刀使ト修羅   作:ひのきの棒

130 / 262
第130話

 ポリカ波板の軒先から滝のような流れの雨が溢れた。

 トタン板に激しい雨が打ち付け、拳骨ほどの石礫が当たっている様にすら思われた。

 昨日の夜から気圧の配置が変化し、南関東を中心として大雨が降り始めていた。雷雨は激しい風と共に初冬の時期に荒れた。

 バラック小屋の中で、ポータブルラジオのか細い音が漏れている。

 ノイズが酷く上手く内容を聞き取ることは難しいが、女性アナウンサーのニュースを読み上げる声だけが辛うじて識別できた。――革張りがアチコチ破れたソファーに身を沈めた男、ジャグラーは一人粗末な天井を見上げつつ物思いに耽っていた。

 (この世界には秘密がある……。)

 戯れに伸ばした腕の先、裸電球に重ねた掌を握り締める。

 彼は元々、人間の風貌をしているが正体は異なる。簡単に言えば異星人である。しかも別次元の世界の住人でもあった。

 故あってこの世界に迷い込んだに過ぎない。しかしその理由が未だに分からない。

 伸ばした足を組み替え、縮毛気味の前髪の下に隠れた鋭い眼光が瞬く。

 本来、彼は――嫉妬と妄念の擒であった。

 〝選ばれなかった〟…………それこそが、彼個人を狂わすたった一つの出来事であり、塗り替えるべき過去であった。

 

 クレナイ・ガイ

 

 復讐の相手の名前を片時も忘れたことなど、ない。

 始めこそ嫉妬から生まれた復讐感情だったが、いつしかもう一つ別の感情が生まれていた。それは、紛れもなく〝憧憬〟である。

 ただ、眩く正しくある姿に否応なくジャグラーは劣等感を抱いた。

 それを自覚するからこそ、相手を完全に消滅させねば気分が済まない。

 

 『ジャグラーさんは、何だか放っておけない感じがしたから……』

 

 別れ際、安桜美炎がいった一言が不意に浮かぶ。

 

 「どういう意味だ? ハッ、あの小娘よりオレが強いッ、それは間違いない! ……ああ、そうか。ヤツは頭が悪いから勘違いでもしたんだろう」

 独り言を呟きながら、少女に言われたことに対し苦々しく反駁する。……だが、いくら言葉を尽くして反論しても本質から逃げているような気がしていた。

 

 ――クソッ、オレは一体どうしてしまったんだッ!

 

 自らを強く叱咤する。なぜ見ず知らずの人間に心をかき乱されるのか、まさか有り得ない。

 

 ――――オレはこの世の誰よりも優秀で強く、有象無象の連中などと違う。生まれからオレは優れているのだ! 他人が馬鹿に思えて仕方ない。無能で弱い連中なぞ、オレに跪いて然るべきである。それは間違いない。

 

 

 

 と、ジャグラーの上着ポケットに仕舞った携帯端末が震えた。……この端末は連絡用に高津雪那という高慢な女が支給したものである。

 「――はい」

 努めて冷静に電話口にでる。

 『もしもし、私だ。貴様がどこでなにをしているのか……本来は咎めるべきなのだが、まぁいい。貴様に命令だ。近々、自衛隊市ヶ谷基地に強襲をかける。その折、貴様にも戦力として活動してもらう。分かったか?』

 電話口の相手は、高津雪那その人であった。彼女は、まるでジャグラーを自分の部下であるような口ぶりであった。

 ふっ、とジャグラーは口元を歪める。

 「ええ、成程……お話をうかがいました。―――それで?」

 『なッ――貴様、話を本当に聞いていたのか?』

 「もちろん。全て聞きました。……で、オレがなぜあなた方に協力を? この世界に迷い込んだ――その理由をオレは突き止め、元の世界に帰る。それが目的だ。だけどあなた方に協力してこちらにメリットがない。……それで、なぜ協力を?」

 あくまで穏やかな口調で相手を挑発する。こういう高慢な人間は、このようにおちょくられる事をひどく嫌う。

 『―――貴様っ、ふざけるなッ!!』

 「あははは! でしたらご自分たちでどうぞご勝手に……ああ、なるほど。もうひとりの迷い人の……ええっと、腑破十臓でしたか。彼にも逃げられた……正解ですね。彼の力量は高い。本来、オレがいなくてもいい筈だった。だが、彼にも逃げられた。そういうワケですね」

 ダメ押しで煽る。

 『――――』

 電話口の相手は、過呼吸気味の掠れた息を漏らしながら暫く一言も発さずにいた。

 しばらく時間を置いて、雪那は会話を続ける。

 『いいか、舐めた口をきくな! ……しかし、タギツヒメ様は寛大だ。お前のような出来損ないでも戦力に含めるというのだ。――それに、タギツヒメ様なら貴様の帰還方法は知っておられるかもしれない』

