刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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これで過去回おしまいです。


石の蚕 後編

――――…………ご存じですか?

囚人がなぜ番号で呼ばれるのか。それは簡単なんですよ。その人の「固有名」を奪い数字にすることで、一時的に「自分の存在」を社会から切り離す効果があるんですよ。

 

 

つまり、ですね。

〝お前は人間じゃなくて、別の数字を持った生き物だ〟と言っているに過ぎないんですよ。

 

 

本当の絶望ってあまりに呆気なくて、それでいて簡単で単純で、残酷なんですよ。

だから、固有名をはく奪される事ってとても恐ろしいんですよ。わかりますよね、実篤さん。

 

 

せめて名前の残らなかった人々のことを知っているのなら、貴方だけは覚えていて下さいね。

それだけが、せめてもの慰めになるのですから。

 

 

 

 

―――――――ー。

―ー――――。

―-―――

 

 「…………チッ」

 いつ頃に言われた言葉なのだろう? 不愉快な男の顔を反芻してしまい、鋭い舌打ちをした。

 軍帽をかぶり直し、男は帝都の地下に続く坑道の入り口に佇んでいた。

 御門実篤は折神家に剣術の指南として訪れ、平穏とその裏に隠れる危機の日々を過ごしていた。

 

 

 彼の眼差しは重く冷たく、哀愁を微かに漂わせていた。

 運搬車が積載する掘削用の資材や人員が慌ただしく動いていた。まるで、自らの墓地を掘るような印象を受ける人々も少なからずあった。

 

 実篤は、大柄な体に太刀を二振り、腰に佩いていた。

 外套の裾を翻し、実篤は軍靴の分厚い底を歩ませた。

 

 

 

 帝都坑道計画。

 本来、関東大震災の予備的な意味もあったこの計画は早い段階から荒魂や諸外国の侵攻を防ぐ目的に変化していった。

 

 

 五つのルートを伸ばし、房総半島方面から、横浜、茨城、青梅、甲州などを宮城(皇居)を中心にして構築されていた。まるで蟻の巣のようだ、と揶揄する声もあった。

 全長は数千キロにも及ぶ長大なものとなっていた。…………当時、掘削技術は日本の場合必ずしも優れてはいない。

 

 では、このような隧道はいかにして作られたのか?

 

 残念ながら現在では資料が散逸しており、正確な事は分からない。ただ、推測ならば可能である。

 

 当時、荒魂はスペクトラムファインダーが無く、従ってスペクトラム計によって荒魂の位置を捕捉した。

 

 ただこれだけでは事前の発見は難しく、しかもいずこから現れるかも予期は不能であった。

 

 例えば荒魂発生が山林などであれば仕方がない。しかし、街中で突如として発生する荒魂に関しては全く理解ができない、そんな状態であった。

 …………だから、敢えて坑道をつくることにより人間の生活圏から切り離した状態にすべきだと考えた。

 

 地上は人に。地下は荒魂に。

 

 実際、この手法は当たった。

 つまり、荒魂が蠢動する場所を地下へと限定したワケである。

 

 

 (それが誤算さ。)

 実篤はうそぶく。

 彼の派遣された時からこの計画は始まっていた。

 しかし、この計画には大きな穴があった。

 

 ――――すなわち、都市部に自然発生する荒魂の生息域である。

 

 これの答えは単純であった。

 

 つまり、「地下に最初から荒魂が点在していた」わけである。まるで巣を分散させるように荒魂たちは地下空間に根を張っていた。

 順序としては最初に荒魂が地下空間にあり、人間がその領域へと踏み出した。そう理解するべきだと思う。

 

 

 だから、帝都地下計画もただ「巣と巣」をつなげるだけで良かった。そうすれば、労力をかけずに長い隧道を作ることができた。

 たとえ地下計画において、荒魂討伐の多大な「犠牲」を対価として支払ってでも、それは人々の関知するところではなかった。

 

 

 

 

 

 0

 坑道の入り口から一歩二歩……と、歩幅を進めると薄暗い裸電球の奥に空間があった。

 そこだけは、別のトンネルのルートと異なり、卵型の空洞になっていた。

 人の気配がする。

 実篤は足を踏み入れることを咄嗟に躊躇した。

 

 

