刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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石の蚕 中編1

御刀――大包平、を左手にひっ提げた女は応接室の中に入ると真面目な表情となり、事務的な口調で、

「ようこそ、おいでくださいました。御門少佐。」

厳粛な雰囲気を漂わせた彼女は、長身の軍人を一瞥し、そのまま執務席で腰を下ろす。

ハッ、と短く返事をし彫像のように敬礼のまま微動せず待つ。

女性が軽く右手を挙げて、ようやく実篤は礼をやめた。

 

「それで、本題に入りますが本当に長刀ふた振りによる二刀流を完成させた、という事でよろしいでしょうか?」

冷たい眼差しで、訊ねる。

嘘や冗談の類を全く許さぬ調子だった。

 

「――ハッ。折神家のお役に立てるか小官は分かりかねますが、」

「いいえ、後ほど実力を実演してくだされば結構です」

「……解りました」

頷いて、口を閉ざした。

 

「…………。」

「…………。」

 

沈黙。重い沈黙が空間を満たした。

実篤は日々の習慣から黙り、指示があるまで動かない。女性も、執務机で背筋をピンと張って相手を静かに見据えていた。

 

 

と、

「ごほん、少しよろしいでしょうかご当主様……?」

軽い咳払いとともに、若い男の声が実篤の後ろからした。実篤は先程から背後に佇む不気味な男の気配を無視していた。その彼が初めて口を開いた。

 

 

折神家の当主が同意した。

「――構いません」

許可に深く頭をさげ、動かぬ実篤の前に移動すると、

「ありがとうございます。わたくし、轆轤秀馬と申します。以後のお見知りおきを」

にっこりと、微笑を零したのは未だ若い男性であった。自己紹介ののち、スッと手を出して握手を求めた。

 

 

「轆轤、殿ですか」

視線を落とし、実篤は呟く。――実篤は相手の握手を無視した。動く命令のない場合は、軽い挙措すらできない。

 

 

 

秀馬は手を引っ込め、小さくため息をついて当主に許可を求めるような仕草をした。女性は一度頷く。それを確認し、彼は実篤に向き直る。

 

 

「わたくしは、表の折神家と裏の柊家とは別の……隠れた家、轆轤家の当主をしております」

 

爽やかな口調で、重大な内容を暴露した。

「なぜ、それを小官に?」

 

「あなたには、この折神家の剣術指南のほかにも、努めてほしい役割がございます。ですが、折神家の管轄外のことですので、こうして秀馬めが参上した次第でございます」

 

 

 

(…………この男は一体何を言っているのだ?)

 

 

内容も具体的に説明されないまま、能弁にしゃべる男に嫌悪感を感じた実篤だったが、表情には一切出さず、ただ首肯した。

 

 

「ご当主様、少々実篤様をお借りしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、構いません。ではのちほど道場でお待ちしております」

「――ハッ」

その、実篤の頑ななまでの態度に、思わず折神家の当主は軽い微笑を零した。

 

 

 

 

 

 

 

実篤を連れた秀馬は、歩き始める。

 

 

邸の裏手に聳える小山の入り口にはしめ縄の鳥居があった。

小さな石階段が中腹の洞窟まで続いていた。

一歩、一歩歩き始めてから秀馬が口を開く。

「実篤様は、荒魂をどのようにお考えでしょうか?」

 

「――それは、無論人の世の中を脅かす害悪」

 

「ええ、そうですね。間違いではありません。ですが、今その害悪を用いて兵器に転用する計画がある、とすれば?」

 

「……仰りたい事が解りませんが」

 

「ああ、すいません。つい癖で迂遠な言い方をしましたね。荒魂が人に憑依する事例はご存じですね?」

 

「そのような話も、いくつか聞いております」

 

「今の話の流れでご理解いただけますが、つまり人を人為的に操り荒魂を憑依させ、戦わせる。そう計画しております」

 

「…………。」

 

実篤は言葉を出さず、ただ瞳に不愉快な色を湛えた。それを察知して、

「軍人である貴方は、簡単には私情を発露させない、見事です」

ひと笑いした秀馬は、先導していた足を止めた。

 

 

山の中腹に開けた土地が現れた。

目前の風景は、洞窟の上にしめ縄があり、榊が左右に供えられていた。

「先程、ご当主さまの前では詳しい説明はしませんでした。……が、隠された家、つまり我々轆轤家は代々、血に汚れた暗部を司っている家系でございます。あなたの持った嫌悪感は、ごもっともです」

 

 

ニコニコと微笑を浮かべながら、秀馬は恭しい態度で実篤を洞窟の奥に迎え入れる。

「――もし、覚悟が決まったのならこの先へ。今ならまだ引き返せますが、」

 

 

「これは軍の命令でしょうか?」

 

「――いいえ。全く、関係ありません。ただ、その命令の延長……かも、しれませんね」

秀馬は試すように実篤を窺う。

 

 

(わかっている。これは、表向きでは指示されていない内容だ。が、実際は……この男が差し向けられた時点で決まっていた)

