刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第135話

 

 1

 闖入者を許したのは、ひとえに慢心だった。

 この地下坑道は性質上「知られていない」ことを想定して構築されている。

 ――だが、一旦内部を見知った人間が蟻のように潜入した場合は別である。しかも勝手知ったるように動き回られては、〝迷路〟と称された複雑な内部は無駄となり果てた。

 

 

 この地下の番人――否、御門実篤は巨大な青龍刀をふた振りを握り直し、別方角からの気配を敏感に感知した。

 フッ、と口元が緩む。巌を削ったような顔立ちの男には似合わない態度だった。

 「成程、貴殿たちは陽動だな?」ゆっくり、首を上げて正面の刀使二人に語りかける。

 

 (なにを言っていますの?)

 此花寿々花は目を細めて、相手の問いかけを咀嚼する。

 陽動? 有り得ない。自分たちは、ここに捨て身で、しかもたった二人で乗り込んだのだ。今更援護があるとは聞いていない。仮にそうだとして、刀剣類管理局の上層部にはメリットがない筈である。

 

 

 一度地面に倒れ伏した獅童真希は、闘志を再燃させ、

 「折神宗家の二天一流の開祖らしいが、その話か本当なら、ボクたちが陽動だのなんだのは所詮、話をはぐらかす言い訳のつもりか?」

 《御刀 吼丸》を構えて複数箇所の打撲を一切無視する。

 先程の話では、折神紫の用いる剣術「二天一流」の折神宗家式に改造した剣術家ということである。ならば、純粋な剣技での技量差は埋めがたい。――だが、刀使の異能力を用いれば話は違う。

 

 

 (本当は強さを求め、ノロを受け入れ衛藤たちに負けた……ふっ、ボクはまた異能に助けを求めようとしているのか)

 自嘲気味に、軽く笑ってみせる。

 だが、それでもいいと思った。……この空間のどこかに「燕結芽」という少女が囚われているのだから。自分がいくら卑怯者になってもいい。

 刀使の矜持も何もかも一旦捨て去ろう。そんな安っぽいもので釣り合いが取れるなら、いくらでも捨てる。そして、結芽を助け出す。

 そんな不吉なまでの覚悟を決めた真希の雰囲気を悟り、

 「…………真希さん、残念ですが戦う相手も異能の者。しかも剣技では我々が太刀打ちできる相手ではありませんわ。一度退却でも――」

 すかさず、忠告を真希に入れる。寿々花からすれば、ここで真希を失いたくない。戦力としても個人的な意味でも。

 

 

 「ふっ、寿々花は随分臆病風に吹かれているんだね。……ここでボクたちを逃がしてくれる相手だから逃げる? キミの言葉は絶対に正しい。でも、それじゃ結芽に早く会えないじゃないか」

 肩越しに、真希は言った。

 

 「なっ、たったそれだけの理由ですの!」

 思わず目を見開いて寿々花は驚愕の色を浮かべる。まさか、真希がここまで馬鹿だとは思わなかったのだ。――だが。

 

 「呆れたかい?」真希の声音はどこまでも落ち着いている。ヤケを起こしている訳でもない。冷静に、ただ自分に従い素直な気持ちで相手と対峙しているのだ。

 

 だから、寿々花は肩を竦めて柳眉をハの字に寄せ苦笑いをする。

 「……ええ、本当に呆れましたわ。まあ、それでも真希さんらしいのは悪くありませんわよ」

 《九字兼定》を一度収刀し、再び鯉口を切って銀色を閃かせる。真希と行動を共にしたのだ。彼女のやり方に付き合うのは理屈でなく心の部分で決めた。共にあろうと刃で示す。

 

 

 

 

 実篤は、侵入者の気配がする方向を何度も気にかけながら目前の刀使を、巨体から見下ろす。

 「……貴殿たちの躰にもノロの匂いがする。受け入れたのか?」

 このタイミングで敵に向かって事実確認しようとする意味が解らない、しかし――どこか気に掛かるように尋ねる。

 

 「ああ。ボクたちの意思でノロを受け入れた。それがどうした?」

 真希は構えを崩さず、靴底を浅く削って間合いを測る。

 

 「愚かな。……最早刀使ではない。それは、最早刀使でないと同義だ。――ここで貴殿たちを切り刻む。それが〝救い〟だ」

 

 実篤は湾曲した刃を双つ右腕を伸ばし、左腕を曲げて頭上に掲げる独特の構えで静止した。

 

