刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第131話

(タギツヒメ……ヤツが関係しているのか)

 ジャグラーは、この世界に召喚された時――御簾の奥に鎮座した謎の存在を思い返していた。あのときは歯牙にもかけなかったが、膨大なエネルギーには一目を置いていた。

 そもそも、この世界には《刀使》という特別な刀を扱う少女たちがいる。――その敵である「荒魂」という、怪獣とは違った化物が地上を跋扈していた。

 以前の世界とは異なる事情に戸惑いこそしたものの、殆どそれ以外に違いはない。

 

 

 

 ジャケットを羽織ろうとすると、

 「ジャグラーさん! どこかに行くの? わたし、手伝うよっ!!」

 明るい声音が隣から聞こえてくる。

 「……なぜ、お前がここにいる?」少女を一瞥すると、諦めてソファーに身を沈める。

 雑木林の山奥に存在するバラック小屋に、早朝、唐突に勝手に押しかけた安桜美炎。

 小屋周辺の風景は微かに光を受け入れ始めた様子だった――。こんな時間から押しかけるとは思っていなかったジャグラーは頭を抱え、暫く考え込んでしまった。

 「うーんと、なんていうのかな……? わたし、考えるよりも行動しちゃうんだよね……えへへ」

 照れ笑いを浮かべながら、美炎は背中のバックパックをガラステーブルの上に置いた。

 「昨日の夜、ちーねぇに手伝ってもらってお弁当をつくって来たんだけど……」

 「――何が目的だ?」

 一変して鋭い眼差しで、美炎を見据える。警戒の色がつよく相手の思惑が理解できずにいた。

 「えーっと、もしかして嫌だったり……」

 バックから取り出したプラスチックの弁当箱は美炎の両手に抱えられていた。

 気まずそうに上目遣いで、ジャグラーの様子を覗っていた。

 

 (…………どういうつもりだ? こちらの内情を偵察に来た? つまり、以前までの間抜けな態度はすべて演技?)

 一度疑念が浮かぶと連鎖的に、不安要素に結びつく。疑心暗鬼になったジャグラーだったが、ともかく探りを入れることにした。

 「一つ聞きたい。オレに近付いて何か狙うものでもあるのか? それともメリットが?」

 「へ? 全然そんなのないよ。ただ困っている人がいるって、何だか放っておけなくてさ」

 「オレが困っている?」

 「……うん。だって、どこか寂しそうだから」

 「ハッ、嘘だ。オレは誰より秀でている。それにお前も見ただろう。ダークリングを使って怪物を呼びたした瞬間を」

 昨日、ジャグラーが原宿の人垣の中、円形の禍々しい闇を放つ道具から異次元の得体の知れぬ化物を呼び出した。……その光景を美炎は目撃していた。

 脳裏にあの時の出来事を反芻して、

 「…………うん。あのときは驚いちゃったけど、でも――」

 と、次の言葉を発するタイミングでジャグラーは大股で美炎との距離を縮め、首に右手をかける。力を微かに入れた掌で細い首が締められた。

 ガラン、と大きな音を立て弁当箱が地面に落ちる。蓋が開いて中身が地面に散らばる。それに構わず、

 「ダークリングの存在を誰かに話したのか?」詰問する。

 美炎は苦しげな表情を浮かべながら、ふるふると否定に首を振る。

 ジャグラーは力を緩め、少女を睨む。

 「では何が目的だ?」

 「ゲホ、ゲホ……っ、わたしジャグラーさんの助けになりたい!」

 激しく咳こみながら美炎は首を擦りつつ相手を見上げた。

 真っ直ぐ向けたれた眼差しに射られて、ジャグラーは思わずたじろぐ。こんな無茶苦茶な存在に出会ったのは始めてであった。

 「チッ、まあいい。お前がヘタな動きをすれば殺す。それだけは覚えておけ」

 「うん、分かった! ……あーっ、でも折角つくってきたお弁当、ダメになっちゃったね……えへへ」

 美炎は目線を下に向けると、悲しそうに微笑を漏らす。屈んで中身の散らばった弁当箱を拾おうとした。

 「…………チッ」

 ジャグラーは苛立った。

 奇妙な罪悪感が彼の胸中を満たした。

 彼はおもむろにかがみ込むと、表面に砂のついた黄色い卵焼きを素手で掴んで口に運ぶ。

口の中でジャリジャリ音をたてながら飲み込む。味は殆ど分からない。

 「えっ……?」

 驚愕の色をうかべた美炎。

 ジャグラーの予想外の行動に、ただ目を見張りその様子を眺めていた。

 「あっ、き、汚いよソレ!」

 「…………ふん、生憎オレは誰の指図も受けない」

 「えーっ、お腹壊しちゃうよー!」

 「フン」冷淡な表情で無視を決め込む。

 ジャグラー自身、なぜこのような行動に出たのか理解しかねたが、深く考えることはやめた。この刀使――安桜美炎と居ると調子が狂う。それだけだ。原因はそれだけで十分だった。

