刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第139話

 黒炎に焙られたような太陽が、歪に中天に昇っている――。

 それまで空を覆ってきた分厚い雲は溶けた綿菓子のように、層を薄くしていった。禍々しい紅の色が、雲間から拡がっている。……

 

 世間は恐らく、この異常気象にも何らかの理屈をつけて説明するに違いない。しかし人間は本質まで見抜けない。なぜならば、自分たちのレベル以上の現実には、必ずその理屈をつけて誤魔化す。――意味なんてものは初めからないのにも関わらず。

 

 吹きすさぶ荒々しい風が、東京のビル群の間を縫うように吹く。

 「……奴(百鬼丸)はここか」

 凍えた眼差しで、アスファルト地面を見下す。彼の佇むのは東京駅のすぐ近くを通る道路であった。無論、多くの車が行き交う――交通量の多い場所である。

 この付近には地下鉄もあり、更に地下空間の煩雑さは予想できない。

 ……が、彼は人ならざる遥か彼方の異星人である。

 己の肉体に流れる「百鬼丸の肉体」と同調した感覚を追えばよい。

 その感覚を研ぎ澄ませ、辿る。地面の遥か下に百鬼丸が〝確実に〟居る――。

 ジャグラーは、ひと呼吸を置いて亜空間から、剣を引き抜く。

 『蛇心剣』

 それが彼の手に握った武器の名である。

 あたかも、百鬼丸の手にした《無銘刀》と同質の禍々しさを秘めた刀身であった。

 「くくくッ……あははは……久々だぁ……漸く暴れられる!」

 哄笑を高らかに響かせ、腹の底からわらう。

 

 

 

 『おい、そこをどけッ!』

 ジャグラーにクラクションを鳴らすトラックと、その後続車の群れに、ようやく気がついた。不機嫌そうに、口を曲げ低い声で呟く。

 「ああ、せっかくの気持ちの高揚も台無しだぁ……」

 舌っ足らずの言い方で、剣を一閃――横薙ぎに振るう。

 トラックは熱せられたナイフで切るバターよりも簡単に、三日月の斬撃が大型車両を真横に両断した。

 間髪を入れず、車両のタンクに充たされたガソリンが揮発し、熱波に感化され爆発を引き起こした。

 ――しかし、火炎は全て蛇心剣の刀身が吸い込む。まるで、生き血を啜る蛭のように。

 破砕された破片はすべて塵屑のように外気に舞い上がる。

 衝撃波に煽られた後続車は最前の車両の有り得ない光景をまざまざと見せつけられた。

 

 

 

 悲鳴――すら、上がらなかった。

 ジャグラーの左腕には、先程の怒鳴り声をあげたドライバーの頸を掴んで宙吊りにしていた。

 「もう一度、言ってみろ」

 低く凄んだ。

 しかし、その脅し文句は聞こえなかった。ドライバーは強く首を掴まれ口から泡を吹き出して失神していたのである。五本の指が首に食い込んでいた。

 

 ジャグラーは興味が失せたように硬直したドライバーを乱暴に地面に投げ捨てた。

 煙幕は一瞬、彼の姿を霞ませた。

再び姿を現した時、彼の半顔は人であり、もう片方は青緑色の細長いソリッド形状をした目である。兜のような尖った橙の角に、頑強な輪郭線。

 明らかに、人間のものではない。

 「この地層が邪魔……か」

 物理的な閉鎖空間を突破するには方法は一つしかない。即ち、「怪獣」による突破である。

 

 空間を破る怪獣ならば幾らでもいる。

 ――ジャグラーは、様々な考慮など捨て去り直感のままにダークリングを左手に握り、一言だけ、

 「バキシム」

 と、怪獣の名前を唱えた。

 

 ……この怪獣を呼び出した理由は至極簡単であった。

 バキシムという二足歩行の怪獣は、出現する際に「空を破って」現れる。即ちこのダークリングによって召喚される場合――ジャグラーを固定座標として、姿を現す。

 しかしジャグラーのこの世界における肉体は「百鬼丸の肉体」によって構成されている。

 つまり、百鬼丸の居場所もまた「ジャグラーの位置座標」として認識される。

 

 百鬼丸とジャグラー。

 両者の存在が、このバキシムという怪獣の発生時に生じる「空を破る(時空を破る)」現象に作用する――そう考えた。

 

 

 果たして、その理論は半ば成功した。

 ダークリングによる呼び寄せに応じた怪獣は、予想通り時空を突き破るように、ガラス片のような空間の断片の穴からやってきた。

 

 と、同時にこの時空を破った現象に引きずられるように地面に巨大な穴が自然と穿たれた。陥没したコンクリートが熱湯に溶ける砂糖のように瞬間的に消えてしまう。

 その状態が更に下の地層にも連鎖してゆき、百鬼丸の居場所である地下一二〇メートル付近にまで達した。

 固定座標が二つである為に、怪獣の出現は不安定さの塊であった。

 「今だッ!」

 ジャグラーはこのタイミングを見逃さず、鋭い斬撃を刀身から放つ。

 

 ポッカリ空いた穴に吸い込まれるように三日月型の斬撃が遥か下界に落ちていった。

 

 (これで奴が死ねば、オレが元の次元に帰れる……)

 ただ、その一心でジャグラーは巨大な穴の縁に立って、下を見る。

 人間離れした目が、百鬼丸の肉体を傷つけた証拠を確認した。

 

 ニィ、と自然――笑みがこぼれる。

 遥か彼方下では、何人かの影が認められた。しかし、重要なことは人間の数ではない。

 

 胴体に裂傷を負った人影――が、あった。仰向けに倒れ皮膚を食い破るほどの負傷者を、ジャグラーの両目が確かめた。

 

 「あはははははははは!! よしっ、ようやくこれで帰れるっ、あはははは!!」

 再びの哄笑が喉から迸る。

 

 

 『貴様は何者だッ――』

 

 そんな声が聞こえた。

 通常では有り得ない一二〇メートルの落差がある場所からの叫び。

 しかし、明瞭にその叫びはジャグラーの耳に届いた。

 ふんっ、と心底馬鹿にしたような顔つきで声の主へと名乗ることにした。

 

 『どうも、ごきげんよう。……突然で恐縮ですが……そこにいる百鬼丸を、ここで殺させてもらいましょうか。このバキシムで』

 

 冷淡に告げた口調だったが、内心はおかしさでいっぱいだった。

 

 

 もう、この世界に居なくてもいい。好き勝手に暴れてやろう。帰るまでのせめてもの余興だ――半ば、興奮状態に陥った彼は冷静な判断を失っていた。

 

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