刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第14話

 六畳半ほどの和室を見回しながら、

「えっと、しかし随分と病人の対応とか手際がいいな」

 気まずい空気を破り、視線を宙に浮かせる百鬼丸がきいた。

 布団の傍、畳に端座した姫和がちらり、と百鬼丸の方向に一瞥をくれる。

「別に。私の母も長患いだったから、その習慣だろう」

「――ああ、そうか。お母さんが、ね。それで今は?」

一瞬表情を硬くしたが、すぐに平素の顔に戻り、

「去年亡くなった」

 淡々と言う。

「あ……」

 さらに空気が重くなった。余計な詮索などしなればよかった、と百鬼丸は悔やんだ。

「す、すまん。余計なことを聞いて……」

「いいや、平気だ。それより、粥が冷めるからはやく食べろ」

「ありがとうございます……」

 百鬼丸は改めて姫和を横目でみる。

「……? どうした?」

 不審そうに目を細めた。

「い、いや~。おれ今四肢が上手く動かせないから犬食いになっちまうんだよ。だから、それは流石に恥ずかしいから、部屋を出てって欲しいな、と思いまして、ね」

 アハハ、とから笑いしながら羞恥を誤魔化す。

「犬食い?」

「えっと、だから器にそのまま顔突っ込んで喰うんだよ。下品だが仕方ないだろう」

 こんな事を説明させるのは、一体なんて羞恥プレイだ、と百鬼丸は思った。

 しかし姫和は、はぁーっ、と大きく溜息を漏らす。

「なんだ、そんなことか」

「い、いやそんなことって……他人に見られるのは結構な勇気がいるぞ」

 だから、今すぐ部屋から出てってくれ、と言おうとした。

 ……だが。

「だったら、私が匙で掬って食わせてやるから口を開け」

「へっ?」

 突然の申し出に驚きを禁じ得ない。マジマジと相手を凝視する。

 トンデモ発言をした張本人はきょとん、とした表情で首を傾げている。

「……どうした? 要らないのか?」

 膝の上に木盆と小さな土鍋が置かれていた。彼女が蓋を開くと、軽い白湯気が上がる。

「い、いや。お腹は確かに減っているから……ありがたく頂くよ」

「そうか、じゃあ口を開け」

 そのセリフ、一度も行ったことはないが歯医者さんみたいだな、と百鬼丸は思わず連想した。

 「まじですか?」

 目線を逸らしながら、確認する。

 「当然だ、はやくしろ」

 相手はどうやら真剣そのものらしい。木匙で粥をひと掬いしている。う~ん悪意がない分よりタチが悪いぞ、と百鬼丸は思いながらも空腹には抗えずに、観念して口を開いた。

 「よし、いいぞ」

 半開きになった百鬼丸の口に木匙を運ぶ。上唇に当たり口端に粥の溢れた一筋が残った。

 「おい、もっと大きく開け」

 すぐにティッシュで百鬼丸の口を拭うと、短く叱責した。

 「あ、はい」

 咀嚼しながら百鬼丸は渋々頷いて指示に従う。

 (そういえば、病人食なんて久々に食べたなー。なんというか介護? されている老人の気分だな)

 別の感慨を持ちながら飲み込む。

 「塩加減はどうだ?」

 「ん? いや特に問題ないです……」

 「そうか」

 (いつもと、雰囲気が違ってやりにくいなぁ……)

 そう思いながらも、咀嚼して飲み込む。この繰り返しをしながらあることに気がついた。飲み込み終わったあと余裕をもって粥がくるのだ。完全にこちらのタイミングを見計らっているようだった。

 「やはり、随分手馴れていらっしゃいますね」

 「なぜ、敬語なんだ?」

 「いや~なんとなく」

 なんだそれは、と百鬼丸の言葉に呆れた。それから、手元の匙を途中で止めた。

 「……先程、母の事を話したが、病気の末期になったときに丁度食事の補助もしていたんだが、まさかこんなところで役に立つとはな。お前のおかげで思い出した」

 苦笑い――というには余に寂しそうな声音だった。

 百鬼丸は何もいうべきではない、と悟った。けれど自然と口をついて喋っていた。

 「――本当に助かる。以前は、肉体が戻る時は暫く人目につかない所で隠れてやり過ごしていたから、なんというか……誰かに助けられる経験というのが新鮮で、な。多分、お母様も助かっていたと、おれは思う」

