刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第128話

 ……廃墟同然ともいうべきバラック小屋に、男は居た。

 住宅街から離れた小山の連なり、その周囲の雑穆林は人の気配すら拒む静寂に包まれていた。

 その小屋で、

 「――なぜ、お前も付いてきた?」

 煩わしそうに男がいう。事実、不機嫌の皺が彼の眉間に刻まれている。

 「え~、だって〝人質〟じゃないんですか?」

 「~~~~っ、」

 男は答えに窮した。少女の云う通り、彼自身の口で「人質になれ」と命じた。しかし。だからと言ってこうも易々と付いてくると男は思わなかったのである。

 

 

 時間を遡ること数時間前――。

 原宿にて安桜美炎は、謎の男ジャグラスジャグラーによって身柄を拘束された――筈だった。

 しかし、人質と言っても格がある。

 一つは利用価値の有無。

 二つ目は交渉材料足りうるか……。

 だがそれ以上に重要なことがある。それは、人質が「言うことを聞くか」否か。折角人質をとっても言うことを聞かなければ意味がない。……これは、当然の話である。

 では、結論から言おう。

 安桜美炎は、底抜けのおバカであった。従って――全く言うことをきかない!

 ジャグラーは早々にこの少女への利用価値を見限った。というか、早くどっか行って欲しかった。

 

 「あっ、ちーねぇから電話だ! もしも~し? えっ? もうすぐ食堂のご飯の時間? 

でも今わたし、人質やってるんだけど…………えっ? もしもし? 信じてよぉ、ちーねぇも頭が固いなぁ――えっ? 相手の人? うん近くにいるよ」チラりと横目で相手を覗う。

 美炎はそのまま頷きながら携帯端末をジャグラーに手渡す。

 

 (一体この状況でなにを話せというんだ……。)

 自然と額に怒りの青筋が浮かぶ。

 最初こそ、彼女……安桜美炎という刀使を人質にして、『刀剣類管理局』との連絡手段としようと考えていたが――ご覧の有様であり、無価値である。

 仕方なく溜息混じりに受け取り、電話にでた。

 『あっ、もしもし? この度は美炎ちゃんがご迷惑をかけて申し訳ございませんでした』

 大人びた少女の声音で、第一声の謝罪が聞こえた。

 「えっ、いや――」

 『美炎ちゃん、そちらで何か壊しませんでした?』

 相手の少女は恐らく、美炎より年上なのだろう。大人びた対応で細かく丁寧に対応しようとしている。……仮に情報を引き出し或は交渉するならば、彼女のような存在の方が適任だろう。

 (――クソッ、なぜこうなった!)

 内心、ジャグラーは後悔した。いま隣に居る能天気な少女は、話がかみ合わずどうしようもない。

 脳みその構造が基本的に違うのかもしれないと疑ってさえいる。

 「ええ、大丈夫ですよ。ただ原宿で色々ありまして……冗談で〝人質になれ〟と言ったのがマズかったですね。こちらこそ申し訳ございませんでした」

 努めて冷静に、常識人として振舞う。

 ここで波風をたてる必要性がないからだ。

 しかし、ダークリングを美炎に見られた時は焦ったが、この分だと彼女の言葉は信じてもらえないだろう。仮に、ダークリングの存在を話しても、荒唐無稽なお話として終わるに違いない。

 

 『はぁ~、美炎ちゃんどうしてホイホイと知らない人に付いて行くのかしら。ごめんなさい、でも悪い子じゃないので…………』

 「あはは、心配しないで下さい。こちらも安全な場所まで送りますから」

 ジャグラーは返事をしながら内心で「この娘は頭が悪い」と危うく喉元で言いかけた。

 数言交わすと、美炎に端末を返した。

 美炎も同様に何か知らぬ話題を喋り、通話を終えた――。

 

 「はぁ~」ドッと疲れがジャグラーを襲う。

 「ええっと、そういうワケだから今日はもう帰ります!」

 美炎は元気よく言った。

 「…………帰り道は分かるのか?」

 疑い深い目で訊ねる。

 「―――――え? あははは……やだなー。わたしもそこまで…………」

 言葉を途中で止めて、小屋の汚れた窓を一瞥する。外は既に暗く周囲の景色が分からない。

 「あ、あはは……えっと、あのお願いがあるんですけど……。」

 「…………。」

 ジャグラーは既に彼女の「お願い」の内容を理解していた。

 「はぁ~、安全な場所まで送る」

 額を押さえながら呟いた。

 その返事に美炎はパッと表情が明るくなり、向日葵が咲いたように華やかな雰囲気に満ちていた。つくづく表情が豊かな少女である。気分の浮き沈みが分かりやすい。

 

