刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第137話

 

 さっさと決着をつけようと慢心していたようだ――、百鬼丸は歯噛みする。背後をとった一撃を完璧に決めたと思いこんでいたのだ。それを簡単に防がれた。

 「チッ、しくじったか――。ま、いっか」

 百鬼丸は《無銘刀》を側壁の隙間に突き刺し、壁を足場に張り付いていた。

 キィイイイイイイン、と機械の起動音が騒がしい。耳鳴りのようだった。しかし、それに構わず、百鬼丸は目を細めて二刀流の大男に狙いを定める。

 

 普通に剣技を繰り出しても勝算は見えない。だとすれば、簡単――――。

 

 (卑怯な手を使ってでも奴をブチ殺さねーとなぁ……)

 脳内で幾つもの自身の敗北が繰り返される映像が思い浮かぶ。その度、最善の方法を瞬時に構築しては訂正を試す。

 

 《ははは……百鬼丸くんは本当に戦闘には誠実な男なんだなぁ》

 胸の奥底で男の陽気な声が響く。彼の心臓に人格がトレースされたテロリスト殺人鬼「レイリー・ブラッド・ジョー」の愉快そうな声だった。

 

 額に青筋を浮かべ、

 「チッ、うっせぇ黙れ」低く恫喝する。

 本来、百鬼丸とジョーは因縁の宿敵である。簡単に打ち解けるなど有り得ない話だった。

 《おいおい、ひどいじゃないか。せっかく作ってあげた加速装置のお礼さえ聞いてないぞ?》

 「うるせぇ、てめぇになんぞ絶対に言わないからな」

 《……ま、いいさ。それより彼は相当の強敵だね》

 「…………。」

 百鬼丸も思わず、内心で同意した。

 あの二刀流は隙が発生しない。つまり、完全に手がない状態だった。詰んでいる……もし仮に現状を打破する方法があるとすれば――――

 

 《刀圏》

 これしかない。

 自身の半径数メートルに「必ず斬撃で切断する領域」を発生させる技である。

 これはまだまだ未完成の状態である。ある一定の間合いを完全な斬撃の領域とする方法とは、つまり神の御技に等しい。

要するに、絶対的な防御と攻撃を兼ね備えた技である。

 『ヒヒヒ、百鬼丸。おめぇさん勘違いしてるぜ……無心に〝なろう〟としているな。無心に〝なろう〟としてる時点でいけねぇよォ』

 以前、山奥でこの《刀圏》を学んだ際に、師匠の琵琶丸が告げた言葉が突然に甦る。

 

 無心になろうとするな? どういう事だろう。

 百鬼丸は修練を続けながら常にその不可解な言葉の意味について考えた。

 しかし、結局意味すら見出せなかった。

 

 

 

 『百鬼丸はさ、なんでそんな〝殺意〟を漲らせるのかなぁ? 剣って本当は楽しいものだよ?』

 不意に、藤原美奈都――可奈美の母が語ったセリフが脳裏に過る。

 可奈美の夢の中に現れる彼女に何度か剣技のレクチャーをうけた事があった。その際、百鬼丸は「抜刀術」と「居合術」を教わった。

 

 この両方の技術によって、「レイリー・ブラッド・ジョー」を討ち果たしたと言っても過言ではない。

 その方法を、この《刀圏》に組み合わせる。

 

 最適解が導き出された。

 ニィ、と百鬼丸の口角が自然と釣り上がる。

 「へへへっ、そういう事かよ。――おい、聞けデカ物! てめぇを料理する方法を思いついたからおとなしく切り刻まれろ。それがイヤならさっさと切り刻まれろ!」

 大きく叫ぶ。

 理不尽な発言で百鬼丸はあくどい笑みを満面に浮かべる。

 

 

 

 遠く離れた御門実篤はゆっくりと腰を落とし、青龍刀を構え直す。

 「先程と異なり、貴殿から溢れる雰囲気には〝剣圧〟が感ぜられる……。よいだろう。もとより剣の道のみしか小生は生きる術を知らなかった。貴殿、百鬼丸と言ったな?」

 

 「――ああ」

 

 「貴殿は小生と同じ匂いがする。……人の世の中では絶対に馴染むことはない。我々はこの地下のように暗黒の世界にいるのが正解だ。そうすれば、謂れのない偏見や差別孤独に自らの精神をすり減らさずに済むのだ。もう、貴殿も解っているのだろう?」

 

 実篤の問いかけに、百鬼丸は思わず目を見張った。

 「…………ああ、そうだな」

 俯き加減に、少しだけ寂しそうな表情を横顔に貼り付ける少年。

 軽く左腕を噛んで、上膊に円形の隙間をつくる。義手の肉鞘が音を立てる。銀色に冷たく輝いた刀身が微かに燦く。

 

 「だな、おれたちバケモンは一生表舞台に上がっちゃいけねぇもんな――」

 再び顔を上げると、長い前髪の間から刺すような視線と冷たい表情が覗いた。

 

 必然だった……彼、御門実篤の言葉と問いかけは百鬼丸にとって再確認でしかなかった。ただ、似たような境遇の者にしか分からぬ感情だけが、ヒシヒシと少年の心に伝わったのだ。

