刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第150話

『管理棟エリア、損害軽微とのこと。施設各所の防衛ライン突破。至急応援を要請する。繰り返す、防衛省市ヶ谷基地に維新派を名乗る刀使の部隊が強襲。現存戦力により応戦するも被害甚大。至急応援を求む――――。』

 

 

午後11時過ぎ。東京湾岸埠頭。

無線からひっ迫した女性の声が流れ続けていた。

運転席の開いた窓に半身を入れた無精ひげを生やした男は、ニタニタと笑いながら右手に握った歪な形状の「刀」を引き抜く。直後、プシュ、と勢いよく鮮血が車内のフロントガラスを濡らし、大きな飛沫を浴びせた。

「やはり、生の肉を切り裂くのはいい」低く渋い口調で男は言う。

…………犠牲者、である警察車両の警官は、驚愕と苦痛の表情に固まり絶命した。

ボロボロに破れた法衣のような上着を風に靡かせながら、危うい顔つきの男は無線機へと手を伸ばす。

無線機の螺旋を描く線がピン、と張り、

「そこに、強い者はいるのか……?」

と、訊ねた。

ここまで随分と長く、長く待たされてきた。それも今夜で終わりだ。明日からは血肉の狂乱が始まる。それは、まるで祝祭のようだった。

(――――考えただけでも胸が疼く)

男…………腑破十臓は、内心で思う。

この退屈な世界に来てマトモに刃を交えたのは、あの少女――衛藤可奈美以外には存在しない。彼女ならば、或いはこの飢渇感を癒してくれるだろう。

『あなた、誰っ――――』

無線からは半ば悲鳴に近い怒声が飛んでくる。恐らく、無線の相手は長船の刀使であろう。施設防御を固めつつ増援までの時間をつくる……その重責を果たしている最中。

 

少女はとにかく助けを求めている。

 

そう、考えを巡らせて十臓は軽く首を振った。

「人間の肉を切り裂くのは心地いいだろう?」

『…………冗談じゃ済まないわよ?』

戸惑いを隠すように少女はいう。

「ふふっ、あははは。そうか、この世もまた太平無事な世相だったな。まったくつまらん。人は本能に従う。抗い、抗い、そして屈服する。目・耳・鼻・舌・身の五識が解る筈だ」

『これ以上ふざけないで。無線の相手は……? どうしたの?』

「どう? どう……か。つまらぬ肉だった。手応えがない。ただ包丁で肉塊を斬るようだった」やや寂し気に、十臓は答える。しかも至って真面目に。

『ふ、ふざけないでッ!!』

通信相手の少女は怒鳴った。これ以上の混乱を受け入れられないとでも言うように。半ば懇願のようでもあった。しかし、それを無慈悲に軽くあしらうように、「フッ」と鼻を鳴らす。

 

―――――……プッ、……――――――。

 

と、無線が途中で切断された。ただ、無線機からはノイズだけが砂嵐のようにザザ、と聞こえるに過ぎない。

つまらなそうに、十臓は無線を投げた。

彼は首をゆっくりと上げて周囲を見回した。腑破十臓という男を追い詰めるように辺りを警邏車両がパトランプを回転させながら停車していた。交錯した眩いランプの光が夜の空気に無数に交錯した。アスファルト地面には色濃いタイヤ痕と焦げたゴムの匂いが充満している。

 

 

しかし、それ以上に夜気に交じって内臓の悪臭が漂う。

 

 

十臓の握った刀の刃先から滴る血液は、滴り重く舗道に血痕を落とす。

首を巡らすと、地面に倒れ伏した警官たちの亡骸があった。ざっと数えても一〇体以上が無残にも、十臓の手によって亡き者とされた。

「これ以上待つことはできないぞ。秀光――。」

東の方角を睨み据えながら十臓が横顔にこびり付いた血に気が付き、指先で拭うと口元に運んで舐めた。

まるで、果汁を嘗めるように美味しそうにベロを出して味わう。

鉄分の味が口腔を満たす。一気に気化したように芳醇に血液が口の中で溶け去った。

……だが、満たされない。

まだ、満たされないのだ。この身も、心も、強者の血肉を求めているのだ。

 

 

 

防衛省正面玄関ホール。強化ガラスの自動ドアがすべて破損しており、ガラスの破片があちこちに散乱している。しかも、周囲には綾小路の制服を着た刀使たちが気絶している。最新式の黒色S装備に身を固めた彼女たちは、忠実なタギツヒメの尖兵として防衛省に強襲を仕掛けたのである。

