刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第149話

◇◇◇

「はぁ…………はぁ…………ムゥウ、聊か衰えただろうか」

赤褐色の皮膚に、血に似た液体で湿っていた。

禿頭に白く剥いた両目。二メートル近い身長は無駄のない筋肉で引き締まっていた。衣服は無く粗末な布切れが腰の辺りを覆うだけ。

素足を擦り、間合いを再び測る。

――――かつて、この者は御門実篤と名乗っていた。

しかし、現在の彼に過去の名前も存在も不要だった。

ただ両手に大幅の青龍刀を握り、巨大な怪物を相手に死闘を演じている。それだけで良かった。

巨体を揺すった、その二足歩行の怪物は余りに呆気なく腕の部位を切断されていた。

ギャォオオオオオオオオオオオオオ!!

と、耳に蜂が入るように鼓膜を劈く悲鳴が鳴り響いた。

(余りに、惨い……。)

と、番人――実篤は思う。

この〝怪獣〟は動きがぎこちなく、継ぎ接ぎの生き物同士を掛け合わせたような奇妙な印象を受けた。例えば、10メートルを超える荒魂であれば、負の神性の加護によって、この世の物理法則とは切り離された行動を可能としている。

一方、この怪獣の場合は事情が異なる。つまり、この10メートルの「自重」に戸惑っているような様子だった。重心が定まらず、踏み出す足が滑りそうになっていた。

間合いに入れば、完全に此方のものである。

地球の重力とその自重の比率を初めて体験し、完全に混乱している。それが実体ではないだろうか? 剣士の勘が、そう推量させる。

「……で、あれば余りに惨い」

実篤はその怪獣――を哀れに感じた。

知らぬ世界に連れられ、戦うことを強要される。それに、憤りすら感じていた。

如何なる生き物でも闘争本能は「生存するため」の目的でしかない。破壊のみに駆られた生物は――人間以外に知らない。

〝人外〟の身になったからこそ解る。

「哀れ、というのは我々にこそ相応しい……」怪獣に向け、実篤は語り掛ける。

 

一方、それまで腕組みをして静観していた男が、苛立ち紛れに舌打ちをした。

「チッ、どうなっているんだ」吐き捨てるように言いながら、鋭い眼差しの中に困惑の色を浮かべた。

(もう一度、別の次元から怪獣を――。)

腕を前にかざし、リング状の禍々しいオーラを放つ道具を使おうとした。

――しかし。

反応が一切ない。否、正確に言えば反応自体はしている。だが全く感触――というか、変化が感じられぬのだ。

(なぜ?)

心中に疑念が生じた。これまで、そんな事は一切なかった。だからこそ、ギリギリの局面で不測の事態が起これば狼狽もする。

「なぜだ? なぜ反応しないッ――――!!」

 

 

『それは、貴方が愚かだからですよ…………ジャグラーさん』

少年の嘲弄する声が暗闇の奥から聞こえた。

「なにッ、誰だ!?」

思わず、彼は振り返る。

コツ、コツ、と足音を立て悠然と歩み寄る少年。

「――――お前は……」

ジャグラーは思わず言葉を失った。

彼の目の前に現れたのは、〝百鬼丸〟と瓜二つの姿恰好をした少年だったのである。ただし、髪の色は純白であり、微かに発光している。

涼やかな目元で口には薄笑いが浮かんでいた。

「貴方の役割はここで終わりですよ」

連なる電灯に照らされた少年は腰に佩いた鞘から聖柄の刀を抜き放つ。白銀の色が宿った刀身が煌めく。

「……キサマ、何者だッ!?」

「…………我々は――――ああ、違う。ぼくは〝ニエ〟。覚えて貰わなくて結構」

醒めた眼差しでジャグラーを見据え、体表に《写シ》を貼る。

通常、刀使にしか使えぬ技であるが――彼もまた百鬼丸と同様、刀使固有の技を使うことが出来た。

 

――――刹那。

 

 

ニエが動いた。長い純白の髪を靡かせ、後ろ髪で束ねた彼は長いローブを翻す。優雅に裾を波打たせて一直線に加速し、ジャグラーを無視。そのまま「バキシム」の元まで殺到した。

瞬間、その緑の双眸に小さな人の姿を映した。

白銀の線が外気に一筋だけ真横に残影を追わせた。

まるで、果物が刃物で切断されるような気安さで怪獣の頚部が容易く脆く、儚く刃を通す。跳躍して宙を舞うニエは、怪獣から噴出するヘドロのような体液を切断面から浴びた。

横顔を体液で濡らしながら、着地と同時に刃を振って血を払う。

緩くカーブした飛沫が地面に跡を残す。

ニエは嘲笑う。

命の儚さと、脆さと、永遠ならざる存在に対する侮辱であった。

一々の挙措に、傲慢さが滲み出ていた。

 

 