 「ふふっ…………きょうも元気そうで良かった」

 折神家当主――〝だった〟少女が薄い紅の唇から明るい笑いを漏らす。

少女は、巨頭を有する「荒魂」の頭を撫でながら頻りに何かを話しかけ、懐かしそうな表情をしていた。

 「あっ、実篤様」

実篤の姿を発見すると晴れやかな表情で迎えた。

 

 

 「…………久方ぶり、だ。〝何一つ〟変わらなくて安心した」実篤は、言いながら舌に苦いものを感じていた。

 

 

 声をかけた少女は、以前のように「人間」では無かった。

 顔の半分は人の皮膚ではなく、荒魂の仮面に覆われたように黒鉄色に変色しており、額の辺りからは鬼のような角が生えていた。瞳の色は橙色であり、新鮮な溶鉱炉の焔を湛えていた。―-彼女は、「荒魂」に侵食されていた。

 

 

 「そう、ですね。もう四年になるのに変わりがないですから。私も〝この子〟も」

 そう言いつつ、先ほどまで撫でていた四脚の、歪な外貌を有する怪物に向かって笑いかけた。

 

 実篤は言葉を無理やり喉から吐き出した。

 「〝キヨ〟も、そうか…………。」

 しかし、後に続かず言葉を止めた。

 

 

 ―-―――その荒魂は、かつて牢獄に居た姉弟の松崎キヨという少女だった。

 今では変わり果てた姿に、実篤はかける言葉の一つも思い浮かばなかった。彼は軍人として、そして折神家の剣術指南として派遣されていた。だから、この姿となった彼女たちと会話をするのは初めてだった。

 

 

 「そういえば、あの子……妹の花は元気ですか?」

 少女は実篤に問いかけた。

 

 「……ええ、現当主様はお元気にしておられます。」

 「そう、良かった。私よりも本当はあの子の方がそういう役割に向いていたから」そういって、からから鈴を転がすような音色で笑った。

 

 

 

 四年前。

 元折神家の当主だった少女は、ノロを受け入れた。その肉体に宿したのは「憎悪」や「悪意」「飢渇」などに溢れる負の神性を帯びた液体と塊。

 

 彼女は自ら進んで刀使を束ねる身でありながら、「ノロ」を受け入れた。

 それは禁忌(タブー)であった。

 当然、それは折神家の人々の知るところとなり、大問題となった。

 

 

 明らかに人知を超越した能力――刀使とは本来、御刀の異能を引き出す少女であった。

 しかし、ノロを受け入れた者は事情が異なる。

 およそ人とは思えぬ戦いぶりに残忍性。理性という理性を蝕まれ、それは外見にも如実に現れた。

 

 

 人々はその「かつて刀使」であった美しい少女を畏怖と蔑視の対象として記憶するようになった。そして、もし仮に彼女のような「ノロを進んで受け入れる」ような人間が現れないよう、人体とノロの融合を図る実験を中止し、「当主だった少女」の存在自体を消し去った。

 

 

 そうして、すべての責任を轆轤家の当主、轆轤秀馬へと転嫁させた。

 彼は秘密裏に処刑される運びとなった。

 その情報を聞いたとき、

『ああ、そうですか…………分かりました』と、軽い調子で頷いた。

 まるで事務仕事を押し付けられたような風に。

 

 

轆轤秀馬は処刑された。

 

 

彼が関わっていた荒魂とノロ――そして人体実験の結果生まれた『荒魂』によって喰われることであった。

数十体の荒魂が閉じ込められた「穴」に突き落とされる単純な方法。

秀馬の遺体は、破損が激しく、荒魂に押しつぶされ消えていった。彼は死の間際ですらひたすら冷静であり、むしろ役割を終えた役者のように晴れ晴れとしていた。

『ああ、終わり、ですか。……自由か。自由。うん、いい。自由は素晴らしい』そう言い残した。

 

 

 

 後日、御門実篤は彼の処刑を聞き、あれほど嫌っていた男に憐れみを感じていた自分に驚いていた。

 

 頭を振って、忌まわしい男の事を無理やり忘れた。

「その、今は坑道からの荒魂の出現は抑えられていると聞き及んでおりますが」

 実篤は最近耳にした噂を聞いた。

 

 「――ええ、私とこの子で後続する刀使の討伐隊の娘たちが来るまでに全部片づけますからね。ふふっ、案外にこの体になるのも悪くないかも知れませんよ。あ、でも庭のお手入れができないのが心残りですけど……」真剣な顔で、子供っぽく考え込む。

 

