刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第143話

仄暗い闇の中――。

耳障りな唸り声が、絶えずドーム状の空間に低く反響した。人以外の生物の気配と存在感が異様な密度で他を圧倒した。

「そこの、愚かな貴方に質問しますが……どうして勝てる筈もない相手に挑むんですかねぇ」

底意地の悪い笑みで、軽く挑発した。異星人は、既に人と異形の半分ずつに分かれた顔で聞いた。

ジャグラーの目的はただ一つ。百鬼丸を殺し、その肉体を奪い、それを原料として本来いた次元へと帰還を果たす――。それ以外に選択肢も考えも無かった。

 

 

……地下の底で、闘う。

 

奈落のような場所で長い時間を過ごしてきた〝番人〟は、久々の好敵手であった百鬼丸との対決を邪魔された事を不愉快に思っていた。

 

 

砂埃が盛大に大気を淀ませ、微かな電燈の光すら落下の衝撃で殆ど砕け、光源自体が失われようとしている。

「貴殿、確か名前をジャグラーと名乗ったな?」

「ええ、そうです」

「ではジャグラ-。貴殿には伝えよう。勝つ、負ける以外にも戦の仕方はあるのだ」

そう言い放つと、同時に地面を豪快に蹴り上げ十メートルを軽く超える巨体に向かい飛び出す。

 

 

 

 

 

◇◇

「始まりましたわね…………」

 此花寿々花は遠くで開始された戦闘に眼を細めて呟いた。 

 

 

 

 黒檀の闇が静かに、静謐な沈黙と共に空間を支配していた。吹き抜ける風は通路から流れ込む冷気に違いない。烈しい怪物の唸り声と金属の衝突する重低音が鼓膜を聾する中、緊張から喉の渇きを覚えた。

(わたくしもまだまだ……なのでしょうね)

 かつて、この日本でも数人の実力者として自負し、そのための研鑽を積んで名声にふさわしい存在であろうとした。

 しかしこの世の中には上には上がいる。

 

 

 『私は、此花さんみたいにサラブレッドじゃないから……』

 『すごいよね、やっぱり生まれが違うからかなー」

 

 

 『やっぱり、私にはできないよ。此花さんってなんでもできるから、私たちみたいな落ちこぼれのことは気にしないで』

 

 

 綾小路に通っていた頃、時々手合わせや荒魂の討伐任務が終わるたびに、他の刀使たちが口々に苦笑い交じりに言っていた。「選ばれた者」「血統のある優れた人物」色々と言われてきた時から、

 

「それは、あなた方の研鑽が足りないのですわ」と強く言うか…………殆どの場合は「いいえ、あなたも努力次第で強くなれますわ」と澄ました顔で微笑みかけるのが常だった。

 

 

 

 

 

 寿々花は右手で百鬼丸の破れた腹部を止血シートとスポンジで抑えながらふと、

 「あなたは…………こんな戦いを続けていやになりませんの?」

 ぽろり、と純粋な疑問を口にした。

 現在、蚊帳の外で怪物と怪物の戦いを遠巻きに眺めながら、呑気なものだと自分で自嘲してみせる。

 

 …………本当の自分を知ってほしい。

 それは誰しも持つ感情だった。

 右隣に居る獅童真希を一瞥する。彼女は本来、努力も才能も一流の人間だ。刀使の中でも彼女以上の実力者は少ない。

 彼女の隣に、それ以上にあれるように自分に日々、厳しい鍛錬にも歯を食いしばって耐えてきた。

 

「どうしたんだ、寿々花?」

真希は、冷静な頭脳の持ち主である相棒の突然の発言に驚いた。

「――いいえ。わたくし達は正しいと信じたことを遂行してきて……」

 

〝この先にいったいどんな未来があるのだろう……?〟

 

そんな虚しさが、胸に去来する時がある。

 

人間であれば、否応なく才能や限界を感じる時がある。特に刀使は若い時期にしか活動ができない。この「御刀」は、より適合率の高い少女の元へと去ってゆく。その中で自分自身の存在意義を、知りたかった。

 

「真希さんは……わたくしたち人間としての限界を感じません?」

その一言に、真希は言葉を詰まらせた。

彼女自身、強さを渇望し、その負の側面に足を突っ込んでしまった。だからこそ、目前で戦う「番人」と名乗る男と対決し、そこに何かしらを感じてしまうのだ。

「ボクたちはどうすればいいのか…………」

 

 

人には限界が必ずある。

人は必ず老いる。老いてしまえば、最早「刀使」である必要性がない。

 

 折神家親衛隊の二人は、現実を超えた光景と状況に―――ー自らの存在意義について、価値観が揺らぎ始めていた。

 

そんな中、

『こんなクソたれな世界で戦い続けるの、案外悪くないんだぞ』

百鬼丸は口端から血液と唾液の混ざった液体を手の甲で拭い、激痛に顔を顰めつつ答えた。

 

「お前たちは刀使。荒魂から他の連中を守る。おれは、強い連中と殺しあう。地獄の底の底、一番深いところまで続ける。それがおれのいる意味だ」

明るく、陽気に……そして、確かな覚悟のもと語る。

 

