刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第136話

 

 

 宮本武蔵――と言えば、日本で最も有名な剣豪の一人だろう。しかし、その出生などは謎が多い。彼、宮本武蔵は美作の宮本村の生と言われている。

 彼の創設した兵法の書物『五輪書』によれば、本来我々が想像する「太刀ふた振りによる剣術」ではなく、「太刀と脇差」による方法である。

 

 その証拠に、宮本武蔵と言えば最も有名な絵がある。……宮本武蔵自身が描いた自画像の掛け軸である。そこに描かれた彼は、赤い羽織に白襦袢姿であり、右手には太刀、左手には脇差を握っている。

 これが示す通り本来二天一流とは長短の刀による戦闘方法であると言える。

 

 しかし、それは通常の金属から生産された刀と人間が使う技である。

 こと、異能の力を秘めた「御刀」とその力を引き出す清らかな乙女の「刀使」にはその常識は通用しない。この御刀と刀使は折神家が統括している。

 折神家は古来より、朝廷より御刀と「ノロ」の管理を任された伝統ある家柄である。

 折神の名を継承する当主の刀使たちは、複数の御刀に見初められる事があった。

 

 ――――長刀ふた振りを基本とした二天一流

 

 異能の力を最大に引き出しつつ、その力を制御しきって武芸へと落とし込む。至難の業と言って良い。

 

 

 

 1

 

 …………それを、この目前の御門実篤が作り上げた。

 恵まれた長身に均整のとれた筋肉。

 およそ常人離れした膂力に、荒魂に食い荒らされた肉体を自然に回復させる治癒能力。刀使でもないこの化物は一体、どうして嘗て〝人間だった〟ということができようか。

 

 

 

 しかしそんな複雑な背景を知らない、対峙する少年は周囲へ一瞥をくれた。

 「しっかし、暗い場所だな。面白いか? こんな所にずーーーっと居て?」

 百鬼丸は頸を軽く回してストレッチしながら皮肉っぽい口調で挑発する。

 正眼に構えた《無銘刀》は邪悪な妖気を漂わせ、その刀身に細長い葉脈のような赤い筋を幾重も伸ばしていた。

 金鍔が、キラリ光る。

 「ふぅうううううううううっ」肺に溜まった空気の残りを全部吐き出して、再び吸い込む。

 

 

 かつて「御門実篤」という名前だった男は白目を剥いたままの両眼でゆっくり余裕をもって眺める。

 この少年は、一見痩身だが……被服に隠れた肉体は鍛え上げられた筋肉を内包しているのだと理解できた。身のこなしこそ粗暴であるものの、動作の一切が無駄のない効率的な動きである。まるで野生動物のようだ、と実篤は思った。

 

 

 事実、百鬼丸は可奈美による軽い剣術指南によって剣術や武術の基礎基本は学んだ。――とはいえ、初歩の中でも初歩の部分だけであるが。

 両踵を浮かせ、つま先で上下に運動し、タイミングをつくる。

 百鬼丸は口端を曲げた。

 片足の大腿部に内蔵された「リボルバー方式の加速装置」を確認しつつ、左腕に収まる《無銘刀》の力を呼び起こして〝写シ〟を体表に貼る。

 

 この、刀使にしか使えない〝写シ〟という防御術式は「躰に白い膜のようなモノで斬撃などを身代わりに防御」する方法である。無論、攻撃の激痛などはそのままであるが…………。

 

 

 

「成程、貴殿は……剣士ではなく戦士なのだな?」

 実篤が鋭く百鬼丸の本質を言い当てる。

 

 「へぇ、ご明察」

 嬉しそうな声音で狂ったような微笑を浮かべる。

 

 剣士とは剣術による求道者であり、戦士とは戦闘において「どんな手を使っても勝つ」ことを目的とした人間である。

 

 本来、百鬼丸は戦士であり、しかも狂戦士が百鬼丸という少年の性質である。

 女子のように黒く長い百鬼丸の髪に、白い毛が何本も混じっている。

 《無銘刀》の影響であろう。

 隠世に引力のように惹きつけられている、百鬼丸は最近そう思うことが増えた。

 

 (だから何だ?)

 百鬼丸は自らの心に芽生えた不安を一瞬のうちに捻り潰した。

 莫大な力を得る代償は必ずある。世界は残酷だ。無償で何かを得られるほど甘くないことは、これまでの人生でイヤというほど味わった。

 

 

 

 乱雑に束ねた黒髪がなびく。

 「――行くぞ、おっさん」

 百鬼丸がニタニタ笑い、告げる。

 

 

 

 「よかろう、こい」

 前に青龍刀を双つ掲げ構えた実篤が同意する。全神経を敏感に鋭敏に、周囲へと張り巡らせる。この偽りの肉体で七〇年以上もこのドーム状の空間を守っていた。

 今更恐れる理由がない。

 

 ――――筈だった。

 

 

 

 まず、最初に感じたのは滝の瀑布に似たエネルギーの放出だった。

 しかもこれまで感じた事のない邪悪な思念と怨霊のような不吉な殺意たち。

 (なんだこれは?)

 思わず、心が凍った。

 

 しかし、そんな思索を許す暇もなく、鋭い殺意の刃が気が付くと首筋の背後を狙っていた!

 

 「もらったッ!!」

 背後にいつの間にか回った百鬼丸が空中に飛び上がり、思い切り右腕を後方に力を溜めて斬撃を打ち込もうとしている!

 

 「ヌゥッ!!」

 短く唸り、実篤は青龍刀を盾に首筋を守り、もう片方の腕で百鬼丸を仕留める斬撃を与えた。

 半身が傾き、青龍刀の突撃が襲いかかる。

 

 「チッ、クソッ!!」

 舌打ちをして百鬼丸は身軽に轟音の鳴る青龍刀を宙で寸前躱すと、鼻先を鋼が掠める。

 中途半端な力の刃は青龍刀に阻まれ、百鬼丸は一度片足の足裏を相手に向けて逆噴射した。

 

 蒸気が一瞬気体の塊が現れ、即座に霧散した。

 

 白く霞む視界が晴れたとき敵の姿は遠くの壁に這っていた。

 「中々変わった戦い方だ……。」素直な気持ちで実篤は、賞賛を送った。

 これほどまでに相手を〝殺す〟ことに重点を置いた刃と意思を実篤は知らない。この少年は想像以上の強敵である、そう痛感した。

 

 

 

 ドームの側壁に両足をつけ、屈んだ姿勢の百鬼丸は頸を軽く振って、

 「ああ、そうかい。おっさんの反応速度――やべぇな」

 百鬼丸も同様、敵の力量に敬意と…………新たな闘争本能の泉を湧かせた。

 

 

 

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