実篤は重い足取りで怪獣の巨大な残骸へと近づく。

「ああ、なんと惨い…………。」実篤が思わず口にする。

怪獣もまた、異邦の迷い苦しんだのかも知れない。それを思うと軽々に敵を憎むことができなかった。しかし、この目前の少年は違う。外見こそ神々しい雰囲気を纏うものの、実態は単なる殺意と悪意の塊。

「貴殿には慈悲、という言葉が無いのか?」

実篤は静かに聞く。

「慈悲? そんなもの、命あるものに対して意味なんてないでしょう? 結局、生まれた時から死は定め。決まっていることだ」

向き直り、実篤を睨む。

 

 

「――――おい、キサマ!! オレを無視するなッッッ!!」

 

怒声と共に放たれたのは空を切り裂く鋭い三日月型の斬撃だった。――それは衝撃波と例えても良いだろう。

間髪を入れず、ニエは刀を縦に振って斬撃を防いだ。

紅の瞳に染まったニエは、ジャグラーへと照準を変える。

「まずは、お役目ご苦労様でした。では……そのリングは頂きますね」

「どういう事だ?」

「説明する暇なんてありませんよ」

――――と。

ニエは口端を歪めながらジャグラーが先ほど放った斬撃を真似して鋭く右腕を振り上げ外気に斬撃を撃ち放つ。

 

「なッ!!???」

ジャグラーは本来の姿に変身する暇もなく《蛇心剣》で斬撃を防ぐ。本来の姿であればこんな攻撃など、容易に弾けるのだ…………。

 

『判断が遅くてよかった…………貴方が傲慢でよかった』

衝撃波が全身を襲い貫く中、ジャグラーはの耳元に少年の囁く声が聞こえた。

(どういう事だ!!)

口にする余裕もなく、内心でジャグラーは思った。

しかし、彼がそれと同時に加わった激痛に表情を歪めるのが先だった。

「…………があっ!!」

息が詰まるかと思った。リングを握った筈の右腕に灼熱で焦がされたような感覚が来た。視線を急いで右腕に注ぐと、肘から先が失われていたのである!

本来ある筈の右腕が無い。欠損している。

あり得ない、あり得ない、あり得ない…………。

これまで自身をここまで大きく傷つけた存在を知らない。

ジャグラーはただ、現実を受け入れられずに首を振った。

「キサマぁあああああああああああああ!!!」

憎い敵の姿を探すと、遥か後方でニエがジャグラーの上膊に握られたリングを弄んでいた。

 

 

「へぇ、これが…………。これは頂いていきますね」

にっこり、とほほ笑みニエは立ち去ろうとした。

 

『待て、卑怯者。貴殿は武人ではない……その力に溺れる愚者の雰囲気が感じられるぞ』

 

「バキシム」だった、はずの大きな肉塊の残骸に両手を合わせ祈りを捧げた実篤が、怒りを内側に含んだ声音でニエに叫ぶ。

 

 

「……なに?」

 

「聞こえなかったのか、卑怯者。キサマは本当の強さを知らぬ。孤独の強さになど、意味はないのだ」

 

その言葉を聞き、ニエは「あっはははははは」と大笑いをし始めた。まるで狂ったように。

「あははは、実篤さん……いえ、門番。貴様こそ口を慎んだ方がいい。雑魚だから、父上の駒として見過ごしていたが、看過できない領分を教えてやる」

抜き身の刀を右手に持ち替え、低い姿勢からニエは尖剣を実篤に合わせる。

 

まるで穏やかな湖面の水面に似ていた。

そこにたった一瞬だけの漣が立つ。そんな連想すらされた。

 

ニエは実篤との遠い距離を一挙に縮め、素早い斬撃を幾度も繰り返した。

彼の速度は、距離を感じさせない芸術的なものであった。それこそ、「神」の領域にあるように。

 

 

…………だが。

実篤はそれを待っていた。

二振りの青龍刀が巧妙にすべて斬撃を捌いていたのである。彼は「目」ではなく、すべて直観と経験という武人の培った、そして人外としてのすべての能力をかけて動かした。

鋼同士の衝突は幾度も、幾たびも続いた。

「くそっ、死にぞこないがッ!! 過去の亡霊めッ!」

「ああ、そうだ。小生は過去の亡霊。所詮過去に囚われた哀れな者だ」

揺るぎない眼差しと言葉でニエを圧倒する。

伯仲したかと思われた斬り合いも数十撃目で唐突な終わりを迎えた。

「――仕方ない」ニエは表情を苦々しく引き攣らせ、手の甲を犬歯で傷つけた。

紅だった瞳の色がさらに濃度を増して、真紅に変化した。

速度が更に急激に速さを突破し、実篤の脇腹を裂き破った。

「ヌゥ、」と、初めて実篤は苦悶を上げた。

既に足腰が限界だったのである。この綻びをニエは見逃す筈もなかった。

容赦なくニエは攻め立てた。

大きくなった隙から両肩、両足を次々と削っていった。溢れ出る液体はノロの橙色だった。実篤は今更、この体に限界を感じていた。

(小生も、所詮はこの程度……か。)

