刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第13話

 「あ、いた……」

 可奈美は安堵の息を漏らす。それに遅れて姫和もついてきた。

 明治神宮の鳥居のすぐ近くに、雨に濡れた痩身の少年が全身を濡らしながら佇んでいた。しかし、遠くからでは俯く表情までは読み取れない。

 「って、舞衣ちゃん!?」

 その鳥居の真下に人影――柳瀬舞衣を発見した。

 「可奈美ちゃん? 可奈美ちゃん!!」

 親友に気がついた途端、喜色を浮かべながら舞衣は駆け寄ろうとして……足を途中で止めた。

 「……っ、はぁはぁ」

肩を大きく上下に呼吸する少女。可奈美の後ろからやって来た姫和をみつけた。

 舞衣は御刀を抜き、切先を姫和へと定める。

 「美濃関の追っ手か?」

 苦虫を噛み潰した顔をしながら、《小烏丸》を正眼に構える。

 そんな剣呑な雰囲気にひとり、可奈美は慌てながら、

 「まって、姫和ちゃん。舞衣ちゃんは私の親友で……どうして、ここに?」

 様々な疑念や疑問が、一気に去来して頭が混乱していた。

 「スペクトラムファインダーに反応があったから……それに、百鬼丸さんの乗り捨てたバイクの周辺位置から大体の逃走経路は割り出したの」

 冷静に、冷徹にその分析眼で語る様子はまさに美濃関一の秀才といえた。

 「荒魂はもう百鬼丸さんが退治してくれたみたいだけど。ノロが無い現場なんておかしい。ねぇ、百鬼丸さん?」

 その疑念を向けられた百鬼丸だったが、脱力したように肩を落として何も応えることがない。

 「それよりも、先程可奈美が親友と言っていたが、なぜ親友なのに御刀を向けている?」

 姫和は、じり、と足摺をして距離をはかる。

 「〝可奈美ちゃんの〟親友だから、助けないと」

 「二人共、お刀を収めて」

 可奈美の言に、

 「相手にその気はないようだ」

 両者の間に目に見えない静かな殺気が漂う。

 「聞いて可奈美ちゃん。いまここで一緒に帰ればお咎めはなしだって……だけど、条件は……十条さんを捕まえること!」

 《迅移》を行使した舞衣は一気に姫和との距離を詰めた。

 それからパチィン、と剣戟の衝突する共鳴音が響き渡った。

 「十条さん。貴女は確かに鋭いですが、真っ直ぐでいなし易い……」

 再び、《迅移》を使用すべく太腿に力を込め、体を疾い速度の中へ流れた……

 相手の正面から勢いで畳み込もうと御刀を振り抜いた瞬間。

 舞衣の一刀は百鬼丸の右手刀で易易と受け止められていた。その目の前を遮る少年が、

 「少し黙れ」

 圧の凄まじい喝を周囲に木霊させる。

 百鬼丸は横目でチラリ、と首を左右に傾げ流し目をした。

 無機質な表情。

 虚ろなハズの瞳の奥から、肝が冷えるような、強い意思の籠った眼差しが舞衣と姫和に注がれる。

 (な……に、これ……?)

 まるで蛇に睨まれた蛙の如く、背筋に寒いものがはしって小刻みの震えが止まらない。

 ふと、姫和をみると彼女も同様に目を瞠って動けないようだった。

 御刀を握る手の力が弱まる。

 「ごめんね、舞衣ちゃん」

 ただ一人、可奈美だけが《迅移》で舞衣の手から御刀を抜き取り、地面に投げる。

 御刀が地面で半回転するのを見届けた百鬼丸は疲れたような表情になって一言、

 「……お願いだから、〝人間同士〟で斬り合いなんてするな」

 細く小さく本心を吐露した。

 

