刀使ト修羅   作:ひのきの棒

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第16話

 夜気が著しく、一時の激しい驟雨のあと、山全体には俄に冷えた空気が満ちていた。

 南伊豆、石崎郎――

 そこへ赴くべく人気の少ない山間部ルートを選び移動をしていた。

 一台のステップワゴンが九十九折の車道を走行している。強烈なヘッドライトが投げかけられた脇道に茂る木々は克明な影を刻んだ。

 「こりゃ、合流地点まで時間かかりそうだなぁ……。検問、検問、検問。いい加減飽きた。この先には無いといいなぁ。心眼も面倒だしなぁ」

 百鬼丸はハンドルを握りながら、ぼやいた。

 後部座席に乗る二人から返事がない。ちら、とバックミラーに映るのは、爆睡する可奈美と、思案げに車窓を眺める姫和だった。

 

 

 つい、数時間前。

 襲撃者である沙耶香を適当な所で開放し、累の車で西の方角へ向かっていた。

 が、途中の道路から検問を行う警察車両が増え始めた。

 「ありゃー、これはNシステムでこの車もバレてるかもね。それじゃ、悪いけどここで降りてそのまま目的地まで向かって……」

 累の言葉に三人は頷いた。

 車を降りて、警戒の目を縫うように移動を開始した。

 とはいえ、徒歩移動にも速度の限界がある。

 「車さえあればなぁ……」

 百鬼丸がいう。

 「お前、免許を持っているのか?」

 「いいや、持ってない」

 「おまっ……」

 「仕方ないだろ。それにおれは、存在自体がこの国に規定されないモノなんだ。今更法律云々は当てはまらん。何より、おれは大抵のことはすぐにできるから走行自体に問題はない。安全運転だ」

 自信満々に鼻を膨らます。

 「へぇー、百鬼丸さん運転できるんだ」

 「問題ないぞ」

 異様にテンションの高い可奈美と百鬼丸はワイワイと会話をはじめた。

 (大丈夫か、コイツら?)

 怪訝な眼差しでふたりをみる。

 だが事ここに至っては、最早良心の呵責や遵法精神などとは言っていられない。諦めて、合流地点まで向かうことにした。

 

 

 それから五十分ほどで、山に通じる道にきた。人通りも殆どなく店も閉まっている。唯一、コンビニの明かりだけが、外まで光を漏らして眩い。

 その駐車場に二、三台ほど車が止まっていた。

 「おぉ、丁度いい」

 百鬼丸がそれらを見つけて呟いた。

 (何が丁度いいんだ?)

 百鬼丸は「少しここで待って」と言い残してコンビニの駐車場へと駈けていった。

 一抹の不安を感じながら姫和は黙って見送った。

 可奈美はというと、

 「あ、百鬼丸さん。私アイス食べたいから買ってきて!」

 と、謎の注文をつけた。

 それに応えるように左手をヒラヒラと動かす百鬼丸。

 

 

 数分後。

 百鬼丸は一台の白塗りのステップワゴンを入手していた。運転席の車窓を下ろして、

 「お二人さん、はよ乗りな」

 サムズアップしてご機嫌にいう百鬼丸。

 「――お前、ひとつ聞くがどうやって手に入れた?」

 疑念がMAXを突破した。

 「ああ、それなら〝金〟で解決した。すぐに欲しいから札束渡した。快く車をくれたぞ」

 「えぇ……」

 姫和は一体いくら払ったのか――いいや、そもそも金でホイホイと他人に車を差し出すだろうか? となると、心眼を使った? 

 (ええい、今はどうでいい)

 敢えて百鬼丸の事には深く踏み込むまいと思い乗車する。

 と、隣りに座った可奈美が、

 「百鬼丸さん!」

 「ほい」

 「アイスちょーだい!」

 「ほいよ!」

 運転席からポーン、と放物線を描き白のビニール袋が投げられた。

 「わーい、ありがとう!」

 弾んだ声で可奈美は袋をあさり、アイスを食べる。

 「ちっ、全く……」

 今後のことを思うと、色々と不安しかない。そもそも、逃亡劇というのはこんなにお気楽なものだろうか? これではピクニックではないか? 