 

深いため息をついて、二三頷いた。

「先に、進ませてもらいます」大柄の男はむっつり黙ったまま歩幅を大きく先へ地面を踏む。

 

 

 

 

 

淀んだ空気が洞窟を漂っていた。

 

 

松明の灯りが心元ない。火の粉が、無数に弾けて闇の中に消えゆく。湿気に満たされた空間では汗もかきやすい。

 

 

襟首に大粒の汗をにじませつつ、実篤は二メートル近い身長を屈めて歩いた。

秀馬の手に持つカンテラの灯りだけが頼りだった。薄い橙色が時々揺れて、種火が震えた。

「どうですか?」

声が幾重も反響し、複雑な響きを持つ問いかけに聞こえた。

 

 

「――歩きにくいので、面倒です」

むっつりとした返事で実篤は返事をした。

 

あはは、と爽やかに笑って秀馬は首を左右に振った。「あなたは本当に裏表のない人だ」一拍息を吸い「…………武人はいい。武人の本懐は戦場で散ることだ。そうすれば、少なくとも史書に名が記される」と、つぶやいた。

 

「…………。」

 

この男の中にある鬱屈は、暗部を司り、危険な仕事をこなし、そうして人知れず消えてゆく。

哀れ、というには秀馬は影の内側と混ざりあった存在に見えた。

 

「さあ、到着しました。こちらです」

高さ六メートルほどの巨大な鎧戸が、洞窟の奥深くにあった。金属の赤さびが噴いており、時々だが頭上から垂れる水滴の音に紛れてカンテラの光が規則的に動いた。

 

 

「…………ここは?」

肩越しに美青年が口をひらく。

 

 

「中に入る前に最後の確認です。〝汝、この門を潜る者は一切の望みを棄てよ――。〟というのは聊か言い過ぎでしょうかね? ダンテ気どり、ですが……」

軽い口調の中に本質的な重い言葉が含まれていた。

 

 

地獄の門

 

神曲の序盤で、ダンテが記す。

 

この門を潜る者は一切の望みを棄てよ――。

 

 

実篤は視線を迷わず秀馬に合わせ、眼で小さく頷いた。

一瞬、秀馬は驚いた顔をしたが、すぐに爽やかな好青年に戻り、

「ではお連れしましょうか」

 

 

 

 

牢獄、というには余りに惨たらしかった。

饐えた匂いがまず最初に嗅がれた。ついで、腐った匂いが鼻を刺激する。

細い通路の左右に配された鉄の格子は古くなった血痕がこびり付いていた。人の気配は暗闇で見えぬが、辛うじて薄い呼気が聞こえるのみ。

 

 

「ここは……」

 

 

絶句していた実篤は、ようやく正気を取り戻したように訊ねた。

ここは戦場ではない…………人が狭い空間に閉じ込められる。それだけの事実が目前の光景で存在するだけだ。

 

 

 

秀馬は横目で純粋な武人の大男を一瞥し、

「あなたには刺激が強い。でしょう?」

と、敢えて挑発的な口調でいった。

 

 

「…………。これが、その〝実験〟の場所。だと」

「ええ」

 

 

 

グッ、と握り拳を固め美青年の胸倉を、実篤は思い切り掴んだ。

「――お前らはどこまげ外道なんだッ!」

怒声と共に、初めて殺意を込めた表情で秀馬を睨みつける。

 

 

 

そのとき、儚げに美青年は口元をゆがませた。

「よかった。あなたがまだ、まっすぐな人間で。どうぞ、ご存分に殴ってください」

 

 

醒めた目で、どこかこの世を飽きているような視線で実篤を見返す。この世界に絶望しきった目が、この青年の本音のように見えた。

強くつかんだ筈の胸倉は虚しく、実篤はいつのまにか秀馬を解放していた。

 

 

 

やるせない怒りだけが、実篤の腹の底に溜まっている。

「ごほっ、ごほっ」と、むせかえりつつ、秀馬は喉を摩った。「ここは、ご承知の通り荒魂と人間を人工的に作り出し、兵器として利用するための実験場。いいえ、正確にいえばここは、〝失敗作〟と〝試験品〟の置き場所。――」

 

 

「貴様の家がやっているのか?」

 

 

「ええ、折神家もこの国も関係ない。ただ、轆轤の家がすべてやったこと。そう思われてもいいでしょう。全部の責任もわたくしにある。それで、納得していただけますか?」

「バカをいえ。自分が悪人だとほざく人間は、嘘つきだけだ」

「あははは、いい、貴方は存外皮肉をいう人物だったとは」

はぁ、とため息をついて秀馬は語る。

 

 

 

「どうして、こうなったのか? 原因は分かりません。もう、解らない。人間の記憶も伝承も所詮は曖昧。だから、問題の本質にはならない」硬い表情で秀馬は細長い通路を歩き始める。「人類は常に生贄を必要とする。それは洋の東西、古今問わず行われてきた。どこの大陸でも、国でも弱い人間が真っ先に死ぬ。善良な人間が死ぬ。だから、人類は悪人の末裔ばかりですね」