 「聞いて舞衣ちゃん。私みたの、御前試合でご当主の背後に良くないものが見えたの……」

 「でもご当主様は大荒魂討伐の英雄で……」

 険しく眉間に皺を寄せた姫和が、

 「違うッ。奴は――折神紫の姿をした大荒魂だ!」

 腹底の怒りをぶちまけて叫ぶ。

 翡翠の色に似た瞳を微動させて相手の言葉をうまく飲み込めずにいた。

 「……そんな、まさか折神家も刀剣類管理局も、伍箇伝も」

 「その全てを荒魂が支配している……」

 断固とした姫和の口調。そこに虚偽を挟む余地も態度もみえない。

 戸惑いの表情を浮かべる舞衣を見据えて、

 「――だから、私は姫和をひとりにできない。だからお願い舞衣ちゃん」

 本気なんだね、と聞こうとして口を閉じた。

 無言のままに、可奈美は真剣な眼差しで頷く。

 一度決めたら絶対に退かない芯の通った意思。その真っ直ぐさに舞衣は、

 「わかった」

 親友として信じることを選ぶ。それが現在できる唯一の役割だと思ったから。

 ちら、と隣りの姫和と百鬼丸を捉え、

 「可奈美ちゃんをお願いしますね」

 と伝えた。

 姫和は真剣な様子で「ああ」と返事をした。百鬼丸は少しおどけたように笑い、「はいよ。それと、さっきは脅かしてすまんかったな」と謝罪をした。

 「いえ。それはもう別に……」

 「そうか」

 踵を返した百鬼丸――の肩を強い握力が襲う。

 振り返ると、舞衣が耳元で小さく囁いた。

 (もし、可奈美ちゃんをゴニョゴニョすると殺しますよ?)

 ゴニョゴニョの部分をうまく聞き取れなかった百鬼丸だが、柔和な笑みの奥にある舞衣の尋常ならざる雰囲気にただ従う他なかった。

 そして、乱暴に百鬼丸の肩を離すと可奈美に駆け寄った。

 「あ、それから可奈美ちゃん。これ……」

 先程の態度とは変わって優しい声音でクッキーの入った透明な袋を手渡す。

 「ありがとう。舞衣ちゃん」

 可奈美に名前を呼ばれた瞬間の「うへぇー」と蕩けた顔をしたヤベー奴が現れたのを百鬼丸は発見したが、敢えて見なかったことにした。

 

 

 2

 「報告はきいた。それで、護送車を襲ったのは例の連中で間違いないな?」

 折神紫は手元の資料越しに、怜悧な目で尋ねる。

 「……はい。間違いありません。《サマエル》と名乗る集団の首魁、レイリー・ブラッド・ジョーという男の顔がトンネルの監視カメラに映っていました」

 「ご苦労だったな。夜見」

 ……夜見、と呼ばれた少女は乏しい表情のまま機械的な一礼をすると退出した。

 

  隠世の来訪者、ステイン。

 この現世の人間よりも遥かに強力な連中。

 一体ステインという男がどんなものか、見定めるためにも一度監視し、尋問をする予定だった。

 (計画が狂ったな……)

  紫の脳内に童女のような声が響く。

 忌々しげに眉を歪めた紫は、マホガニー材の執務机に肘を置き精神を鎮める。

 それにもう一人――百鬼丸。

 彼の存在は現在の紫にとって、予測不可能な存在となっていた。

 「無視はできん……な」

  そう言いながら、紫は己の手を凝視していた。

 

 3

 立川駅のバスロータリー。

 紺のパンツスーツ姿のメガネをかけた女性が傘をさしながら、

 「ごめんね、迎えが遅れて。わたしは恩田累。羽島学長に話は聞いてる……けど、そこの顔色の悪そうな君、名前は?」

 と聞いた。

 百鬼丸は階段に凭れかかりながら、高熱にうなされていた。

 駅の階段半ば蹲る少年の姿があった。その彼が、

 「……百鬼丸」小さく呟いた。

 驟雨に濡れながら、肩で息をしている。

 「さっきから、様子がおかしくて。もしかしたら風邪かも……」

 可奈美が不安げな様子で、百鬼丸を窺う。

 「いや……風邪ではない。肉体の一部が戻ってきたんだ……あの、鳥居の傍で退治した荒魂は、おれの一部を奪っていたようだ。詳しい部位までは生憎分からん」

 累は驚きながら、

 「わかった。それじゃ、車に乗って……詳しい事情はあとで聞くから」

 青の乗用車が舗道脇に駐車していた。

 

 

 高層マンションが建ち並ぶ一角。

 そこに彼女、恩田累の部屋がある。

 「どうぞ、入って。あ、君、一人で歩ける?」

 百鬼丸は意識朦朧とした目を左右にさせながら、

 「今のおれには触らないで欲しい」

 と、注文をつけ玄関先で座り込んだ。

 「大丈夫? 肩貸すよ」

 心配そうに眉を八の字に曲げて可奈美がいうと、百鬼丸の目線の高さまでしゃがみこんだ。

 「…………だから、平気だ。あと、その位置からだと、パンツがみえる」 

 事実、スカートのおかげでパンツ丸見えではないが、ギリギリ白い布が見え隠れするのがみえた。

 「へっ……?」

 視線を下に這わせた可奈美。そして、現実を受け入れると――

 「っ、ばかーー! 百鬼丸さんの変態!!」

 さっ、と立ち上がり大声で百鬼丸を批難する。頬の皮膚は羞恥のために紅潮していた。

 「仕方ないだろう……本当のことなんだから」

 「仕方ないって、それは……そうかもだけど……でも、やっぱり変態っ! 最低っ!」

 若干涙ぐんでいる。

 (この子達、おもしろいなー)

