刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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ある日の一日2

 ぼけーっ、とした少年は見るからに「頭の悪そうな人」を絵に描いたような表情だった。

 第一声から「ヴぁなな」とか唐突に叫ぶレベルの、それはもう手遅れなイカレ具合である。

 半分開いた口端から涎がダラーっと垂れている。

 今日は、春先の陽気のいい天気だった。抜けるような青空が眩い。

 鎌府女学院の中庭にある芝生には、疎らな人影が点在している。

 「うふふっ……百鬼丸さん、口をもう開けてくれているんですね」 

 平城学館の刀使、六角清香は幸せそうに微笑を浮かべ、レジャーシートの上で少年を座らせ、隣に座っている。

 「あっ、そうだ! 今日はですね……実は、わたし手作りの軽食を持ってきたんですよ」

 そう言いながら、少女は傍に置いたバスケットを開く。中には、サンドイッチやおにぎり、唐揚げに卵焼きなどが詰まっていた。

 「百鬼丸さんどれから食べたいですか?」

 「ヴぁなな!」

 「あっ、分かりました。サンドイッチからですね!」嬉しそうに、清香はひときれ取り出して百鬼丸の口に運ぶ。

 少年は無意識にむしゃむしゃと、勝手に運ばれたサンドイッチを咀嚼し始めた。

 「どうですか? ……あの、もしかしてお口に合いませんでしたか?」

 不安そうに上目遣いで訊ねる。

 「ヴァナな!」

 「あ~、良かった。お口にあって良かったです。他にもたくさんありますから、良かった……食べてくださいね」

 うふふふ、と上品な忍び笑いを漏らす清香。

 

 

 「あの、お取り込み中ごめんなさいね……これは一体どういう事かしら」

 背後から戸惑いの声を漏らしたのは瀬戸内智恵だった。

 清香と同じ調査隊に所属し、行動を共にしている刀使であった。

 清香が振り返ると、少し驚いた様子で、「ごめんなさい。気がつかなくて……いつからいたんですか?」

 普段の穏やかな態度からは考えられないトゲを含んだ口調に、智恵は思わず気圧された。

 「…………清香ちゃんが無理やり百鬼丸くんの襟首を掴んでレジャーシートに座らせた辺りからよ」

 鎌府の中庭を徘徊していた少年を無理やり拉致してきた部分から様子を覗っていたのだから、事実上、一部始終見ていたわけである。

 「あ、そうなんですか!? なんだか恥ずかしいところを見られちゃったみたいですね……」

 頬を朱色に染め、初心な雰囲気で含羞む。

 ――――冷静に考えれば、猟奇的この上ない行動を起こした少女の反応とは思えないが、智恵は敢えて核心に触れるのを避けた。

 「そ、そうなのね……アハハ」思わず、から笑いが口から漏れた。

 (あれ? 清香ちゃんってこんな娘だったかしら?)

 普段調査隊で見せることのない危うい雰囲気に呑まれた智恵。

 「…………それより、何か用事でも?」

 小首を可愛らしく傾げ、目を開く。しかし昏い光を湛えた瞳には一切の感情が宿っていない。まるで「早く二人きりにしろ」と訴えかけているようだった。

 ゾワッ、と鳥肌がたった智恵は、頭を振って用件を思い出す。

 「そ、そうね。三時ごろに調査隊のメンバーでミーティングをひらくから集合場所の連絡なんだけど…………」

 「そうだったんですか。よかった……てっきり――」

 「てっきり?」

 「い、いいえ!! なんでもありませんっ」恥ずかしそうに両手で顔を覆う。

 それは一見可愛らしい仕草だが、智恵からすれば猟奇的な光景のあとを見せられては、正直反応に困る。

 ふと、智恵は百鬼丸に目線を向ける。

 「そういえば、百鬼丸くんはどうしてそんな感じになっているのかしら?」

 ぼけー、っとした少年を指差す。

 「?」

 言っている意味が解らない、とでも言いたげに再び首を傾ける。

 「ええっと、そのなんだか意思疎通ができなさそうな感じなのよね」

 「そうでしょうか? わたしはそう思いませんけど……あ、でも昨日の飛行タイプの荒魂退治で誤って電線にチョットだけ接触して感電したらしいですけど」

 「明らかにそれが原因よね!? しかも事も無げに言っているけど、かなりひどい負傷じゃない!?」

 「そうでしょうか?」

 「えぇ…………」

 冷や汗が智恵の頬を伝う。

 普段のおどおどした六角清香ではなく、「ネジが数本外れた」感じで得体の知れない恐怖を持った。

 「あ、あの清香ちゃんも今日に限って結構雰囲気変わったのね……」

 それとなく、異変を本人に指摘する。

 「あっ、やっぱりわかっちゃいましたか? ……えへへ、恋愛小説みたいな恋をしてみたいと思ってたんですけど、いまのわたしは恋をする乙女って感じでしょうか?」

(清香ちゃん、いまの貴女は多分猟奇小説に出てくる変する乙女よ)