 素直な感想だった。

 一瞬、姫和は大きく瞳を見開いたが、やがて肩から息を少しずつ抜いて脱力する。

 「そうだといいな……」

 複雑な様子だったが、それでも僅かに追憶するその目に喜色が浮かんでいた。

 「それにしても、へんな奴だ」

 ぷっ、と吹き出す。

 「よく言われる」

 百鬼丸も応じた。

 がらっ、と襖が開かれた。

 「あっ、百鬼丸さん起きたんだ! よかったー。そういえば私重要なこと聞いてなかった」

 「なんだ?」

「百鬼丸さんの流派って何? 荒魂を討伐する時に見せてくれればよかったのにーって後悔してて」

 目を輝かせて可奈美が饒舌に喋りだす。

 「おれ? おれは我流だ……。先代百鬼丸もそうだったらしい。といっても四〇〇年前だけどな」

 「四〇〇年前、っていうと丁度荒魂の発生時期と同じなんだね」

 「だな」

 「へーっ、そっか。我流なんだ。ねぇ、一度手合わせして欲しいけどいいかな?」

 「えっ? 構わんがおれは今まで荒魂退治専門でやって来たから対人戦は苦手なんだ」

 「なーんだ、だったら私が教えるから、ね?」

 「……わかったよ、本調子に戻ったらな。その時はよろしく頼む」

 「うん! あ、そうだ、私も食べさせてあげるね」

 ふたりの様子を眺めた可奈美が無邪気に提案した。

 「え?」

 そういうと小走りで台所からスプーンを持ってきた可奈美が、布団の傍まできて畳に膝をついた。

 「はい、百鬼丸さん。あーん」

 ビュン、と素早く円形が口の中に突っ込まれる。

 「おい、可奈美、なにしてる?」

 姫和が咎めた。

 「えっ? なにかまずかった?」

 少し考える様子だったが、

 「いや」

 即否定。

 そして二つ同時に匙が百鬼丸の口の中に突っ込まれる。

 「もぐっ、ごがっ………ごほっ…………ごほっ」

 当然むせた。

飲み込み終わると、

 「おい、君たち! いいか、人間は普通両腕があっても両手でお箸をもって食事する奴がいるか? 両手でスプーンをもって飯を食うか? どっちも居ないだろそんな奴! おれを殺す気か! なぜ、どちらか片方が譲らない」

 思わず突っ込んだ。

 しかし、

 「そうか」

 「ふーん」

 百鬼丸渾身の演説は無視。ふたりは無関心そうに匙を百鬼丸の口の中に再び突っ込む。

 (なんだ、この地獄は!)

 目を白黒させて百鬼丸は食事を終えた。

 終えてから、

 「悪夢だ」

 百鬼丸はげっそりとした顔で呟いた。

 

 2

 「ただいまーっ、てあれ? 部屋が綺麗になってる?」

 恩田累が帰宅早々に驚きの声を上げた。

 台所で皿洗いをしていた姫和と可奈美が顔を見合わせる。

 「ふたりで片付けたんです」

 可奈美が元気溌剌に答える。

 「……っと、あの和室に転がってる少年は?」 

 累は奥の襖の開いた部屋を見ながらいう。

 「ふたりで片付けたんです」

 可奈美が再び答える。

 「えーっ、そうか」

 どう反応していいか分からず曖昧に相槌をうつ。

 思わず、

 「おい……その言葉に違和感をもて……」

 百鬼丸が丸まった背中で弱々しく叫ぶ。

 「あ、テーブルに食事が! おいしそうね!」

 無視。

 累は上着を脱ぎながら、弾んだ声をあげる。

 「おれの扱いひどくない……?」

 百鬼丸は精神にもダメージがまわった。

 そんな彼をお構いなしに、

 「姫和ちゃんがつくったんです」

 「すっごーい、女子力高いのね」

 「……別に」

 なにやら、雑談が始まった。

 その会話を聞きながら、百鬼丸は「オマエラ、女子力(物理)の方が高いだろ」と言い添えた。当然、姫和にケツを蹴っ飛ばされた。

 

 食事を終えてから、お茶を啜った累が、

 「そうだ。あとでみて欲しいものがあるの。襖の奥の君も動ければでいいけど」

 視線の先の百鬼丸は布団に丸まったまま動かない。

 「――なにか、嫌な気配がくるな」

 突然、その百鬼丸が真面目な口調でいう。

 「追っ手か?」

 姫和が訊ねる。

 「……まだ分からん。荒魂の可能性もある。とにかく気をつけろ。おれもあと少しで動ける」

 「わかった」

 累が、

 「じゃあ、二人共ちょっと付き合ってね」

 と言って廊下の奥の部屋へとつれていった。

 

 部屋にひとり残された百鬼丸は、

 (妙だ。あの親衛隊といい、気分の悪い感覚を纏っている……何なんだ?)

 目を眇めながら奥歯を噛み締める。……怒りによって。

 

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