 

 暫くジャグラーを見ていた美炎がおもむろに口を開く。

 「ふふふっ、あはははは!!! やっぱりだ」

 「…………何がだ?」

 笑って目端の涙を拭いながら少女は、

 「うん、やっぱりわたしの直感ってよく当たるみたい! ジャグラーさんって本当は悪い人じゃないんだなーって」

 ひとりで頷く。

 「フン、貴様はただの馬鹿だ」

 「あーっ、人のことを馬鹿っていう人が馬鹿なんだけどー」

 「ほぉ。いま何て言ったんだ? よく聞こえなかったが……」

 「馬鹿っていったんだよ! ――ってあああ! わたしが言ったんだーー!」

 騒がしくひとりで慌てていた。

 

 (何なんだ、この小娘は?)

 ジャグラーは騒がしい少女を諦めの眼差しで見ていた。

 

 

 

 

 薄い爪痕のような白い月が、夜空に掛かっている。

 綾小路武芸学舎――――校門。

 初冬の寒さが乾いた空気として周囲に充満している。

 

……喉を激しく鳴らして血塊を口端から吐き出す。堪えきれず涙を浮かべた。

 「ゲホッ……ゲホッ……――。」

 口の奥から笛の音色のようにヒュー、ヒュー、音が漏れた。

 朦朧とした頭をしっかり真正面に向け、たたらを踏んだ足元を励まし、腹部を襲った強烈な一撃から反撃の姿勢をとる。――満身創痍という危機的な状況ではあるが。

 しかし、大きな隙を見逃さず、迅移によって加速した速度で由依との間合いを詰め、喉を片手で締め上げる。

 「あ~、やっぱり強いっていいですね! 先輩! わたし、山城先輩に勝っちゃいましたっ!」

 不敵に笑みを浮かべた少女……内里歩は微笑む。 

その表情に思わず、

(勝てない……)

 弱気な内心を吐露した。舌根に苦いものが拡がる感覚がした。

 

 首を絞められ片腕で吊り上げられた黒髪ポニーテールの刀使、山城由依は苦悶に呻く。

 相手は冥加刀使(ノロを体内に宿した者のこと)となり、かつ、S装備によって実力がかさ増しされていた。

 

 ――とはいえ、ここで負けてよい道理ではなかった。

「あれ? どうしたんですか先輩っ、さっきまで凄くカッコよかったのに……あ、やっぱりわたし強いですか? この力でみんな守れますかね? あ、そっか! 強く喉を締めちゃうと喋れないですもんね」

 ハキハキ明るい口調で、赤バイザーから見据える歩。

 乱暴に由依を放り投げて地面へ叩きつける。

 

 「ゲホッ……ゲホッ……っ、」

 握った拳には小刻みな震えが全体に伝わっている。いくらイメージしても勝てる未来が全くと言っていい程見えない。

 辛うじて手元に転がった御刀《蛍丸》を握り直し、伏せた体勢から起き上がろうとした。

 

 「すーーーーっ、ゲホッ……。ねぇ、歩ちゃん。どうしてそんなに強くなりたいのかな?」

 喉を擦りながら目を眇め、由依は呼吸を整える。

 

 肩にトントンと御刀の峰を当てていた歩が驚いた様子で首を傾げる。

 「あれ? 結構タフなんですね。先輩……わたし、関東遠征で以前ショッピングモールの大量殺人で投入されたんです。……でも、全然役にたたなくて……だから思ったんですっ! もっとわたしが強くなれば問題ないんだって! 衛藤さんとか、百鬼丸さんみたいなすっっごい強い力で皆を守るんです! だからどんなに汚い力って言われても結構ですよ? 誰も守れずに奪われたり足を引っ張られるくらいなら強い方が全然マシ。そうでしょ? 山城先輩っ」

 

 饒舌に喋る歩の瞳の光彩に意思が感じられない――まるで劣等感を埋めるような言葉の羅列だった。

 

 「あははっ……そっか、歩ちゃんは純粋なんだね。――でもね、あたしも〝守る〟ってことに関しては結構煩くてさ。妹の為なら多分、あたしもノロの力を受け入れちゃうかも……でもさ、そんなことしてもやっぱり、妹の前で堂々と《刀使》なんだって――皆を、妹を守れる存在なんだって言えないから……!」

 大上段に御刀を構え、必殺の技を強く念じ膝に力を溜めて渾身の一撃を用意する。

 

 生きる、絶対に生きて帰る!