――その首魁、タギツヒメが喜悦に満ちた眼差しで、

『さぁ、我が身へと帰れ』と、告げる。

それと同時に口づけを交わして、体内へと神性を流入させた。

目前のタキリヒメには、真っすぐ胸を刀身が鋭く貫いている。口元から一筋の血が流れた。

無論、すでに両腕は切断されて抵抗が不可能だった。

無慈悲に引き抜かれた御刀に従って、タキリヒメは膝から崩れ落ちた。

冷やかに、それを眺めるタギツヒメ。彼女は機械的に右手を振り下ろし、タキリヒメの目元を覆う仮面を軽く切った。

綺麗に割れた断面から初めて、タキリヒメの素顔が露わになった。

 

 

「タキリヒメっ!!」

可奈美が叫ぶ。

維新派の襲撃を防いできた可奈美たち六人は既にボロボロであった。それでも何とか立っていられたのは、ひとえに「タキリヒメ」と分かり合えると強く思っていた――可奈美一人だけであった。

人を支配する…………その断固とした考えを変えて、人と共生する……そう分かりかえると思っていた。

その強い気持ちだけが少女を立たせ、そして最悪の結末を用意して導いた。

しかし、今はもうすべてが遅かった。

タキリヒメは死を受け入れ、慈愛に満ちた眼差しで可奈美の方を見る。

「ああ、そんな顔をしていたのか…………。千鳥の娘」

穏やかな口調、穏やかな目の瞬き。

「タキリヒメ……っ」

限界に搾った声で可奈美は呼びかける。

 

 

「どこまでも…………飛ぶ姿が見えた…………」

 

 

「えっ……?」

可奈美は唐突な言葉に、一瞬困惑の表情を浮かべる。

 

「――――その刀のもう一つの名のように。雷すらも切り裂いて――――飛べ、人よ。迅く高く――――遠く――――。」

すべて呟き、言い終わるとタキリヒメの体は眩い光に包まれ、微粒子として肉体が分解されて弾け空気へと四散していった。

 

「タキリヒメ……?」

女神の言葉の真意を悟らぬまま、消えていった。それをただ茫然と眺めなが可奈美は、激しい虚無感に襲われていた。

 

その背後、

「―――――ッっ!!」

真紅の瞳で、十条姫和もまた女神の分解と吸収を凝視していた。

 

 

 

 

『ああ、心地よし。』

黒いフードの幼い容姿の女神が踵を返して立ち去ろうとしていた。

 

「タギツヒメっッ!!」

憎しみのこもった声音で、姫和は呼び止める。

 

『小烏よ。お前たちはタキリヒメと共に最善の未来を失った。せめて我が齎す終末をゆるりと楽しむがよい……。』

口端をキィ、と釣り無邪気な子供の笑みに似て、しかしその本質の邪悪さの滲み出た表情が姫和たちに向けられた。

 

「―――。」

 

『…………。』

 

姫和とタギツヒメの視線が衝突した。挑発的な顔に姫和は苛立ちを募らせた。

 

 

しかし、タギツヒメはそれだけ言い残すと、《迅移》を使い、タギツヒメとその残存の近衛部隊の刀使たちは姿を消した。

玄関ホールにはただ残骸と、意識不明な人の体、そして苦い敗北だけが取り残されていた。

 

 

 

「父上――いえ、秀光様。ジャグラーからリングを回収致しました。いかがしましょうか?」

長い白髪を地面に垂らし、首を垂れる少年の姿をした〝ニエ〟。

霞が関のビルの一角、情報戦略局の局長……轆轤秀光は、地下から戻り休息の暇もなく翌日の準備をしていた。

「ご苦労。よくやった。……それはお前でも扱えるのか?」

「はい」

「ならば、手はず通りに明日、渋谷で使え」

「ハッ!」

傅いた少年は忠実な態度で返答する。

 

「それで、先程の話だが……番人は裏切った、か。燕結芽は記憶を取り戻した……なるほど。百鬼丸、キサマは悪運が強いようだ。せめて、刀使の手によって処理されれば良かったものを」

憎々し気に秀光はつぶやく。

執務机に積まれた資料に目線をやりながら、

「……まあいい。明日、この世界は地獄になる。そしてタギツヒメの齎す終末……最高だ」

「――――父上、」

素早く背後を振り返り、

「その名で呼ぶな!! キサマも、百鬼丸も…………」

秀光の瞳の奥には熾火のような光が弾け、憎悪のドス黒い部分を言葉に変えて吐き捨てようとした。だが、途中で思いとどまった。

「もう、ラッパが鳴った。これが人類の贖うべき罪だ」

目を閉じて、彼の計画が最終段階に入ったのだと実感した。そして、概ね計画通りな事に満足していた。

 

この日、誰にとっても一番の長い一日が終わり、そして苛烈な「長い一日」を迎えようとしていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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