刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第140話

 遥か下方に見える腹部の破れた百鬼丸を一瞥し、

 「弱い、弱い、弱いッ…………まさか、そんな程度でこのオレを煩わせたのか?」一人苦々しく呟いた。

 男の名を――ジャグラーと言った。

 元は別次元の来訪者であり、理由(わけ)あってこの世界に顕現した。異質な存在である。

 額に幾重もの青筋を浮かべた男は、怨嗟に近いものを口から吐き出していた。

 「なぜだ? なぜそんあにもお前は弱い――? これでオレが仮にお前を殺しても……何も得られない!!」

 不思議な飢渇感だけが胸を襲う。

 嘗て、あれほど憎んでいた「男」を思い浮かべ、その姿を仰向けに倒れた少年へと重ね合わせていた。

 

 ――……やはり、人は脆い。

 

 心のどこかで、ジャグラーは思った。

 人は脆い。人は弱い。人の寿命は短い。人は……人というのは…………。

 

 (なぜ、ガイは人を愛した? なぜこんなにもちっぽけな存在を、どうして愛せるんだ?)

 銀河を巡る肉体と寿命を持つジャグラーにとって、人という地球に棲む生き物に特別性を見いだせずにいた。

 人を愛することには、どんな意味があるのか?

 『貴殿、一つ訊ねたい。何故我らの戦いを遮った?』

 地下空間の遥か彼方から渋い声の男が、ジャグラーに尋ねた。

 憎々しげに視線を動かすと、筋骨隆々とした禿頭の赤銅色をした皮膚の男が仁王立ちでジャグラーを見据えている。

 「なんだ貴様?」

 『それは此方の台詞だ。――この地下空間の番人をしている。お前は何者だ?』

 ジャグラーは、その男の異様な風貌と物腰に興味を持った。

 「フン。どーせ、この地球ごと滅ぼせば元の次元に帰れる。その前に、そこで寝転がっている少年にオレは用があるんでね。邪魔をするなら、ここでアンタを始末する」

 人差し指を立て、背後に控える怪獣(バキシム)に命令を与える。

 「奴を食い殺せ……。」

 

 

 『ギュピオオオオオオオオオオオオオオオオ』

 と、電子ノイズがかった鳴き声を上げてバキシムは巨大に砕かれたアスファルト歩道の空洞へと歩み寄る。

 破裂した水道管から止めどなく水が溢れ、細い滝のように地下へ流れる。クッキーのように崩れたアスファルトに亀裂が走る。車両の爆発の余波だろうか、気化したガソリンが太陽を微かに揺らめかせる。

 上の様子を覗っていた赤銅色の男――御門実篤は、

 「成程、会話もできぬ粗忽者と見える。良かろう、まずは貴様から手打ちにしよう」

 その鋭い眼窩を瞬き両手に握り締めた青龍島を構える。

 

 

 

 2

 朦朧とした狭い視界から、百鬼丸は正気を取り戻した。否、正確に言えば「連れ戻された」のである。

 右手に掴んだ《無銘刀》が禍々しく嘲笑うように、赤い霧のような瘴気を辺りに漂わす。

 「ゴホッ……ゲホッ……」

 口端から滂沱の鮮血が溢れる。目線を腹部に這わせると、ピンク色の肉が腹部を覆っており、悪臭を放つ内蔵の輪郭が肉襞から見えた。

 「これでも……死ねない、のか。キツイな」

 冗談ともつかぬ様子でひとり笑ってみる。しかし、自分自身で解る。次第に傷口が回復しつつある事を。まるで巻き戻しの映像を再現するように、傷口が少しずつ塞がりつつあるのだ。

 

