囲を警戒する人々を遠巻きに見ながら、防衛省の建物がすぐ近くに見える鳥居の辺りまで歩いてきた。

 秋の終わり、冬が迫る時期。

 空は青磁色を湛え、風は一つも吹いてはいない。

 森閑とした雰囲気の中、沙耶香の傍を共に歩いていた柳瀬舞衣は、遠景に視線を向ける。

 「タギツヒメが今度、また来るとしたらここからの可能性が一番高いからね……」

 タギツヒメの来襲。即ち、タキリヒメを吸収するために再び力を蓄え、この地を攻撃するだろう。その為に、こうして四六時中警備を固めているのだった。

 「…………ねぇ、舞衣」

 ふと、沙耶香が名前を呼ぶ。

 「ん? どうしたの?」

 遠くに思いを馳せていた舞衣は、眉を開いて沙耶香の方へ首を傾げる。

 「舞衣は来ると思う? タギツヒメ」

 不安げに横目で見ながら、舞衣に問う。まるで何か悪い予感を察知しているような様子だった。

 ――一瞬だけ、舞衣は言葉に詰まる。

 タギツヒメはこの市ヶ谷を襲う可能性がある。……が、同時にこちらの戦力だけで対応はできるだろうか? 防ぎきることができるだろうか? 二〇年前の厄災も想定に入れなければならない。人間に強い恨みを持つ相手(タギツヒメ)は、必ず来る。あの研究所での一件が脳裏に過ぎった。

 

 だから、

 「……うん」

 小さく、沙耶香の言葉に返事をした。

 その返事を受けて、沙耶香は俯き加減に御刀に触れる。

 「…………また、〝あの時〟みたいな戦いが」

 思いつめた様子で、腰の高い位置まで御刀『妙法村正』を掲げる。――沙耶香の言った「あの時」とは数ヶ月前、折神紫に憑依していた大荒魂の〝タギツヒメ〟との戦闘に他ならない。

 人と隔絶した絶対的な「力」の前に、思わず畏怖してしまった。剣士として、勝目がないと悟ると同時に〝恐怖〟が芽生え刻まれた。

 その戦いをもう一度やる、その覚悟が自分にあるだろうか? 

 沙耶香は御刀に触れながら考えた。

 

 「沙耶香ちゃん……」

 

 「――ん?」

 突然の舞衣の呼びかけに、深い思索に耽っていた沙耶香の思考が一旦中断され、頭を声の方向へとやった。

 

 「えいっ!」

 舞衣は手作りのクッキーを軽く沙耶香の小さな口に押し込んだ。

 

 「んっっ!!」

 唐突な出来事に、表情が乏しいと言われてきた沙耶香も思わず、驚愕して目を大きく瞠り、口当たりの良い甘やかな感触を下唇で味わった。

 

 「んふふっ……」

 舞衣は全てを包むような笑顔で、沙耶香に微笑みかける。慈愛に満ちた雰囲気だった。

 「紫様の所から帰ってきた可奈美ちゃんと姫和ちゃんが言ってたでしょ? ……確かにタギツヒメはノロを吸収した分力を増しているけど、まだ対処は可能だって」

 後ろで指を組みながら、舞衣は言った。

 事実、分裂した状態の三女神であればこそ現状の均衡が保たれているのだ。

 だが、

 「うん……」

 沙耶香は、頷きながらもどこか納得しきれていない様だった。

 「まだ気になることがあるの?」

 「……うん。タキリヒメとイチキシマヒメが味方になれば、タギツヒメと話ができる?」

 

 「えっ?」

 舞衣は虚を衝かれたように、驚いた。

 これまでの沙耶香という少女の口から出た言葉とは思えない、全く意外な言葉だったのだ。

 「……薫が言ってた。戦う前によく考えろって――」

 その沙耶香の表情は、未だ不安げではあったものの、何かを掴めそうな――そんな風の緩やかな『自分なりの考え』を口にしていた。

 だから思わず、舞衣は微笑を口元に零した。

 (沙耶香ちゃん――)

 舞衣は、以前の人形然とした「糸見沙耶香」という少女の頃から知っていた。鎌府女学院ではきっての剣士であり刀使。そして、高津雪那という女性の意のままに動く都合の良く扱われた少女。

 ……そんな彼女が、大昔のように思えた。

 

 各地での荒魂討伐でチームを組み、その中で益子薫を始め様々な人と触れ合った。

 だからこそ、こうして悩み、もがいて、自分なりの解決を探そうとしているのだ。

 柳瀬舞衣、という少女は、妹のような存在である沙耶香の成長に驚きながらも、それ以上に嬉しくて仕方がなかった。

 

 だから思わず――、頭を撫でた。

 

 色素の薄い髪をゆっくりと撫でる。小動物のように可愛らしい背格好。どこか儚げな雰囲気すら纏う沙耶香だが、今はその外見だけではない、刀使として、人としての成長を思う存分に褒めてあげたくなったのだ。

 