 

 

 

青年は、ある場所で足をとめて鉄格子にかけられた錠を触れて、鍵穴に金属を差し込む。ガチャン、と低い音が響き錠が落ちた。

「貴方に見てもらいたいものがあります」

恭しく、鉄格子の中へ招き入れる仕草をした。実篤は警戒しつつ、移動した。

 

 

約四畳半の広さに、ふたつの小さな人影があった。

青年の右手に掲げたカンテラの光を乱暴に奪い取り、実篤は内部を照らした。

 

 

 

そこにいたのは、まだ子供の男女。

粗末な床板の上にやつれた姿で伏している。汚れた顔と体、衣服……。貧困という言葉がしっくりくる外見だった。泥人形のように、木の床板で虚ろな眼差しで地面を見ていた。

 

 

「これはどういう事だ?」

実篤は背後を振り返り、叫ぶ。

 

「違います。この子供たちはここにきたばかり…………身売りされていたのを、引き取ったんです」

 

「身売り?」

 

「――ええ。貧農では口減らしのために子供を売る。ご存じでしょう? 近年、わが国は飢饉で民は喘いでいる」

 

「…………ああ」

 

 

秀馬は鉄格子を潜って内部に入り、地面に置かれた木茶碗を拾い上げる。

「ふむ、粥はきちんと食べたようですね。いきなり、固形物を食わせれば死んでしまいますからね」

 

 

淡々と語る秀馬を恨む一方、この男の喋る内容を理解できる自分に実篤は苛立った。

 

 

(こいつは、何を考えている……。)

 

 

行き場のない怒りを飲み込み、実篤はハンカチを取り出し子供の顔を拭ってやった。

 

 

慈悲、ですか。と秀馬は問いかけつつ、

「ここにいるのは、これから実験することに〝自分たちで同意〟して残った子供たちです。自発的でなければ脱走される。精神的に耐えられない。だからここの牢獄にいる人間は全員、自由意志でここにいるんですよ」と、付け加えた。

 

 

「……それは、空腹だからそうせざるを得ないだけだッ!」自分でも驚くほど大きく、実篤は言い返していた。

 

 

「確かにそうかもしれません。ですがそれのどこがいけないんです? 空腹は悪です。飢渇というのは、それだけで人間を歪ませ、どんな悪事も働く。それに、彼らは〝純粋〟なんですよ。それこそ刀使のように、ね」

秀馬のいう「純粋」という言葉はどこか嘲りを含んでいた。

 

 

「どういう事だ?」

 

 

「まだわかりませんか? 純粋も悪ですよ。純粋な水だって毒だ。本来、自分たちが傷つかなくてもいい状況で、平気で身をささげる。それは素晴らしい行為でしょうが、狂気だ。そうやって、屑みたいな大人や人間が生き残り、子孫をつくり、悪を増やしてゆく。わたしのような悪党を、」

言い切って秀馬は脣を噛んだ。矛盾した物言いだった。――だが、青年はそれを承知しているようだった。

 

 

 

実篤は、この美青年の苦悩する姿に痛々しいものを感じた。だが、彼にいうべき言葉を彼は知らなかった。

「……この二人の名前を教えてくれ」

ようやく興奮を抑え、舌を縺れさせず言えた。

 

 

 

ええ、と頷いて秀馬は顔を上げる。

「男児の方は松崎虎之助。弟。女子の方は松崎キヨ。姉です」

 

 

「その実験は生存できる可能性が高いのか?」

「……正直に申せば、低いです。女子の場合は親和性も高く、生存率は高い。ですが、男児では全く…………ダメ。これが三か月のペースで二〇人単位で行っている実験結果です。もちろん『暴走』の可能性もあるので、事前に刀使を配備しています」

 

――刀使を配備している。

 

それは、事実上の処分であった。

 

 

人がノロと化合した場合、理性は消え失せただ破壊衝動だけで全て壊しつくす。その前に荒魂を祓う必要性があった。

 

「…………この子たちは三か月後に実験か?」

 

「ええ。ですが、体力をまずはつけてもらうのに、ここで生活をさせています」

 

「面会する時間は限られているのか?」

 

 

「そうですね。……今日は特別、ですね。なぜ貴方にここを案内したか……」

 

「小官の二刀流が果たして、人に憑依した荒魂に有効か否か、それを判断させるため。だな?」

 

「ご明察」

 

「…………この場所の存在をご当主様は?」

 

秀馬は首を横に振った。

 

そうか、と実篤は呟き立ち上がった。

 

「また来る。――――」

 

御門実篤は、大きな体を揺さぶりながら牢獄を出て外を目指した。ただ無言に去り行く男の背中を眺めながら、美青年は目を細めて見送った。

 

「貴方は愚直だ……。」

どこまでも憧憬の深い瞳が一人の武人を見送る。

 




過去回はあと1、2話で終わります。
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