 『――さん、――さん?』

 誰かが呼んでいるようだ。百鬼丸は漸く、視界の範囲が拡がるのを感じた。

 物凄い形相で百鬼丸の双眸を覗き込み名前を連呼する元親衛隊第二席、此花寿々花が特徴的な青い瞳で百鬼丸の瞳孔を確認する。

 「だ、だいじょ~~ぶっブッ」

 フザけた態度で喋ったから口から盛大に吐血した。

 「あっ、貴方は本物の馬鹿者ですの!?」思わず寿々花は、一瞬言葉を詰まらせ怒鳴った。

 溷濁した頭では現状の判断は叶わぬが、百鬼丸はとにかく顔見知りが居る事に奇妙な安堵を覚えた。

 「その傷口――」信じられないものを見て、言葉を失った真希。

 「おお、お前もか――ゴホッ、イッってぇ……。なんでここに?」

 痛みを堪えつつ疑問を口にした。

 「ボクたちは結芽を救いに来たんだ。そしたら――」

 寿々花の隣にいた真希が視線を動かす。その先にいたのは青龍刀を携えた大男であった。

 「あの男の刃は本当に重かった…………」

 刀使の中でも、折神家親衛隊第一席という重責を担ってきた〝獅童真希〟だからこそ分かる。あの刃には確かに「想い」が込められていることを。

 

 「それよりも傷口が深すぎて普通だったら致命傷の筈ですが――貴方に関しては例外ですわ」

 応急処置を施そうと簡易の救急キットが寿々花の傍に置かれていた。

 「おお、サンキュー。でも……もう暫くしたら平気だ」

 止血用に新鮮な布を取り出し、準備をしていた寿々花は肩を竦めた。それから軽く傷口を抑えて、首を振った。

 「もう常識という尺度では考えない方が良さそうですわね。それに、〝御門実篤〟も別の事に気を取られていますし」

 突如崩落した頭上の天井壁の穴向こうに居る「誰か」と会話をしているようだった。

 しかし、その内容も事情も親衛隊の二人には解らない。

 

 「なぜ刃を交えた時、一瞬君の動きが止まったんだ? あの瞬間がなければ少なくとも奴に止めか……もしくは、頭上からの斬撃も君の実力なら避けることが出来ただろう?」

 真希は、何かに急き立てられるように口早に先程の百鬼丸の様子の変化を尋ねた。

 

 この胸の蟠りの理由は――間違いなく、己自身の不甲斐なさを責め立てるのと同義だった。真希は「刀使」であり、人の延長線上にある存在でしかない。

 だが百鬼丸と実篤は違う。

 真希の中に芽生える憧憬と比例した憧れ故の憎悪が、首を擡げたようだ。

 「あ~~バレてましたか。ヒヒ、イテテ。なんでだろうな」

 はぐらかすように百鬼丸は口を曲げた。――――

 その態度をつぶさに観察していた寿々花は、

 (何か隠している……。)

 と、素早く見抜いた。

 「なぜ隠すのです? 事情でも?」

 布で百鬼丸の腹部の傷を軽く抑え止血しながら、寿々花は核心を衝いた。

 「いひひ……おれ馬鹿だからわかんねーや」

 にこにことした、痛みを堪えた笑顔で質問を躱す。

 

 (おれが殺す相手の記憶を微かに読み取った……って言ったら面倒だし)

 百鬼丸はヘラヘラとしながら本心を覆い隠した。

 彼は敵の生命を終わらせる瞬間、必ず相手の人生を悲しみを、感情を追体験する。

 強烈な〝共感〟能力は時に百鬼丸の精神すらおかしくさせた。

 

 ――それでも、その苦痛は自分のものだけで良い。

 

 そう、自負している。

 こんな事情を知らない真希だったが、頑なに拒む態度に軽いため息をついた。

 「解った。ボクは君のポリシーを尊重するよ」

 「おおう、サンキューな。それより暫くおれは動けないから…………置いて逃げてもいいぞ」

 「無理ですわ」

 「ああ、ボクも寿々花に同意だ。君を残して結芽を救ったとして――君がいないと怒るからね」

 真希は、グッと拳を握り直し失いかけた自信と気力を復活させた。

 「あーサンキュー。でも、お二人さん。もう悠長な会話はここで終わりだぜ」忠告をした上で百鬼丸は天井の穴に落ちてくる重量を予測し、着地点を睨む。

 

 

 ズドォオオオオオオオン、と地面を揺らす盛大な地響きが地下ドームを包み込んだ。

 この世の終わりを告げる地震のようにも思われた。

 煙幕のような瓦礫の粉塵を纏う二足歩行の異形の怪獣。

 バキシムが、その姿をみせた。

 

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