 ジャグラーは椅子に掛けた黒革のコートを羽織って扉を開けた。

 「……行くぞ」

 「はーい!」

 「…………。」

 つくづくこの娘と居ると調子が狂う、ジャグラーは今まで出会ったことのない種類の少女に出会い、初めて『困惑』という単語の意味を理解した。

 

 (この世界に来た原因を探らねば……ヤツを殺すこともできないッ)

 本来の目的を遂げる為にも、早々にこの世界の全容を掴まねばならぬ。そう決意するジャグラーだった。

 

 

 

 2

 綾小路武芸学舎――は、伍箇伝の中でも長い歴史を有する。

 所在を京に置きながら現在、その刀使の大半を関東へと送っていた。

 理由は簡単である。

 

 〝国家転覆〟

 

 ただ、その理由にて東へ赴いた。

 タギツヒメに率いられた綾小路の刀使たちは、刀剣類管理局維新派の用意した陸海空の輸送手段によって、続々と出発していた。

 

 

 もぬけの殻と化した筈の綾小路の校舎に、小さな人影がある。

 「久しぶりの校舎……」

 思わず、山城由依は呟いた。

 閑散とした夜の綾小路の正面門をくぐり抜け、広場を歩く。

 黒髪のポニーテールが夜風に浚われ、何度も左右に翻る。

 

 

 普段の陽気でお気楽な調子の彼女と違い、現在は真剣な眼差しで周囲を警戒している。

 彼女の御刀《蛍丸》は大太刀に分類される。

 子供の背丈ほどもある長さの大太刀を持ち、人の気配を探る。

 斬り合いをした場合、肉薄されればこの《蛍丸》では分が悪い。リーチの長さを活かしての戦闘こそが、この御刀の利点である。

 

 

 

 「あっ、山城先輩ですか?」

 広場に等間隔で並ぶ外灯の柱下から、誰かの声がする。

 

 

 

 「あれ~、可愛い子発見!! ……他のみんなはどこに行ったのかな」

 軽口を叩きながら由依は鍔に親指をかける。

 

 外灯の斜光へと歩み寄る足音。その音に紛れて機械の駆動する違和感を覚えた……。

 「どうも、わたし内里歩って言います。山城先輩」

 名乗った少女は赤いバイザーに黒色のS装備を胴体、四肢に装着していた。

 無論、このS装備とは荒魂退治にのみ利用されるべきものであり、間違っても対人戦で用いられるべき物ではない。

 

 「あはは、やっぱり可愛い後輩ちゃんだ……ってことは、あたし、葉菜ちゃんにハメられたのかな?」

 明るく言いながら、俯く由依。

 舞草の構成員であり、スパイとしてタギツヒメ側の情報を探っていた鈴本葉菜が急に連絡を途絶させた。それから急に連絡を寄越した――無論疑うべき材料ならばいくらでもあった。しかし、妹が囚われている可能性すらあった……。

 由依には、リスクを冒してでも単身でこの綾小路にゆく理由があった。

 

 

 「ん~? まだ気がつきませんか、山城先輩」

 

 「えへへ……よかった教えてくれないかな。可愛い子になら手とり足とり教えてもらいたいかもーー」

 

 

 「ふふっ、先輩面白い人ですね。はい、いいですよ。先輩もわたしたちの〝仲間〟になって下さい」

 

 

 「――仲間? もうとっくに仲間だと思ってたけどな~~」

 

 「ううんと、つまり冥加刀使になって貰うんですよ!」

 歩は、歪な瞳の光を湛えた双眸をバイザーの下から向ける。

 

 「…………あはは、そっか。やっぱりそういう事か」

 由依は力なく笑いながら、《蛍丸》の長い刀身を抜き放つ。

 

 何の説明もなく臨戦態勢を整えた由依を一瞥して、歩は満足そうに微笑む。

 「あ~、よかった。これ以上無駄口を叩くとわたしも合流が遅れちゃいますから! それにわたしが本当に強くなったっていう証明も出来ませんからね!」

 喜々として語る内容は全て刀使として耳を疑うものばかりだった。

 

 

 由依は長い前黒髪の間から珍しく剣呑な眼差しを光らせ、

 「…………ごめんね。いまだけは、我慢できないかも。本気で怒ってるから」

 低く呟いた。

 

 綾小路武芸学舎の中央広場にて、二人の刀使が対峙する。

 

 「――そうですか。始めましょうか、山城先輩!!」

 ニコッと、歩は微笑む。

 

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