 強く念じる由依。だが一方で、

 (たぶん、これ勝てないかも――でも、)

 瞑目する。

 

 

 「チッ、お説教ですか……? 今のわたしと戦っても先輩勝てませんよ?」

 口を歪め、舌打ちをする。

 

 漂う気配すら殺気立つ彼女……山城由依の威圧に押され始めた気がした。

 

 

 先に動いたのは、内里歩だった。彼女はS装備とノロの力を最大限に利用し、加速した。大太刀の《蛍丸》の間合いに入れば必ず攻撃を加えることができる。しかも、半殺しにすれば後々、ノロを投与しても魂と肉体に深く結びつく。

 

 

 

 「はぁあああああああああっっ!!!!!!!!!」

 

 腹の底から由依は叫ぶ。大上段に構えた大太刀、蛍丸が轟々と唸りをあげて「背後」へ倒れてゆく。それに従い由依の身体も後方へと流れ、少女の身体は一時的に空中に投げ出された。

 

 「――!?」

 突然の出来事に驚愕の色を浮かべる歩。

 斬り掛かろうとした矢先にアクロバティックな運動によって標的を見失ったのである。

 足を一瞬で止めて上方を窺う。隙だらけの由依の姿を確認し、中腰になって空中戦を仕掛けようとした。

 

 「ついに、諦めましたかっ?!」

 不敵に笑みを零しながら歩は、飛翔した。

 空を切る風が心地よい。夜空を背景に舞い上がる由依を捉え、左方から斬撃を繰り出す――その刹那。

 

 足元から激烈な衝撃を知覚した。

 

 「っっっっ!!!」

 瞠目した。

 寸前のところで御刀を盾にして強烈な風を受け止める。

 ぐわぁん、と頭の中が鈍い衝撃が拡がる。

 脳震盪になった気分だ。頭を振ると《写シ》が剥がされていた。その衝撃の軌跡に視線を辿らせると、大太刀の《蛍丸》が目前を過ぎ行くのが見えた。

 

 「あはは……残念」

 

 「なんでっ……!!」

 一連の太刀の運動から歩は理解した。

 由依は背後の地面に蛍丸を突き立て、そこを主軸に身体を持ち上げたのだ。その間、自身に迫る歩を真下の軸となった御刀を勢い良く引き抜き、斬撃を足元から這わせた。

 

 しかし、虚空を切り裂いた瞬間に悟った。

 「あーあ。ダメだったか……。ま、でもこんな可愛い娘に斬られるならいっか」

 苦笑いを洩らす。

 内里歩は、怒気の籠った刃で《写シ》を斬撃で剥がす。と、同時に生身の由依の胴体を袈裟斬りにした。

 

 「がはっ――!!」

 血飛沫が空中に舞う。

 咄嗟に歩の慢心から生じた隙を活かしきることができなかった――無念さは、しかし由依の中には不思議となかった。

 

 (負けちゃった……か。でも、美炎ちゃんも清香ちゃんも居るから……)

 心配はない、そう思えた。

 

 ドサッ、と地面に再び叩きつけられた由依は次第に沈みゆく意識の中から、

 「……大丈夫だよ、絶対……」

 口端から血を一筋流しつつ、繰り返す。

 ふらつく歩の足音が近づく。その手にはノロアンプルを満タンにした注射器が握られている。

 

 

 ――その時になって、漸く己の運命を悟った由依だったが、それでもあまり怖くはなかった。

 調査隊のメンバーがいる。

 それが、大きな理由になっていた。だから、生ぬるい深紅の絨毯に身を沈めていても、怖くはなかった。

 

 

 

 3

 「高津学長、山城由依の確保が終わりました」

 歩は通信機器を耳に当て、報告した。

 

 『そう、よくやったわ。それでノロは?』

 

 「はい、何の障害もなく投与が終わりました」

 

 『……では、山城の復活次第、こちらに合流して頂戴』

 それだけ言うと、通信を終えた。

 

 

 内里歩は、連絡を終えてからも何か胸に蟠りのようなものを感じていた。胸に手を当てる。鼓動は変わらない。

 ふいに、地面に倒れ伏した由依に視線を投げる。

 

 彼女の大量失血した筈の血液も、逆再生テープのように身体の中へと吸収されてゆく。これが異能の力なのだ。理屈ではない、――ただ『現象』であるのだ。

 

 醒めた表情で、歩はこれまでワクワクしていた筈の気持ちに水を差された気がしていた。一向に晴れる様子のない心境に、ひどく戸惑う。

 

 「…………衛藤さんを超えないと。じゃないと、このモヤモヤが晴れない」

 小さく口の中で呟く。

 これまでの飢渇感が、別の感情に置き換わる前に衛藤可奈美を倒さねば。

 歩は東の方へと意識をむけていた。

 

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