 「……なんで、撫でるの?」

 困惑したように、沙耶香は訊ねる。なぜ、舞衣が満面の笑みで自分を撫でるのか。ただ薫に教わった事を自分なりに解釈した事を話したに過ぎないのに……。

 まるで、そう言いたげだった。

 だが、その「小さな変化」こそが、舞衣にとっては嬉しかった。

 

 ――しかし、

 「うん? なんでかな。んふふっ……」

 敢えて言語化はしなかった。いや、したくなかった。この気持ちは、きっと胸の内に秘めているべきものなのだ、と舞衣は知っていたからだ。

 

 そのまま撫でていた手を離して、秋空を仰ぎ見る。

 「うん、でも本当に。そうできれば戦わなくて済むかも知れないね……」

 本心だった。舞衣自身も、戦わなくて済むのならば、そうなればいい。誰も傷つかずに終われば本当はいいのだ。

 沙耶香の考えに促されるように、黒髪の少女も、そう思った。

 

 

 

 2

 「むーーーーー、タキリヒメとかもう斬っちまえばいいんじゃねえかな?」

 駐屯地の中央広場に位置する大階段の中程に座った益子薫は、不機嫌そうにジト目でそう盛大に文句を言い放った。

 「こらこら。いいんですか? 益子の刀使がそんな短絡的な事を言っても――」

 隣の金髪碧眼の少女、古波蔵エレンが窘めた。

 彼女は普段の片言混じりの日本語ではなく、薫とふたりっきりのプライベートな空間では流暢に喋ることができるようだった。

 薫との長い間の付き合い、ひとえに〝信頼関係〟が、エレンの喋り方に影響を与えているかもしれない。……いや、ただ単に「リラックスして喋れる相手」という認識だろう。

 

 それはともかく、窘められた薫は頬杖をつきながら溜息をつく。

 「……冗談だ。けど、先方が全然対話に応じないんじゃ少しはそうも言いたくなる」

 と、不満を顕にした。

 薫の言う通り、タキリヒメは聞く耳を一切持たない。

 エレンも頷きながら、

 「今日も朱音様が交渉していますが、どうなりますかね……」

 彼女には珍しいアンニュイな口調だった。

 

 ガバッ、と突然立ち上がった薫は、大空に両手を挙げて、

 『愚かなる人間どもよー、我に従えーーー(棒読み)』

 気の抜けた言い方で、タキリヒメの真似をする。

 

 薫の突飛な行動に、エレンは思わず目を丸くして薫の小さな背後を見る。

 

 「――ってな感じなんだろ、タキリヒメは。完全にオレら人間を見下してやがる」

 

 肩を竦めて、エレンは頷く。

 「確かに、タキリヒメと共同してタギツヒメを倒しても、今度はタキリヒメが敵になるかも知れませんね。……それでも、」

 

 「手を取り合える可能性が残っている限り、タキリヒメは渡さねーよ。益子の刀使四〇〇年の歴史舐めんな」

 薫は、言葉を引き継いで言った。

 気だるげな物言いだが、その芯のある言葉は「益子家」という、荒魂との対話によって解決を見出そうとした〝実績〟に裏打ちされた、心強いものだった。

 

 ……その自負心が、薫の言葉の端々から感じられた。

 その力強さに感化されたように、

 「だから、薫のコト、大好きなんですヨーーー!! んんっっっっ~~~~~!」

 エレンは立ち上がり、思い切り薫を抱きしめた。およそ、一〇代の少女とは思えない豊満な胸が薫の小さな頭に押し付けられる。メロン大の二つの双丘が、柔らかくグニュグニュと、薄桃色のツインテール頭を埋める。

 「わっ! ……もう、うぜーなー」

 気だるげに、一応の反抗的に言っているものの、その実普段通りのやり取りと、安らげる母性の象徴たる胸の感触の快楽には抗い難かった。

 

 「……そういえば、ねね見ないな」

 普段であれば、薫より真っ先にこの暴力的なまでの胸に飛び込むであろう、薫のペットである荒魂のねね。その姿が今は見えない。

 

 「確かにそうデスね。どこか遊びに行っているカモしれまセンね」

 

 「だな。……それもそうだが、タギツヒメと綾小路はどうするつもりなんだろうな」

 西方の空へと、薫は視線を流す。

 

現在、刀剣類管理局は公での対話を試みようと、タギツヒメを匿っている綾小路武芸学舎へ連絡はした。勿論、人員の派遣も行い調査を求めた。

 しかし、その全てが徒労に終わっている。

 取り付く島がなかった。

 ――必然、状況は冷戦の様相を呈した。

 

 

 「ま、オレたちが考えたってどーにかなるもんでもないしな。いまはやれることだけしかできねー」

 

 「デスね。薫っ、一緒にガンバリましょー」

 薫の腕を無理やりとって、エレンは「おー」と言いながら、操り人形みあいに薫の腕を上に挙げた。

 それに釣られて薫も「おー(棒読み)」と声を合わせる。

 面倒な事態だが、倦んでいてもしょうがない。

 長船の凸凹コンビは、持ち前の明るさでとにかく局面の変わり目を乗り切ることにした。

 