 累は「あはは」と笑いながらそう思った。

 

 

 「とにかく、百鬼丸くんは和室で寝かせたけど……一体どんな関係なの? まぁ言いたくなかったら別にいいけど」

 累は襖越しに眠る少年に視線をやる。

 「……」

 「……」 

 しかし可奈美も姫和も顔を合わせ、何をいうべきか困っていた。

 

 

 4

 視界一杯に広がるどこまでも沈鬱な樹海。

 その中をただ一人、歩いている。

 ああ、いつもの『夢』だ……百鬼丸は自覚していた。いつもみる夢だった。

 腐葉土の濃い匂いが鼻腔に執拗に絡みつく。蒼いヴェールの霧が空気を染める。今が夜か早朝かも分からない。時間の感覚が狂っている。

 「ああ、百鬼丸か……」

 懐かしい声。

 目前には膨れた鼻が特徴的な、髭が顔の三分の一を覆う男が振り返る。

 「とうさん――?」

 「どうした今更、なにかオカシイか?」

 破顔した男は、百鬼丸の肩を軽く叩き、

 「ん? どうした? そんな素っ頓狂な顔をして?」

 「い、いえ……」

 「まるで亡霊でもみるようだな?」

 「え?」

 男はただ黙然として面から表情を消す。

 「お前がその手で殺した男が目の前に現れたような顔だな……? おい、どうしたなんとか言えッ」

 「ち、違う! とうさん!! おれは――ただ、ねぇ、聞いてとうさん!!」

  百鬼丸の心臓は凍った。偽物であるハズの血管も心臓も、まるで本物のように鼓動をはやめ、早鐘のように緊張に促されて叩かれる。

 「せっかく、貴様にその人工の肉体を与えたのに……」

 「ちがう……とおさん!!」

 百鬼丸は頭を左右に振り、その男から引き下がり始めた。

 すると、樹海の奥から人声が幾重も木霊して聞こえる。

 

 『人殺しッ、化物め、出て行け!!』

 『出て行け!』

 『化物が人間のフリをするな』

 『お前なんか早く死ね!! 化物』

 

 この声は全て、今まで荒魂から助けた人々の声だ。

 (違う、おれは人間なんだっ、間違いがない。ただ今は荒魂に体を奪われて……おれは…………とうさん……)

 

 5

 「っ……はぁ……はぁ……ぐっ」

 そこで目が覚めた。胃袋の底からとてつもない吐き気が襲う。ぐっしょり、悪寒の汗で衣服が濡れていた。それらを我慢しながら見知らぬ天井を仰ぎ見る。脳からの電気信号が十分に伝わっていないようだ。視界がボヤけて仕方ない。偽の右腕を伸ばして指を動かす。

 もにょっ。

 「へ?」

 指先になにか、触れている気がした。それを確かめたくて掌を軽く包むように曲げる。

 「んなっ……おい、貴様っ……」

 これは聞き覚えのある声だ。

 「あれ?」

 ようやく目の前が鮮明になると、布団に眠る百鬼丸の顔を窺う姫和の顔があり――彼女の柔らかな頬を撫でていた。

 「ど、どういうつもりだ?」

 初め驚きに目を見開いていた姫和は、次第に言い知れぬ感情がこみ上げ、唇をアワアワと開閉させる。

 「いや、特に……それよりも、お姉さんは何をしているのですかね?」

 ぎこちない口調で百鬼丸は訊く。

 「わ、私はただお粥をつくって持ってきただけだ」 

 頭を左右に微動させる。長い、艶やかな黒の髪が垂直に垂れて、百鬼丸の枕元に大小の渦をつくる。

 「それより、いい加減手をどけろ」

 切り揃えられた前髪の下に隠れた線の強い眉が、ピクリと動く。

 「あ……あはは。すまん」

 百鬼丸は腕をどかして、気まずい空気を吸う。

 (なんだ、この状況は……)

 今までに感じたことのないプレッシャーを味わっていた。

 

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