刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第153話

……闇に慣れた目には眩い光の先には、老人と若い男の姿が並んで歩み寄る。

 無論、それが松崎老人とフリー記者の柴崎だということは百鬼丸自身すぐに理解できた。

 乾いた唇をゆっくりと微笑に歪め、少年は口腔を開き淀んだ闇の空気を吸い込む。

 「生きているのか……?」

 戸惑い気味の口調で老人は地面に転がる少年を照らしあげた。粉っぽい懐中電灯の光が克明に肉体的消耗の著しい少年を「光」と「闇」の二つを克明に分ける。

 長い黒髪の間から覗く瞳の水晶体に輝きが加えられ、鋭い光が反射していた。

 ――ええ、なんとか。

 搾り上げるように少年は呟く。

 腹部は柘榴が皮を破ったように内臓が微かに露出し、少年はそれを辛うじて指で押し込んでいた。こんな一連の〝おぞましい〟動作と映像が二人に強烈な印象を与える。

 しばらく言葉を失い、彼の惨状を眺めていたふたりに、

 『おじさんたち、だれ――?』

 強い敵意に満ちた口調で誰何する声がした。――――その声は、場違いな程に幼く甘く柔らかいものだった。

 ズリッ、と靴底の擦れる音がした。

 人の気配の方へ光を向けると、撫子色の腰元まで伸ばした髪の少女が細い手首で目元をぐしぐし拭いながら、刀の柄をガチャ、と金属を響かせ握ろうとした。

 明らかに臨戦対戦を整える風であった。

 「――――この人たちはおれの知り合い、だ」少年が穏やかに言った。

 それから左腕の刃を少女の前に翳して剥き出しの敵意を静かに押しとどめる。

 結芽は一瞬、躊躇うように地面の少年に視線を向けたが、彼は苦痛を堪えるように笑みを浮かべるだけだった。

 悲痛そうな表情で少年を一瞥しながらも、こくん、と少女は幼い子供のように従順だった。氷を溶かすように敵意を消した。

 

 

 「キミはもしかして、元折神家親衛隊の燕結芽…………かい?」

 柴崎は驚きながら目前の少女が何者であるか推量していった。

 「おじさん、誰?」

 「お、俺はフリーの記者だよ。柴崎岳弘。百鬼丸くんの知り合いだよ。それでこっちの老人が松崎さん」

 「誰が老人だ」

 「見た通りですよ、老人じゃないですか?」

 「あ?」

 「なんで急に耳が悪いフリするんですか?」

 「ふん、若造ごときが…………」

 「無茶苦茶だなこの人」

 岳弘は首を振りながら、バックパックに収められている医療品のキットを取り出そうとした。

 「…………柴崎さん、大丈夫ですよ。あと一、二時間すれば治りますから」

 「いや、でもそんな大けがを見過ごすわけには、」

 「へへへ、忘れたんですか。おれ結構しぶといんですよ」

 「ダメだ。すぐに治療しよう。すぐに病院を――――そうだ、燕さんも説得を、」

 水を向けられた結芽は、しかし、小さく否定の首を振った。

 「……どうして」と、岳弘は呆然としながら百鬼丸の傷口に光りを当てた。

 真横に裂けた傷口はゆっくりと、ナメクジが這いまわるような速度で皮膚同士が接着を始めていた。映像の巻き戻し映像を眺めている気分だった。

 岳弘の凍り付いたような表情を見上げながら、少年は苦笑いを漏らす。

 「ね? 大丈夫でしょう?」

 「あ、ああ」

 同意するより他に方法がなかった。彼は明らかに常人とは異なる、それは頭でも実際の行動でも見てきたつもりだった。だが、実際に瀕死の状態から蘇生しつつある今、彼が本当に規格外な存在なのだと了解させてくれた。

 「あり得ないですよね――――松崎さん、あれ、松崎さん?」

 岳弘は返事も気配も感じられない背後を振り返り、老人がその場から居なくなっている事に気が付いた。

 

 肉眼を必死に動かして老人の姿を捜した。

 すぐに、懐中電灯の明かりが右斜めの方角から、ゆっくり移動しているのに気が付き、安堵の溜息と共に疑念を感じた。

 「なにしてるんですか? こんな所でボケても仕方ないじゃ――――」

 若い記者は、言いかけた言葉をすぐに呑み込んだ。

 松崎老人と懐中電灯の光が進む先には、石像のように両膝を屈した巨大な〝何か〟が存在していた。

 (あれは……?)

