刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第15話

 真っ暗な部屋の中、室内に設えられた五面のPCモニター。

 その正面一つのモニターに、チャットが映っていた。

 可愛らしい忍者動物のマスコットから、会話の吹き出しが出た。

 「ようこそ、グラディのご友人たち……」

 可奈美がたどたどしく読み上げる。

 ローマ字で記された名前はファインマン。

 椅子に座った姫和は問たわしげに累の方へ振り向いたが、「なんでもいいから会話してみて」と促されるままキーボードを打つ。

 

 FORM グラディ:あなたは?

 FROM Fine Man:Ally

 FROM Fine Man:たった二人の謀反者達

 FROM Fine Man:手紙は持っているな

 FROM Fine Man:立ち向かう覚悟はいいかね?

 FROM Fine Man:Yes/No

 

 矢継ぎ早に出る文字。姫和は手紙、という部分に反応しながら……当然のようにキーボードを押す。

 

 FORM グラディ:Yes

 FROM Fine Man:今日という日は完璧になった!

 FROM Fine Man:以下の場所へ

 

 FROM Fine Man:石崎郎へ……添付ファイル

 

 それをクリックしようと手を動かした――そのタイミングだった。

 

 窓ガラスが派手に砕けて散った。

 「「!?」」

 可奈美と姫和は即座に反応した。百鬼丸の忠告通り敵方の奇襲があった。

 小雨のように砕けた硝子の破片がカーペットの上に撒かれる。

 「可奈美ッ」

 いち早く反応したのは姫和だった。《小烏丸》を半分鞘から抜き出し、敵の攻撃を受け止めていた。

 薄暗い室内に投じられた青白いモニターの光。

 寂光を浴びて敵が照らし出された。

 一撃を受け止めながら姫和は考えた。

 (……あの制服は見覚えがある、確か、)

 「鎌府の……」

 しかし、そう呟くのが精一杯だった。

 鎌府の制服を着た『誰か』は室内を素早く虹の燐光でも撒くように剣技を繰り出す。

 《迅移》である。

 姫和は無意識に《写シ》を貼り、応戦する。

 (なんだ、この速さは!)

 一口に《迅移》といっても、レベルがある。これは今まで体感したことのない速度。

 (くっ、このままでは……)

 姫和は室内での戦闘を不利と判断し、割れた窓ガラスを一瞥する。攻撃をなんとか躱しながら、ベランダまでゆく。

 夜風が長い髪を浚う。

 高層マンションのベランダはゆうに数十メートルはあるのだが、迷わず姫和は背後から飛び降りた。

 

 紅い瞳が追ってくる……

 

 そう錯覚すらした。

 よく見ると、敵も躊躇なくベランダから飛び降りて追撃を行う。

 ゴォオオオオオオオオオオオオと耳をつんざくような凄まじい風に煽られながら、駐車の地面に着地する。

 正眼に構えた敵の姿。それを見据えながら、姫和も応戦の構えをとる。

 (一瞬ではなく持続的に迅移を……?)

 ならば、と姫和も《迅移》を使用する。

 地面を蹴り上げ、一気に間合いを詰める――筈だった。

 しかし実際は相手も《迅移》を使い、逆に間合いをとるタイミングを誤った。結果として、左斜めからの斬撃が一閃、姫和を襲い《写シ》を引き剥がす。

  斬られ際、後ろへ大きく飛び退いて、片膝をつく。

 「まだだ……」

 苦痛を堪えながら、姫和は再び《写シ》を貼り《迅移》を試みる。

 「ならばこちらも!」

 黒髪を翻し、宣言する。

 余裕綽々に正眼に構える敵。 

 今度こそ間合いを詰めるタイミングを間違えない、そう思いながら加速する。

 正面から縦に御刀を振るう。

 が。

 相手は虹色の残光を曳いたまま、大きく旋回して姫和の背後をとる。

 「もっと、もっと深く!」

 《迅移》の性質上、より加速を行うためには潜らなければならない。異能の力を得るには、異界の扉を叩かねばならぬのだ。

 姫和の視界は狭窄に陥った。虹のゲートの中心に敵がいる。

 加速。加速。加速。――加速。

 右斜め下から、小烏丸の切先が敵を斬る。

 パリィン、と硝子が割れたような繊細な響きが聞こえた。

 《写シ》を斬ったのだ。

 これで敵の出方は封じた……そう思った矢先。

 あの不気味に輝く赤銅色の目がゆっくりと姫和を見る。

 ――そして

 まるでロボットのように、機械的に攻撃を仕掛ける。しかも、《迅移》を用いながら。

 「まさか、写シなしで闘う気か!?」

 困惑が口をつく。

 (斬るしか……ない!)