 

 

 「おれら、どうせ哀れな獣同士――死ぬまで無様に踊り続けようぜ!」

 片足の膝を強く曲げる。カチッ、とスイッチが入ったように大腿部に格納されたリボルバーが回転し、蒸気を盛大に白く散らす。

 百鬼丸の身体が側壁から俄かに浮遊した。

 

 

 

 

 

 2

 自衛隊市ヶ谷基地の最奥に設えられた社。

 そこに鎮座する《タキリヒメ》は、益子薫のペット、ねねの記憶を追体験していた。

 「――この者たちが消したというのか?」

 思わず口をついて出たのは、これだった。

 ねね……という、本来凶暴な荒魂である筈の生き物が長い悠久のときを経てこの姿になった。しかし、どの時代にもいつも傍には「刀使」の姿があった。

 彼女たち人間の寿命はとても短い。無限の時間を生きるタキリヒメやねねのような荒魂たちに寿命の概念はない。

 それにもかかわず、刀使は人を何代も変えたとしても常に傍にいた。

 「お前の中の穢れを長き時をかけて…………」

 人間が、〝ねね〟という荒魂の孤独を癒していった。

 そう考えるのが自然である。

 タキリヒメは改めて、指先で摘んだ「ねね」という生き物を眺める。

 「ねね~っ、ねね~っ!」

 足をバタつかせて指先から逃れ、タキリヒメの豊満な胸元へと潜り込む。

 「ノロを、穢れを祓う事など決してできない筈だった。だが、人は祓ってのけた。短命で種として不完全な存在が――ただ共に生きるという単純な方法で……」

 「ねね~」と鳴きながら、ねねはタキリヒメの胸に頬擦りをして甘える。

 それを不快に思うことなく、ねねの頭をタキリヒメは撫でていた。

 「そのような事がありえるのか……? その奇跡のような可能性が……」

 

 

 『その、お互いによく見れば……荒魂のことも人間のことも良く知り合えるんじゃないかなぁ――と思って…………。』

 ふいに、先程会話をした刀使の少女が記憶に甦る。

 

 …………確かに、そうかも知れない。

 

 タキリヒメ、という人という劣った存在を「支配」することでしか考えられなかった彼女の考えが俄かに変わったのである。

 人という存在についてもっと興味が出た。知りたい、と思うようになっていた。

 先程の、あの刀使は他になんと言ってただろう?

 

 『太刀合ってもらえば、分かり合えると思うんです……。』

 

 太刀合い――――。

 そんな単語が頭に浮かび、無意識に胸元に埋まった頭を撫でようとして……そこに、ねねがいないことに気がついた。

 

 

 「……?」

 果たしてどこに行ったのだろう? 突然に姿を表して、突然に消えた。どこにも気配が感じられない。恐らくどこかえ帰ったのだろう、そう納得した矢先だった。

 

 シュッ――と、この巨大空間に唯一ある扉の開閉する機械音が聞こえた。誰かがこの内部に入ってきたのだろう。

 タキリヒメは、椅子から立ち上がる。社の中心から床にまで続く木製の階段を一段ずつ降りてゆき、その侵入者を出迎える。

 

「えっ?」

 侵入者の正体は――衛藤可奈美だった。

 彼女の右肩には、いつの間にかねねが乗っかっていた。恐らくねねが可奈美をここに導いたのだろうか。

 しかし、可奈美は状況が飲み込めず、一瞬驚愕の色に表情を染め、ついで強ばった面持ちで警戒するように腰に佩いた御刀に手をかける。

 

 

 「抜かぬのか――? お前は我との太刀合いを望んでいた筈だが?」

 先程の言葉の真意を確かめるように、タキリヒメは告げる。

 

 

 「は、はいっ!」

 驚愕した様子だったが、すぐに相手の求めるところを察した可奈美は御刀《千鳥》の鯉口を切り、正眼に構えると《写シ》を体表に貼る。

 

 

 

 と、同時に可奈美は機先を制し大上段から思い切り振りかぶる。

 打ち込んだ一撃は鋭く、並の刀使であれば終わっていた……が、相手は〝神〟である。

 易々と斬撃を受け流して反撃の刃を繰り出す。

 可奈美は切り払われた剣を再度、同じ威力で横薙ぎに振るう。

 対峙する相手が例え〝神〟であろうとなかろうと、衛藤可奈美という少女には一切関係がない。なぜならば、剣を握り合わせることができるならば誰しもが平等であり、また相手の本質すら理解できる――少なくとも、可奈美はそう思っていた。

 

 事実、切り結ぶ中で可奈美の頭には大海のイメージが拡がっていた。

 

 タキリヒメは高速で移動し、間合いを変えようとした。

 

 すかさず迅移を用い、可奈美は反応して加速する。

 

 両者の剣技が合わさり、足運びも含めまるで舞踊のようだった。人と神が奏でる多層の音楽。殺戮の道具ではなく、単なる金属でもない――いわば会話をするためのかたち。

 

 

 ――そして、遂に二人の運動が停止した。

 

 首元に同時に刃を突きつけあったふたりは、視線を絡めて水平に刃を構える。つまり相討ちであった。

 

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