「……虚しくはなりませんの?」

「なる。」

「だったらどうして――」

「それ以上に血肉が躍るから、かな? もうさ……理屈じゃないみたいだ。麻薬みたいなもんなんだよ。こればっかりは辞められないんだ。やめたいと思っても、な」

ニヒヒ、と気色悪く笑いながら百鬼丸は上半身を起こして、怪物同士の戦闘が放つ轟音に耳を澄ませる。

烈しい応酬は、肉眼では視認できない。

「あなたとは、根本的な部分で分かり合えそうにありませんわね」

「ひひひ……だな。でも、結芽を助け出すのなら分かり合えてるだろ?」

「ふっ、そうかもしれませんわ」

 

 

 

 

こつ、こつ、こつ…………。

百鬼丸の鋭敏になった第六感に、人の近づく気配を感じた。それは、儚げで可憐さを纏う足音。

長い黒髪の下に隠れた少年の双眸が鋭く光る。

「――――? 百鬼丸、一体どうしたんだ?」真希は、敏感に少年の異変を察知した。

 

「くる」

 

「誰か来るんだい?」

 

「分からん」

 

 

怪物同士が仄暗い闇の中で戦う最中、幾つもの通路が繋がる空間に―――ー近づいて来る「何者か」の呼吸が感じられた。百鬼丸は地面に突き刺したオリジナルの《無銘刀》の柄を握ろうとして、一旦手を止め、代わりに左腕の刃を地面に突き刺した。

(誰だ……? この感じ?)

心臓の鼓動が早くなるのに気が付いた。

嫌な予感が、百鬼丸の中で大きく膨らみ始めていた。

 

 

黙り込んだ少年に、真希と寿々花は思わず、薄闇で顔を見合わせた。

「百鬼丸さんの感知が正確なら……ここに来るのはまず、敵とみて差し支えありませんわね」

「……ああ」

 

 

 

こつ、こつ、こつ…………。

 

可愛らしい、軽やかで小高い靴底が地面を蹴り、怪物同士の戦いを後目にまっすぐ百鬼丸たちの方角へと向かってくる。

 

 

 

 

――百鬼丸はこの靴音を知っていた。以前、耳にしたことがあった。忘れもしない、「あの夜」のことだ。舞草の里を襲撃した時の――懐かしい足音だった。その足音の主は、儚げに次々と刀使を斬り棄てた。

 

幼く、愛らしい容姿をしたその少女が確かな距離まで寄ってきている。まだ、視認できるほどの距離ではない。冷たい風が微熱を帯びた頬を撫でゆく。長い髪を百鬼丸は風に任せ、口を開く。

 

 

「………………よォ、お迎えに行こうと思ってたら、元気そうだな。結芽」

 百鬼丸は自身の声が若干震えているのに気が付いて、自分が動揺していることに初めて知った。

 

 

 

 

『うん――? おにーさん誰かな? ま、いーや』

 

 

 聞き馴染みのある、子供っぽい口調に甘い声音。

 

 

 間違いない、親衛隊で活動してきた真希と寿々花なら間違いようがないのだ! 二人は思わず、衝撃音や破裂音から少女の柔らかな声を感じ取り、安堵のため息をつき、胸に希望が溢れるのを感じた。

 

「結芽? 結芽ですの?」

 

「あっ、寿々花おねーさんだ。やっほー。元気だよ。あれ? でもどうして、こんな所にいるのかな?」

 

「結芽、ああよかった。無事だったんだね…………ここまで助けに来たんだ」

 

「ふーん。そっか、あっ、真希おねーさんも一緒なんだ。あはは、そっかー嬉しいな」

 

「結芽、一緒に帰ろう。また……親衛隊のメンバーで……」

 

「うん、真希おねーさんの言う通り戻るよ! あ、でもその前にそこのおにーさんが百鬼丸、さんなのかな?」

 

 

「そうだ」と、そう訊かれた百鬼丸は素直にうなずく。しかしその表情は硬いままだった。まるで何かに警戒しているようだった。「寿々花、悪いけど止血の手を放してくれるか?」

 

 「……? ええ」

 頷き百鬼丸の言われた通り、腹部から手を離した。

 

 

 

 

 ――一瞬。

 

 

 ガキッ、という金属同士の衝突と火花が弾けた。

 

「「――!?」」

 

 突然の事に真希と寿々花は目を見張って音の方向へと意識を向けた。

親衛隊第四席、最年少にして最強を謳われた少女は美しい剣の軌跡を描きながら、百鬼丸に斬りかかった。

《迅移》によって加速した体で、容赦なく全力で斬撃を浴びせた。

 

「久々の再会で……この挨拶とは、中々だな」百鬼丸は口を曲げて皮肉っぽく言った。

左腕の刃で辛うじて防ぐ。人の気配と共に臨戦態勢をとって正解だった、と少年は内心思った。

 

チッ、と少女は舌打ちをした。

「あ~あ、折角の奇襲だったのにつまんないな~。ま、その分楽しませてくれるよね?」

息の吹きかかる程の距離で、少女は小悪魔的な愛らしい表情と、朱色に染まった頬で語り掛ける。

 

 

 

 

――親衛隊第四席、燕結芽が本気の眼差しで百鬼丸を睨んでいた。

 

撫子色の髪と、毛先の青白い数本が柔らかな頬に重なり、長い睫毛が湿り、浅縹色の瞳が潤む。

「ね~、おにーさんは強いのかな~?」

ニッカリ青江の刃が、百鬼丸の鼻先まで迫りつつあった。

 

 ニィ、と口端を曲げて百鬼丸は真っすぐ少女を見つめ返す。

 

 「どうかな? ま、たぶんお前より強いぞ」

 

 

 

 




一年がはやく感じるよ。
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