二振りの青龍刀で巧妙に防ぎ反撃を試みるも、無駄。

「おい、どうした死にぞこない。お前の挑発悪くはなかったが――この程度なら話にならんぞ」

ニエは苛立ちを残しながら笑う。

 

 

そして。

「トドメだ。」

短く吐き捨て、ニエは実篤の分厚い胸板を中心から刃で刺し貫いた。マグマのような温度が胸から溢れかえった。

「グフッ、」

口から血が盛大に飛沫をまき散らす。

両手から青龍刀が零れ落ちた。

…………これが死か。

恐らく、このニエの使う刀は特殊なものだろう、それこそ御刀のように。

神経のすべてが麻痺を始めた。

実篤の視界が白く霞み膝から力が抜けてゆくようだった。

 

ニッ、とニエが口端を喜悦で歪める。

「雑魚がイキがるからだ…………。」無情に吐き捨てる。

 

 

『うぉらああああああ!!』

右横から猛烈なスピードで衝突する人影があった。

――――グッ、と命を奪った直後で完全に油断していたニエは思い切り弾き飛ばされた。

砂埃を盛大に巻き上げ、地面を転がりながら起き上がると煙幕の中から重心を片方に傾けた少年が立っている。

「気にくわねぇなお前……。」

激痛に腹部を抑えながら百鬼丸は左腕の刃を突き付け、ニエにいう。

激情に駆られた少年は、ニエと同じ顔をしていた。

「…………お前、何者なんだ!?」一瞬言葉に詰まる百鬼丸。

まるで瓜二つ。同じ背格好。顔立ち。およそ他人とは思えない。

 

突然の闖入者である百鬼丸に一瞬だけ虚を衝かれたニエだったが、

「あはははははははは!! ここで憎きキサマに出会うとはなァ!!! 死ね、出来損ないッ!!」

 

「んだとテメェ!」

「出来損ないめッ、我々の中でも本当の出来損ない!!お前のようなゴミが平然と生きていられることに反吐が出るッ!!」

 

百鬼丸は大腿部に搭載されたリボルバー方式の加速装置に手をかけた。

もう一度加速して奴を仕留めよう――――。

そう思った瞬間には遅かった。

地面に転がった刀を素早くつかみ取り、持ち前の神速によって百鬼丸に突進。判断のズレによって生じた数秒が百鬼丸には油断に繋がった。

「くそっ!!」

リングを持った左腕の肘で百鬼丸の喉を押しつぶしながら地面に勢いよくたたきつける。

血反吐を吐き捨てる暇もなく、百鬼丸は地面に押し倒された。躊躇なく刃が百鬼丸の首を斬ろうとした。

 

 

―――――ガギィン。

しかし、無意識にニエの刀は別の闖入者の刃と激突していた。何度目の奇襲だ。うんざりしながらも、今度はその相手の存在には悪い気はしなかった。

「…………お前か。」

冷淡に、しかし微かなやさしさを帯びた声でニエはいう。

 

刃の視線の先には華奢な姿が映し出された。

撫子色の柔らかな髪をふんわり外気に翻し、浅縹色の瞳が細い眉で顰められている。

甘い、幼い匂いが嗅がれた。血みどろの中ではそぐわない匂いだった。

「あの時の百鬼丸おにーさんじゃない人、だよね?」

囚われた当初、接した。

結芽には彼が悪い人間だとは思えなかった。ただ、今は百鬼丸の命を奪おうとしたために体が自然と動いたに過ぎない。

ニッカリ青江が、光沢を帯びて迫る。

「……お前とは争いたくない」

「へぇーそうなんだ! でも、百鬼丸おにーさんを傷つける人は許さないから」

白と黒が印象的なシュシュのリボンが一帯、結芽とニエの絡み合った視線を遮る。

 

 

このタイミングを見計らってニエは大きく《迅移》によって後退した。

渋々といった様子だったが、とにかく結芽とは戦いたくない。そんな意思表示を表して、ニエは微かに悲し気な目で結芽を見、黙ってそのまま元の暗闇の中へ撤退した。

 

ニエが最後に見た光景は、結芽が膝を屈して地面に倒れ伏した百鬼丸の頬を撫で安否を確認する場面だった。

 

『……………ぼく〝たち〟は所詮、出来損ないにすらなれない、か』

闇に吸い込まれた呟きは孤独に、虚空に反響した。

 

 

 

 




最近、刀使ノ巫女のOPスタッフを見てたら、絵コンテが金子ひらくさんだったことに驚いた…………。


今更知ったけど、凄いなぁ……。
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