 

 

 先程までの斬り合いと異なる、〝御門実篤〟という男の本気。

 

 

 透明な殺意の膜が何重にも巨躯の男の周囲を包み、裁縫針のような鋭いプレッシャーを肌に容赦なく突き刺す。

 剣を構え、向かい合った者だけしか解らない、実力の世界。

 

 

 

 いつの間にか、真希の額には滂沱の汗が流れていた。

 ノロの力を活用しようと、意識的に「欲望」を探ろうとする。危険な手触りな筈の《ノロ》の活用ですら及びも付かない、目前のプレッシャー。

 

 

 ――死ぬ。

 

 脳裏に稲妻のように閃いた不吉な文字。そう悟った時、これまでに味わったことのない畏怖が溢れて胃袋から悲鳴に似た感情がせり上がるのを感じた。

 

 

 「南無阿弥陀仏。せめて、丁寧に弔われるよう計らう。……しかし、手加減はせぬ」

 赤銅色の皮膚から青筋の血管が幾重も浮かび上がり、龍騎した筋肉が脈動する。およそ凶暴という概念を人型にして彫刻すると、彼になるのではないか――そう錯覚させる凄味があった。

 

 

 ズドォオオオオオオオオオオン、とドーム状になった空間に激しい音と揺れ、そして粉塵が舞い上がり反響した。

 

 2

 「なっ!?」

 真希は、思わず警戒を解いて激しく崩落した天井の一部分へと視線を注ぐ。

 

 巨大なひび割れと亀裂が天蓋を幾つも亀裂を走らせ、卵の殻を砕いたように穴が穿たれていた。自然に崩落したとは考えられない。……作為的な、人間の手による破壊だ、と直感的に感じた。

 

 天蓋に穿たれた部分の空洞は、人がひとり通れるだけの小さなものだった。この地下坑道の経年劣化、というには都合のいい壊れ方だった。

 

 

 しかし、この突然の破壊に驚いたのは真希や寿々花だけでなく、地下の番人を称する御門実篤も同様だった。一瞬にして敵意を真希と寿々花から外して、生き物の気配がする方へと変える。

 

 「――何者だ?」

 青龍刀の剣尖を煙幕のように覆われた砂埃に隠れた〝人影〟へ鋭さを合わせる。

 

 今まで、この七〇年近くこの場所を守り続けた彼にとって青天の霹靂であった。有り得ない状況というものはこれまでにもあった。しかし今度のような出来事は例外だった。正真正銘、有り得ない、例外の出来事だった。

 白目を剥いた双眸で、口を固く結び相手を睨む。

 

 

 

 『ゲホッ、ゲホッ、……ったく、なんだあのクソじじい。嘘こきやがったな! ったく何が〝ここから飛び降りればへーき〟だ! 全くへーきじゃねーぞ!』

 誰かに対して激怒をしていた。かなり幼稚な内容の、しかも間の抜けた声。

 

 

 

 

 その時、遠くから推移を見守っていた此花寿々花は反射的にピーンとその声に閃きがきた。

 「百鬼丸、さんですの? どうしてここに!?」

 呆気にとられたように、面識のある人物の名前を口にする。

 

 

 ヴォン、と砂埃の煙幕をひと振りの轟音が払い去る。

 「おん? ああ、お久しぶりだな寿々花! あれ? 真希もいるのか。珍しいなこんな所で出会うとは――ま、いっか。そんでそこのおっさんは誰だ?」

 陽気な声音で百鬼丸は腰に佩いた鞘から《無銘刀》を煌かせる。

 

 静かに百鬼丸少年を睥睨した、番人、御門実篤は厳しい視線を向ける。

 「何者だ――?」

 

 

 その敵意が百鬼丸に伝播し、瞬時に現状を把握させた。自らに向けられる敵意は慣れている。どのよな種類であれ、殺気が篭っていれば丁寧にお返しするのが百鬼丸のモットーだった。

 

 「ああ? おれ? おれの名前は百鬼丸。タギツヒメに四十八箇所喰われた男だ。覚えておけ」

 不敵な面構えで、禍々しい赤霧の妖気を放つ《無銘刀》を二メートル近い身長の敵へ見せつける。

 ベロを思い切り出して、舌なめずりをする。

 「お前を半殺しにしてから、色々と聞かせてもらうぞ」

 

 

 

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