 

 

 3

 六分儀……と呼ばれる器具は、その昔から大航海時代の冒険家たちの必須アイテムとして重宝された。

 ざっくりとどんな器具が説明すれば、現在におけるGPSのような役割と言ってよい。

 天測航法(陸地のない場所において天体と水平線から仰角を割り出し計測する方法である。)に利用される。

 六分儀を水平線に合わせ、対象物の二点間を角度から計算することで、現在地を割り出す。理論上では地球のどこにいるかを〝ほぼ正確〟に当てることができた。

 

 

 

 虎之助老人は、私物のザック中から青銅合金の六分儀を取り出した。

 右目を六分儀にあてて、しげしげと調節を始める。

 「あとで、停車してくれ」

 車窓から拡がる東京湾の鈍い海を向いて、老人はそう言った。

 現在、車はレインボーブリッジを下りて芝浦に到着した。一般道を走行しながら、

 「――爺さん。なにするつもりだ?」岳弘はハンドルを握る力を緩めて聞いた。

 「地下の場所を割り出すんじゃ!!」

 怒鳴るように大声をあげ、煩わしそうに眉を顰める。

 「地下? それなのにどうして、そんな妙な器具を?」

 「ハッ、まあ若い奴はわからんだろうがな。コイツ(六分儀)で、坑道の位置を出すんじゃ」

 地表からでは、地下要塞の全容は把握できない。

 ゆえに六分儀による地殻の緯度経度の割り出しが求められた。――これは、地上から隠蔽し、守備側からすれば正確な地下の場所を把握させなければ意味がない。従って航法に利用されてきた方法を地上戦においても転用された。

 虎之助は腕時計を交互に見比べ、誤差修正のイメージを整える。

 

 

 本来、この帝都地下坑道計画はいくつかの作戦の複合体から成立している。

 この地下要塞は最初、房総半島の袖ヶ浦を中心として沿岸部を防衛ラインとして定めていた。これは、伊豆半島を含む関東の要所ではごく一般的な発案であった。――しかし、水際作戦の為の防衛ラインも研究の結果、無意味である事が判明した。

 そのため、前期の地下要塞は沿岸部に点在している。

 次に、敵を奥深くへと誘い込みクロスファイアを浴びせる目的で内陸へと要塞は建設された。……これが後期第二群地下坑道である。

 虎之助老人は、いま、この第二群の地下を予測し六分儀による計測に従い位置を割り出そうとしていた。

 

 

 

 

 「――しかし最近は東京、特に市ヶ谷の自衛隊と刀使の数が多いよな。百鬼丸くんは何か知ってたりするのかい?」

 岳弘は隣の無言で座る百鬼丸へ話を振った。

 

 随分と長く前を睨んでいた百鬼丸は、ふと否定の首を振る。

 「おれに、時局なんて分かりません。ただ、戦うだけですから……」

 そう言いながら、百鬼丸ははやる気持ちを抑えて、気力を充填させる。新鮮な活力を得るには、練り上げた〝闘志〟と〝殺意〟を用意しなければいけないのだ。

 

 「そうか。ただ、こっちとしては君に同行させて貰いたいんだ。いいかな?」

 その一言に、百鬼丸は目を動かす。

 「正気ですか? 貴方は自分の命を自分で守れますか? おれは相手が分からない以上、誰の命も守れない。おれは目的を達成する為に戦うんですから――」

 

 「ダメかい?」

 

 「ええ、ダメです。命が惜しければやめておいた方がいいでしょう」

 

 「あははは」

 

 「!? どうして笑うんですか?」

 

 「いいや。君は案外そんな鋭いオーラを纏っているのに、人の命を気にしてくれる優しい所もあるんだな、そう思うと笑ってしまってね」

 

 岳弘はクツクツとまだ笑っていた。

 

 「~~~~~っ」

 百鬼丸は真正面から面映ゆいような、むず痒いような気分になって、顔を逸らした。

 

 「ベツに命が要らないなら、好きにすればいいですよ」

 

 「松崎さんも行くんですよね?」岳弘は後ろに声をかけた。

 

 「――ああ、勿論だ。大尉殿との約束がある。この老体でも出来ることがある! 日本男児としてだッ!」

 怒鳴るように、唾を飛ばしていう。

 

 「だとよ」

 

 「はぁ~~~~~っ」

 百鬼丸は、同行者二人の能天気さに、思わず額を抑えて呆れた。「おれが守れるかは分かりません。……難しいけど善処しますよ」と、小さく呟いて付け加えた。

 

 

 誰にも聞こえないように言ったつもりだったが、岳弘は耳ざとく、思わずニヤッと口端を曲げた。

 




今度から実験で短い文章を二三日おきにあげようと考えています。
多分毎回追うのは面倒だと思うので、2~3話溜まってから追って頂くと楽かもです。
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