 覚悟を決めた矢先だった。

 「だめっ、姫和ちゃん!」

 可奈美の声が駐車場に響く。

 

 2

 「やっぱり来たか……」

 不愉快な感覚が百鬼丸には感じられた。

 廊下から足音がくる。そして、襖を開き、

 「ねぇ、百鬼丸くん」

 累が慌てた様子で言った。

 「敵襲ですよね?」

 冷静な声で訊ねる。

 「え、ええ」

 戸惑いながらも、頷く。

 (体の調子は……まぁ、いいところ六割くらいかなぁ)

 内心でボヤキながら包まっていた布団から抜け出す。

 「助かりました。あとは任せてください」

 百鬼丸はニィ、と口角を釣り上げると、ぽん。と累の肩を叩いて外へ向かった。

 

 

 一方、駐車場では可奈美と姫和――そして、敵の鎌府の学生が対峙していた。

 「お前に奴を斬る覚悟があるのか?」 

 姫和が厳しく相棒である可奈美にいう。

 「ううん、斬らないよ」

 そう答えたとき。

 鎌府の少女が可奈美へ真正面に斬りかかった。

 はやい太刀筋を簡単に逸らして、いなす可奈美はどこか、怪訝な表情だった。

 (この子、前と違う)

  数合打ち合いながら、可奈美は徐々に疑念が確信へと変化した。

  と、もう一個の強烈な存在感が背後から歩み寄ってくるのを、可奈美は知覚した。

  それは対峙する相手も同じだった。

 「……よォ、その目はなんだァ?」

 突然の聞き馴染みのある声。だが、その威圧的な口調は普段の穏やかさはない。

 「百鬼丸!」

 姫和が思わず叫ぶ。

 わずか一〇メートルをゆっくりと歩きながら、不穏なまでのオーラを体から放出している。

 (なんだこの威圧……以前感じた鳥居の下での戦闘以上だ)

 姫和はあの時のことを思い出していた。

 だが現在の「百鬼丸」はそれ上に恐ろしい。

 自然と足が震えていた。

 その百鬼丸が、

 「なんだ、お前……その目、お前……アア、ソウカ。コイツハ人間ジャナイノカ」

 一瞬だけ、彼の横顔が外灯に照らされた。

 

 鬼。

 いや、鬼より恐ろしい『殺意』の仮面で顔を塗り固めた百鬼丸。

 打ち合っていた可奈美と相手も思わずその方向に釘付けとなる。

 心なしか彼が歩む度に、見えない殺意の透明なオーラが揺らめく気がした。

 彼は左の手に握った通常の刀を抜き出し反対の手に持ち変える。

 「オマエヲ……」

 カタコトの口調で刀身をギラつかせる。直感でその場の皆が理解した。完全に殺しにかかっているのだ、という事を。

 と、

 「だめ、百鬼丸さん」

 可奈美がいち早く制した。――否、制しながら気を奪われた相手の御刀を低い体勢から柄を握り、地面へと投げ捨てる。

 「武器を奪った……」

 姫和はただ驚くより他にない。

  武器を奪われた鎌府の少女は、その瞳から不気味な色を消した。その場でヘタりこんだ彼女は年相応のあどけなさが残っていた。

 

 「百鬼丸さん、待って……」

 凛然とした様子で背後の百鬼丸にいう。

 「私に任せて」

 優しい声音で、振り返りながら微笑む。

 

 笑顔にほぐされるように、百鬼丸は渇いた喉に二三の唾を飲みこみながら、次第に理性を回復させた。

 「――ああ。そうだな」

 気力を少しずつ抜くように、百鬼丸は呼吸をする。

 (まさか、コイツ……)

 姫和は苦い顔をしながら、しばらく少年が通常に戻るのを待った。

 

