刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第132話

 沈殿した暗闇は奥に進むごとに、地層に含まれた地下水の冷やかさが大気に帯びる。

 「じいさん、もうあとどれくらい歩くんだ?」

 百鬼丸は尖った眼差しを周囲に向け敵の気配を探る。――とはいえ、この旧軍時代の遺跡には限られた空間と無数の荒魂が跋扈しており、正しい察知すら難しくなっていた。

 「ふむ、慌てるな童貞小僧。――そうだな、タキメータで計測するに……あと四十五分後には広い空間に出るだろうな」

 と、事も無げに言った。

 「タキメータ? ってなんですか?」岳弘が疑問を口にする。

 「ム? 知らんのか? 針のついとる腕時計になら必ず数字の外側に目盛の数字があるだろうが……十二の部分には六〇、六の部分には一二〇。本来はまぁ、車両の走行時速を計測するんだが……コイツを大体人間の歩行速度に落として計算するんじゃ」

 「……? よく分からんが、たどり着くんだよな?」

 百鬼丸は首を傾げながら訊ねる。

 「――ウム。可能だ」

 虎之助は自信満々に頷いた。強烈なライトの光を腕時計に当てつつ、歩行速度から虎之助の記憶にある地下要塞の距離と照合させる。

 

 

 

 血肉の通った右手で壁を触りながら百鬼丸は進んでゆく。トラップの類を探そうにも、広大かつ長い通路は側壁や地面が激しく摩耗しており、荒魂が恐らく通過したのだろう。

罠を仕掛けても意味が無さそうだった。

「ここはそもそも、どんな場所なんですか?」

岳弘はカメラに触れて無意識に動作チャックをしていた。

「――研究所。本来はその筈じゃった。今は関東に鎌府の荒魂研究棟があるじゃろ?」 

「ええ、ありますね」

「その元になったのがココじゃ」

「……一応聞きますが、大戦末期に荒魂を兵器として利用すべく研究したっていう?」

「ウム、それじゃ」

「ああ。だったら全部失敗だったから兵器には向かないって……」

 その言葉に敏感に反応した虎之助は一旦足を止めた。後ろを歩いた岳弘は立ち止まらざるを得なかった。

「〝失敗〟――? おい、貴様失敗と今ホザいたか?」

 肩越しに振り返り、憎悪の眼差しをむけた。

「えっ? ……あの、歴史資料にはそう記されていたんで……すいません」突然の凶暴な表情に固まった岳弘は、素直に謝罪をした。

 

 

チッ、と鋭い舌打ちをして虎之助は大きな息を吐き出す。

「そう言われても仕方ない話じゃ。――尤も〝失敗させた〟と言った方が正しいがな」

「それって、どういう事なんですか?」

「――当時と変わってなければ、いずれ解るじゃろ」

虎之助は感情の感じられぬ声音でそう告げると、歩き出す。

仕方なく岳弘もその背中を追ったが、苦い感情が胸にこみ上げてしまいこれ以上会話をするのが躊躇われた。

 一行はただ、無言のまま終わりの見えぬ通路を延々と歩き続けた。

 

 

 

 

 2

 東京駅周辺高級ホテルの最上階。ひとりで使うには広すぎる空間に薄く白に発光した異質な存在が、巨大な強化ガラス窓の前に佇んでいる。

 

――タギツヒメ

 

つい数ヶ月前まで折神紫の体内に宿り、人々へ敵愾心と悪意、憎悪を以て世界を終わらせようとした宗像三女神の内のひと柱。

そのタギツヒメが窓の外の無限を飽くこともなく眺めていた。

 

 東京上空を頻繁に飛行するヘリの機影が見えた。

 刀剣類管理局が所有する汎用ヘリコプターであった。バババババ、というローター音が低回しながら『何か』を探しているようだった。――

 

 それを、面白くも無さそうに見るタギツヒメは、一言、

 「人とは愚かなものよ…………」と素直な感想を述べた。

 この機影は名目上、『荒魂の早期発見と排除』としているが――実際はタキリヒメへの威圧に過ぎない。

 

 

 綾小路と、鎌府の一部刀使が東京駅で合流し〝維新派〟を標榜した。

 今や公然と刀剣類管理局の内部抗争が世間に対して露見した格好となる。

 

 うしろから、人の気配がする。

 「ヒメ。明日市ヶ谷に攻撃を仕掛けるとおっしゃいましたか……?」

 背後に控えた高津雪那は恭しく、訊ねた。

 「――ウム。最早タキリヒメの所在は掴めた。なればこそ遠慮はいらぬ。〝力〟を取り戻さねば」

 橙色に輝く瞳を動かし、ヘリを未だ見ていた。

 

 「恐らく、イチキシマヒメの所在も轆轤秀光の情報が正しければ折神紫と行動している筈です……」

 「そうか……なれば、イチキシマヒメは最後か」

 「ヒメ。ヒメの率いられる軍団は精鋭になっております」

 雪那は手元の資料に目を通しながら明日の市ヶ谷基地襲撃に臨む編成を読み上げる。

 

 

 …………冥加刀使の中核をなす綾小路の刀使と、関東で合流した鎌府の刀使。

 

 第一隊 五六名

 

 第二隊 四五名

 

 第三隊 六〇名

 

 一〇〇名以上の「ノロ」を動力としたストームアーマーを装備する冥加刀使たち。防御に回る長船や美濃関、平城の刀使との実力差は明らかであった。

 

 「ヒメ、以上です」

 毒々しい色の唇を曲げ、雪那は一礼する。

 