 

「出来損ない? おい、誰が出来損ないだ? もう一度言ってみろ」

 ジャグラーは珍しく低く鋭い声で、恫喝した。

 何よりも他人に見下される事が嫌いな彼からすれば、それはまさに虎の尾を踏む行為であった。

 

 ひぃ、という悲鳴が電話のスピーカーから聞こえた。

 「チッ、まあいい。オレは寛大だからな。――考えておいてやる。詳しい時期は追って連絡するだろう? 二度と不愉快な気分にさせるな。失せろ」

 気分がまだ鎮まっていない。興奮気味に電話を切る。

 

 端末を傍のガラステーブルに投げ、苛立ちの溜息を吐いた。

 

 

 

 □■□■

 

 「――なぁ、ミホっちは本物なのか?」

 食堂で銀スプーンを口に咥えながら七之里呼吹は率直にいった。小柄な彼女は、行儀悪く椅子の上に片足を折り曲げていた。

 対面の少女はピョコりと首をあげる。

 「ふぉえ? どういう意味?」

 大盛りのご飯茶碗に盛られた白米をかきこみ、栗鼠のように頬袋をつくった安桜美炎は頭上に疑問符を浮かべる。

 「いや、だからさ。ミホっちは本物のおバカちゃんなのか……ってきいてるんだよ! どーして見ず知らずの男にホイホイついて行ってんだよ!」

 本気で怒っているようだが、呼吹の小柄な背丈と目深に被ったフードのせいで、どうしても可愛らしいパペットが動いている風にしか見えない。

 「あはは……ごめんなさい。でも――」

 「――でも、じゃないですっ。ほのちゃんが居なくなって心配したんだから!」

 美炎の隣から本気の抗議をした少女、六角清香は目端に大粒の涙を浮かべていた。

 「ごめん。でもあの時……清香も百鬼丸さんについて行って消えちゃったから……」

 「うっ」ギクッ、というような感じで身を固くした清香。

 事実、彼女も美炎との行動中に百鬼丸少年を発見し暴走してしまった。

 

 

 「はいはい、いまは言い争っている場合じゃないでしょ?」

 年下のメンバーのしょうもない諍いを、手を叩いて止めた。

 瀬戸内智恵は、調査隊メンバーでも年長組である。その彼女の言葉は皆素直に受け入れた。

 「いま、刀剣類管理局も特別祭祀機動隊も内部で問題あるみたいだし、なにより私たちは南無薬師如来景光を見つけないといけないのに……」

 「あーはいはい分かった分かった。ったく、チチエは頭が固くてうるせーな」

 「なっ! 誰が……」

 智恵は呼吹の発言に赤面し、言葉を喉に詰まらせる。

 「あれ? それよりミルヤさんとか由依も……綾小路の刀使が全然いないんだね」

 辺りをキョロキョロ見回した美炎が、疑問を口にする。

 「あれ? ほのちゃん聞いてないの? 綾小路は今朝学長命令でみんな帰っちゃったんだよ」

 清香が軽く説明した。

 鎌府女学院は現在、関東一円の頻発する荒魂討伐に人員が足りず、結果として伍箇伝の刀使を出向させて事態に当たっていた。

 

 ――だが、綾小路だけが帰還命令を下された。

 

 不可解なことで美炎は「うーん? どうしてだろう……」と首を傾げた。

 沈んだ表情で智恵は同意するように頷いた。

 「……確かに変よね。いまは綾小路を高津新学長が支配しているとはいえ、学長権限だけで動ける筈もないし――」

 「あ~、やめだヤメ。あれこれ考えたって結局、刀使の仕事は荒魂退治だろ? だったら好きなだけ荒魂ちゃんを切り刻む方が気楽だろ?」

 呼吹は笑顔で同意を求めるようにいった。

 「あはは……私は怖いから遠慮したい、かな」清香は肩を竦めて否定する。

 

 

 (舞草は、事前に放っていたスパイの情報が途絶えたから別の調査員を送ったらしいけど……。)

 智恵は沈痛な面持ちで、考え込む。

 

 

 「ねぇ、ちーねぇ。何か考え事?」

 「う、うん。少し、ね」

 苦笑いを漏らしながら智恵は首肯する。

 「考えすぎも良くないよ! 為せば成る! だよ!」

 「ふっ、ふふふ。そうね、美炎ちゃんの口癖だものね。……為せば成る、ね」

 「うん」

 口にご飯粒をつけながら、元気よく親指を立てて笑いかける。

 

 (――よーし、明日はもう一度ジャグラーさんに会いにいくぞっ!)

 と、内心で勢い込んでいた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。