 仄暗い闇の皮を更に捲るように、岳弘も歩き出した。

 目測で約七メートルの距離からようやく肉眼で、〝それ〟が人間の形態をしているのだと知った。

 堆く積まれた瓦礫の上、ただ黙然と両膝を立て俯く「巨像」――――。

 微かに天空から糸のように一筋の光が洩れ、虚像の額から左肩を射抜くように照らしていた。

 松崎老人は、それが誰であるのかを知っていた。

 「少佐、どの」

 口元が震えていた。

 乾涸びたと思われていた涙腺は涙をつくり、目端から透明な流れをつくった。

 「お逢いできて光栄で〝あります〟」

 かつて馴染んだ言葉で老人が言った。

 巨像の顎が、動いた。

 『虎、か…………。』

 松崎老人の方向へと頭を動かし白目だけの両目で、視線を与える。

 「はい、虎です」

 『そうか、しかし、前に見たときよりも随分と〝年をとった〟んだな』

 目前の現実に深く驚いた様子だった。

 その生真面目な口調に、松崎老人は思わず口元を綻ばせた。

 「ええ……何しろ七〇余年の歳月が経ちました。虎もこの通り、すっかり見事な老人になりました。それもこれも、貴方が、いえ、あなた方が守って下さった世界に生きた証拠です」

 巨像が、そこで初めて硬かった表情に微笑の色彩を加えた。

 「そうか…………小生の、この人生は誰かを守っていたのか」

 「はい。少佐どの、貴方に折神家〝ご当主″様からの『密封命令』がございます」

 「ご当主様……?」

 「貴方のご当主様はたった一人ございましょう?」

 ――――ああ、そうか。

 巨像は、松崎老人の一言に納得した。

 松崎老人は何重にも和紙で巻いた紙の束を解き、その中から経年で色褪せた紅のシーリングスタンプで密封された封筒を取り出す。

 

 ……いわゆる密封命令である。

 

 軍事上の伝達をする際、機密を高めるために密封書として保管される。指定された日時をあらかじめ選ばれた人間が封書を開く。ごく一般的な機密保持の方法であった。

 

 「ご当主様から、預けられたものでございます」

 「…………。」

 無言になった巨像のような人影は、薄暗い闇の中で息をひそめている。この暗闇は自らを戒める牢獄であり、生命を終える棺のようにもみえた。

 松崎老人は、緊張で震える指先を制しつつ密封を切った。

 

 『――――さんに伝えて下さい』

 

 若い女性の声が耳の奥で甦った。

 『この密封命令は、こんど実篤様に出会った時にお渡しする予定だったのですが――それが叶わないようなので、虎之助くんに頼んでも宜しいでしょうか?』

 フラッシュバックする記憶の断片が、鮮明な映像として瞼の裏に思い出される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 1

 「急に呼び出して申し訳ございません」

 ご当主様は以前のように柔らかく優しい口調でいった。

 入営直後、厳しい訓練を受けたあとに配属されたのが本土決戦用の防衛部隊だった。配属される移動途中、ぼくだけが特別に呼び出された。

 ――だけどこの人が居るという事で大体の事情は察することができた。

 ぼくは、日盛りの陽光を浴びながら直立不動で命令を待った。しかし、〝元″ご当主様は口元を綻ばせて小さく首を横に振った。

 「命令はしません。ただ――友人としてお願いをします。どうか聞いて下さい」

 兵士の一人ではなく個人として話がしたい……と、小さな声で付け加えた。

 