 3

 結局、襲撃の犯人は糸見沙耶香という、御前試合で可奈美が対戦した者だった。

 彼女には聞きたいことが山ほどあったが、口下手なのかそれとも中枢のことを知らないのか得られた情報はほぼゼロだった。

 だが一応の収穫もあった。

 累の部屋までつれてきたあと、百鬼丸が理性を保ちながら、沙耶香を頭のてっぺんからつま先まで眺めた。おもむろに彼女へと近寄って偽物の鼻でクンクンと匂いを嗅いだ。

 「……?」

 尋問でも受けるものだと思っていた沙耶香は不思議そうに百鬼丸と相対していた。

 少女の匂いを嗅ぐ少年。

 外見だけみればただの変態。

 当然、女性陣のゴミを見るような冷たい視線に耐えながら続けた。

 「――ん?」

 百鬼丸は沙耶香の色素の薄い白の髪に隠れた細い首筋から強烈な『ナニカ』を感じた。

 「少し失礼する」

 うなじの髪の中へ鼻を突っ込んだ。

 

 

 「んなっ!」

 その様子を遠目から見ていた姫和は、唐突なセクハラに声をあげた。

 可奈美は「うわぁ」と更に目を細めて軽蔑した。

 

 (やっぱり)

 「あっ……」

 擽ったいのだろうか、沙耶香が可愛らしい悲鳴をあげる。

 「やっぱりだ。そうか……わかったぞ」

 百鬼丸が振り返る。

 ジト目で睨む可奈美と姫和。

 それらを面白そうにスマホのカメラで撮影する累。

 「っておい! 人の話を聞け」

 「黙れ変態。地獄へ落ちろ」

 「百鬼丸さんって、やっぱり相当な変態だったんだ……」

 「あははは。ほんと、君たち面白い」

 

 そんなこんなで馬鹿なやり取りを数分続けた後。

 「っで、ノロの匂いがする……違うか? ええっと、名前は」

 「沙耶香」

 「ああ、そう。沙耶香……」

 暫し躊躇ったようだが、この状況でシラを切ることもできないと合理的に判断したように頷く。

 「……そう」

 やっぱりか、と百鬼丸は軽い調子でいった。だが彼の握られた拳が震えている。

 激怒していた。

 理性で堪えながら、人体へノロを取り込むという愚劣な行為に憎悪していた。

 ふと、百鬼丸が沙耶香の顔をみる。

 「……あの、あんまり近寄らないで」

 百鬼丸を遠ざけようとした。しかも顔が赤い。

 「当然の反応だ、その変態に触られるとどんな行為をするか分からん」

 姫和が追撃する。

 「結構、気持ち悪いよね、百鬼丸さん」

 笑顔で毒を吐く可奈美。

 「っええええええええええええ! 今までおれの説明きいてた? あと累さん。パシャパシャパうるさい」

 

 

 百鬼丸の肉体はノロにとって最高の餌であり、最高の依代。

 即ち、人体に取り込んだ場合ノロが活性し、百鬼丸自身が近づくことによって様々な作用を肉体に及ぼす。

 ノロが百鬼丸の肉体を欲する……つまり、催淫効果が無条件に発生する。

 「……はぁ……ぁ、近寄らないで」

 機械のように表情に変化のない筈の沙耶香の頬は上気する。

 なお、現段階でその効果について全くの無知な百鬼丸は、

 「やはり、ノロが活性化しているのだな?」

 名探偵風に推理してみる。

 半分正解なのだが、半分不正解な事柄を自信満々に叫びながら、沙耶香のおでこを触る。触診して体調を判断しようとした、いわば全くの親切心である。

 ……このタイミング以外であれば百鬼丸は、あるいは「いい男」として名を上げただろう。タイミングさえ間違えなえれば。

 「……ぁぅ」

 恐ろしくはやい鼓動。持続的な興奮状態。

 小さく悲鳴を洩らし、潤んだ瞳のまま腰を抜かした。フローリングに尻餅をついた。

 「あ〜」

 累が色々察したらしい。百鬼丸の後髪を掴んでグイグイと沙耶香から距離を遠ざける。

 「もう心配しなくていいから、ね」

 可奈美が苦笑いしながら、手を差し伸べる。

 「う、うん」

 急速に取り戻す理性の感覚を沙耶香は感じていた。

 その傍で姫和が、「あの変態、ついに女子に触るだけで妊娠させる方法でも……」と百鬼丸の方向を睨みつけながら文句を述べていた。

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