刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第151話

「クソッ!! 秀光ゥ、キサマだけは許さんぞッ!!」

ジャグラーは激しく吼えながら切断された右腕を庇うようにヨロヨロと立ち上がり、歩きはじめた。その行く先はただひとつ、リングを取り返すために。

人間の容姿で覚束ない足取りでも、強い憎しみを孕んだ眼差しだけがいたずらに炯々と光っていた。

「許さん、許さん、許さんッ」呪詛のような独り言を繰り返し、いつしか姿は闇の奥に溶けてゆく。

 

 

 

その哀れな後ろ姿を眺めていた《番人》こと御門実篤は、倒壊した天井の巨大な瓦礫に背中を預けながら、浅い呼吸で何とか意識を保っていた。

「お主もまた、満たされぬ者だったのか――。」

実篤は、低く言って瞑目する。

 

 

 

 

 

仰向けで地面に転がったまま、

「ウッ、……げほっ、げほっ。わりぃけど肩貸してくんねーかな?」

破れた腹部を右手で抑え、苦悶に呻きつつ百鬼丸は背後から駆け足で歩み寄る獅童真希に言った。

「あ、ああ」

まったく、一瞬の出来事で目まぐるしく展開する戦闘に一歩も動くことが出来なかった。否、人の領分を弁えているからこそ、体が動物的本能によって行動を止めていた。

忸怩たる思いを抱えつつ、真希はふと少年の傍で座る少女――燕結芽を発見した。

「……結芽」

そう言ったきり、二の句が継げずにいた。

「死なないよね…………?」

真希の存在を気にも留めないほど、極度に強張った顔つきで結芽はか細く呟いた。

「げほっ、げほっ、…………ッ、まあこれくらいなら休んでたら自然に治るからへーきへーき」

困ったように眉を曲げて、百鬼丸は安心させようと無理やり笑った。

途端――――。

「全然平気じゃないよっ!!」

突然の大きな声に思わず、百鬼丸は目を丸くした。

「お、おう……。」

「誰かが私の前からいなくなるのは寂しいよ……。」まるで縋るように百鬼丸の血濡れた腹部の傷口に結芽の小さく冷たい掌が二つ、百鬼丸の手の甲に重ねられた。それは、意味の無い行為なのかもしれない。けれども、ここに存在していることを確かめようと触れていたいと少女は思った。

その様子を見ていた真希は、

「――結芽」と、意外の感に打たれたようにつぶやく。

これまで自身の「生命」と「死」についてのみ考えてきた少女の面影はなく、ただ他者のためだけに必死になれる燕結芽という少女の一面を垣間見た気がしたのだ。

ぽん、と不意に肩を軽く叩く感じがして振り向くと此花寿々花が柔らかい表情で真希に微笑みかける。

「生憎と、百鬼丸さんの生命力はおよそ常人のソレとは明らかにことなりますわ。ですから結芽もそこまで心配しなくても結構ですよ。それと、真希さん」

「ん?」

「結芽も、わたくし達の知っている〝刀使〟から徐々に変わっているのかもしれませんわね」

――ああ、そうか。

と、真希はその瞬間納得した。

これまで結芽の行動原理は良くも悪くもすべて自分本位の――子供っぽい独善的な生き方だった。それは、大人になる「時間」を持つことが許されなかった為である。

しかし、今の彼女は違う。少なくとも大人になるまでの時間が与えられたのだ。

 

 

 

寿々花の説明を聞いた百鬼丸は、

「ほら、ああやって高飛車お嬢様が言ってるんだから安心しろよ。それにほら、イテテ、手が汚れるぜ」

「なっ!」

百鬼丸に高飛車お嬢様とあだ名を付けられた寿々花は顔を真っ赤に怒鳴ろうとしたが、危うくの所で言葉を呑み込んだ。流石に場面くらいは弁えている、と平静を保つ。

そんな寿々花の様子を隣でみていた真希は思わず「ぷっ」と噴き出しそうになる。

キッ、と鋭い眼差しで寿々花がけん制すると、真希は「ゴホン」と咳払いをしてごまかした。

しかし、安心しろと語る言葉には一切耳を貸さず、結芽は震える。大きな瞳には涙が滲み始めていた。

「…………手なんて汚れてもいいよ。私の前から居なくならないで………」

かつて、孤独だった。

孤独は時間を増すごとに深く強く、自分自身を束縛する。

両親が愛したのは、「結芽」ではなくて〝最年少で刀使になった神童だった燕結芽〟だった。

それはまるで綺麗な宝石を愛でるように、慈しむように接していたのだ。

まだ何もしらず幼かった自分は、ただ親や大人、周囲の与える「愛情」を求めていた。それが、病室に移されてからも、変わらず誰かの「無償の愛情」を求め続けた。

 