 「……はぁ、ひとりで考えるのも馬鹿らしいな」

 ひとりごちに姫和は言って目を瞑る。少しでも体力を回復させねばならぬ、と判断した為である。

 いつの間にか、姫和自身も深い眠りの底へと落ちていた。

 

 

 再び目を醒ましたとき、軽い倦怠感を味わいながら目を擦った。

 「……っ、ここは?」

 周りを見回した。だが車窓の全面は夜闇に閉ざされ、現在位置が分からない。

 「ん? まだ到着には時間がかかるから眠っていていいぞ」

 百鬼丸が鼻歌交じりに、運転席からそう告げる。

 「――ああ、助かる」

 はぁ、と息をついて座席に身を深く沈める。横目で可奈美を窺うと、まだ熟睡しているようだった。

 しかも、姫和の右肩に頭をもたげて口端に涎を垂らしている。

 「んー、むにゃむにゃ」

 「おい」

 涎を服に付けられてはかなわない、と思い起こそうとしたが、幸せそうな寝顔を見ていると怒りも失せてしまった。もう少し寝かせてからでもいいだろうと思い、浅く目を閉ざす。

 「なぁ、百鬼丸」

 「はい?」

 「ひとつ聞きたいのだが、あの時……鎌府の糸見がノロを受け入れたことを知ったとき、なぜ、理性を失っていた? 常軌を逸しているようにみえる。それに、ノロを受けれる個体差云々についても……」

 「ひとつじゃないのか?」

 百鬼丸が苦笑いする。

 「……うるさい。お前と出会ってから、色々と整理がつかない事ばかりが起こっているんだ」

 薄目をひらき、前方をみる。

 肩をすくめた百鬼丸は、

 「そうだな。答えられることには応える。……まぁ、ノロに関してだが、おれが思うにあの糸見沙耶香は恐らくノロを受け入れてから時間が経過していない」

 「なぜ分かる?」

 「ある程度、自分の意思で制御できるからノロを受け入れる筈だろ? だが、あの戦闘の様子と普段の様子の違いから見るに、上手く制御しきれていないようだ。一度、親衛隊の獅童真希と燕結芽とかいう奴らと戦ったが、あの連中はノロをよく制御していた。自由意思のもと、だな」

 「では、あの興奮状態に陥ったのは?」

 「恐らく、彼女の肉体ではノロの作用が、興奮状態に陥る効果になったまで……だと思う。多かれ少なかれ、おれが近寄るとノロを受け入れた連中は正気を失う筈だからな」

 「そう、か。ではもし今度あの糸見と接触した場合でも今回ほどのことは起こらないと?」

 「うん。だろうな」

 姫和は一息つく。

 「だったら、二度とお前はそのノロを受け入れた連中とは接触するなよ」

 「なんでだよ!?」

 「理由は明白だ。お前が変態だからだ」

 「答えになってねぇ!!」

 ふっ、と軽く鼻で笑って再び姫和は眠りにつく――ある決意を固めながら。

 

 2

 山頂付近の休憩所に気配がする。この深夜とも早朝ともつかぬ時間には珍しいことだった。

 「さぁー、薫。行きマスヨー」

 豪華な長い金髪を翻しながら、長身の少女……古波蔵エレンは宣言する。しかし、その傍で気怠そうな雰囲気を満々に出した者がいた。

 「あぁ~、やっぱオレ面倒だからパスするわ。あのクソババアにも伝えてくれ。病欠だ病欠。積ゲーの消化とか深夜アニメの視聴とか重要な任務あるからオレはパス」

 薫、と呼ばれた少女は面倒そうに言い募る。

 益子薫は生来の怠け者である、と長船女学園ではもっぱらの噂であった。

 困ったように眉を曲げたエレンは、

 「うぅ~ん、分かりました。紗南センセーに薫が『ババァ』と言っていたと伝えておきますネ」

 ガバッ、と頭をあげた薫が慌てた。

 「おい、バカやめろ。そんなこと言ったらまたオレだけ任務が増える。それだけはヤメロ」

 「うんうん、それでこそワタシの薫デス」

 ぎゅー、とエレンが背丈の低い薫を抱きしめる。長身の彼女が、薫の身長一三五センチを押し包む形となっていた。

 「うぐっ……苦しいっ」

 豊満な形の良い胸部が薫の顔をぶるん、ぶるん、と覆う。

 「ねねーっ」

 薫の頭頂部から小さな影が、突然エレンの豊かな谷間へと飛び込んだ。

 「あはははは、くすぐったいデスよー、ねね」

 ちょこん、と巨乳から顔を出したのは小さな生物だった。

 大きさでいえば、デブなハムスターか生まれたての子猫ほどのサイズである。

 「おい、コラねね。お前また胸に飛び込みやがって。一体なんでこんなにスケベに育ったんだ……」

 「やっぱり、飼い主に似たんじゃないデスカ?」

 エレンの批評に、

 「どういう意味だ、コラ」

 薫が反論する。

 そんな、なんでもない日常の一コマだった。

 

 夜が白むまでには、まだ時間がある。

 折神家を中心とした警察機構が本格的な行動を開始していた。

 

 

 

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