 周囲は軍用トラックが絶え間なく往来していた。

 東京の八王子方面から多摩丘陵に沿って掘削作業が続けられた。最終的な巨大地下坑道の計画が佳境に迫ろうとしていた。

 あとは、荒魂たちを制圧するだけで計画は終わる。

 本土決戦用に整えられた地下により、敵軍を破る。偉い人たちはそう考えているらしい。

 荒魂を倒すことが出来るのは〝刀使″だけ――――。

 しかし、今の時代刀使もまた軍属になっていた。以前のように荒魂だけを倒すことが目的ではなくなった。貴重な戦力になっていた。

 だから地下に籠る荒魂の掃討作戦にも刀使は大量に投入される予定は無い。

 ずっとその理由が不思議だった。でも、これで理由がわかった。

 

 

 …………だって、ぼくの目前にいる〝人″が荒魂を全部片付けるから。

 自分の直感がどうかしていると思ったけど、これまで刀使を投入せずに地下空間を確保し続けてきた説明と理由が「この人」以外に思いつかない。

 「――――? どうかされました?」

 〝元″ご当主様はフードの下で小首を傾げた。

 「い、いえ。では……お言葉に甘えて」

 直立不動を止めて、わずかに肩の力を抜いた。

 

 「ふふっ、良かった。出会ったあの時から随分と成長しましたね」

 ご当主様は、出会った頃のような声音と仕草でぼくの頭を撫でた。その手は柔らかく懐かしかった。姉の居ない今、懐かしさで泣きたくなった。

 そのとき至近距離からチラ、とフードの奥で光る瞳が見えた。

 橙色の光は燃えるように此方を窺っていた。

 「あっ」と、ご当主様は目を見られたことに気付き、すぐに身を引いた。

 しかしその弾みで頭を覆っていたフードが落ちる。顔の半分、額の辺りに生えた一角が反り返っている。髪も肌も純白の新雪のようだった…………。その瞬間、頭の中にあった疑問も全て氷解した。その神々しさには息を呑むほかない。

 この世の存在とは思えない、それこそ神様みたいだった。

 

 しかし、ご当主様は姿を見られたことを後悔するように下唇を噛み、恥を忍んですぐにフードを被った。

 「…………このあと、実篤様に会う予定になっています。ですが、もう人ではない私では実篤様に私の心の内をお話しすることは出来ません。せめて、これだけでも渡していただけますか?」

 ご当主様はゆっくりと衣服の内から取り出した封書を手渡した。

 ぼくはそれを精一杯丁寧に受け取った。

 「この戦いが終わって――――もし、平穏な日が訪れたらそれを虎之助くんが開いて下さい。あの人には秘密で。この命令書は私的なものです――――。でも、」

 と、言いかけたところで話を切った。

 ただ、無言でぼくを正面から見据える。

 『お願いします。――――私の最後のわがままを聞いて下さい』

 燃えるような目は、初めてぼくが見た優しい女性の時のままだった。

 

 「分かりました。確かに承りました」

 封書を額の辺りで掲げ、誠意を示すように頷く。

 

 「良かった」と、ご当主様は安堵を漏らす。

 それから、寂しそうな顔をした。

 「ごめんなさい。貴方たち姉弟をあの時、助けてあげられなくて。地下牢の存在を知っていながら、貴方たちに辛い思いばかりをさせてしまって…………こうして身勝手にお願いをして…………」

 ご当主様は、心から自責の念を込めた言葉で謝罪の言葉を吐き出した。

 「謝らないでください。恨んではいません。寧ろご当主様には感謝しています。少なくともご当主様を恨む理由はありません」

 「……そう、ですか」

 腑に落ちないような様子だった。

 

 ぼくは、心の底からこの人を恨んではいなかった。

 だけどこの人を説得するだけの力を、ぼくは持っていなかった――――。

 

 

 

