刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第133話

 青系統の――浅縹色の瞳が薄く開いた。

 眩い。

 思わず、ボヤけた視界から一気に拡がる光源に細い眉を顰める。手術用の照明が天井に設置され、つよく光を照射している。

 「……あれ? ここどこ?」

 燕結芽は深い眠りから目醒めた。倦怠感が全身を包むものの、それ以外に躰の変調は感じられなかった。ごくり、白く細い喉が唾を呑む。

 

 

 ――ああ、目覚めたんだね。

 

 広い空間のどこかから、男の優しい声音が響く。結芽はその方向へ自然と意識を向けた。恐らく手術用の機械器具のような物が林立する影に隠れ、男はゴム手袋を外そうとしていた。

 「おじさん、だれ?」

 久々に発声するために掠れた声で、訊ねる。

 男は、柔和な笑みを零しながら肩越しに振り返った。

 「そうか……術後の後遺症で少しだけ記憶の欠如が見られるが――命に別状がないのは良かった。うん、これなら成功だ…………。」

 何度も嬉しげに頷く男を怪訝な視線で見つめつつ、

 「どういう事?」ポツリ呟く。

 「いいや、気にしないでくれ。君は安心して眠ってくれて構わない。もう――君は、本来の意味で〝死〟に怯える必要がないんだ。人並みの生活を送ることが出来るよ。私が保証しよう」

 結芽にはさっぱり状況が掴めなかった。少女の記憶は、途切れ途切れになっていた。

 確か、「誰か」と一緒に原宿に出かけ、遊園地に赴き…………そこから記憶が一切無い。ポッカリ穴が空いたみたいに、朧ろげな風景だけが脳裏に浮かぶに過ぎない。

 ……一体だれと共に居たのだろう?

 鉛色の霧が立ち込めたみたいに、記憶を遮り上手く思い出せない。

 「もうすぐ麻酔が切れる。……切開手術はしていないよ。だから安心して欲しい。今はぐっすりおやすみ」男は、親しげな声で告げる。

 

 

 

 「なんで……私に」

 手術を施したのだろう? そう言葉を続けようとして、結芽は再び襲う激烈な睡魔に負けて重くなった瞼を閉じる。

 

 

 

 2

 数キロに及ぶ地下通路の出口から、頬を撫でる風が感じられた。

 軍用懐中電灯で暗部の矩形を照らし出す。狭い場所の移動はいい加減飽きていた所だった。

 

 

 

 天井部分から最下層部分を貫く筒状の空間に出た。

 「すげぇでけぇ………」

 柴崎岳弘は思わず、そう口にした。

 事実、首都直下に構築された巨大な蟻の巣じみた地下要塞に、半径数十メートルに及ぶ広大な空間に出くわすとは思わなかった。

 この巨大な円形の空間は、一個の円筒状にできており、十字に橋脚とクレーチングの足場が架けられている。貧相な手すりが両側に備え付けられるだけで、殆ど転落防止措置はない。

 

 

 

 下を覗くと、底なしの暗黒が奥深くまで続いている。一切の光を拒むような、奈落。

 「マジでここ何やってたんですか――?」

 岳弘は、目の前を歩く松崎虎之助老人に疑問を投げかける。

 彼は七〇余年前当時、ここで兵士として「居た」のだ。

 

 

 猫背の酷い彼の背骨が、一層過去の出来事を背負って重そうに曲がっている様に見えた。

 「……ここで、かつて人体実験をしていた。無論荒魂を兵器として利用するために、な」

 事も無げに言う虎之助の言葉が逆に、真実味を感じさせた。

 「――ここに荒魂たちがウヨウヨいるのはそれが関係してるのか?」先頭を歩いていた百鬼丸少年は足を止めて、振り返る。

 「ああ、そうじゃい。あやつらも……この七〇年ずっとこの地下に閉ざされていた。時々は地上への出口を見つけて暴れるが……それも稀じゃ」

 東京での荒魂被害の約四パーセントがスペクトラムファインダーでも捕捉できない荒魂に街が蹂躙される。その原因はこの広大な地下空間から出現していた。

 

 

 これだけでも、大スクープだった。

 岳弘は、カメラを調整してライカに専用のフラッシュを接続する。

 レンズ越しに目の前の風景を次々と撮影する。何から何まで教科書で教えられた歴史とも事実とも異なる現実に身震いをした岳弘。

 「いい加減聞かせてくれないか? じいさん。あんたの口から、どうしてここ場所にきたかったのか――」

 「……お前は出会った時から、〝大尉どの〟に似ていると思ったよ、百鬼丸。その佇まいといい雰囲気といい。誠実そのもので、優しい人だった」

 「大尉どの?」

 「ああ。ワシは昔、大尉どのを世話する雑用役の兵士だった。――大尉どのは」

 

 

 

 

 3

 「お前は一体何者なんだ……?」

 未だ打撲した激痛の箇所を庇いつつ、真希は転がり平伏した体勢からヨロヨロ立ち上がる。

 折神家親衛隊の元一席二席を軽々と退けた、眼前の怪異じみた大男が、ゆっくりと白目を剥いたまま闇の蟠る天井を仰ぐ。

 荒魂の攻撃で欠損した肉体の部位が時間の経過と共に修復しつつあった。

 赤銅色の皮膚と禿頭。特徴的な外見の男は、しかし沈黙を守る。

 

 

 『――――御門実篤。それが貴方のお名前ですわね?』

 明晰な声で、此花寿々花は指摘した。

 折神紫の懐刀と言われた才色兼備の少女は、ワインレッドの髪先を揺らし、真希と同じく弱った躰を励まし、起き上がる。

 

 

 その言葉に反応し、

 「――ほォ、小生の名前だ。しかし、その名前で呼ばれたのは久々だ」

 久闊を叙するように、男……御門実篤は言った。

 

 

 「寿々花、奴はいったい何者なんだ?」

 理解できない、とでも言いたげに獅童真希は斜め後ろの少女に訊ねる。

 

 その反応を予期していたかのように、若干の余裕を含んだ微笑で寿々花は応じる。

 「御門実篤は、紫様の流派二天一流でも、とくに折神家に特化した長刀ふた振りを使用した折神宗家の二天一流を完成させた男ですわ」

 

 

 大男は、寿々花の語る内容に一切の反駁はせず、しかし、微かに口端を曲げる。

 「よく知っているお嬢さんだ。そうだ、小生は御門実篤。折神式二天一流を創設し、この地下で死んだ男の名前だ…………」

 

 

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