内心で訂正しつつ、智恵は曖昧に頷く。

「もっと百鬼丸さんを知りたくて……こうやって距離を縮めているんですよ」

 嬉しそうに清香は百鬼丸の片腕に絡みつく。

 ……腕の関節が絶対に曲がってはいけない方向へバキバキ曲がり始めていた。胸の豊かな緩衝材のない清香の場合、薄い胸がさらに二の腕を圧迫して、骨をへし折ろうとしていた。

「ヴあなな! ヴあなな!“ ヴぁなな!」と変わった生き物の鳴き声みたいに百鬼丸は苦悶の表情で呻く。

「えっ? そんなに喜んでくれるなんて……わたしもうれしいです!」

「待って清香ちゃん、今の貴方にはいったい何が見えているの!? 明らかに百鬼丸くんは拷問を受けている捕虜にしかみえないわよ!?」

 思わず、本音が漏れた。

「ひどい! どうしてそんな事いうんですか!?」

「はぁ~~っ。いい清香ちゃん。もうこれ以上は見ていられないわ。いいから離れなさい」

智恵は無理やりに腕に絡みつく清香を引き剥がそうとする。

「い、いやですっ! いくら言われてもわたし離れたくありませんっ!」

「いい加減にしないと、百鬼丸くんの腕がそろそろへし折れちゃうわ。〝胸部骨〟が腕を圧迫しているの」

「胸部骨……?」

清香は正気に戻ったように、百鬼丸の腕から離れて目線を自らの慎ましい胸にやる。

「………………。」

先程以上に光の失った両目で、現実を直視する。胸の前に手刀のように上下に動かす。空気を切るだけだった。

「あっ、ごめんなさい。違うの……あの、そういう意味じゃ……」

流石に自身の失言に気がついた智恵は訂正しようと、何か喋りかけようとした。だが清香は深く俯いて立ち上がる。

「――――っさんのばかーーーーーーーーーーーっ!!」

急に叫びながら大粒の涙を流して「うわぁああああああん」と叫び目元を腕でゴシゴシやりながら明後日の方向へと駆けていった。周りにいた鎌府の生徒たちも、驚きの眼差しで清香の背中を見送った。

 

 

 

「……どうしたらいいのかしら」

深い溜息ののちに、ボヤく。

 レジャーシートの上に取り残された百鬼丸は、カニみたいに口から泡を吹きかけていた。

 このままにもしておけず、仕方なく智恵は少年を介抱することにした。

 智恵は、自らの豊か過ぎる胸元に引き寄せ、とにかく怪我をしていないか触診をはじめた。

 「……………。」

 よくよく考えたら、年下の少年を介抱するのは久々だった。

 しかも、細身に似合わぬ筋骨隆々の身体に触れて、不思議な感慨に浸った。

 「え~っと、百鬼丸くん? まだ瘴気に戻らない……わよね?」

 「ヴぁなな!!」

 百鬼丸は馬鹿の一つ覚えのように、同じ文言を繰り返す。

 よく見ると、愛嬌のある間抜け面に、瀬戸内智恵の母性本能が擽られた。――というか、暴走寸前の母性本能が大きく首を擡げた。

 智恵は、周囲を素早く確認する。

 中庭にいた筈の他の生徒たちも、先程の清香の騒動で全員ドン引きして立ち去ったらしい。

 「はぁーーっ」

 安堵の息を思わずつく。

 それから、自分のメロン大の柔らかな双丘に百鬼丸の頭を力いっぱい沈める。

 形のよい胸が形を変える。

 「――ムグッ!?」

 百鬼丸は、そこで「かつてのトラウマ」を思い出し意識がまともに戻った。

 「あ、あれ? うむ? あれ?」少年は現状を全く理解しておらず慌ただしく狼狽していた。

 「―――――ねぇ、百鬼丸くんは〝まだ正気に戻ってないわよね〟?」

 まるで、事実確認するような口調で智恵はそう訊ねる。

 「ン? はい? あれ? 確かチチエさん? だっけ?」目をぱちくり瞬かせる。

 「ううん、智恵よ。…………よかった、まだ正気じゃないみたい」

 彼女の表情は前髪で隠れてみえない。

 ただ、狂気じみた笑みを口元に湛え、不気味に口端がつり上がった。

 

 

 『大丈夫、任せて。お姉さんが暫く介抱してあげるわ』

 悪魔のような囁きを聞いて、百鬼丸は戦慄した。

 

 「……ちょっと、よく意味が分からんのですが――アァアアアアアアアアアアアア」

 それが、少年の最後の断末魔だった。

 

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