 2

 爆撃が激しくなっている。

 地下坑道の壁面も盛大な軋みをたて、天井からは砂埃が零れた。

 頻繁に繰り返される空襲によって首都は壊滅的な被害を受けた。それでも、ぼくたちは陽の光の届かない地下で息を殺して耐えている。

 「まるでモグラみたいだな……。」と、誰かが言った気がする。確かにその通りだと思った。

 ぼくたちは、ただ死を待っていた。

 それでもいいと思っていた。

 ここ数日、ぼくらはマトモに食事すらできず飢渇で苦しんでいた。補給ルートを全て破壊され、敵に奪われたのだと聞いた。袋のネズミってやつだ。

 

 ――――これから宮城(皇居)方面まで進む。

 

 そんな命令がされた時、いよいよ始まったと思った。

 〝死の行進″

 不吉な単語が脳裏を過った。

 しかし、カンテラで周りを照らすと他の連中も同じような事を考えた顔つきだった。

 死ぬことは怖くなかった。それでも、ずっと続く暗闇の中で絶えず襲い掛かる「不安」と「言いようもない恐怖」に精神がおかしくなっている〝だけ″だった。

 

 『水を飲め』

 と、ぼくの方を分厚い掌が叩いた。

 振り返るとカンテラの光に照らされた大きな影が立ってい、思わず驚きが出そうになった。

 よく見ると、御門少佐だった。

 普段通りの厳しい顔つきで自らの水筒を差し出し、水を他の連中にも分け与えていた。

 「少佐どの、」

 敬礼をとりながら、ぼくは目の前の人に機械的な行動をとっていた。

 御門少佐は首を振って敬礼を止めるように示した。ぼくは、戸惑いながらも敬礼を解いて差し出された水筒を手にした。

 水の満ちた音を聞いただけで、渇いた唇が潤いを求めているのに気が付いた。

 気が付くと口腔一杯に水を含んでいた。

 (うまい…………。)

 泣きたくなるほどに、水がうまかった。

 袖で口を拭い、一礼しながら水筒を返した。

 少佐は水筒を受け取りながら初めて口元を綻ばせた。

 「どうだ、うまかったか? 〝トラ″」

 その呼び名で言われた途端、体に電流が走ったような気がした。久しく呼ばれなくなったものだった。

 「はっ!」

 敬礼をとりながら、どう反応していいのか困ってしまった。

 「トラ、お前は昔、軍人になって小官の部下になりたいと言っていたな」

 「はっ!」

 「どうだ?」

 「今は幸せであります。少佐どのの部下として――――」

 御門少佐は苦笑いして、大きな手でぼくの頭を撫でる。

 「いや、もうすぐ戦争は終わる。――が、この部隊は今から地獄に行く予定だ」

 突然、軍事機密を漏らした少佐の真意が図りかねた。ぼくは、思わず頭を上げた。

 「……小官も本来であれば、こんな話なぞ漏らさない。しかし、これ以上の犠牲は無駄だ」

 「…………?」

 「トラ。お前たちと他の連中は他の道を通って逃げろ」

 「できません。一度、軍人となったからには、少佐どのに従い……」

 「トラ。もういい。この時代に生まれたことは変えられない、人として運命を変えることは難しいかもしれない。それでも〝進む″ことはできるんだ。いいか、これは〝命令″だ。小官と他の志願兵のみで荒魂の巣にゆく。これが部隊としての方針だ」

 ――――それでは、荒魂の餌食になるようなものだ!