 「折神家の庭は、小官が不肖ながら手入れをしております」

 

 「ええ! 本当ですか? でも、ふふ、ごめんなさい。あまり貴方には似合わないから……ふふ、そうですか。ならよかった」

 年相応に微笑む彼女の髪は以前のように艶やかな黒髪ではなく、白い薄く発光をしていた。

 

 

 「それに、ご当主様も長刀二刀流をかなりモノにしておられるので、小官のお役御免も近いかと…………。」

 「そうなんですか!?」

 「ええ、もっとも御刀には一振りのみ選ばれただけですから、長刀での二刀流はあまり使い道がないのですが…………それでも、〝いつか後続の子孫のため、姉のように複数の御刀に選ばれる子の為に〟と言って熱心に練習をなさっておられます」

 

 かつて、コンプレックスを姉にもっていた妹の姿はなかった。

 

 「そう、ですか。もうそんなに立派に………そうですよね。もう四年も過ぎれば、あの子も十七。そうですね。立派にもなりますよね。」

 少しだけ寂しそうに笑った。色々な感情が込み上げたのだろう。

 「私、十七歳のころから見た目はあんまり変わらないんですよ! 結構便利でいいですよね」

 「…………。」

 少女の冗談が、実篤にはわらえなかった。

 「あっ、そうだ! 」すぐに空気を察し、話を変えた。「この子にも聞かせてあげて下さい。虎之助くんは今度、実篤様の部下になられるんでしょう?」。

 そう言って、再び巨大で鋭利な牙を並べた〝荒魂〟へとほほ笑みかける。

 

 

 「ええ。そうです。今度は小官の雑事を担当する兵士として配属予定です。あの子には余り色々と教えていません。姉は実験で死に至った、そう伝えています」

 実篤は言いながら、荒魂の方へと目線を向ける。

 

 『グルルルルル、』と低く唸る声は一見して威嚇でもしているかと思われた。しかし、それは必至に人語で喋ろうと試みる行為に他ならなかった。

 

 「それもこれも、君が弟の分のノロを受け入れたからだ…………」

 実篤はゆっくりとしゃべり、荒魂に近づくと、少女と同じように荒魂の頭部外骨格の頬に当たる部分を撫でた。

 鋼鉄のような硬質さを思わせる手触り。しかし、口からは絶えず焔と火の粉が秘められていた。

 

 

 

 「これから、最後の討伐に出発されると聞いて、それで…………」

 別れの挨拶をするためにここに来た、そう言おうとして言葉に詰まった。

 

 ――なぜ、人の為に身をささげた彼女たちがこのような酷い責務を?

 

 ――なぜ、あの時自分(実篤)はただ黙ってすべてを見過ごしたのだろう?

 

 

 なぜ、なぜ、なぜ?

 

 「実篤様、どうかされましたか?」

 「い、いえ。…………もし、討伐から帰還されたらどこか行きたい場所でもありますか」

 実篤は無意識にしゃべっていた。

 「えっ?」驚いた眼で少女は実篤を見上げる。

 

 

 「大丈夫。……人目に付かなければよいのです。不肖ながら小官が護衛致します」

 

 暫く驚いて口のきけなかった少女はやがて、「ふふふ……」と上品な忍び笑いで方を小刻みに震わせた。

 

 「そう、ですね。でしたらどこでも構いません。〝自由に〟歩いてみたいですね。そうしたら必ず付き添って頂けますか?」

 

 可愛らしく挑発的な目で少女は実篤に挑む。

 

 

 「ええ、いつか見た鳥のように。どこまでもお連れ致しましょう」

恭しい口調で実篤は精一杯の道化を演じた。

 

 

 意外の感に打たれた少女はしばらく、大柄な不真面目の似合わぬ男を眺め、くつくつ、腹を抱えて笑い始めた。

 「……そう、ですね。でしたらもう一つお願いを聞いてくれますか?」

 

 「ええ。何なりと」

 

 「私の名前を貴方にお教えします。」

 

 「……? はい、承りました」

 

 良かった、そういって幸せそうな長い余韻の息を吐いた。少女は長い白くなった髪を翻し、腰の御刀の柄を握った。

 

 「誰かを守るために戦うって本当にうれしいことなんですね」

 

 

 少女は確かに、そう呟いた。

 

 

 

 

 ◇◇◇

 ……結論から言えば、彼女は帰らなかった。

 

 それを知ったのは、随分後になってだった。

 

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