 「分かった。もう下がってよいぞ」

 「はい」

 一礼をすると、雪那は足早に退出する。彼女にもこれから根回しした政財界や警視庁との打ち合わせがあるのだろう。……無論、高津雪那という女は策略に長けている。今後のやり方次第で如何様にも時局が展開するであろう。

 

 ……だが。

「妾の知ったことではないわ。――フン、つくづく人間とは愚かよ」

目を細めてタギツヒメは嘲笑う。

 「のう、貴様もそう思うだろう? ジャグラス・ジャグラーよ…………」

 高津雪那の退出直後、別の膨大なエネルギーを感じていたタギツヒメは、口を歪めて背後の気配へと疑問を投げかける。

 

 

 

 『このタピオカコーヒー、微妙だなァ』

 ジャグラーは透明なプラスチックボトルを目の高さに掲げて文句を言った。駅前の移動販売車で新商品として売り出されていたのだ。

 「――お久しぶりですねェ、タギツヒメさん」

 男は恭しく背筋を曲げて一礼をした。しかし、その顔は明らかに嘲弄したような色が強かった。

 

 

 

 

 3

 月はすっかり分厚い夜雲の裏に隠れ、冴えた空気が漂うに過ぎない。

 「……ッ、」

 珍しく激痛に呻いたのは、元親衛隊第三席の皐月夜見である。

 彼女の四肢は、先程の戦闘によって怪我を負っていた。……橋本双葉、という嘗て親衛隊時代に行動を共にした少女に反撃を喰らった影響である。

 

 (双葉さんにやられるとは…………。)

 微かな感情の揺らぎが口端に浮かぶ。

 

 大学病院の聳える山林を転がるように移動しつつ、麻痺毒の激痛と痺れに耐えた。

 夜の山の遊歩道は一切視界が暗闇に閉ざされ、何も視認できない。……ただ、闇が底もなく流れているに過ぎない。

 

 『フン、お前もその程度か――』

 男の嗄れた声がする。

 夜見は、外灯が辛うじて点滅している遊歩道の遠い一角に意識を向ける。

 

 林立して植わった木々の影から、その「声」が聞こえた。

 「――――なぜ、貴方がここに?」

 夜見には珍しく、微かな感情を滲ませた声音でそう訊ねる。

 

 木の裏から姿を現したのは、ステインである。彼は腕組みをしながら、鋭い三白眼を負傷した少女へと集中する。

 「今、お前に死なれると俺は百鬼丸と殺し合えないッ――ただそれだけだ」

 かつて、まがい物と判断したヒーローを粛清してきた驚異のアンチヒーローである彼、ステインは、この世界で百鬼丸という少年と出会い考え方を俄かに変えた。

 

 すなわち、『百鬼丸と殺し合いをする』ことであった。

 

 彼、ステインは以前百鬼丸と戦い――敗北を喫した。

 瀕死の重傷を負った彼は、夜見の荒魂の混ざった『血液』を飲み干すことによって、驚異的な回復力を得た。また、同時に新たな能力「吸血蝶」という、遠隔攻撃も取得した。

 

 ここで皐月夜見という少女を失うのは手痛い。

 そう判断したのだろう。

 「……私ならば、平気です。それよりも関東の方へ向かわねば」

 淡々とした口調で、痛みを堪えつつ夜見は足を引き摺って歩行する。

 

 「――その状態で?」

 

 「ええ……双葉さんの毒は、一時的な麻痺です。毒性もごく短い間です」

 もっとも、激痛と神経の痺れは酷いものである、とは夜見は付け加えなかった。

 

 ステインは暫く小さな紅の瞳で夜見を眺めている。

 「……なぜだ? なぜお前はあの女(高津雪那)に執着する?」

 赤いボロ切れのような紅の首巻きを翻し、そう問いかける。

 

 よろよろと蛇行した歩を止め、ステインの方角へ初めて頭を動かす。

 「……分かりません」

 「――お前は何の信念もなくあの女に付き従うのか?」

 激怒を含んだ口調でステインは、腕組みを解き背中の柄へ手をかける。返答次第ではこの場で夜見を斬り殺そうと考えていたのだ!

 

 「…………私でも分かりません。ですが、私は、少なくとも私には〝これくらいのこと〟しかできないから」

 左二の腕に穿たれた小さな噛み跡を右手で押さえつつ、夜見は再び縺れる足を動かし始めた。

 

 

 (この女は愚かだッ!)

 ステインは胆の奥から湧き上がる、言いようもない感情の奔流を感じた。

 この何の信念も、考えも無さそうな少女をここで斬り殺す――先程までそう考えていたのに、何故だか現在(いま)では、この愚直なまでの一途さに、殺意が削がれた気がした。

 

 チン、と鞘に刃を収めると、ステインは蹌踉めきながらも進む「愚か」な少女を遠くから監視する事にした。

 

 

 ドサッ、と夜見は下り坂のアスファルト舗道に倒れ込んだ。

 「私は……まだ、ここで……倒れることはできません……まだあの方のために……」

 熱に浮かされたように、繰り言のように、夜見は呟き続ける。

 

 

 ――――闇から、声が響く。

 『立て。お前がもし俺を使いこなすに値する奴であれば、尚更だ。ここで自力で起き上がれ』

 手は貸さない。

 しかし、それ故に夜見にとって救いとなった。

 

 「ええ……私は、人形でもいい」

 数箇所強打したにも関わらず、夜見はその怪我にも頓着せず、自ら両手をついて起き上がろうとした。

 

 

 ……あの方に認められなくてもいい、双葉に優しい言葉を掛けられ僅かに動いた感情は捨て去る。この手を汚し尽くしてでも、例え地獄に行くとしても構わない。

 (あのお方のために私は…………)

 夜見は、痺れる全身を無視して再び立ち上がろうとしていた。

 

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