 

〝誰も、私のこと要らなかったんだ…………。いい子にしてきても、意味なかったのかな?″

 

小さな病室で、朽ち行く肉体という牢獄に囚われながら日々を過ごした。

 

もっと、愛して欲しい。もっと、傍にいて孤独を埋めて欲しい。

ただ、誰かが傍に居るだけでよかった。

――それが叶わぬのならば、せめて憎まれてでも誰かの記憶に強烈な印象を焼き付けるべきだ。

 

 

『お前はよく頑張ったな……。』

これまでの自分の過ちを責めるわけでもなく、傲慢を諫めるでもなく、一言で心が満たされた。物理的に傍に居るだけではなく、たったその言葉だけで燕結芽という少女が救われた。

例え、百鬼丸が自らの目玉を抉りだして捧げなくとも、その一言を待っていた気がする。

 

人の優しさに、これまで触れてきた筈なのにそれに気が付けずにいた。

本当の無償の愛情とは、何なのだろうか?

百鬼丸の血液に手を濡らしながら結芽は考える。下唇を思い切り食いしばり、泣くことを我慢しながら考える。

「私、どうしたらいい……? どうしたら百鬼丸おにーさんの役に立てるのかな?」

「おれの為? あはは……やめとけ、やめとけ。うーん、でもそうだな。じゃあ約束してくれよ」

「うん、なんでもする……。」

百鬼丸は薄暗い中、結芽の目を真っすぐと捉えながら口を開く。

「まずは、友達を沢山つくろう。ごはんを食べて成長しよう。自分のやりたいことを沢山しよう。何も諦めなくていいから、とにかく挑戦しよう。そんで――――」

何を言うべきか迷って視線を宙に漂わせ、ああ、と思いついたように一人で勝手に納得する。

「そうやって、おれを心配できるよーになったんだから、もう怖くないだろ? 人にも優しくできるよな? んじゃ、完璧だ」

ニヘヘ、と笑いかける。

全てを聞き終わった結芽は瞬きをしながら、ありふれた文句を一々胸の中で反芻して、小さく言葉にして呟き、頷く。

「人に裏切られるのは怖いよな。孤独は寂しいよな。んでもさ、お前が一人じゃないって解るだろ? ほれ、そこの親衛隊の連中もいる。怖くないもんだぜ」

百鬼丸が目線を向けると、真希と寿々花は無言で強く肯定するように頷いた。――彼の言葉以上の意志を込めて、見返す。

 

「……でも、だって、いいのかなぁ」

小刻みに声帯が震える。

「ん? 何がだ?」

「これ以上、幸せな気持ちになっても本当にいいのかなぁ――――」

百鬼丸の腹部からゆっくり手を離すと結芽は細腕で、頬から伝う涙のあとを拭う。

「あははは、ばっかお前。そうだぞ! 〝よく頑張りました〟の人間にはご褒美があるんだぜ!」

うん、うん、うん…………と、結芽は黙って聞いていた。

少なくとも彼の話す態度も姿勢も、お節介で馬鹿馬鹿しく押し付けがましいかった。それが妙に心地よかった。

 

――――だが、百鬼丸はたった一つだけ彼女と約束をしなかった事があった。

 

彼女の傍にいる、という部分を百鬼丸は故意にはぐらかして答えた。

 

しゃがみ込み、年相応に泣き続ける少女の孤独を分かち合うことが百鬼丸には重要だった。きっと、この先の人生に己は居なくとも、進んでゆける。

……いつか、普通の人間に戻るその日まで。〝刀使〟という役割を終えるその日まで。

 

 

百鬼丸は目を細めて泣く少女の頭を撫でる事ができなかった。

右手は夥しい血液に濡れ、左腕は剥き出しの刃――――。

 

人を癒し、愛情を育む権利を彼はどこにも有していなかったのだ。

 

 

(ま、おれらしいよーな。)

肩でも竦めたい気分だった。

 

…………その時。

半ドーム状の奥から一筋の光が平行に貫かれた。

「!?」

思わず驚き、百鬼丸が目をその方角にやると人の足音が聞こえる。

 

 

 




今更ですけど、ここまで読んでくれてる人ありがとうございます(笑
展開を早くしていくと思います。

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