 と、内心で思った。否、それが上層部の命令の意図だろう。地上の敵勢力を排除するために、荒魂の巣へ刺激を行い、地上敵勢力を一掃する計画。その為の人柱。

 「お願いです、少佐どの、」

 「――――除隊だ」

 「えっ?」

 御門少佐は静かに言った。

 「トラ。お前は除隊だ。大人しく他の地上に向かう奴らと一緒に逃げろ」

 厳しい表情で再び告げた。

 「お願いです、どうか」

 今まで、己は何のために戦ったのか。

 ふと、そんな気持ちでいっぱいになった。何のために苦しい思いをしてきたのか。

 茫然とした様子で少佐の言葉を反芻していた。――坊主頭をもう一度撫でる感覚があった。

 「トラ、もういい。お前は幼い時から苦労をしてきたんだ。これから困難な時代であっても、お前たちがつくることができる。大人として責任をとるだけだ」

 「……どうして、なんで――――」

 膝から崩れ落ちた。この地下深い坑道の中で慟哭したい気になった。

 「お前、もう赤痢で栄養も足りてない。マトモに歩くことができんだろう」

 「できます! 乾坤一擲の力を振り絞ることは可能であります!」

 「最早、お前は戦力として使えない」

 「…………それでも、」と、反論を試みようとしたが二の句が継げなかった。

 言われた通り、足は子供の腕のように痩せ細っていた。それは自分以外の兵士でも何人もいた。

 悲嘆で俯き加減だったぼくに、

 「なに、死ぬワケじゃない。もしまた会うことが出来たら、文句をいくらでもきこう」優しく励ました。

 「少佐どの」

 「……どうした?」

 「折神家から密封命令を承っております」ぼくは、縺れる舌で言葉を紡ぐ。

 カンテラの光の角度で少佐の表情が見えなくなっていた。無言で踵を返し、そのまま歩き出した。

 「――――今度合流したときにでも、それを開いてくれ」

 「少佐、御考え直し下さい」

 足音は次第に遠ざかり始めていた。追うことは十分に可能だった。――だが、少佐の背中が無意識に威圧を放ち続けていた。

 

 『トラ、今度お前が大人になったら命令の中身でも教えてくれ』

 真っ暗な闇の中へ、その姿を沈ませていった。

 

 3

 

 

 松崎老人は当時の記憶が昨日のことのように、思い出していた。

 「少佐どの、〝大人″になって戻って参りました。……しかし、少々年老いてしまいましたが」

 『確かに、大人になったなァ』

 「そのようです」

 カカカ、と低く笑いながら松崎老人は軽く首を左右に振った。

 「少佐殿。いいえ、実篤様。――僭越ながら封書を開封させて頂きます」

 『――――ああ。頼む』

 老人の震える指先が甲高い音を立て、封蝋を破る。

 三枚に折られた茶色に変色した紙を取り出し、老人は目を細めて距離をとって文字を識別しようとした。

 

 

 

 ◇

 紅蓮。

 熱波の温度が頬を撫でゆく――――。

 カッ、と一瞬で火柱が立つ。

 

燃え盛る溶鉱炉の橙色が視界を一杯に塗り潰す。発せられる蒸気は近づくだけでも呼吸が苦しくなる程の温度だった。巨大な円形の中には泡の弾ける音が粘つき弾ける。

ただ、両手を合わせて「祈る」ように階段を一歩ずつ上がってゆく。

周囲には幾人かの人が居たが、しかし彼らの顔は一切見えない。深い闇に沈んだ「顔」たちは一個の人間ではなく、たんたる組織の歯車として、役割を果たしているに過ぎない…………。なぜか、そう思えた。

 呼吸を整え、穏やかな気持ちで最後の段にまで来た。

 

 ―――――ここから、投身する。

 

 その瞬間、気味の悪い浮遊感が全身を襲う。

 

 ◇

 

(なんだ、この記憶は――――。)

 視界がすぐに、現実の方に戻った。

 しかし先程、百鬼丸の頭中には、見たことのない風景と人物たちが断片的に過る。まるで、誰かの人生を辿るような感覚。懐かしい、胸の奥がザワつく奇妙な光景。

 「――――ッ、」

 熱い。左腕の血管全てが燃えるように熱いのだ。そして、視界の端に強い光源が感じられた。

その眩い光に百鬼丸は思わず視線を向けると、左腕刃の表面に刻まれた細い文字が輝きを放つ。渇いた喉に生唾をゴクリと飲み下し、奇妙な胸騒ぎと早まる鼓動を鎮めるように、耳を澄ませた。

 

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